まぶらほ 和樹の受難 逃亡編

 

 

 

 

 

ドーン

激しい爆発と共に、和樹の身体が 宙を舞った。いつもの光景、いつもの日常である。

和樹の浮気(勘違い)に激怒した 夕菜が魔法を使う。さらに何故か玖里子も凛も魔法を使っている。よく毎日毎日これだけ魔法を喰らってよく死なないものだ。

幽霊から復活してどのくらい経っ たろうか?女難は全く終わらない。

それどころか幽霊の時以上に激し いものになっているではないか。

(僕が一体何をしたの?)

空を舞いながら必死で考える和 樹。何が悪かったのか。そもそもなぜ僕はこんな生活をしている?

このままで良いのか?本当にこん な生活に甘んじていて良いのか?男として、人間として、式森和樹として、こんな女の子に振り回される生活を送っていて、本当に良いのか!?

(そうだ!僕はこのままじゃだめ だ!!逃げなくちゃ、逃げなくちゃ、逃げなくちゃ、逃げなくちゃ、逃げなくちゃ、逃げなくちゃ!!)

某汎用人型決戦兵器のパイロット ではないが、そんな考えが頭に浮かんだ。もうマジで、これ以上ないくらいに、はっきりくっきり完璧に。

(旅に出よう!遠いところへ!)

こうして和樹の逃避行への計画が 始まったのだった。

 

 

 

 

 

「まずはお金の問題だ」

旅をするにも先立つものが必要に なる。お金がなければどこにもいけない。生活にも困るし足にも困る。

和樹には車やバイクの運転免許な どないのだから当然、電車か飛行機での移動になる。ヒッチハイクと言う手もあるにはあるが、あまり確実ではない。

「う〜ん。どうしようかな」

さらには今の自分は、魔法を使え ば世界を滅ぼしかねない力を持っている。そのためその力を抑えるために、舞穂と行動を共にしなければならない。

だから一人で逃避行をするなど もってのほかなのだ。だがもうそんなこと知ったことか。B組のモットーではないが、世界の破滅より己の利益である。自分でもよく我慢したと思う。しかしも う我慢の限界だ。僕は自由だ!!

まっ、お金がなければ何もできな いんだけどね。

「はー」

ため息ばかり出てしまう。この状 況を打開するにはどうしたら良いものか。

当てもなく、和樹はとぼとぼと道 を歩く。すると・・・・・・・

「もし、そこのお兄さん」

「へっ?」

和樹はいきなり怪しい声に呼び止 められた。その声の方を見てみると、道の脇に占い師風の女性が座っていた。

「僕のことですか?」

女性に聞き返すと、彼女は幾度か 首を立てに振り和樹を手招きした。

どこか怪しい感じもしたが、お人 よしと言うか何と言うか、呼ばれるままに女性の下へと歩み寄った。

「僕に何かようですか?」

「・・・・・・・・・・」

女性は和樹の言葉を無視したま ま、じっと彼の顔を見つめる。

「あ、あの、僕に何か?」

「あなた、今何かお悩みでは?」

「えっ?」

「あなたの顔からは今まで見たこ ともない、不運を不幸を感じます。女難の相やらなにやら、その他もろもろが」

ずばりと当てられた。確かに今非 常に悩んでいる。女難の相も当たっているし、不幸であることは疑う余地もない。

「やっぱり、分かりますか?」

「もちろん・・・・・・・・しか も、今あなたは旅に出たいと思っていますね。しかしそれをするにはクリアしなければならない障害が多すぎる。それでどうしようもない、と考えていますね」

またまた当たった。まるで自分の 心を読まれているかのように。

「ご安心を。すぐにあなたの願い は叶います。そう、もうすぐね」

そう言うと、女性は唇を少し吊り あがらせる。それはとても妖艶な笑みだった。

「あ、あの。もうすぐって、どう いう意味ですか?」

「ここから先は有料です。聞きた ければ、いえ、幸せになりたければ情報料として千円頂きます」

手を差し出し、お金を催促する。 結構ガメツイ女性占い師である。

「そんな・・・・・・・お金を取 るなんて」

勝手に言って置いてそれはないな あと思う。しかしとても気になる。この不幸から開放されるには、多少の損失は止むを得ないのかもしれない。しぶしぶ占い師に千円札を差し出す。

「毎度ありがとうございます。で は、お教えしましょう。あなたの取るべき未来を」

彼女は右手を前に差し出し、ある 方向を指差した。そして、和樹は彼女のお告げに真剣に耳を傾けるのだった。

 

 

 

 

 

「和樹さーん。どこですか?」

宮間夕菜はいつものように、和樹 を探している。今はみんなで同居(同棲)しているのだが、今朝から和樹の姿を見ていない。

「どこ行ったんでしょう?」

全く分からない。和樹の部屋を一 度見てみたが、すでにもぬけの殻だった。

「あら、夕菜ちゃん」

「あっ、玖里子さん」

考え事をしていながら廊下を歩い ていると、前から風椿玖里子が歩いてきた。言い忘れていたが、今は学校は休みである。三連休と言う奴である。今日がその初日なのだが・・・・・・

「ねえ、和樹知らない?」

彼女も和樹を探しているようで あった。

「私も探しているんですが、姿を 見ないんです」

「そうなの?朝から姿を見ない し・・・・・・・・どこ行ったのかしら」

二人とも首をかしげる。基本的に 和樹は朝に弱い。そのためいつも寝坊するため、彼女達が毎日起こしているのだ。

それが今日に限って、朝早くから いないのだ。これはおかしすぎる。

「せっかくみんなで出かけようと 思ったのに」

「そうですね・・・・・・・もち ろんその後は私とデートですね(ハート)」

自分の世界に入り込もうとする夕 菜。玖里子はいつものことだと思いながら、はいはいと適当に相槌をうつ。

「けど、本当にどこいったのかし ら」

「さあ?」

二人がそんなことを考えている と、前からまた人がやってきた。神城凛である。

「お二人とも、式森を見ませんで したか?」

凛も和樹を探しているようだ。そ んな彼女の言葉に二人は首を横に振る。

「あたし達も探してるんだけど、 見当たらないのよ。凛も何も聞いてないの?」

「はい。買い物に付き合ってもら おうと思ったのですが・・・・・・・・あの、何か?」

凛はいきなり凄まじい視線を感じ た。いやもう殺気と言っていいのかもしれない。もちろんそれは夕菜のものであった。

「凛さん、和樹さんをデートに誘 うつもりだったんですか?」

恐ろしく険悪な口調である。

「そ、そんなことはありません! ただ買い物に付き合ってもらおうと」

「それがデートに誘ってるんで す!」

「ち、違います!」

「違いません!」

これもいつものことだが、何と言 うかよく飽きないものだ。

「はいはい。二人ともやめなさ い」

これまたいつものごとく、玖里子 が二人を仲裁する。このまま放っておけば、間違いなくお互いが魔法を使い出す。

そうなればこの家がただではすま ない。完全にぶっ壊されるだろう。

「ここで喧嘩するよりも、まずは 和樹を探すことが先決でしょ?」

その言葉にお互いが首を縦に振 る。そう、まずは和樹を探さないことには、彼とのラブラブのデートもできない。

しかし彼の行き先が分からない。

「もう一度、しらみつぶしに探し ますか?」

「そうね。和樹の行きそうなとこ ろを探しましょうか」

「そうですね。早くしないと日が 暮れてしまいます」

三人はそれぞれ思い当たるところ にいないかと、探しに行こうとするが・・・・・・・・・

「大変だよー!」

どたどたとかわいらしい音を立て ながら、走ってくる小柄な影。それは栗丘舞穂であった。

息を切らしながら、全速力で彼女 達のほうに走ってくる。しかもその手には何か紙のような物を持っている。

「どうしたんですか、舞穂ちゃ ん?」

「大変なのー!」

「大変なのーじゃ、何がなんだか 分からないわ」

「まずは落ち着いて。一度深呼吸 をすればよくなるはず」

言われるままに深呼吸をして、息 を整える舞穂。ふうっと、大きな息を吐くと、慌てたように騒ぐ。

「か、和樹君が、和樹君が!」

「和樹さんがどうしたんです か!?」

「とにかくこれ読んで!!」

言われるままに、夕菜は舞穂が手 に持っていた紙を受け取りその内容を読む。

玖里子も凛も興味心身に首を伸ば し、その内容を見る。

そこには・・・・・・・・・・

『しばらく旅に出ます。探さない でください。式森和樹』

「「「な、(なんなんですか、こ れ!?)(なによ、これ!?)(なんなんだ、これは!?)」」」

三者三様に驚いた。もうこれ以上 なく、壮絶に驚いた。

「和樹君が、和樹君が、家出し ちゃった!!」

舞穂の泣き声が、家の中に響き渡 るのだった。

 

 

 

 

 

その頃、ある船の上で

「ふ、ふふ ふ・・・・・・・・・」

海を眺めながら、和樹は大笑いし た。そうだ、ついにやったのだ!

人類にとっては、と言うかそんな 大層なものではないが、和樹にとっては大きな進歩だ。

夕菜達の目を盗み、家を抜け出し た。しかも、今の和樹には何も心配することがないのだ。

金の問題、自分の魔力の問題、夕 菜達に魔法で追跡させるかもしれないと言う問題、すべてオールオッケイなのだ!

「ふふふ。は〜、まさかこんな便 利なものがあるなんて知らなかったな。あの占い師さんには感謝しないと〜」

そういいながら、和樹は自分の腕 にはめられた腕輪を見る。

これは何かと言うと、魔力の放出 を抑えるものである。ついでにかなりの優れもので、完全に魔力を遮断する。

これで魔法は使えないが、暴走す ることもない。家には舞穂の分も置いてきているので、彼女も安心である。

さらに今着ている服。見た目は普 通のジーンズにジャケットだが、これが曲者。完全に追跡魔法を無効化する優れものなのだ。

しかしこの二つにも欠点がある。 それは使用期間の問題だ。これは効果は高いのだが、その分耐久性がない。

そのため、この二つは使い始めて から一ヶ月しか使えない。つまりこの逃避行は長くても一ヶ月しかできないのだが、それで十分。

学校ももうどうでもいい。どうせ 落ちこぼれなんだ。これ以上失うものなどない!

「そうだよな。お金もあるんだ。 しばらくは一人で楽しい旅をしよう!!」

彼は今、すごい金持ちなのだ。何 故かと言うと、宝くじが当たった。それも三億円も。これもあの占い師のおかげである。

言われるままに、その番号の宝く じを買ったら、それがいきなり大当たり。しかもすぐに換金され、今は百万円ほど手元にある。あとは銀行に預けてある。

「さあ、これでしばらく遊ぶ ぞ!!」

日ごろの疲れを落とすのだ!今は 沖縄行きの船に乗っている。まずは沖縄を回り、九州、中国、四国を巡り関西。関東、東北、ラストは北海道だ!

「これぞ完璧なプラン!僕は自由だ!!」

日ごろのストレスの鬱憤もあり、 かなりテンションが高い。すでに船は本州を離れ、一直線に沖縄に向かっている。あと数時間もすれば、さんご礁のきれいな沖縄だろう。

「・・・・・・・・・・式森 君?」

「えっ?」

不意に和樹は誰かに呼ばれた。驚 いてその声の方を見ると、そこには快活そうなショートカットの女の子がいた。

その女の子は和樹も良く知る人物 だった。そう、それは・・・・・・・・

「山瀬さん!?」

一年前まで葵学園にいて、今は清 修学園の生徒である山瀬千早であった。彼女は葵学園にいた当時から和樹のことが好きであった。

しかしその思いが届くことは、今 までなかった。押しの弱いところがあるせいもあるが、和樹があまりにも鈍いためであるためでもある。

「久しぶり。修学旅行以来ね」

彼女は実に嬉しそうに言う。だが 実際は一度、そのあとに彼を見ている。和樹はそれを知らないだけであって、彼女は実に悲痛な思いをしていた。

しかし未だに彼女は和樹のことが 好きである。和樹がそれに気づくことはないのだが。

だが今は非常にうれしそうな顔を している。本当に、本当に嬉しそうだ。

「それにしても偶然ね。式森君も これから沖縄へ行くの?」

「うん。まあね」

慰安旅行と言うか、逃避行と言う か、まあなにせ久しぶりの一人旅だ。

「そうなんだ。あたし達もこれか ら沖縄に行くんだよ」

「あたし達?」

『達』と言う言葉に疑問を覚え る。複数系という事は、他にもいると言うことだ。誰だろうか、家族と一緒にいくのだろうか。

その相手はすぐにわかった。なぜ なら千早の後ろから一人の長身の女性が現れたからだ。それは和樹も良く知っている人物だった。

「あっ、杜崎さん」

「こんにちは、式森君」

そう、和樹の目の前に現れたのは 同じ、葵学園二年B組の生徒である杜崎沙弓であった。百八十を超える長身で、学園の女の子達に人気がある。

さらにB組にしては珍しい良識派 の人間で、クラスメイトからは『腹で何を考えているのかわからない』と言われる存在だ。

しかも真堂流合気術と中国拳法の 達人である。

「今日は一人なの?」

「うん、まあね」

沙弓に聞かれ、少し歯切れの悪い ように言う。彼女達から逃げてきましたなどとは、死んでも言えない。

「珍しいわね」

「・・・・・・・・・・そうだ ね」

こう言う旅行などの時には、絶対 に夕菜や他の女の子がいるはずなのだ。沙弓が少し不審がるのも無理はない。

「いろいろと事情があっ て・・・・・・・・」

はははと、笑いながら誤魔化そう とする和樹。

「ふ〜ん」

「ま、まあ、それはともかく、二 人はなんで沖縄に?」

「えっ。それはね、あたしが商店 街のくじ引きで偶然、この沖縄行きのチケットを当ててね。それで沙弓と一緒に来たの」

「そうなんだ」

この二人は昔からの親友であった と前に聞いた。だから久しぶりに、二人で旅行しようとしていたのだ。

「式森君は?」

「僕も、その、抽選で当たったん だ!一人分だったから、夕菜達には内緒で一人できたんだ。あははは・・・・・・・・」

さすがに宝くじで三億円当てて、 その金で来ましたとも言えない。壁に耳在り、障子に目在りである。

いつどこで、誰が聞いているか分 からない。さすがにB組とは言え、沙弓にバレても問題は無いだろうが、何かの拍子に彼女が松田などに言ってしまう可能性もある。

そうなれば最後だ。B組全体に広 がり、自分を吊るし上げ、骨の髄までむさぼり尽くされるのは目に見えている。

「じゃあ、一緒に沖縄を回らな い?」

「へっ?」

千早の言葉に、和樹は変な声を出 してしまった。

「一人なんでしょ?だったら一緒 に回ろうよ!一人よりそのほうが絶対に楽しいよ!!」

千早は力いっぱいに言う。その本 心としては、京都でのように二人(沙弓もいるが)で回りたいのだ。

京都の時は、夕菜もいたが今回は 彼女はいない。

いつも和樹と夕菜は一緒にいるの だ。こんな時だからこそ、千早は和樹を誘いたかった。

実際、夕菜や他の三人が恋愛では リードしているのだ。罰は当たらないだろう。

「私もそうしたほうがいいと思う わ。どうせ式森君も一人じゃつまらないでしょ?」

沙弓も千早の援護とばかりに和樹 を誘う。彼女も千早の気持ちは知っている。そのため何が何でも、和樹を千早と一緒に回らせたかった。

「・・・・・・・・・そうだね。 そのほうが楽しいよね」

和樹も少し考えたが、二人の意見 に賛成する。一人で行ってもつまらないかもしれないし、せっかく誘ってくれているのを断るのもなんだか気が引ける。

「じゃあ、一緒に回ろうか?」

「うん!」

「しばらくよろしくね」

「こっちこそ、よろしく」

こうして、和樹は千早と沙弓と共 に、沖縄を回ることになった。

しかし、これが京都以上のドタバ タ旅行になるとは、この時誰も予想していなかった。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・」

和樹達を乗せた船を見守る一つの 目があった。いや、それは目と言うのはおかしいかもしれない。

海面から伸びる金属製の物体。そ れはまるで潜水艦の潜望鏡のような、否、間違いなく潜水艦の潜望鏡である。

その潜望鏡から船の様子を探るの は、一人の女性。薄い茶色の瞳に整った鼻梁。真っ白な肌。まるで油絵のモデルのようだった。

欧州系の典型的な美人。銀髪の長 い髪を赤いリボンで、首の少し下にまとめて括っている二十歳そこそこの女性。

しかし驚くべきはその服装であ る。潜水艦の内部にいるのは、軍人かそれに準じる裏の工作員と言うのが相場が決まっている。

だが、この女性の服装は紺色で、 スリーブに余裕を持たせたブラウス。裾の広がったひらひらのスカート。白い前掛け。ひだのついたカチューシャ。そうつまりは・・・・・・・・・メイド服 だった!!

完璧なまでもメイド服。完全無欠 で、彼女のためだけに生み出されたのではないかと思われるほどの出来だった。これ以上ないくらい彼女に似合っている。

さらに言うならば、このブリッジ にいる人間は全員女性で、しかも全員がメイド服を着ていると言う、ある意味異常なこうけいだった。

彼女達の正体は言うまでもないだ ろう。MMM(もっと、もっと、メイドさん)に所属する第五装甲猟兵侍女中隊である。

以前和樹を自分達の新しい主にし ようとしたが、宿敵である水銀旅団と夕菜達との激しい戦いの末、和樹を主にできないまま姿を消した。それが今、再び姿を現したのだ!

「式森様・・・・・・・・・・」

彼女は船を見ながら小さくため息 をつく。まるで愛する男性を待ち焦がれるかのような、そんな感情が表れていた。

「リーラ大尉」

「なんだ、ネリー少尉」

銀髪の女性、リーラが自分の元へ とやって来た部下の一人である、同じくメイド服を着込んだ女性、ネリーに聞き返す。

「あと二時間で沖縄に到着しま す」

「そうか。それで、米軍との話し はついているのか?」

「はい。すでにこの潜水艦の停留 場所は確保しました。上陸後はすぐに作戦を実行に移せます」

「よろしい」

ネリーと今後の予定について、簡 単な確認事項を二、三するとリーラは再び潜望鏡を覗き込む。

この先にいる船に乗っている自分 達の主。彼女は和樹がいとおしくて仕方がないのだ。そのためどんなことをしてでも彼を連れて帰る。

すでにMMMの上層部でも決めら れた決定事項。和樹を主にするという崇高な目的。この部隊に彼を拒むものは一人もいない。

「すぐに参ります。式森様」

いとしい、いとしい男のために、 今日も最強のメイド、リーラは奮戦するのだった。

「今回はあの三人はいない。私達 の邪魔をするものは、これで誰もいない」

自分達の主である和樹を連れて行 くのを、ことごとく邪魔する悪鬼のような女達。その中でも特に夕菜と呼ばれた女は最悪だ。あの女は式森様にとって害にしかならない。

それに女の勘が告げている。あい つは危険だと。すぐに始末しなくてはならないと。

これまでも幾度となく邪魔されて きたのだ。今度こそ、決着をつけなければ。

「待っていてください、式森様。 すぐにお迎えに上がります」

メイドの潜水艦が和樹目指して進 む。だがそれは始まりでしかなかった。

彼女は恐ろしい相手に会う。それ は今までのどんな敵よりも遥かに強い、最強の女だった。

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

和樹達が乗っている船の中。一人 の女性がじっと和樹達を監視していた。

背の高い、金髪の女性。サングラ スをかけ、クリーム色のロングコートを着ながら、缶コーヒーを飲んでいる。

サングラスのせいで顔がはっきり とは分からないが、かなりの美貌のようだ。

その女性は和樹達に気づかれない ように、また他の客からもあまり目立たないように、じっと和樹を監視していた。

彼女の名前はディステル。もっと も、これが本名ではない。和樹と夕菜を狙う『賢人会議(ワイズメン・グループ)』の工作員“だった”。

和樹達をさらうつもりだったのだ が、死んだ弟と和樹を重ねてしまい、非情になりきれないまま、組織を裏切った。そのため、今では組織からは追われる身である。

もっとも、今は違う仕事で和樹に 張り付いているのだが。ちなみに和樹をさらう気はない。今回の仕事はそれとは別だ。

(よくもまあ、あそこまでするも のだ)

ディステルは多少呆れたように言 う。彼女は和樹が今話している女のこのほかにも、多くの女の子にせまられていることを知っているからだ。

何と言うか、幸福と言うのか、不 幸と言うのか。とにかくよく飽きないものだと思う。

(私の知ったことではない か・・・・・・・・・・)

しかしどこかムカムカとしている 気がする。なぜだろう。こんな気持ちは今まで感じたことなどない。

それはまだ組織にいる時、『彼』 に向けた感情に似ていたのかもしれない。だがそれが何なのか、全く分からない。

(なぜだろう。なぜ、あの少年を 見ていると、今まで心の底に押し込めていた感情が出てくるのだろう・・・・・・・・・)

弟が死んだ時、あの時に自分はほ とんどの感情をふじ込めた。そんなものは裏の世界で生きていくには不必要なものだ。

感情を制御できない人間など、工 作員としては役立たずもいいところなのだ。

(まあいい。今は、仕事に集中し よう)

その仕事とは、和樹を護ることで あったのだ・・・・・・・・・・・

そして彼女は激突する。最強の女 と。自分にも匹敵する、最強のメイドと・・・・・・・・・

 

 

 

 

「あー!ちくしょう!!また負け た!!」

葵学園二年B組の担任で、裏では それなりに名の通った、と言うかやる気はゼロに近いが、腕はかなりのものである工作員の伊庭かおりは、自宅で大きな叫び声を上げた。その理由は言うまでも ないかもしれないが、今日発売の新作ゲームのクリアに失敗したからだ。

怒りに任せて思いっきりコント ローラーを投げる。

「どちくしょう!」

かなりご立腹のようだ。しかし、 子供ならまだしもいい大人がゲームのクリアを失敗したからと言って、ここまで怒るのもどうかと思うが・・・・・・・・

「あー、もううるさい!く そ!!」

怒りが収まらないまま、何か当り散らせるものはないかと探すが、生憎この部屋には何もなかった。

「この怒りをどこにぶつければいいんだ・・・・・・・・・・」

プルルルルルルル・・・・・・・・

その時、いきなり電話の音が鳴り 響く。

「なんだよ、こんな時 に・・・・・・・・・」

かおりは不機嫌を隠さないまま、 受話器を手に取り電話の相手に話しかける。

「はい?」

『先生!大変なんです!!』

いきなり女の声が聞こえた。しか も受話器の向こうの相手はかなり慌てているようだ。

かおりには聞き覚えのある声だっ た。それは彼女のよく知る人間。自分のクラスの教え子で、ある裏からの依頼を受けて護衛する対象でもある少女。

「宮間か?どうしたんだ、そんな に慌てて」

『大変なんです!』

「落ち着けって。で、何が大変な んだ?」

『和樹さんが、和樹さんが!!』

「式森がどうした?」

『和樹さんが家出したんで す!!』

「・・・・・・・・・・・」

一瞬、アホかと思ってしまった。 いくらなんでも、家出したからといってそこまで騒ぐなよと言いたくなる。

子供じゃあるまいし、その程度の ことでいちいち騒いでいたら、人生やっていけない。和樹とてもう子供じゃないのだ。

まだ大人とも言い切れないが、そ れでも少しは一人でもやっていけるだろうし。だがそう思いつつも、放って置けることではない。

『一応』彼らの担任なのだ。こう 言う場合はちゃんと対処しないといけないだろう。

「わかった。すぐにそっちに行くから、待ってな」

『はい、分かりました!私達は寮にいます!』

「了解。すぐに行くから、少しは落ち着いて待ってな」

かおりはそう言うと受話器を元に戻した。

「全く、どうしてこう面倒ごとばかり増えるのかな」

愚痴をこぼしてみるが、それで何 が変わると言うものでもない。そういう運命なのだ。これも仕事のうちとあきらめ、すぐに夕菜達のいる場所へと向かう。

しかし彼女もまだ気づいていな い。これから起こる激しい戦いの始まりに・・・・・・

 

 

 

 

 

「う〜む」

葵学園の保健室。そこで一人の男 が悩み事をしていた。その人物は葵学園のマッドサイエンティスト(笑)である紅尉清明である。

彼は目の前におかれた紙を見なが ら、なにやら唸っている。

「どうしたんですか、お兄様?」

その後ろにいるのは紅尉先生の実 の妹である紅尉紫乃である。彼女も今はここで保険医の手伝いをしているのだ。

「式森君が家出をしたそうだ。それで宮間君達が探しているのだが、なかなか発見できないそうだ」

「あら、それは大変ですわね」

二人は多少なりとも、焦ってい た。何せ和樹は世界を滅ぼすほどの魔力の持ち主である。もし仮にその力が暴走すれば、世界は消滅するだろう。

そのため彼等はいろいろな手を尽 くし、和樹の魔力が暴走しないように勤めていた。さらに和樹だけ特別に魔力診断なども、定期的に行っているのだが、彼がいなくなったとすると大変なことに なる。

「行き先は分からないのです か?」

「ああ。まったくね。いろいろな ところに確認を取っているのだが、未だに見つからない。魔法で追跡を試みても見たんだが、これも空振りだった」

「和樹君が魔法での探知をさせないようにしていると?」

「その可能性が高いだろうね。しかし、厄介なことにならなければいいのだが・・・・・・・・・」

なにせ多くの諜報機関が狙うほど の人材だ。和樹の魔力があれば、もしかすると世界征服も可能かもしれない。

「全く困った子ですね」

「そうだな。困った奴だよ。ま あ。家出したくなるのも、分からなくはないが・・・・・・・・・」

紅尉も和樹の毎日の生活を見てい ればよくわかる。あのような平穏無事な生活とは無縁の毎日を送っていれば、誰でも家出したくなるだろう。

しかし和樹にはそれが許されな い。曲がりなりにも世界の命運を握っているのだ。いつ何時、どんな事態になるかも分からない。

「早く彼を探しださなければなら ないな・・・・・・・・・」

「そうですわね。では、わたくし も和樹君を探すことにします」

紫乃はそう言うと、保健室から出 て行こうとする。

「頼む。私もすぐに式森君を探す ようにする」

「分かりました。では、お兄様。 また後で・・・・・・・・・・」

「ああ、頼むぞ」

「はい」

こうして、葵学園の保険医達も動 き出す。

「何事もなければいいのだ が・・・・・・・・・・・」

だがそんな紅尉の思いは、ある意 味裏切られることになるのだった・・・・・・・・・・

 

 

 

 

その頃

葵学園二年B組の教室で、陰謀が 蠢いていた。なぜなら、B組の生徒が休日だと言うのにほとんど集まっていたからだ。

これを陰謀と言わずして何と言う か!?はっきり言って、かなり不気味な光景だ。

「で、仲丸。私達を呼び出して何 の用?」

その中でB組の二大巨頭の一角、 女性陣の中では最悪の人物である松田和美が口を開く。

彼女達は全員、供託の前に仁王立 ちしている仲丸に呼び出されたのだ。

「うむ、聞いてくれ。これは非常 に重要なことなんだが・・・・・・・・・・」

「何よ、もったいぶった言いかた して。要件を早く言いなさいよ」

松田の言葉に仲丸は『まあ、落ち着け』と全員に言う。

「皆に集まってもらったのは他で もない!まずはこれを見ろ!」

そう言うと彼は懐から、何か一枚 の紙切れを取り出した。全員がそれに注目する。

それは何かと言うと、宝くじで一 等が出たと言うものだった。

「これがなに?」

「俺が調べたところ、この当たり を引いたのは、式森のようだ」

その言葉にクラスがどよめき立 つ。それはそうだろう。普通の人間以上に金にガメツイ連中である。三億円と言う高額の金を手に入れたのが、自分達の知り合いで、それも和樹であったと言う のだから。

「しかし、奴はその発覚を恐れ、 今逃亡していると言う!こんなことが許されるのだろうか!?否、絶対に許せはしない!」

「そうだ、そうだ!!」

「仲丸の言うとおりだ!!」

「式森を捕まえろ!!」

すでにクラスが一致団結した。和 樹を捕らえ、そのおこぼれを頂戴、あわよくば、そのすべてを頂こうとする魂胆である。

表面上では手を結ぼうとしている 連中ではあるが、すでに腹の中ではお互いの出方を伺っているのだ。

「式森は今、誰にも見つからないように、魔法で探知されないようにしているようだ!そのため探し出すには人海戦術しかない!!」

仲丸の言うとおりであった。と言 うか、自力で探し出せないから人手を集めたのだ。そうでなければ人一倍金にうるさい仲丸が、こんなおいしい話を誰かに話したりするものか。

「式森君を探しましょう!」

「そうだ!」

「喜びはみんなで分かち合わない と!」

すでにB組は和樹を探す気満々だ。そして全員を出し抜き、自分だけおいしい思いをしようとしているのだ。

凄まじい邪悪なオーラがこのクラスに充満している。

「式森を探すぞ!!」

「「「「「「「お う!!!」」」」」」」

B組の生徒も動き出した。

こうしてABC包囲網ではない が、式森和樹完全包囲網は作られた。

この後、和樹がどうなるのか。彼は無事に逃げ切れるのか!?

それともいずれかの誰かに捕まってしまうのか!?

それは神のみぞ知る・・・・・・・・・・・

 



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