「ねえ、――あなたは、これから どうするの?」

 

少女は問う。

 

「わからない。でも、君がいなく なるのなら、風当たりは厳しくなりそうだね」

 

少年は答える。

 

「手っ取り早く逃げちゃえば?こ れ以上風当たりが厳しくなったら、あんたたち全員死ぬわよ?」

 

「そうだね。君が出て行かなけれ ば――――――駄目だね、これは依存だ。いつまでも君に頼ってばかりではいられないしね」

 

肩をすくめ、苦笑とも自嘲とも取 れるような表情で、少年は答えた。

 

「ま、そうね。どっちにしろ、私 はこんな所に留まる気もないし。自由気ままに生きるのが一番よ」

 

「そのわりに、行く先は公務 員?」

 

「うっさいわね。生きるには確実 な収入がいるのよ。ちょうど面白い組織を立ち上げるって噂だしね」

 

「特殊資料整理室…………だっ たっけ?」

 

「ええ。新興の組織だし、色々と 面白いことができそうじゃない?」

 

「そうだね。君なら、何でもでき そうだ。―――――何しでかすかは考えたくないけど」

 

「なによそれ。私が騒ぎを起こし まくってるみたいじゃない」

 

「事後処理を押し付けられる、僕 や和麻の身になってほしいね」

 

「たいていは証拠隠滅してるんだ からいいじゃない。あの馬鹿親父も何も言ってこないしね」

 

「黙認してくれてるんじゃないか な…………」

 

やれやれ、と言った風に、しか し、どことなく楽しそうな表情で少年は答える。

 

「お、やっと笑ったわね」

 

「えっ?」

 

「さっきから暗かったわよ、あん た。人が出て行くその日に、そういう暗い顔で見送られるのが嫌なのよ。和麻も今は頑張ってるころだろうしね」

 

「……………信じてるんだね」

 

「当ったり前よ、私の弟だもの! ――――――じゃあ、行くわね。また会いましょう、流也」

 

「――――うん、また会おうね、 焔――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少女は話しかける。

 

「ねえ、何してるの?」

 

少年は答える。

 

「――――何も」

 

「ぼーっとしてるだけだもんね。 ――――もうっ!お姉さんが呼んでるわよ!早く来る!!」

 

「ん…………」

 

「まーったく、何でこんな無気力 かなぁ?ほら起きろ■■!私が焔に怒られるでしょうが!」

 

「もう少し、見ていたいんだけ ど……………」

 

「なにを?」

 

少年の視線の先には、高くそびえ た木の枝に作られた巣の中で、今まさに生まれようとしている鳥の雛の姿があった。

 

「へえ…………にしても、よく見 つけたわね。私でもギリギリなのに」

 

「――――目は、いいから」

 

「――――――はあ」

 

盛大なため息をついた少女は、少 年の肩を引っ掴み、自分の方を向かせる。

 

「あのね■■、あんたは才能も あって、運動神経も頭もいいのよ?なーんでそこまで無気力小僧になるのよ?」

 

「―――――そう、かな? ――――そうだね。こんな家にいる間は、ずっとこうだと思う。僕は、焔姉に追いつきたいんだけど、こんなままじゃ無理だね」

 

「そりゃそうよ。今のあんたが焔 に追いついたら、世界が滅ぶ前触れでしかありえないわよ」

 

「―――――厳しいね」

 

「事実。追いつきたいなら変わり なさい。あんたには強くなって欲しいの。変わって欲しいの。わかる?」

 

「―――――なんで、そこまで 言ってくれるの?僕は、神凪なんだよ?」

 

「私を人間扱いしてくれたのは、 お兄様以外じゃ、あんたと焔が初めてだったんだから。そうじゃなきゃ、神凪の人間相手にここまで必死になんないわよ」

 

「――――――僕も、人間扱いし てくれたのは、焔姉と煉、それに…………宗主ぐらいだったから」

 

「そうね。揃いも揃って、親には 恵まれなかったわよねー、私たちって」

 

「――――――うん」

 

「―――――だから、強くなろ う?あんたもいつか出て行くだろうし、私だっていつまでもこんな所にいてやるつもりなんかない。絶対に、誰よりも強くなってみせる。焔も、当然、神凪の誰 よりも、強くなってやるわ」

 

「――――――うん」

 

「あんたも強くなれ、■■。焔 だって追い越してみせてよ」

 

少年は、珍しく空っぽではない笑 みを浮かべて、言った。

 

「―――うん、がんばるよ。あり がとう、命」

 

「その意気よ。頑張れ、和麻!」

 

 

 

 

 

 

 

風の聖痕 三色の旋風・目覚めし不死鳥

 

第七話 姉弟

 

 

 

 

 

和麻たちを見失い、帰還した神凪 たちは、屋敷の中の一室に集まり、醜悪で、邪悪な雰囲気を高めに高めていた。

 

「いいか、者共!!あの裏切り者 を討ち滅ぼし、妖魔を滅し、神凪の力を、精霊王に選ばれた者の力を見せつけるのじゃ!!!」

 

 

おおぉぉっっ!!!

 

 

無駄に広い部屋で先代宗主、頼道 が分家の当主を始め、分家の動ける術者のほとんどを集め盛大に勘違いした台詞を撒き散らしていた。

 

重悟と厳馬、雅人と戦闘能力の低 い者たちは除き、宗家、分家のほとんどが集まっていた。しかし、気付いてもいいはずだろう。分家では宗家の足元にも及ばない。

 

綾乃の足元にも及ばない集団が、 綾乃を凌駕する化け物に勝てると思うほうが間違っているのだが――――そんな事に気付く頭をもっている人間など、この場には存在しない。

 

ここにいる人間たちは、全員が和 麻を憎み(正しくは逆恨み)、妖魔と結託した裏切り者として認識している。

 

しかしそんなもの彼らには何の関 係もない。問題なのは今まで見下してきた相手が、自分達に牙を向いたと言う事実のみ。

 

和麻という炎術を使えない無能者 が、精霊王の加護を受ける自分達と敵対したと言う赦しがたい行為。一族のすべてを持って、彼を完全にこの世から消し去るつもりだ。

 

彼等の頭には勝利の二文字しか見 えていない。敵の能力をきちんと把握していない結果だ。また和麻如きと言う考えもあったのだろう。彼はどこまでいっても無能者でしかないと。

 

いまだ、彼らは正しく理解してい ないのだ。圧倒的な戦力差を。

 

火力のみですら、おそらく神凪全 ての炎を集めた所で、せいぜい五分五分にも届かないだろう。宗家の主力がいない状況では、勝ち目はない。

 

そもそも、和麻たちに真っ向から 戦う義理等ないのだ。適当に各個撃破していけば、まず負けはない。面倒なのでやることはないだろうが。

 

そして、この場の全員の力は、綾 乃にすら及ばない。

 

そして、和麻の戦闘能力は綾乃を 遥かに凌駕する。それを相手に、勝利することが可能なのだろうか?

 

【殺し合い】が始まれば、和麻に “手加減”“容赦”“情け”などというなまやさしい感情は、よほどの例外を除けば、基本的に存在しないのだ。

 

自分に刃を向けるのならば ―――――ひいては、凛とセイバーに刃を向けるならば、老若男女分け隔てなく皆殺しにされるだろう。

 

力押し一辺倒の神凪に、勝てる要 素は微塵もないだろう。

 

「―――――」

 

そんな邪悪な宗教―――もとい、 邪悪な集団の中に、明らかに場違いな少年がいた。

 

年は、おそらく十一、二歳。

 

ベージュのパンツにダッフルコー トを着ていて、その顔は女の子と見まがうほどに可愛い。

 

和麻の実弟にして、綾乃のはとこ である神凪煉であった。

 

その場の中で妙に浮いている少年 は、ここにいることに嫌気がさしたのか、静かに部屋を出て行く。

 

しかし、その様子に誰一人として 気付かない。

 

和麻を殺すことのみに意識を集中 させている邪教集団には、そのようなことに気付く神経は存在しない。

 

どこまでも醜い集団だった。

 

そのなかで、たった一人の例外 が、綾乃だった。

 

(煉?)

 

少年の名を心の中で呼び、その後 を追って部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「りーん、その辺でやめとけっ て。―――――もう遅いか」

 

その言葉の直後、先ほどまで色々 騒いでいた女性は、ぱったりと気を失うように倒れこむ。

 

和麻は慌ててその体を支え、静か に寝かせる。

 

「しかし…………よくここまで飲 んだな。凛はザルじゃなかったはずなんだが」

 

テーブルの上に並んだ空き瓶を眺 めつつ、和麻はため息をついた。

 

しかし、この男、凛と同じくらい 飲んだが、微塵も酔っていない。―――――――何故?

 

日本に帰ってきて、色々ごたごた していたため、和麻たちは帰国祝いに宴会を開いていた。

 

いい勢いで凛が飲み、セイバーも 飲み、和麻も飲み、飲みすぎで凛がひっくり返った、とまあ、そういうわけである。

 

「ったく…………セイバー、凛連 れて行っとくから、片付け頼めるか?」

 

「ええ………分かりました」

 

少し顔が赤いが、そこまで酔って いるようではない。

 

セイバーに任せ、凛を抱え上げよ うとすると―――――――

 

プルルルルルルル―――――――

 

テーブルに置いてあった携帯が鳴 り出した。

 

「ん?誰だ、こんな夜中に」

 

現在午後十時です。

 

プルルルルルルル―――――――

 

「あー、はいはい」

 

一旦凛から離れ、携帯を取り上げ る。

 

「もしもし」

 

『あっ、和麻?わ・た・し♡』

 

聞こえてきたのは、数少ない頭の 上がらない相手だった。上げる気もないが。

 

「…………焔姉、その新妻まがい の喋り方、やめてくれるか?」

 

『だ〜って、心は新妻よ?』

 

「心ねえ…………」

 

『身体の方もそうする?』

 

「切っていいか?」

 

『あー、待った待った。もー、反 抗期なんだから』

 

電話の相手の名は、陽神焔(ひの かみほむら)。

 

警視庁特殊資料整理室の術者にし て、室長の橘霧香に次ぐ権力を握ってたりする、和麻の実の姉である。

 

「ったく………相変わらずだ な…………。っていうか、なんか用?」

 

『あ、そうだった。あのね、 ちょっと急ぎなんだけど、そっち行ってもいい?』

 

「今からか?」

 

『ちょっと立て込んでるから遅く なると思う。ん〜…………一時くらいになると思う』

 

「ああ、問題ない。待ってるよ」

 

『ごめんねー。今度なんかおごる わね』

 

「別にいいけど…………何かあっ たのか?」

 

『うん、まあ色々と。そっち行っ たときに話すわね』

 

「了解」

 

『じゃ、あとでねー』

 

携帯を切ると、セイバーがこちら を眺めている。

 

「どうした?」

 

「焔ですか?」

 

「ああ。なんか用があるらしい。 一時ごろにこっちに来るってさ」

 

「一時……ですか?また随分と遅 くにですね」

 

「色々立て込んでるらしい。ま、 焔姉の頼みを断るわけにもいかねーし、ゆっくり待ってるとするわ」

 

和麻はそう言うと、ひょい、と凛 をお姫様抱っこで抱え上げ、とっとと居間から運び出す。

 

その様子を眺めながら、セイバー は苦笑を押さえられなかった。

 

「まったく…………凛が見れば妬 きますよ、和麻………。そんなに嬉しそうな顔をしていると、ね…………」

 

もちろん、和麻には聞こえないほ どの声で。

 

教えてやる気にはならなかった。

 

なぜか、と聞かれる事はないだろ う。

 

あの和麻の、あれほど嬉しそうな 表情を見れば、誰だろうと失笑や微笑、苦笑を禁じえないはずだから。

 

それほどまでに、和麻の顔には、 喜びが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

邸内の縁側に、煉は落ち込んだ様 子で座っていた。

 

「はぁ…………」

 

思わず大きなため息が漏れる。実 際の所、煉は和麻と戦う気など微塵もなかった。

 

幼い頃、和麻と煉はほとんど触れ 合うことはなく、公式に会うことが出来たのは半年に一度、あるかないかの事だった。

 

理由は単純、無能が移るとでも 思ったのか、父親である厳馬が二人の接触を嫌ったためであった。

 

焔とはよく会っており、煉は彼女 から和麻の話をよく聞いていた。

 

焔はとても楽しそうに和麻の話を していた。

 

よく注意してみないと分からない が、とても優しく、気配りが出来る。

 

笑うと、抱きしめたくなるほど可 愛くて無邪気(煉には(和麻にも)よく抱きついていた焔である)

 

そして、強い意志の持ち主。

 

そんな事をよく聞いていた。

 

実際に会った兄は、どことなく無 気力で、なんというか、言ってしまえば空っぽにも見えたが、よく煉と遊んでくれていた。

 

怪我をしたりしないように気を 配ってくれてもいたし、焔のいうとおり、ごく稀にみせる微笑みは、煉から見ても可愛くさえ思えた。

 

それに、とても優しく、自分の話 を嫌な顔一つせずに、長い間聞いてくれたりもしたのだ。

 

たまに焔にくっついて、父の目を 盗んで和麻と遊んだこともあった。

 

誰かに引き取られて、和麻は神凪 の家を出た、と聞いていた。

 

そこからはあまり合えなかったの だが、【継承の儀】に参加する、とのことで帰ってきた和麻は、一族すべての前で、厳馬に喧嘩を売ったのだ。

 

容赦なく勘当され、出て行く直 前、煉にむけて優しげな笑みを浮かべたことだけは、煉は見逃さなかった。

 

そんな、どこまでも優しかった兄 が、復讐のために帰ってきたなど、煉には信じられなかった。信じたくなかった。

 

「兄様…………何があったんです か………?」

 

煉は和麻の無実を信じている数少 ない人間である。そんな事はありえないと、自信を持って断言できた。

 

「兄様………」

 

「………ま?………煉様?」

 

「うわぁっ!?」

 

考え事をしていたときに、突然自 分の名を呼ばれ、煉は驚き、少し飛び退いた。

 

「あ、す、すみません!驚かすつ もりは、なかったのですが…………」

 

声をかけてきた少女―――――大 神操は、恐縮したように頭を下げる。

 

「あ、そんな、頭を下げないでく ださい、操さん。僕が勝手に驚いたんだし…………」

 

「あ、はい…………」

 

その言葉で、操は安心したように 微笑を浮かべる。

 

「でも、どうしたんですか?こん な所に………?」

 

今、大部屋に集まっている人間は 戦闘力の高いものばかりである。

 

基本的に後方支援に徹している操 はいなかったはずである。

 

「いえ、私も少し、考え事 を…………していましたから」

 

「考え事、ですか?」

 

「はい…………和麻様の、ことで す」

 

「えっ!?」

 

「煉様も、ですよね?」

 

なんとなく分かっていたのか、操 はためらいがちに聞いてくる。

 

「―――――はい。操さんも、兄 様が犯人だと思ってるんですか?」

 

おずおずと尋ねる煉に、操はゆっ くりと首を振る。

 

「いいえ、私はそうは思っていま せん」

 

「そう、ですか…………。でも、 どうして?」

 

安心した様子の煉だが、疑問を浮 かべる。

 

疑うなら当然だが、無実と言い切 るからには、理由があるのだろう。

 

「和麻様は…………とても優し かったですから。それに、出て行かれた少し後に、一度だけお会いしましたから」

 

「そうなんですか!?」

 

煉は叫び声に近いものを上げた。

 

何しろ、和麻は帰ってきたその直 後、再び家を失踪したので、その後に和麻と会った人間はいないものだと思っていた。

 

「たまたま、だったのです が…………」

 

「兄様、何か言ってました か!?」

 

勢い込んでくる煉に押され、操は 少し下がりつつ答える。

 

「えと、『また、機会があったら 会えるといいな』と…………。それに………」

 

「それに?」

 

「あっ!………いえっ、先ほどの こととは関係のないことです!!」

 

真っ赤になりつつ叫ぶ操に、煉は 気圧される。

 

「そ、そうなんです か…………?」

 

「はい!そうなんです!!」

 

何が何でもそれで通したいらし く、操は真っ赤になって叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「お、落ち着きましたか?」

 

「…………申し訳ありません。ご 迷惑をおかけして…………」

 

少しの間、興奮したのか荒い息を ついていた操が落ち着く。

 

「操さんは、兄様を信じてるんで すね」

 

「…………はい」

 

ためらいがちに、しかしはっきり と操は言い切る。

 

その言葉に、煉は心を決める。

 

「…………決めました。僕 は…………兄様に会いに行ってきます!」

 

「そ、それは危険です!それに、 和麻様の居場所を知っているんですか?」

 

「あ…………」

 

肝心なことを忘れていた。操はく すり、と笑うと、真剣な顔になる。

 

「煉様、お一人でお出になるのは 危険です。いつ妖魔が襲ってくるか………」

 

「でも、兄様が犯人じゃないな ら、兄様に会って説得できれば、少しは状況もマシになるかもしれないじゃないですか!だから…………会いに行きます!」

 

「――――――わかりました。そ こまでおっしゃるなら、お止めしません。ですが…………私もついていってもよろしいですか?」

 

「えっ?でも…………」

 

「私も、どうしても和麻様にお会 いしたいんです。……………和麻様に、言わなければならないこともありますから………」

 

「言わなければならないこと、で すか?」

 

「はい」

 

意外と度胸があるのか……自分で 危険と言ったのに平然と口にする操に、煉はやや唖然となるが、少し考え込み………やがて頷く

 

「分かりました。でも、兄様の居 場所は………?」

 

「風牙衆に連絡を取りましょう。 和麻様の動向を探っているのなら、住居の場所は知っていると思います」

 

「わかりました。ありがとう、操 さん」

 

「いえ………。では、急ぎましょ う。遅くなれば、手遅れになるかもしれません」

 

先ほどの会合では、明日にでも攻 め込みそうな勢いだった。ぐずぐずしてはいられない。

 

「わかりました。じゃあ………」

 

「待ちなさい」

 

「「えっ?」」

 

突然割り込んできた声に、煉たち は驚く。振り向くと―――――

 

「姉様!?」

 

「綾乃様!?」

 

柱の影に立っている人影が姿を現 す。紛れもなく、神凪綾乃だった。

 

「煉、操、自分たちが何をする気 か、分かってるの?」

 

「そ、それは…………」

 

言いよどむ操に、畳み掛けるよう に言う。

 

「あの男は私たちを妖魔に売った 可能性もあるのよ?のこのこ出向いて殺されたらどうするの?」

 

「でも………それでも!僕は兄様 を信じます!たとえ、神凪の全員が疑っても、僕だけは信じてみせます!!」

 

その瞳には強い意志が宿ってい た。何があっても兄を信じるという意思が。それにはさすがに綾乃もたじろぐ。ここまで強く何かを言う煉を今まで見たことなどない。

 

「はあ…………それじゃあ、見逃 す代わりに、条件があるわ」

 

「条件、ですか?」

 

「ええ。あたしも行くわ。それな ら、あなたたち二人よりは少しマシでしょ」

 

「でも…………」

 

「風牙衆を連れて行けば、襲われ ても援軍が呼べるしね。それまで時間を稼ぐぐらいなら出来るでしょ。――――――いっとくけど、拒否権ないからね」

 

「ないんですか………」

 

「そんな横暴な………」

 

二人揃って呻くが、当然綾乃は聞 く耳を持たない。

 

「さ、どうするの?」

 

二人は顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「暇だな……………」

 

和麻は居間で一人ごちる。

 

焔が来るまではすることがないの で、まったりと居間で寝転がっていたのだが、とりあえず暇を持て余している。

 

凛は既に酔いつぶれて寝ている し、セイバーは縁側に出て涼んでいる。実際、することがない。

 

「あー暇だ。焔姉早く来ないもん か…………」

 

プルルルルルルル―――――――

 

「――――ん?」

 

プルルルルルルル―――――――

 

放り出しておいた携帯が鳴り出し た。

 

「誰だ?」

 

ディスプレイを眺めるが、相手の 名前は出ない。

 

どうやら知らない相手からのよう だ。

 

「カズマ、電話ですか?」

 

縁側からセイバーが顔を出す。

 

「ああ―――――誰だろな?」

 

とりあえず携帯に出る。

 

「はい、もしもし」

 

すぐに声が返ってきた。

 

『私だ』

 

「悪いが、んなふざけた挨拶のい たずら電話に取り合う気は毛頭ない。せめて名を名乗れ阿呆」

 

ピッ………ツーーツーー……………

 

速攻で切る。

 

声に聞き覚えはあるが、誰かは思 い出せなかった。

 

だが、その声を聞いた途端無性に むかついたので、とりあえず憂さ晴らしである。

 

「カ、カズマ?さすがに酷いので は?」

 

居間に入ってきたセイバーが、引 きつった顔で当たり前のことを言ってくる。

 

「いや、なんか物凄い不快感がこ み上げてきたんで、つい」

 

罪悪感の欠片もみせずに和麻は言 う。

 

と、

 

プルルルルルルル―――――――

 

再び携帯がなりだした。

 

めんどくさそうに和麻は通話ボタ ンを押す。

 

『神な「ピーーーッ、この電話 は、現在使われておりません。ご用件の方は発信音のあとにメッセージを入れるとお前の家が火の海だ」』

 

言うが早いか、速攻で電話を切 る。

 

失礼なことこの上ない。という か、そんなレベルではない。

 

「あの、カズマ?使われてないん だったらメッセージを入れることはないのでは…………?」

 

微妙にずれた突っ込みを入れるセ イバー。

 

それもそうだな、と和麻は頷く。

 

しかし、

 

プルルルルルルル―――――――

 

三度鳴り出す電話。

 

さすがに鬱陶しくなったのか、し ぶしぶながらも通話ボタンを押す。

 

面倒ならば最初から出ればいいよ うな気がするが……………。

 

「はい」

 

『神凪厳馬ですが…………!』

 

静かな、それでいて滅茶苦茶起 こっている様な声が響く。

 

「――――――なあ、セイバー、 神凪厳馬って…………誰?」

 

『……………』

 

受話器の向こうでなんか顔を引き つらせているような気配がしたが、とりあえず無視する。

 

「神凪厳馬ですか?昼間、私たち を攻撃してきた者でしょう?カズマの父親ではありませんか」

 

何を馬鹿な、と言った表情でセイ バーが答える。

 

和麻は昼間あった出来事を忘れる ほど馬鹿ではない。

 

が、今回ばかりは勝手が違う。

 

少し考え込み、ああ、と手を打 つ。

 

「忘れてたな…………ま、いい か」

 

とりあえず、再び電話を耳に当て ると、和麻は返事を返す。

 

「で、その厳馬がなんの用だ?」

 

とりあえずふざけた言葉を発した ら殺そう、と考えつつ、和麻は言う。

 

『先に謝っておこうと思ってな』

 

「謝る?」

 

和麻は何を言っているのだろうか と考える。

 

とりあえず、神凪に謝られても嬉 しくもなんともない。というか、鳥肌が立つからやめて欲しい。

 

「何の事だ?昼間の件だったりし たら大笑いする以外に選択肢が浮かばんが」

 

『……………昼間の襲撃の件だ』

 

「あはははははは…………あんた も冗談を言うんだな。知らなかった」

 

空々しく笑うと、和麻は呆れた声 音で返す。

 

『何を言っている、馬鹿者』

 

「てめーに言われたくねえな、愚 か者」

 

どうやら本気らしい遺伝子提供者 に、とりあえず皮肉を投げる。

 

「悪いんだが、分家ごときを押さ えられない無能な神炎使いと無能な宗主のみの考えなんざ信用できん。分家が暴走しない可能性がどこにあるよ?どーせ今もアホな事叫んでるんだろうが」

 

『……………』

 

図星を突かれたのか、厳馬は沈黙 する。

 

何しろ寸分違わず正解である。

 

「沈黙は肯定だ。言っとくがお前 らと馴れ合うつもりはない。せいぜい短い余生を楽しめ」

 

『それは、神凪に敵対するという ことか?』

 

「ついさっきまでそんな気はな かった」

 

『なに?』

 

「でめえの声を聞いたら無性にお 前らを叩き潰したくなったんだ。無能なクズの集まりを消すなんざ楽だしな」

 

とりあえず、神凪に敵対する気が なかったのは本当である。

 

なにしろ、存在をついさっきまで 忘れていたのだから。

 

しかし、今は違う。

 

厳馬のこともあるが、セイバーに 問答無用で攻撃を加えたのだ。

 

殲滅対象としては充分である。

 

『神凪を侮辱するつもりか?』

 

「思い上がった台詞をほざくな。 お前らに侮辱する価値があると思ってるのか?お笑いだな、井の中の蛙」

 

若干の怒りがこもった声に、和麻 は淡々と返す。

 

電話相手にも伝わっているだろ う。

 

矛先を向けられていないセイバー でさえ戦慄する程の殺気を。

 

もはや後戻りなどできないこと を。

 

「それとも何か?俺を相手にする のが怖いか?神凪も地に落ちたどころか泥まみれだな」

 

『……………いいだろう、身の程 というものを教えてやる』

 

「そうだな………場所は丘の見え る丘公園のフランス山でどうだ?あそこなら人気がないからな」

 

『後悔するがいい、馬鹿者が』

 

電話が切れる。

 

和麻はにやにやと笑いながら携帯 を放り投げる。心底楽しそうだった。

 

「…………どうしたのですか?突 然笑い出して」

 

一瞬前まで纏っていた殺気を霧散 させ、笑い出した和麻に、セイバーは怪訝な表情を向ける。

 

「いやほら、焔姉が来るまでの暇 つぶしが出来ただろ?相変わらず誘導しやすいな、あの馬鹿は」

 

ゆっくりと立ち上がりながら和麻 は言う。

 

言い切った。

 

実の父との殺し合いを“単なる暇 つぶし”だと。

 

殺すことになるかもしれない。

 

殺されるかもしれない。

 

それを踏まえ、受け入れ、和麻は 言い切った。

 

和麻に、父親などという存在に意 味も意義もない。

 

ただ、鬱陶しいだけである。

 

和麻に、父親と戦うことに、微塵 も感慨などない。

 

心の底から“暇つぶし”なのであ る。

 

「―――――同行しましょう か?」

 

セイバーが申し出るが、和麻は断 る。

 

「いや、いいよ。セイバーの手を 煩わせることもないし、凛が起きてきたら心配するだろ?事情を説明してやってくれ。あいつに拗ねられると罪悪感で絞め殺されそうになるから」

 

苦笑を浮かべながら和麻は言う。

 

セイバーもクスリ、と笑う。

 

「そうですね。では、私は留守を 預からせていただきます」

 

「おう、頼んだ」

 

てってと歩き出す和麻に、セイ バーは真剣な表情で言う。

 

「カズマ」

 

「ん?」

 

「―――御武運を」

 

「――――おう!」

 

心強い声援に、和麻は嬉しそうに 返答し、歩き出した。

 


 BACK TOP  NEXT


inserted by FC2 system