我々が何気なく暮らしている世界。

そのすぐ側、“歩いていけない隣”にもうひとつの世界が存在する事を知っている人はいるだろうか?

そこは渦巻く伽藍と呼ばれ、炎の中より生まれいづる異形の者達が闊歩する世界。

彼らはその身に宿す炎を操り、この世の事象を捻じ曲げる不思議の術法を操る。

彼らは人間の住まうこの豊かな世界に渡り着る。そして…




“人を喰らうのだ”




ある人間の詩人は、彼ら異形の者どもを指してこう呼んだ。

煉獄の炎を繰り、この世の存在を糧とする者。


『紅世の徒』と。




































灼眼のシャナ 存在なき探求者

第1話 コレクターの憂鬱




































僕、坂井悠二が非日常の世界に身を置くようになってから、およそ半年が過ぎた。

あの教授の耳障り且つ精神衛生上非常に宜しくないキンキン声にも慣れ……た訳ではないが、既に諦観の境地には達していると思う。

偶に燐子のドミノを使って碌でもないことをしでかしてくれるが、自分としては、まあ、現状に満足している。

今年の4月には志望していた御崎高校に入学を果たし、悪友2人と親友2人、友達以上恋人未満な女の子1人、そして“頭の中に住む妖精さん”との騒がしくも 充実?した日々を送っていた。

ただ、そんな人畜無害かつ平凡な中庸人間である僕も、この世界の闇と完全に無縁ではいられない。

ごく稀に現れる事がある、“紅世の徒”“フレイムヘイズ”は目下最大の悩みの種だ。

そして僕は今、かつてない危機的状況に晒されている。


「初めてお目にかかる。私はフリアグネ……ひょっとするとご存知かもしれないが真名は『狩人』という。以後お見知りおきを。」


高級感漂う白いスーツに身を包んだ優男がキラリと光る白い歯を見せつけるように笑いかけてくる。


一体どうしてこんな事になったんだろう?


事の発端は10分ほど前に遡る。










その時、僕は御崎市駅の近くにあるアーケード街を歩いていた。

時間は午後4時を回ったばかり。

学校も終わり、帰宅部の僕は部活に精を出す友人達に別れを告げて家路についた。

今日は母が法事で出かけているのをいいことに友人達を家に呼んで一晩騒ぎ明かそうと考えていた。

田中と佐藤には連絡が付かなかったものの、他の3人からは参加の意思確認もできたし、後は友人達が来る時間まで暇つぶしでもしようかと駅前をぶらついてい たのだが…


「封絶か……見るの久しぶりだな。」


それは突然の事だった。

道を歩いていたら突然、薄白い炎が辺り一面を覆い尽くし、不可思議な文様を地面に描き出した。

炎の壁が辺りを覆いつくし、壁の内にいる人々はまるで時を止められたかのように静止した。


“封絶”


界の内部を世界の流れ、因果から切り離す自在法だ。

異世界の化け物“紅世の徒”が人間を喰らう際に使用する、近代以降、最も多く使われている隠蔽の自在法である。





『どぉーーうやら誰かが食事に来ぃーーーたようですね。』


悠二の頭に声が響く。

彼の身に宿る“紅世の王”『探耽究求』ダンタリオンの声だ。

自らを教授と称する“紅世の徒”屈指の奇人である。


「“徒”か…って食事!?僕も喰われる訳!?」


『まぁーーーさか!仮にも王クラスの存在を理由も無ぁぁぁーーしに襲ったりはしませんよ。“零時迷子”が目的というなら話は別ですが?』


「…その事は隠しとくよ。いつもみたいに“話し合い”でお引取り願うとしようか。」


物憂げに溜息を着いて前方を見据える。






徒の間には暗黙の掟のようなものがある。

それは「“食事場所”の優先権は先にその場にいた者にある」というものだ。

“徒”は自分達を討滅しようとするフレイムヘイズという天敵から常に狙われている。

フレイムヘイズは徒が人間を喰らう事によってできる因果律の乱れを察知して現れる。

“徒”が天敵から逃れるには、ひとつの場所に留まらず、ほどほどに人間を喰らって素早く移動しなければならない。

一つの町に長居したり、一度に何人もの徒が人を喰らったりすれば、たちどころにフレイムヘイズに察知されてしまうからだ。

気性の荒い者にはそんな慣習など気に留めないものもいるが、食事場所がブッキングした場合、後から来たものが譲るというのが通例だ。

悠二の場合、その身に宿る“探耽究求”が非常に強力、かつ“関わり合うと面倒な”王であったため、これまでに出くわした“徒”は大抵、名前を出すだけで御 崎市を後にしている。

普通はトーチに遠慮するような“徒”などいないのだが、悠二の場合、内包する力が余りにも大きいのと教授の存在が悠二に半ば同化している状態なので、よく “紅世の王”本人と間違われるのだ。



暫くそこに突っ立っていると、前方から2つの影が現れた。


「“徒”か?」


一体は金髪美女の人形、もう一体はマヨネーズのマスコットに似た形をしている。


『いぃぃーーーえ、あれは燐子でしょう。』


「金髪のお姉さんは兎も角、あっちのデカい奴はデザインが悪趣味だな。…教授の発明品といい勝負なんじゃない?」


『なななな失礼な、私の発明品の何処が悪趣味と!?』


「自覚無しだもんね。」


やれやれと溜息をつく。







やがて悠二の前に歩み出た美女が言葉を紡ぎ始める。


『御“徒”でいらっしゃいますね。我が主が是非お会いしたいと申しております。無礼を承知の上でお願いいたします、一度ご足労いただいても宜しいでしょう か?』


「はあ…」


“紅世の徒”の下僕『燐子』と呼ばれる者たちは僕を前に深々と一礼してそんな事を言ってきた。


「(礼儀正しいね、燐子ってみんなこうなの?)」


悠二が知る燐子は教授の『お助けドミノ』しかいないので、一般的な基準がどうなっているかは知らない。

少なくともドミノは、教授の宿主である悠二や、その友人に対しては礼をもって接している。


『造った徒の性格に似て傲慢で無礼なものもいぃーーますけどねぇ。』


なるほど。ドミノの性格が主人に似なかったのは僥倖と言うべきだろう。

このマシンガントークが二人もいるなんて想像するだけで鳥肌が立つ。


「……OKわかった。君らに着いていこう。」


まあ、ここでゴネてこの燐子の主人が機嫌を損ねたというのでは余り宜しくない。

命の取り合いなぞしないで済むなら、それに越した事はないのだから。

悠二の了承を得て、燐子たちは相好を崩す。


「ありがとうございます。我が主も御喜びになるでしょう。」


そして再び悠二に深く頭を下げた。








それから燐子の後について市外地の外れにある廃ビルに入っていった。

閉鎖されてそれなりに時間が経過しているはずなのだが、内部は思った以上に綺麗だ。

床には埃ひとつなく、定期的に清掃されている事が窺える。


「君達が掃除してるのかい?」


「はい。御主人様に快適にお過ごしいただくことこそが我らの至上の喜びです。」


感心な事だ。まあ、そういう雑用目的で作られた燐子なら丁寧な対応にも納得がいく。

“徒”は人間と非常によく似た感性を持っており、食事もすればスポーツ、ゲームも嗜む。

演劇や映画を見て笑い、悲しみ、感動する。、恋をする事だってあるらしい…僕には想像もつかない話だが。

そんなわけだから、清潔好きの“徒”がいたところでなんら不思議ではない。






閉鎖されたデパートの、5階に当たるフロアに入るとそこには凄まじい光景があった。



干乾びかけたミイラ。



中世の騎士が身につけるような鎧。



壁に立てかけられた日本刀。



ピエロを模った人の背丈の半分ほどもある人形。



壁一面を覆いつくすほどの大きさのパズル。



その価値が解らぬ人間が見れば、ゴミだと思ったかもしれない。

しかし悠二にはわかる。

その品々、一つ一つに籠められ、刻み付けられた自在式が。



「宝具……なのか…」



「いかにも、その通り。」



突然、屋内に男の声が響いた。

部屋のいたるところに置かれた宝具。その影から、一人の男がスッと現れた。

ゆったりとした足取りで悠二の前まで来て、優雅に一礼する。

その身からは膨大な存在の力が感じ取れる。

並の徒ではない。

明らかに“王”、それもかなり高位の、だ。



「初めてお目にかかる。私はフリアグネ……ひょっとするとご存知かもしれないが真名は『狩人』という。以後お見知りおきを。」


丁寧な口調だが、僕には己を上位者と確信する者特有の尊大さが滲み出ているように思えた。

そして話は冒頭に戻る。


「狩人…(教授知ってる?)」


『狩人といえばフゥーーレイムヘイズ殺しの宝具コレクターとして名を馳ぁせている王です。』


フ、フレイムヘイズ殺し…

なんちゅう物騒な。

こんなの敵に回したくはないぞ。


「それで……貴君の名を窺いたいのだが?」


「あ…ええと、ワタクシ『探耽究求』と申すものなんですけど。」


あからさまにへりくだった物言い。

威厳もへったくれもあったもんじゃない。

腰抜けと言うなかれ。誰だって自分の命は惜しい。

基本的に“紅世の徒”は自尊心の塊みたいな連中なので、何は無くともおだてておいて損はないのだ。

しかし、悠二の名を聞いたとたん、フリアグネは表情を激変させた。


「『探耽究求』だと!?」


ま、まずい、怒らせた!?

っていうか教授!!まさかコイツ…教授の実験の被害者とか言うオチじゃないだろうな!?


『とぉーーんでもない!!狩人とはこれが初見ですよ。』


落ち着いた表情を一変させたフリアグネに、一瞬死を覚悟した。


「では…貴方がかのご高名な。」


……………はい?


「宝具の作り手としての貴方の名はかねてより耳にしておりました。いや、お会いできて光栄です。」


なにやら態度が180度変わった気がする。

口調が丁寧なのは変わらないが、そこはかとなく滲み出ていた尊大な雰囲気が綺麗さっぱり消え去っているのだ。

それにこの眼。

なーんか見たことあるんだよね…何処で見たんだっけ?


『『狩人』は古今東西の宝具を蒐集するコォーーレクターです。それで私のこと知ぃぃぃーーってるんでしょう。』


ああ、思い出した。

クラスメートの谷口に無理やり連れて行かれた有明の某イベント。

そこで、プロのイラストレーターからサインをもらってたオタッキーな連中が似たような目をしていたっけ?


「このような所で御目にかかる事ができるとは、なんという…なんという奇縁!是非に、私のコレクションをお見せしたいのだが。」


うぁ…目が血走ってるよ。

考えてみれば宝具コレクターなんて世界中探したってそうはいない。

宝具そのものも貴重だが、集めているのは“徒”や“フレイムヘイズ”くらいだし、彼らにしたって趣味というよりは戦うための手段として宝具を使っているに 過ぎない。

これではコレクターとはいえないだろう。

そして、古今東西コレクターと呼ばれるような人種が必ず持っている欲求。


『コレクション自慢』


さぞ、フリアグネもこの欲求を持て余したことだろう。

“徒”や“フレイムヘイズ”と出会えば宝具の奪い合い、殺し合いに発展することはあっても、品評会など開けるはずも無い。

そんなものを開いたりすれば自分を討滅するため、あるいは宝具を奪うために“徒”や“フレイムヘイズ”が蜜に群がる蟻のように集まってくるだろう。

結果、多彩な宝具をコレクションとして持ちながら、それを自慢できるのは自分の下僕たる“燐子”くらいしかいない。

もともと燐子は主のために尽くし、主を喜ばせることを至上とする連中なわけだから、辛口批評なぞ聞けるはずも無い。

何を見せても判で押したように『素晴らしい』では、フリアグネとしては張り合いが無い事この上ないだろう。


ちらりとフリアグネに目を向けてみる。

なんというか…はた目にも判るくらいうずうずしてるし。


「あー………わかりました。それじゃちょっとだけ…」


この王の機嫌を損ねたくなかったというのもあるが、やはり貴重な宝具というのも見てみたい。

池たちが家に来るまで……うん、1時間は余裕がある。これなら少し見るくらいの余裕はあるだろう。

できるだけ煽てて、機嫌が良くなったところでこの町を退去してもらうくらいの譲歩を引き出せればベストなんだけど……











うん、無理。













後書き


とりあえずこちらが高校編です。

中学編を先に出してたんですが、こちらのが話数が多くなりそうなので、差し替えることにしました。

前にupしていたのは後ほど過去編としてupする予定です。

たびたび変更してスミマセン(汗)



 BACK TOP NEXT




inserted by FC2 system