魔法少女リリカルなのは

THE MAGIC KNIGHT OF DARKNESS

Act.06   Spiral  〜3人の魔導士〜

 

 

麗らかな小川のせせらぎが響くほとりで座る二人の人影……恭とフェイトと名乗った少 女が無言のまま、ただ流れていく河の流れを眺めている。

傍から見れば、それは穏やかなものを感じさせるも、そういった雰囲気ではないのも事 実……フェイトにしてみれば、こうしているのが不思議でしょうがない。

極力、この世界への干渉は控えなければならない……本来なら、この少年とも一瞬の邂 逅としてすぐさま去らねばならないのだが、そのタイミングを逃してしまったような状態だった。

「君は、この辺の子なの か?」

無言が続いていた二人の沈黙を破るように唐突に発せられた問い掛けにフェイトは一瞬 眼を剥くも、それを表には出さず冷静に答え返す。

「うん」

その返答に恭は一瞬眼を細めるも、それを気に留めずフェイトが今度は問い返した。

「貴方は何で私に声を掛けた の?」

正直、不意に近かった。こんな山奥…人気のない場所と幾分警戒心を弱めていたフェイ トにも失念があったといえばそうだが……それでも、声を掛けるという行為に及んだのは予想外だった。

恭は返答に詰まる……士郎と桃子との誘いに付き合った後、再び独りで奥へとやってき た。無論、恭も独りになって少し落ち着きたかったという理由もあるが、そこで見かけたフェイト……その佇む背中に見過ごせない何かを感じ取ったのだ。

「君が…寂しそうにしていた からだ」

その言葉が意外だったのか…それとも、的を得たものだったのか、それを読み取ること はできないが、フェイトは微かに表情を強張らせている。

「済まないな…お節介な性分 でな」

苦笑じみた表情を浮かべる恭だが、フェイトは表情をやや険しくしたままだ。

フェイトは無言のまま、恭と暫し対峙する。

その視線を恭も静かに見据える……どれだけ時間が経ったか解からないが、先に視線を 逸らしたのはフェイトだった。

「私、そろそろ行かなく ちゃ」

眼を逸らしたまま、そうポツリと漏らすと身を翻し、河沿いに沿って歩き出した。

風が髪を揺らしながら、去っていくフェイトを恭も無言のまま見送る…やがて、その姿 が消えると、恭は静かに一息漏らすと、天を仰ぐ。

何かを求めている…そのためになら、全てをかけられる……そんな覚悟のようなものを 感じ取った…自分と同じ………

「……何かが起こるな」

どうやら、今回も平穏というわけにはいかないらしい。できるのなら、なのはが気づく 前に事を収めたい。それが赦されるかどうかは解からない…身を翻す恭の脳裏には、決意のなかに寂しさと切なさを混じらせていた瞳が過ぎっていた。

 

 

 

時間が経ち…やがて夜が訪れ、旅館の周囲は既に暗く包まれる。

旅館の一室で、照明の落ちた和室に布団を並べて眠るなのは達……遂先程まで、すずか と忍のメイドのファリンが子守唄代わりに話を聞かせていたが、心地良い睡魔に襲われて少女達は眠りへと誘われていた。

だが、すずかとアリサが静かに寝息を立てる真ん中で、なのはだけは眼をハッキリと開 けたまま、暗い部屋の天井を見詰めていた。

そして、音を立てないように首を傾け、念話で隣に寝ているユーノへと話し掛ける。

『ユーノ君…起きてる?』

その言葉に反応し、背中を向けて眠るアリサの布団からひょいっと顔を出すユーノ…… 寝る瞬間までアリサに掴まれていたので、ようやく抜け出せたのだが、ユーノの表情はどこか疲れを滲ませている。

だが、気を取り直して頷き返すと、そのまま抜け出し、なのはの傍へと飛び跳ねる。

なのはも身を起こし、布団を捲りながら上体を起こしながら話を続ける。

『昼間の人……この間の子の 関係者かな?』

脳裏を過ぎるのは、昼間に廊下で話し掛けてきた女性……どこか、敵意を滲ませながら 不適な表情を浮かべ、こちらを見据えていた。

そしてなにより頭に直接話し掛けてきたことと言い、どう考えてもただの温泉客ではな い。

なのはにとって今、ジュエルシード収集において関係しているのは二組…そのなかで明 らかになのはにとってハッキリとした敵対行為を取ったのは数日前の月村家で闘いを挑んできた同い年ぐらいの少女……

『多分ね』

なのはの疑念に相槌を打つように頷くユーノ……そして、なのはの表情が曇る。

『また…この間みたいに闘う ことになっちゃうのかな……?』

やや辛そうに表情を歪める……ジュエルシード集めはともかく、なのはは誰かを傷つけ ることを極端に嫌う。自分が弱いことを懸念する訳ではない……ジュエルシードを集めるために誰かと闘わなければならないという現実に軽い拒否反応を起こし ている。

その表情に胸に苦い傷みが響くのを感じながらもユーノは重く頷いた。

『多分ね……』

そう答えるしかできない自分が酷く腹立たしい……暫し無言が続いていたが、ユーノは 表情を引き締め、顔を上げた。

『なのは…僕、あれから考え たんだけど…やっぱり、ここからは僕が……っ』

『ストップ!』

ユーノが漏らしかけた一言をなのはは思わず強い口調でピシャリと遮り、ユーノは眼を 見開き、呆然となっている。

そんなユーノに向かって屈み込むように視線を近づけ、なのはの表情がやや険しくな る。

『それから先言ったら、本気 で怒るよ』

呆然と見上げるユーノの頭をなのはは表情を緩めて撫でる。

『ここから先は、僕一人でや るよ…なのはをこれ以上巻き込みたくないとか言うつもりだったでしょ?』

機制を制するように呟くなのはにユーノは項垂れるが、なおも言い募ろうとする。

『でも……』

先日の件は流石にユーノにとって予想外で最悪の事態だった。悔しいが、あの少女の戦 闘力は自分よりも…そして、なのはよりも上だ。前回、なのはは勝負にすらならなかった。そんななのはをただ見ているしかできなかった自分……そんな自分達 をまるで相手にしないようにジュエルシードを回収し、去っていった。

どういう思惑でジュエルシードを集めているかは知らない…だが、ジュエルシードを集 めていれば、いずれまた嫌でもあの少女と対峙しなければならなくなる。

いくら魔導士としての才能があろうと、なのはは遂この間まで普通の小学3年生の女の 子だったのだ。ましてや、なのはに誰かと闘うなんてことができるだろうか……だが、たとえなのはが望んでいなくても、闘いに身を投じるだろう。

ジュエルシードを集めて自らの欲望を満たすためではない……純粋に、誰かのために… 苦しみ…悩み…そして困っている人を助けたいという強い信念のようなものを根本に既に持っているのだから。

そんななのはだからこそ、ユーノは今更ながらこんな世界に巻き込んだことを後悔して いた……自分の都合でなのはを危険な世界に足を踏み入れさせたことを…傷つけてしまうことを……あの時なのはが拒否するような人間であったなら…自分の心 に素直な者であれたなら……こんなにも辛い思いをせずに済んだかもしれない。

人間誰しも何かの目的を持って行動する…だが、それは大多数が自分のためだ……なの ははそれがまったくない。ジュエルシードを集めてもなのはにとって得るものはない。あくまで善意で協力してくれ、危険な闘いに身を置いている。

怖くても…苦しくても……辛くても…それらを抑え込んでいつも笑みを浮かべているな のはを見ているのが辛かった。

不安な面持ちを隠せず、なのはの身を案じるユーノになのはも表情を顰めるも、静かに 論するように呟く。

『ジュエルシード集め、最初 はユーノ君のお手伝いだったけど…今はもう違う。私が、自分でやりたいと思ってやってることだから』

笑顔を浮かべるなのは…確かに、最初はユーノから突然頼まれたことだった。当然、危 険もあった。事情を全て聞いても、なのはは手助けするのを当然のことだと思っていた。それは、父や兄から教わった生き方ゆえだ。

なにより…なのは生来の意志と優しさ故に裏づけされたもの……そんな強さを感じさせ る笑顔だった。

思わず見入るユーノをなのはは両手で抱き上げる。

『私を置いて、一人でやりた いなんて言ったら、怒るよ』

ジッと凝視し、ハッキリと告げるなのは……ここまで関わった以上、今更もう止めるこ とはできない。自分の住む街で起こることなら、自分の手で解決したい…そのなのはの決意と覚悟の強さに見入っていたユーノは強く頷き返した。

『うん』

魔力の強さだけではない…この優しさがなのはにとっての最大の強さなのだと……そし て、自分もそんななのはを精一杯手助けしなければならないと……ユーノもまた内に強い決意を新たに宿していた。

やや無言のままお互いに意志を確認していたが、やがてなのははポツリと呟く。

『そう言えば…あの人達は… どうなのかな……?』

『え?』

何気に漏らした一言…なのはの脳裏にはあの少女以外にもう一組……黒衣の少年と白銀 の天女の姿が過ぎる。

彼らもまた、あの少女と同じく謎が多い……そのなのはの疑念にユーノも相槌を打つ。

『うん…僕にも解からないけ ど、あの時に彼が使ったのは間違いなくベルカ式の魔法陣だった』

『ベルカ式?』

聞き慣れない言葉になのはが反芻すると、ユーノは説明する。

『僕もそんなに詳しいわけ じゃないけど、なのはが使っているレイジングハートはミッドチルダ式と言って、僕達の世界じゃ極一般的に使用されている魔法体系なんだけど、昔はこれに合 わせて存在していたのがベルカ式と呼ばれる魔法体系なんだ』

ミッドチルダ式と呼ばれる魔法体系と二分化するように存在していたベルカ式……ミッ ドチルダ式が多角的な方面に応用できるオールラウンドとは違い、どちらかと言えば己の得意的な分野に特化した部分が強い。

『へぇ…』

なかなか難しい話なのだが、なのはは真剣に聞き入る。

『でも、今じゃこの魔法体系 はほとんど使われていないんだ』

『え、何で?』

『その使用があまりに限定さ れるんだ』

扱いやすく、また魔力を蓄積できるミッドチルダ式のインテリジェントデバイスと違 い、ベルカ式のデバイスは一撃的な破壊力を備えた一点破壊型。尚且つ、個人の技量が問われ、それを使いこなせるものの衰退が徐々に拍車をかけ、今では使用 している者は魔導士のなかでもほんの極一部に限られる。ユーノですら自分の眼でベルカ式を見たのは初めてだ。

『フ―ン…でも、何で私達を 助けてくれたのかな?』

あの少年が使う魔法体系は簡単にだが解かった。だが、問題は何故自分達を助け、ジュ エルシード封印の手助けをしてくれたのか……味方なのか、それとも………

根本的な問題に答が出ず、逡巡するなのはにユーノは気遣うように言葉を発する。

『まだハッキリ解かってない し、油断は禁物だよ。それに、なのはも今は休んでおきなよ』

まだ情報が少なすぎるし、なによりユーノはこれ以上なのはがあの少年を気に掛けるの はよくないと思った。

ただでさえせっかくジュエルシード収集から離れての骨休みなのに、なのはの心労を少 しでも和らげたかった。

『うん、そうだね』

なのはもそれに頷く……確かに、今は悩んでもまだ結論は出ない。それに、またなにか 起こるのならその時のために体力を温存しておくのも大切だ。

取り敢えず、少しでも休息を取ろうとなのは布団を被り、眼を閉じようとする…だが、 脳裏には様々な光景が浮かび、浅い眠りのままなのはの意識は彷徨った………

 

 

 

そして、恭は一人、客室の窓から見える暗闇の森を見詰めていた。

襖の開く音が静かに響き、そちらに眼を向けると雫がゆっくりと入室してきた。先程ま で、士郎や桃子達に付き合っていたのだが、退出させてもらった。

「父さん達は?」

「皆さん、お揃いで休んでお られます…彼女達は既に就寝したようですが……」

士郎達はなのは達を寝かしつけた後、揃って再び温泉に行ったらしい…今度は少し離れ た露天風呂へだ。なら、当分は戻ってこないだろう。

「それと…昼間、魔力を持っ た存在が彼女に近づいてきました」

昼間の風呂場付近でのこと……なのは達の前に現われた赤髪の女性…その気配は人のも のではなかった。それに、抑えてはいたが、微かに魔力の反応を感知した。

流石に昼間…しかも人目のつきそうな場所だったためになのはに手を出すという真似に は及ばなかったが、それでも明らかに敵対するような雰囲気だった。

恭は考え込む…なのはに敵対する行動を取るということは、必然的にその女性もジュエ ルシードとやらに関係してくる者ということだ。なのはが誰かに私怨を抱かれるほど、まだ入り込んではいない…この可能性が一番しっくりくる。

「となると……この近くに ジュエルシードが在る、ということか」

そして、一つ確実なのはジュエルシードがこの付近で存在しているということ……まだ 発動していないために、気配を探知できないが……まさか、ただ温泉に入りに来たという訳ではあるまい。

「……」

恭は無言のまま、首からぶら下げるペンダントを持ち上げる。それだけで雫は恭の意図 を察した。

なのはは誰かと争うような真似ができる訳がない……まして、傷つけるなど…なのはに とってはまだ重荷にしかならない。

元の世界でも恭はなのはだけには決して裏の世界に踏み込んで欲しくないと願ってい た。この世界においても同じだ…たとえ、なのは本人が厭わなくても、まだ背負わせたくはない。

なら、自分が代わりになる……恨まれるのも、傷つくのも既に慣れている。

恭はそのまま部屋の窓を開け、数メートルはある高さから飛び、近くの枝に飛び移り、 そのまま外へと身を晒す。

雫もまた、その後を追い……二人の姿は暗闇のなかへと掻き消えていった。

 

 

 

 

静かに流れる夜の時間……静寂感のなかに差し込む蒼白い月光……ゆっくりと流れる河 のせせらぎだけが刻の流れを表わしているようにも感じ取れる。

その河の底……小石や植物のなかに混ざって転がる一つの宝石……その宝石の頭上に一 匹の魚が過ぎり、その宝石を囲うように泳いでいると…刹那、宝石が突如鈍い光を放ち始めた。

その光景に魚は驚いて泳ぎ去るも、宝石から放たれる光はますますその輝きを増してい く。

そして、それに呼応するように反応する3人……樹の枝で佇んでいたフェイトはハッと 顔を上げ、布団で眠っていたなのはは驚愕した表情で起き上がり、森のなかを進んでいた恭は動きを一瞬止め、険しい面持ちを浮かべた。

その間にもその輝きを増す宝石…ジュエルシードの表面に『]Z』というシリアルナン バーが表示され、河の水面を裂くように立ち昇る閃光……そして、その閃光のほとりに佇む人影……狼のような耳と尻尾を持つ赤髪の女性…昼間、なのは達の前 に現われたアルフと名乗る女性が口元を緩めた。

「ビンゴ…見つけたよ、フェ イト!」

立ち昇る光条のすぐ傍にかけられる橋の桟に腰掛けるアルフ…そして、その傍に静かに 姿を現わすフェイト。

音も立てずに降り立つ彼女の身体を魔法陣が覆い、その背格好を変えていく。

黒いマントを羽織り、漆黒のバトルジャケットを纏い…フェイトは桟に佇むと同時にそ の瞳を開き、光条を凝視する。

「うひゃー凄いね、こりゃ」

無言のまま佇むフェイトの横でアルフはその発せられる魔力量に感嘆の声を上げる。

本格的に覚醒していないのにこのエネルギー量……しかもたった一個でだ。

「これがロストロギアのエネ ルギーってやつ?」

「随分不安定だけどね」

喪われし魔法文明の遺産……だが、そのエネルギーは酷く乱れている。現に、場所の大 まかな特定はできてもそれの詳細な位置は微かでも覚醒しなければ察することはできなかった。

今はまだ小康の覚醒だが、エネルギーが暴走すれば、それはとてつもなく厄介なものに なるだろう…アルフはやや表情を顰める。

「でもさ、あんたのお母さ ん、何であんなもの欲しがるんだろうね?」

何気に漏らした一言…フェイトは微かに表情を切なげに顰めるも、すぐに消し……肩を 竦める。

「さあ…解からないけど、理 由はどうでもいいよ。母さんが欲しがっているなら、手に入れないと……」

そう…フェイトにとって重要なのはその事………そのためになら、何も考える必要など ない。

気を取り直し、フェイトは改めてジュエルシードを凝視する。

そして、ゆっくりと右手を翳す…右手の甲に固定されたデルタの宝石のような石に向か い、呟いた。

「バルディッシュ…起きて」

 

―――――Yes, Sir.

 

機械的な低い音声が発せられた瞬間…甲の宝石が光を発し、フェイトの手から飛び上が る。刹那、眩いばかりの閃光が発せられる…エネルギーが周囲にスパークし、そのなかから一対の棒のようなものが出現し、フェイトの手のなかへと収まる。

強く握り締め、振り被るとともに周囲に稲妻にも似たエネルギーがスパークする。

杖を振り上げ…黄金の雷鳴のなかで杖の先端に新たな部位が形成され始める。斧のよう な形を成し、その中心部に黄金の瞳にも似た宝石が開かれ、覚醒する。

斧の刃部分に形成される黄金のエネルギー刃……フェイト=テスタロッサの行使するイ ンテリジェントデバイス:バルディッシュ……それがフェイトのなかで躍動する。

身構えるフェイト…バルディッシュの刃が向けられる先は……立ち昇るジュエルシード の閃光………

「バルディッシュ」

 

―――――Sealing Form. Set Up.

 

斧が展開され、封印を行なおうとした瞬間……フェイトとアルフは気配を感じ、振り向 いた。

振り向いた先には、二人の人影……漆黒のバイザーに漆黒の髪を持つ黒衣の少年に銀髪 に天使のごとき雰囲気を醸し出す女性…記憶に無い人物の出現にフェイトは眉を寄せ、アルフは視線を吊り上げる。

「おんや? あのお嬢ちゃん かと思ったけど……あんた達、誰だい?」

微かに殺気を込めた視線と声…この周囲にはアルフが結界を張り、普通の人間には決し て近寄れなくしている。

それを突破してきた時点で警戒心を抱かせるには充分だが、予想していた相手ではな かったので表情も険しい。

フェイトは表情を崩さずに見やる……そして、すぐさま臨戦できるように構える。

「貴方の目的は? 邪魔をす るなら、私は容赦しない」

静かに発するフェイトに少年はバイザーの下で視線を細める。

「俺も君と戦うつもりはな い。だが、そのジュエルシードを封印して、君はどうするつもりだ?」

少年:恭もまた静かに問い返す。眼前に立つこの少女は間違いなく自分が昼間に出会っ た少女に間違いない。向こうは自分のことに気づいていないが、それは問題ではない。

自分やなのは以外にもジュエルシードを封印しようとしている者がいるという状況…そ して、何を目的としているか……これが単に自身の欲のためなら、恭は躊躇いなく相手を制し、ジュエルシードを封印できる。

だが、この少女の眼はそんなものではない…アレは純粋な眼だ……自分の信じるものの ために全てをかけられる……だからこそ、その意図を察しようとした。

「答える必要はないけど…… でも、これは誰にも渡すことはできない。ジュエルシードは私が封印する…邪魔をするなら、私は戦うだけ……バルディッシュ」

 

―――――Photon Lancer

 

フェイトの詠唱に呼応し、バルディッシュの先端部分に形成される金色の光の刃……そ して、アルフもまた拳を握り締め、応戦体勢に入る。

戦いは避けられそうにない……相手の意図が掴めないが、それでもやはり無為にジュエ ルシードを見逃すことはできない。

恭もまた止むをえず攻撃体勢に移る。

「インフィニティ」

 

―――――Saiver Mode.

 

両手の小太刀の柄から展開される刃……互いに得物を一瞥し、瞬時に戦術を張り巡らせ る。お互いに構えるのは近接用の武器…無論、デバイスは多様性に使用できるものだ。だが、それでも扱う者が重視する型がある。

二人は互いに接近戦が間合いと察した瞬間、駆けた。

一瞬…二人の姿が消えたと思った瞬間、次は甲高い金属の激突とは違う衝撃音が轟い た。

頭上で交錯する恭とフェイト…光の刃と刃がぶつかり、エネルギーをスパークさせてい る。競り合い、弾き飛ばすように離れる。

そして高速をいかした戦闘へと突入する。

その戦闘の眼下では、ティアとアルフが対峙していた。

「へへっ、悪いけど…あんた の相手はあたしがするよ」

拳を鳴らしな佇むアルフにティアも表情を引き締める…アルフにしてみれば、早くティ アを倒し、フェイトを援護したいという使い魔としての意思が強い。だが、ティアは違う…ティアは恭の邪魔をさせないためにアルフを抑え付けておく。

恭の力量には絶対の信頼を置いている…なにより、恭自身が無粋な横槍を望まないだろ う。

それはある種の戦士としての誇りか……一対多数の戦闘に慣れている恭だが、本質は対 等に渡り合える相手と戦いたいという意思も少なからず持っている。

それは戦士としての無意識の性か……なにより、恭があの少女を気に掛けている。自分 自身で確かめたいと…ならばこそ、ティアはその意思に従い、この眼前の相手を抑え付けておくだけ。

そこで思考は中断した……一気に襲い掛かってきたアルフの繰り出した拳が鋭く向き、 ティアは咄嗟にバックに跳ぶ。

目標を失った拳はそのまま地面を大きく抉る…飛び上がる粉塵……砕け散る大地、だ が、アルフはすぐさま身を持ち上げて飛び出し、着地の瞬間を狙って再度拳を繰り出した。

「っ!」

ティアは間髪入れず右腕を突き出し…刹那、開かれた右手に魔法陣が展開され、その魔 方陣に拳が激突し、突風が巻き起こる。

重力の波にも似た衝撃が二人の周囲に駆け抜ける。

「へぇ、あたしの拳を受け止 めるなんて、結構やるじゃんかっ!」

攻撃を止められたというのにアルフは楽しげに口端を緩め、もう一方の拳を振り上げ る。それに気づいたティアは魔法陣を解き、後方へと跳ぶ……同時にティアの右手の甲に施された宝玉が輝く。

「舞え、風華っ!」

蒼く輝く宝玉に呼応し、周囲に鋭い風が巻き起こり、突風となって襲い掛かる。

風の刃が幾条も襲い掛かり、アルフは翻弄され、歯噛みする。

刃がバリアジャケットを掠め、鈍い痛みが駆け抜ける。

「やるじゃん! けど、あた しはこんなもんじゃ止められないよっ!」

身を翻し、アルフは突風のなかへと突撃し、刃をその身で受けながらティアに突っ込 む。

鋭い衝撃音が周囲に轟く。

 

 

その様子を上空に戦いの場を移した恭とフェイトも感じた。

交錯し、距離を取る…互いに牽制するように佇み、フェイトがポツリと漏らす。

「いい使い魔だね…アルフを あそこまで本気にさせるなんて」

淡々としていたが、その表情は微かに驚きが混じっている……その言葉に対し、恭もま た同じような口調で呟き返す。

「そちらも、いいパートナー のようだな……荒っぽいが、強さは本物のようだ」

その言葉に傍目からでは解からないほどだが、微かにフェイトの表情が緩むも、それも 一瞬…すぐさま加速し、バルディッシュの刃を振り上げる。斧の先端に展開する鎌が鋭く降り注ぐも、恭はインフィニティを掲げて受け止め、右手の刃を振る う。

だが、フェイトはその刃を紙一重でかわす。刹那、恭は小太刀の持ち手を変え、柄の部 分を振り、それがフェイトの防護壁にぶつかり、その衝撃で弾かれる。

「くっ」

歯噛みしながら距離を取る。バリアジャケットを着込んでいてなおこの衝撃……まとも に喰らえば間違いなく意識を手放す。

「やるね」

悔しいが、腕は恭の方が上のようだ。それを実感したフェイトは握り締める手に力を込 める。

恭も無言で応じ、インフィニティを構える。腕は悪くない…だが、フェイトの攻撃は軽 い。技術に関しては少なくともある程度型に沿ったもののようだが、それを最大限に発揮するにはフェイトの力は弱すぎる。単に魔力をぶつければいいだけの相 手とは違う。魔導士同士なら魔力以上に力量がものをいう。

だが、フェイトはバルディッシュを振り上げ、加速する。腕力で負けるなら手数…戦い の基本に沿った方法を選択し、恭の周囲を威嚇しながら振りかぶる。恭もその動きを読み、振り下ろされる刃を受け止め、交錯する刃と刃が音を鳴動させる。

「もう一度訊きたい、君は何 故ジュエルシードを求める?」

交えながら問い掛けるが、フェイトは無言で応じる。だが、その視線が微かに淀んだの を見逃さなかった。

「貴方には…関係ないっ」

鉄仮面のように表情を変えなかったフェイトは初めて感情を露にし、力任せに弾く。

真剣な面持ちで睨むフェイトに、恭はその意志の強さの程を察した。この少女は単に集 めているわけではない。

何か、大きな目的のために戦っている…でなければ、こうまで己をかけて戦うなどでき ないだろう。

自身のためではない…他の何かのために……その強さは、恭自身が誰よりも知ってい る。

だからこそ、それを受け止め…そして、この少女が求めるものを知りたい。もし、それ が自分にとっても力を貸せるのなら……身構えると同時に加速し、フェイトに向かって真っ直ぐ突き進み、構える。

 

―――――御神流・徹

 

鋭い斬撃が加えられる。

「くぅっ!」

歯噛みし、僅かに吹き飛ばされるも堪えるように静止する。

フェイトは咄嗟に防御したが、痺れにも似た感覚が両腕に走り、それが神経を麻痺させ る。

(そんなっ)

確かに防御したはずだ。それでもこの衝撃…まるで衝撃波のみが刃をすり抜けてきたよ うだ。

今のは魔法か…にしては魔力量は微量だった。

困惑するフェイトに向けてゆっくりと顔を上げる恭は表情を変えず、構える。

相手の手が読めないというのは分が悪い。焦りにも似た感情がフェイトの内を駆け巡 る。

(こっちが不利…だけど、退 くわけにはいかないっ)

内に激しい激情が渦巻き、フェイトは距離を取って後退する。微かに眉を寄せる恭の前 でバルディッシュを振り被り、先端を恭へと合わせる。

「撃ち抜け、轟雷!」

 

――――Thunder Smasher.

 

バルディッシュの宝石に魔法文字が刻まれた瞬間、先端から電撃のようなものが迸る。

それを察すると同時に狙いをつけた電撃が駆け抜けた。

高速に近いスピードで迫りくる光撃が電流を帯び、真っ直ぐに恭に襲い掛かる。

「っ」

だが、恭はその軌道を見切り、紙一重で回避する。

息を呑むフェイト。今のは自分のなかでも最大の砲撃魔法…それを回避され、呆然とな るフェイトに向けて恭は接近する。

大きな技は威力があってもその分隙も大きい…狙うは、バルディッシュを握る右手。デ バイスを弾き、相手を無力化させようとした瞬間、天を裂くかのような声が響いた。

「ダメェェェェッ」

その叫びに反応し、寸前で止まる恭の斬撃。

声を発したのは、二人を見上げるように佇むなのはだった。その姿に一瞬注意を逸ら し、その僅かな隙をフェイトは逃さなかった。

刹那、バルディッシュが恭の身体に突きつけられた。

「バルディッシュっ」

 

――――Thunder

 

「っ!」

至近距離で放たれる電撃。さしもの恭も防御が遅れ、魔力の電撃を喰らい、弾かれる。

バリアジャケットが僅かに焼け焦げ、地上へと落とされる恭に、ティアが眼を見開く。

「マスターっ」

「おっと! 油断は禁物だ よっ」

気を取られ、アルフの繰り出した拳を受け止めきれず、弾かれるティア。

「ぐっ」

小さく呻き声を上げ、ティアは大地へと叩きつけられる。

「ああっ」

その光景に、なのはは掠れた声を上げる。ジュエルシードの反応を感じ、この場へと急 いで駆けつけ、そして見た自分を襲った少女と助けた少年の戦い。

地上へと落とされた恭は微かに歯噛みし、なんとか立ち上がる。そんな恭に慌ててなの はは駆け寄る。

「大丈夫っ?」

不安げな視線を向けるも、少年の表情からはそれを窺うことはできない。

そして、なのはも視線をフェイトへと向ける。フェイトは地上に静かに降り立ち、未だ 不安定なエネルギーを解放させているジュエルシードにバルディッシュを振り向ける。

「バルディッシュっ」

 

――――Yes sir. Sealing.

 

バルディッシュから伸びる閃光がジュエルシードのエネルギーを封じ、力を封印してい く。

やがて、閃光が周囲に拡散し、蒼い宝石となったジュエルシードがフェイトの手元に降 り、バルディッシュの宝玉に封印される。

 

――――Captured.

 

「2つ目」

抑揚のない声で呟き、微かに息を吐くフェイトになのはの肩に乗るユーノが声を荒げ る。

「ジュエルシードをどうする 気なんだっ、それは危険なものなんだっ!?」

無言で応じるフェイトに隣に降り立ったアルフが嘲笑を浮かべる。

「さあ、応える理由が見当た らないけど…それに、私親切に言ったよね。いうこときかないとガブっといくよって」

アルフの視線が鋭くなった瞬間、髪が逆立ち、身体が変化する。人の手が獣のごとき風 貌に変わり、瞳が獣のように鋭くなる。

姿を瞬く間にアルフは狼のような生命体へと変え、鋭い声を吼え、鳴動になのはとユー ノは気圧され、恭とティアも息を呑む。

「やはり、使い魔だったので すね」

「使い魔?」

聞き慣れない言葉になのはが思わず呟くと、アルフは鼻を鳴らすように答えた。

「そうさ…私はこの娘に創っ てもらった魔法生命。製作者の魔力で生きる代わり、命と力の全てをかけて護ってあげるんだ」

己の信念とでも謳うようにアルフは駆ける。そのスピードは先程の人型の比ではなかっ た。

その牙を剥き出しに跳びかかるアルフになのはは硬直し、恭は咄嗟になのはを突き飛ば した。

「きゃぁっ」

倒れ込むなのはを庇うように恭はインフィニティを振り上げた。

 

――――Protection.

 

シールドが展開され、アルフの攻撃を防ぐも、その衝撃が展開する恭にも反射し、歯噛 みする。

微かに、先程フェイトから受けた攻撃の部分が赤く滲む。その光景になのはも眼を見開 く。

「無茶するねぇ、フェイトの 攻撃を受けて無事で済むはずないだろっ」

力任せにアルフは魔力を集中させ、シールドを突破しようとする。爪がシールドの魔力 に喰い込み、裂け目を拡げていく。

「ダメっ、逃げてっ」

なのはが立ち上がり、叫んだ瞬間…シールドが斬り裂かれ、アルフは恭に襲い掛かる。

刹那、白い影が飛び込み、恭を抱き締める。爪がその影の背中を斬り裂き、呻き声を上 げる。

「うあぁっ」

激痛に表情を顰めるティア…斬り裂かれた背中の翼から白い羽が舞い散る。

「ティアっ」

「うううっ」

苦悶を浮かべながらも恭を抱き締める手を緩めないティア…その様子に距離を取ったア ルフはやや感嘆の声を上げる。

「へぇ、いいね…主思いで。 でも、容赦はしないからっ」

再度跳びかかろうと跳躍した瞬間、ユーノがキッと表情を引き締め、前に飛び出した。

「ユーノ君っ?」

驚くなのはの前でユーノは魔法陣を展開させ、アルフが動きを止められる。

「こんなもんで私を止められ ると思ってるのっ」

力任せに突き破ろうとするが、ユーノも負けじと意識を集中させる。

「してみせるっ!」

確かに攻撃の弱いユーノだが、それでもなのはの力になりたい。戦うのは無理だが、引 き離すぐらいならと魔法陣が展開し、その魔法陣にアルフが眼を見開く。

「移動魔法? まずっ」

刹那、ユーノとアルフの姿が光に包まれ、一筋の閃光となって飛び去る。周囲に光が拡 散し、残されたなのはは呆然と見入り、フェイトは視線を微かに細める。

静寂が戻るなかで、ティアが膝をつき、恭がそれを支える。なのはも不安な面持ちで見 やるも、すぐさま表情を引き締めてフェイトに対峙し、二人を庇うように佇む。

「結界外への強制転移魔法… いい使い魔を持ってる」

「…ユーノ君は、使い魔って やつじゃないよ。私の、大切な友達」

称賛する言葉になのははやや硬い口調で応じ、フェイトも表情を顰める。

暫し無言で佇んでいたが、フェイトが微かにバルディッシュを握る手に力を込める。

「…で、どうするの?」

「話し合いで…なんとかでき るってこと、ない」

なのはもレイジングハートを握る手に力を込めながら、一抹の望みを託してそう告げ る。

戦いたいわけではない…ただ知りたいだけなのだ……その問いに、フェイトは一瞬口を 噤む。

「貴方も、彼と同じ事を訊く のね」

「え?」

そう返され、なのはは思わず恭を一瞬見やるも、慌てて視線を戻す。

「私は、ロストロギアの欠片 を…ジュエルシードを集めないといけない。そして、貴方も…彼らも同じ目的なら、私達は、ジュエルシードをかけて戦う敵同士ってことになる」

「だから、そういうこと、簡 単に決めつけないために、話し合いって、必要なんだと思う」

やや口調を荒げる。

ただ敵として戦わなければならない…そんな選択はあまりに哀しいとなのはは考えてい る。だが、そんななのはの意志にフェイトは甘いとばかりに肩を落とす。

「…話し合うだけじゃ、言葉 だけじゃきっと何も変わらない…伝わらないっ」

閉じられていた瞳がキッと開かれ、なのはは一瞬ビクっと身を竦める。刹那、フェイト の姿が一瞬掻き消え、なのはは息を呑む。

「しゃがめっ」

その言葉に反射的に身を縮めこませ、振り払われたバルディッシュの一撃をよける。そ して、同時にレイジングハートが魔法を発動する。

 

――――Flier fin.

 

再度なのはに向かってバルディッシュが振り払われるも、なのはの足に光の翼が展開さ れ、なのはの身体は宙に舞う。

ここでいてはあの二人にも危険が及ぶとなのはは空中へ舞い上がり、フェイトもそれを 追う。

「でも、だからって! そん な簡単にっ」

募るなのはにフェイトは無表情のまま抑揚のない口調で呟く。

「賭けて…それぞれのジュエ ルシードを一つずつ」

 

――――Photon lancer. Get set.

 

態度を変えないフェイトになのはは表情を哀しげに顰めるも、そんな逡巡すら赦さず、 フェイトはなのはの頭上を取る。

「っ?」

慌てて顔を上げた瞬間には、フェイトは月をバックに、なのはに急接近する。なのはは 紙一重でかわすも、フェイトはバルディッッシュを振り、金色の光にも似た攻撃を繰り出す。

幾条にも分裂し、矢のように襲い掛かる攻撃になのはは回避できず、防御に徹する。

掲げるレイジングハートがシールドを形成し、衝撃波が着弾し、その振動が腕を通して 全身に伝わり、なのはは言い知れぬ不安を味わっていた。

 

 

(まずいっ)

空中で繰り広げられるなのはとフェイトの攻防に恭は内心舌打ちする。

いくら魔法の素質があるとはいっても、なのははただの小学生だ。対し、相手は魔法と 戦闘技法に関しては明らかに洗練されている。

どちらが不利かは…考えるまでもなかった。恭は未だ苦悶を浮かべているティアを気遣 いながらも、視線を上空へと向ける。

傷みが身体を駆け抜けるも、それを抑え込み、インフィニティを握り締めた。

 

 

空中戦を繰り広げながらも、なのははおされ、防戦一方になっていた。

明らかな技量の差を、いくら経験の薄いなのはでもその肌で感じていた。このままで は、いずれ破られる。

ならばと、なのははシールドを解除し、距離を取る。そして、レイジングハートを掲げ て魔力を集中させる。

高まる魔力にフェイトも動きを止める。相手はどうやら大きな攻撃に出ようとしてい る…フェイトもそれに応じてバルディッシュを構え、形成される金色の魔法陣に向かって振り払う。

なのはも桜色の魔法陣に向かって魔力を放出した。

 

――――Thunder smasher.

――――Divine buster.

 

両者から解き放たれる二織の閃光は真っ直ぐに伸び、中央で激突する、

飛び火する閃光と火花…だが、その出力の差にフェイトの表情が微かに驚愕したものに 変わる。

「レイジングハート、お願 い!」

 

――――All right.

 

なのはが意識を集中させ、それに応じるようにレイジングハートは放出する魔力を高 め、それに呼応して放たれる閃光の勢いが増す。

勢いを強めたなのはの魔法に、フェイトの魔法が打ち消され、周囲に拡散する。小さく 息を呑むフェイトの姿が魔法に呑み込まれそうになる。

刹那、フェイトの前に影が割り込む。

その影がフェイトの腕を取り、なのはの魔法の射線からその身を引き離す。虚空へと過 ぎる魔法、その光景になのはは眼を見張る。

いや、なのはだけではない…フェイト自身も驚愕した面持ちで自身の腕を取る相手、恭 を見詰めていた。

「何の…つもり?」

やや呆けていたが、すぐに警戒した面持ちで問い返す。いったい、何を考えているの か…さっきは自分とジュエルシードを賭けて戦っていたというのに、今は自分を助ける。

困惑するフェイトに向けて恭は無言のまま見据え、その表情にフェイトは微かな苛立ち を憶えながら、振り解き、距離を取る。

身構えるフェイトに向けて、恭はインフィニティを翳し、囁いた。

「インフィニティ」

 

――――Pull out.

 

恭の意志に呼応するように、インフィニティの宝玉より浮き出るように姿を現わすジュ エルシード。それに息を呑むなのはとフェイト。それは、恭がこの世界に初めて来た刻に封印したもの。

ジュエルシードは弾かれるようにフェイトの手元に落ち、怪訝な表情でフェイトは恭と ジュエルシードを見比べていたが、やがて、ジュエルシードをバルディッシュ内に封印する。

フェイトはそのまま降り立ち、背中を見せる。

そんなフェイトに距離を空けて降り立つ恭と困惑するなのは…恭は片手で先程の傷を抑 え、その手に血が滲む。

「……早く、手当てした方が いい」

その傷を一瞥すると、フェイトは無言のまま歩み出す。

「帰ろう、アルフ」

小さな声でボソッと囁く。それは、念波となって遠く離れた場所に転送させられたアル フにも届き、フェイトは今一度歩みを止め、背中越しに呟いた。

「できれば…もう二度と関わ らないで。じゃないと…次は、容赦しないから」

低い声。そして感じる微かな逡巡…いてもたってもいられず、なのはは叫んだ。

「待って! 貴方の名前…」

「……フェイト。フェイト= テスタロッサ」

一瞬、言葉を呑み込んだ後、フェイトは静かに告げる。なのはも反射的に言葉を発す る。

「私は…」

刹那、なのはの言葉を待たずフェイトは跳び、森の奥へと消えていく。やや遅れて、人 形へと戻ったアルフが満足気な笑みで一瞥しながら後を追い、二人の姿は完全に夜の闇に消えていった。

その光景を暫し見詰めていたが、なのははやがてハッと気づき、隣を見やる。傷を抑え て佇む恭に駆け寄ろうとする。

「大丈夫?」

声を掛け、傷を気遣うも…恭は無言のまま、静かになのはを見据える。そのバイザーの 奥にある眼光に、なのはは呆然と見入る。

「……これが、戦うことの答 えだ」

恭は静かに告げ、真っ赤に染まった手を見せ、なのはは息を呑むも、その言葉に戸惑 う。そして、恭のもとにティアが現われ、その身体を支える。

やがて、二人の姿は光の粒子に包まれていく。

「っ、待ってっ…私っ」

「力を振るうことの意味を間 違えるな…その想いを、決して間違えるな」

手を伸ばすなのはに向かってそう告げると同時に…二人の姿は掻き消え、なのはの手は 虚空を過ぎる。

吹く風が粒子を舞い散らせ、静寂が満ちる。

残されたなのはは、ただ静かに…哀しげな…そして、葛藤を滲ませた表情で佇む。

月明かりだけが…そのなのはをただ見下ろすのであった………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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【次回予告】

 

 

あの夜の出来事が…出逢い が…私を縛り、迷わせます。

戦うことの意味…話し合うこ との意味……

それらが私をどうしようもな い迷路へと誘います……

 

そんな時です…あの人が帰っ てきます……歌を謳うために……

全ての人に想いを伝えるため に………

 

 

想いを伝えることを迷うこと に…私は自分を重ねます………

 

 

次回、魔法少女リリカルなの は THE MAGIC KNIGHT OF DARKNESS

Labyrinth 〜迷う想い〜」

ドライブ……イグニッション

 


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