AM10:15 デカルーム
「コーヒー入りましたよ〜」
その日、全員が共通に記憶している最初の出来事は、このはやての一言だった。
偶然にも書類整理をしていたため、皆がもらう事ができた。
はやてもこの時を狙っていたらしく、入り口からトレイに乗せて運んでくる。
「お、サンキュ!」
「いただきま〜す」
バンとウメコが一番に反応して横にあったトレイに手を伸ばす。
カップにはそれぞれバン、ウメコ、と書かれたシールは貼ってあり、SPDのロゴも入っている。
「あ、コレおいしい!」
「おお、スーパー・アロマティックだな」
後からカップを取ったセンとホージーが感嘆の声を上げる。
彼等だけではなく、殆どの職員達が自分愛用のカップを持っているのはこのデカベースの常識だったりするのだ。
勿論なのは達も自らのカップを作ってもらい、ここではそれを使用していた。
「へえ…これ、キリマジャロだっけ? 地球にある」
「あ、わかります? ちょっとミッドで売られているのと混ぜてみたんですよ。香りが深まる思て」
センがしみじみとコーヒーを飲みながら推理したのを聞いて、はやてが嬉しそうに自分のカップを取った。
やはりモノがどうであれ、作った物を分かってもらえると言うのは心地よいのである。
他の面々も、はやての入れたコーヒーの味に感動していた。
特に赤い制服の青年はそれが著しい。
「うん。スワンさんのとは味が違うけど、最高に上手いぜ!」
バンが満面の笑顔でカップを口に運ぶ。
最早自分の机の上におかれた報告書の事など、忘れてしまったかのようだった。
「そう言えば、何で今日ははやてちゃんが?」
なのはが不思議そうに自分の分を飲みながら質問する。
普段お茶などを淹れるのは朝、昼、おやつ時、晩などだが、この順番はかなり正確に決まっており、入れる暇が無いときはスワンが代わりに淹れるのが通例だった。
ちなみにこのシフトにも、なのは達はキッチリ入っていたりする。
そしてその順番でいけば、今日入れるのはジャスミンだった筈なのだが、彼女は普通に自分の席でコーヒーを飲んでいる。
「今日は代わって貰ったんよ。最近、腕が鈍ってるみたいやったから」
「うん、そういう事。これを飲んでる限りは、とてもそうは見えないけどね」
ジャスミンが補足説明する。
見ると、彼女もはやての作り出した味に感動しているようだった。
普段滅多にこういう類の感情を出さない彼女にしてみれば意外である。
「やっぱりアマチュア言うても、いつでも最高の味を作れるようにしとかんとあかんですから」
「はやての家には、食通と大食家が両方いるからね」
フェイトが微笑を浮かべて自分のカップに手を伸ばした。
とりあえず目の前の仕事が一段落したのであろう。
そういえば、とバンが思い出したように言った。
「はやてって食事だけじゃなくて、家事は殆ど一人でやってるんだよな」
「今は家族も手伝ってくれますけど、大体の所は一人ですね」
「偉いなあ! 俺なんて外で遊んでばっかりだったぜ!!」
感心するバンだったが、皆の表情はやっぱりね、という物だった。
むしろ、あくまで予想されていた答えが出たという事で安心していた。
これでバンが『俺も家の衣食住を任されていた』とか言ったら、それこそ赤座家の生活風景は相当に滅茶苦茶なものだろう。
想像も出来ない以前に、考える気も沸かない。
「はやてちゃんって、何人暮らし?」
ウメコが何気なく机の真ん中にオカキを乗せたお盆を乗っけたまま言った。
はやては多少考えた様子だったが、笑顔で答える。
「五人…ううん……六人ですね」
「結構多いね。やっぱり管理局に勤めてたりするの?」
「はい。医療班やったり、地上部隊やったり、まちまちですけど」
「家族戦隊ね」
ジャスミンが分かるような、分からない様な例えを口にする。
しかし、大体のところは当たっていたりする。
何を隠そうはやて自身も、研修が終わって管理局に戻ったら、バン達の様に名乗り上げをやって見たいと考えていたのだ。
「なのはちゃんとフェイトちゃんも知ってるの?」
「はい、よく模擬戦で相手をしたりする事もあります」
「結構、訓練室が壊れるんだよね」
「うっ……」
楽しそうに話す中で、なのはが横から言った。
気まずそうに俯くフェイト。心なしかその顔は赤い。
しかしフェイトとよく模擬戦をするはやての家族とは、結構仲が良く、戦いの時も結構ノリノリだったりするのだ。
訓練室が壊れる原因になっているのは言うまでも無い。
「と言う事は、かなり実力は互角か」
「そんな事は無いですよ。向こうのほうが、百戦錬磨の凄腕です」
ホージーの言葉に苦笑しながら答えるフェイトだったが、なのはやはやてはそうは思っていない。
はやてがそれを代表する様に言った。
「そんな事あらへんて。フェイトちゃんも、ちゃんとここに来てから強くなっとるやん」
「うんうん。もしかしたら追い抜いてるかもよ」
「そ、そうかな?」
「うん!」
決して嘘では無い、と後から言ったなのはも思う。
ただでさえここ数年、フェイトの実力増加は著しい。
更にフェンリルとの死闘の後は、何か吹っ切れたようにその上昇傾向がアップした。
無論、向こうも鍛錬を怠っているとは考えられないが、その点を差し引いてもかなり分があるのではなかろうか。
「けど、フェイトにそこまで言わせるってのは凄いよね」
「うん、一度会ってみたいかも!」
「機会があったら、一度本局に来てください。皆さんの事、紹介したいし」
センがしみじみと、ウメコがはしゃぎながら感想を口々に言う。
はやてもその時を想像しながら嬉しそうに返した。
先ほど話に上がったフェイトとよく模擬戦をやる、なのはが言った食通の人でもあるが、実は風呂好きでもあるからウメコとはかなりウマが合いそうである。
ウメコ自身も風呂好きなのは、ここへ来てから初めて知った彼女の特徴だ。
あと、もう一人の大食漢だが、あれは意外とバンと気が合うだろう。
喧嘩するほど仲がいい、兄妹みたいな関係にじゃないかとはやては睨んでいる。
料理担当……たまに爆弾みたいな味を作る医療班勤務の人は、こぞってバンとホージーが声をかける風景が容易に想像できた。実の所バンもホージーも綺麗な女性には目が無かったりするのだ。
唯一の男手は寡黙な所があるが、やはり胸のうちに熱いものを秘めている。バンたち五人とも、上手くやっていけると思う。
そして……
(あの娘は、どうやろな……)
はやての脳裏をよぎったのは、先程家族構成を言う途中で修正した六人目。
他の家族よりも生まれたときは遅く、まだ技術面もつたない所があるが、誰よりも純粋で優しい。
だが反面、少し人見知りする所があるから、その辺りが心配だ。
自分達がフォローしてやらないといけないだろう。
「そう言えば、はやてちゃんのデバイスがもうすぐ届くって?」
はやての考えていたその娘の事が話題に上がった。
ジャスミンの何気ない一言だったが、全員の興味はそこへ移動する。
「へえ〜、確か本局で調整中だったんだよな」
「はい、この間ようやく終わって、今こっちに向かってる所です」
「そいつは心強いぜ! どんなアリエナイザーが来ても、百人力だな!!」
バンがはしゃぎながら拳を握る。
どんなデバイスなのかは、自分が聞いてもどうせ詳しい構造は理解できないだろうと思い、バンは殆ど聞いていなかったが、とても頼もしい存在なのだという。
と、期待に胸を膨らませているバンの後ろから、奥のデスクに座って無言で仕事をしていたドギーが顔を上げた。
「ああ、その事だが、はやて。君のデバイスの到着が、少し遅れるかもしれん」
「え、何かあったんですか?」
「デカベースの転送ポートが、今日は定期メンテナンスの時でな。だから近くの公式ポート場へ一旦移動してから来ることになった」
メンテナンスの指揮を担当しているのは主にスワンだが、戦闘に直接関わらない機械でも、彼女は積極的に整備をしていた。
スワンによると、デバイスやマシンなどの損傷が激しい物と比べれば、かなり簡単なものらしい。
彼が現役時代からこの傾向は変わらず、『いつも無茶に付き合わされているんだもの。リラックスしないとね』と皮肉たっぷりにドギーに微笑んだ表情は今でも思い出したりする。
その為か、逐一整備をしなければならないマシンと違って、転送ポートなどの緊急の必要が殆ど無い物に関しては、定期メンテが彼女の骨休み代わりだった。
「まあ、せいぜい長くて二、三時間ぐらいだろう。そんなに気にする事はないと思うが、一応な」
「そうですか……」
別に事件という事ではないらしい。はやてはほっと胸を撫で下ろした。
と、その時ふとある考えが浮かんだ。
バンたちに自分のデバイスがどういうものか、という事を今から言っておくべきではないか、と。
『彼女』は確かに心強い存在だし、はやても信頼している。なのはやフェイトだって同じだ。
しかし、バン達が初めて見た時に面食らうのは目に見えて想像出来る。
勿論その後、妙な眼で見ることはしないだろう。フェイトの正体を知っても彼らは受け入れてくれたのだ。
ただ、それで『彼女』本人がどういう反応を示すかどうかが問題なのだ。
先程も言ったとおり、人見知りが激しいのもはやての一抹の不安材料である。
変なゴタゴタや誤解を招く前に言っておくべきか。
そう思った時だった。
突然外部コールがデカルームの中に響き渡った。
一瞬の硬直の後、事件発生かと思い、気を引き締める八人。
ドギーが通信を自分の持っているマスターライセンスに繋いだ。
「俺だ……」
ドギーも報告を強張った表情を聞こうとする。
が、次の瞬間ドギーは破顔した。
「あ? 何だって?」
しだにその声は間の抜けた物になっていく。
八人も次第に、その様子がおかしいと思い始めた頃だった。
「……分かった、すぐにそっちへ向かわせる」
力なくマスターライセンスの通信を切るドギー。
彼の声には最早呆れが含まれていた。
「ボス、どうしたんスか?」
「事件…ですか?」
バンとなのはがゆっくりと聞く。
どうやらアリエナイザーがらみだったとしても、極悪人による凶悪事件、と言う訳では無いみたいだが。
ドギーは深く溜め息を吐くと、はやての方へと向き直っていった。
「はやて、君のデバイスがこっちに来たそうだ」
「え、ホンマですか!?」
先程のドギーの態度は気になったが、それを忘れて彼女の顔が輝く。
遅れるかもしれない、と言うのを聞いていた事もあった。
しかし、ドギーの眉間には皺が寄ったままだった。
「何処にいるんです?」
「近所の交番だ」
「………はっ?」
一瞬、時間が止まり、バンたち五人は何を言っているのかさえ知覚できない。
少しずつ、ドギーは一言一句話し続けた。
「ここへ来る途中、突然はぐれて姿が見えなくなってな。一緒に居たマーフィーが探したところ、公園で泣いているのを発見したそうだ」
ドギーの言葉が段々と全員の耳の中へと入っていく。
もし、彼の言葉を額面どおりに受け取るとする。
すると、今はやてのデバイスが陥っている状態は………
「「「「「……って、それ迷子じゃん!!!」」」」」
時が動き出す……。
五人の態度と言葉が見事に合致した。
しかし、そこでバンがハッとなった様に言った。
「おい、デバイスが迷子になるわけないだろ」
「…え? うん、それもそっか」
ウメコも頷く。
つい条件反射で突っ込んでしまったが、深く考えれば……と言うよりも普通に考えればデバイスが迷子という現象自体がまず考えられない。
人工知能を持っているインテリジェントデバイスでも、命令以外の行動を取る事はないのだ。
しかし、フェイトやなのはも苦笑いをするしかできない。
事情を知っている彼女達にしてみれば、確かにありえるかもしれない事態だったからだ。
ドギーはそんな彼らを尻目に、はやてに言った。
「皆で宥めてはいるんだが、どうも手がつけられないらしい。そこまで行って、安心させてやってくれ」
「は、はい……」
同じく苦笑いのはやてだった。
しかし、実の所内心は早く言ってやりたい思いで一杯だった。
あの娘の事を心配していた途端に、このような事態になってしまったのだ。
バン達は、まだよく事態が飲み込めていないようだったが、この際は後回しだ。早く『彼女』の下へ行ってやりたい、そう彼女は考えた。
「ジャスミン、ウメコ、マシンドーベルマンではやてを送ってくれ」
「ロジャー」
できるだけ早いほうが良い、と判断したのか、ジャスミン達にも指示を飛ばす。
五人の中で、取り敢えず一番冷静だったジャスミンはすぐに指示に従った。
「じゃあ、はやてちゃん。さっさと行くべし」
「はい、宜しく頼みます」
「あ、二人とも待ってよ〜!」
慌ててウメコが後を追う。
三人が出て行った後のデカルームは、台風とは行かないまでも、ちょっとした雨風が来た後のような状態だった。
「デバイスが迷子ってなんだよ?」
バンが誰に尋ねる訳でもなく呟いた。
彼は近所の交番で起こっている光景が全く想像できなかったが、それはホージーとセンも同じだ。
報告違いにしても、泣いている女の子と機械のデバイスを間違えるというのは、それこそ目が見えない状態でもなければ間違えないと思っていたからである。
だが、彼らはもう一つの可能性を考慮していなかった。
恐らく、専門家でもなければ予想できないだろうが。
「えっと、つまりですね、バンさん。はやてちゃんのデバイスは、ちょっと特殊なんです」
「え、特殊?」
「はい、つまり……」
言いかけて、なのはは黙ってしまった。
男性人二人はともかく、この青年に『彼女』の事をどうやって説明しよう。
奇しくもはやてが先程まで考えていたことだったが、詳しい理屈を彼が理解できるはずも無い。
隣にいるフェイトを見ると、彼女も困ったように苦笑している。
仕方無しに、この部屋の最高責任者に救援を求める事にしたのである。
それは突然の出会いでした。
人一倍頑張らなって、心の中で思ってました。
自分は周りよりも経験不足やったし、何より強くならなあかんかったから。
家族と、何より小さな相棒の為……。
昨日も、今日も、明日も、そしてこれからもや。
私はその決意を胸に、強くなっていきたい。
魔法少女リリカルなのはSPD……始まります………
Episode.05 『ユニゾン・デバイス』
AM10:25 メガロポリス・ニュータウン通り
「それにしても、デバイスが迷子って、一体どう言う事?」
地下駐車場を出発したマシンドーベルマンは、一直線にはやてのデバイスがいると言う交番に向かっている。
あと十分程度で合流できるだろう。
しかしウメコは、未だに納得がいかない顔で助手席に座っていた。
「ええっと、何処から話せばええんやろ……」
きっと同じ問題でなのはやフェイトも悩んでいるに違いない。
アゴに手を当てながらはやてはそう思った。
一つ一つ言葉を分かりやすく選びながら解説しようとする。
「二人は、『ユニゾン・デバイス』って知ってます?」
「ゆにぞんでばいす?」
聞きなれない単語に耳を傾げるウメコ。
ミッドチルダで生活して二十年以上経つが、そんな言葉は初耳だった。
「私のデバイスの総称なんです。インテリジェント・デバイスみたいに自律思考回路を持ってるんやけど、殆ど人間と変わらへんのです」
「人工知能……AIってこと?」
隣で運転をしているジャスミンが言った。
彼女もウメコ同様、そんな言葉を聞いたことは無かった。
「簡単に言うとそうなりますけど…実体化することもできるし、姿形も同じなんですよ」
かつて、ミッドチルダと勢力を二分した魔法勢力が存在した。
集団戦に特化したミッドチルダ式。
もう一つが、はやての使っている対人戦闘に有利なベルカ式だ。
扱いの難しさと汎用性の点から、ベルカ式は衰退して行ったが、単純な戦闘能力を比較すれば決して引けをとるものではない。
ユニゾン・デバイスとは、ベルカ式のデバイスの中でも最も高度な技術を用いたもので、インテリジェント・デバイスの特徴である自律思考回路を更に突き詰めた構造になっている。
故に言語機能は勿論の事、理性や感情、果ては実体化しての肉体の動きまでもが可能になった、それは一つの人格である。
だが、高すぎる知能は使い手との愛称などの様々な問題を生み出し、結果として現存するユニゾン・デバイスは皆無と言ってもいいほど無くなってしまったのである。
「…で、その子、生まれてから間もなくて、情緒面がちょっと子供なもんやから……」
「なるほど、それで迷子になっちゃった訳だ」
「う〜ん、よく分かんないけど、人間と変わらないって事ね」
ジャスミンもウメコも大まかな所は納得してくれた。
はやてが伝えたかった事も、彼女達は分かってくれたらしい。
自分は『彼女』を、心を持った一つの人格として思っている。
はやてにとっては大事な仲間であり家族なのだ。
だから、バン達にもそう言う風に見て欲しいと考えていた。
(この人達やったら、心配ない)
しかし、それはどうやら杞憂だったらしい。
「ありがとうございます。私、あんまりあの娘の事デバイス扱いしたくないから…」
「大丈夫だよ! 今から会うの楽しみだもん!!」
ジャスミンは、ああなるほど、と頷く。
その目はやけに楽しそうだった。
「ウメコはマーフィーみたいに、子供と動物には好かれるものね」
「ちょっとジャスミン! 『には』ってどういう意味よ!!」
「あはは……」
乾いた笑いをこぼすはやて。
しかし心の奥底では、とても安堵していた。
と、そこで会話の中で聞きなれない言葉が入っていた事に彼女は気付いた。
「あの、私も一ついいですか?」
「え、何?」
「『マーフィー』って何です?」
デカルームの中でも、ボスがこの言葉を口にしていた気がする。
確か迷子になっていた『彼女』を見つけてくれた本人だと言う話だ。
「そういえば、説明してなかったっけ」
「どんな人なんです?」
「ええっと、人って言うかねえ……」
ウメコが笑いながら言った。
どうやら彼女も、その『マーフィー』と言うのを紹介したくて仕方が無いらしい。
嬉しそうに、助手席から身を乗り出しながら答えた。
「高性能AIを搭載した、ロボット警察犬のこと。こっちも、調整中だったのよ」
「ロボット警察犬!?」
「うん、驚いた?」
「ふええ…そんなものまであるんですか……」
宇宙警察にも、『警察犬』と言う単語があることに、はやては驚いた。
管理局にはそんなものは無かったのだ。次元犯罪においてそう言った対応が求められる事態そのものも少ない、と言う事もある。
尤も、あらゆる局面に応じられるように、三人は研修に来ているのだ。全く無いとはいえないかもしれない。
そんな事を思ったとき、ジャスミンが不意に声をかけた。
「二人とも、そろそろ目的地に着くわよ。実際に見た方が、いいんでない?」
「「え?」」
二人は同時に前方を見る。
ジャスミンの言う通りだった。
マシンドーベルマンのフロントガラスからは、既に交番が視界に入っていたのだった。
同時刻 メガロポリス公園前派出所
どこでどう間違ったのだろうか。
時空管理局の局員、計5名は本日何度目になるか、分からない溜め息をついた。
本局から受けた任務の内容を、心の中で反芻する。
確か、自分達に命令したのは、レティ=ロウランと言う自分にも他人にも厳しい聡明な女性、本局勤務の提督だった。
仕事の内容だけ見ればそれほど難しい内容ではなかった筈だ。
レティ提督の部下のデバイス…本局で調整中だったそれを、提督の部下の研修先であるデカベースまで届ける。それをすればいいだけの話。
なのに、この状況はなんだ?
「ふええ…ひっく…えっぐ……」
自分達は曲がりなりにも、部署こそ違えど同じく平和の為に働く魔導師だ。
どんな下働きでも、秩序を守り抜くためとあれば力の限りを尽くそうと言う覚悟は一応ある。
しかし……
「うう……はやてちゃん…ふええ〜〜ん!!」
この任務が果たしてどれだけ社会にとってプラスになっているのか、甚だ疑問であった。
既に彼らの中には組織に貢献している、と言う思いが消えかけている。
「ワンッ! ワンッ!」
近くにいた犬型ロボットが吼えた。
もうかれこれ一時間以上、この状態が続いている。
初めは普通に、この目の前の椅子のちょこんと座っている女の子を連れて向かっていたのだ。
レティ提督から任された時は、これがデバイスかと目を丸くしたが、常々噂には聞いていたこともあって納得した。
人懐っこく、見た目相応の反応を見せる。はじめて見るユニゾン・デバイスに戸惑いつつも、何とかデカベースまで連れて行けそうだ、と安心していたその時だった。
目を話した一瞬の内に姿が無くなっていた。
慌てて周りを見渡したが、影も形もありゃしない。そして、そのうち全員が悟った……これは迷子だと。
幸いにも同じく技術局で調整していたロボット警察犬のお陰で、公園で泣いていた所をすぐに発見する事はできたものの、問題はその後である。
はぐれて一人きりになってしまってパニック状態の彼女は、泣き止む事を知らなかった。
とりあえず交番に連れて行ってもそれは続き、一向に止む気配がない。
このままでは任務どころではない。仕方無しにデカベースへ連絡して応援を要請したのだった。
そのことを伝えて、ある程度は収まったものの、この涙ぐんだ表情は変わる事が無かった。
「ウォウ、ウォウ!!」
「うう……そこまできてる? ……ひっく…だから心配するな…?」
「ワンッ!」
「くすん………ありがとうなのです、マーフィーくん……」
このロボット警察犬……正式名称『マーフィーK9』の吠え声は通常の犬と同様、自分達には何を言っているのかは分からない。
だが、どうやら何らかの電子信号を送っているらしく、この少女には何を言っているのかが分かるらしい。
お陰で彼女にもほんの少しだが、笑みが戻っていた。尤も十分程度しか効果はないのだが。
しかし、これで助かっているのは事実だ。マーフィーが居なかったら、落ち着かせるのはおろか、交番にまで連れてくるのも困難だったであろう。
そんなこんなで身も心も疲れ果てていた彼等の前に、一台のパトカーが停車した。ナンバープレートを見ると、『SP−01』と表示されている。
「おい、あれって……」
「ああ。スペシャルポリスが扱う専用車両、デカビークルだ」
彼等の肩から砂袋が十個ほどドサドサと落ちていくようだった。
それぐらい重い荷だったのである。
停車したデカビークルから降りてきたのは三人だった。そのうち一人は管理局の制服を着ている。
局員のうち、年配の一人が疲れきった表情で三人に挨拶した。
「どうも、ご苦労様です。あなた方が、デカベースの?」
「はい、礼紋茉莉花です。こちらが胡堂小梅。そして、こちら管理局の八神はやて特別捜査官です」
「宜しくお願いしま〜す!」
ポニーテールの刑事が元気よく挨拶する。一瞬背が低いので子供かと疑ったが、胸にはバッヂも付いているし、間違いない。
何より彼等自身、この状況から一刻も早く抜け出したかった。
と、その時、八神特別捜査官が前に進み出た。
「あ、あの…リインフォース……私のデバイスは……」
「ああ、こちらです。いやいや、正直参りましたよ……私も管理局に身を置いて久しいですが、こんな事は前代未聞です」
「はあ…ご迷惑をおかけします……」
心底申し訳なさそうに頭を下げるはやて。その絵図は何と無く、お巡りさんが子供を母親に送り届ける風景に酷似していた。
まあ、実際にそうだったりするのだが。
交番の中に入り、少女が待つ所へ案内する。
案の定、少女はまた少し涙ぐんでいたのだが、はやての姿を確認するや否や、あっという間に満面の笑顔になった。
「あ……!」
「リイン!」
「はやてちゃ〜ん!!!」
そしてそのまま彼女の胸に飛び込む。
はやてはそれをしっかりと受け止め、抱きしめてくれた。
「もう…ちゃんと周りの人の言う事聞かんと駄目やないか……」
「ごめんなさい……これからは気をつけるです………」
「ふふ…ええよ。無事でよかったわ……」
その言葉に安心したのか、嬉し涙を流しながら、髪の長い少女はまた主の胸に顔をうずめて泣き出した。
その光景を見て、交番勤務の人間の何人かがもらい泣きをする。
正直言って、管理局の人間も、ちょっと感動する風景だった。
しかし同時に、果たしてこれでいいのだろうか、と考えてしまう。
「ウォン!」
「久しぶり、マーフィー! 早速大活躍だったね! 偉いぞ〜!!」
「ワン、ワンッ!」
隣では、先程から慰め役だったロボット警察犬がポニーテールの刑事……ウメコに頭を撫でられながら尻尾を振っている。その吠え声はどこか嬉しそうだ。
やっぱりどこかがずれている……時空管理局員は、全員そう思わずにはいられなかった。
AM10:45 メガロポリス・ニュータウン通り
交番で管理局員達と別れたはやて達は、そのままデカベースへ帰還することになった。
ウメコは初めて見るはやての家族に興味津々で、いつの間にか助手席ではなく後部座席に座っている。
「えっと、改めて紹介しますね。この娘が、うちの家族の一人で、大事な相棒の……」
「リ、リインフォースです……よろしくお願いします………」
マシンドーベルマンの中で、はやてのデバイス―――リインフォースは緊張した面持ちでゆっくりと頭を下げた。
淡い色の髪が、窓から差し込む光の加減で光り輝いて見える。
それが可愛らしかった。
「私、胡堂小梅! ウメコって呼んでね!!」
「は、はいなのです。ウメコ、さん…」
あたふたと慌てながらも、ウメコの元気いっぱいの自己紹介に必死で応えようとするリインフォース。
その姿を見て、ウメコは思わず頭を撫でてしまっていた。
「う〜、可愛いなあ〜!!」
「あ、あうあう〜……」
余りの激しさに目を回しながらフラフラしているリインを見て、運転をしているジャスミンがバックミラー越しにウメコを静止した。
「ウメコ、はしゃぎすぎよ」
「あ、ゴメンゴメン……」
「ゴメンね、リインちゃん」
「い、いえ〜…いいのです〜……」
目を回しながらも笑いながら応えるリインフォース。
はやては、そんな様子を見て、ニコニコしている。
どうやらジャスミンの言ったとおり、ウメコは早速リインと打ち解けた様だった。
が、そのとき横に居たマーフィーが頭をリインへとすり寄せて来た。どうやら目を回している彼女の気を紛らわせようとしているらしい。
「へへ……ありがとうなのです、マーフィーくん……」
「ウメコさん、このワンちゃんが、さっき言ってた『マーフィー』ですか?」
「うん、そうよ」
はやてがマーフィーの頭を撫でながら質問する。
ロボット警察犬の実物を見て、確かに改めて宇宙警察の科学技術の高さに驚かされたが、こうしてみると普通の犬と代わらない。
「正式名称『マーフィーK9』。人間の手に届かない所の捜査には欠かせない、大事な仲間よ」
「ウォンッ!」
ジャスミンの補足説明に合いの手を入れるようにマーフィーが吠える。
「さっきは凄かったんですよ! リインが公園で一人ぼっちだった所に、マーフィーくんが現れて助けてくれたのです。とってもかっこよかったのです!!」
はしゃぎながら二時間ほど前の武勇伝をはやてに話すリイン。
マーフィーによると、リインの鳴き声を探知して、場所を突き止めたらしい。
そして助けてくれた事をきっかけに、はやてたちが駆けつけるまでの間、非常に仲良くなったのであった。
「へえ、そうだったの……」
「びっくりしたにゃ〜」
感心したように呟くジャスミン。
実を言うとマーフィーもかなり性格に難があった。マーフィーはデカベースの人間の中でも、ウメコを除けばスワンにしか殆ど懐かない。
いかにデバイスとは言え初対面の女の子と仲良くなると言うのは、かなり意外である。
「ありがとうな、マーフィー」
はやてが笑いながら、マーフィーの頭を撫でる。
彼は嬉しそうに喉を鳴らした。
その姿は、どことなくリインフォースに通じる所があった。
(ああ、だからリインと仲良うなったんかもな……)
はやては何と無く理解した。
マーフィーは最新鋭のロボット警察犬だ。それもまだ試作段階の域を出ていない。と言う事は自分以外の同機種は殆ど存在しないことになる。
そしてそれはリインフォースも同じ事だった。自分以外は全て人間か使い魔と言う時空管理局の中で生まれ、人間の世界で生きてきた彼女。
生まれてから間もないリインの仲間は、一部の例外を除いて殆ど反応しないインテリジェント・デバイスぐらいである。
そんな中で、人間ではなくとも同じように考える事ができるマーフィーは、どこか心を許せる存在だったのだろう。
恐らくマーフィーも同じ理由だ。
「マーフィー。これからもリインと、仲良うしてな」
「ウォウッ!」
「ふふっ…結構、いいコンビなるかもね」
ジャスミンが微笑みながらハンドルを切る。
同じ思いを、マシンドーベルマンにいる者達が抱いていた。
その時である………。
突如として、耳を貫くほどの轟音が、辺り一面に響いた。
「ええっ!」
「うわぁ!?」
慌てて耳を塞ぐはやて。
しかし、鳴り響き続ける轟音はとどまることを知らない。
窓を閉めていても、なお聞こえてくるほどの振動と音だった。
「じ、地震!?」
「だったらこんな風に音はしないわ……」
ハンドルを必死に切り続けるジャスミン。
周りを見ると、既に車の何台かが突然の事態に対応しきれず、ぶつかっているのがしばしば見えた。
「グルルルッ………」
「? どうしたの、マーフィー?」
何とか急停止したマシンドーベルマンだったが、次の瞬間マーフィーが今まではとは違う声色で唸り始めた。
ウメコが聞こうとしても、マーフィーの唸り声は泣きやもうとしない。
窓ガラスから外の景色を凝視して、今にも飛び出していきそうな気配を漂わせている。
「は、はやてちゃん……」
「どないしたん、リイン?」
リインフォースも、はやての服の裾を掴んで必死に何かを訴えようとしている。
その目からは普段の愛らしい輝きが失せ、代わりに緊張感が全身を支配していた。
「とても大きな魔力反応です……でも、人間じゃないです……」
「なんですって!?」
驚いたジャスミンが振り向く。
大きな魔力を持っているのに人間ではない。
まさか、この間のフェンリルのような半機械の魔導生命体だろうか。
恐ろしい疑問を持っていた彼女達の前に………その正体は現れる。
AM10:52………メガロポリス工科大学前に、アリエナイザーが使う戦闘用マシーン兵器、怪重機が出現した時間だった。
あとがき
え〜、結構スピードあげて書き上げました、エピソード4の前編です。
いきなりリインが迷子です。
なんじゃそりゃああ!!!?? と思った方々、いらっしゃると思いますが、唐突に思い浮かんできたネタを友達に教えたところ、「それいいよ!」と太鼓判を押され使ってみた次第です。
今回は正確に言うと、『はやて編』と言うよりも『はやて&リインフォース編』。
次回はお待ち兼ねの怪重機戦です。
魔法少女が、飛んで飛んで! 回って回って!!(マテ