第32話  お弁当(後編)

 

 

放課後

 

和樹たちは寮の近くの食品店にい た。弁当の中身の買出しである。

 

「凛ちゃん。先輩は何が好きか分 かる?」

 

「いえ、でも好き嫌いはないで す。あとは、から揚げ弁当を好んで食べてましたね」

 

「から揚げね。それじゃ、から揚 げ中心にレシピを考えないとね」

 

千早が頭の中で中に入れるものを 考えながらテキパキと材料を買う。明日が和樹たちの弁当を毎日作るだけのことはある。夕菜と玖里子はただ見ているだけで何もすることがない。

 

凛に関しては論外である。どこか らかカレー粉やトマトの缶詰、白玉粉を持ってくる始末である。

 

でも白玉粉って・・・団子でも作 るつもりか・・・

 

和樹は千早の後を、カゴを持ちな がら歩く。遠くから見たら2人は新婚夫婦と見られてもおかしくない光景であった。

 

「私は何をすれば・・・」

 

「とりあえず、千早に任せておけ ば大丈夫だよ」

 

凛が少し心配そうにしていた所に レオンが声をかけた。

 

「だが何もしないのは・・・」

 

「料理のときになったら忙しくな るよ」

 

レオンが言う。千早を見ると材料 選びに勤しんでいた。

 

「凛、先輩ってどういう人な の?」

 

「どうとは?」

 

「かっこいいとか、頭がいいと か」

 

凛はレオンの質問にしばらく考え た。

 

「特徴は・・・特にない」

 

ズドッ!

 

レオンは空中で器用にこけた。

 

「ないって・・・」

 

「背は普通、顔も普通、いい男で もないが悪くもない。静かな人で、控えめな性格。成績は中の上くらいだと聞いた―――――どことなく式森に似てるかもしれない」

 

凛が苦笑した。

 

「カズに? でもどこか気になる 所があったんじゃないの?」

 

「それはそうだが。勘違いする な・・・好きとかそういう恋愛感情があるわけではない。いや、嫌いではないんだが・・・どういっていいかわからない」

 

凛は言葉を捜すように考え込ん だ。

 

「真剣な所・・・そういう所がい いんだ」

 

「真剣?」

 

「とにかく先輩は何に対しても真 剣に取り組むんだ。自分のやっていることに集中して没頭していると、他の事を忘れてしまうらしい。そのときの表情がいいんだ」

 

「評定?」

 

漢字でしかわからないボケはやめ ろ!

 

ちなみに評定とは皆で相談して決 めることを言います。鎌倉時代には執権を中心に評定衆というものがありました。

 

「表情だ。とくに横顔がいい。真 剣さと熱心さとか情熱。そういうものが伝わってくるんだ。あああいうのをいい顔だというんだろうな。それに実験が終わったときがとても嬉しそうで、子供み たいなところもある。それを見るとこっちまで嬉しくなってしまう。ああいうのをみると非難する気になれないんだ」

 

レオンは途中から試食コーナーの ハムを食べていた。途中から再び聞き始めたのでわけがわからないという顔をしている。

 

「ほふひふほんはほ(そういうも んなの)」

 

「飲み込んでからしゃべれ」

 

「そういうもんなの?」

 

「そうだとも。先輩は生物が大好 きで、本当に情熱を持っているんだ。よこしまな気持ちなの微塵もない。あの顔を見れば誰でもそう感じる。引っ越すことになって生物部を去るのが本当にさび しそうなんで、何かあげたくなったんだ」

 

「ふーーん」

 

レオンは試食コーナーのウイン ナーに手を伸ばす。

 

「先輩だけがそういう人でもない でもない。式森やカイ、レオンお前だってそうだぞ」

 

「へっ、ほふほ(えっ、僕 も)?」

 

「・・・飲み込んでからしゃべ れ!」

 

レオンの口の中は試食コーナーの パンでいっぱいになっていた。何でこんなに試食コーナーが多いんだ。

 

「僕も?」

 

「カイに式森が殺されそうになっ たときお前は必死になって式森を助けようとしただろ。あのときのお前は本当に真剣だった。最後まで諦めようとしないで自分の力を出し尽くして式森を助けよ うとした。誰にでも出来ることではない」

 

「そうかな〜?」

 

レオンは訳がわからないという顔 をしている。

 

「いくつか聞いてもいいか?」

 

「いいよ」

 

凛は前から疑問に思っていたこと を聞いた。

 

「いつからお前は式森と一緒にい るんだ?」

 

「う〜ん、僕がカズの式神になっ たのはカズが4、5歳のときだったかな」

 

「そんな小さなときに式神 を・・・」

 

凛は驚いた顔をして買い物をして いる和樹を見た。

 

「式神になるときカズはまだ魔力 を使いこなしていなかったんだ。まあ細かなことはあまり言わないけど僕はカズの式神になるときに試練を与えたんだ。で、和樹はその試練をやり遂げて僕はカ ズの式神になったんだ。そのときに決めたんだ、カズを支えるってどんなときでも、カイも今は僕と同じだよ」

 

凛がレオンの目を見るとその目は 真剣な目そのものだった。

 

「で、僕はカズに今までついてき てるって訳」

 

「もう1つ聞いてもいいか?」

 

「何?」

 

「カイが前に言っていた。本当の 姿って何だ?」

 

レオンの顔が明らかに変わった。 いつものレオンからは考えられないくらい真剣な顔をしていた。

 

「・・・あまりそのことは聞かな いでほしいんだけど、人間体も実は僕の真の姿じゃないんだ。本当の僕の姿を知ってるのはカズと千早とカイ、式森源蔵と式森源氏だけなんだ。そして本当の姿 を見たのは試練のときにカズが見ただけで他の誰も見ていないし見せようとも思わない」

 

「・・・・・・」

 

「まあ、いずれ教えてあげるよ」

 

レオンは笑顔で凛に向かってそう 言った。

 

買い物が済んだのか和樹たちが呼 んでいたので話はそこで終わった。

 

 

 

 

 

 

寮に戻ると千早は料理の準備を始 める。その動きに無駄は一つもない。

 

「それじゃ凛ちゃん始めるわ よ!」

 

「はい!」

 

エプロンをつけて凛の前に立つ千 早は新妻そのものであった。その横では、同じくエプロンをつけた和樹が調理器具の準備に勤しむ。

 

夕菜と玖里子は何を手伝ったら良 いのか分からずその間ずっと立ちっぱなしであった。

 

「千早、あたしたちは何すればい いの?」

 

「1人でどんどん進まないでくだ さい」

 

「まぁ、とりあえずこれを見てく ださい」

 

どこから取り出したのか、テーブ ルの上に大きな紙を広げる。そこには弁当の盛り付けの絵と作り方の説明がのっっていた。

 

「今からこの弁当を作るわよ。名 づけて『からっと柔らかから揚げ弁当』!!!」

 

「おおー!!(×3)」(パチパ チ)

 

千早の盛り付けの絵は完璧であっ た。揚げ物とサラダ類の置き場所から色合いまで完璧である。名前はともかく・・・

 

(さすが千早)

 

(和樹のお母さんに料理を教わり 始めて早13年以上!!)

 

(その腕前は職人、いや達人レベ ル)

 

毎日その弁当を食べる3人。うら やましい限りである。

 

「とりあえず、今から始めるのは 下ごしらえよ。凛ちゃん準備はいい」

 

「はい、お願いします」

 

「ここで、料理の半分以上の、い え、ほとんどの味が決まるといっても過言ではないわよ。手は抜かないでね」

 

「はい」

 

「それじゃまず、から揚げに使う 鶏肉からよ。まずね・・・・」

 

千早の説明は的確である。凛が暴 走しないように、包丁を使うときは後ろから手を添えて、細かく説明する。

 

じゃないと爆発が起きるというこ とが判明してるからである。

 

また味付けも、凛の分かりやすい ように、言葉を選んで説明する。

 

「和樹君のお母さんの受け売りだ けどね!」

 

そうこうしているうちにも次々と 下準備が終わっていく。

 

「煮物は今作ったほうが、味がし み込むわね。今作りましょ!」

 

「はい」

 

千早は食べるときのことも考えて 次々と作業をこなす。

 

「よし、これで下ごしらえは終 了! 明日は4時から準備を始めるわよ」

 

「はい」

 

「す、凄いです」

 

「まったく無駄がなかったわ」

 

夕菜と玖里子が感心しきってい る。自分たちも料理はできるほうだが千早のレベルはそのはるか上を行っていた。

 

料亭の板前やレストランのシェフ も真っ青である。

 

「それじゃ、明日の朝5時までひ とまず休憩」

 

(寝るぞーーーーーー!!!(× 3))

 

昨日からまともな睡眠を取ってな いので、一気に眠気が和樹とレオンとカイを襲った。

 

この後、和樹たち3人は死んだよ うに眠ったらしい。

 

 

 

 

 

 

そして午前5時

 

「それじゃ始めるわよ」

 

「はい」

 

「まず料理を全て完成させるわ よ。まず、付け合せのポテトサラダから・・・」

 

朝も早いのに、テキパキと作業す る千早、その目には一点の曇りもない。

 

「ふぁ〜〜〜〜、すごいわぁ 〜・・・よく目が覚めるわね・・・」

 

「本当ですぅ〜・・・・・・(カ クッ)」

 

「くぅーくぅー(×3)」

 

まだ、玖里子と夕菜は目が覚め きってなかった。和樹たちにいたっては立ったまま寝ていた。春永那穂なみのすご技である。

 

「から揚げを上げる温度 は・・・」

 

そんな中、弁当作りは順調に進ん だ。明け方には千早特性『からっと柔らかから揚げ弁当』は完成した。

 

「できたわね」

 

「おいしそうです」

 

「山瀬先輩ありがとうございま す」

 

「どういたしまして!」

 

「・・・あっ、いい匂い(× 3)」

 

ようやく3人は目を覚ました。匂 いにつられて・・・

 

 

 

 

 

 

その日の昼休み

 

運命のときが来た

 

「凛ちゃん、弁当ちゃんと渡せた かな?」

 

「最後の難問ね、それが・・・」

 

「そればかりは、手伝いようがな いもんね」

 

「レオン、ちゃんと渡せてる?」

 

念話で、凛の回りを飛んでもらっ ているレオンに話しかける。

 

(今凛ちゃんと難波さんって人が しゃべってるけど・・・・・・あっ、渡さないまま行っちゃった!)

 

「・・・やっぱり、だめだった か・・・」

 

「レオン、凛ちゃんの後押しして くれる。今ならまだ間に合うって」

 

(わかった)

 

そこで念話は終わった。

 

「凛さん大丈夫でしょうか?」

 

「後一押しが足りなかったかし ら・・・・それとも、チャイナ服のほうがよかったかしら、それとも、やっぱり羽もつけたほうが、パンチが効いたかなぁ・・・」

 

((まだ言うか、この人 は!!!))

 

呆れる和樹とカイ。

 

「レオンに頼むしかないわね」

 

「そうですね」

 

勝手にレオンに大役を任せている 人たちがここにいた。

 

 

 

 

 

 

「りーん!」

 

楓の樹の下でうつむいている凛に レオンが声をかけた。

 

「レオンか・・・」

 

「何やってるの!? 何で弁当渡 さないで隠したりなんかしたの。早く渡しに行かないと!!!」

 

「いい・・」

 

「凛! 何でだよ、一生懸命作っ たのに!」

 

「私にも分からない。渡そうと 思っていたのに、なんていって渡そうかも決めていたのに、練習もしたのに・・・・でも、先輩が私のところに来たとたん、頭が真っ白になって、気づいたら先 輩が戻っていってしまった」

 

凛は泣き笑いのような顔になる。 声をいつもの凛からは想像できないほど弱々しかった。

 

「でも、話はしたんでしょ!?」

 

「したけど挨拶程度の会話だ。で も、もしかしたらもう一度こっちにきて弁当を受け取ってくれるような気がするんだ」

 

「・・・・・・」

 

「・・・自分でも情けないとは思 う。腹も立つ、でもここから動くことができないんだ。勝手に先輩が戻ってきてくれるかもしれない。弁当を受け取ってくれるかもしれない。そう思ってしまう んだ」

 

「でも、行っちゃったら・・・」

 

「分かってるんだ。けど、もしか したら・・・」

 

その後は無言になった。レオンは 凛の隣に下りる。

 

風が吹いて凛の髪が風に靡いた。 凛はみんなにやってもらった通りに制服姿に顔には軽く化粧をし、薄いブルー形の色の半分だけの細いフレームに四角のレンズのメガネをかけ、髪は三編みにし ていた。

 

何人かの生徒が校門を通るのが見 えた。校庭や中庭からはあ軽い笑い声や喋り声が聞こえてくる。何の変哲もない学園の昼休みだった。

 

2人は無言で校門の向こうを見つ め続けていた。

 

チャイムが鳴り昼休みが終わった ことを告げる。もう誰も戻ってこなかった。校庭や中庭にも生徒は誰もいなくなっていた。

 

そして待っても先輩は来なかっ た。

 

「こなかったな・・・」

 

「そうだな」

 

「もう会えないんだな・・・」

 

「そうだ」

 

レオンは人間体になって楓の樹に 寄りかかって返事をしていたが、凛の隣に優しく座り込んだ。

 

「凛・・・」

 

レオンが優しく声をかけると凛は 涙を堪えているのか、うつむいていて返事をしなかった。

 

「泣いてるのか?」

 

「泣いてない」

 

「・・・・・・」

 

「泣いていない」

 

凛はそう言いながらレオンの胸に 飛び込むと堰を切ったように泣き始めた。

 

「泣いてなんかいない」

 

「そうだな」

 

レオンは優しく凛の頭を撫でる。

 

「凛は強いもんな」

 

それから凛はしばしレオンの胸の 中で泣き続けた。渡せなかったことが悔しのか、自分がなさせなくて泣いているのかそれは誰にもわからない。

 

レオンの胸から顔を上げた凛の目 は真っ赤になっていた。

 

「悪い取り乱して・・・」

 

「泣きたいときに泣けばいい。無 理して感情を押し殺すことなんてする必要はない」

 

優しくレオンに言われ凛は顔を少 し赤らめる。

 

凛は赤くなった顔をかくすように 自分の抱えている包みに目を向けた。

 

「一昨日と昨日の騒ぎも無駄に なってしまったな・・・・みんなには悪いことをした」

 

「和樹たちはそんなこと気にしな い」

 

「だがそれでもすまないと思う」

 

「・・・・・・」

 

かける言葉が見つからず、何も言 えないレオン。

 

「レオン食べるか?」

 

「えっ!」

 

「山瀬先輩のお墨付きだ。先輩よ り味が落ちると思うが、食べられなくはない」

 

「・・・・・・・・・・・」

 

無言で弁当を受け取り結び目をと いて、蓋を開ける。千早のお墨付きだけあってとてもおいしそうに思えた。

 

「いいのか、食べても?」

 

「レオンにも世話をかけたしな」

 

「そうか、でもちょっと待て」

 

そう言うとレオンの体が光だす。 そして人間体からいつもの動物体へと戻った。って動物だったのかその姿!!? 

 

「ああぁぁぁ〜、やっぱりこっち のほうが楽だぁ〜〜」

 

緊張が解けた声でそう言うとレオ ンは器用に箸を使って食べ始めた。

 

「どうだ?」

 

「千早より味は落ちるけど、おい しいよ!」

 

「遠慮がないな・・・お世辞でも 先輩と同じくらいうまいと言え」

 

「味には厳しい人間なの僕は!」

 

「式神だろうが」

 

レオンは米粒を箸でつまんで口に 運ぶ。

 

それを見ていた凛がふと柔らかい 表情をした。その顔は今まで見た中で一番自然な笑顔、化粧も服も何も考える必要なんてなかったその笑顔だけで凛には十分だった。

 

「ありがとな、レオン」

 

「どういたしまして、凛も食べ る」

 

「そうだな貰う」

 

レオンと凛は最後まで弁当を食べ た。

 

 

 

 

あとがき

「レオンです」「カイです」

「ってレオン、お前美味しい所 もって行き過ぎ」

「そうかな」

「自覚あるか?」

「何が?」

(天然だ、こいつ天然だ・・・)

「ねぇ〜、何が・」

「いや、お前に聞いた僕が馬鹿 だった」

「わぁ、カイ馬鹿になっちゃいけ ないらおぉ〜〜」

「馬鹿はほっといて次回 は・・・」

「次回は?」

「考えてません」

「作者・・・」

(すみません、ついでにテスト期 間に入るんで2月くらいまで待ってください(逃走!))

『・・・・・・何が出てくるかお 楽しみに! まったねぇーー!!!』




BACK  TOP  NEXT



inserted by FC2 system