風の聖痕 蒼銀の契約者

 

第十弐話

 

 

 

「うわあぁぁぁっっ!!」

煉の身体が弾き飛ばされ、壁に叩 きつけられる。

「くっ…………」

すでに周囲に居た術者は全滅して おり、死んでこそいないものの、いずれも戦闘不能だった。

『くっくっく………どうした小 僧?神凪宗家の力はその程度か?』

人型の妖魔が嘲笑を浴びせる。

しかし、煉には荷が重すぎた。こ の妖魔は―――――圧倒的すぎる。いまの煉では、どう足掻こうとも勝てる相手ではなかった。

『まあ、いつまでも遊んでいる暇 はない。貴様は大事な“鍵”だからな』

「え…………?」

妖魔が指を鳴らすと同時に、煉は 風の結界に封じ込められ、声もあげずに気を失う。

『さて………さっさと退く か……。しかし、白沢が敗れるとは………侮りすぎたか』

そんな事を呟きつつ、飛翔を始め ―――――風の刃によって阻まれた。

『ほう、予想よりは早かったな』

正面に降り立った人物に向け、妖 魔は不敵な笑みを浮かべる。

「てめえか………。どうでもいい が、煉を放してもらおうか」

剥き出しの殺気を何とか押し込 み、獅希は低い声で告げる。

『それはできんな。この小僧は大 切な“鍵”だ。くれてやるわけにはいかん』

「そうか――――なら、腕ずくで 取り返すまでだ!!」

宣告と同時に風の刃が打ち出され る―――――が、妖魔に届くことなく、一撃の下に粉砕された。

「!?」

『ダメージの残るその体で、私に 勝てるとでも思ったか、小僧?』

「っ!なめるなっ!!」

余裕の表情で嗤う妖魔に、獅希は 連続で風の刃を放つ。その一撃一撃が凝縮された竜巻と並ぶほどの密度だったが、その全てが黒い風によって砕かれる。

『昼間の私との戦い、神凪厳馬と の戦い。さらに鵺を相手にしたのだ。本領発揮とはいかんだろう?貴様の全力と戦うのはいささか面倒だからな』

「…………っ!」

完全に見抜かれている。実際のと ころ、獅希は現在、万全状態の半分程度の魔力も残ってはいない。それでも並みの魔術師など足元にも及ばないが、これほどの敵を相手にするには半分程度では 足りない。

『まあ、どうしてもというのなら ば、相手をしてやるが…………命を捨てるか?ここで』

強大な威圧感、そして、圧倒的な までの風を纏い、妖魔は宣告する。

「悪いが………自分だけ助かって 他を犠牲にしよう、なんて趣味はないんでね」

皮肉げな笑みを獅希は浮かべ、悠 々と言い放つ。その瞳には、撤退の色も無ければ、諦めの色も無い。あるのはただ、必ず助ける――――それ以外に、なにもなかった。

『その甘さが、貴様の弱さか』

「そうだろうな。自分でも分かっ てるんだが、どうにも治らなくてね」

軽口を叩いた瞬間、獅希の身体が 弾ける。神速を以って妖魔の背後に回りこみ、気を込めた掌底を繰り出す。

『ほう?』

余裕の表情で獅希の攻撃をいな し、反撃の下段蹴り。それを獅希は避けずに、足を払われる勢いそのままに身体を反転させ、蹴りを顔面に向けて叩き込む。

しかし、それを読んでいたかのよ うに防ぎ、妖魔は足を掴む。獅希は反対の足で手を蹴り払い、顎目掛けて踵を振り上げる。直撃かと思った一撃は風の防御によって阻まれ、獅希は間合いを取る ために飛び退く。

瞬間、獅希は妖魔の右に回りこ み、掌底で顔面を狙い、妖魔がそれを防いだ時には残像を残し、妖魔の真上に跳び上がっていた。勢いそのままに蹴りを繰り出し、妖魔の首を狙う。

それも防がれるが、地面に降り 立ったと同時に身をかがめ、下段の蹴りを放つ。

それすらも受けられるが、追撃に 蒼い翼が妖魔の首に放たれる。黒い風で相殺し、妖魔は獅希との間合いを計る。そして、紛れもない称賛の笑みで獅希に笑いかける。

『面白いな、貴様。右と思えば 左、上と思えば下。相手の予想を裏切る動き、一瞬の閃きで悪手を妙手に変える天性の戦闘センス、しかも、その全てが急所狙い――――お前は天才だよ。紛れ もなく、な。神凪の連中も、これほどの人間を放り出すとはマヌケもいいところだ。どうだ、我らの側に入らないか?お前ならば歓迎するが?』

本気の口調で言う妖魔に、獅希は 怒りを込めて返す。

「ふざけろ。てめえらみたいな殺 人集団なんぞの仲間になるなんぞまっぴらだ。同じ間違いはしたくないんでね」

『そうか、残念だ――――やれ』

「―――――!?」

真横から叩きつけられた風に、獅 希は反応できずに吹き飛ばされる。

「がっ、は……!」

壁に叩きつけられ、自分を吹き飛 ばした張本人に目を向ける。人型の妖魔――――無口なほうの。

『流也、適当に遊んでやれ。だ が、殺すなよ?こいつは、あの地で滅ぼす。跡形もなく――――な』

『―――――――』

無 言。だが、容赦なく浴びせてくる殺気に、獅希の背筋にかなり戦 慄が走った。

『それではな。私と戦う気があれ ば来い。神凪の聖地へ――――な』

妖魔はゆっくりと飛び立ち、その 姿が視界から消え始める。

「っ!待―――――っっ!!!」

最後まで言い切ることも出来ず、 獅希は妖魔――――流也の拳を鳩尾に喰らい、吹き飛ばされる。

「があっ……!!」

受身をとった獅希に、流也は追撃 の風を放つ。

何とか防ぐが、衝撃によって吹き 飛ばされ、獅希の身体が後方にあった壁をぶち破る。

「っ、煉!!」

ろくに受身すら取らず、獅希は煉 を探す。しかし、既にその気配を掴むことはできなかった。

 

 

ドクン

 

獅希の身体を、心臓の脈動だけが 支配した。

 

また、失うのか?

 

また、護れないのか?

 

また、目の前で死なせてしまうのか?

 

竜牙獅希に関わった者を、殺してしまうのか?

 

ふざけるな

 

二度と奪わせない

 

二度と、失わない

 

そのための、この力だろう?

 

 

―――――あなたは、私を護ってくれる?―――――

 

翠鈴姉さんも

 

 

―――――私のことは、忘れて、いいから―――――

 

サヤも

 

 

助けられなかった

 

 

「ふざけるな………!!!」

獅希の瞳が蒼く染まる。周囲の精 霊が煌めき、強大な力を収束させる。

脳裏で理性が叫ぶ。

 

―――――やめろ。これ以上の開放は負担が大きすぎる。煉をさらったということは殺す気 はないということだ。ここで力を使い果たせばお前は煉を助けられない。ここは冷静になって切り抜けろ。この後のことを考え黙れ―――――

 

 

「関係あるか…………!!」

獅希の身体が――――――正しく は身体中の魔術回路が悲鳴を上げる。魔術回路は精霊魔術を使う上では必要ない。まあ、ある種の術に関してのみは、その使用を必要とする。

特別なことなど必要はない。た だ、回路が開いていればいい―――――そんなところ。

だが、今の獅希は例外だった。

身体中の魔力すらも搾り出し、聖 痕を発動させる。身体がぶっ壊れてもおかしくない暴挙である。

しかし―――――獅希は、それを 力ずくで押し通した。

 

 

「どけ…………!!」

瓦礫に埋もれていた獅希の気が爆 発する。

その余波のみで周囲の瓦礫を吹き 飛ばし、周りを飛び交う精霊たちが輝く。

「奪わせるか、これ以上 ―――――!!」

 

―――――汝、精霊の加護を受けし者よ、その力は、誰が為に?――――――

 

「綺麗事はどうでもいい ―――――!!」

 

―――――我が力は護るため。精霊の協力者として、世の歪みたる妖魔を討ち―――――

 

「違う!!」

 

――――――大切な者を――――――

 

「精霊王も、理を護るのも、んな もんは二の次だ――――――!!」

奥歯を噛み締め、空の彼方まで飛 んでいきそうな意識を無理やり縛り付ける。

 

――――――大切な者を――――――

 

「俺は、そう決めた。俺は、誓っ た―――――!!」

 

――――――大切な者を――――――

 

聖痕を宿す瞳が、流也を射抜く。 その瞳に、意識の欠片すら残っていないはずの流也の瞳が、揺れていた。

 

 

――――――大切な者を、護るために!!――――――

 

 

過去の傷跡も、精霊術師の戒めも、関係ない

 

 

「今、このときに―――――弟 が、奪われたんだ」

獅希の身体がゆっくりと沈む。

その姿は、獲物を狙う猛禽類のよ うに――――――

流也が構える。しかし ――――――

 

「邪魔を―――――するなぁぁぁぁっっっ!!!!!」

 

獅希の腕に纏った蒼き翼が、一瞬 の元に、その片腕をもぎ取った。

『――――――――!!!?』

何が起こったのかすら理解でき ず、流也は一瞬気を逸らす。だが、すぐさま状況を把握し、獅希の左腕に掴まれている引き千切られた左腕を風の戒めと成す。

獅希の身体が漆黒の風に縛られ、 動きを封じられる。

動きが止まった的に対し、流也は 途轍もない力を収束させる。

その姿を眺め、獅希は言霊を紡ぎ だす。

 

「今、汝が半身に――――

その呪われし命運尽き果てるまで――――

高き銀河より降り立ちしナイル・ザウラクを宿す者なり ――――

されば我は求め訴えたり――――

薙ぎ払え――――その蒼き翼を以って――――!!」

 

言葉が終わると同時に、風の精霊 が爆発した。

まさに、爆発。

周囲のもの全てを抹消し、漆黒の 風の戒めを打ち砕き、流也の放つ風を粉砕し――――――獅希の周囲半径十メートルほどを、クレーターと成していた。

『――――――』

流也はすんでのところで射程圏内 から離れる。一瞬でも遅ければその存在が抹消されていただろう。

「どけぇぇぇっっ!!!!」

刹那、獅希の身体が流也に向けて 弾け跳んだ。

左腕に宿る蒼き翼が流也目掛けて 繰り出される。それを軽く避ける流也だが、獅希の左腕を叩きつけられた地面が、轟音をたてて爆散する。

爆散した岩石が地に落ちる前に、 獅希と流也の姿は交錯していた。

一秒と経たない間に十二以上の攻 撃を繰り出す獅希もデタラメならば、それらを全て防ぎきる流也もデタラメだった。

「貴様はこの場で潰す!!」

『――――――!!!』

無音の咆哮を上げ、獅希と流也が 風の刃を撃ち出す。だが、獅希の風の刃は、流也が放つ風によって全て粉砕され、余波のみで獅希の身体を刻む。

「っっ!!」

身体中を浅く切り裂かれ、獅希は 後方に飛び退く。やはり火事場の馬鹿力はいつまでも続くはずはない。このままではジリ貧で消耗させられ、敗北するのは明らかだった。

「はっ!!」

全方位に向けて風の刃を撃ち出 す。威力はそれほどはなく、纏った風の鎧のみで流也は自分に直撃する軌道にあった風を全て捻りつぶす。

瞬時に獅希の懐に入り込み、風を 纏った拳で獅希の腹を狙う。ギリギリでその一撃をかわすと、またもや周囲に向けて風の刃を乱射する。

やはりまったくの無駄である。

傍から見ればやけくそになってい るようにしか見えない。攻撃によって出来た隙を流也は見逃さない。ほんのゼロコンマ数秒だが、精霊魔術も起動させるには隙が出来る。

無意識で行える体術と違い、魔術 や精霊魔術、その他の【神秘】を引き起こすには思考する時間が必要となる。どれだけ身体に覚えこませようと、必ず一瞬とも言えないほどの隙は出来てしまう のだ。

「がっ!!」

風の弾丸に身体を叩きつけられ、 獅希の身体が後方に吹っ飛ぶ。容赦なく地面に叩きつけられるが、その勢いを利用して更に風の刃を乱射する。

(あと少し………後一撃!)

更なる追撃を避けきり、風の刃を 放ち続ける。微塵のダメージもなく、流也は全てを砕き、獅希の身体を容赦なく吹き飛ばす。

獅希はすぐに起き上がり、逃げる ように後方に跳ぶ。しかし、流也はそれを予期していたかのように獅希の正面から攻撃を仕掛けてくる。――――――そう、完成された罠の中心に、流也は自ら 飛び込んだのだった。

『――――――!?』

同時に流也はその存在に気付く が、既に遅い。

「刻め」

獅希が指を弾くと同時に呟く。

瞬間、周囲に待機していた風の刃 が流也目掛けて一斉掃射される。

結界によって隠蔽された風の刃の 気配に気付くことができず、流也は罠の中に誘い込まれていた。

更に、これだけの時間があれば、 精霊たちを収束させることにも造作はない。

風の刃は、その一撃一撃が全て必 殺。

確かに全力時の力はないが、綾乃 程度ならば肉片も残らないほどの波状攻撃である。逃げ場など微塵も存在しておらず、避けるのは不可能。必殺の状況ではないにしろ、ダメージを負わせるぐら いは出来るはずである。

更なる追撃に、巨大な風の刃を上 空に形成し、音速を以って振り下ろす。

 

ズッ ―――――!!!

 

地面を抉るような音が響き、大地 が切り裂かれる。深い深い穴を穿った風の刃は大気に溶けて霧散する。そして―――――風の刃が創り出した傷跡は、底が見えなかった。

それだけの一撃を受けた ―――――だと、言うのに――――――

「おいおい…………」

先ほどまで熱くなっていた思考回 路が冷水をかけられたように冷静さを取り戻していく。

『―――――――――』

流也はクレーターの真横に立って いた。引き千切られた右腕と深く切り込まれた袈裟切りの傷以外にダメージは見当たらない。その上、妖気だけはまったく減少していなかった。

「くそっ………!」

はっきり言ってこの場での勝利は 不可能である。治癒結界の中で一日休めば大抵の傷は塞がるし、体力も回復する。だが、この場でそんな余裕は皆無である。

勝てる可能性がないならば創り出 す。それが獅希の考え方である―――――が、創る創らない以前に、既に身体がオーバーヒート寸前である。既に精霊を集めるのにも苦労する状態だというの に、この場の勝利などとは不可能にも程があった。

「っ!!」

直感が悲鳴をあげ、身体が反射的 に動く―――――が、満身創痍で避けられるのならば苦労はしない。

「が、あっっ!!!」

弾丸のごとく弾き飛ばされ、獅希 は身体で付近の瓦礫をぶち破る。何とか風で直撃は防いだものの、ダメージは大きい。

「は、あっ…………!!」

流也が向かってくる。既に風はほ とんど使えない。無茶がここに来て最悪の結果を招いてしまった。

向かってくる流也。そして、その 姿に―――――己の死を、幻視した―――――――。

 

 

 

向かってくる流也の動きが、ス ローモーションのように遅くなる。

 

脳裏に撃鉄が浮かび上がった

 

風を纏って向かってくる流也。

壁に身体を預け、何とか立ってい る自分。

 

列を成すように次々と撃鉄が起き上がる

 

理解する。

魔力回路はまだまだ動く。

確かに、身体は限界だ。だが、魔 力だけはまだ残量がある。

 

そして、一斉に撃鉄が叩き落された

 

 

 

ならば創り出せ

 

世界最高の模造品を創り出せ

 

貴様があの人より受け継ぎ、磨き続けたその力

 

難しいはずはない

 

不可能なことでもない

 

もとよりこの身は、

 

ただそれだけに特化した魔術回路―――――!!

 

 

 

「っら あぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!」

創り出した剣――――――“炎雷 覇”を振りぬき、流也の顔面を殴り飛ばす。

『―――――――!!!??』

流也が驚愕する。

当たり前だ。神凪最高の剣を俺が 持っていることがおかしくないはずがない。

「ちっ、真っ先に浮かんだ最強の 剣が、炎雷覇、か…………皮肉なもんだな」

自虐的な笑みを浮かべ、獅希は呟 く。――――同時に、炎雷覇がガラスのように砕け散った。

炎雷覇がいとも簡単に折れるな ど、ありえるはずがない。

俺のイメージがあの剣に及ばな かっただけである。

挑む相手は己自身。魔術は己との 戦いに他ならない。

魔術回路が悲鳴を上げる。全身の 神経が軋む。

これだけの剣を創り出すには、今 の状態では不可能だ。

だが―――――

「関係ない―――――!」

そうだ、自身との戦いならば、負 けられない。誰に負けようと、自分にだけは負けたことはない。ただの一度も、膝を屈したことなどない。ならば、この戦いも、敗北などは存在しない ―――――!!

流也が再び向かってくる。

それを防ぐには、先ほどの不完全 な剣では足りない。この場で勝利を収めるなど、到底不可能だ

 

 

     トレース オ ン
 ――――投影、開始」

 

 

撃鉄を叩き落し、スイッチを切り 替える。魔術回路の全てを集約し、己が最強を創り出す――――――!!

 

 

「が、ああ あぁぁぁぁぁっっ!!!!」

 

 

創造の理念を鑑定し、

 

基本となる骨子を想定し、

 

構成された材質を複製し、

 

製作に及ぶ技術を模倣し ――――――

 

 

 

ここに、幻想を結び、剣と成す――――――!!

 

 

「―――――――――」

完成はした。だが―――――この 剣は不完全だ。

綾乃の持つオリジナルには遠く及 ばない。

当然だ。獅希の投影はまだ不完全 なのだから。

「ちぃっ!」

流也の風を防ぐ。

二撃、三撃――――――四撃目に して、炎雷覇は砕け散った。

「しまっ…………!!」

追撃を避けるため、後方に飛び退 く―――――だが、流也は仕掛けてこない――――――どころか、仕掛けようとする気がない。

「なんだ………?」

『――――――神凪、獅希 ―――――』

「!?」

流也の口から漏れた言葉は、自身 の―――――捨てたはずの、名前だった。

 


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