世界が大きく動き出そうとするなか、オーブを発ったキラは数日間のシャトル航行を終え、ようやくプラントへと帰還していた。

流石にオーブのシャトルで戻ったために気まずいが、今の状況はそんな些事に構うことすらできない。

「ヤマト秘書官」

接舷されたシャトルから降車し、ターミナルへと降り立ったキラはゲートまで迎えに来ていた外務省の顔馴染みの係官を視認し、そちらへと人波を掻き分けるように近づく。

無重力のなかを泳ぐように急ぎ、傍まで辿り着くと、やや上擦った口調で問い掛けた。

「すみません、状況は? 外交筋ではどういった対応を?」

シャトルのなかで大東亜連合の声明を聞いたキラは、恐らく外交筋でのかなりのやり取りがある筈だと考えていたが、それに対し係官は望ましくないと顰めた面持ちで首を振った。

「芳しくありません。現在あらゆるチャンネルで対話を試みていますが、連合を中心とした国家群はほとんど無視しています」

移動しながら答える係官もまた憤りを隠せず、募るように言い捨てる。その状況にキラも表情が硬くなる。

いくら友好的ではないとはいえ、一国家との対話を無視するなど、あり得ない。慄くキラに追い討ちとばかりに係官は続ける。

「それに、プラント市民もまた怒りを感じています」

世論の反応も当然だろうと苦く思う。ユニウスΩの災禍はあくまで一部の暴走に過ぎない。それが国家全てに責任を問われれば、不快感を憶えるだろう。それだけに留まらず、プラントは必死にそれを防ぐために手を打ち、破砕作業を敢行させて当初の被害を格段に軽減させたのだ。さらには落下後も被災地域への救援の手を差し伸べたというのに…それに言い掛かりをつけ、一方的とも思える要求を突きつけられ、攻め込まれれば、怒りを憶えない方がおかしいだろう。いくらキラでも恩を仇で返されたこの状況では連合側を弁護するような気が起きなかった。

首都部へと続くエレベーターホールに向かう道すがら、キラは別ゲートから降りてきた人物達が眼についた。

シルバーブルーの長髪に赤い瞳に、顰めたような仏頂面の青年に金髪に褐色肌の温和な笑みを携えた青年の二人組みだ。

見慣れぬ服装に身を包みながらゲートを潜り、一人の兵士に誘導されている。思わず視線を向けるなか、それに気づいた相手もこちらを振り向き、シルバーブルーの青年がどこか睨むように見やり、キラは微かに息を呑む。

だが、すぐさま相方の青年に肩を叩かれ、表情を変えずに先導する兵士に付き添いながら通路奥のエレベーターホールへと消えていった。

立ち止まるキラに係官が首を傾げる。

「どうされました?」

「あ、いえ…あの、彼らは……?」

現在、プラントでは他国の駐留大使をはじめ、一般の部外者の出入りは制限されている。見慣れぬ姿に微かに警戒心が漂う。

「ああ、彼らはマーシャンです」

「マーシャン? 火星の……?」

キラも聞き及んだことがある。火星圏に移住した人々をいつしかそう呼ぶことになった。地球圏と定期的に交流を行っているようだが、それでもまだ火星圏の存在は一般には認知されていない。というのも、マーシャンはいつも地球圏の外周のみで物資の輸送交換を終え、帰還する。そのために地球圏内へと姿を現わすことはほとんどない。

だからこそ、発された言葉に振り向き、問い返すキラに係官が頷く。

「ええ、火星からの定期船がちょうど今地球に来ているらしく、DEEDからの要請で彼らがプラントに対し、来訪を打診してきたらしいので、議長が許可したとのことです」

DEEDといえば、ラクスが推進している外宇宙探査計画を後援している民間組織だ。宇宙開発に精力的でプラントに対しても地球各国に対しても技術支援の面で働きかけている。彼らからの要請となれば、そうそう不安になるものでもないとキラも抱いた警戒心を緩め、先程の二人組みを脳裏に留めながらも歩みを再開した。

「政府の方はどうなっています?」

「議会はまだ国防委員会を中心に争っているようですが、議長は、あくまでも対話による解決を目指して交渉を続けると言っています……が、それを弱腰と非難する声も上がり始めています」

港からアプリリウスの首都へと降りるエレベーターに乗り込み、さらに詳しい状況が伝えられ、その内容にキラは先程まで感じていた憤りが微かに沈静し、安息する。

どうやら、かなり感情的になっていたようだ。常日頃ラクスの傍で客観的に相手と向かい合う様子を学んでいたというのに…軽く自己嫌悪するも、それを押し込んで思考を回転させる。

連合側の言い掛かりに対してもデュランダルが穏やかに解決策を模索していることに安堵する。少なくとも、最悪の事態はまだ回避できるかもしれないと淡い期待を憶える。

「クライン外務次官はどうしてます? 彼女が連合との対談を?」

恐らくラクスは今頃、対話チャンネルを駆使して、なんとか戦闘を回避しようと臨んでいるはずと考え、その詳細を確認しようとするが、係官は微かに曇った表情で視線を逸らす。その様子に眉を寄せるキラに係官は僅かばかりトーンの落ちた声音で呟いた。

「それが…クライン外務次官と現在、連絡が取れない状態になっておりまして。外務省の方にお出になられていないのは確認が取れたのですが」

言葉を濁しながら呟かれた内容にキラは怪訝そうになる。この非常時に外務次官であるラクスが外務省に不在とはいくらなんでもおかしい。彼女の性格からしても傍観は絶対あり得ない。

ならば、ラクスは今どうしているのか……不安が胸を巣食うなか、係官が気休めのように声を掛けた。

「一応、所在の確認と議長へのオーブからの親書の件についても行わせていますが、今の情勢では、すぐにどうなるかは……」

そう…キラはオーブを発つ時、カガリから代表であるミナの親書を預かってきた。それをデュランダルへと渡す義務もある。

だがだが、ジリジリと内を侵食してくる焦りと不安は増し、キラは暗い面持ちで近づいてくる人工の大地を見下ろした。







キラがプラントに到着した頃、月面の大東亜連合軍アルザッヘル基地では物々しさに包まれていた。クレーター上空ではMSが哨戒に動き回り、周囲を警戒している。

そして、内部では次々と艦艇の発進準備が進められていた。

《コンテナリスト、R34からR42は積み込み完了》

MS資材や弾薬等の物資が満載されたコンテナが無数に待機しているアガメムノン級やネルソン級護衛艦に積載され、それに続くようにレーンに吊られたダガーLが艦艇内へ艦載されていく。その艦載数はゆうに数百機にも及ぶものであった。

《第34から37エレベーターは17時から18時の間、閉鎖されます》

《シャトル608便が12番ゲートに到着します》

基地内各所で慌しく動き回る職員にMSの艦載や戦闘準備に追われる整備兵。そして、クレーター上空には地上から打ち上げられた輸送シャトル便が次々に入港している。

それらを基地司令部にて随一確認しながら、地上の動向、クレーター周辺の警戒、そしてプラントの存在するL5宙域の監視も同時に行われていた。

《ネタニヤフ搭乗のMSパイロットは第35ブリーフィングルームに集合してください》

作業が進む格納庫の一画では、数隻のアガメムノン級に仰々しく積まれていくものがあった。厳重管理の下、積載されていくそれは、忌まわしい符号をその身に刻印されている。それは、核を意味する記号だった。

旧大戦時に大西洋連邦主導で生産された大量の核ミサイル。だが、それはプトレマイオスクレーター消滅と共に消え去ったかに見えたが、それはまごうことなくそこに存在している。

何十という核ミサイルが搭載されたコンテナがアガメムノン級に積載を完了すると、次いで隣接するハンガーからメンテナンスベッドに固定されたMSがクレーンによって持ち上げられていく。

《第4師団ウィンダム部隊、搭乗を開始します》

大東亜連合の現主力機であるGAT-04:ウィンダムが何十機と艦載され、刻一刻と出撃の時を待った。

数時間後、アルザッヘル基地から無数の艦艇が続々と発進する。朦々と煙を噴かせながら飛び立つ艦隊は、針路をL5へと固定した。

その報告は、地球にいるラースの許にもすぐさま届けられていた。

「それで……具体的にはいつから始まりのだ? プラントへの攻撃は」

何の気負いも逡巡もなく、まるで決められたシナリオの進行具合を尋ねるように問うラースにモニターに映る初老に近い壮年の男は皺が刻まれた頬を険しくし、苛立たしげに溜め息を零した。

《そう簡単にはいかんよ、ラース。せっかちだな、君も》

憮然とした面持ちで告げる男は、東アジア共和国の現国家主席にして大東亜連合の実質的なTOPに当たる李国家主席だった。

《プラントは未だに協議を続けたいと様々な手を打ってきておるし、声明や同盟に否定的な国もあるのだ。そんななか、そうそう強引なことはできんよ》

自身の高揚とした気分に水を差されたのか、ラースの顔が幾分険しくなるも、李は無視して言葉を続ける。

《そもそも、今回のこの件、他の理事達の承認も得たのかね? 軍は君の傀儡ではない。軍部がはやるのも解かるが、今迂闊な真似はしたくないのだよ》

今回の派兵のそもそもの発端である落下後の救援に関してもプラントの動きは迅速だったために、被災した地域ではこの連合の動きに懐疑的や否定的な意見も多い。それが自国の領内でも起こっているのだから更に始末が悪い。

大東亜連合は決して以前の地球連合のような強大国家ではない。だからこそ、それを預かる身としては今回のこの言い掛かりに近い声明に対し不審感を抱いていた。

開戦に躊躇いを見せる李に、ラースは鼻を鳴らし、一笑の元に切り捨てた。

「何を弱腰な、プラントを討てば我々の力の程を世界に知らしめられる。そうなれば、誰も文句を言う輩など出ますまい。大西洋連邦など腑抜け同然…牙の抜けた獣など、吼えても遠吠えのみ」

かつては一番支援した国でありながら、今のラース…いや、アズラエルの名を持つ者にとって大西洋連邦は恩を仇で返された卑劣国でしかない。だが、首脳陣はほぼ入れ替わり、軍部もまた穏健派が台頭するようになってからは精力的な軍事活動はこの2年間、ほとんど見受けられない。

現に宇宙軍の再編の目処も立っておらず、追随する南アメリカ合衆国など取るに足りない。侮蔑するように鼻を鳴らされ、李の眉間にも皺が寄り、不快感を隠そうとしない。だが、そんな態度にさらに横柄な口調で嬲るように言葉を重ねる。

「何故それ程不安がる? 大西洋連邦以外がそんなに恐いのか? 赤道連合? スカンジナビア王国? それともオーブ? いや、執着しているのは日本ですかな?」

次々と出されるなか、李の顔が苦く強張る。

挙げられた国々は大東亜連合を構成する国々に隣接するように存在し、決して無視できない影響力を持つものばかりだ。その中でも厄介なのが大洋州連合と程近いオーブと隣接しながらも頑なに同盟を拒む日本だ。

彼らがもし結託し、共に親プラント寄りとなれば、厄介なことこの上ない。だからこそ、強硬な姿勢を躊躇するのだが、そんな態度に弱腰とラースは非難する。

「フン、どれも取るに足りない国だ。そんな国に慄くなど、連合の国家主席の名が泣きますな。プラントさえ討てば、奴らも大人しく尻尾を振りましょうぞ。誰が餌をやるのか示してやればね」

ニヤつくラースに李は黙り込むが、やがてジロリと睨み返す。

《ならば、そうやって意気込んだ御子息が犯した失敗を繰り返さないという保障は無論あるのだろうな?》

意気込んでいたラースは突如ボディブローを受けたように顔を顰めた。

《前の大戦で御子息が大西洋連邦を先導してプラントに仕掛けた結果、連合が大打撃を受けたのを忘れたわけではあるまい。またあのような被害は御免被りたいのだよ》

口を噤んだのに気を良くし、さらに皮肉る。

ラースの息子であるムルタ=アズラエルが当時の連合の主導権を握っていた大西洋連邦を先導し、プラントを攻めたが、彼らは逆にジェネシスという超兵器の逆襲を受け、その結果大西洋連邦は宇宙の主力軍をほぼ喪い、またプトレマイオスクレーターも同時に喪った。あの時と同じ過ちを繰り返すなど、到底見過ごせない。

暗に息子の復讐に国を巻き込むなと示唆し、暫し睨み合っていたが、やがてラースが大仰に肩を竦めた。

「同じ徹は踏まん。プラントの情報も探っている。奴らの手元にあのような兵器は存在しない」

それは確かな情報だった。情報部であるマティスからもそれらしい情報が来ておらず、秘かにプラント周辺を警戒させている部隊からでもそのような大規模兵器の存在は確認できていない。

だからこそ、今回の作戦に踏み切ったのだ。

「だからこそ、奇襲部隊の人員はL2から回したはずだ。連合には事前の作戦通り陽動に徹してもらえればいい」

《虎の子の艦隊を囮にか…無駄な損耗だけは避けてくれよ》

あくまで豪語するラースに李はもはや無駄と悟り、言葉を切る。

「国家主席…貴様をその地位につけてやったのは私だ。貴様があくまで拒むのなら、私にも考えがある」

射抜くように見やるラースに李の眼が初めて強張り、息を呑む。それは、自分の代わりなどいくらでもいると暗に示している。所詮、ギブアンドテイクの関係ではない…いくら影響力が弱まったとはいえ、この男の擁する背景には自分は逆らえないと改めて認識し、怒りに打ち震えている。

言い負かしたラースはようやく表情に余裕を取り戻し、大仰に肩を竦める。

「では、頼みましたぞ…李国家主席」

《……解かった。だが、今回の作戦、もし失敗に終わったら…その時は、貴様にもそれ相応の責任を問わせてもらう》

渋々と応じながらも、最後に睨みつけ、通信は途切れた。ブラックアウトしたモニターに向かい、ラースは大きく悪態を衝く。

「フン、腑抜けが……復讐などではない、これは聖戦なのだよ」

正直、拘っていないと言えば嘘になるが、ラースもまたブルーコスモスという過激な思想に毒された人物であった。それは私怨云々ではなく、恐れだった。プラントが齎す莫大な富、それによってコーディネイターがいつか自分達を喰い物にするという…隷属していた者に取って代わられるなど、断じて我慢できない。

それは支配する側として生まれた者にとって不変のもの…自らを高め、下ることをよしとしない。

「そう、創り上げるのだ。新たなるシステムを…世界をな」

世界は創られたもの…大小なく、それは誰かによって創られ、そして管理される。それらが鬩ぎ合い、潰し合い、補い合いながら世界は絶え間なく構築される。そして、次なる創造者と管理者に、自分は這い上がってみせる。

自分を落としめした者達への憎悪と恐怖…似て非なる感情を渦巻かせながら、ラースはその瞳を爛々と輝かせる。

年老いてもなお衰えぬその眼光には、負の感情しか宿っていない。ラースは無意識に懐から一枚のフォトを取り出した。

そこには、壮年の男二人と十歳程度の少年が映っている。映る人物達は3人とも縁者であることを示すように金髪に近い髪と似た風貌を纏っている。

「私はそのために何であろうと利用する…青き清浄なる未来のためにな………」

フォトをなぞりながら、ラースは低く呻いた。

自らが模索し、そして夢想する世界に酔いしれて……次なるステップへと続く栄光という名の道が開ける瞬間を待ち焦がれた。





ラースと李が極秘裏に会談を交わし、そして大東亜連合の艦隊が宇宙へと旅立とうとする時を同じくして……地球の某所。

光が差し込む薄暗い執務室のデスク前に座り、傍らに置かれたボトルから注がれたウイスキーを煽り、くつろぐ長髪の男。

《どうやら、連合上層部はプラント攻略に乗り出すようだな》

その男に向かって掛かる声は、眼前のデスクに置かれたモニターから流れていた。画面には、無骨なサングラスで顔を隠した金髪の男:ロイが映し出されていた。

「そのようだ、李国家主席も、ラースの要求を拒めなかったようだしな」

《他の意見は無視、か。部隊を預かる身としてはたまらんね》

皮肉るように一人ごちる。そんな様子に笑みを浮かべるだけの男は、ロムと呼ばれる連合の首脳部に身を置く一人だった。

ロイもロムの本名も正体も知らない。だが、余計な詮索はしない。Need Not Know。それがファントムペインの暗黙のルールなのだから。

《君はいいのかね、今回の独断…もしうまく行けば、ラース氏の連合掌握やユニオンの暴走に繋がりかねないと思うがね》

この今回の艦隊派遣に関しても未だ連合政府内では協議中のはずだ。それが国家主席の鶴に一声で出撃に転び、他の議員や有権者などは不快に思っているだろうが、それで事を成されてしまえば、立位置を変えなければならないだろう。いくらなんでも今更命令を撤回させるのは不可能だ。

危惧するロイにロムは表情を変えず、優雅にウイスキーで喉を潤しながら、視線を向ける。

「例の物は、やはり」

《……そのようだ。ネタニヤフ以下数隻に持たされている》

話題を変えたロムに怪訝そうに答え返すが、ロムは手元のコンソロールを叩き、データを検索しながら言葉を続ける。

「ロイ、あれからどれだけ経った?」

《2年…だな。長くはないが、短くもない》

「連中に同じ手が通じると思うかね?」

それが何を意味しているか、考えるまでもなく悟ると、ロイは嘲るように鼻を鳴らす。

《いや……そんな馬鹿ではあるまい。あれだけ何度も危険に晒されていれば、対抗策も考えつくだろう》

大量破壊兵器というのはあくまで抑止力としてこそその価値がある。だが、それを惜しげもなく使えば、当然ながらその対策に乗り出すのは自然なことだ。

プラントは前大戦時に幾度も核の脅威に晒され、核によってユニウスセブン、そしてボアズを喪った。更にはプラントにまで直接打ち込まれては、それに対して何の対策も講じない方がおかしいだろう。

《成る程…連中はやはり切り札を持っていると見るべきか。だとすれば、今回の作戦ますます遠慮したいものだがな》

冗談めかした口調で肩を竦める。

「いや、その心配は無用だろう」

《ほう? 既に詳細は掴んでいるということか?》

余裕を見せるロムに感嘆を漏らす。そして、ロムは通信画面の横に一つの小さなウィンドウを表示させる。

CG図で表示されるそれは、アンテナのような構造を持つ。各所に説明書きが施され、その能力の詳細を表示している。

「ああ、マティス女史が伝えてくれたよ」

数日前にこのデータを送ってきた女性の顔を思い浮かべ、微笑を浮かべる。

《なら解せんな。何故それを軍部は知らんのだ?》

その疑問も最もだろう。短期決戦が肝である以上、敵の情報はどんなものでも知りたいはずだ。だが、少なくともロイの掴んだ情報ではそのような存在は艦隊司令部でも知りえていない。

「情報の真偽に時間を取られてね、まあ君らが配置される区域は大丈夫だろう」

諜報部の掴んだ情報とはいえ、それの真偽を確認する時間が取れないというのはただの方便であると見抜き、ロイは口元を薄く歪めた。

(成る程、ここで一度相手の手を曝け出させ、コントロールするつもりか。ついでに息の掛かった者達の排除か。仮に成功しても、その後に謀殺は可能ということか)

怜悧な笑みを零しながら、ロイはサングラスの奥で視線を細めた。

「ああ、そうそう…君らが取り逃がした例のザフト艦、オーブに立ち寄っているそうだ」

唐突に伝えられた情報にロイが興味深げに声を上げる。

《ほう? 無事に地球に降りていたか》

それは残念と思えるものではなく、むしろ喜色を感じさせるものだった。それを見抜いたロムは楽しげに視線を向ける。

「君がそこまで入れ込むとは珍しいな」

《ああ、興味は尽きんね。かの大天使のように、実に楽しみ甲斐がある》

興奮を隠そうともしない様子を楽しげに見ていたが、ロイはやがて肩を竦める。

《だが、再会はもう少し後になるのが残念だ。まあ、彼らがオーブに居るとなれば、次があるのかは運命の女神次第というとこか》

彼らがカーペンタリアではなくオーブに身を寄せているのも不慮の事故だろうが、それが彼らにとっての不幸だとロイは一人ごちると、やがて静かに敬礼した。

《では、我々も間もなく作戦に入ります》

「ああ、武運を祈っているよ」

微笑を浮かべたまま見送るロムに頷きながら通信が途切れ、画面がブラックアウトした。それを一瞥すると、持っていたグラスを置き、ロムは背後のガラス張りのドアを開き、光が差し込む優美な庭へと歩み出た。

降り注ぐ光は陽光ではない…この庭自体がドームのような幕で覆われた人工のものだった。人工光で照らされる庭には緑豊かな木々や色取り取りの花々が咲き誇り、見事な調和を醸し出している。

「さて…この一戦、果たしてどう転ぶか」

ロムは愉しげにドームの天井を仰ぐ。それはまるでこれから始まるショーを待ち侘びる無邪気なものだった。

そんなロムの許に数羽の小鳥が舞い降り、その肩にのり、囀っている。その口元に指を寄せ、嘴をなぞってやる。

「そうか、やはりここが心地よいか……与えられた世界でも」

この庭は所詮砂上の世界。ただの作り物に過ぎない。だが、それも所詮は認識の差異に過ぎない。ここが楽園であるなら享受するのを拒む理由などないのだ。

「ラース、世界を構築し、そこを楽園にできるかどうか…そしてデュランダル…君は望む楽園を創り上げられるかどうか…それが本当に世界に享受されるかどうか、見させてもらうよ」

指に飛び乗った小鳥を天井へと掲げ、小鳥が羽ば立つ。それは、まるで世界の先を見据えるかのように………







大東亜連合軍の艦隊がアルザッヘル基地を発った頃、プラントもまたそれを察知して防衛体制に入っていた。

国防委員会の指示の下、プラント前面に築かれた短く切ったパイプのようなリング状の幾棟もの軍事ステーションからナスカ級、ローラシア級戦艦が無数に発進する。それに続くようにステーション内で起動したジン、シグー、ゲイツRが発進し、部隊単位で行動しながら開かれる艦艇ハッチに飛び込んでいく。

資源が限られるプラントにおいては旧式機とはいえ、未だ稼動できるジンやシグーでも貴重な戦力だ。先の大戦で喪失した旧世代機はほぼ全てが再利用されてゲイツRや別ラインへ回されているが、未だにその保有総数は最新鋭機種であるザクは愚か、ゲイツすらも凌いでいる。

そして、それらに随行するようにMMシリーズであるバルファスが続く。無人自動操縦によって制御されるカメラに機械特有の応答音が鳴り、艦外装に着地し、その脚部を固定する。

大多数のMSは中央の輸送艦に乗り込んでいるが、それでも全軍のほぼ6割近い機体を全機収容し、運搬できるほど艦艇に余裕もなく、数隊は仕方なしに艦艇の甲板に着地し、機体を固定する。

何十…いや、百近い艦艇の中央に巨大な艦影が背後からゆらりと姿を見せる。他の艦と比較しても、その巨大さと威容さは明らかだ。まるで周囲を航行する艦艇が玩具のように見える。

全長1200mにも及ぶその巨体を持つのは、ザフト軍の大型空母:ゴンドワナだった。前大戦で投入された大型空母:ヘカトンケイルの流れを組むその設計思想は、もはや空母よりも移動要塞と形容するのが相応しい。

前線での司令部を兼ねるその空母の4層デッキに備えられたMS用のカタパルトだけでも16に及び、さらには艦艇も収容可能なほどだ。ボアズ、ヤキン・ドゥーエといった前線基地を相次いで喪った現在のザフトにとっては宇宙軍の要といっていい。

ゴンドワナを旗艦に航行し、防衛ラインのギリギリにまで移動を開始する。内部では、艦載されている何百ものMSが出撃準備に追われている。

そんななかには、ゴンドワナへと配備されたジュール隊の機体もあった。直接機体で乗り入れた彼らは愛機をメンテナンスベッドに固定し、イザークは部下に戦闘待機を言い渡すと、リーラ、ディアッカ、ラスティを顎でしゃくり、一同は連れ立ってゴンドワナの司令部へと移動する。

無重力のなかを固まって移動する4人は険しい面持ちのまま、無言だった。

「なんとなく予感はしてたけどよ……」

沈黙に耐え切れなくなったディアッカが軽口を叩くも、口調は苦い。だが、それは全員の心情だった。

確かに、ユニウスΩ落下による被害は結局止め切れなかった。その被害が集中した連合がなにかしらの軍事行動を起こすとは予測していたが、単なる杞憂で終わった欲しいというのが本音であった。

「だが、艦隊まで出してきたとなると仕方ないっしょ」

連合が艦隊を出撃させ、真っ直ぐにプラントに進軍している以上、こちらも当然ながら防衛網を念のために展開せねばならない。ただの威嚇か、それとも戦端か…前者なら睨み合いが続き、後者なら開戦となる。

「まだ、戦闘が開始されたわけじゃないし…そんなに悲観的にならなくてもいいと思うよ」

気休めに過ぎないが、リーラが乾いた笑みを浮かべる。

評議会では戦闘を回避しようと様々な外交努力が続けられている。自分達の心配も取り越し苦労で終わればそれに越したことはない。

「取り敢えず、俺達は一度司令部に確認を取る。なにか情報が入ってるかもしれん」

イザークの言に頷き、一同が司令部へと直通のエレベーターホールに到着すると、そこには見知った顔が佇んでいた。

「お、お前ら」

その顔を見た瞬間、イザークがどこか顔を顰め、そんな様子に慌ててリーラが間に入った。

「ヴァネッサ隊長、お久しぶりです」

「おう、お前らもな」

威勢のいい返事を返す金髪を活動的なショートカットに切り揃えた女性。前大戦の折、アジア戦線でその名を馳せ、後に本土防衛において多大な貢献をしたパイロット、金色のグリフォン:ヴァネッサ=ルーファスであった。

戦後、一小隊長から部隊長にまで昇進し、女性パイロットで数少ない白を纏う豪傑である。

「隊長、司令部に急がないと」

軽く注意を入れる隣に立つ赤を纏う男性は、そのヴァネッサを主夫―補佐する副官のライル=レテーネだった。

横に立ったディアッカやラスティが敬礼すると同時にエレベーターが開き、一同は乗り込んでいく。そのままゴンドワナ中央司令部へと移動するなか、ヴァネッサが大仰に肩を竦めた。

「けどよ、連合の奴ら本気かよ…こんな状況で喧嘩吹っかけてくるなんてよ」

流石のヴァネッサも今回の連合の動きには呆れにも似た感想を抱く。

「まだそうと決まったわけではありませんよ、隊長」

そんな早合点な考えを嗜める。まだ戦端が開かれた訳ではないのだが、ヴァネッサはジロリと睨みながら鼻を鳴らす。

「へっ、あんだけの部隊動かしてんだぜ。何もしねえって誰が信じられる」

些か乱暴な意見だが、それは確かに同感だった。仮に威嚇行動に出るとしても出撃を確認できた艦隊の規模は大きい。現在のプラントの本土防衛軍と単純に比較すれば、物量差は大きい。それ程の規模の艦隊を動かすとなれば、当然ながら相当のコストが掛かる。ならば、それに釣り合うだけの作戦行動が必ずあるはずだ。

半ば確定していたものをなんとか否定したかったが、もはや決定的かもしれないと悟り、エレベーター内は静寂と緊張感に包まれる。

「たとえ何があろうと、俺達のすることは一つ……プラントを護ることだ」

そんななか、イザークが低い声で…それでも重く呟き、そこに秘められた決意と覚悟にリーラ達は無言で頷き返す。

「へっ、安心したぜ…てめえは楽観してねえようだな、おかっぱ」

「その呼び方はやめろっ、この似非成金趣味がっ」

思わず漏らした懐かしい名にイザークは羞恥に怒鳴るが、当のヴァネッサもまた放たれた言葉に内を衝かれ、呻く。

「誰が成金だっ!?」

「あんな趣味の悪い塗装してれば誰でも思うわっ」

服の裾を捲り、腕を振り上げるヴァネッサに向かい合うようにイザークもまた身構えながら怒鳴る。その様子に慌てて周囲が仲裁に入る。

「ちょっ、イザーク!」

「こんなところで喧嘩すんなっ」

リーラとディアッカが二人掛りで後ろから羽交い絞めにして抑えつけ、ヴァネッサもまたライルが後ろから掴み掛かり、抑え込む。

「お、落ち着いてくださいっ隊長」

共に噛みつかんばかりに睨み合う二人を沈静させ、抑える。

互いに悪態を衝きながらそっぽを向く二人にその部下である彼らは眼線でしみじみとお互いの心労を分かち合うように頷き合った。

やがて、エレベーターが到着し、ゴンドワナの司令部へと入室する。そこには、司令部と他部隊の指揮官が揃っており、一行も敬礼して合流する。

やがて、戦略パネルを中心に一同が緊張した面持ちでブリーフィングを開始する。連合軍の艦隊がL5に到達するのは約10時間後。だが、あちらもまだハッキリと宣戦布告したわけでもないために、迂闊に迎撃でもすれば、それこそ相手に大義名分を与えることになる。

その結果、L5の制宙権を維持できるまでに各部隊を展開し、ゴンドワナを中央に配置して最終防衛ラインを形成する。

そして、各部隊の配置が割り当てられ、イザークとヴァネッサの部隊はゴンドワナ指揮下の遊撃隊として配置された。

最後に司令官からデュランダルからあくまで自衛に徹し、決して先走らないようにと厳命があり、何人かの将校は気難しそうな顔を浮かべている。

軍部の高官や指揮官にもやはり、デュランダルの低姿勢を歯痒く思う一派は少なくないと改めて思うなか、イザークやヴァネッサはこのまま睨み合いで終わって欲しいとささやかな願望を抱きながら会議を終えた。

司令室を後にし、各隊の指揮官は部隊規模でのミーティングのために分かれるなか、イザークはふとヴァネッサに問い返した。

「そう言えば、教導隊はどうなんだ? 戻っているのか?」

現在のこの状況下では、ガーディアンズに出向している教導隊もかなり不安定な立場に置かれているだろう。場合によっては出向解除によって呼び戻されている可能性もある。

「いや、わかんねえ。ただ、プラントには戻ってねえみてえだ」

やや不可解といった調子で首を振る。

ガーディアンズとの関係が途切れれば、それは共同運営をしている大西洋連邦やオーブ等の国までプラントとの外交に対しなんらかのアクションを起こしかねない以上、上層部も慎重になっているのかもしれない。

「ま、居ねえ奴らに頼っても仕方ねえさ」

確かに、今は少しでも戦力を充実させておきたいが、無いもの強請りをしても仕方ないとイザークも肩を竦め返す。

「じゃあな、俺らはあっちだ」

手を振り、配置部署へと離れていく彼らを見送り、イザークらはふと窓から宇宙を見やり、内に巣食う不安に顔を顰めた。

「でも、連合は正面から本気でぶつかるつもりなのかな?」

「アルザッヘルを発進した艦隊はそれだけみたいだし…周辺の哨戒部隊からも特に伏兵が出たとは聞いてないな」

確かに進軍してくる艦隊の規模は相当なものだ。こちらも防衛ラインであったボアズ、ヤキン・ドゥーエを前大戦で喪っている以上、この最終防衛線に相当数の部隊を配置している。正面から突破するのは現実的ではない。

「なにか、策があるのかな?」

「解からん、だが今は警戒するしかない」

その後、次の指示があるまでは各自待機を言い渡し、一同は休息に入った。


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