ドックの周囲ではモルゲンレーテの作業員により、見る見るうちに修復用の足場が組み立てられ、その周囲を補給物資を載せたトレーラーが往来している。それらを一瞥しながら、タリアはアーサーとマッドを引き連れて外装周辺の作業工程の確認を行っていた。

「ええ、スラスターや火器はできればここで完全に直してしまいたいところだわ」

マッドが纏めたミネルバの現在の状態を示すレポートに視線を走らせながら、指差す。実際、ミネルバの損傷は酷いものだ。アーモリー・ワンを発ってからまともに補給は愚か、修理すら行えていない。応急処置でだましだましここまでやってきたが、流石にダメージが蓄積されている。

特に無理をしたスラスター類や装甲は著しい。

「時間はあまり取れないけど、モルゲンレーテから資材や機器も調達できるとのことだし、なんとかなるでしょう?」

いつものように無理を承知で要求するタリアにマッドは難しい顔つきになる。

「ええ、まあそれは……しかし、問題は装甲ですね」

言い淀みながら、浮かない視線で見上げるエイブスに続くように愛する母艦を見上げた。

「……大分、酷い?」

精彩を欠いたように問うタリアを睨まんばかりにジロリと視線を向ける。

「そりゃ、こいつにナニさせてきたか、一番よくご存知なのは艦長でしょう?」

皮肉めいた物言いにタリアは思わず顔を憮然と顰める。まるで自分が好き好んで艦に無茶をさせているかのような物言いだが、それは酷く心外だ。自分だって、できればあんな無茶な真似をさせるつもりは毛頭ない。だが、その一方でそんな無茶をさせなければ切り抜けられないような事態を招く己の不運さと不甲斐なさ故に口には出せないが。

「MSや他にもいろいろありますからね、流石に全部となると……」

マッドとて自分の息子のようなミネルバのこの状態は耐えかねるが、艦載機の修理に艦内のチェック、さらには火器やスラスター、外装といった艦の直接的な安全に関わる部分だけにどれも完璧に行わなければならないが、それでも人手が足りないのだ。

その言葉に諦めたように深々と溜め息を零す。なにを優先させるかは考えるまでもない。

「解かったわ。取り敢えず、船体の外装関連はモルゲンレーテに任せても大丈夫でしょう。損傷の酷い装甲箇所をピックアップしてモルゲンレーテの作業班に渡して。でも、船内は全て貴方達でね」

妥協案とばかりにエイブスが苦く頷く。

「だから、ちょっと入念に頼むわ。幸いに資材や機器は調達できそうだしね」

念を押すタリアに対し、今まで黙っていたアーサーが疑問を問い掛ける。

「でもいいんですか、艦長? 本当に」

「ん?」

「サハク代表は多少の便宜ははかってくれると仰いましたが、補給はともかく、艦の修理などはやはり、カーペンタリアに入ってからの方がはいいのではないかと、自分は思いますが……」

補給に関しては言うことはない。物資がなければ、運用が叶わないからだ。だが、修理となると他国の人間がミネルバに触れることになる。このミネルバ自体がザフトの最新技術の塊である以上、好ましくない事態だ。

困惑気味に具申するアーサーにタリアは苦笑じみたものを浮かべる。

「言いたいことは解るけど……アーモリー・ワンから一気にここだもの、正直こっちもボロボロよ」

アーサーの言は確かに軍人としては正しい意見だろうが、規律云々で艦の状態が改善されるわけでもない。

困ったように告げるタリアはまるで他人事のように聞こえ、思わず憮然となる。そんなアーサーを一瞥するでもなく、気だるげにあさっての方角を見やる。

「情勢は微妙だし、久しぶりの入港で、クルーの期待値は上がっちゃってるし……」

勢い込んで地上に降りたはいいが、現在の情勢では自分達の立場は非常に微妙なものだ。そして、この艦のクルーの大半が実戦をロクに経験していない者達で構成されており、連戦に次ぐ連戦で疲労も出ているだろう。休暇を期待するのも無理はない。

「ま、取り敢えず臨機応変にいくしかないんじゃないの?」

ようやく視線を合わせたタリアはいつもどおりのサバサバとした口調で告げると、アーサーは不満そうに顔を顰め、隣で聞いていたマッドもこっそり溜め息を零した。

「なんなら、一応日誌にも残しましょうか?」

そんな態度に微かにからかうように告げる。実質、艦の責任者としてナンバー2の位置にいる副長には艦長に対する不信任があった場合、艦長日誌にその旨を残すように具申できる権利がある。そうしておけば、後々のその判断において上層部が問題視した時、副長の経歴には傷がつかないというものだったが、飛び上がらんばかりに眼を見開き、慌てて辞退した。

「いえっ! そんな!」

不満があっても、そんな大それた真似ができるほど、豪胆ではない。そんな予想通りの返答に少々落胆といった調子で肩を竦める。

「ま、どうせ長居はできないでしょうしね。それに、いくらカーペンタリアが近いといっても何が起こるかは解からないわ。できることはやっておかないとね」

ミナはミネルバに早く出て行ってもらいたいと思っている。それが総意なのか、ミナ自身の判断なのかは解からないが、間違いなくオーブはこの情勢に揺れ動いている。下手を打てば、オーブが攻撃してくる可能性もあるのだ。これ幸いにと、迷い込んできたヤギとばかりに……そうなる前に動く必要はあるが、今は動ける状態ではないことがもどかしい。

「機密も確かに重要だけど……」

「でも、機密よりは艦の安全ですものね、やっぱり」

自身の言葉を遮り、そして代弁するかのように背中に掛かった声に思わず振り返ると、そこにはこちらへと近づいてくる二人組みのモルゲンレーテの作業員らしき人物がいた。

片方は浅黒の肌にくたびれた感じのいかにもな修理工の男であるが、もう片方は帽子から溢れている栗色の髪を肩に流しているタリアと同年輩の女性であった。この場には不釣合いな女性の姿にアーサーは思わずにやけるように頬を緩ませるが、そんなだらしない態度を一睨みすると、慌てて視線を逸らした。

軽蔑する視線を向けたまま、タリアは視線を戻すと、女性は眼の前に歩み寄った。

「艦……戦闘艦は特に、常に信頼できる状態でないとお辛いでしょう、指揮官さんは?」

ミネルバを見上げながら、無造作に告げているが、それがどこか経験に裏打ちされたもののように響き、共感を持つと同時に警戒心も抱き、相手を値踏みするように監察し、尋ね返す。

「誰?」

「ぁ……失礼しました。モルゲンレーテ造船課Bのマリー=ベルネスです。こちらの作業を担当させていただきます」

慌てて振り向き、人好きのする笑顔で一礼し、すっと手を差し伸べる。その笑顔にタリアもどこか頬を緩め、極自然に手を差し出し、二人の手が強く握られる。

「ミネルバ艦長のタリア=グラディスよ」

互いに手を握り合いながら、タリアはこの眼前のマリーと名乗った女性を無条件に信頼するような心持ちになっていた。

そして、渋るアーサーとマッドを説き伏せ、外装の修理を依頼し、それを快く承諾したマリーは部下と思しき男に告げ、それと同時に差配を素早く開始した。

ドックに持ち込まれた資材や作業機器に重機が動き、傷ついている装甲を修復していく。艦外に組み上げられた作業用のプラットフォームに移動した二人は並んで作業を見下ろしつつ、マリーが苦笑するように呟く。

「ミネルバは進水式前の艦だと聞きましたが……なんだか既に、だいぶ歴戦と言う感じですわね」

ミネルバを見上げながらそう評するマリーにタリアはどう答えたものかと苦笑する。

「ええ、残念ながらね」

至るところで傷つき、歪んでいる装甲には少し前のあの威容さを携えたものはどこにも見受けられない。さらにトドメのあの大気圏突入時の熱で大きく変形している。もし下手をしたら、大気圏降下中に装甲が融け落ちていたかと思うとゾッとする。このミネルバを造り上げたスタッフが現在の状態を見たら、失神するかもしれないと心中で笑う。

「私もまさかこんなことになるとは思ってもなかったけど……」

遂、一週間程前には自分が今の状況に陥るなどと露ほども考えていなかった。だが、それを気に病むことなくさばさばと言い放つ。

「ま、仕方ないわよね。こうなっちゃったんだから」

諦めにも似たような仕草で肩を竦めた。

アーモリー・ワンでの強奪事件に端を発するこの短い間の流転の連続にさしものタリアも戸惑うばかりだ。

ミネルバにしてもまだまだ就航するのは先だと思っていただけに当然だが、今の状況はそんな考えを嘲笑うように激しく流動している。

それがタリアに酷く焦燥じみたものを齎し、軽く溜め息を零す。

「いつだってそうだけど、まあ先のことは解からないわ。今は特にって感じだけど……」

地球に降りてからの行動が正直どうなるのかまだ解からない。オーブを後にした後は無論、カーペンタリアで友軍と合流するが、その先ミネルバがどこへ行くかなど憶測でしかないが、相当の厄介な局面が待ち構えていることは間違いないだろう。それが最新鋭艦という運命だ。

思わず溜め息を零すタリアにマリーは口元を薄め、苦笑しながら相槌を打つ。

「そうですわね」

だが、その視線が厳しげなものに変わり、探るような視線を向ける。

「ホントはオーブもこうやってザフト艦の修理になんか、手を貸していられる場合じゃないんじゃないの?」

皮肉めいた問い掛けに、マリーは表情を曇らせる。

確かに、現在のオーブは不安定な立場に立たされている。ナチュラルとコーディネイターが共生する数少ない国家だけに、社会問題が今回の件でふつふつと浮き上がり、また外交問題においても板ばさみ状態だ。

「まぁそうかもしれませんけど……でも、同じですわ」

だが、すぐに視線が真っ直ぐにミネルバに向けられ、今までとは違う凛とした面持ちにタリアは一瞬、言葉を失い、凝視する。

「やっぱり先のことは解かりませんので、私達も今は、今思って信じたことをするしかないですから」

ハッキリと告げたマリーの横顔には、侵しがたい芯の強さが垣間見え、強張っていた表情に柔らかさが戻る。

「あとで間違いだと解かったら、その時はその時で泣いて怒って……そしたらまた次を考えます」

先のことなど誰にも解からない。知ることすらできない…だからこそ、今自分にできることをするしかない。それが、最良の選択であることを信じて……

「ま、そうね」

その意志に共感したのか、タリアも同意して肩を竦める。

そして、マリーが振り向き、静かに微笑み、タリアも応じるように笑みを返し、笑い合った。まだ会って間もないにもかかわらず、まるでずっと昔から知る者同士のような奇妙な親密感を互いに感じていた。







ミネルバがオーブに寄港して既に数日が経っていた。その間にも整備班の苦労が重ねられているものの、修復作業は芳しくない状態であった。

最新鋭艦ということもあり、当然ながら機密の塊である以上、迂闊な協力要請をする訳にもいかず、本来なら外装すら触らせたくない上層部であるが、作業の負担上仕方なくモルゲンレーテに委譲しているが、やはり整備班が監視と監督を兼ねてつくことになり、それが船内や艦載機の作業の遅れにも繋がっている。

さらにはアーモリー・ワンを発ってからの連戦や艦内での缶詰によるクルー達の不満や疲労も看過できる問題ではなくなっているレベルにまで達しており、それもまた遅延の原因になっている。

その悪循環的な状況を少しでも改善させるため、タリアは政府と交渉し、上陸許可を取り付け、交代制での休暇をクルー達に下した。これにクルー達は諸手を挙げて歓喜し、ここぞとばかりにストレス発散のためにオノゴロの街へと繰り出している。

そして、今回はミネルバのパイロット組みを加えた十数名に上陸許可が下りていた。ただ、万が一の場合に備えてパイロット一名は艦に待機となり、レイが自ら名乗りで、留守番となっている。

そのレイに悪いと思いつつも、久方ぶりの休暇にシン達は興奮を抑えられぬ様子だった。

「お待たせ」

シンがハッチに到着すると、そこには既に馴染みの面々が集っていた。

「遅いわよ、時間が勿体無いじゃない」

臍出しルックの活発的な服装に帽子を逆に被ったルナマリアが口を尖らせて咎めるが、それをこちらは大人しめなワンピース姿のメイリンが抑える。

「まあまあ、お姉ちゃん」

「ルナ煩すぎ」

いつもの能面で毒づくステラは白いブラウスに青いスカート姿だ。

「ははは、それより俺もいいのか? せっかくの休暇なのに」

そんなやり取りにどこか安堵するようにマコトが顰めた面持ちで呟く。マコトの他にはマユとカスミの姿があるが、彼らは本来正規クルーではないため、今回のこの上陸許可の対象外のはずだが、タリアが特別に許可を出した。

「艦長がいいって言ってんだから気にすんなって」

正規クルーではないが、それでもマコトやマユの働きにはタリアも評価しており、またそこまで軍規に固くないタリアはシン達のストレス発散も含めて許可を出した。背中を叩くシンにぎこちない笑みを返しながら頷き返す。

「それよりシン、案内頼むぜ」

「そうそう、俺らオノゴロの電気店に行きてえぜ」

ヴィーノとヨウランの言葉に僅かばかり表情を曇らせるが、すぐに引っ込めて苦笑しながら頭を掻く。

「あんまあてになんないぜ、俺も離れて大分経つから」

シンがオーブを離れて既に2年以上。おまけにオノゴロ島は一度破壊されており、復興後の今の状態はよく知らない。

そんなことなどお構いなしに二人に引っ張られ、タラップを走っていくシンにやや同情するなか、ルナマリアがふと口に出した。

「ねえ、そう言えばセスは?」

唐突に出た名に一同は改めて気づいたように声を上げた。セスも今回上陸許可が出ており、また艦内に残るとも聞いていなかったため、てっきり同行するとばかり考えていた。

「セス、用事があるって一人で行った」

その疑問に答えるステラに小さく驚く。

ステラが着替えを終えて部屋を出たと同時に同じように出てきたセスとかち合い、何気なく問い掛けたところ、セスはそう答えて一人黙々と艦を後にしていった。

「フーン、用事ね」

オーブに知り合いもいなければ、普段何事にも無関心のようなセスの用事というのが気に掛かったものの、今は控える休暇に胸を躍らせてスキップでタラップを降りていく。その後を追うようにマユがカスミの手を引く。

「んじゃ行こっか、カスミちゃん」

手を引かれながら連れ立っていく二人を見据えながら、マコトは重い足取りで踏み出す。地球に降りてからというものの、身体の動きがどこか鈍い。まるで全身に見えない重りがぶら下がっているようだ。1Gという重力に身体が慣れていないせいもあるが、それでもやはり違和感は拭えない。

「地球、か」

身体を引き摺るようにタラップを降りたマコトは初めて感じる本物の太陽の光に思わず手を覆い、空を仰ぐ。

肌に感じる風もこの空気の微かな熱も湿りもなにもかもがコロニーとは違う。未知の世界に迷い込んだかのように不安と興奮が胸の内を渦巻く。

「おーい、マコト! 何やってんだ、行くぞ」

遠くから掛けられた声にハッと我に返り、ゲート付近で手を振る仲間達に向けて笑みを返し、小走りに後を追った。







雲の切れ目から差し込む日差しもまた西に傾き、辺りは青から朱へと変わりつつあるオノゴロ島に設けられた慰霊地をリンは訪れていた。立ち並ぶ無数の墓標には既に人影はほとんど無く、それがより周囲の静寂さを醸し出している。だが、そんな雰囲気に動じることもなく、立ち並ぶ墓標が織り成す無数の影のなかを隠者のようにリンは歩を進め、最端に聳える巨木の根元まで辿り着く。

そこには、草臥れた、薄汚れた石碑が5つ、無造作に並んでいる。だが、それが墓標であるということを知る者は少ない。

リンはその内の一つに手をやり、石に這っていた雑草を払いのけ、無言で見据える。その視線が、どこかもの哀しげに歪む。

(ルン…あんたの亡霊に遭ったわ)

脳裏を過ぎる数日前の戦闘。灰色のエンジェルの見せた機動戦闘……天使だけでなく、妹の亡霊まで垣間見たような気になり、性質の悪い悪夢と自虐する。

自分でもまだ振り切って…いや、拘っていることに呆れるように肩を竦める。

「奴らの正体が何なのか、解からない。けど、あんたの亡霊まで出てきた以上、私も放っておくわけにはいかない」

それは自身への戒めと誓い…自らに架した十字架。不意に腰に差した刀剣を見やり、リンは視線を細める。

こんな事を言っても、あちらには無関心だろうが、と苦笑し、リンは身を翻す。そして、無言のまま墓標を後にする。

(姉さんはやはり来ていないのか)

やや落胆した面持ちで俯く。石碑の状態から見てもここ一ヶ月程は誰もあの場所に近づいていない。レイナがもし立ち寄ったなら、なにかしらの痕跡があるはずだが、それすらも見受けられなかったことに肩を落とす。

「さて、取り敢えずは宇宙に戻るか……」

不意に立ち止まり、空を仰ぐ。

姉の行方、連中の正体、そしてなによりこの先に備えて、いろいろと手を回さなければならない。だが、そのためにはアレの力が必要になる。

夕闇の風が吹き、微かな冷気が身に纏わりつき、リンは睨むように姿を見せる空の球体を見やる。

「最初は、月か」

目的地を定め、リンは静かにその場を去っていった。

リンが墓標から離れ、そして気配が完全に途絶えた頃、一人の人影が墓標の前に佇んでいた。

手に華を持ち、無言で歩むのは、黒髪と紅と紫のオッドアイを持つ女性:セスだった。セスはそのまま石碑の前に歩み寄ると、その一つに向けて持っていた華を供え、静かに黙礼した。

どれ程そうしていただろうか、不意に気配を感じ、ゆっくりと眼を開く。風が吹くと同時にセスの背後に佇む黒ずくめの人影。

「何故華を添えるのかしら?」

「……私がしたいからするだけです、ゼロ」

理由などない。そう言いたげに不遜な口調で言い捨てる。だが、そんなセスの様子にゼロはクスリと笑みを零す。

「滑稽ね。貴方の存在そのものが理由だからでしょ」

痛いところを衝かれたのか、セスの眼が微かに見開かれ、息を呑む。

「だからかしらね、滑稽に見えるのは……所詮、貴方の感傷。こんなちっぽけな石コロの下に何があるわけでもない」

侮蔑するように石碑に歩み寄り、セスが供えた華を踏み潰す。無残に潰れた華の花弁が周囲に散り、セスは唇を噛む。

そんなセスの手を取り、反応のできなかったセスをそのまま振り払い、セスの身体は大地に叩きつけられ、走る痛みに表情を苦悶に染める。

「余計なことはしないことね、貴方はただ己の役目を果たせていればいい。貴方が望むのは唯一つだけでしょう? それを喪いたいのかしら」

呻くセスの顎を持ち上げ、凝視するゼロから放たれる冷たい気配。それに影響されたのか、周囲の枝々にとまっていた烏が不気味な泣き声を発しながら飛び立っていく。

その冷気ともいうべき気配に気圧されたのか、セスは茫然となっていたが、そんなセスにニコリと口元に微笑みを浮かべ、その手を離して立ち上がる。

「さあ、戻りなさい。貴方の仮初の場所へ…そして、演じ続けなさい。『セス=フォルゲーエン』をね」

揶揄するように呟くゼロに一瞬、悔しさと怒りを瞳に宿すも、やがてフラフラと立ち上がり、ゼロに向かい一礼し、そして今一度墓標を見やり……複雑な面持ちのまま一瞥し、背を向けて去っていく。

その背中を見詰めながら、ゼロは笑みを零す。

「ホント…可愛いわ、セス。脆くて、儚くて…とても、人間らしくてね」

心底愉しげに笑い、ゼロもまた立ち並ぶ墓標を見やりながらバイザーの下で視線を細める。

「祖たる存在……貴方が望んだ未来は、どうなるのかしらね」

石碑を通してその先にある存在に向かって嘲笑するように笑みを噛み殺す。風が吹き荒れ、金色の髪を揺らし、ゼロは愉しげだった貌に熱を帯びるような妖艶さが加わる。無造作に腰に帯刀した黒刀の鯉口を鳴らす。

「この感じ……やはり、ここに来たのね。ナンバー02」

振り返るゼロに向かい吹く風が髪と黒衣を揺らし、ゼロはまるで阻むように吹き荒れる風すら祝福のように感じ、その歩を進めていく。

離れていくその黒衣の背中を、石碑だけが見送った。







数時間前……オノゴロ島のアーケード街に繰り出した一行は、休暇を謳歌していた。

「あ、メイリンそれいいんじゃない」

「うーん、でも少しヒラヒラが多いかな? ステラは?」

「私はもう少し動きやすいのがいい」

ショッピングモールの一画で交互に服を吟味し、着飾りながら選んでいる女性陣の様子を外で疲れ切った様子で見守る一同。

「なあ、シン」

「何だ?」

「まだ増えるのか?」

「俺が知るか」

疲れを滲ませながら尋ねるヴィーノにシンもまた溜め息をつきながら肩を落とす。

「なんでこんなに買い込むんだよ、服なんてどれも一緒だろ」

ヨウランが呆れるように横眼で積み上げられた紙袋や箱類を見上げる。これらは全て、ルナマリアとメイリンが主に選んだ服類や靴といったものだった。

自分達の荷物はこのほんの一部程度なのだが、マコトは引き攣った笑みで乾いた声を漏らす。

「ハハハ…彼女達の策略に見事引っ掛かったかな」

その指摘は実に的を得ているのではと、この場にいる誰もが思った。アーケード街に到着し、まずは軽くウィンドウショッピングをしつつ、ヴィーノやヨウランは目的の電気店を何件か回り、シンやマコトも数件回った程度で大体の買い物を終えた。そこから軽く食事を取った後で、ルナマリアとメイリン、そしてマユが女性の専門店ばかりが立ち並ぶモールに足を踏み入れたことから、彼らは必然的に荷物持ちとなった。

それからはもはや男性陣の意見は完全に黙殺されたといっても過言ではないだろう。普段控えめなステラでさえ一緒に混じって楽しんでいるために、シンも強く拒否できなかった。妹からのプレッシャーがあったからでは断じてない。

思えば、最初に目ぼしい店をピックアップしてわざわざ後に回したのも余計な逃げ道を塞ぐためだったかもしれない。一店一店巡るごとに増加されるその荷物量に徐々に疲労が蓄積され、こうして選ぶ間の時間のみが唯一休めるだけ。

「はぁ、せっかくの休暇だってのに……」

意気揚々と繰り出してみて、最後の最後にこんな仕打ちが待っていようとは思いもよらなかったために疲労の解消が結局無駄になった気さえしてくる。

「お兄ちゃん、マコトさん」

黄昏に入った二人を同情するように見やっていたマコトとシンは呼ぶ声に振り返ると、ギョッと眼を見開いた。

そこにはスカートと純白のブラウスという清楚な服装に加えて普段はストレートに流している黒髪をリボンで三つ編みに束ねたカスミと逆にこちらはホットパンツにパーカーを羽織り、髪も動きやすいようにポニーテールに束ねたマユが佇んでいた。

「「おおおおおっっ!!」」

あんぐりとなる二人とは対照的に声を上げるヴィーノとヨウランにマユが得意気に笑う。

「ね、ね♪ 可愛いでしょう♪ せっかくだからお店の人にコーディネイトしてもらったの、ね、カスミちゃん」

肩を叩くマユにカスミはどこか照れたようにコクリと頷き返す。その可憐な姿には思わず見入ってしまいそうだった。

「似合ってる?」

「あ、ああ…似合ってる、凄く」

覗き込むマユに上擦った声で応じ、歓喜してカスミに抱きつく。

「だって、よかったね、カスミちゃん♪」

「……うん」

小さく頷き返し、俯くカスミの手を引き、二人はその服を購入しようと店のなかへ戻っていく。そのパタパタと走る姿さえ一枚画のように見え、なにかしら今まで感じていた鬱憤が癒されたような気分になったヴィーノとヨウランは至福ともいうべき溜め息を零す。

「いや〜いいもん見せてもらったな」

「ホントホント…あの二人、将来絶対いい女になるな」

すっかり眼福に癒されたのか、口々に語り合う二人だったが、直後に凄まじい威圧感とチリチリとした嫌な悪寒を首筋に憶え、身をよじらせる。

ぎこちない動きでそちらを振り向くと、マコトとシンが笑顔を浮かべている。だが、その眼が笑っていないことに二人は夜叉を垣間見た気になり、お互いに身を寄せ合った。

そんな二人を一瞥し、マコトは今一度店の方角を見やる。

(少し明るくなったかな…カスミのやつ)

最初に会った頃は、なにか人形のように見えた表情にも今は微かだが感情のようなものがあらわれている。やはり、同年代の友人というものはプラスになるのかもしれない。

そんなカスミの変化に嬉しさとどこか一抹の寂しさを憶えながら、マコトは肩を落とした。

だが、そんな感慨も戻ってきた一行によって追加された荷物に瞬く間に消え去った。さらにはカスミとマユの荷物も追加され、男性4人は泣きそうになりながらも、男の意地でなんとか荷物を持ち運ぶのだった。

延々と続くかと思われた女性陣によるショッピングだったが、やがて時間が定刻に近づきつつあるなかでようやく終わりを迎えた。

「あー、楽しかった」

「ホントだね、ここんとこ買い物もろくにできなかったし」

「いっぱい買った」

すっかり御満悦とばかりに休暇を謳歌した顔に恨みがましい視線をこっそり浮かべながら、マコト達はもはや両手だけでは足らず、首や肩にまでかけていた包みや袋を足として使用していた車に載せ、ホッと安堵の溜め息を零した。

「こんなに買ってどうすんだよ」

「女の子の買い物に文句をつけるのはルール違反だよ、お兄ちゃん」

愚痴を零すシンを嗜めるマユに哀愁を漂わせる背中で深々と溜め息をつく姿に苦笑する。

「セスもくればよかったのに」

「本人が来ないってんだから仕方ないじゃない。それより、早く戻ろっか」

そろそろ帰艦予定時刻だ。運転席に向かおうとしたルナマリアにシンが何かを思い出したように声を掛けた。

「あ、ルナ」

「ん、何?」

「俺ら少し寄らなきゃいけないとこあっから、先帰っててくれ」

唐突な申し出に一同は首を傾げる。

「でもさ、もう時間ねえぜ」

時計を指しながら呟くヨウランだったが、シンは憂鬱げな様子で黙るだけ。その様子に戸惑っていたが、やがてルナマリアが頭を掻きながら大仰に溜め息をつく。

「解かったわよ、艦長には私から誤魔化しておくから」

その言葉にシンは眼に見えて喜色に表情を変え、相槌を打つ。

「サンキュ、この埋め合わせは必ずすっからさ」

「んじゃインパルスに一回乗せてね」

ここぞとばかりにニヤリと笑い、そう宣言するが、シンは頬を引き攣らせる。そんなシンをニヤニヤと眺めながらルナマリアが車の運転席に乗り込み、メイリン以下ヴィーノとヨウランを促し、4人が乗り込むと、軽く手を振りながら発進し、それを見送る。

離れていったのを確認すると、マコトは疑問に思ってシンに訊く。

「どうしたんだ?」

車は4人乗りである以上、マコト達は同行することになるのだが、シンの意図が解からずに困惑する。

そんなマコトに、シンは黙々と運転席のボックスを探し、何かを見つけたのか、顔を上げる。

「わりい、ちょっと付き合ってくれ……墓参り」

持ち上げた線香を掴みながら手を合わせて頼むシンにマコトは戸惑いながらも頷き返す。そして、シンの運転で一行はオノゴロ島の繁華街から離れ、湾岸線を走って都市部よりやや離れた岬まで車を走らせた。

湾岸線から見える夕闇はどこか幻想的で、コロニーなどで見ていた映像の夕焼けとはまったく違う。なにか、雄大というか…不思議な感慨を与えてくれるようだ。

「いいとこだな…地球って」

思わず口にする。確かに重力による身体の動きの悪さなど、不安はあるが、それを補って余りあるほどの感動のようなものをこの数日で味わった。

「……ああ」

そんなマコトに対し、シンはどこか複雑そうな面持ちで頷き、そのまま車内は無言に包まれる。

車を走らせて十数分…目的地に着いたのか、止まった車内から出たマコトの視界に飛び込んできたのは、先程までの華やかで賑やかだった繁華街とは打って変わった厳粛な静寂に包まれた場所だった。

「墓地……?」

入口らしき場所に設けられたモニュメント。そしてその先にある階段。困惑しながら佇むマコトを横に、シン達は手に華を持ち、ゆっくりと階段を昇り始めた。それに気づき、慌てて後を追う。

階段を昇り、その上に立ったマコトの眼に飛び込んでくる光景。

丘のようになった場所から広大に拡がる無数の石碑。石畳の遊歩道が規則正しく伸びるなかに佇む石碑とその周囲にはまるでその石碑達を護るように植えられた花々。それらがその墓地が設置された岬の先に拡がる海とその水平の彼方に沈もうとする夕日に照らし出され、赤く染められている。

それは、言葉では表わせられないような不思議な…それでいて、なにか哀しくなる光景だった。それに圧倒されたのか、マコトは暫し茫然とその場で佇んでいたが、不意に手を引かれ、ハッと見やると、カスミが手を引き、その指を別の方向へと示す。その先を追うと、遊歩道の先に大きく設けられた慰霊碑が佇んでいた。

その慰霊碑に向かって歩み寄るシンとステラ、マユの姿があり、マコトはカスミの手を取って近づく。

3人が眼前まで歩み寄ると、そこには色取り取りの様々な華が添えられ、マユは手に持っていた華をそのなかへと加え、捧げる。そして、シンが線香に火を灯し、慰霊碑の前に添える。微かな煙が立ち昇るなか、3人は手を合わせてその場に黙礼する。

その姿に背中まで歩み寄ったマコトは声を掛けることができず、暫し無言でその様子を見守っていたが、やがて眼を開いたシンがポツリと語り出した。

「ここさ…俺とマユの両親が死んだ場所なんだ」

「え……?」

「2年前のA.W.でオーブが戦場になったって話…前にしたろ」

コクリと頷き返す。シン達が元オーブの国民であり、前大戦中に故郷を離れ、プラントへと身を寄せたという話は以前にも聞いている。

相槌を打つマコトにシンは記憶が過去にフラッシュバックする。



―――――オーブ解放戦



そう掲げられた名目で行われたオーブへの地球連合による侵攻。その戦場となったのがこのオノゴロ島であり、当時シン達はこの島に暮らしていた。だが、侵攻により避難が始まり、シン達は両親と共にこの場所を走っていた。

その時だった…連合の赤いMSに襲われ、自分達を護るために両親が犠牲になった。山崩れによって発生した土砂に生き埋めになった両親。不意に、その現場だったと思しき斜面を見上げるも、そこもまた整然と植えられた木々によってその当時の生々しい傷跡を完全に隠していた。

その様子に沸々となにか言い知れぬ怒りが沸くのを必死で抑え込む。

「そうだったのか」

「だけどその時、助けてくれたのが…黒い天使だった」

脳裏を掠める黒い影。死に怯えていた自分達を助けたあの背中を……そして、アレに憧れを抱いたことを。

「こいつはな、あの時に犠牲になったオーブの人間のためにたてられたんだ」

石碑を撫でながらシンは過去に思いを馳せる。

A.W.で犠牲になったオーブの市民を称えてたてられたこの慰霊碑。言い換えれば、これはシン達にとって両親の墓でもあるのだ。

戦争終結と同時にオーブから離れ、プラントに渡った。いつかは来なければならないと考えていたが、それがまさかこんな形になるとは思いもしなかった。

だが、だからこそこの機会にシンは今一度確認したかったのだ。自身の今の道の始まりとなったこの場所に……

物思いに耽るシンにどう言葉を掛けていいか解からず、むしろ邪魔をしてはならないとマコトはカスミの手を引いて離れていった。その気遣いに感謝し、シンはマユ、ステラと共に今一度黙礼を捧げた。

2年以上も報告に来なかったことへの謝罪。そして、自分達の近況や決意。それらを包み隠さず心のなかで話し掛けた。

そして同時に祈った。ここで安からに眠ってほしいと…自分達は精一杯生きていると。そんな思いをのせて、3人は祈り続けた。

やがて、それが終わったのか…シンが眼を開くと、隣でマユの啜り泣く声が聞こえた。

「うぅぅ…お父さん、お母さん……ぅ」

いつもは明るく気丈に振舞っているが、それが必死に堪えていることの裏返しであることを痛いほど理解しているシンはそんなマユの頭を優しく撫で、そして複雑そうな面持ちで見やっているステラにも笑みを返す。

それに緩和されたのか、ステラが微笑で頷く。

「………また、来ます」

シンもまた溢れ出そうになる涙を堪え、最後にその言葉を口にした。







マコトはカスミの手を引きながら墓地内を特に目的もなく歩き回っていた。墓地内は時間のためか、人の気配はまったくといっていいほどなく、静寂に包まれている。それが、なにか寂しさを感じさせる。

(墓参り、か。そう言えば…親父とカスミの墓参りにも長いこと行ってないな)

先程のシン達に触発されたのか、マコトもまた家族のことを思い出していた。マコトの父が事故死し、そしてカスミもまたシャトル事故で死に、二人の墓標は住んでいたコペルニクスの共同墓地にたてられたが、どちらも遺体もない空っぽの墓だった。最後に訪れたのはカスミの時だ。それ以降、自分は墓地は愚か、コペルニクスにさえ近づいていない。

そうやって避けていたのは、カスミが死んだ時、無意識にそれを認めようとしなかったからかもしれない。だが、時間の経過と共にそんな事も忘れてしまうほど、自分のなかでは風化していたことに軽く自己嫌悪に陥る。

(今度、宇宙に戻れたら…一度行ってみるか)

先程のシン達を見て、そう考えさせられた。自分も、過去から逃げているだけではいけないのかもしれない。

(そうだよな、おっさん)

そう叫んだサトーの顔が過ぎり、意志を秘めた瞳で空を仰ぐ。徐に歩を進めていると、マコトは岬の端に小さく供えられた石碑に気づいた。

その石碑の前で人影の姿がある。誰かの墓参りかと思い、徐に近づくと、その人影が顔を上げ、スッと立ち上がる。その拍子にその人物の持つ髪が揺れる。

銀に輝く髪が夕闇の赤を反射させ、屈折して幻想的な輝きを齎している。思わず見入っていると、その人影がこちらを振り向いた。

顔の右半分を包帯で隠した女性…だが、そのアンバランスさが女性の持つ魅力を助けているような妙な錯覚を引き起こす。

見やった女性がこちらを凝視しているが、その顔にマコトは奇妙な既視感に捉われた。

(アレ……? この人、何処かで…)

記憶が彷徨う。何処かで見たような…それも極最近…そこまで至り、マコトは思い出した。

(そうだ、確かこの人…漆黒の戦乙女……っ)

ミネルバ艦内で何度か見かけ、そしてユニウスΩ戦でその名を知ったザフトのエース。だが、何故彼女がここに…なにより、彼女は顔をあんな包帯で隠していなかったはず。それが逆に混乱を煽る。

「あ、あの……貴方も、誰かを祈りに…」

思考が混乱し、口が思わず滑る。

「……ええ」

そんなマコトに対し、女性は流暢な声で淡々と応じ、墓標を一瞥する。

「過去を忘れないために」

その一言にドキリと心臓を鷲掴みにされたような錯覚に陥る。

「祈る、か…貴方は、どう思う?」

「え?」

「貴方は祈る相手がいる? それは何に対して…自身の弱さを隠したいため? それとも、決して逃れられない過去に懺悔するため?」

矢継ぎのように尋ねられる言葉がまるで見えない楔のようにマコトに突き刺さる。それが何故か不快なものに感じ、思わず言葉を荒げる。

「何で、そんな事を訊くんですか?」

刺々しい口調だったが、相手は気にした素振りも見せず、口元に小さく笑みを浮かべる。

「余計なことだったかしらね。忘れて」

素っ気無く会話を切り、女性は歩み出す。ゆっくりと近づくなか、その一挙一挙を何故か警戒した面持ちで見詰めていたが、相手は特に何の動きもなく、淡々と歩を進め、やがてすれ違おうとした瞬間……

「貴方も過去に囚われ過ぎないことね……過去の闇が、現在を喰いつくすようなことはね」

息を呑んだと同時に人影はゆっくりと離れ、マコトは振り返り、その背中を凝視するが、人影は無言のまま去っていき、釈然としない心持ちでそれを見送る。

「何なんだよ、いったい……?」

まるで心の内を見透かされたみたいで気分が悪い。

自分が過去に囚われている…それは、ある意味では当たっているだけに、余計に苛立ちが増す。

その時、不意にカスミの手が離れ、顔を上げると、カスミは墓標に近づき、膝を屈めて腰を下ろした。首を傾げながらその背中を追い、覗き込むと、カスミは墓標の周囲で枯れた花の一つに手を伸ばしていた。

恐らく、この周囲には以前まで綺麗な花々が咲き誇っていたのだろう。だが、あの落下の影響で受けた高波のせいか、海水を被り、一斉に枯れてしまったのだろう。

その枯れた花々が、まるで嫌な未来を暗示させる。胸に沸くどす黒い何かに荒れようとするマコトの耳にカスミが呟きが響いた。

「花は枯れ…そしてまた咲く」

ポツリと呟きながら、カスミは花を一つ一つ撫でるように触れていく。それはまるで、死者に対する哀悼のように思える。

「生命あるものはいつか必ず消え…そしてまたいづる」

花を一つ持ち上げ、それを抱き抱えながらカスミは水平を凝視する。その姿にマコトは茫然と見入る。

花だけでない…生命あるもの、いつか必ず死を迎える。そして…新たなる生命がこの世界に生まれる。

どんなに今は朽ち果てていても…いつか、この場所もまた花が咲き誇るだろう。そして、それは自身のことを指している。

今はどんなに彷徨い、悩んでも…その答を見つけなくてはならない。自身の強さを手に入れるために…マコトは漠然とした決意を胸に宿しながら、その夕日を凝視した。その意志を祝福するように、心地よい風が肌を撫でた。









レイナは無言で墓地内を歩んでいた。

だが、その視線が鋭くなり、前を睨むように見据える。その先からは、こちらに向かって歩み寄ってくる黒い影。

黒衣の下に見える身体に鎖を巻き、金色の髪を風に揺らしながら顔をバイザーで隠しながらも、相手もレイナに気づいたのか、その口元には薄い笑みが浮かべられている。

「やはり来たのね……過去の戒めを忘れないため? それとも自己満足? 貴方には必要ない枷なのにね」

愉しげに語るゼロに対し、レイナの視線がより鋭くなるが、そんな視線すら心地よいとばかりに肩を竦める。

「そう睨まなくても…別にどうこうしてはいないわ」

「……なら、二度とここに脚を踏み入れないで」

ゾッとするような冷たい声。怒気すら超える静かな殺気を滲ませた気配にゼロは笑みを浮かべたまま悠然と歩み寄り、レイナもまた歩を止めずに進んでいく。

二人の距離が徐々に近づき、その気配もまた比例して大きく響いてくる。

「やはり貴方はいいわ……こんなにも私をゾクゾクさせてくれる」

身を震わさんばかりに愉悦を浮かべるゼロに対し、レイナは無言のまま。

「本当……怖いぐらい」

互いに先を見据えたまま擦れ違った瞬間……互いの視線が相手を捉え、レイナとゼロは身体を反応させた。

空気を裂いたような錯覚の瞬間……木々に止まっていた烏が不気味に鳴動しながら飛び立っていく。羽根の音が木霊し、静寂に包まれるなか…折り重なるように接近した二人の舞い上がった髪がゆっくりと降りる。互いに身構え、レイナの首筋にはゼロが腰から抜き放った黒刃が突き付けられていた。

薄皮ギリギリのところで寸止めされた刃に首筋から微かな鮮血が首筋をつたって零れる。だが、レイナは動じることもなくゼロを睨みつけている。

「流石、ね……やはり貴方は最高よ」

そんな様子にゼロは微笑みながら視線を微かに下へとずらす。その先には、ゼロの心臓ギリギリにまで突き付けられた刃が光っている。

それはレイナの右手に握られた短刀だった。お互いに密着した状態で相手の急所に据えた刃……どちらにも有利で、危険な状態だった。

硬直するようにその場の空気が静止するが、やがてゼロがフッと笑みを零し、黒刃を緩め、バッと後方へ跳び、距離を取る。

レイナも短刀を引き、それを身構えながらゼロを威嚇する。刃を向けるレイナに対し、ゼロは愉しげに笑う。

「そんなに構えなくてもいいわ。今回はあくまで様子見…今の病み上がりの貴方と戦うつもりはないわ」

その言葉にレイナは構えこそ解かなかったが、その眼元が微かに苦しげに歪む。ゼロは徐に刀を鞘へと収める。

「それに……貴方とはこんなものより、もっと相応しいもので殺りあいたい」

口に引かれた薄紫のルージュをなぞりながら、揶揄するゼロにレイナは忌々しげに舌打ちする。

「決心がつかない? なら、貴方の大切なものが傷つくわよ」

「何だと?」

「それは不本意でしょう? 貴方にとって……なら、その手に戻すのね。貴方の半身を……」

胸元からクリスタルを取り出し、それを握り締める。レイナの眼が見開かれた瞬間、レイナは右手の短刀を振り払った。

鋭く飛ぶ短刀がゼロに襲い掛かるも、ゼロの姿は陽炎のように掠れ、短刀は目標を見失い、虚空を掠めて近くにあった墓標に突き刺さる。

歯噛みするレイナの上で跳ぶゼロが墓標の一つに着地し、静かに見下ろす。

「そう…もっともっと私を憎んで、そして強くなって……誰よりも、ね」

バイザーの下で相手を愛おしそうに見据え、ゼロは跳躍する。

「そして……私を殺しにきてね、ナンバー02:レイナ=クズハ……チャオ」

唇をなぞり、ゼロの姿はそのまま墓地の奥へと消え去った。

そして、その後を追おうとせず、その場で佇むレイナに向かい、何処からともなく黒い花弁が降り掛かる。

レイナをまるで覆い隠さんばかりに周囲に舞う花弁は、黒百合の華だった。それを手のなかで受け止め、苦々しげに拳を握り締めた。

そして、包帯で覆った右眼をなぞりながら、レイナは空を見上げた。

夕闇に染まる空は、彼女の真紅の瞳には血の赤のように映った。吹き荒む風が何かを告げるようにレイナの身体を裂く。

それは、決して逃れられぬ呪縛のように………









仮初の平和は砂上の楼閣のごとく脆く儚く崩れ去った。

そして、世界は再び次なる変革を呼び寄せるために…この世界に生きる生命に試練を課す。

それは、生命に対する問い掛け……この世界の未来を選ばせるための………







戦華は再び咲き乱れる―――――

――――――鮮血と悲哀を糧に…………













《次回予告》



崩れ去る仮初の平和。

世界は再び新たなる災いを呼び寄せる。

その先にある…次なる変革の贄を求め…宇宙は炎に包まれる。



新たなるイレギュラー達が舞台に上がるとき…次なる運命の幕が上がる。

咲き乱れる戦華は、その福音か…葬送か……

それは、祖にして…采配の烽火…………





繰り返される業に、その唸りに…世界は翻弄されていく………





次回、「PHASE-21 戦華再び」



戦華の道、駆け抜けろ、デルタアストレイ。


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