風の聖痕 蒼銀の契約者

 

第十 四話

 

 

 

神凪 宗家門前。

 

 

二人の人間が、ゆっくりと正門へ と歩いてきていた。

正門にいるのは、数人の術者。結 構怪我をしているが、それほど深くはなさそうだった。

「し、獅希!?」

「ん?」

狼狽した声で叫ぶ門番に、獅希は 首を傾げる。

「ねえ、なんか妙じゃない?」

「だよ、な。何であんな殺気を向 けられなきゃならないんだ?」

二人揃って首を傾げていると、門番の叫びを聞き、あちこちから待機していた術者たちが飛び出してきた。

「なあ、もしかして………まだ犯 人扱いされてるのか、俺たち?」

「みたい、ね………」

つくづく見下げ果てたような表情 で二人は言葉を交わす。

さすがに、獅希には我慢の限界 だった。日本に帰ってきてから不愉快なことばかり続いていた。

神凪に関わってしまうわ、目の前 で煉がさらわれるわと、これら全てが彼の神経を逆撫でしており、結果として彼は非常に機嫌が悪かった。

昨日の神凪の対応にも腹が立った 上に、馬鹿娘―――もち、綾乃―――のおかげで死に掛けたのだ。

更にダメ押しとばかりに、神凪の 無能っぷりを見せられて、もはや、怒りのリミッターも限界突破した。

せっかくマリーアと話していい気 分だったというのに、それをあっさりぶち壊され、獅希の脳裏で、穏便に対応する、という選択肢が一瞬で消え去った。

そして、目の前には殴ってくださ いと言わんばかりの馬鹿どもが、首を並べて待っているのだ。見逃す手はなかった。

膠着を破って馬鹿の一人が前に出 る。もしかしたら、知った顔かも知れないが獅希は個別認識する必要性を感じなかった。

「この期に及んで、許しを乞える 立場だと思っているのか……」

煮えたぎる激情を必死で押さえ込 んでいる、そんな口調だった。

「アホか」

「なにギャッ!!」

台詞を言い切る事もできず、見え ない巨人にアッパーカットを喰らったかのように術者は宙を舞った。

顎が無残に砕け、力なく開いた口 から血しぶきに混じった歯の欠片と、自ら噛み切った舌の先端が吐き出された。

術者たちの間に動揺が走った。彼 らには獅希の攻撃方法さえ分からなかったのだ。

「オヤスミ、永遠に眠らしたいと ころだが、それは勘弁してやるよ」

台詞と同時に、数人が後方に吹き 飛んだ。

エーテルフィスト――――高密度 に圧縮された空気が、亜音速で容赦なく術者たちに叩き込まれたのだ。このような雑魚に対抗する手段などあるはずもなかった。

進行方向にいた者たちが倒れ伏す と、二人はゆっくりと歩き出す。進行方向に倒れている術者を容赦なく踏み躙りながら。

「やっぱ面倒だな。ちょうどいい からこの辺り一帯吹っ飛ばすか?」

「いいわね。目障りだから塵も残 さないでよ?」

二人は揃って本気の口調で言い放 つ。

獅希の掌に桁外れの台風が生み出 される。圧縮されたそれは、開放されたが最後、獅希たちの言葉どおりに周囲を更地にしてしまうだろう。

「う、あ……………」

「な、なんて力だ……………」

獅希の凶眼が光る。一応、重悟の 気配がする方向は残すつもりだが、それ以外の神凪はまったく考慮に入れていない。周囲への人間への被害も最小限に抑えるべく、神凪の屋敷周辺に反射結界を 張り巡らせる。

これだけのエネルギーをこんな狭 い空間で解き放てば、確実にこの屋敷は焦土と化す。それも衝撃が無限に乱反射する空間内である。この世の地獄を再現できてしまうやもしれなかった。

「ちょっと、なにやってる の!?」

屋敷から一人の少女が飛び出して きた。神凪綾乃――――獅希の機嫌の悪い原因のひとつである。

「なに、と言われても?正当防衛 だろ。そっちが攻撃してきたんだからな」

獅希は表情を変えずに言う。微妙 に間違っているが、そんな事はどうでもよかった。

「そんな馬鹿みたいな力使ったら この辺り一帯が…………」

「安心しろ、結界は張ってある。 潰れるのは神凪の屋敷だけだ」

綾乃の叫びに、獅希は静かに返 す。すでにこの少女に対する信用もゼロなのでその言葉を聞き入れる義理もなかった。

「最後の忠告だ、さっさと消え ろ。屋敷から出れば命は助かるぞ」

凶悪すぎる殺気を綾乃に向けつ つ、獅希は逃げ道を教えてやる。女や子どもを殺すのは好きではない。と言うよりも大嫌いである。

「ふ、ふざけないで!逃げるわけ ないでしょ!!」

「その意志は認めてやる。だが な、気持ちだけでいったい何が護れる?」

「えっ?」

「思いだけでも、力だけでも駄目 なんだよ。その両方を持ち得ないかぎり、何も護れない。誰も護れない。全てを失うだけだ」

何の感情も浮かべず―――――し かし、流れ続ける傷口の血と、幾度となく見た絶望を瞳に浮かばせて獅希は言う。綾乃にはそのことはわからなかったが、その瞳に映っている、紛れもない悲し みだけはわかった。

「…………………」

綾乃は呆然と獅希を見つめてい る。この男は気だるげでいっつも小憎らしい微笑ばかり浮かべていた。厳馬と戦ったときですら同様だった。表立っては怒りをあらわにしていたが、その瞳は絶 望を映し続けていた。

「で、でも!私たちだって戦って るのよ!家族や仲間を護るために必死で!それでも、意味がないって言うの!?」

「――――――――」

獅希は無言で精霊を散らした。精 霊たちに礼を言うことすらせずに綾乃に向かって歩み寄る。そして――――――

 

 

パンッ!!

 

 

問答無用で綾乃の頬を張り飛ばし た。

「っ……………!!」

反射的に睨んでくる綾乃を、獅希 は感情のない目で見下ろす。

「護る…………?ほざくな小娘。 貴様らの“護る”ってことの意味は誰かを傷つけることか?」

「っ、そんなわけ………!!」

「ならなんで式を巻き込んだん だ?関係ないあいつを」

「そ、それは…………」

「何も考えずに突っ走ったあげ く、無関係の人間を傷付けようとして最後は居直りか。いい身分だな」

「う……………」

俯く綾乃の胸ぐらを掴み上げ、獅 希は初めて綾乃の目を見て怒鳴り散らした。

「気持ちだけで…………気持ちだ けでいったい何が護れる!!!!それに見合った力がなけりゃ、全てを失うんだぞ!!!」

綾乃は迫力に圧倒され、ただ凍り つくばかりである。

獅希がここまで感情を爆発させた ことも驚きだし、何故、何かに耐えるような表情をしているのか、という疑問すらわいてくる。

「獅希、ちょっと落ち着く」

式がいつの間にか横に移動してき て諭す。

「―――――わかった」

しぶしぶ、という感じで綾乃を放 す。そして憮然とした表情で詰問する。

「宗主はどこだ?」

「――――――――部屋よ。調べ 物してる」

「あっそ。じゃあ、さっさと連れ てけ」

「何であんたに命令――――」

「お前はよっぽどこの場で人生を 終わらせたいらしいな」

ぴき、と獅希の額に青筋が浮か ぶ。顔が笑顔だけに物凄く怖い。眼は据わっている上にまったく笑っていない。更には口調が妙に平板なのが恐ろしさを上塗りしている。

綾乃の直感が告げていた。ここで ちょっとでも逆らえば、絶対に殺される、と。

「わ、わかったわよ。連れてけば いいんでしょ、連れてけば!」

「そういうことだ」

獅希はおとなしく綾乃の後に続こ うとする。式もその後に続く。―――――と、綾乃は式に向き直った。

「? 何?」

「あの、昨夜は助けていただいて ありがとうございました」

礼儀正しく頭を下げる綾乃。獅希 とは大違いの対応だった。

「気にしなくていいわよ。助けよ うと思ってやったわけでもないし」

式は少し意外そうな顔をした後、 微笑を浮かべて返答する。

「いえ、でも一応、御礼をと思っ たので」

「ふ〜ん。まあ、好意はありがた く受け取るわ」

式はそう言うと綾乃を眺めた。面 白いものをみるように――――綾乃は気付いていなかったが。

「おい、さっさと行くぞ。一刻を 争うんだからな」

「わかってるわよ!」

式とは540度違う態度で綾乃は 怒鳴る。どうしてここまで対応が違うのか、獅希も綾乃も分からなかった。――――ただ一人、式だけがくすくすと笑っていた。

 

 

 

 

 

 

七年ぶりに足を踏み入れた屋敷を 獅希は興味深く眺める。内部も外部もまったくかわっていない。戦国時代から建っているような家だ。七年程度で何が変わるはずもなかった。

獅希は綾乃の後について無言で歩 き続ける。前を行く綾乃は頭ひとつは小さい。同い年にしては、身長差があった。

案内された先は重悟の私室だっ た。

「本当にすまない。調べ物に意識 がいってこちらの対応を遅れさせてしまった。お前たちにそのようなふざけた対応をとるとは……………」

重悟は深々と頭を下げた。

「別にどうでもいいよ。昨日も 言ったが、神凪の人間にまともな対応を求めるのが間違ってるんだからな。まあ、迷惑料に上乗せするから覚悟しとくことだな」

獅希は呆れたように言う。途轍も ない額を請求されそうだが、自業自得である。

「そういうこと。私は神凪と関 わったのは昨日が初めてだけど、はっきり言ってこれ以上関わりたくないわね。しかるべき措置をお願いするわ」

式もその意見に賛同する。この二 人の神凪への評価はゼロ以下なのだから当然だが。

「ああ。この件が終われば、しか るべき措置をとろう。私も含めてな」

重悟はそう言うが、もはや神凪の 腐敗は止まらないだろう。おそらく近い将来、神凪は滅亡する。

綾乃が宗主に着いたところでそれ は変わらない――――否、今の綾乃では速度を増すことだろう。

もう少し落ち着きと冷静さ、カリ スマ性などがあればマシかもしれないが、そんなものは現在綾乃にはない。

「神凪も滅亡か…………世のため 人のためにはこの上ないことだよな。まあ、その前に財政危機で潰れるかもしれないけどな」

微妙に不吉なことをしみじみと言 う獅希に向け、綾乃が噛み付く。

「何でそうなるのよ!神凪がなく なったら誰が妖魔を退治するのよ!?」

「魔界や神界への扉も開いたん だ。そっちに任せれば大丈夫だろ。それに、今の神凪は妖魔退治よりもつけあがることに目を向けてるみたいだしな。炎術至上主義、戦闘力こそ至高のもの。そ んな考えばっかりじゃないのか」

疑問符もつけないあたり、獅希は そのことをまったく疑っていない。

「まあ、それはこれが終わったら だ。それで、電話で言ったとは思うが――――」

「ああ、煉がさらわれた件だな。 それについてはわかった事がある。犯人は――――」

「俺の予想通り、風牙衆、だ ろ?」

「ああ。そしておそらく、お前が 戦ったという妖魔は、風牙衆が崇める神に違いない」

「か、神ぃ〜〜〜〜〜!?」

数瞬の後、綾乃は甲高い声で叫ぶ が、獅希は特に動揺しない。式も同様だった。

「うるさいぞ小娘。で、何でそん なもんが出てくる?それに、煉がさらわれた事とどういう関係があるんだ?」

「それを話すには神凪と風牙のこ とを話さなければならん。そもそも風牙衆と神凪は祖を同じくするものではない」

(だろうな)

獅希は内心で呟く。炎と風。力の 質も強さも違いすぎている。神凪が風牙衆を取り込んだ、と考えるのが妥当だろう。

「三百年前のことだ。風牙衆は強 大な風を操る一族として栄えていた。暗躍していた、と言うべきかもしれん。暗殺、誘拐、破壊工作と、金さえ積めば何でも請け負う闇の組織だったらしいから な。だがあまりに残虐な行為が多すぎたため、幕府から神凪に討伐命令が下ったのだ。激しい戦いの末、ついに我々の祖先は風牙の力の源を封じ、力の大半を 失った風牙衆を下部組織として吸収した。」

「なるほど。その力の源があの妖 魔か。確かに、桁違いの強さだったもんな」

獅希はそう言うが、どことなく納 得していないような感じがあった。

「どうしたの?」

「ん、いや…………神ならあんな レベルじゃない、とか思ったんだが…………」

「封印の効力でまだ力を封じられ てたんじゃないの?」

「かも、な…………」

微妙な口調の獅希を遮り、式が口 を出す。

「けど、そんなものどうやって封 じたの?いくら神凪でも――――いえ、人間では不可能でしょう?」

ここで言う神とは、一神教におけ る創物主のことではなく、いわゆる超越存在のことである。文字通り、人を超越しているからこそ神と呼ばれるのであり、逆に言えば、人に封じられるモノは神 ではない。

獅希のような、創物主と並ぶよう な神と契約している者は例外だが、過去にそんなことは一度もなかったと聞いた。つまり、『人が神を封じる』というのはそれ自体が定義上の矛盾であった。

「その辺りの伝承は失われておる ので、はっきりとは分からんが……多分、精霊王の御力を借りたのではないかな」

確かに、超越存在より、上位に位 置する精霊王ならば神を封じることもできるだろうが―――

「仮に、三百年前の宗主が精霊王 と再契約したとしても、その力を使うのが人間である以上、神を超えることはできないぜ。精霊王の直接召喚でもやらかしたのか?」

「――――そんなこと、できるも のなの?」

綾乃が始めて口を開く。上位世界 に在る王を、直接この世界に降臨させる。それは離れ業を超えた奇跡の領分である。

「さあな、やったことはないけ ど、できないこともないんじゃないか?」

「――――え?」

綾乃は獅希の言葉に疑問を覚え た。上位世界の王を降臨させる――――奇跡の領分であることは、癪ではあるが自分を圧倒的に上回るこの男が知らないわけがない。

だというのに、不可能ではない、 と言った。その意味するところは――――

「まあこれが今までの概要だ」

「そこはわかった。だがな、その 話のどこに煉がさらわれる要因があるんだ?」

「その封印を解くために、神凪の 直系が必要なのだ」

口を開きかけた獅希を制し、重悟 は続ける。

「神凪の直系でなければ封印を解 くことはできぬ。封印は三昧真火の内にあるからだ」

三昧真火とは、一切の不純物を取 り除いた『火』の元素の結晶、地上には存在しないはずの純粋な炎である。

確かにそんなものをかき分けて、 封印に辿り着けるのは、神凪の直系ぐらいなものである。獅希にもできないことはないが。

「けどよ、炎が邪魔なら吹き散ら せばいい。俺はできるぜ。間違いなく奴にもな」

「封印は炎の内にあるのだ」

重悟は繰り返す。獅希を試すよう に。

「……おい、まさか?」

「そうだ。炎そのものが神を封じ ている。炎を散らせば、封印ごと神の力も消える。故に炎の加護を受けた者でなければ、封印を解くことはできんのだ」

三百年前の宗主は、封印に何重も の安全弁を設けたのだ。封印そのものを秘し、風牙衆を吸収した経緯も記録から抹消した。あたかも神凪と風牙が、その発生からひとつであったかの様に。

そして封印は風牙衆の手では決し て解けないようにした。そうまでしなければ、風牙衆の滅亡を望んだ幕府を納得させることはできなかったのだ。

「解き放たれた神が最初に見るの は、自分を封じた者の末裔だ。煉がどうなるかは言うまでもあるまい」

そして同時に、神の怒りが神凪に 降り注ぐだろう。従えていた妖魔でさえあれほどの強さである。完全復活した神など、相手に出来るはずもない。

そして重悟は神を封じる術など知 らない。つまり、封印が解かれれば神凪は確実に滅びるのだ。

「生贄、か……………」

今の煉の状態は、一言で言えばそ うなる。そして、獅希にとってその単語は最悪の地雷であった。

「まったく…………殺すなら殺す で皆殺しにしなさいよ。そんな事やってるからこんなことになるのよ」

「同感。殺しは好きじゃないが、 そんな状況なら皆殺しにするほうがいいに決まってる」

獅希はそんな事を言うが、敵を皆 殺しにしろ、と言われても出来る自信はない。出来れば殺さずに済ませたい――――そんな考えが獅希にはある。基本的に獅希は神凪以外の人間には全般的に甘 い―――――――風牙衆は既に例外だが。

式も似たようなところがあるし、 そもそも式は、人を殺すことを禁じている。相手が妖魔だからこそ戦うことが出来るのだ。

共存の道をとるにしても、相互理 解の存在すら知らないであろう神凪一族では無理なのだ。それならばはなから皆殺しにするほうがいいに決まっていた。

「あんたら……人の情ってもんが ないの?」

綾乃の口調は、心からの軽蔑を隠 そうともしていなかった。獅希は元から嫌っているが、式までそんな事を言うとは思わなかった。

「情、ねぇ。お前らみたいなキチ ●イ暴力集団の言う台詞かよ。少なくとも、神凪が親切心で風牙を救ったとは思えないがな」

「な、なによ。違うって言う の?」

「風は炎を煽ることができる。そ のうえ術者としては遥かに格下。手下として、いや、捨て駒や囮として使うには利用するには最適なことこの上ないよなぁ」

「そうね。他人を見下して生きて る下衆連中が考えそうなことだし。こういうのが私は一番嫌いなのよ。あなたも宗主ならもう少し内部を整えなさいよ。ここまで来ると怒りを通り越して呆れる わ」

獅希の言葉は、明らかに重悟に向 けたものだった。式の言葉は先ほどの綾乃と同じく、心からの軽蔑を隠そうともしておらず、糾弾をしているのと変わりがなかった。

今更言葉を飾っても無駄だと思っ たのか、重悟も率直に真実を告げる。

「そうだ、我々の祖先は道具とし て風牙を手に入れた。便利な道具としてな……」

「そんな……」

「そもそも、神が復活しようとし なくても、確実に反乱は起こってたんじゃない?獅希の口調じゃ風牙衆は人間扱いされてなかったみたいだし」

「神凪は戦闘力を価値基準にしす ぎなんだよ。力押しで何でもかんでもどうにかなるとでも思ってるのか?できると思うなら今回の件も力で解決してみろよ」

二人の容赦ない言葉に、重悟と綾 乃は反論できずに沈黙する。

「神凪もここまで堕ちると哀れな もんだな」

「私も同感。そもそもこんな状態 で存続できてること事態奇跡じゃないの?腐った分家に無能の宗家。吐き気がするわね」

「そうかもな。まあ、そんな連中 よりは俺は情があるぞ。むやみに傲慢にもなる気はないし、無駄な殺しはしないしな。ま、言ってみりゃ奴隷が反乱するのは当然の権利だ。あんたらが復讐され るのも因果応報、自業自得、身から出た錆びってやつだな」

獅希は極めて客観的な意見を述べ る。別に神凪が滅びようがどうなろうが、はっきり言ってどうでもよかった。というかさっさと滅んでほしい。煉がさらわれなければ、この件には深入りする気 はなかったのだ。

「なに他人事みたいに言ってるの よ!煉が死んでもいいの!?」

したり顔でのたまう獅希にむけ て、綾乃が噛み付く。

「別に死んでほしいとは思ってな いさ」

獅希は淡々と告げる。予想どおり に綾乃はキレる。

「それに煉だって神凪の術者だ わ。脅されたって兵衛に従ったりしない!」

「それは無理だな」

「なんでよ!?」

なぜか獅希に対してのみ喧嘩腰の 綾乃を無視して、獅希は重悟に向かって言う。

「煉は才能はあっても、今は十一 歳のガキだからな。一日あれば親でも殺すように仕向けられるぜ」

冷静な指摘に神凪親子は言葉もな く沈黙した。

洗脳、憑依、手段はいくらでもあ る。神凪の力は血脈に宿るものだ。肉体さえ本物ならば、自我が喪失していようと、妖魔が憑依していようと、精霊は煉の身体を護るだろう。

「ねえ、あんた、お守りだとか 言って妙なペンダント渡してたじゃない。なんかの役に立たないの?」

綾乃は襲撃のときを思い出し、質 問する。しかし、獅希の答えは無常だった。

「悪いが何の役にも立たないな。 殺される可能性はなくなるだろうが、救出のときに役には立たない」

「ペンダント?」

式が口を挟む。

「ああ。【天道宮】だ」

「……………そんなもの渡した の?」

呆れを通り越し、信じられない風 に式は聞く。

「あいつなら使いこなせるさ。そ れだけの実力と才能は秘めてる。母さんの息子だからな」

「そうなの?」

「そうだ」

一片の躊躇もなく獅希は言い切 る。獅希がここまで言うのならば間違いはないのだろう、と式は納得する。

「何の話よ?」

「お前に言う義理も義務もない」

綾乃の疑問は微塵の容赦もなく切 り捨てる。

キレかけた綾乃に先んじて重悟は 重々しい表情で言う。

「……急がねばな。封印が解かれ れば、もうどうにもならん。その前に煉を救い出すのだ」

「そうか。――――で、俺たちに も手伝えってか?」

「………………ああ。嫌なのは分 かるが、協力してくれないか?」

二人は沈黙する。式はどうでもよ さそうにそっぽを向き、獅希は露骨に嫌な顔をしている。

「な、なによ!神凪は確かに誤解 で攻撃もしたけど、今だけでも水に流してくれてもいいじゃない!それに煉が殺されるかもしれないのよ!?」

綾乃は怒鳴るが、獅希の絶対零度 と言っても過言ではない視線の前に尻込みする。

「あのな、いきなり人を殺そうと するような考えなしと協力したいと思うか、馬鹿娘」

「ぐ…………」

「今だけ、と言ったな。なら、こ の件が終わった後に神凪を捻り潰しても文句はないわけだな?勘違いで人を殺そうとするような奴らだ。後顧の憂いは早めに絶たないとな」

「……………………」

「獅希、いちいち脅さない。で も、獅希の言ってることは正しいわ。そもそもあなたたちの傲慢が生んだことだしね。謝罪してすむ問題じゃない。こうなるまで放っておいた宗家と宗主の無能 は追及されてしかるべきよ」

式の言葉に、重悟と綾乃はまとめ て沈黙する。厳然たる事実であり、どんな反論も出来なかった。

「そもそも、神凪内で戦える術者 がどれだけいるのよ?」

「え?」

綾乃はきょとんとした声をあげ る。

「分家は戦力外。役に立たないの は目に見えてる。雅人も例外じゃない。腐れ術者の厳馬は俺が潰して入院中、宗主は戦える身体じゃない。煉はさらわれた。他の宗家は無能の屑ばかり。 ――――で、残ってるのは?」

「………あ、あたしだけ」

「はい、よくできました。で、役 に立つのか、お前は?」

「なっ………」

「言っておくが、あいつらの強さ は半端じゃない。で、お前は俺たちの中では一番弱い。お前が対抗できる相手はおそらく皆無。できて風牙衆の相手が関の山だ。結局俺と式がほとんど戦うこと になるんだろうが」

結局のところ、神凪の失態の後始 末を押し付けられているようなものなのだ。獅希にすればたまったものではない。

「ば、馬鹿にしないでよ!あたし たちの問題なのに、こんなところで震えて隠れてろって言うの!?」

「簡単に言えばそうだ。命を懸け たこともない小娘が大口を叩くな。無駄な虚勢は死を早めるぞ」

「っ、このっ………!」

激昂して炎雷覇を抜き出しそうな 綾乃を、獅希は呆れ顔で眺める。この程度で平静を乱すから未熟だというのに。

「まあ、いいんじゃない?連れて 行っても」

たしなめるように言う式に対し、 獅希はきっぱりと拒否する。

「嫌に決まってる。役に立つ可能 性が皆無だ。連れて行ったが最後、突っ走った挙句敵に食い殺されて終わりだろ」

「なんですって!?」

「事実だ負け犬。ギャイギャイ咆 える前に自分の力のほどを知れよ。自分の力も知らずに付け上がられるのが一番面倒で邪魔なんだよ」

「っ………………!!」

「だが、この戦いは神凪の問題 だ。お前たちにだけに任せるわけには…………」

「それで足手まといが付いていっ て負けた挙句に食い殺されて向こうの戦力アップ。俺たちの負担が増える。一歩間違えば殺される。どの辺に有利になる点があるのかお聞かせ願いたいね」

「炎雷覇で燃やせない敵がいると でも思ってんの!?」

「“当たれば”だろうが、“当・ た・れ・ば”。お前程度のレベルで攻撃が当たるわけあるか。しかもわざわざ一撃喰らってやったのにまったくダメージなかったしな」

話は平行線をたどっていた。綾乃 は強硬についていく、と主張し、獅希は断固拒否の姿勢を崩さない。

事態を見かねた、というか呆れた ように見ていた式が口を出す。

「獅希、譲ってあげなさい。ここ で馬鹿な話してる間に煉が殺されたらどうするの?」

式の台詞に獅希は渋い顔をする。 何で式がここまで綾乃を擁護するのかも分からないが、確かに問答している暇はなかった。

「―――――――ったく、わかっ たよ。連れてけばいいんだろ、連れてけば」

明らかに嫌そうな表情で獅希は同 意する。実際、こんなことをしてる場合ではないのだ。

「言っとくけどな宗主。煉の安全 は保障するが、こいつは死んだところで文句は聞かないからな。そのことを後でごちゃごちゃ言うなよ」

「死ぬの前提にしたみたいに言わ ないでよ!!」

「実際死ぬ可能性のほうが圧倒的 に高い。俺はお前のフォローなんざしないからな。死んだところで文句言うなよ」

「あんたのフォローなんか受ける ぐらいなら死んだほうがマシよ!!」

(とか言いつつも最終的には助け るくせに)

「おいこら式。今失礼なことを考 えなかったか?」

「別に?」

式はとぼけるように微笑する。

無駄な追求はせず、獅希は綾乃に 最終通告をする。

「一応連れて行ってやる。そのか わり、自分の身は自分で守れ。いいな」

静かに、それでいて圧倒的な存在 感を以って、獅希は言い放った。

綾乃は少し気圧されるが、それで もひるまずに言い返す。

「当たり前よ!自分の身ぐらい、 自分で守る!これなら文句ないでしょ!?」

「―――――いいだろ。それだけ 言うなら問題はない」

やれやれ、と首を振りつつ獅希は 振り返り、重悟に尋ねた。

「で、神の封印された場所は?」

もはや、聞くべきことはそれだけ であった。

率直な質問に、重悟も簡潔に答え る。

「京都だ」

 

 

京の北西、炎神・火之迦具土を祀る山。そこが神凪の聖地。地上にありて、天界の炎の燃え る契約の地。

三百年もの因縁をめぐり、神凪と風牙――――この二つの一族が存亡を賭ける――――終局 の地。

戦いの火蓋が今、切って落とされようとしていた。

 


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