封絶は…大丈夫、ちゃんと展開されてる。

息を大きく吐いて、眼前の“敵”を見据え相棒に話しかけた。


「どう、アラストール?」


眼前の“徒”に向けて大太刀・贄殿遮那を構える。

胸に下げたペンダント、神器『コキュートス』から自分の契約者である紅世の魔神『天壌の劫火』アラストールの重々しい声が聞こえてくる。


『貧弱な外見に惑わされるな。この膨大な力。間違いなく“王”だろう。』


「久々の大物ね。」


闘気を全身に漲らせ、存在の力を太刀に送り込む。

自らの通名でもある太刀、贄殿遮那は、その力を受けて紅蓮の炎を纏わせた。



「炎髪灼眼…大物中の大物じゃないか!?」



“徒”が喚いているのが聞こえる。


その騒音を無視して、私は一気呵成に斬りかかった。



































灼眼のシャナ 存在なき探求者

第4話 誇りの対価




































「フレイムヘイズ!?」


『みぃぃーたいですね。』


世界が紅に染まり、地を縦横に火線が奔る。

紅蓮の炎が辺りを舞い、地に複雑怪奇な紋章を描き出す。

自在法『封絶』

その炎の色はフリアグネの薄い白とは似ても似つかぬ真紅。


『こぉの炎の色は、『炎ぇーん髪灼眼の討ち手』ですね。』


「炎髪灼眼!?大物中の大物じゃないか!!」


悠二の顔がサッと青ざめる。

世情に疎い悠二だって名前くらいは聞いたことがある。

紅世にその名を轟かせる魔神『天壌の劫火』アラストールのフレイムヘイズ。

フレイムヘイズ屈指の実力と名高い先代は、前大戦において『棺の織り手』と刺し違えており、今の討ち手は2代目だと聞いている。

しかし紅世最強クラスの王が契約しているからには、2代目といえど、その実力は可也のものだと見積もらねばならない。

下手をするとフリアグネより厄介かも…

だというのに、このトンチキ発明家は、


『当代最強といぃーーわれるフレイムヘイズ相手に発明品のテストが出来るとは、なぁぁんという幸運!』


「あ、あのな、その前に死んだら意味が無いだろうが!!」


そんなことを言い合っていると、悠二の視界を小さな影が掠めた。


「っ…!!」


本能的に身の危険を感じて飛び退くと、眼と鼻の先を刃が掠めすぎていった。

僅かに斬られた頬の切れ目から、血の代わりに緑色の火の粉が漏れる。

やばい。これは洒落にならんぞ!?


「ちょ、ちょっと待て!!落ち着いて話し合おうじゃないか!!」


慌てて言ってみるものの、少女は右足を軸に急角度の方向転換を行い、また斬りかかってくる。


「っ…教授!!なんか便利な道具出してくれ!!」


『をを!早ぁーーっ速使いますか!?』


どこか嬉しそうな声が聞こえたかと思うと、悠二の脳裏に幾つもの宝具が映し出される。


「先ずはコイツだ!」


両手のひらにテニスボール大の玉が火の粉を舞わせて出現する。

初撃をかわされたものの、返す刀で悠二の首を刎ね飛ばそうとする少女を視界に捉え、玉に存在の力を注ぎ込む。


『いぃぃぃーーーきまぁぁぁーすよぉぉぉーーーー!!!』


一方、悠二が内包するもうひとつの意識『探耽究求』の思考が、悠二の意識が行う作業と並行して自在法を構築する。

直後、少女の斬撃は狙い過たず悠二の頭部を両断した。

会心の笑みを浮かべる少女。






だが。






「悠二は滅びぬ!!何度でも蘇るさ!!」


「っな!?」


首から上を消失した悠二の体が、緑の炎を吹き散らして消滅した直後。

己の背後から聞こえてきた声にハッと息を飲み、ほとんど反射的に真横に飛び退る。

刹那、薄緑の炎弾が一瞬前まで少女が立っていた地点を直撃した。

吹き飛ばされながらもどうにか受身を取り、少女は距離を開けて太刀を構えなおす。

背後を振り返ると、いつの間に移動したのか緑色の炎を纏った悠二が悠然と立っていた。

服が髪が所々焼け焦げてチリチリいってさえいなければ様になっていただろうに。


「今のは何、幻像!?」


「どうだろうね。それより、ここにあったアパートをぶち壊したのは君かい?」


悠二の問いには答えず、少女は大太刀を構え腰を落とす。

奇襲が失敗したからなのか、今度は慎重だ。


(ヤバイな……)


その様子に悠二は内心で焦燥を深めた。

先ほどは向こうがこちらを舐めてかかったせいでどうにか防げたが、今度は全力で来るだろう。

それに彼女が構えている大太刀。あれは何なのだろうか。

先ほど悠二が初撃をかわして少女の背後に転移したとき。宝具によって創り出した幻影ごと、悠二自身にまで斬撃が及んだ。


「まさか…宝具を無効化するのか?」


『あぁーーるいは自在法を打ぅち消しているのかもしれません。』


「そりゃ厄介だな…」


思わず顔を顰める。

正直なところ、フレイムヘイズとの戦闘は勘弁してほしいところだ。

なにしろ悠二自身、外界宿と交流があり、幾人かのフレイムヘイズとは顔見知りなのだ。

彼らの協力があったからこそ、これまで平穏な日常を謳歌できていたわけだが、ここで『炎髪灼眼』を仕留めてしまってはこれ以後、外界宿からの協力を得るこ とは出来なくなってしまう。

というか、彼女の心配をする以前に、このままだとこっちが殺されかねない。


「ね、ねえ、ちょっと疲れたしお茶にしない?そこの朝マックで…」


直後、悠二は頭頂から股間まで真っ二つに両断された。

が、幻像の消失とともに少女の背後に再び現れる。


「な、なら2丁目のパン屋はどうだ!?あそこのチョコクロワッサンはなかなか…」


またしても斬撃。

今度は右肩から袈裟懸けに斬り下ろされる。


「くっ!!な、ならソーセージロール、いやメロンパンならどうだ!?」


メロンパンのくだりで一瞬躊躇があったものの、今度は腹を切り裂かれた。


「ごはっ!!ま、待て、メロンパン奢ってやるからちょっと待て!!」


ほとんどやけくそ気味に言い放ったその言葉に、少女が一瞬反応する。


「え……」


大太刀が己を引き裂く寸前でぴたりと止まったことに、今度は悠二が絶句した。


(ほ、本当かよ…)


『こ、こら、なぜそこで止めるのだ!!早く討滅せんか!!』


突然攻撃を止めてしまった討ち手に、契約者の王が焦ったような叱責の声を上げる。

その声に少女はハッと我に返るが、悠二としては漸く見つけた突破口を利用しない手は無い。


「メロンパン2個、いや3個でどうだ!?話を聞くだけでそれだけ奢ってやる!!」


改めて悠二に大太刀を向けようとして、その口から放たれた甘美な誘惑に再び手が止まる。

彼女がかけているペンダントからは紅世の魔神のほとんど悲鳴に近い絶叫が響いてくる。


『惑わされるな!!フレイムヘイズとして使命に殉じるというあの誓いを忘れたのかぁぁっ!!!』


「4………5個だ!!ミルクココアもつけてやるぞ!!」


「ぅ………」


途方に暮れたような表情で大太刀を取り落とす少女。

フレイムヘイズも元は人間。人としての欲望は持っているということだろう。


『ば……かな……』


かすれ声でのたまう紅世の王アラストール。



彼の気持ちは良くわかる。

メロンパン5個にココア1杯で1700円。

世界のバランスを守る守護者を買収するのに1700円。

とうとうデフレの波はこんなところにまで押し寄せてきたのだろうか?

僕だって空いた口がふさがらんよ。


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