大東亜連合とプラントの緊張状態が続くなか、地球各国もまた被害の対処に負われていた。そんななか、極東に位置する島国。



―――――大日本帝国



帝を擁する議会によって統治される国家。前大戦時には大西洋連邦の保護監察区でありながらも、終戦後に独立し、高い技術力と実務能力によって運営され、現地球上でも数少ないコーディネイターの居住を許可する国家だった。

その南部に向かって太平洋を航行する一隻の艦。ユニウスΩ落下と同時に降下した大日本帝国軍所属艦:ヤマト級壱番艦であるヤマトがゆっくりと接近していた。

ヤマトの上空を、F-39:ライトニングWが飛び交い、空中で機体を旋回させ、翼灯を点灯させながら尾を引いて離脱していく。

「飛燕隊より入電、領海内への入港及び貴艦の到着を心より歓迎するとのことです」

領空守備隊からのエスコートを受けたオペレーターが報告し、艦長席に座る東雲聡は頷き返す。

「返信、随行及び護衛に感謝する」

「了解」

返答とばかりにヤマトも発光信号で応答すると、それを受け取ったF-35の編隊は旋回し、一足先に領海内へと飛行していく。

それを見送るヤマトの階層となる艦橋の階下には、数名のオペレーター達が作業に動くなか、メインブリッジには、艦長シートに座する聡とその横には近衛である壮吉と雫、刹那が佇んでいた。

メインモニターには、もう寸前まで迫る目的地が映し出されている。

海上に聳える巨大な軍事島。それは、大日本帝国軍の国内最大の基地である伊豆基地。伊豆半島と三浦半島に囲まれた相模湾内に浮かぶその島は、フロート資材を用いて組み上げられた人工の浮遊島であった。

この人工島に軍事基地を設立させたのはまだ独立して間もない頃、国内には旧時代からの名残である軍事基地が内陸部にいくつかあったものの、それらは軍事の中枢を担うには役不足であった。そして、なにより半世紀前に起きた列島地震により、関東地方を中心とした一帯は壊滅的被害を受け、都市機能の麻痺による経済破綻、政治中枢の崩壊など様々な国の機能を一ヶ所に集約していたが故に起きた弊害により、日本は文字通り死に体となった。その徹を踏まぬため、政治機能を首都に遷都した京都に置き、経済機能を大阪を中心とした列島中枢に分散させた。旧東京シティはその後工業都市として再生され、旧大戦中は連合のMSの構成パーツの生産を行っていた。独立後もそれらの生産施設を併用させた場所に軍事中枢基地の設立が挙げられたが、列島地震による被害も考慮し、内陸部及び沖合いに埋め立てる方針は却下され、そこへ齎されたのがジャンク屋組合によって造り上げられたギガフロートと呼ばれるフロート施設構想だった。

環境によって設置に莫大な費用が嵩み、尚且つ生態系の影響も著しく考慮される埋め立てなどと違い、特殊な浮遊体を用いた構造体は様々な面でメリットがあり、海洋環境との共存においてメガフロートと呼ばれる特殊な立地を齎した。

それらの上に建造されたこの伊豆基地。伊豆諸島の各島に監視塔を設置し、南部からの護りと軍部の中枢を担い、また東京の生産施設と併せて様々な新規技術を開発する日本の軍事の頭脳であった。

海上をゆっくりと進入するヤマトの周囲には、小型の巡視艇が何隻も航行し、周辺の哨戒にあたっている。

「東雲艦長、国内への被害の程は?」

「いえ、まだこちらには伝わっておりません。ですが、伊豆基地に寄港すれば解かりますでしょう」

今回の落下において島国である日本も当然ながら被害を被ったはずだが、その程は解からない。電波障害のために遠方からの確認が困難なせいもあるが、それがじれったく思える。

「大佐、現在の伊豆基地の警戒レベルは?」

先程から見る限り、巡視艇や哨戒艇の数が通常よりも多い。さらには領海ギリギリのラインまで防空隊による警戒態勢を見る限り、これは落下被害だけではないにみえる。

「レベル4まで上がっているようだな。南方からの脅威が少ないとはいえ、ここは日本の軍事中枢だ。用心に越したことはないだろう」

暗に指される可能性に刹那は身を強張らせる。そして、ヤマトは伊豆基地の領内へと進入し、基地からの誘導を受けたオペレーターが報告する。

「伊豆基地よりビーコン確認、船籍照合…クリア」

艦の識別を確認し、ヤマトは自動操艦でゆっくりと基地へと向かっていく。司令部を島中枢に設置し、その周囲には開発区と演習区、そして格納庫と展開されている。

海上ドックには、多数の艦艇が接舷され、その一画へとヤマトを誘導させる。基地の最端部の滑走路には、現航空主力機であるF-39:ライトニングWが並び、そしてJAT-03:陽炎が立ち並んでいる。

微速でドックへと格納し、船体が固定される。

「収容作業完了、艦内、警戒態勢レベル2を解除…全科員は半舷休息へ移行してください」

ようやく一息ついたのか、艦内ではクルー達の安堵が飛び交う。

宇宙での慣熟訓練からヘリオポリス、そしてユニウスΩと立て続けにきた行程のためにクルー達の疲労度もかなりのものだ。

「艦長、司令部より通信です」

「解かった、こちらへ回せ」

ヤマトのメインブリッジのウィンドウに映像が映る。そこには、壮年の男が座っていた。それを確認した瞬間、聡以下全員が敬礼する。

「ヤマト級壱番艦:ヤマト、只今帰還致しました」

《うむ、御苦労だったな、東雲准将。貴艦の無事を歓迎する》

同じように敬礼で返すのは、伊豆基地の総司令である伊吹ユイ中将であった。ユイは艦内を見渡し、雫に視線を向ける。

《斯皇院外交官も御無事でなによりです》

「感謝を」

《番場大佐も、この度はヤマトへの随伴、感謝する》

本来、帝の直衛である近衛は京都防衛及び国内巡回が主な任務のため、大日本帝国軍のなかでも一般軍とは別格のため、このような任務に随行させるのは職務外ではあるが、壮吉は不適な笑みで被りを振る。

「御気になさらず、我らもまた同じ志を持つ者ゆえ」

その気遣いに温和な笑みを浮かべ、やがて表情を引き締めてブリッジを見据える。

《ヤマトは別命あるまで待機、クルー達には休暇を出そう。あまり、長くはできんがな》

苦い口調で告げるところを見ると、近いうちにまた駆り出されるということに他ならないだろう。それを察し、聡は同じく真剣な面持ちで了承した。

《済まんな、東雲…弐番艦と参番艦が就航すれば、もう少し貴艦らにも楽をさせてやれるのだが》

申し訳ない面持ちで言葉を濁すユイに被りを振る。

「我らは軍人です。それが命とあれば全身全霊を以って職務に臨みましょう。それに、うちの連中はそんなやわな奴らではありません」

ニヤリと笑みを浮かべる聡にユイは肩を竦める。

《それと番場大佐、斯皇院外交官、真宮寺曹長、虎柴中尉の4名は、至急基地内のD棟へ上陸してもらいたい、以上だ》

通信が途切れると同時に唐突な指名に怪訝な表情を浮かべるが、やがて何かに思い至ったのか、雫が壮吉に尋ねる。

「大佐、D棟といえば、確か伊豆基地内の謁見の間」

「うむ、それに虎柴中尉まで呼ぶとなると…もはや結論は一つだな」

招集された面々を見る限り、導き出されるのは一つしかない。互いに納得すると、雫は聡を見やる。

「艦長、ここまでの随伴、感謝します」

「いえ…外交官も御健勝で。番場大佐、短い間だったが、貴官らの協力に感謝する」

礼を述べる雫に敬礼し、頷き返すと同時に、雫は壮吉、刹那を伴い艦橋を後にしていった。道中菜乃葉を合流させ、4人はヤマトから降車し、そのまま基地内を移動していた。

本来なら、基地指令であるユイのもとへ先に挨拶に向かうべきなのだが、今回指示された場所が場所だけにそれは後回しにせざるを得ないだろう。

道すがら、擦れ違う職員や兵士達はやや驚きながら道を開け、敬礼する。自国の外交官に京都守護職である近衛が基地内に居れば当然かもしれないが。それらの反応に苦笑を零しながら、一行は指示された伊豆基地の中央司令部とは別棟に設けられた一画へと到着していた。

ここは、伊豆基地内でも使用頻度が限られる区画。日本の象徴である帝を招く一室であった。この場へと来た4人は十家の一員。この面子を見れば、それだけで想像に難くない。

やがて、扉が開き、室内へと入室する。簡素とはいえ、軍事施設とは思えないほどの装飾が施されたその一室の広い室路を進み、やがて最奥には数人の人影があった。

上座に位置する席に腰掛けた男性と傍らに佇む年輩ながらも威厳を漂わせる風貌を持つ男。その眼前に立ち、やがて壮吉が壁沿いに歩み寄り、傍に控えるように佇む。

それを確認すると、雫はゆっくりと頭を垂れた。

「斯皇院雫、只今戻りました」

一礼し、頭を下げる雫に倣うように後ろに控える刹那と菜乃葉も恭しく頭を下げた。その様子に中央に座する男性は頬を緩めて頷く。

「ああ、よくぞ無事に戻った。面を上げていい」

それに従い、彼らは上座に座する人物、大日本帝国現帝:天乃宮光を凝視する。

「此度の件、私の耳にも届いている。過酷な状況のなか、よくぞ無事だった」

「ありがとうございます」

「まずは報告を聞きたい。斯皇院外交官、発言を許可する」

礼を述べる雫を射抜くように見据える光の隣の佇む老齢の屈強な軍服の男。大日本帝国軍部、そして近衛に至るまであらゆる軍事面を統括する元帥:斯皇院紅蓮。そして、雫の父親でもあった。だが、紅蓮の眼は鋭く厳しげだ…父は公私の区別をハッキリとつける。この場では元帥と外交官だ、と雫は緊張した面持ちながら、姿勢をただし、光と紅蓮を見据えた。

そして、アーモリー・ワンで行ったデュランダルの会見の程を私見を挟まぬように報告していく。

日本との国交については好意的であること。またそれに伴い両国の交易や技術交換、そして互いの利権を踏まえての通商条約の簡潔な取りまとめ要項などを伝えた。

「以上です。詳細は後に正式な報告書を提出致します」

「うむ、御苦労だった。報告書は後に議会で協議しよう。それと、二人とも今回の件でよく尽力してくれた、礼を言う」

帝から直々の謝辞に雫と刹那は照れたようにはにかみ返す。

「真宮寺曹長」

「あ、はっ」

名を呼ばれ、慌てて背筋をただし、紅蓮を見やる。

「今回の外交官の護衛任務及びユニウスΩでの破砕支援、それらを鑑み、貴官を明日10:00を以って准尉へと昇進を言い渡す」

「え……准尉?」

唐突に下された言葉に刹那が疑問符を浮かべる。

「自分が、ですか?」

正直、昇進など予想外を通り越して意外というのが刹那の心情だった。自分は仮にも技術開発部の人間だ。技術貢献などでの昇進はともかく、今回の件での昇進は意表を衝かれた。

「そう深く畏まらなくていい。君はそれに値するだけの働きをした。これは当然のことだ」

紅蓮の言葉を補足するように光が呟くと、呆気に取られていた刹那は脇を小突くのに気づくと、菜乃葉が小さく笑みを浮かべながらウインクしていた。

それは純粋に刹那の昇進を祝福しており、雫もまた優しげに見やっており、一人悩んでいた刹那はそれを振り払い、改めて向き直った。

「ありがとうございます、それに恥じないようこれからも精進します」

敬礼で返し、拝命を受け取るのを確認すると、雫が一呼吸置き、二人を見やる。

「あの…僭越ですが、お訊きしてもよろしいでしょうか?」

報告を終えると、雫や刹那達が気に掛けていた今回の落下によって受けた被害、そして今後の日本の動向のほどを問い返す。

その問いに光は難しげな表情を一瞬浮かべると、やがて紅蓮を見やり、頷き返す。

「太平洋側の沿岸部を中心とした一帯が津波によって被害を受けた。倒壊した家屋等を含めれば、被害のほどは許容範囲内だ。住人はほぼ避難を完了していたのが幸いだった」

その言葉にホッと安堵の溜め息を零し、肩を竦める。

沿岸部への家屋被害は確かに相当なものだったが、それでも人的被害は最小限に食い止められたのも前もっての迅速な避難のおかげだろう。

「それと、議会の方針はまだ確定はできない」

今回の件において日本の議会もまた論争が飛び交っている。それは、やはりすぐ間近に存在する脅威のためだ。

「連合が何か?」

「うむ、今回の件を、悪質な地球人類への敵対行為として、共にプラントを討つという旨が先頃打診されてきた」

その内容に戦慄が走る。刹那は拳を強く握り締め、菜乃葉も強張った面持ちだ。雫は予想の範疇とでもいうように動揺は見せなかったものの、口元が軽く噛み締められている。

「それで、連合の動きは?」

「既にアルザッヘル基地から2個艦隊に相当する規模の部隊がL5宙域へと向けて移動を開始したという報告が入っている」

「威嚇、にしては大袈裟すぎですな」

飄々と肩を竦める壮吉だったが、その言通り、プラントへの威嚇行為にしては大仰過ぎる。となれば、やはりこれは……

「プラント鎮圧を想定したものですか?」

「かもしれん」

もはや十中八九その可能性が高い。

「それに乗じて、ヨーロッパ及び太平洋において連合の部隊も集結を開始している」

「まさか、連合は一方的に!? しかし、今そんな事をすれば…!」

雫は信じられないといった表情で慄く。

無事であったアルザッヘルとは違い、ユニウスΩの落下によって大東亜連合を構成する赤道一帯の国々は大きなダメージを受けたはずだ。そんな状態で地上のザフト軍の拠点も同時に攻めるなど、正気の沙汰ではない。

「確かにな。連合の李国家主席は少なくともそんな選択をするほど愚者ではないはずだが」

光も不可解といった面持ちで眉を寄せる。一連合国家の首魁につく人間が取る選択にしては愚策としかいいようがない。軍事行使は最悪にして最後の外交手段だ。まだ、話し合いの段階でも有利な条件で収めることも充分可能なはずなのにこの体たらく。

示唆される可能性に雫は息を呑む。

(まさか、L2の……!?)

考えられる可能性は一つ。裏では公然の秘密となっている大東亜連合と繋がっているとされる組織の暗躍。その可能性に雫は背筋が凍る。

「帝、わざわざこちらへ出向かれたのは、その件で?」

彷徨っていた思考がハッと引き戻される。確かに、異常事態ではあるが、今現在日本に直接害が及ぶような事態ではない。それだけならわざわざ光自ら伊豆基地へ出向く必要もないはずだ。

「うむ。日本も、近いうちに戦いは避けられぬ事態になるやもしれん」

硬い声で呟く光。動揺こそないが、その声音から苦さが滲み出ている。それの意味するところは、日本もまた決めねばならぬということ。

「だが、大西洋連邦からの援軍はあまり期待できぬ」

口を挟む紅蓮に息を呑む。通商条約を結んではいるが、それは安保ではない。それが独立時に交わした条件だ。無論、援護を乞うことはできるが、あまり当てにはできない。考えれば考えるほど手詰まりに近い。

プラントとはまだ正式に国交を交わしていない上、日本の立地上、仮に同盟であったとしても援軍が到着する前に事を成されてしまうだろう。

「そこでだ、彼らも呼び寄せたのは」

区切るように告げられた一言に一同が首を傾げた瞬間、菜乃葉は背中から何かに抱きつかれた。

「菜〜乃〜葉〜ちゃ〜ん」

「え、うにゃ」

小さく声を漏らした菜乃葉は背中から回された腕に抱き締められる。

「う〜ん、やっぱり抱き心地いいわね〜」

抱き締めた菜乃葉の身体をすりすりするように密着する人影。

「うにゃにゃ、りゅ、竜崎大尉?」

微かに見上げた先に入る顔と声に菜乃葉が相手の名を呼ぶと、相手もまた不満気に顔を顰める。

「うんもういけず、は・る・かって呼んでいいのよ」

艶かしい視線で見やりながら、そしてまたもや強く握り締め、菜乃葉の声にならない叫びが肌蹴かれた胸に掻き消された。胸の谷間でもがく菜乃葉の反応を楽しんでいる女性に刹那が呆気に取られていたが、その視線が刹那を捉え、瞳に奥で新たな獲物を見定めたような猛禽のごとき怪しい光を感じ取り、刹那は悪寒が走ったのも束の間、次の瞬間には刹那がその腕に絡めとられた。

「刹那君も久しぶりね〜聞いたわよ、准尉になったんだって。そのお祝いに私のあつ〜い抱擁を〜〜」

ぎゅうっと強く刹那を胸に抱き締め、顔を胸に埋没させた刹那は息苦しさにもがく。

「はぁ、生き返った」

ようやく呼吸困難から復活した菜乃葉が刹那を御愁傷様とばかりに同情的に見やる。まさに天国と地獄の抱擁。

「ああん、刹那君大胆」

暴れる刹那の反応に艶かしい声を漏らす女性だったが、その肩がぐいっと後ろへと引かれ、抱擁が解ける。

「ああん」

「なにやってるんですか、貴方は?」

残念そうに声を漏らす女性の後方から笑顔で睨む視線に女性はビクっと身を震わせる。

「あら〜炎乃華ちゃん」

微かに冷や汗を零しながら上擦った声で漏らし、流し眼で後ろを見やると、爽やかな笑顔を浮かべる赤黒い髪をどこかサイドに纏めたポニーテールに束ねた女性が佇んでいる。

「お前は相変わらずそういったふざけた真似しかできんのか」

毒づくように掛けられる低い声にさらに見やると、その背後には二人の人影が在った。

「あらもう到着してたんだ、ボスに翔」

さっと身を翻し、不適に見やる女性に男性は呆れたように肩を竦め、その隣に立つどこか寡黙な壮年の男が無言で一瞥し、そのまま前に歩み出る。

そんなやり取りを先程から見ていた紅蓮は深々と溜め息を零し、壮吉は笑みを噛み殺し、光は穏やかな表情で4人を見やる。

やがて、並ぶように佇むなか、最初に小突かれた女性が髪を掻きながら肩を竦める。

「東方陣が青竜、竜崎悠、お呼びにより参りました」

先程の軽薄さが隠れ、その瞳に鋭さを宿した不適なものを浮かべ、青のウェーブが掛かった髪を掻き上げる女性の名は、十家が一つ、竜崎家の当主である竜崎悠だった。

それに続くように隣に佇む男性が無言で強張った面持ちのまま、敬礼を浮かべる。

「南方陣が朱雀、鳳翔、只今を持ちまして到着しました」

言葉少なげに余計な動作を見せず、毅然と佇む切り揃えられたこげ茶の髪を持つ男性の名は、十家の一つ、鳳家の当主である鳳翔。

そしてその二人の後方に先程から黙視したまま、不動のごとき佇まいを見せたまま立つ男が閉じていた瞳を開き、表情を変えずに背筋をただし、光を見据える。

「北方陣が玄武、武威剣少佐、ここへ参上仕りました」

寡黙な性格を表わすように低い声で呟き、腰に据えていた刀を鳴らす。静かな佇まいのなかに決して崩せぬ強固な意思を漂わせる灰色とも取れる髪を無造作に立たせる壮年の男性の名は、十家の一つ、武威家の当主である武威剣。

名を名乗りあげた3人の横に真剣な面持ちで菜乃葉が並び、そして応じるように光に発する。

「西方陣、白虎、虎柴菜乃葉…ここに」

どこか硬い…緊張した面持ちで告げる菜乃葉を視線で一瞥すると、4人のなかで一番の年輩である剣が一歩前に歩み出、威風堂々とした面持ちで告げた。

「四門陣、ここへ集合致しました」

剣、翔、悠、そして菜乃葉……首都である京都を中心に置き、都を東西南北の4つの方陣を守護せし古代思想の四神からその名を取り、そして代々においてその方陣を司る地の護り目として受け継がれてきた十家の一属。

「真宮寺炎乃華、ハワイ基地より戻りました」

4人の後に続くように控えめに告げ、敬礼する女性。その姿にようやく呼吸が整った刹那が顔を確認し、眼を見開く。

「ほ、炎乃華姉様…?」

「久しぶり、刹那」

唖然となる刹那に悪戯めいた表情で手を振るのは、技術開発部に属する真宮寺家のもう一人の後継者であり、刹那の姉でもある真宮寺炎乃華だった。

だが、刹那だけでなく雫もその姿に驚愕にとらわれており、二の句が告げないでいた。この場に、十家の内、八家までが揃ったのだ。それがどんなに異常なことか、解からないはずがない。

「帝、これは……?」

混乱する思考のなか、真意を探って光を見やると、頷き返し、眼前に声を掛けた。

「忙しいところ、呼び出して済まんな。武威少佐、鳳大尉、竜崎大尉…そして、出向中だというのに呼び戻して済まなかったな、真宮寺大尉」

労うように声を掛けた光に悠があっけらかんと手を振る。

「ついでに出張費割り増ししてくれます…いたっ」

そんな悠の頭を小突く翔を口を尖らせて見やるも、翔は無言のまま顎をしゃくり、小さく愚痴りながらそっぽを向く。

「ハハハ、相変わらず聡いな、竜崎」

「そうでしょそうでしょ」

仮にも軍部の元帥に対して馴れ馴れしい口だが、当の紅蓮は楽しげに笑い、やがて真剣な面持ちで4人を見据える。

「お前達四門を呼び寄せたのは他でもない。今後についてだ」

その言葉に沈黙が降りる。確かに、ただ世間話をするためにわざわざ守護を置いてまで四門を呼び寄せるはずがない。緊張した面持ちで次の言葉を待つ。

「知っていると思うが、ユニウスΩ落下により、大東亜連合がプラントに対して武力行使に出た。また、これに併せて隣接国家群に対して合集同盟が持ちかけられている」

大東亜連合はプラントに対し艦隊を派兵すると同時にユーラシア大陸を中心とした国家群に対し、同盟の旨が内密に打診された。

同盟といえば聞こえはいいが、その実は大東亜連合を構成する一部の国家による支配だった。主権国家としてこれ程容認できないものはないが、現地上で最大規模の軍事力を保持する連合に拒否できる国家は少なく、西アジア地帯や東ヨーロッパ諸国は圧力に屈して既に内々に条約を交わしている。

「そして、それは我が国も例外ではない」

その言葉に皆の表情は一様に硬くなる。雫などは両手を握り締めて震えさせている。それは、相手の理不尽な主張と外交官として無力な自分へのやるせなさだった。

「正直、議会の方でも意見は割れている」

重々しく告げる光。帝国議会では、この申し出に対し受諾する派閥と拒否する派閥に分かれて抗活している。

「私自身も、正直判断に困りかねている」

動揺こそ出なかったものの、その貌が微かに強張っている。受諾すれば、まず間違いなく連合の尖兵とされることは間違いないだろう。あちらとて、自国の戦力はまだ温存しておきたいはずだ。そして、重い枷をつけられることも確信できる。だが、拒否すればあちらから敵視される。

どちらを取ってもこの国の先行きに暗雲が立ち込めるのは間違いない。だが、決断をせねばならないのだ。悠長に議会の判断を待っていたのでは、手遅れになる可能性もある。

「時間が無いのもまた事実だ。よって、これは私と紅蓮、そして軍部の独断となる」

重々しく告げる光に一同は微かに息を呑む。

「竜崎大尉、鳳大尉」

「「はっ」」

「貴官ら、及び直轄部隊である青竜、朱雀は一週間後に武威少佐の玄武に合流し、北の護りにつけ」

「「了解!」」

打てば響かんばかりの流れで間髪入れず応じる二人だったが、刹那や雫は驚愕する。四門の内、3つまでが合流し、護りに就く。それが如何に非常事態であるかを証明しているようなものだ。

「虎柴中尉、貴官は西の守護を固めろ」

「了解!」

「また、近衛軍は国内警戒に当たり、各部隊へ厳戒態勢を布く」

それは事実上の防衛体勢に入るということだった。日本の軍部にはいざという時に独自の判断が赦されている。それはあくまで限定的なものだが、今回のような自衛に関しての判断ではそれが優先される。

戦いは避けられない…その現実がひしひしと伝わり、心がさざ波立つ。

「これも、最善とは言い難い。だが、我々が優先せねばならないのは国の未来、そして民の安寧だ」

緊張や動揺が漂う空気のなか、光の言葉が静かに響く。彼ら、そして光でさえ日本という国のための礎でしかない。だが、そこに護るべき民を巻き込んではいけない。そして、できるだけ最良の選択を取らねばならない。それが為政者としての責任であり、義務だ。

「皆には苦労を掛ける…だが、全力を尽くしてくれ」

頭を下げる光に一同は勇気づけられ、力強い返答で応じた。それに安堵し、穏やかな面持ちを浮かべ、紅蓮を見やる。

「一同、下がれ。竜崎、鳳両大尉、武威少佐はただちに防衛の要項を纏め、提出せよ。虎柴中尉は西側の警戒態勢の維持に回れ。斯皇院外交官は連合との交渉準備に入れ。真宮寺曹長は極東基地にて開発部に帰属し、以後作業に従事せよ」

矢継ぎに下される指示に各々が頷き返し、それぞれの意志を固める。

「なお、虎柴中尉、真宮寺曹長及び斯皇院外交官は3日間の休息を与える。3日後に改めて発令される指示を待て」

最後に紅蓮は今までの厳しげなものから微かに穏やかなものを浮かべ、激務続きであった3人を労うように休暇を与えた。

あまりに緊張続きだったため、不意打ちに近いその言葉に意表を衝かれたのか、一瞬眼を瞬くが、やがて僅かに間の抜けた声で応じた。

「ああ、ずっこい、私も休暇欲しい」

「お前はここ最近ずっと暇そうにしてただろうが」

「その分、しっかり働いてもらうぞ」

拗ねたように不満を漏らす悠に翔と剣からのダブルブローが響き、表情を引き攣らせる。

「うぉ、二人してツッコミキツイ」

場を和ませるようなやり取りに肩の力が抜けたのか、一同はやがて敬礼し、謁見の間を後にしていく。

それを見送ると、一人残った炎乃華が今一度光らを凝視し、相手の視線での促しに頷く。

「帝、紅蓮将軍…ハワイ基地におけるXXナンバーの開発は現在試作機のロールアウトが完了し、これの実戦テスト後に試験機に反映されます」

大日本帝国と大西洋連邦の軍部における共同プロジェクト。それが『XX計画』…炎乃華はその中心メンバーとして現在プロジェクトの本拠であるハワイ基地へと出向している身であった。

そして、今回日本へ戻ったのは、報告以上にもう一つ…彼女にとっての優先事項があったからだ。

「そうか、ナンバー10、11の進行状況は?」

「はい、全力で当たっておりますが、ナンバー11のみ、両機ともフレームの調整作業で手間取っております。ナンバー10は現在、組み上げ作業に入っております」

顰めた面持ちで応じる炎乃華の口調には覇気がなく、やや落胆している。状況があまり芳しくないことに不安を隠せないが、それを察した光が首を振る。

「いや、君はよくやってくれている。無理に急ぐ必要はない…使わずに済めばそれに越したことはない。おっと、これは君にとっては余計なことだったかな」

仮にも開発側の人間にこんな事を言うべきではないが、苦笑を浮かべる光に対し、炎乃華も小さく笑みを零した。

「いえ、私としても確かに…兵器など、飾りである事の方が好ましいかもしれませんね」

技術者として、炎乃華は少々嗜好が違っていた。どちらかといえば、炎乃華は芸術肌の人間だ。造る物に対し、愛着を持っている。それが兵器だろうが何であろうが、壊れる…汚れることに対してはあまりいい感情を持てない。軍の兵器開発に属する者としてはおかしいかもしれないが、どんなに優秀な兵器でも使わずに済めば越したことはない。剣は飾っておけば、芸術品なのだから。

冗談なのか、それが彼女のユーモアなのかはかりかねるが、光も笑みで応じ、やがて肩を落とす。

「解かった、詳細は後で上げてくれ。御苦労だったな」

「はっ」

「済まんな、君や父君には面倒をかける」

「いえ、私も父上も…そして刹那も、真宮寺の人間です。これが、私達の誇りですから…失礼します」

気遣うような口調に対し、被りを振り、今一度敬礼し、炎乃華は踵を返し、静かに部屋を後にしていった。

謁見の間に残った3人。光が小さく嘆息する。

「帝、あまり御無理はなさらぬよう御自重ください」

先程までと違い、微かに疲れを滲ませる光の心労を重んじてか、気遣う紅蓮に光もそれを隠そうとせず、肩を大きく竦める。

「済まんな、紅蓮…心配を掛ける」

帝として…この日本という国を背負う者として、その双肩に圧し掛かる重圧は想像を絶するものがあるだろう。ただでさえ、独立からこっち、光は気の休まる刻も無いほどの激務を続け、そして今また国の大きな転局に直面しているのだ。心労が溜まらぬ方がおかしい。だが、国の命運を背負う者として、決して下層に対して不安を抱かせぬように先程の謁見時も常に気丈に振舞っていた。

力強いリーダーの存在はそれだけで士気を上げ、大きく響く。故に光がこうして弱さを見せるのは側近である紅蓮と腹心である壮吉の前のみであった。

一度力を抜いたためか、幾分か落ち着きを取り戻し、光は壮吉を見やる。

「番場、宇宙での首尾は?」

「はっ、八咫鴉からの情報、そして睦姫様の予見…見事に」

それだけで全てを理解し、光は貌を強張らせ、唸るように考え込む。

「やはり、彼女の予見は当たっていたか……紅蓮、堕天の所在地は?」

「申し訳ありません、八咫鴉をはじめ、八方手を尽くしておりますが、未だに所在は確認できておりません」

「そうか…まあ、彼女もそう易々と存在を悟らせるような真似はしないか」

ヘリオポリスでの襲撃…アレは確かに諜報部隊からの情報が寄せられていた。そして、そこへヤマトの宇宙での慣熟訓練と実戦が重なり、僥倖だと思えたのだが、そこへ舞い込んだ睦姫の言。

「白き影舞い降り、新たなる災いとならん……か」

それが何であるか、ハッキリと確証は掴めなかったが、何かしらの大きな転局となることは間違いないと踏み、光は壮吉以下近衛軍の機動烈士隊に同行を命じた。

そして現われたのが前大戦において人類に立ち塞がった天使。これは、何かしらの大きな前触れではないかと勘ぐってしまう。故に、その天使の存在を自分達へと伝えた一人の女性の所在を捜していたのだが、彼女はここ一ヶ月の間は姿も確認できずじまいであった。

日本もまた諜報に関しての経験は浅く、部署としても小さなものであり、連合のような人海戦術が難しい。その限界に不甲斐なさを紅蓮が憶えるも、光は気を取り直す。

「捜索はそのまま続けてくれ。番場、紅蓮…現在の状況は?」

思考を切り替え、二人は向かい合うように告げる。

「宇宙及び、各方面からの物資の輸送ルートにおいて停滞が起こっています。また、オキツヒコノカミプラントにて融合炉のトラブルが起こり、現在はオキツヒメノカミプラントのみの稼動となっております」

日本は、四方を海に囲まれた島国であるが、この国は貴重な資源に恵まれず、また食糧自給率が極端に低いという弱点を抱えていた。とどのつまり、独立しても他国からの支援なしにはとても立ち行かない国なのだ。それ故に、それらは長くこの国の命題として取り組まれてきたが、解決策は長く放置されていた。

人は誰でも今の自分の時代ぐらいは大丈夫とタカを括り、真剣に取り組もうとせず、見て見ぬ振り決め込み、それが延々と続いてきたが、紅蓮は独自にコーディネイターの研究者を保護し、その解決策に取り組ませてきた。

そして、シェルタープラントと核融合炉によってそれは解決への道に到達した。融合炉心の燃料の一つである重水素が国の周囲の海から無限に回収でき、それをエネルギー源とすることで補い、富士の周囲に設立された巨大ドーム型シェルタープラント内に人工農場を備え、ドーム内で気候のコントロールを可能とし、食糧の安定した供給を実現させた。

無論、ここに至るまで多くの問題点があった。そして完成した2つの食糧プラントが『オキツヒコノカミ』と『オキツヒメノカミ』だった。

これにより、食糧及びエネルギー自給自足は賄えるようになったものの、それはまだ試行錯誤の段階であり、本格的な始動にはまだ数年の時が掛かる。

だからこそ、未だに宇宙や地球各国からの物資輸入に頼らざるを得ない状況であり、これが滞るということは国の生命線にも関わる。

「プラントは稼動できるエリアを優先して作業に当たらせろ。それと、遅延はともかくルートの断絶だけは決して見過ごすな」

これから先の事を踏まえれば、軍部に対しかなりのコストが比重される。それを賄うためには現在の流通及び通商線は確保しておかねばならない。

重々しく頷く紅蓮を確認すると、次いで壮吉を見やる。

「防衛策に関しましては、近衛は情報部と提携し、本土攻撃に対し警戒を強めようと思います。今の防衛体制では、空からの攻撃に対し有効的な対処手段はありません」

日本が一番気に掛けているのは高高度からの爆撃、及び降下作戦であった。小さな本土の四方を海に囲まれているがゆえに、どの方向からも攻められやすく、それ故に四門という守備隊が各方面に配備されているが、それでも死角はある。それが空だった。

「空魔の投入状況から見ても、厳しいと言わざるを得ないでしょう」

淡々と告げられた事実は客観的なため、光もまた顎を抱える。

今現在、日本の航空戦力は大西洋連邦から払い下げられた旧型戦闘機であるF-39:ライトニングWのみ。だが、それもスカイグラスパーなどと比べれば機動性や火力で劣り、戦力としては不安がある。

対し、連合軍にはMSを飛行させるオプションや強力な航空兵器が多数配備されている。古来より、空からの攻撃が有効なのは明白だ。それに対抗するために空戦MSの開発が急務だったのだが、ようやく完成したJAT-F06C型もまだ限定的にしか生産ができず、また機種変更などの現存パイロット達の慣熟時間を考えれば、間に合わない。

そのために、本土が攻撃されることはもはやそれだけで日本は降伏しかねない状況に追い込まれてしまう。だからこそ、空への警戒は必要以上に重要なものだ。

「防衛策に関しては一任する」

「はっ」

至上命題とばかりに応じた壮吉は敬礼し、素早くその場を後にする。近衛軍を預かる彼もまた紅蓮に次ぐ立場にある。一騎当千と言われる近衛軍だが、それでもただ守護に就けばいいだけではない。帝…ひいては国内に及ばされると思われる脅威を払拭するのもまた使命だ。

二人になったなか、光は手を組み、顎を支えながら、険しい面持ちで呟く。

「なあ、紅蓮……今回のこの一連の推移、どう思う?」

低く問われた内容に紅蓮は顔を変えず、静かに応じた。

「裏で相応のやり取りがあると見るべきでしょうな……デュランダル議長にしても、李主席にしても」

今回の一連の流れの発端は果たして何処にあるのか……短絡的に考えれば、ユニウスΩの落下がこの現状の原因とも取れるが、それはあくまで眼前の事象のみでしかない。広い視野で見れば、それこそ関係ないと思われる事象も絡んだ糸のように何処かで繋がり、最終的な一本へと集束していく。

「アーモリー・ワンでの新型機強奪、そしてヘリオポリスへの派遣……まだ、未確認ですが、ジェネシスαの方でもなにかしらのトラブルが起こったという情報もあります」

セカンドシリーズの強奪にしても、公表と同時に奪取される予測もできて然りのはずだが、にも関わらず強奪を赦し、ヘリオポリスではガーディアンズの戦力低下を狙った奇襲…そしてジェネシスα襲撃による活動抑制…それらが揃って初めて見えてくる影。

「今回の件、相当に根が深そうだな」

「左様で」

重々しく告げる紅蓮に一通りの確認を終え、一呼吸置くと、光は立ち上がり徐に窓に歩み寄り、そしてその先に拡がる空へと向ける。

微かな薄い雲が時折過ぎるだけで一面に拡がる空の広大さに己が抱える不安も紛れる。不意に、脳裏を過ぎったものに微かに眉を寄せ、背中越しに紅蓮に話し掛ける。

「紅蓮」

「はっ」

「…あの二人、成長したものだな。彼女に瓜二つだ」

そう漏らす光の表情にはどこか哀愁と不安、そしてやるせなさが混じり、寂しげに微笑む。今まで光がまったく浮かべなかった類のものだが、背中に控える紅蓮もまた同じように沈痛なものを一瞬浮かべ、やがてそれを覆い隠す。

「ええ、そうですな。しかし、刹那坊の方があそこまで似るとは驚きですがな」

その評に光もまた小さく笑みを噛み殺し、その暗然としたものを押し込める。やがて無言となり、そのまま光は空を凝視し続けながら、ポツリと漏らした。

「彼女は恨むかな…我々を」

その問いに紅蓮は答えることができず、また他の誰も答を…いや、答すら望まないものなのかもしれない。

この先に…日本の向かう先に、正解などという選択肢は存在しないのだから………


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