夜のなかに煌くネオン。それらが浮かび上がらせるビル群。そのビル群のなかの一画。 一つの高層マンションの最上階に近い一室。

カーテンすらない窓から差し込む光。もっとも、この高さでは覗かれる心配などほとん どないかもしれないが。

室内は薄暗く、差し込む僅かな月光だけが部屋のなかを幻想のように照らす。

家具もほとんど置かれていない空家のような室内のリビングにて、座り込む人影。ツイ ンテールに束ねている金色の髪が月光に反射し、光を放っている。

黒を基調とした服に身を包み、座り込んでいる少女…フェイト=テスタロッサは無言で 窓から見える光景を見詰めていた。

そんなフェイトに歩み寄ってくる大きな影。大型の狼のような姿を持つフェイトの使い 魔であるアルフが擦り寄るようにフェイトに顔を寄せ、フェイトもそれを拒まず、微かに表情を和らげる。

「よかったね、フェイト。も う3つも集めちゃって。これであんたのお母さんも喜んでくれんじゃない」

そう呟くアルフにフェイトも頷く。

「うん。喜んでくれるといい な」

綻ばせるその顔は試験で100点を取り、母親に見せようと楽しみにしている子供の顔 に近い。

「けど、変な奴だったね… フェイトを攻撃したかと思えば、助けたり、ジュエルシードを渡したり」

不意に漏らした一言にフェイトも表情をやや気難しげに変える。脳裏を掠める先日の 件…ジュエルシード封印時に邂逅した相手。

あの白い少女とは正反対の黒衣を纏った少年…ジュエルシード封印を邪魔したかと思え ば、フェイトをあの少女の攻撃から助けた。

「でも…助けられたのは事実 だから」

やや言い淀む。あの時…最初の少年との戦いで思わぬ苦戦を強いられた。それがフェイ トに予想外のダメージを負わせていたのだろう。

幸いにもあの少女はまだ魔導士同士の戦闘に慣れていなかった。故に誤魔化せたが、も し二人同時に戦っていたら、負けていたかもしれない。

「それに……」

フェイトは無意識に手を持ち上げる。

あの瞬間…少年の得体の知れない攻撃を受けた瞬間、フェイトは無意識にデバイスの非 殺傷設定を解除していた。

『負ける』という恐怖がフェイトにその行動を走らせた……リニスから戦い方は教わっ たが、『殺し方』など教わっていない。

今更ながら、フェイトは身体に震えがくる。鎮痛な面持ちを浮かべるフェイトに、アル フが身を寄せ、フェイトを包むように擦り寄り、その行動にやや安堵したように表情を和らげ、フェイトもアルフに身を寄せた。

そして、身に沸き起こる睡魔に意識を委ねる。

(待っててください、母さ ん…私は、必ず母さんの言いつけを果たします)

まどろむ睡魔のなか、静かに囁き、フェイトの意識は静かに沈んでいった。

 

 

 

魔法少女リリカルなのは

THE MAGIC KNIGHT OF DARKNESS

Act.07    Labyrinth 〜迷う想い〜

                        

 

 

同じく夜空が輝く雲の上を航行する一機の飛行機。

白い機体が夜の闇に浮かぶ。その機内では、華やかな光景が拡がっていた。

機内の席に着くのは妙齢の麗しい女性達。髪や肌の色など人種は様々だが、全員の顔は ある種の輝きを持っていた。

「いやぁ久しぶりの日本やな 〜」

「ゆうひは嬉しいんじゃな い、日本でコンサート開くから」

「せやな…さざなみの皆元気 にしとるかな」

関西弁の口調で話す女性に蒼髪の女性が笑みを浮かべて相槌を打つ。談笑がそこかしこ から話されるなか、客席の一番後方には二人の人影が腰掛けていた。

一人は壮年の齢を顔に刻みながらも穏やかな雰囲気を持つ金髪の女性。小さな鼻にのる 眼鏡がそれをより強調し、加えて惹きつけるようななにかを発していた。その女性の隣には、金髪の髪を持つ女性がやや俯き加減に腰掛けていた。明るく振舞う 周囲の同年代の女性達に比べるとやや暗然とした雰囲気を漂わせていた。

その様子にやや困ったような表情を浮かべていたが、そこに陰が掛かり、顔を上げる と、客席を覗き込むように佇む金髪をポニーテールに束ねているスーツ姿の女性が佇んでいた。

「あと十数分程で空港に到着 します。到着後は予定通り、海鳴に」

「ええ」

キリッとした表情を浮かべ、窺うように問い掛けると、女性は笑みを浮かべながら頷 く。

「久しぶりの日本。楽しみ ね」

隣に座る女性に声を掛けるも、女性は無言で頷くだけだ。その様子に困ったように表情 を顰める。

「皆どうしてるかしらね?  コンサートにはちゃんと招待しないと」

「うん」

ただ受け応えだけする姿はまるで人形のよう…いや、女性の容姿は人形といっても差し 支えないほどの美麗さを醸し出している。ただ…その表情を除いて……

「ほら、もっと笑いなさい。 貴方がそんなじゃ、士郎や恭也達が困っちゃうわよ」

そう口にした瞬間、今まで変化のなかった表情に微かな動きが見え、少しばかり表情が 緩む。

「……うん、ママ」

ぎこちないながらも笑顔を浮かべる姿に女性は心中で嘆息するも、それを億尾に出さ ず、笑顔で応じた。

『世紀の歌姫』と称されるイギリスが誇るティオレ=クリステラとその教え子であるク リステラソングスクールの少女達。そして愛娘であるフィアッセ=クリステラ。一行を乗せた旅客機は星空の下、日本を目指す。

親しい友人達に逢うため…そして……夢を叶えるために…………

 

 

 

陽が昇り、朝陽が窓から差し込み、その陽光に当てられた目尻が動き、ゆっくりと開か れていく。

「ん……朝」

眼が微かに開かれ、なのははゆっくりと身を起こす。

「顔、洗わなくちゃ」

まるで片言のように呟き、フラフラと身を起こす。おぼつかない夢見心地な状態で部屋 を後にし、階段をゆっくりと下っていく。

洗面所に到着すると、なのはは手前に拡がる鏡を見やり、自身を凝視する。

「…酷い顔」

鏡に映る自分の顔に向かって自嘲するように呟く。眼の下に微かな隈が残り、表情もど こか暗い。このところ、満足のいく睡眠を取った記憶がない。

なのはは蛇口を捻り、流れる水をすくい、そんな顔を隠すように両手で洗う。何度かそ れを繰り返すと、蛇口を止めて手近にあったタオルを取り、顔を拭く。

朝の冷んやりとした空気も、冷たい水も…まるで今の自分の心情をさらに暗くするよう になのはに響く。

タオルを取り、再び鏡を凝視しながら、なのはは数日前の出来事を思い出していた。

ジュエルシードを巡って出逢った二人……深くて綺麗な眼をした少女。そして、暖かさ を感じさせる少年。

話したいと思った…何故、ジェルシードを集めるのか……何故、拒絶するのか……だ が、それに答えは返ってこない。

あの温泉旅行から帰ってきて既に数日……なのはの心持ちはあれからずっと沈んだまま だ。自分と戦い、そしてジェルシードを奪ったフェイト=テスタロッサ。自分を助け、そして自分を迷路へと誘った黒衣の少年。

ジェルシードを集めるなかでの出逢い。それがどのような関係であれ、なのはは誰かと 争うということを今までしたことがない。たとえ争っていても、話し合えればきっと通じ合える。そんな思いがずっとあった。

だが、それは拒絶された。フェイトはなのはに向けて刃を向け、ジュエルシードを持ち 去った。

(何故…貴方は、何故私 と………)

困惑するなか、なのはの脳裏に浮かぶ光景。黒衣の少年が最後に見せたもの…己の血で 染まったその手……戦うことの答がこれだとなのはに言い放った。

(戦うこと…違う、私は戦い たいんじゃない)

そんな言葉の鎖を振り払うように頭を振るも、それは離れない。あれから幾度となくリ フレインする彼らの姿と言葉……それがなのはを出口のない迷路へと彷徨わせていた。

鏡をなぞりながら、なのはは考えたくもないことを考え出す。

(出逢えば、きっとま た……)

そう…なのはがジュエルシードを集める限り、決して邂逅は避けられない。だが、今の この迷った状態ではとても彼らと対峙し合うことはできない。

そんな憂鬱のなか、なのはは頭を鏡にコツンとぶつけた。

痛みがせめて、この迷いを掻き消してくれることを祈るように………

 

 

 

「いい加減にしなさいよっ」

ドンという叩きつける音になのははハッとする。顔を上げると、眼前に仁王立ちするよ うに佇むアリサが眼を吊り上げ、睨むように見やっている。

そんなアリサになのはの隣で佇むすずかも思わず口を噤み、事態を見守るのみだ。

「この間から何を話しても上 の空でボウっとしてっ」

「あ、ご、ごめんね、アリサ ちゃん」

声を荒げ、なおもキツク言い募るアリサになのは顔を俯かせ、謝罪するも、それがなお アリサの苛立ちを煽る。

「ごめんじゃない、私達と話 してるのがそんなに退屈なら、一人でいくらでもボウっとしてなさいよっ」

言い捨て、身を翻して不機嫌さを隠そうともせずアリサはすずかに声を掛ける。

「いくよっすずか」

「あ、アリサちゃん」

返事を待たず離れていくアリサにすずかは眼を瞬くも、窺うようになのはに視線を向け る。

「なのはちゃん…」

気遣うように声を掛けるすずかになのはは後ろめたいものを憶え、苦笑いを浮かべて顔 を上げる。

「いいよ、すずかちゃん…今 のは、なのはが悪かったから……」

「そんなことないと思うけ ど、取り敢えずアリサちゃんも言い過ぎだよ。少し話してくるね」

「ごめんね」

すずかが小走りで去っていき、それを見送ると、なのははまたもや沈痛な面持ちで俯 く。周囲のクラスメイト達は普段からは予想できないような状況に遠回しに見やっているが、今のなのはにはそんな視線を気にする余裕も無かった。

今朝からの憂鬱さを見事に引き摺ったままだった。何をしていても頭に浮かぶのは数日 前の出来事ばかり。誰と話していても、過ぎるのは疑問と不安…それが面に出てしまっているからこそ、アリサもなのはを心配してくれたのは嫌でも解かる。そ れを傷つけてしまったことになのはは罪悪感を憶え、同時にアリサやすずか達には話せない事情に葛藤し、頭を悩ませる。

小さく溜め息を零し、なのはは視線を窓へと向けた。真っ青な青空が…今はなのはの心 のなかをより曇らせた。

 

 

「ここだったのか」

唐突に掛けられた声にアリサとすずかが顔を上げると、そこには見知った顔があった。

「あ…」

「恭君」

頷くと、恭はアリサとすずかが座るベンチの傍に歩み寄り、二人の前に佇む。

「何の用よ」

無愛想にそっぽを向きながら話すアリサに苦笑を浮かべ、肩を竦める。

「言わなくても解かってるだ ろ」

図星なのか、アリサはフンを鼻を鳴らし、すずかも困ったようにぎこちなく笑みを浮か べる。暫し無言が続いていたが、やがて沈黙に耐え切れなくなったのか、アリサがポツポツと語り出した。

「なのは…悩んでるのも迷っ てるのも、困ってるのも見え見えなのに……なんでっ私達に何も話してくれないのよっ」

本人は必死に隠しているつもりだろうが、なのは程表情に出るタイプはないだろう。ど こか泣きそうな表情で悩み、そしてどうすればいいのか解からず迷っている。そして、それを一人で背負い込もうとするなのはがアリサには歯痒く、悔しかっ た。

「誰にだって、秘密の一つや 二つはあるよ。親しい友人にだって、話せないことだってあるよ」

そんなアリサの気持ちを痛いほど理解しながらも、そう声を掛けるすずかにアリサはま すます表情を顰める。

「だからそれがムカつくの よっ」

泣きそうに表情を歪め、思わず目尻を拭うようにアリサは先程までの苛立ちではなく、 哀しそうに俯く。

「どんなことだっていい…何 の役にも立たないかもしれないけど、少なくとも一緒に悩んであげられるじゃない」

吐露するアリサにすずかも同じように表情を顰め、アリサの肩を抱く。

「二人は…本当になのはのこ とを大切にしてくれているんだな」

恭が漏らしたその一言に、アリサはガバッと顔を上げ、慌てふためく。

「って、そ、そんなんじゃな いわよっただいっつも元気ななのはが落ち込んでて…それに、友達だからっ」

上擦った口調で激しく自己弁護するアリサにすずかはクスリと笑みを噛み殺し、そんな 二人に恭は安堵した面持ちだった。

(こっちの世界では、なのは をこんなにも心配してくれる友人がいるんだな)

元の世界を思い、恭はどこか懐かしむように記憶に思いを馳せる。思えば、元の世界の なのははどこか家族に思い入れが強かった。父を早くに亡くしたせいもあるかもしれない。だが、それ故に同年代の友人達との付き合いが浅かった。家族であっ た皆には親しいことは確かに好ましいが、それでも同年代の友人をもっとつくってほしいのが願いでもあった。

そして、この世界のなのはにはこれ程心配してくれる友人がいる。それがどこか嬉し かった。

「恭君?」

「なによ、黙り込んじゃっ て」

突然遠くを見るように黙り込んだ恭に不審そうに覗き込むも、その視線に気づいた恭は 軽く笑みを浮かべる。

「大丈夫だ」

「え?」

「アリサもすずかも心配して いるのをなのはは知っている。なのはだって解かっているはずだ」

そう…二人がなのはを親友として大切に思うのと同じく、なのはも二人を親友として 思っている。だからこそ、なのはは一人で背負い込んでいるのだ。

「だから、今は…待ってやっ た方がいい。なのはが、自分から話すまで。信じてやれ…もし、それでもなお一人で潰れそうになっていたら、強引にでも飛び込んでいけばいい。そのために、 今は普通に接してやってくれ」

遠くを見やりながら、そう呟く。なのはとて心の整理が必要であろう。時には時間でな ければ解決できない問題もある。

どこか、年齢にそぐわない眼差しに、アリサとすずかは思わず言葉を失って見入るも、 やがてアリサが大仰に肩を竦めた。

「あんたにそんな事言われな くても解かってるわよ」

口をやや尖らせ、そっぽを向く。なのはが頑固なのは既に知っている。なら、今は見守 るだけだ…親友でも、時には距離を置く必要もあろう。

すずかもそんなアリサの考えに応じ、恭も頷くと…そこへ休憩時間の終わりを告げる予 鈴が鳴り、アリサは自身を奮い立たせるように立ち上がった。

「ま、あんたの言うとおりよ ね。なのはってば頑固だし、一人で無茶しないようにさせないと」

「フフフ」

「そうだな」

笑みを噛み殺すように笑うすずかに、恭も同感とばかりに頷く。

「でもなんか妬けちゃうな… 恭君、なのはちゃんのことよく解かってるみたい」

付き合いの長い自分達よりもなのはを理解しているような素振りに、すずかやアリサは やや嫉妬めいたものを憶えるも、それだけなのはを大切に思っていることを嬉しく思った。

 

 

 

時間が経ち、放課後…皆が下校の準備を始めるなか、なのはは一人教材を鞄に詰める。

「なのは、じゃあね」

「それじゃ、なのはちゃん」

そんななのはに声を掛け、教室から退出していくアサリとすずかになのはは慌てて声を 出した。

「う、うん…またね、アリサ ちゃん、すずかちゃん」

ややぎこちなさはあったものの、二人は手を振って応え、歩いていった。その後姿にな のははどこか心のなかが少し軽くなったような気分だった。昼休みの終わりにアリサが怒鳴ったことを謝罪し、そしていつものとおりの挨拶をしてくれた。それ だけで、昼休みの時の喧嘩から引き摺っていた苦しさが少し緩和されたようだった。

二人は今日は用事のため、アリサの車で帰宅する。そのため、なのはは一人で帰らなけ ればならなかった。

鞄を詰め終え、抱えるとともに玄関に出向き、靴を履き替えると、背後から声を掛けら れた。

「なのは、今帰りか?」

「え…あ、恭君」

振り返ると、そこには恭が佇んでおり、なのはは肯定とばかりに頷く。

「そうか…少し、一緒にいい か?」

「別に構わないけど」

恭が頷き返すと、二人は連れ立って校舎を後にし、夕暮れに彩られる帰路を歩む。歩く なか、二人は無言のままだった。

(そう言えば、男の子と二人 で帰るのって、はじめてかも)

なのははなんとなしにそんな事を考えた。クラスのなかに異性の友人はいたが、一番親 しいのはアリサとすずかの二人であり、登下校はほぼ3人一緒だった。最近は恭を入れて4人で帰る事も多かったが、それでも二人っきりという状況になのはは 何故か胸の奥の鼓動が大きくなるのを感じる。

不意に、隣を歩く恭の横顔を見やる。夕闇で赤く映える横顔は、一般的にアイドルと呼 ばれる者達に比べれば劣るが、どこか親しみやすい安心できるような雰囲気がある。なにか、年上に感じるような安心感がある。

(って、私何考えてるの)

そこまで考えて、思わず見入っていたなのはは慌てて視線を逸らした。何をいったい自 分は考えていたのだろうと…下を見やりながら混乱する思考に耽ってしまう。

「……のは…なのはっ」

「あ、はい!」

自分を呼ぶ声に思わず声を大きくして反応する。振り向くと、そこにはやや心配そうに 見やる恭がいた。

「そのまま行ったらぶつかる ぞ」

「へ……?」

恭の言葉と視線が指し示す先を思わず見やり…次の瞬間、なのはの視界に大きく拡がる ように灰色の壁が立ち塞がった。なのはのほぼ眼前に電柱が佇んでいた。いや、それは語弊がある。電柱に向かってなのはが前進していたのだ。

あのまま恭に声を掛けられなければ、間違いなく電柱に激突していただろう。

その事実を理解した瞬間、なのはは恥ずかしさに顔を赤く染めた。

「うにゃぁ」

あまりの羞恥にまともに顔を見ていられず、俯くのみだ。そんななのはに恭は苦笑を浮 かべ、肩を落とした。

「少し、寄り道していく か?」

その問い掛けにコクリと頷き返し、恭が手を差し出すと、なのはは俯いたままおずおず と手を握り返し、その手を引くように恭は歩みだし、なのははその後ろを無言でついていく。

手から感じる恭の温かさと、先程の羞恥になのはの顔の赤はなかなか消えなかった。

二人はそのまま帰宅路よりやや離れた位置にある公園に辿り着く。海を一瞥できるこの 公園は、この海鳴という地名が誇るようにこの街のスポットでもある。

そのベンチの一つになのはが座り、恭は少しばかり席を外してすぐ近くに出ている屋台 に歩み寄っていく。

数分後、紙袋を持った恭が戻り、なのはの隣に腰掛け、紙袋から購入したものを取り出 す。

「ほら」

「あ、ありがとう」

差し出されたそれは、微かに湯気を立たせるたい焼きだった。受け取ったなのはは恭と 交互に見やっていたが、恭が気にするなと眼で伝えたので、たい焼きを口にした。

刹那、なのはの貌が微妙なものに変わる。それはなのはがよく知るたい焼きのあんこや クリームといった甘い感じではなく……

「これって…チーズ……?」

口に含んだ味になのははどこか口調が上擦る。

「ああ、そうだが…チーズは ダメか? なら、カレーもあるが……」

紙袋を探し、別のたい焼きを取り出そうとするが、なのはは慌てて被りを振った。

「べ、別にいいよっ」

「そうか?」

やや訝しげではあったが、恭は手元のたい焼きを再び口に含む。何の懸念もないことか ら、純粋にこの味が好きなのだろうとなのはは思ったが、流石にこの味はなのはには理解できなかった。

(というか、なんでチーズと かカレー味なんて売ってるの?)

恨めしそうに離れた屋台を睨むも、せっかく恭がくれたたい焼きを無下にもできず、な のはは表情を顰めたまま残りのチーズ味のたい焼きを口に含んだ。

(うむ、こっちでもこの味が 味わえるとは……)

食べ終え、恭は満足気に頷く。それとは逆になのははどこか疲れた表情だった。

(うう…胸焼けしそう……)

大きく息を吐き、手渡された缶のお茶を飲み、ようやく気分が落ち着いてきた。

「少しは落ち着いたか?」

「……うん」

やや間を空けたが、なのははそう頷き返した。

「しかし、注意力散漫だぞ。 あのまま電柱にぶつかっていたら、鼻が潰れていたかもしれんな」

なのはの顔が再び赤くなる。唸るように表情を俯かせ、気分が落ち込む。

「それで…アリサやすずかに 心配させたんだろ?」

だが、その一言でなのはの表情はハッと変わり…先程までのものではなく、どこか影を 背負い、陰鬱な空気を醸し出した。

「解かっちゃった……?」

顔を上げ、おずおずと問い掛けると、恭は頷く。

「あれだけ教室で騒げば… な」

「そうだよ…ね」

どこかバツが悪そうに引き攣った笑みを浮かべ、俯く。口を噤むなのはに肩を竦め、恭 は静かに語り出す。

「俺は、なのはが何を悩んで いるのかは知らない。だけど、そんな風に悩んでばかりいると気にするなと言われても無理だろうな。アリサやすずかもだろう」

「うん、解かってる」

「アリサやすずかには言えな い…なら、俺じゃダメか?」

「え……?」

一瞬、何を言われたか解からず、なのはが顔を上げ、恭を振り向くと、恭は微かに笑み を浮かべてなのはを見やった。

「二人には話しづらいなら、 まだ付き合いの浅い俺なら気兼ねがないだろう。必ずしも力になれるとは限らないが、愚痴ぐらいなら聞いてやれる。それに、一人で悩むより、時には吐き出し てしまった方が気持ちも軽くなる」

どこか、おどけた物言いだが、その眼差しはどこか見守るように温かい。それに触れ… 先程までのやり取りのなか、なのはは一瞬逡巡するも、やがて軽く自身に頷く。

「うん…じゃあ、ちょっと聞 いてもらおうかな」

「ああ」

なのはは取り敢えず、ジュエルシードの件はうまく誤魔化し、自分が今、ある事に集中 していること。その件で少しばかり悩んでいることを話し、それが原因でアリサやすずか達との付き合いもうまくいっていないことを話した。

「そうか」

無言で聞いていた恭は聞き終えると、そう頷いた。

「私のこと、心配してくれて いる…それが凄く嬉しい。でも……」

アリサにしてもなのはが話を聞いていなかったことを怒ったのではなく、自分の悩みを 察して心配した上でのことだというのは痛いほど解かる。

そして、その力になれないことに苛立ち、あんな態度を取ったことも…だが……

「話せない、だろう」

なのはの言葉を引き継ぎ、そう呟くと、無言で頷く。

話せない…話してしまえば、彼女達まで巻き込んでしまいそうで……大切な親友達が傷 つくなら、自分ひとりだけで……そんななのはの考えを察したように、恭が言葉を紡ぐ。

「だが、一人で悩んでばかり でも、答はなかなか出ない」

「え……」

「時には、周りを頼ってみ ろ。辛いときに一緒に悩み、分かち合うのも、友人だと俺は思う」

一人で背負うのも確かに否定はしない。だが、周りに頼るのも決して悪いことではな い。一人では出ない答も別の角度から探せるヒントを得ることもある。そうやって助け合うのが、本当の親友だということも。

「それとも…なのはは、二人 を大切に思っていないのか?」

「そんな事無いよっ」

思わず声が荒くなる。アリサとすずかはなのはにとって、大切な親友だ。それは胸を 張って言えることだ。その答に満足したのか、恭は笑みを浮かべる。

「なら、二人に言えばいい。 心配してくれて、ありがとう…その一言だけでも、相手は嬉しいはずだ」

ただ黙り込んでばかりでは仲は結局拗れていくだけだ。お互いが大切に思っているから こそ、そうやって少しでも弱さを吐露すればいい。

「俺が言っても説得力がない かもしれんがな」

最後に苦笑混じりに肩を竦める。

「少しでもいい。弱さを見せ ることは、恥ずかしいことじゃない」

真剣な面持ちでそう説く恭 に、なのはは思考を巡らせる。

「それと…自分が決めたこと なら、最後まで迷うな。そして、間違うな」

その言葉になのはは微かに息を呑む。今の言葉は…胸に過ぎる思いを口にしようとした 瞬間、恭は立ち上がり、夕陽が沈みつつある水平線に向かって離れていく。

逆行を受け、微かに陰るその背中を眼で追い、やがて振り向いて振り返る。

「そろそろ帰ろう」

声を掛けられ、なのははその恭が浮かべた微かな優しい笑みに思わず見入る。だが、次 の瞬間、大きく頷いた。

「うん!」

同じように満面の笑みを浮かべ、伸ばされた手を取った。

そして、二人はそのまま公園を後にした。

 

 

夕陽が沈み、辺りは薄暗くなるなか、恭となのはは翠屋に到着した。

「ごめんね、送ってもらっ て」

途中で分かれるはずだったのだが、夜道で一人は危ないのと、恭が先程の件を持ち出す と、なのはは何も言えなかった。恭は首を振って応じるが、なのはは何かを思いついたように手を叩く。

「そうだ、せっかくだから少 し寄っていって」

「いや、それは…」

「いいからいいから、ただい ま」

恭の手を取り、強引に翠屋のなかへと引っ張っていく。ドアを潜り、なのはがカウン ターに向かって声を掛けると、その声にカウンターに腰掛けていた人物が振り返り、なのはだけでなく恭も驚きに包まれた。

(っ!?)

その姿に、恭は驚愕し、危うく声を上げてしまいそうであったが、それをなんとか抑え 込んだ。その隣で、なのはは眼を丸くしてその人物の名を呼んだ。

「え…フィアッセ…さん?」

長い髪を靡かせ、優美に微笑む女性。恭の記憶通りの容姿にやや陰りを帯びた笑み。見 間違うことなどない。

(フィアッセ……)

恭は心中でその女性:フィアッセ=クリステラの名を呼んだ。

入口で固まるなのはと恭に向かってニコリと微笑むフィアッセ。

「お久しぶりだね、なのは ちゃん…それと……お友達、かな?」

「え…あ、どうして……」

思考がうまく纏まらず、なのはは口調が上擦る。困惑するなのはに向かって、カウン ターから恭也が顔を出した。

「なのは、お帰り…ああ、君 も一緒だったのか」

「お兄ちゃん…どういうこ と?」

混乱しながら問い掛けると、フィアッセが笑いながら口を挟んだ。今度、海鳴でコン サートを行うため、日本へ来日したこと。

その挨拶で翠屋を訪れた経緯などを聞き、なのはは驚き、そして笑顔を浮かべて久々に 会うフィアッセとの話に夢中になっていく。

それを横に、恭は考え込んでいた。

(フィアッセが来た…という ことは、まさか)

考えられないことではなかった。高町家が存在していれば、フィアッセも存在している という事実も。だが、脳裏に浮かぶのはこの世界に来る直前の記憶。

コンサートを開くために海鳴に来たとなれば、あの件しかない。フィアッセの母、ティ オレ=クリステラの引退と、夢のコンサート。そして、それを快く思わない者の介入。

(調べておく必要があるな)

一人、思考に耽っている恭に、なのはが気づき、声を掛ける。

「恭君、どうしたの?」

覗き込む視線に気づいたのか、微かに眼を瞬くも、そんな恭に微笑み、視線を合わせる ように屈み込むフィアッセ。

「緊張しちゃってる? 気に しなくていいよ」

浮かべられる笑み…だが、その笑顔の奥にあるものを感じ、恭はより貌を険しくする。 その様子に戸惑うフィアッセから視線を逸らす。

「すいません。俺、用事があ るんで…失礼します」

硬い声でそう告げ、一礼すると踵を返し、恭は店内を後にしていく。

「あ、恭君…」

なのはの静止も聞かず、ドアが閉じられ、一同は暫し呆然となる。

「あ…私、なんかしちゃった かな……?」

微かに口元を引き攣らせ、やや上擦った声でなのはや恭也を見やりながら問い掛ける と、二人は被りを振る。

「いや、そんな事はないさ。 きっと、緊張したんだろう…フィアッセは美人だからな」

「もう、恭也ってば」

からかうように呟き、フィアッセは苦笑を浮かべて肩を落とす。そんな二人を一瞥しな がら、なのはは今一度ドアを見やる。

確かに、フィアッセが恭に対してなにかした訳でもないし、無闇に初対面の相手を嫌う ようにも見えない。

(恭君…怖い顔してた な……)

思い出されるのは先程の恭の顔…怒りとは少し違う……なにか、決意をしたような表 情…それが酷く気に掛かり、なのはは考え込むも、そんななのはの耳に不意に言葉が飛び込んでくる。

…やっぱり……私は、誰かに想いを伝えることなん てできないのかな

消え入りそうな弱々しい声…なのはは思わずハッと振り返り、隣の聞こえてきたと思し き相手を見やると、フィアッセがどこか自嘲気味な苦笑いを浮かべ、俯いていた。

そんなフィアッセの様子に、なのはは声が出ず…ただ呆然と見詰めるのであった。

 

 

 

翠屋を後にした恭は懐から携帯を取り出し、ボタンを押して発信する。

数分後、相手と繋がったのか、恭は携帯を耳にあて、相手に向かって話し掛ける。

「少し、調べてほしいんだ」

相手にそう伝え、調べてもらいたい内容を告げると、恭は携帯を閉じる。

そして、視線を未だ灯りが灯る翠屋に向ける。

「……護ってみせる。たと え、何があろうと」

決然とした面持ちで囁き、恭は拳を強く握り締める。夜風が吹き荒み、頬を過ぎる。

それは…嵐の予感を告げるかのごとく……鋭く…そして冷たい風だった………

 

 

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

【次回予告】

 

過去の十字架が、あの人の想 いを迷わせます。

伝えることへの恐怖…自分へ の怒り……黒き翼に縛られるあの人…

でも、伝えなくちゃいけな い…どんなに悩んでも、迷っても……伝えなくちゃ、何も変わらないから……

 

でも…過去の悪夢は繰り返さ れます………無慈悲に…それは……哀しみを呼びます……

 

次回、魔法少女リリカルなの は THE MAGIC KNIGHT OF DARKNESS

Again 〜連鎖〜」

ドライブ……イグニッション


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