風の聖痕 蒼銀の契約者

 

第二十二話

 

 

 

 

『ふっ!!』

「っ!!」

顔面目掛けた蹴りをミリ単位でか わし、獅希は後方に飛び退く。

「はぁっ、はぁっ……………!」

さすがに息が切れてきた。

有酸素運動をぶっ通しで、それも 全力十分以上も続けているのだ。普通の人間ならば既に限界に達しているだろう。

だと言うのに、綾乃は息一つ切れ させてはいない。

妖魔が憑依しているからとはい え、素で腹が立ってきた。

「体力底なし馬鹿…………」

ぼそりと呟いた獅希の言葉を的確 に聞き取り、綾乃は切れる。

『誰が体力バカよっ!?』

鉄板辺り粉砕しそうな拳を避け、 獅希はそろそろ自分の我慢が臨界に近づいているのを感じた。

(■■、聞いてるか?)

『―――――なんでしょう?』

一瞬の間が空き、すぐさま炎雷覇 は返答する。

(そろそろきつくなってきた ―――――急げよ?)

『わかっています。もうしばら く、お願いします』

(うい)

やる気なさそうに答えると、獅希 は再び綾乃と拳を合わせ始めた――――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『妖魔に食われて、お前という存在は消えて失せる』

 

 

 

黎は一切の含みもなく、淡々と呟 いた。

静かな笑みを見つめるが、一切の 冗談は含まれていない。

つまりは――――――――

『ほれ、頑張って登って来い。侵 食は始まっておるぞ?』

「!!」

再び、綾乃の体が静かに歪む。

穴を覆う闇も、少しずつ深くなっ ているような気がした。

『ま、せいぜい一時間、と言った ところじゃ、お前が呑み込まれるまではな。――――――――ああ、あと、両腕は封じてある。よじ登るのは無理じゃぞ?』

「っな!?」

後ろ手に拘束されている腕を確認 し、綾乃は驚愕の声を上げる。

『それまでに頑張って登って来い ―――――――でなければ、お前は消え失せる。外界の時間と違い、こちらの時間はかなりのものじゃからな。まあ、いつあの男が痺れを切らすかは分からん が』

「…………っ!!あたしを、殺す 気!?」

睨みつける綾乃を一笑に切り落と し、黎は嗤う。

『お前が諦めるなら、そういうこ とになるか。せいぜい頑張れ』

手近な意思に腰を下ろし、黎は瞑 目する。

外界の戦いを観賞しているらし く、時折、面白そうに笑いを漏らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんのっ…………!!」

そんな黎の様子を見てはいない が、時折もれてくる笑いに青筋を立て、綾乃は垂直の壁を駆け上がった。

「ああぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 

 

ダダダダダッ!!―――――――――――ゴッ!

 

 

 

「いっ!?」

駆け上った壁が崩れ、更に足を滑 らせる。

「きゃあ あぁぁぁぁーーーーーっ!!」

凄まじい悲鳴を上げつつ、綾乃は したたかに地面に背中を叩きつけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なんじゃ、今の音は?』

黎が億劫そうに片目を開けると、 綾乃の様子を観察していた若火が答える。

『壁を垂直にかけ登って、その上 落下した音です』

『…………何メートルのぼっ た?』

『――――五メートルほど、で しょうか』

その答えに、黎は呆れ顔で穴を眺 める。

『――――――無茶苦茶と言うか ―――――――――アホか、あいつは』

『否定できません。馬鹿でしょ う、あれは』

辛辣な評価を下す二人は、どこま でも最悪だった(綾乃にとっては)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いったぁ……………!!」

五メートルほど垂直落下した後、 全力で地面に叩きつけられ、綾乃はうめき声をあげていた。

「どうやって登れって言うのよ、 こんなの…………」

呻くように呟いた瞬間、綾乃の体 の一部が闇に呑みこまれはじめる。

「っ!? うああああああ あぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっっっっ!!!?」

凄まじい激痛が綾乃を襲う。

「か、はっ!? うあ あぁぁぁっっっっ!!!」

文字通り、身を削り取られるよう な激痛に、綾乃は凄まじい悲鳴を上げる。

数分それが続いた後、ようやく闇 が薄れる。

「は、がっ………… あ、ぁ…………………」

息も絶え絶えになり、綾乃は断続 的に痙攣を繰り返す。

『おー、そうじゃ、言い忘れてい たが』

「…………?」

頭上より響く声に、綾乃は根性で 視線を上げる。

『“侵食”の間は、凄まじい激痛 を伴う。文字通り、身を喰われているのじゃからな。言っておくが…………“侵食”は、常に痛みを押し上げる。―――――――何度目まで耐えられるかの、お 前は?』

「っ!?」

再び、綾乃の表情が驚愕 に…………そして、恐怖に彩られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ、一体!?」

外界で綾乃と殴り合っている獅希 は訝しげに叫ぶ。

綾乃を覆う妖気が、少しずつだが 濃度を増しているのだ。

拳を受けている腕も痺れがどんど ん大きくなっている。

「呑み、込まれてるの か…………?くそっ、大丈夫なんだろうな!?」

『死ねぇっ!!』

「っく!?」

凄まじい勢いで、漆黒の炎を纏っ た拳が振り下ろされる。

地面をいい勢いで爆砕し、破片が 弾丸のように飛び散った。

「っの、野郎!!」

獅希が瞬間的に体を沈める。

獅希の頭が、綾乃の膝ほどにまで 沈み、体を捻り――――

 

「喰らえっ!!」

 

―――――――跳ね上がる。

 

 

 

――――閃走・六兎――――

 

 

 

ドゴォッ!!

 

 

 

「――――っな!?」

獅希の驚愕の叫び、そして鈍い音 と共に、綾乃の体が浮き上がり――――――その表情が、邪悪に歪む。

全力には程遠いとはいえ、今まで の綾乃ならば確実に気絶するほどの一撃を放った―――――――にも関わらず、

 

 

『そんな程度で、あたしを殺せる と思ったの?』

 

 

邪悪な嗤いを浮かべ、綾乃は、鳩 尾に寸分違わず叩き込まれた獅希の蹴りを―――――――

 

 

 

『マヌケね、獅希!』

 

 

 

―――――――右腕一つで、受け 止めていた。

 

 

 

一気に振り上げられた脚が、獅希 の頭頂部目掛けて振り下ろされる。

(っく!!)

ギリギリのところでスウェーバッ クしてかわす。

(何だ、この侵食速度は!?流也 でも十年かけて馴染んだってのに、この短時間でどうやったらここまで同化できる!?まさか前世は悪魔とか言わねーだろうな!?)

同時に後方に飛び退き、距離を取 り直した。

(そろそろ、タイムアップが近く なってきたな……………)

『殺して、やる……………!!』

「なんか台詞回しがどんどん素敵 に恐ろしくなってるような…………勘弁しろよ…………」

獅希は、助けを求めるように空を 仰いだ。

とーぜん、そんな都合のいい展開 はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ、 はぁっ……………!!」

(登れない……………)

穴の底で倒れたまま、綾乃は考え る。

「どうやったら、こんなの登って いけるのよ…………?」

そんなうめき声を上げた時、上か ら声がかけられる。

『綾乃』

黎が静かな声で言い放つ。

「な、なによ……………?」

『お前がその穴に墜ちてから、す でに一時間近くじゃ。そろそろ、始まるぞ?』

「はじ、まる……………!?」

その瞬間、穴の中の闇が、凄まじ い速度で濃さを増していく。

今までの侵食の比ではない。

「ちょ、嘘でしょ!?待ってよ、 待っ…………………!!」

静止の言葉もむなしく、闇が、綾 乃の体を喰らい尽くした。

「あ…………」

 

 

 

「あ…………あァ゛…………ぅアアアアアアア゛ア゛ ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛っ!!!」

 

 

 

『黎様、救済措置に入ります』

若火が静かに穴に歩み寄ろうとす るのを、黎は引き止める。

『黎様?』

『まあ待て、若火』

黎は静かに穴を見つめ、言う。

『よく見てみろ』

黎は静かに言葉を紡いでいく。

『妖魔に呑みこまれれば、通常、 霊力と魔力を奪い去られる。だが、あの小娘は最初に体を分解され始めている。――――――これは、綾乃の抵抗の証じゃ。まだ、奴が力を取り戻す可能性は 残っておる。――――――どのみち、ここで力を取り戻せぬようならば、助けたところで意味はない』

『しかし……………』

『様子を見るとしよう。 ――――――奴が、本当に妖魔に喰らい尽くされるか――――――――少しの、間だけ、な……………』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――聞こえますか、綾乃―――――――

 

 

 

 

 

「…どこ?ここ……」

建物のような地面の上で綾乃は目 を覚ました。

『こっちです』

「え?」

振り向いた綾乃の視界に、紅い服 の女性が棒のようなものの上に立っていた。

(凄い美人……)

綾乃も美少女ではあるが、目の前 の女性は格が違う。

「誰?あなた」

『“誰”? なにを言っているの ですか?私です。―――です。』

「………………?」

(聞こえない?)

『………そうですか。あなたに は、まだ届かないのですね……』

「え……?」

『悲しいことですね。一体、幾度 声を嗄らせば私の声は、あなたに届くのですか?』

そして女性は動く。

『あなた以上に私を知る者など、 この世のどこにも居はしないのに』

「? 何言ってるの? あたしは あなたなんて知らな………」

女性の位置を見て綾乃は固まる。 重力がおかしくなったかのように、横向きに立っている彼女を見て。

「そ、それ…!?あなた、一体ど うやって……」

『驚きますね。なぜそんな所に 座っていられるのですか?』

「……っな……!?」

地面の方向が一気に変わってい た。

 

 

 

ザアアアッ

 

 

 

「き……、きゃああ あぁぁぁぁぁ!!」

『絶叫とは余裕ですね。頼もしい です』

「な、なに言ってんのよ!落ち る……!」

『あなたたちは万物をつかさどる 精霊たちに力を借りる存在。多くの霊なるものたちを支配することが出来ます!』

「人の話聞きなさいよっ!!」

『そして知りなさい! あなたが 今失っている力は、受け継がれてきた、一族たちの力だということを!』

「―――――どういう、こ と…………?」

『あなた達には――――――い え、あなたにはその力があります。――――――あなた自身の、炎を統べる力が!!』

「私自身の、力…………?」

『そう、あなたは、自身に流れる 力が、血によるものだとしか考えてはいない。―――――――探し出しなさい、あなただけが持つ、炎の力を!』

崩れ去って行く世界を背に、女性 は言い放つ。

『隠れ去った“炎の力”を捜し出 せるときがあるとすれば、それは、この世界が崩壊を始めた今を於いて、他にはありません!!』

世界が、色とりどりの炎となっ て、降り注いでくる。

『今、降り注いでいる無数の炎。 この中の、たった一つだけに、あなたの“炎の力”が隠されています。それを見つけ出しなさい!!』

「……む、無茶言わないでよ!! どうやって…………」

『言い訳は聞きません、次官もあ りません。この世界が完全に崩れ去る前に見つけなければ――――――――あなたは、妖魔と為るでしょう』

「―――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ、これは…………!?」

正面に立ちはだかる綾乃から、凄 まじい妖気が吹き上がる。

その濃さは、流也をも凌駕するま でに成り果てている。

「…………タイムアップ、か。 ――――――悪いが、倒すぜ、■■」

瞳を静かに細め、獅希は綾乃を睨 み据えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――どうすればいいのよ?―――――――

 

 

 

こんなたくさんの炎から、たった一つ、“炎の力”の入った炎を探す?

 

 

そんなの無茶よ。

 

 

 

――――――どうすればいいのよ?―――――――

 

 

 

大体、炎術師はそういった力を察知する力は欠けているのよ

 

 

あたしだけの炎を、ここから見つけ出せなんて……………

 

 

――――――――――?

 

 

 

 

 

あたしだけの、たった一つの、炎?

 

 

 

――――――昔、父に言われた、己の力――――――

 

 

 

―――――お前の力は、太陽のような、朱金の色をしているな、綾乃―――――

 

 

 

 

「それっ!!!」

 

 

綾乃は周囲を見回し、色とりどり の炎の中から、朱金の炎を引っ掴む、

「これっ!!」

その炎の中に、あるものが見え た。

「な……に………? ―――――――炎雷覇の、柄………………?」

『よく、見つけてくれましたね』

女性が、綾乃の背後で柔らかく笑 う。

『次こそは、私の名が、あなたの 耳に届くと、いいですね…………』

「―――――あなた、もしかし て……………」

 

 

 

 

ズッ―――――――――

 

 

 

 

「!!」

『急ぎなさい、崩れますよ!!  早く私を引き抜きなさい!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

『!! 黎様!』

『下がれ、若火!!』

 

 

直後、穴が、内部から、炎を噴き 上げた――――――――

 



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