PM5:45  デカベース内 バーチャル・トレーニングルーム


デカベースの中にあるこの一室は、スペシャルポリス達の訓練用として作られた物だ。
特別魔法合金と広域結界による高い耐久性に加え、必要に応じて様々な仮想空間を呼び出す事が出来る、異なる状況を想定しての訓練も可能である。


彼等が普段訓練を行っているこの部屋に、今四人の人物が向かい合って立っていた。

『それじゃあ皆、準備はいい?』

丈夫に設えられた分析室の窓ガラスの向こうから、ヘッドセットをつけたスワンの声が流れる。それに応じて、四人のうちの二人、右側に立った少女二人が手を挙げた。

「はいっ、いつでもOKです!」

「宜しくお願いします」

バリアジャケットに身を包んだ少女―――なのはとフェイトはそれぞれ手にしたデバイスを構える。スワンは頷くと、反対側に立つ対称位置の男二人に視線を移す。

「こっちも、準備万端!」

「スワンさん、頼みます」

デカスーツを装着したバンとホージーも、既にいつでも飛び出せる状態で待っている。
向かい合って立つ四人の間には、張り詰めるような緊張感が漂っていた。
無論、実戦には遠く及ばないが、それでも真剣さは外部にも伝わった。

「それじゃ、バンさん、行きますよ!」

「おう! 思いっ切り来い、なのは!!」

早く飛び出したくて仕方が無い様子の二人に、ホージーは軽く肩をすくめる。
なのはは傍らのフェイトを振り返った。

「フェイトちゃん、頑張ろうね!」

「うん……全力で」

微笑を浮かべて、フェイトは力強く頷く。
その様子を見て、バンはヒューと口笛を拭いた。

「あちらさん、やる気満々だぜ! 俺達、黄金コンビも負けられねえな相棒!!」

「相棒って言うな。大体、そんなコンビを組んだ覚えはない」

隣にいるパートナーを一瞥すらせず、Dスナイパーを組み上げるホージー。
そのとことんクールな彼に、バンは不貞腐れた表情で首を振った。

「バン」

「ん?」

ボソリと言ったホージーの言葉に、バンは振り返った。

「足を引っ張るなよ」

「……そっちもな!」

視線も合わさず、口調もそっけない、が、それを聴いたバンはニヤリと不適に……マスクの下で微笑を浮かべたのだった。



四人それぞれの気力が充填完了したと判断したスワンが、マイクに向かう。



「では、本日の実践式訓練。ミッドチルダ署VS管理局、タックマッチ形式戦……初め!」

ブザーの音が響き、四つの影は一斉に飛び出した。





なのは達がミッドチルダ署にやって来て一週間。
ここでの生活にもなれ、皆と共に体力トレーニングや射撃訓練も行った。

そして今日、いよいよ本格的な実戦形式の訓練に入っている。

実戦形式と一口に言っても、その内容は様々だ。

単純な一対一の対戦から複数通しのチームバトル、あるいは数的不利でのハンディキャップ戦。
また、戦う場所は天候によっても条件は大きく左右される。

四人が行っているタッグマッチ戦もそういった類の訓練の一つだった。
今回なのは達、新加入組の力を体感する為と言う事で、ミッドチルダ署対管理局となったが、コンビの組み合わせは署長であるドギー=クルーガーが決めている。

「はやてちゃんも、本当は参加したかったんじゃない?」

「あはは、確かにそうですね」

顔をあわせているわけではないが、それでも表情を読み取っているかのようにスワンが尋ねる。
今回は見学組みとなっている三人の内の一人、八神はやては頭を掻きながら苦笑いした。

「でも、一つ分からん事があるんですけど」

「何?」

コンソールの手を休める事無く、スワンが問う。

「こっちのコンビがなのはちゃんとフェイトちゃんって言うのは分かるんです。あの二人、名コンビで局でも有名やから。せやけど、バンさんとホージーさんは……」

「意外?」

隣に立っていたジャスミンは、面白そうに眼を細めた。
それに対してはやては益々不思議そうに首を傾げる。

「うーん、意外って言うのかなぁ…あの二人、正直よく分からなくって。最初に見たときは、なんや仲悪いのかなあって思うこともあったんやけど…よく見ると、二人とも結構似てるトコありますよね? 普段の生活とかで」

「う〜ん、成程……中々よく見ているね」

感心したようにセンが言うと、彼は正面に視線を戻した。会話の種にされている二人は、それらの発言を裏付けするかのように巧みなコンビプレイを見せている。

「まー確かにあの二人、普段は喧嘩ばっかりだし、性格もまるっきり違うし、水と油に見えても、仕方が無いよねー」

「はあ……」

「実際あたしたちも、最初は本当に大丈夫? って心配してたんだよね」

ウメコが笑いながら、うんうんと一人で頷く。

「ま、あれでいざって時は、なかなか名コンビになってくれるんだよ。奇妙キテレツだけど」

センの言葉に、まだ少し納得の行かない様子のはやてに、ジャスミンは逆に問いかけた。

「なのはちゃんとフェイトちゃんはどうだったの? 前から仲良かった?」

「そりゃもう、私が会った時にはもうめっちゃ仲良しさんでしたし、その前は……あ…」

はやてはそこで、急に顔を曇らせた。
ジャスミンはもちろんの事、センとウメコも怪訝な顔をする。

「はやてちゃん?」

「あ……ええっと…あの…」

しどろもどろになってしまうはやて。
自分から話を振っておいてなんだと自身でも思う。
しかし、この話題については、はやてがペラペラと喋っていいものではないのだ。

考えあぐねているはやてだったが、そこでスワンがパネルを操作しながら言った。

「三人とも、今は目の前の訓練のモニタリングよ。他人の戦闘を見ることも、立派な勉強なんだから」

「あ、すいません……」

思わぬスワンの窘めに、ウメコはうなだれつつも先程の質問を忘れ、画面に集中し始めた。
ジャスミンとセンは、何か物問いた気な眼で見ていたが、すぐに表情を戻して笑顔で言う。

「そうね、今は聞かないでおくわ」

「ま、そうしようか」

(ほっ……)

はやては内心、スワンに小さく礼を言った。
本当は思念通話でもいいから直接この場で言いたかったが、そうするとわざとらしいとも思った。

(取り敢えず、この訓練が終わるまでは、秘密にしておかな……)

そして、今夜のミーティング終了後にでも、二人に相談してみよう。
部分的にでも、話してみないか、と。

それを聞いて二人がどうするのかまではまた別の話だが。

そう、話さないならば、それでよい。時間は、まだあるのだから……。

この時はまだ、はやてはそう思っていた。





「うおりゃああっ!!!」

愛用の二丁拳銃を構えたバンが疾走する。
これが徒手空拳と射撃術を組み合わせた、宇宙銃拳道……人呼んで『ジュウクンドー』である。

しかし、そう簡単に突っ込ませはしない。
正面からフェイトとなのはが放った魔法弾が迫っている。

バンが身体をひねって、ギリギリの部分で回避した。

『Accel shooter』

バンが着地した瞬間を狙って、後方からなのはの短時間魔法詠唱は無数の砲弾となって振り注ぐ。

「Dマグナム!」

専用アームズが火を噴き、そのことごとくを撃ち落としていく。
その隙を狙ったフェイトがバルディッシュで切りかかった。
鉄の戦斧の一撃を片手の銃身で受け止める。
が、受けられた部分を視点に地面を蹴り、フェイトの蹴りがバンを襲う。

瞬間、バンの身体はくるりと反転し、少女の蹴りをもう一つの銃身で防いでいぐ。

フェイトは改めて彼のアグレシップな動きに感心したが、同時にバルディッシュを相手目掛けてもう片方の腕で振り下ろしていた。

が、刃がバンに届く寸前、バルディッシュの自動詠唱が入った。

『Defensor』

フェイトが反応するよりも早く展開された壁に衝撃が走る。
Dスナイパーを構えたホージーが正確無比な次弾を打ち込んできた、

何とか高速起動でフェイトがギリギリでかわす。

「…早いな」

低い声で言うホージーの前に、バック転でもってバンが帰ってきた。
ホージーとは対照的に、二人の手ごわさに面白さを感じているように興奮している

「やるな、あの二人」

「砲撃と近距離のバランスが良く取れている。闇雲に攻めても自滅するぞ」

「その為の相棒のフォローだろ。頼りにしてるぜ!」

「相棒じゃない!」

その言葉を合図に、バンが再び突っ込む。

「フェイトちゃん、来るよ!」

「私が前に出る。援護をお願い」

「任せて!」

二人の少女がそれぞれデバイスを構え直し、なのはが魔法詠唱へ入ると同時にフェイトは正面へと飛び出す。

紅のスーツを漆黒のジャケット交わった時、辺り一面は閃光で包まれていた。





それは、突然の出会いでした……。


冷静になる事こそが最大の武器だと、私は義兄から教わった。


それは今でも信じているし、間違っていないと思う。


それでも……熱くなってしまう時がある。体中を血が駆け巡って、まるで自分が自分で無いみたいに……。


不思議な気持ち、奇妙な感覚……。


どんな時にも、クールであれ。私は、この教えに背いているのかもしれない……。


でも、心の片隅で、『間違ってないよ』と、語りかけている私がいる。


じゃあ、『クール』とは何? 『冷静さ』って何?


出口が分からない迷路の中で………


私はそれでも、走り続けたい。


信じあえる仲間と……友達と一緒に。



魔法少女リリカルなのはSPD………始まります



Episode04  『クール・ライトニング』





PM7:35 デカベース


「あーあ、結局引き分けかぁ……」

「でも、いい試合でしたね」

訓練終了後、四人はデカベースの通路を並んで歩いていた。

「最後までやらせてくれりゃいいのにな」

「まさか訓練室が保たないとは思いませんでした……」

「にゃはは……」

なのはが居心地悪そうに苦笑いを浮かべる。

そう、常識を超えた四人のバトルは、次第にエスカレートしていき、熱血し過ぎたバンの活躍で限界まで近いた。
挙句なのはが全力全快で放ったディバイン・バスターのお陰で倒壊一歩手前まで行ってしまったのだ。

悲鳴に近い声で皆が止めに来なければ、ノりにノった二人は訓練室を全面倒壊させていただろう。

「大体訓練室が保たないなんて、どういうことだよ! これじゃ訓練の意味ねーじゃねーか!!」

「まあまあ、スワンさんも耐久力アップを検討するって言ってましたし……」

両腕を振り回しているバンを横にいたなのはが宥めた。
ま、それはそれでいいけどさ、とバンはすぐに調子を戻す。

「けど、やっぱ相棒はいつも冷静だよな。あそこでバインド引っかからなかったのは、相棒のお陰だぜ!」

「当然だ。それと……」

そう言って肩に手を回そうとするバンだったが、ホージーはそれをするりと抜きかわし、

「相棒って言うな」

お決まりのセリフを、いつもより冷たい口調で残しただけだった。

「でも、本当にホージーさんは凄いです」

いつのまにか後ろを歩いていたフェイトの言葉で、皆が歩きながら振り返る。

「あんなに冷静に、なおかつ機敏に動けるなんて、早々できる事じゃありません」

「……君も十分クールだと思うが?」

フェイトの言葉には、バンとなのはも大いにうなずく事だったが、ホージーは大した事では無い様に返す。
それもまた、別段励ますわけでもない、当然のような口調だった。

『クール』がなぜか巻き舌になっているが、そこはご愛嬌だ。

「そうだよ。フェイトちゃんも、ちゃんと出来てたじゃない」

しかし、そう言ったなのはの言葉にも、フェイトはただ首を横に振るだけだった。

「ううん……もっと、上手く出来る筈なんだ」

もっとクールに、さらに冷静に、
戦局を分析し、精密かつ正確な行動を取れるようにならなければ。

「早く…一人前になりたい……」

呟くように言うフェイトを、ホージーは黙って見つめ、バンとなのははどう言っていいか分からずに顔を見合わせた。

「じゃあ、私はここだから……」

「え、ああ……また後でな」

気が付くと何時の間にかフェイトの部屋の前まで来ている。
結局引き止める理由も見つからないので、一先ずここで分かれることにした。

「お疲れ様、フェイトちゃん」

「それじゃあな」

「うん」

部屋に入るフェイトの姿を確認すると、三人は再び廊下を歩き出す。
やや沈黙が続いていたが、不意にバンが口を開いた。

「なあ、あの子の事だけどさ」

「あの子って…フェイトちゃんですか?」

歩きながらなのはが聞き返す。

「うん。結構…変ってるなって思ってさ」

「変ってる…ですか?」

「何つーか、…落ち着いてるって言うか、子供らしくないって言うか……」

「はは…まあ、それは確かに」

苦笑いのなのはの側で、バンは腕を組んで考えている。

「いい子だってのは、分かるんだけどなぁ……」

「お前がガキっぽすぎるだけじゃないのか?」

「なんだと相棒!」

「相棒って言うな!」

突っかかってくるバンを軽くかわすホージー。
だが、バンの疑問そのものは、彼にとっても気にならない訳ではない。

「しかし、俺も少し気になってはいた。大人びているとかそう言うのじゃなく…どこか浮世離れしているような感じがな」

「だろ?」

ホージーの言葉にバンも頷く。

「普段も、ちょっと一線引かれてるなーって感じが……どうしたんだ、なのは?」

黙り込んでしまったなのはは、バンに言われてようやく我に帰る。

「あ、いえ……」

言ってしまって良いのだろうか?

フェイトは確かにこのデカベースに馴染んではいる。
しかしそれは、あくまで任務上だけなのかもしれない。

実を言えば、なのははここに来てから何度か考えていたのだ。
フェイトの真実を、この人達に話すべきなのか。

正直、言っても良いのではないか、と思う。ここの人達になら。

皆、信用に値する人たちばかりだし、一時期とは言え、共に戦っていく仲間なのだから。

けれどフェイトの秘密は、そういうレベルで言っていい物ではない。
ただ信頼できるというだけで、ペラペラ話すような物では無いのである。

「…まあ、無理に聞くようなことでもないだろう」

「まあ…それはそうだけどさ……」

幸いな事に、ホージーはそれ以上聞こうとはしなかった。
バンは未だに納得できていないようだったが、この場は追及するのは止めたようである。

話せないことに、なのはは一抹の申し訳なさを感じていた。

「何かあれば、彼女の方から話すさ」

そう一言残すと、ホージーは廊下の角を曲がろうとする。
そこは職員達の宿舎とは別方向だった。

「あれ、ホージーさんは何処へ?」

「訓練だ」

指を二本突き上げてお疲れ、というと、クールなスナイパーはそのまま歩いていった。

「訓練って…さっきのでメニューは終わりですよね?」

「ああ。こっからは相棒の、自主練ってヤツだな」

「自主練…ですか」

「おう」

どこか誇らしげに言うバンに、なのは首を傾げるだけだった。
その様子から、ふと思いついたように、なのはが指を口元に当てる。

「そう言えば、バンさん…」

「ん、何だ?」

「バンさんはホージーさんの事、相棒って呼んでいるんですよね」

このミッドチルダ署に着て、なのはの頭にずっと残っていた謎だ。
ここはホージー以外にも、デカレンジャーを始め多くのSPD職員が働いている。

が、彼が相棒と呼ぶのはホージーだけだ。

「ああ、相棒だ! 俺の心の友、無二の親友、最高のパートナー!!」

「でも、ホージーさんは…」

言ってしまってから、なのははしまったと言わんばかりに口を紡ぐ。
しかしバンはもう既に、一転して深く肩を落としていた。

「そう…そうなんだよ〜。俺が散々『相棒って言えよ』って言ってんのに、相棒ときたら……」

「そうですね…」

なのはが見た限りでも、ホージーがバンの事を『相棒』と呼んでいる所など一度もない。

バンに言われて『相棒というな』と怒った様に返す場面ならば何回も見たが。

「そりゃ俺は時々やりすぎるし、時々考え無しに行動するし、時々書類もいい加減にしちゃうけどさ!」

「………」

バンの言う『時々』が具体的に何回を指しているのか、なのはは怖くて聞けなかった。

「で、でも大丈夫ですよ! ホージーさんだって、バンさんの事は認めてるじゃないですか! いつか『相棒』って、呼んでもらえますよ!!」

「……そっか、ありがとな、なのは!」

先程まで落ち込んでいたのに、もうすっかり元気になって、少女の肩をぽんぽんと叩くバン。

「けど、何でそんなに『相棒』にこだわるんですか?」

何年もコンビを組んでいるとか、あるいは昔からの馴染みとか、そう言った理由ならば分かるが、二人は生まれも育ちも全く違っている。
おまけにバンがホージーを『相棒』と呼び出したのは、出会ってすぐと言う話だった。

「…俺さ、結構『相棒』ってのに憧れてたんだよ」

「憧れ?」

「ああ」

淡々と、微笑しながらバンは話し始めた。

「ドラマとか本とか漫画とか見てると、そういうコンビってのが、必ず出てくるだろ。性格は正反対でいつも喧嘩ばっかりしているけど、それでも心では通じ合っているってやつ」

「はあ……」

一体どれだけ地球の文化とバンの育った環境が一緒なのかは分からないが、でも確かにそういうのは見たことはある。

「そんで相棒に会って……ビビッと感じたんだよ! これが俺の、『心の相棒』だって!!」

「そう言うものですか……」

なのはにはまだ良く分からなかった。男同士の熱い友情……というやつか。
しかしホージーはそう言う類からは一番かけ離れていそうだし、何しろなのはの近くではこう言うパターンは見た事がない。

やはり自分達とは根本的に何かが違うのだろうか?

「そうだ!」

考えに耽っていたなのはは、バンの叫び声で引き戻される。

「なのはもフェイトのこと、『相棒』って呼んでみたらどうだ!?」

「え……」

思わずその場で固まってしまうなのはに、バンは良い事を思いついたことを信じて疑わない笑顔を見せた。

「どうだ? きっと絆が深まる事、請け合いだぜ!」

「遠慮します」

なのははきっぱりと言った。

「え〜。良い考えだと思うんだけどな……」

「バンさん、私たち女の子ですよ!」

そういうと、彼女は深く溜め息をついた。
この人はとてもよい人だ。勇敢で、刑事としても一流であるのは言うまでもない。

が……

時々デリカシーがないなぁ、と心の中でこっそり落ち込まずにはいられなかった。





同時刻 デカベース内  フェイト室内

「ふう……」

シャワーを浴びて熱い湯につかると、一日の疲れも洗い流されるようだ。
ウメコが前に、デカベースのお風呂は天下一品、と誇らしげに語っていたのも頷ける。
濡れた髪を乾かし、ラフな部屋着に着替えると、フェイトは愛用のノートパソコンを開く。

今日一日の訓練内容の反省点をまとめる事が一つ

そしてもう一つは………、

「クロノにもメール、送らなきゃ」

義兄クロノ=ハラオウンへの報告。

報告といっても任務関係ではない。
たまにそれを話題にする事もあるが、研修の主目的の報告書は三人で作って既に転送してあるので、こちらはどちらかと言えばプライベートなメールだった。

今日はこんなことがあった、ここの人たちとこんな事を話した、と言う事を思いつくままに打ち込んでいく。

文章を綴る内に、フェイトは自然とここ数日のことを思い出していた。

「すごいな、みんな」

ここの人がいろいろと型破りである事は知っていた。
だが実際に見て、そして戦って、ただの変わり者集団ではない事が分かったのだ。

彼らは強く、そして熱い。
ただ熱血とか勇敢というだけではなく、もっと身体の底から噴出す熱さを感じる。

「びっくりしたけどね、最初は」

言うと、フェイトは小さく笑った。
けれど、気が付くと自分の中にも、その熱さは乗り移っていた。

サチョウ星人ベンドとの戦い。
あの時、皆と一緒に敵に対して正面から向かい合ったとき、フェイトは確かに自分の中に、熱く燃え滾る何かを感じていたのだ。

今はもう…感じなくなってしまったが……。

「あれは、何だったのかな?」

ノートパソコンを閉じて、少女は立ち上げる。
窓から見えるメガロポリス形態のシティは、賑やかで、それでいて平和だ。犯罪など似合わない。

(クロノなら、分かる?)

心の中で、この場所にはいない家族に問いかける。

ここへの出向が決まった直後、出発前に直接話した時を思い出す。
身体に気をつけろ、とか、無理はしないように、とか小言とも心配とも付かない注意を一通り与えた後、彼は妙に神妙な顔をしていった。



『今回の出向は、君たちにとって大きなプラスになると思う。特に君にはね』

『私に?』

『ああ…なのはやはやてもそうだが、君は一番に『心を抑えない事』を学べると思う』

『? …私、言いたい事はちゃんと言うようにしてるよ』

そう言うと、クロノは困ったような笑みを浮かべて

「そう言う事じゃない…まあ、口で説明する物でもない。君が自分の身体で学ぶ物だから」

呟くように言った後、力強くフェイトの肩に手を置き、大丈夫、君ならやれるさ。と言ったのだ。



つい数日前の出来事の筈なのに、もう随分前の様な気がする。
それに関して、深く考えようとした時だった。

ミーティングを告げるアラームが、彼女の携帯から聞こえてくる。

「あ、早く行かないと……」

一旦思考を中断せざるを得ない。

大丈夫。また後でも、考える機会はある。
そう自分に言い聞かせながらフェイトはデカルームへと向かった。





同時刻  メガロポリス・スペースポート


ここは、様々な異星人との交流が深いこの町の中で、最も流通が盛んな宇宙港である。

観光、移民、事務、多種多様な目的でもって一日中、異星人がこの場所を訪れるのである。
またはその逆もあり、ミッドの人間が何らかの理由で離れるときは、殆どこの場所が利用されていた。

そして今、一隻の航行艇が着陸していた。
アナウンスが流れる中、万単位の人々が艇を降りて、それぞれの目的地へと向かっていく。

「ここか……交流が盛んな場所と言う事で来ては見たが、何の事はない……」

異様な空気を身に纏った男が、一人この大地に降り立っていた。
周りの風景や人々をなめずり回す様に見渡す。

「魔法技術は、かなり発達しているようだが……」

その異星人は長身ではあるものの、その高すぎる背丈ゆえか、かなりの猫背のように見えた。
片目はアイパッチで防いでいて、それでも全てを把握しているような不気味な気配を漂わせる。

「お前はどう見る?」

「………」

長身の異星人が、問いかける様に横にいる少年に視線を移した。
その隣にいるものは、一見すれば地球人と別段変わりの無い青年だった。

先程から沈黙を保ったままで、辛うじて起きているのが分かる位の半目状態。
隣の異星人を越す更に高い長身で、髪は雪のように白かった。

首をゆっくりと左右に降り、辺りを異星人同様見渡すが、彼とは違い妙な目つきで眺めることはしなかった。

「どうした?」

「重力は標準だし、大気も普通の窒素主体…いつも通りに動けるよ?」

ぼそぼそと、辛うじて隣が聞き取れる程度の口調で呟く。

どうしてそんな事を聞くの? とばかりに首をかしげる少年。
しかし、彼にとってはその言葉と動作は十分に満足できる物だったらしい。

「くくく…そうかそうか……行こう、余り気取られたくはないからな」

にんまりと表情を変えると、彼はポートの入り口に向かって歩き出した。
青年も、ゆっくりと歩を進め、彼についていく。



外に輝く星空とネオンのせいで、景色は何故か妙に明るかった。



BACK  TOP  NEXT



 

inserted by FC2 system