―――やくそくだよ、世界一の魔法使いさん。
 
 
 それが何時した約束かは彼には分からない。だがまだ何も知らなく、純粋だった彼が幼き日にした約束。その約束が何時誰としたかは覚えていない。靄がか かった景色、その約束をした相手の顔も真っ白で誰かは分からない。
 
 だが彼はこの言葉だけは覚えていた。例えこの手がどれだけ血に汚れようとも……。
 
 
 
 
 
 
 
 此処はフランスにある、とある富豪が住む屋敷。屋敷の周りには五メートルほどの高さがある塀があり唯一つの入り口である正門には常に二人の黒服を着たそ の道のプロが見張っている。
 
 いつもは門番の二人も半分いい加減に見張っているが今日は違っていた。屋敷の中にもいつもとは比べ物にならないほどの黒い服を着て大小さまざまな銃、普 通の拳銃からマシンガンの類まで持った男達が油断なく見回りを行なっている。
 
 門番の二人も屋敷の中の張り詰めた空気に当てられたのか普段のいい加減な態度が嘘のように真剣に取り組んでいる。
 
「なぁ?」
 
 門番の一人が不意に呟く。もう一人の門番もその呟きに気がついたのか顔だけを相方の方に向ける。
 
「何だ?」
 
 聞き返した門番は相方を見て疲れたように嘆息をつく。壁に寄りかかり何処かダルそうに夜の闇に輝く星や月を眺めるこの男の態度が時々羨ましく感じる。少 なくても自分は今日彼のような態度を取れる心境ではない。
 
「退屈だよな」
 
「馬鹿かお前は、今日がどんな日か分かっているのか?」
 
 多少の非難を込めながら口にする。彼は今日の事を聞かされて気が気でなかった。
 
「分かってるよ。俺たちの雇い主の命が狙われてるんだろ」
 
 壁に寄りかかったままズルズルと座り込む。そんなやる気の無い態度を見た男はまたも嘆息をつく。
 
「分かってるんだったら真面目にやれ」
 
「けどよ、本当に来るのか? その殺し屋はよ」
 
 非難の視線を浴びせる男に気にする様子もなく地面に座り込んだ男は懐に閉まってあったタバコを取り出し、口に銜える。
 
「オイ!」
 
「だってよ、屋敷の中には百人近い警備員がいるんだぜどんな殺し屋だろうと、例えそいつが一流の”魔法使い”だったとしてもこの屋敷の対魔法システムを突 破するのは難しいだろ?」
 
 男はタバコの先端に火をつけて煙を肺に溜め噴出す。
 
 
 男の会話にもあったがこの世界には”魔法”というものが普通に存在する。”人々は皆生まれながらに魔法使い”というのがこの世界の常識であり、この世界 に住む人々は生まれながら魔法が使える。
 
 ”魔法”と言うのはもちろんファンタジーにある炎を出したり空を飛んだり傷を癒すあの魔法である。もちろん唯で使えるわけでなく”魔法”を使うには”魔 法使用回数”と言うのを消費しなければならない。
 
 この”魔法使用回数”と言うのは生まれた時にすでに決まってあり決して増える事は無い。そして今の世の中この”魔法使用回数”である程度の地位が約束さ れる世の中なのだ。
 
 多いものはそれだけ優秀な魔法使いとして敬われ、少ないものはそれだけで見下され、馬鹿にされる。現にこの屋敷の持ち主も魔法使用回数三万という一流の 魔術師である。
 
 平均魔法使用回数が二桁という事実を考えれば三万という回数は多いといえるだろう。
 
 そして此処まで魔法が浸透しているとその魔法を悪用するものまで増えてくる。そんな輩のために対魔法使い用の防犯などが確りとなされているのである。
 
 そして、門番達の雇い主の屋敷にはそれこそ異常といえるほどの対魔法の防犯装備が施されている。警察―――それどころか軍ですらそう簡単には突破できな いほどの防犯装置が備わっている。
 
 それほどまでにこの屋敷の主は今夜自分の命を狙う殺し屋を恐れているのだ。
 
 
「まあ、そうだけどな……」
 
 不真面目な相方の言葉にしぶしぶ納得した男は諦めて再び辺りに注意を向ける。
 
「ん?」
 
「どうした?」
 
 見張りを再開した男の不意な呟きにタバコを吸っている男が尋ねる。
 
「誰か……来る」
 
「マジかよ」
 
 タバコを地面に捨て立ち上がり足で踏み消し、正面のほうを向ける。足音が聞こえた、闇に隠れその足音の主がどんな人物かは分からないが何かが此方に近づ いて来ているのは確かのようだ。
 
「誰か知らんが止まれ! 止まらねえと撃つぞ!」
 
 タバコを踏み消した男が懐から拳銃を取り出し銃口を足音の聞こえる方向に向ける。だが足音は直も聞こえる、否僅かであるが足音が大きくなってきている。 それが意味するところはその足音の主は、門番達に近づいている事になる。
 
「チッ、馬鹿が!」
 
 舌打ちしながら、隣の真面目な相棒の方を向きお互いが頷く。もう一人のほうも懐から拳銃を取り出し、足音の方向に構え二人同時に引き金に指を引く。銃口 から弾丸が発射され足音の聞こえる方向に吸い込まれる。
 
 二人は直も引き金を引きながら発砲を続ける。拳銃に込められた弾が全て尽きるまで二人は撃ち尽くした。
 
「やったか?」
 
「ああ、多分……馬鹿な!?」
 
 不真面目な男が尋ね、真面目なほうが肯定しようとしたところで闇の中から姿を現す人影に気がつき驚愕の表情を浮かべる、唯の人間がアレだけの弾丸を撃ち 込まれて生きていられるはずが無い。
 
 生きているはずが無いのだが、謎の足音の主は生きていた。そして闇の中からその人物が姿を現す。
 
「子……子供?」
 
 門番の片方が闇の中から姿を現し、月に照らされ姿映し出した人物を見た瞬間ありえない物を見たような表情をする。襟を立てた黒いトレンチコートで全身を 固め胸元に]V”と刻まれたタトゥーが目に付く、黒い髪の東洋の顔立ちをした男。
 
 だが男の顔は若いどころか幼さがまだ残っている。東洋人は見た目より若く見られる事があるがこの男はどう見てもまだ十五前後の中学生くらいにしか見えな かった。
 
 だがこの少年は普通の少年とは決定的に違うところが二つある。一つはその右手にはあまりにもごつ過ぎる全身黒塗りの装飾銃が握られている事、もう一つは 少年の眼、その眼は夜の闇を照らすかと思わせるほどの金色の眼をしていた。
 
 猫を思わせるかのような金色の眼をした少年は門番に姿を見せた瞬間銃口を門番達に向ける。
 
「オイ、ガキこんな時間にそんなおもちゃ―――」
 
 男が言葉を言い終えるよりも早く少年が引き金を引く。銃声と共に弾丸が飛び出し、少年に何か言おうとした男の眉間を貫く。穴が開いた眉間から赤い液体が 噴出し男は後に倒れこむ。
 
 その表情は何がなにやらよく分からない表情をしていた。そしてもう一人の男もまた”眉間に穴”を開けながら何が起きたのか良く分からない表情をしながら うつぶせに倒れこんでいた。
 
 信じられない事だが少年は引き金を二回引き二人同時に倒したのだ。あまりにも早く銃声が一発にしか聞こえないほどの早撃ち、明らかに人間の限界を超えて いる。
 
 そんな信じられない神業を披露した少年は特に気にした様子もなく懐から黒い野球ボールほどの大きさの丸い物体―――所謂爆弾を取り出し正門に向かって投 げる。
 
 門にぶつかり爆弾は眩しいほどの閃光がすると同時に爆発が発生し門を吹き飛ばす。
 
「何だ!?」
 
 屋敷の中にいた黒い服を着た男達が、一斉に爆弾を投げつけた少年のほうを振り向く。そんな何十もの殺気の篭った視線を向けられた少年は特に気にした様子 もなく黒い銃の銃創の弾を詰め替える。
 
「貴様! 一体何のようだ!?」
 
 黒服の中のリーダー格の男が少年に向けて怒声を放つ。普通の人ならその怒鳴り声と男が発した殺気で動けなくなるだろう。だが少年はそんな男の怒声に気に した様子もなく、明日の天気を言うかのように男の方を向きながら話しかける。
 
「決まってるだろ」
 
 獰猛な肉食獣そのものの殺気を迸らせながら金色の眼で男達を見回す。
 
「”不吉”を届けに来たのさ……」
 
 そう言いながら少年黒いコートを靡かせながらは男達に向かって走り出し、未だに混乱している男達に向けて黒塗りの銃―――”ハーディス”の引き金を引 く。庭に響く一発の銃声だが銃口から飛び出したのは二発の弾丸。
 
 ”連続早撃ち”<クイックドロウ>と呼ばれる銃技である。その気になれば三発同時に弾丸を放つ”三連続早撃ち”<トリプルクイックドロウ>といった技も 使える。
 
 もちろんこれほどの早撃ちになると少年の持つ銃、”ハーディス”でも無い限り銃身自体が耐えられないのだが。
 
「えっ!?」
 
 いきなり仲間のうち二人が倒され、黒服たちの動きが止まる。その一瞬の隙をつき少年は”ハーディス”の引き金を引き一人、また一人撃ち倒していく。
 
「何をしている!? さっさと撃ち殺せ!」
 
 リーダー格の男が叱咤し一斉に正気に戻った男達が拳銃で少年目掛けて一斉に撃ち出す。弾丸が前後左右から一斉に少年に襲い掛かる。逃げ場など無く銃弾の 嵐が少年を撃ち貫く瞬間―――少年の姿が忽然と消えた。
 
「な!?」
 
「一体何処に!?」
 
 突然少年の姿を見失った男達が慌てふためく。男達が動揺する中一発の銃声が鳴り響き男達の中の一人が頭部から赤い液体を噴出し倒れこむ。
 
「遅いよ」
 
 男達が銃声の鳴った方向に向こうとした瞬間また別の場所から銃声が鳴る。また一人銃弾に撃ち貫かれた男が倒れこむ。男達が少年を探そうとすると銃声がな り、また一人、また一人と倒れていく。
 
 時間にして十秒ほどでリーダー格の男一人となってしまった。
 
「……」
 
「くっ……舐めるな!!」
 
 無言で此方に歩き出す少年に対して感じる恐怖を打ち消すかのように、手に持っているマシンガンで無我夢中に少年目掛けて撃ち出す。発射される数え切れな いほどの銃弾。屋敷の庭にマシンガンの銃声が響き渡る。
 
「はぁ、はぁ、はぁ……やったか?」
 
 全弾撃ちつくし、唯の鉄の塊になったマシンガンを降ろす事も忘れ、硝煙に包まれた少年の方を見る。間違いなく全ての銃弾が直撃した。男の頭の中では全身 に穴の開いた惨たらしい少年の死体が映し出されるはずであった。
 
「―――ば……馬鹿な!?」
 
 男の顔色が恐怖のためか青色に変わる。煙が徐々に晴れ其処から姿を現したのは穴だらけで血まみれの肉塊ではなく、身体に傷一つ無い少年が黒のトレンチ コートを靡かせながらゆっくりと姿を現した。
 
 男は何故生きているのか理解できなかった。もっとも目の前の少年が実はマシンガンの弾を右手に持つ”ハーディス”の銃身を盾代わりに使い全ての弾を弾い たと、いっても信じられるはずも無いが。
 
「なっ……なんだお前は!?」
 
 少年は右手に持つ”ハーディス”銃口を男の眉間に合わせ、恐怖に支配された男の質問の返事の代わりに引き金を引く。銃声が庭に鳴り響き眉間に穴を開けた 男が顔色を青に変えたまま仰向けに倒れこむ。
 
「……」
 
 少年は無言で”ハーディス”の銃創をいじり弾を詰め替える。少年は庭の惨状を気にも留めず屋敷の扉に近づく。目的はただ一つ、自分が所属する組織に歯向 かう此処の屋敷に”不吉”を届けるだけだ。
 
 不意に月の光が少年を照らす、その顔はなんともいえない何かが見え隠れしているがその表情に気づくものはいない。そう少年自身も自分がどんな表情をして いるかなど判らなかった。
 
 少なくても今少年を照らす月以外少年の表情を知る存在はいないだろう。屋敷の扉を右足で蹴飛ばし、”不吉”を届けるために屋敷に入っていた。
 
 
 
 
 
 少年の名は”式森和樹”世界最強の”抹殺者”<イレイザー>”黒猫”<ブラックキャット>と呼ばれる男である。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「クソ……”秘密結社”<クロノス>連中め……」
 
 屋敷の奥に鎮座しているガウンを着た初老の男、若干禿が目立ち身体のいたるところに余分な脂肪が付いている屋敷の主は忌々しそうにモニターを睨みつけて いた。
 
 この老人はフランスに住む魔法至上主義に富豪である。そして今の世界に不満を抱いている人物でもある。”この世界は魔法回数が優れた者が支配するべきで ある”魔法使用回数が三万回ある老人は常々そう考えていた。
 
 実際そのお陰で彼はフランスの中でも有数の金持ちとして名を馳せており、表裏関係なく強い権力を持っている。そんな老人にとって許せないものが一つだけ あった。
 
 それが”秘密結社”<クロノス>である。
 
 起源は千年以上前に、とある国の権力者や富豪が集まって結成した小規模な組織であったと言われている。だが何時しかその噂を聞いた権力者や富豪達が次々 集まりいつの間にか世界経済の三分の一までを支配するほどの超巨大組織にまで膨れ上がってしまったのだ。
 
 そして今の世の中”秘密結社”<クロノス>の存在は無視できないほどの規模を持つ。”秘密結社”<クロノス>の支配者である長老達は決して優秀な魔術師 ではない、それこそ一般人ほどの魔力しか持たない。
 
 魔法至上主義の老人はその事が許せなかった。何故自分のような優秀な魔法使いがあんな無能な老人達の顔色を窺わなければいけないのかと? 世の中の権力 者、企業の社長や政治家、下手をすれば各国の首脳すら”秘密結社<クロノス>に属している。
 
 老人はその現状が許せなかった。そしていつしか”秘密結社”<クロノス>を打倒するため秘密の活動を始めていた、だがちょっとしたミスで”秘密結社” <クロノス>にバレそして今”秘密結社”<クロノス>の誇る”抹殺者”<イレイザー>に命を狙われていた。
 
 老人はすぐさま腕の立つその道のプロを雇い、その日に備えた。そして今日”秘密結社”<クロノス>の”抹殺者”<イレイザー>が自分の命を奪うために来 る事が判明し逆に返り討ちにしようと思っていたのだが……。
 
「……化け物が!」
 
 目の前の机を両手で叩きながらモニターに映っている少年―――和樹に向かって吐き捨てる。モニターに映し出されている和樹は次々と黒服たちを倒してい た。
 
 前後左右、逃げ場が無いほどの銃弾の雨が降り注ぐ中、あるいは避け、あるいは右手で持つ黒い装飾銃”ハーディス”で銃弾は弾きながら確実に一人、また一 人と敵を撃ち倒していた。
 
「何をやっている!? 相手はたった一人だろうが!?」
 
 次々と倒される不甲斐ない部下どもに叱咤する老人。そんな中不意に和樹が老人の方を見る。否老人はモニター越しに見ているので、和樹が老人を見ることは できない。
 
 老人も和樹の行動は唯の偶然だと思っていた。だが和樹は次の瞬間薄く笑うと同時に右手に持っている”ハーディス”の銃口を老人に向け、引き金を引く。
 
 弾丸が飛び出し、カメラを破壊し老人が見ているモニターがザーという音と共に砂嵐を映し出す。
 
(ば……馬鹿な!? あのカメラに気がついたとでも言うのか!?)
 
 老人が驚愕の表情をする。同時に全身に得体の知れない震えが走り抜ける。屋敷のあちらこちらから銃声と怒声、そして悲鳴が聞こえだすが老人はそれど頃で はなかった。
 
 全身を走り出す震えを両手で押さえながら歯をがくがくと鳴らす。嫌な汗が垂れ落ち、顔色が青色に変わる。
 
(どうする……このままでは……一体どうする!?)
 
 必死に考えをめぐらせるが老人に良い考えが浮かぶ事は無くそのまま時間だけが過ぎていく。しばらくの間、考えに没頭していた老人に耳に今まで聞こえてい た銃声や、悲鳴が途絶える。
 
「なっ……何だ!?」
 
 突如として、音の無い世界と化した自分の屋敷に驚きを隠せない老人は慌てて後に数歩下がる。カツ、カツ、カツと大理石の廊下に足音のようなものが響きだ す。
 
「ま……まさか!?」
 
 ある想像をした老人の顔色が青を通り越して白色に変化する。直も聞こえる足音、一歩一歩確実に死神の足音が聞こえ老人はきょろきょろと周りを向きながら 動けないでいた。足音が更に大きくなりそして、足音が不意に止まる。
 
「……」
 
 重い音を立てながら老人を隔離していた扉が左右に開かれる、其処には黒いトレンチコートを羽織った少年―――式森和樹が立っていた。
 
「”不吉”を届けに来たよ」
 
 ”ハーディス”を握り締める右手に力を込めながら一歩一歩腰を抜かしながら後に下がりだす老人に近づく。
 
「ま……待て……」
 
 和樹に両手を差し出しながら、老人は必死に言葉を紡ごうとする。だがそんな老人を冷たく見据えながら和樹は更に一歩、また一歩と近づく。そんな和樹に恐 怖を抱きながらもどうにかしようと考えをめぐらせようとして不意に和樹の胸元に目が行く。
 
(”]V”の刻印!? まさかこの少年があの”黒猫”<ブラックキャット>だというのか!?)
 
 敵に必ず”不吉”をもたらすという”秘密結社”<クロノス>が誇る最強の”抹殺者”<イレイザー>にして”時の番人達”<クロノナンバーズ>と呼ばれる 最強の先頭集団の一人である”黒猫”<ブラックキャット>が目の前にいるという事実に老人の恐怖が加速される。
 
 絶体絶命の中老人は必死に考えをめぐらせる。自分が手に入れた”秘密結社”<クロノス>の情報を必死に頭の中から検索を開始しそしてある一つの取って置 きの情報がヒットした。瞬間男の顔が、歓喜の表情に変化する。
 
「クッ、喰らえ!」
 
 その瞬間和樹の顔色が一瞬変わる、男が叫ぶと同時に巨大な火の玉が飛び出し和樹を飲み込む。
 
「くっ……クハハハ!!」
 
 和樹の居た場所が炎に包まれるのを見て老人は今まで溜まっていたのを一気に吐き出すように笑い出した。その顔からは先ほどまであった恐怖という感情が抜 け落ちているものの、嫌な汗は全身に張り付いたままであった。
 
「噂は本当であったか! ”時の番人達”<クロノナンバーズ>は魔法使いとしては大した事無いというのは!」
 
 直も笑い続ける老人、彼は嬉しかった。先ほどまで自分の恐怖のどん底に陥れていた死神が自分の魔法であっさりと死んだことに喜んでいた。この部屋だけは 魔法を自由に使えるようになっていた。自分は優秀な魔法使いだからいざという時使えないと困ると思いそうしたが思わぬところで役に立った。
 
「あははははは、何が”黒猫”<ブラックキャット>だ! 何が最強の殺し屋だ! 所詮魔法が使えない唯の銃使いじゃないか!!」
 
 目の前で燃え広がる炎を見ながら直も馬鹿笑いを浮かべる。”時の番人達”<クロノナンバーズ>というのは身体にTから]Vの刻印が刻まれた十三人の最強 の先頭集団でありその実力は”魔法旅団”<マジックブリケード>の一個師団を遥かに凌駕するとまで言われているほどである。
 
 おのおのが一つの武器を極限まで極めた戦闘者、それが”時の番人達”<クロノナンバーズ>である。ただ彼らは魔法使いとしては大した事は無いのだ。全員 が”オリハルコン”と呼ばれる世界最硬の金属を加工した武器を使用しているためであるが、もちろん理由がある。
 
 この世界の魔法は特別でなくすでに一般にまで浸透している。近年魔法犯罪の増加によって対魔法対策がなされた事によって戦闘で魔法を使うのは難しくなっ てきている。それに唯でさえ魔法回数を使いきれば塵となってしまうのに、誰が好き好んで魔法を使うだろうか? 
 
 そんな中”秘密結社”<クロノス>は魔法を使用する事なく、一流の魔法使いを凌駕する戦闘者を生み出す事を考え付いたのだ。そしてその結晶が”時の番人 達”<クロノナンバーズ>である。
 
「あはははは、やった……このわしが”黒猫”<ブラックキャット>を葬ったのだ。これで『彼』もわしを放って置くことはできまい。クックック、これでわし の地位も安泰だ!! わははははは!!!」
 
 まだ震える身体に渇を入れながら、立ち上がりまだ燃え広がる炎を見ながら笑う。だがこの老人の笑いは、自分の頭部に金属のようなものを突きつけられタ瞬 間固まる。
 
「……ば、馬鹿な」
 
 信じられないと思いながら後ろを振り向く。其処には先ほど火の玉の直撃を喰らい死んだはずの和樹が冷たい眼をしながら”ハーディス”の銃口を老人の目の 前に突きつけていた。
 
「ま……待て……」
 
 顔色が一瞬で白色に変化する。老人には信じられなかった、あの距離で火の玉の直撃を受けたはずなのに目の前の少年は服に焦げ後残さず回避したのだ、そん な芸当ができる和樹は化け物としか言いようが無かった。
 
「待て! わしにはまだ幼い娘がいるんだ!!」
 
「!?」
 
 その言葉を聞いた瞬間、引き金を引こうとした和樹の指が固まる。それに気づかない老人は必死に、それこそ恥も外聞も無く命乞いをする。
 
「頼む!! 命だけは助けてくれ!! もう二度と”秘密結社”<クロノス>には歯向かわない。だから……どうか命だけは助けてくれ!!」
 
 涙を流しながら土下座までして命乞いをする。老人自慢の魔法が効かなかった以上、老人の命は和樹の手の中にあるといえる。老人の必死な懇願を聞きながら 和樹はゆっくりと右手を下ろす。
 
「……」
 
「た……助けてくれるのか!?」
 
 何かを抑えているかのようにも見える表情をしながら和樹は数秒ほど沈黙する。そして不意に言葉を紡いだ。それは……。
 
「死ぬのが怖いなら―――」
 
 下げていた右手を上げ再び”ハーディス”の銃口を老人の額に向ける。
 
「へっ!?」
 
「―――初めから”秘密結社”<クロノス>に喧嘩なんて売らないことだよ」
 
 老人の間抜けな声を無視し冷たく宣言しながら右指で引き金を引く。屋敷の一室に一発の銃声が虚しく響き渡った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 翌日の新聞にはこう記されていた。
 
 
『フランスの富豪殺害!? 死者百一名の惨劇! だが奇跡的に女性の手伝い十名と富豪の一人娘は無傷で発見』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 この事件は一時的に報道されたが何故か数日で突然話題に出ることはなくなった。そして人々はこの事実を直ぐに忘れ、また一つの事件が闇に消えていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 あとがき 
 
 
 また修正しました。ごめんなさい……とりあえずまずは和樹のクロノス時代から書いて行こうかと思います。とりあえず、まぶらほの一話に入る前に夕菜以外 にも接点を待たせようかと思います。
 
 そうすれば扱いが酷くなる事はないと思いますので……これからも完結目指して頑張るのでこれからもよろしくお願いいたします。
 
 後今まで和樹の口調をトレイン寄りにしていましたが和樹寄りに戻しました。違和感があるかもしれませんが暖かく見守ってくれると、ありがたいです。
 
 
 
 



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