風の聖痕 蒼銀の契約者

 

第二話

 

 

 

「のう、知っとるか。獅希が日本 に帰ってきとるらしいぞ。しかも風術師になっとったんだと。」

「なに、あの能無しがか?風術 師ってのは、えらく簡単になれるもんなんだな。」

「いや、俺は黒魔術師になったと 聞いたぞ。あいつが術者になろうとしたら、悪魔に魂を売るしかないだろ?」

「あー、そりゃそうだな」

『あははははははははは は………』

 

 

 

その日、神凪本邸では帰国した獅 希の噂でもちきりだった。慎治の報告を聞いた長老―――現役を 引退し、術者の管理をつかさどる者の総称―――の一人が、面白半分にあることないことばらまいたのである。

当の慎治は任務に失敗した咎で謹 慎している。際限なく増長する噂を止めるものなどいなかった。一時間もすると、獅希の帰国を知らない人間はほとんどいなかった。

長老にしてみれば、『面白けれ ば、あとはどうでもいーや。』というものだったのだ。

曰く―――

 

 

「獅希は黒魔術師になって帰って きた」

「獅希は人知れず殺され、裏庭に 埋められていた」

「獅希は仕事でかち合った慎治を 瞬殺した」

「獅希は根源の渦へと辿り着い た」

「獅希は魔術協会に所属してい た」

「獅希は風の精霊王と契約した。 いや、悪魔とだ」

 

 

微妙に真実が混じっているものの ここまでくれば誰も信じるはずもない。

当然、獅希の報復など恐れるもの などおらず、噂は際限なく肥大していった。

宗家の出来損ないが、母の胎内に 全ての才能を置き忘れてきた上澄みが、少しはマシな力をつけて帰ってきた。

誰もがそう笑い飛ばした。

継承の儀のときの綾乃を倒した戦 いも、呪宝具かなにかを使ったのでは、と言われてきていたので、そのことすら笑い話になっていた。

獅希が身を削り、血を吐いてまで 身につけた魔術と結界。この二つの存在を知る者は、現在たった二人しかいない。

例外の一人、現宗主である神凪重 悟は夕食の席で笑い話として語られた一件にことのほか興味を示した。

「ほう、獅希が風術を?知ってい たか、厳馬?」

残る一人、重吾の従兄である神凪 厳馬に声をかけた。なにやら人の悪い笑みを浮かべている。

「……は」

噂は既に聞いていたらしく、短く 答える。そして、その噂を喜んでいないことも明らかである。

『苦虫を噛み潰したような』とい う表現そのままの顔で、拳を握り締めている。

目の前に獅希がいたら絞め殺して やりたい。そんな感じだった。

「お恥ずかしい限りです。」

「別に恥ずかしがることでもない だろう。……ふむ、詳しい話が聞きたい。慎治を呼べ」

「かしこまりました」

 

 

 

 

慎治は畳に額を擦りつけて平伏し ていた。

神凪一族において、宗家と分家と いう身分の差は絶対といっていい。両者を隔絶させているものは、ただただ圧倒的な力の差であった。たとえ分家の術者が全員で挑んだところで小指の先でひね り潰される。それほどの実力差が両者にはあった。

目の前に存在するのは、その中で も神話級の力を持つと言われる現宗主の神凪重悟、神凪厳馬。

無様な失敗談を語るのに、これほ ど怖い相手はいないだろう。まさに生きた心地もしない。

「顔を上げよ。そう畏まることは ない。」

重吾は気さくに話しかけるが宗主 の顔を見て話すのは、あまりに恐れ多く、顔はあげたものの、目は伏せたまま畳を凝視して報告する。

「で、では、報告させていただき ます。」

「…そうか」

報告を聞き終えると重吾はそう 言って、沈黙する。

「…そうか」

確かめるように、もう一度繰り返 す。軽く目を閉じ、七年前に出奔した甥―――正確にはもう一親等離れているが、面倒なのでそう称している―――の記憶を回想する。

 

 

(哀れな子供だった)

神凪の家に生まれなければ、優秀 な子供と言われただろう。知能に優れ、運動神経も良く、術法の習得においても秀でた才能を示した。少し過ぎたところもあったが、他人(神凪の人間以外)の ことを第一に思いやることもできた。ただひとつ、炎を操る素質がないことを除けば。

それこそが神凪一族にとって、最 も重要視される素質だったのだ。

炎を操る才のない者は、ほかの何 に長けていようと無能者扱いされた。だからこそ神凪に獅希の居場所はなく、本人も自分を愛してくれた母が死んだ後、神凪にまったく興味を持たなくなった。

しかし、唯一認めてほしいと思っ ていた父に報いるため、炎術の修行は欠かさなかった。(その結果は悲惨だったが。)

だが―――重吾は思う。

(何故、私を頼らなかった、獅 希。家を捨てる必要などなかったのだ。私ならばおまえの居場所を作ってやれた。それにお前ほどの才と力があれば、炎術を使えなくとも神凪を統率することも できたはずだというのに。)

重吾は自分の右足を見下ろした。 金属とプラスチックでできた作り物の足を。

あんな事故がなければ、『継承の 儀』を急がなければ、明日香(獅希の母)が死ななければ、獅希は今もここにいたのだろうか?

しかし、全ては遅い。獅希は家 を、姓を、友人を、全てを捨てて日本を離れた。これが現実だ。変えることのできない『過去』なのだ。

時を戻すことなど、たかが人間に は不可能なのだ。どれだけ後悔しようが苦しもうが、人はそれを背負って生きなければならないのだから。

 

 

獅希にすれば、それは無用な気遣 いだっただろう。

確かにこの七年間、苦痛と絶望を 感じたことは幾度もあった。しかし、そのなかで、小さくも満足できる幸福を得られたことも確かなのだ。

神凪にいては決して得られなかっ たであろう、幸福を――――

 

 

「……宗主?」

気遣うような声が、重吾を現実に 引き戻した。見ると、皆、気まずそうに沈黙していた。無理もないだろう。この中で獅希を苛めなかった者など、皆無に等しい。

しかし、獅希を追い出した張本人 は平然としていた。張本人は顔色ひとつ変えずに言い放つ。

「宗主、獅希は既に神凪とは縁の 無い者。気にする必要はありますまい。」

「厳馬、そなたは自分の息子を ―――」

「私の息子は煉ただ一人でござい ます。」

宗主の言葉を遮り、厳馬は平然と 言い切る。重吾は尚も何か言い返そうとしたが不毛な争いを嫌ったのか、別の無難な言葉を口にする。

「もうよい。獅希は結局、風術師 として大成したのだ。神凪を出て正解だったのかもしれん。それとも兵衛、お前のところに預けていれば、良き力となったか?」

「かも、しれませぬ。」

下座にいた風牙衆の長は、むっつ りと答えた。

そこに、またしても厳馬が異議を 挟む。

「畏れながら、風術など所詮は下 術。仮に七年前、獅希に風術の才があるとわかっていても、風牙衆などに預けるくらいならば,迷わずあれを勘当したでしょう。」

己の技を公然と侮辱され、兵衛は 屈辱に顔を歪める。しかし、誰も兵衛の顔など見ていなかった。

戦闘力に至上の価値を見出す神凪 一族にとって、探査・戦闘補助を役割とする風牙衆の地位は限りなく低い。厳馬の言葉は、暴言ではなく、神凪での共通の認識に過ぎなかった。

「……この話はここまでとしよ う。飯がまずくなる。」

重吾の言葉に、皆は明らかにほっ とした表情を浮かべた。申し合わせたように明るい話題を話し合い、他愛のないジョークに腹を抱えて笑った。

ぎこちなくも、いつもの食堂の雰 囲気が戻っていく。

それ故に、誰も兵衛の目に宿る冥 い光に気が付かなかった。兵衛は顔を伏せ、あらん限りの憎悪をこめて呟く。

「この屈辱、忘れはせぬぞ、神凪 一族全てを、必ずや…………」

 

 

 

 

「くくく………。神凪、いや竜牙 獅希か。いいときに戻ってきてくれたものだ」

黒い影は嗤う。自身のかねてより の野望を、実行に移すときがきた。

あのお方の力が完全に戻れば ――――

「神凪を滅ぼし、それの関わるも の全てを滅ぼす………。クックック…………風牙の力を、かつての栄光を取り戻すときがきたのだ………」

狂気に満ちた嗤いが響く。

全てのものを絶望に追いやるよう な、そんな声が響き渡っていた…………

 

 

 

 

――――時間は数時間前にさかの ぼる。

 

 

「橙子っ!」

廃ビルのごとくぼろい会社――ら しい――【伽藍の洞】のドアを叩き開けて開口一番、獅希は怒鳴った。

「おや、どうした竜牙。なにやら ご立腹の様子だな」

ニヤニヤ笑う【伽藍の洞】の社長 にして、世界トップクラスの魔術師、蒼崎橙子。彼女に向かって獅希はかなり殺意を抱いた。

「てめえ、あれのどこが悪霊だ! 見事なまでに妖魔じゃねえか!わかってて送り込んだな!?」

殺気を隠そうともせずに獅希は橙 子の詰め寄った。

「何を言う。私は“おそらく”悪 霊だと言ったんだぞ。それに、片手で捻れる相手だったのは確かだろう?」

「問題はそこじゃねえだろうが。 なんで、正体を隠して、俺に仕事をさせたのか、って聞いてるんだが?」

一区切りずつ、獅希は噛み締める ように――噛み砕くように?――質問する。尋問とも言うが。

「ああ、それは―――」

言葉を告げようとした橙子を遮 り、その場にいた残る三人が代弁した。

「「「そのほうが面白そうだった から(だろ)(でしょう)(ですよね)」」」

「と、言うわけだ」

悪びれる様子など皆無で橙子はぬ けぬけと言い放った。

「てめえ………」

さすがの獅希でもこれはむかつく らしい。一回殺してやろうか、とも思うが、この女のことだから殺しても生き返ってくるに違いない。

「ていうか幹也さんたちも知って たんなら教えてくれたっていいでしょうが!」

考えてみれば、この三人にも責任 の一端はある、と逆恨み、恨みがましい表情で睨む。

「別にいいだろ。お前の実力じゃ あの程度に負けるはずもないんだし」

ソファーで寝転んでいる和服の少 女、両儀式はあくび混じりに言った。

「それに、橙子師の性格はよく 知っているでしょう?この人にまともな対応求めるほうが間違ってるわよ」

机でなにやら魔術書のようなもの を読みふけっている少女、黒桐鮮花は呆れたように言ってのけた。

「ごめんね。橙子さんに、ばらし たら給料半額カットする、とか言われて」

目を逸らしながら机で黙々と仕事 をする黒桐幹也は申し訳なさそうに言った。

「そうですか………」

もとより逆恨みのようなものなの で、獅希はため息をつきながら相槌をうった。

「ああそうだ。ついさっきマリー アがここに来てな。この鍵を置いていったんだが」

「ああ、俺の家の鍵だろ。貸して くれ」

「もう一つある」

橙子が放り投げたのは、【七夜】 と書かれた鉄の塊だった。

「なんだ、これ?」

「お前の母親の形見だそうだ」

「母さんの?」

「ああ。ナイフという意外、詳し いことは私は知らん。今度マリーアにでも聞いてみるんだな」

「へいへい。―――七夜、ねえ。 どこかで聞いた気もするんだけどな………」

獅希はそう呟くとさっさと背を向 けた。

「なんだ、もう帰るのか?」

「当たり前だ。お前とこれ以上一 緒にいたら本気で殺意が芽生える」

そう言って歩き出そうとした獅希 の背中に橙子が声をかけた。

「竜牙」

「なんだよ?」

めんどくさそうに振り返ると、珍 しく橙子は真剣な目をしていた。

「言っておくが、あの馬鹿の封 印、もう長くは持たんぞ」

「…………わかってる。そのとき は頼む」

「まあ、報酬はお前を手駒として 使わせてもらおう」

既に決定事項のように言い放つ と、橙子はタバコをふかしだした。

「ま、いいけどな…………」

獅希は呆れたように呟くと、幹也 たちに挨拶をして今度こそ帰っていった。

 

 

 

 

――――時間を戻そう。

用意してもらった屋敷――としか 言えないでかい家――で直之はまどろんでいた。

「封印が………解ける、 か…………」

髪をかきあげつつ獅希は呟いた。

あの時の不安や恐怖がフラッシュ バックする。冗談ではなかった。

「まあ、先のことなんて考えてて も意味ないか………」

そのまま、ゆっくりと睡魔に呑み 込まれていった。

―――――と。

「なっ!?」

凶悪なまでの妖気を感じ、一気に 眠気が吹き飛んだ。感じたのはほんの一瞬。しかし、間違えようはない。

これほどの妖気、そうそう感じた ことはない。

「この方角、神凪か!?」

逡巡する。

あの家の人間など、どうなろうが 知ったことではない。

知ったことではないが――――

「だあっ!くそ!」

獅希は上着を引っ掴み、橙子に渡 された七夜のナイフを懐に入れると、屋敷の外に飛び出した。

夜だから心配はないだろうが ―――念のため光学迷彩をかけ、飛翔した。全力で神凪の本邸に向かう。

(間に合うか――――!?)

その問いに、獅希の理性は ――――否、と――――断言した…………。

 

 

 

 

 

「うわあああぁぁぁぁっ!!」

 

神凪本邸の目と鼻の先で、絶叫が 響いた。

桁外れなまでに高度な結界に気付 く間もなく取り込まれ、風で腕を両断された。

そこにいるのは、結城慎治を含む 三人の分家の術者。そして一人の―――人間?

否、それはないだろう。これほど 圧倒的な妖気を放つ人間など、この世に存在するはずはない。

「な、なんだっ!?なんなんだお 前はぁぁっ!?」

あまりの妖気に取り乱し、慎治は 恐怖の叫びを上げる。

しかし―――当然のごとく答えは 帰らず、真横にいた術者のうちの一人の胴と下半身が切り離された。

「ひっ、い、ぎゃあああ あぁぁぁぁっっ!!」

痛みも感じる間もなく真っ二つに された術者は、血が噴き出したところでようやくそのことを確認した。

地に落ちたその術者の頭部を、 “ソレ”は踏み砕いた。

確実に意識はあったはずの術者 は、悲鳴を上げる間もなく沈黙した。―――ただ、残った上半身のみが痙攣している。そのことが逆に不気味だった。

瞬間、もう一人の術者はいつの間 にか背後にいた―――おそらく、獣―――に頭から喰われていた。

血の一滴たりとも逃さない、とば かりに獣は喰らいついている。

ぐちゃ、ごきゃ、と不気味な音が 響き渡り、その術者は永遠に沈黙した。

取り残された慎治は、切り裂かれ た腕の事も忘れた様子で呟いた。

「なんだよ……俺が何したって言 うんだよ…………」

すると、“ソレ”は楽しそうに身 体を揺らした。

――――まるで、“そんな事もわ からないのか?”と言っているようだった。

“ソレ”は不可視の刃を操り音も なく残る片腕を引き裂いた。

「ひ、ぎゃあああ あぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」

“ソレ”と同じことができる人間 を、慎治は一人だけ知っていた。昨日会ったばかりで、更にその男には自分たちを殺す動機もある。

それだけのことを自分たちはし た。蔑み、侮蔑し、殺しかけたことは数え切れない。

慎治は必死になって“ソレ”に許 しを乞う。声が完全に裏返っていた。

「し、獅希か?獅希なのか?許し てくれ、俺が悪かったよ、反省してるよ、だから許してくれよぉっ」

返事は風刃の一閃だった。豆腐か 何かを包丁で切るように、首の根元から肩を切り落とされる。

「うわあああああああ あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

絶叫しつつ、無我夢中で炎術を起 動する。死を目前にした集中力により、二十五年の人生で最高の威力を発揮する。

あらゆる魔を滅殺する、最高位の 黄金の炎が敵を包み込む。

「や、やった。これなら―――」

分家には失われたといわれていた 黄金の炎。最後のときに、彼はそれを起動できたことを誇れるかもしれない。

しかし―――“ソレ”にはそよ風 よりも無意味だった。

黒い風が巻き起こり、“ソレ”の 身体にまとわりついた炎を呑み込んだ。

黄金の炎は跡形もなく霧散し、 “ソレ”はまったくの無傷だった。

しかし、“ソレ”にしてみれば虫 けらがもがくような行為は気に障ったらしい。凶悪なまでの殺気を向け、慎治の身体を微塵に刻んだ。

「―――――――っっっっ!!!」

声帯すら刻み尽くされ、残った頭 部のみで慎治は声をあげることもできず、目を真円に見開いていた。

“ソレ”は声もあげずに嗤った。

その、“嗤う”という感情そのも のが、空間を満たしていた――――。

 

 

 

 

斬っ!

瞬間、結界の一部が切り裂かれ た。

「――――!?」

“ソレ”は振り返る。この結界に 神凪が気づくなどありえない。

ならば――――

「―――――」

男―――獅希はギリッと歯を噛み 鳴らした。

目の前の惨状を目にしては、さす がに自業自得などと言っている暇はなかった。

「何だ、お前は―――?」

獅希は視線を向ける。この妖気、 ただの妖魔とは言えない。

答えは問答無用の風刃だった。反 射的に風で相殺し、反撃に出る―――出ようとした獅希は、懐にあったナイフを引き抜き呪文を唱える。

 トレース・オン

「同調、開始っ!」

脳内の撃鉄を叩き落し、【強化】 を起動する。

強化された七夜のナイフは、飛び 掛ってきた獣の牙を受け止めた。

「ちっ!」

その体勢のまま脚を思い切り振り かぶり、風を纏わせた膝蹴りを獣の顎に叩き込んだ。

『ギャウッ!』

悲鳴を上げて獣は飛びのく。

普通ならば頭部粉砕されてもおか しくない一撃を受けたはずだが――――それほどのダメージは見受けられない。

「白沢(はくたく)……か?ここ は中国じゃないぞ、おい…………」

白沢とは、中国における聖獣であ り、6本 の角と9つ の眼を持ち、深山に棲むといわれる。
 また、森羅万象に通じるだけでなく、人語を操り、災いを避け る霊力を持つと信じられており、その霊力は目を見張るもののはずだが――――

「聖獣どころか、妖魔だな、これ は………」

これが放つ妖気がそれを裏付けて いた。聖獣が妖気を放つなど、ありえないことなのだが…………。

「反魂の術………でも使ったの か?」

反魂の術――――屍に命を吹き込 み、己の手駒として使う。ネクロマンサーが扱う術であり、禁忌とされている術の一つである。

ある程度力を持った獣にそれを使 えば、邪気に満ちた聖獣の出来上がり、というわけだった。

「貴様と争うのは今ではない な………」

「なに?」

直後、黒い風が鉄槌となって獅希 の頭上より飛来した。

「くっ!」

上昇気流でそれを相殺し、振り向 いたとき――――二つの影は、消え去っていた。

「逃げた………いや、見逃してく れた、かな」

あのまま戦えば、自分が勝利でき たかどうかは定かではない。それほどの力を、あの二匹は有していた。

「もう少し……早かった ら………」

拳を握り締め、獅希は呟く。

残る生首を見つめ、唇を噛み切っ た。

嫌っている神凪一族。

死のうが地獄に落ちようがどう だってかまわない。

だが―――目の前の惨状には、怒 りを覚えずにはいられない。

目の前の惨状から目を背けると、 獅希は風に乗ってそこから去っていった――――。

 

 

 

後に残された一つの生首、二つに裂かれた首なし死体、そして、地面に広がる血痕

それらは全て、門から出てくる者達に、

「悪夢の世界へようこそ」

そう、笑いかけているようにも見えた。

 

 

 

 

―――――こうして、血に塗れた惨劇が、幕を開けた―――――




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