戦闘が一時の終わりを告げる頃には、オノゴノは夕闇に彩られ始めていた。

戦火の生々しい傷跡が至る場 所に残るオノゴノ島には、無数の被弾したM1が佇み、また負傷した兵士達が仮設テントに運ばれていく。

呻き声と疲労が色濃く漂う市 街地跡……M1から降りたアサギ、ジュリ、マユラの3人も初の実戦に疲労を隠せず、いつもの元気が抜け落ち、憔悴し切った表情を浮かべている。

ストライクと並び立つイン フィニートのコックピットからラダーを使って降りたムウとアルフも、ヘルメットを無造作に取ると、大きく息を吐き出して疲労を隠せず、その場に座り込む。 やはり、流石の二人も慣れぬMSの操縦には精神的にも負担が大きかったらしい。

その近くに降り立つバスター とブリッツビルガー、シグー……バスターのコックピットから出たディアッカがハッチを開くや否や隣に立つMSのハッチに眼を向ける。

ブリッツビルガーのハッチが 開き、その中から自身と同じ赤いパイロットスーツを纏った者が姿を見せ、ヘルメットを取る…未だ、幻かと考えていたディアッカだったが、ヘルメットの下か ら現われた幼い顔立ちは紛れもなくニコルのものだった。

「ニコル…ったく、心配して 損したぜ」

生きていたことを素直に喜べ ず、悪態をつくディアッカに、ニコルは苦笑を浮かべる。

「すいません…でも、ディ アッカこそどうして……?」

その問い掛けに、ディアッカ はどこか憮然とした表情を浮かべ、海岸線に着水してくるアークエンジェルを見やる。

「……何だ…気になる奴でも できたのか、ディアッカ?」

これまた、含みのある口調で シグーのコックピットから顔を出したミゲルがしたり顔で呟くと、ディアッカは表情を尖らせた。

「うっせえよ!」

そっぽを向くディアッカ…… クルーゼ隊の結成時には、交わしたことのない会話…そしてもはや二度と交わせないと思っていた会話だけに、3人はどこかやや苦笑と安堵を混ざらせていた。

M2と、近くに一体の破損し たM1を抱えたルシファーが着地し、コックピットから顔を出したカムイはグランに叫んだ。

「二佐! こっちにも担架を 回してもらえますか?」

「解かった…おい、衛生兵!  こっちにも担架だ!」

グランが怒鳴り、そっと大地 に横たわったM1のコックピットからカムイがパイロットを連れ出すと、怪訝そうに眼を見開いた。

カムイが連れ出したのは、パ イロットスーツを着ていない…どう見ても民間人としか思えない少年と幼い少女だった…気を失っているらしい二人をカムイは必死に連れ出し、それでも足元が おもぶつきかけると、グランが駆け寄って少年の方を受け止める。

「……まさか、こいつが乗っ てたのか?」

半信半疑にカムイに同意を求 めると、躊躇いがちに頷き返す。

まったく、とグランは内心に 愚痴る……だがまあ、放ってはおけない。どういった経緯でMSに乗り込んだかは解からないが、恐らく避難し遅れた民間人だろう。

衛生兵の担架に乗せると、取 り敢えずはモルゲンレーテ内に設けられた仮設病棟へと運ぶように指示を出した。

その時、彼らの耳にカガリの 声が響いてきた。

「皆、よくやってくれ た……」

労いの言葉を掛けるカガリ と、その後ろにはキサカとシルフィが付き添っている。

それに幾分か兵士達は表情を 和らげる。

「撤退理由はよく解からない が……」

困惑した面持ちで告げるカガ リだったが、降下してきたMSに気付き、そちらに視線を向ける。

先程まで上空で滞空していた フリーダム、ジャスティス…インフィニティとエヴォリューションが降下してきたので、その場にいる者達の視線が集中する。

着水したアークエンジェルの 傍に着地するフリーダムとジャスティス、そしてやや離れた海岸線の海を背に向かい合うように着地するインフィニティとエヴォリューション。

その様に、カガリをはじめ多 くのパイロット達が駆け寄ってくる。

キラとアスランは無言のまま ラダーを使って機外へと身を出し、それぞれの機体の足元に着地すると、相手を静かに見据える。

無言で今迄戦ってきた相手を 見据える……どうしたいのかが、何を話したいのかが未だに出てこない……話したいと思っていても、その思いを言葉にするというのは難しいものだ。

なにより、互いに撃ち合い、 怒りをぶつけ合い、最後には殺し合いまでした……だが、それでもこのまま何もしないわけにはいかない…自ら一歩を踏み出さねば、何も変わらない。

遠巻きにそれを見詰めるカガ リ達も、その様子にやや驚きを浮かべている。人垣にまみれながら、歩み寄ったディアッカ、ニコル、ミゲルもアスランの登場にやや唖然となっていた。

全てを測りかねたまま、口を 開くきっかけも掴めぬままに、それでもキラとアスランはお互いに揺らぐ心を抑えつつ、歩み寄り始めた。

だが、その動きを見守ってい たオーブ軍の兵士達が一斉に銃をアスランに構えた。

フリーダムのパイロットであ るキラは、オーブ軍に参戦してくれたが、途中から参戦し、所属の解からない機体…そしてそのパイロットがザフトのパイロットスーツに身を包んでいたため、 反射的に身構えた。

だが、アスランはそれに動じ ようともせず、静かに一瞥するだけに留め、視線を真っ直ぐに戻す。

オーブ兵の動きを察したキラ が僅かに顔色を変え、しかしあくまで落ちついた様子でそちらへ手を向ける。

「彼は敵じゃない!」

その言葉にカガリがハッと し、誰もが戸惑った表情を浮かべる。

キラとアスランの距離は徐々 に狭まっていく……互いの顔が認識できる距離まで寄ると、胸が苦しくなる衝動にかられる。

共に相手の行動にもどかしさ を憶え、共に叫び、拒み合った……たった半年ぐらいの間に、多くのことがあり過ぎた……今迄の彼らの人生からは想像もできないほどの激動……ほぼ眼前まで 歩み寄ると、二人は同時に足を止めて向かい合う。

最後に顔を合わせたのはこの オーブでの夕暮れ……あの時はフェンス越しであり、言葉を交わすことさえできなかったが、こうして互いに相手と向かい合うことを決意し、相手を前にした瞬 間……二人の思いは3年前のあの瞬間に戻っていた。

サクラが舞う中で再会の約束 を交わして別れたあの日……あれから、多くの喪失と苦しみ・哀しみを経て、二人は再び出逢った。

【トリィ……】

その時、何処からともなく舞 い降りたトリィが二人の頭上を舞い、キラとアスランは徐に顔を上げて、その飛ぶ様を見詰める。

トリィはそのままキラの肩に 降りると、首を傾げて囀る……微笑を浮かべるキラに、アスランもそのトリィを作った時のことを思い出したのか、微かに穏やかな表情を浮かべる。

「…や…あ……アスラ ン………」

泣きそうな表情で、やっと思 いでそれだけを絞り出せた……アスランも、どこかビクッと身を強張らせ、呻くような声を上げる。

「キ……ラ…………っ」

なんともぎこちない……互い に泣きたいような笑いたいような妙な気分だ……もし、二人だけであったなら、何時間もこの状態が続いたかもしれない……だがその時、その二人に割って入る 者が駆け出した。

「お…お前 らぁぁぁっ……っ!」

僅かに強張らせた表情でカガ リが駆け寄り、キラとアスランは反応が遅れ、そのままカガリに首から腕を回された。

呆気に取られているキラとア スランに構わず、カガリはキラとアスランの首に腕を回す形で飛び込み、俯いた彼女の体重で僅かに前のめりになっている二人に構わず、カガリは大声で叫ぶ。

「このっ……バッカや ろぉぉぉっ!」

怒っているのか泣いているの か解からない表情で…それでもどこか安堵したような表情を浮かべるカガリの眼元に薄っすらと涙が浮かぶ。

カガリの行動の良さが、キラ とアスランの無言を破った…眼と眼を合わせ、苦笑を浮かべる……それは、かつての親友同士で交わしたものだった………

 

 

「……めでたしめでたし、 か」

キラとアスランの再会をコッ クピット越しに見詰めながら、レイナは呟いた。

親友同士の再会…まあ、確か に傍眼からは感動ものだが………

「問題は……こっちか」

レイナは何気に愚痴っぽく呟 き、眼前に立つエヴォリューションを見詰める。

未だ、記憶を取り戻せていな い自分には、眼前の少女のことは解からない……だがそれでも、向き合うことを避けるわけにはいかない。

意を決したようにレイナは機 外へその身を晒した。

インフィニティとエヴォ リューションの胸部の上部ハッチが開く音が響き、キラとアスランの様子に注意を引かれていた一同はハッと気付き、そちらを見やる。

キラ、アスラン、カガリも すっかり外野を忘れていたが、問題の組はまだあったのだ。

互いにシートから立ち上が り、ラダーを使って降りてくる漆黒の地球軍とザフトのパイロットスーツに身を包んだ二人………ヘルメットを被っているため、その表情は外野からは確認でき ない。

足元に降り立つと、互いに相 手を見据える……インフィニティとエヴォリューション……正負の可能性を秘める機体………それを託された二人のパイロットは、数秒相手を見据えた後、徐に どちらからともなくヘルメットのバイザーを上げ、ヘルメットを外した。

ヘルメットの下から現われた レイナとリンの素顔……だが、それを見た瞬間、周囲で見守っていた人々の間からざわめきが起こる。

キラとアスランも、驚きに眼 を見張り…二人と面識を持っていたカガリでさえも、その異様な光景に言葉を失くす。

髪の色と、着服しているパイ ロットスーツの違いを除けば、まるで鏡合わせのように瓜二つの顔を持つ少女達……

夕暮れに吹く風に、互いの髪 が揺れる……レイナもリンも、相手だけをジッと凝視する。

眼の前の相手は、散々戦って きた相手……お互いに相手を感じ、ただひたすら自身のために戦いを求めた相手……幾度となく銃を向け合い、殺し合った。

そんな相手を前に、こうして 落ち着いた心持ちでいることに奇妙な感覚を憶える……だが、二人には大きな違いがある。

相手を知っているか知らない か、だ……レイナはリンのことを知らない……いや、解からないのだ……静寂を破るように、互いに歩み出す。

二人の中には、戦いの記憶が 駆け抜ける……戦場で出逢い、運命の糸に引かれるように互いを求め合った……ゆっくりと相手の顔がハッキリと視界に映る。

こうして顔を合わせるのは二 度目だ……あの時も、こんな夕暮れの中でフェンス越しに相手を見据えた。

あの時以上に動揺と戸惑いが あった……対し、リンもまたどこか強張った様子だ。

無論、リンは相手のことを 知っている……いや、知っているからこそ今の状況に困惑する。

あれ程憎いと思ったのに…… そして、禍がいものの自身を消してくれるかもしれないと思った相手……眼前の相手を『姉』という定義で呼ぶことも本来なら間違っているかもしれない……だ が、敢えてそう呼ぶのは、記憶に残る一人の人物の影響なのかもしれない……

レイナとリン……二人が秘め る想いは違う……歩みを止め、僅かな間をあけて佇む。

無言のまま同じ顔と真紅の瞳 で相手を凝視する……相手の意図を探り合っているのだろう……先程以上に息を詰まらせる光景に、誰もが見入る。

「「……っ」」

次の瞬間、互いに眼を僅かに 見張り、腰に備えていた銃を互いに抜き取り、眼にも止まらぬ速さで相手に突き付けた。

あまりに唐突のことに、周囲 は驚愕に眼を見開く。

相手の眉間に銃口を向けたま まお互いを見詰めるレイナとリン………張り詰めた空気が漂う中、同時にフッと口元を緩めた。

「……よく避けなかったわ ね」

「お互い様よ」

軽口を叩き合うその姿に、一 同は呆気に取られる。

レイナもリンも、もし相手が 少しでも避ける仕草を見せれば、間違いなくトリガーを引いていただろう……相手の意志の程を確かめたのだ……彼女達の流儀で………

静かに銃を下ろし、改めて相 手を見やる。

「取り敢えず……自己紹介、 まだだったわね。私は……レイナ=クズハ」

不適な笑みを浮かべるレイナ に、リンも肩を竦め返す。

「そうね…リン=シス ティ………初めまして…かしらね……この場合……姉さん?」

呆気に取られる一同の前で、 レイナとリンは邂逅した……互いに、運命に導かれて………

 

 

 

陽が落ち、オノゴノを静かな 夜が包む。

必要最低限の警戒機にM1を 数機配備し、やや地上部の建物が砲撃によって崩れたモルゲンレーテ内に収容される各MS……

アークエンジェルもまた秘密 ドックに格納され、マリューはその時、アークエンジェルの隣に固定されたポセイドンに気付いた。

あの潜水艦の艦長とも話がし たい……TFと名乗る部隊は、連合にもザフトにも与しない中立的な部隊だ……無論、情勢に合わせて勢力を変える傭兵的な身分でもある。

その彼らが、オーブにいった いどういう意図で介入したのかも確かめたかった。

決然とした面持ちで、マ リューは席を立ち、MS格納庫へと足を運ぶのであった。

 

MS格納庫には、被弾した M1が急ピッチで修理を進められている。

その一画に固定されるフリー ダム、ジャスティス…インフィニティ、エヴォリューション………ザフトの所属とはいえ、結果的に地球軍の新型機を退けた形となったアスランとリンは、カガ リやキラの取り成しもあって、半ば客扱いでオノゴロの軍事基地に身を寄せていた。

ジャスティスをメンテナンス ベッドに固定したアスランは、次に格納庫に入ってきたMSに眼を見開いた。

行方不明になっていたはずの バスター、そして自身を庇って消えたブリッツ……信じられない思いでいたアスランの心情に拍車をかけるように、2機から降りてきたパイロットの顔を見た瞬 間、叫び上げた。

「ディアッカ! ニコ ル!!」

眼前の光景が信じられないよ うにアスランが降りてきた二人に駆け寄る。

「よっ、アスラン」

「お久しぶりです」

陽気な口調で返事するディ アッカに、眼に焼き付くあどけない表情で軽く挨拶をするニコル……もう、二度と逢えないと思っていた戦友との邂逅にアスランは眼元に涙を薄っすらと浮かべ る。

「生きてたんだな……二人と も」

心底安堵するようなアスラン の声に、二人は苦笑を浮かべて頷き返す。

「おいおい、俺を忘れるなよ な、アスラン」

後方から、さらにあり得ない と思う人物の呆れたような声に、反射的に振り返る。

「ミゲル! お前も生きてた のか!?」

「もは余計だっつうの! っ たく、お前らは揃いも揃って………」

溜め息をつくように頭をく しゃっと掻くミゲル……その姿に懐かしさを憶えながらも、アスランは不意に疑問に思ったことを口にした。

「だけど…3人とも、いった い今迄どうしていたんだ……?」

「俺はアークエンジェルの捕 虜になってたんだよ……ま、そっからいろいろあってさ…こういうことになったわけ」

肩を竦め、冗談めいた口調で 答えるディアッカ。

「僕は、あの時ミゲルに助け られたんです……まあ、そのミゲルもある人物に助けられたんですが……」

「ある人物?」

「ああ…俺らが今身を寄せて いるTFのリーダーさ」

困惑を浮かべるアスランに対 し、ミゲルが通路の奥から歩み寄ってくる青年に気付き、声を掛ける。

「おお、あいつあいつ…… TFのリーダー、キョウ=クズハ」

アスランが視線を向けると、 黒髪に意思の強さを感じさせる黒い瞳の青年がアスランに歩み寄る。

「君が…アスラン=ザラ君 か?」

「あ、ああ」

やや緊張気味な上擦った返事 を返す。

「僕はキョウ=クズハ…よろ しく頼む」

差し出される手袋のはめられ た右手を、アスランは戸惑いがちに握り返す。

「っ! キョウ……?」

その時、息を呑みながらキョ ウを呼ぶ声が聞こえ、反射的に振り向くと、そこにはレイナが佇み、どこか冷静な彼女らしくない驚きを浮かべていた。

「……久しぶりだな、レイ ナ」

穏やかな笑みを浮かべ、レイ ナを見やるも、レイナは未だ困惑を隠せない。

「生きて…たの………?」

そう…キョウはあの時…… ウォルフの奇襲を受けた時に死んだはずではなかったのか……

キョウはどこか表情を落と し、眼を伏せる。

「……ああ。いろいろあった のさ…いろいろ、な」

どこか苦い口調で語るキョウ に、その苦悩を感じ取ったのか、それ以上追求しようとはしなかった。

徐にレイナに歩み寄ると、 キョウはレイナの肩に手を置いた。

右手を覆う手袋越しに感じる 感覚に、レイナはハッとする…顔を上げてキョウを見やるが、キョウは首を振る。

「いいんだ……気にしなく て……お前も……よく生きていたな」

安堵するような表情で、義理 の妹分を気遣うキョウに、レイナは昔の記憶を思い出したのか、そっぽを向く。

「……バカ」

慣れていないのか、呆れたよ うな口調で踵を返す。

「少し……席を外させてもら うわね」

肩越しに答えると、視線を先 程から格納庫に置かれたコンテナに身を預けているリンへと向ける。

その視線の意味を感じ取った のか、リンもまた身を起こし、促すレイナの後を追う。

どうやら、二人だけで話をす るつもりらしい……キョウはその後姿に苦笑を浮かべる。

「もう少し、兄貴っぷりを見 せてくれりゃいいのによ」

ミゲルがちゃかすと、キョウ は首を振る。

「いいんだ……あの子も変 わったさ………昔は、研ぎ澄まされた刃みたいに近寄りがたい部分もあったが」

昔を懐かしむようにキョウが 思いを馳せる。

昔は本当に感情を表に出さな い子だった……いつも張り詰めた気配を纏っていて……近寄れば、斬られるぐらいの殺気を醸し出していた。

そんなキョウの肩をミゲルが ポンポンと叩く。

そして、アスラン、ディアッ カ、ニコルにフリーダムから降りたキラが近付く。

どこか、強張った表情でブ リッツから降りてきたニコルに近寄り、アスランがハッとするが、キラが視線でそれを制する。

「君が……ブリッツのパイ ロット……?」

「はい……貴方が、キラ=ヤ マトさんですね? ストライクのパイロットだった……」

「こいつがっ!?」

ニコルの言葉にディアッカが 驚きの声を上げ、キラを見やるもアスランはそれ以上に眼を大きく見開いていた。

そんなアスランの疑念を感じ 取ったのか、ニコルが苦笑を浮かべて答える。

「キョウさんから聞かされた んです……」

視線を再びキラに向けると、 キラは済まなさそうに表情を俯かせる。

「僕は…君を………」

「止めてください」

硬い声で切り出したキラの言 葉を封じるようにニコルが首を振る。

「謝らないでください……謝 られると、本当に貴方を恨んでしまいそうですから……貴方も僕も、あの時は仕方がなかった…それだけですよ……僕は生きています。だから、もういいんで す」

微笑を浮かべるニコルに、キ ラはどこか羨望するような視線を一瞬向けるも、やがて同じように表情を和らげる。

「ありがとう……僕は、キラ =ヤマト…よろしく」

「こちらこそ…僕はニコル= アマルフィです」

互いに自己紹介し、手を交し 合う……そんな様子を見詰めながら、アスランはニコルに敬意の視線を浮かべる。

相手を許すというのは、憎む ことよりも何倍も勇気のいることだ……改めて、ニコルは強いなと感じる。

「アスラン…」

そして、本題の話を切り出し たキラに、アスランは一瞬逡巡し、やがて視線を固定されたフリーダムとジャスティスの足元を眼線で指した。やはり、この機体に秘められたものを思うと、離 れるのはまだ不安なのであろう。

慎重さを有するアスランらし いとキラは了承したように頷き、キラとアスランは2機の足元へと移動し、そこに置かれてあったコンテナの上に腰掛ける。

そして、二人が語り合う様 を、遠巻きに見守る面々……暫し、無言が続いた後……キラが話を切り出した。

あの孤島での死闘から助かっ た経緯……イージスの自爆を、緊急シャッターで防いだものの、そのままでは蒸し焼きになるところだったのを、偶々通り掛ったジャンク屋の男に助けられ、近 くに伝導所を構えていたマルキオ導師のもとまで運ばれたということを(キラ自身も後から聞かされただけだが)話し、アスランもその辺の経緯はマルキオ導師 のもとを訪れた時に聞かされたのでさして驚きはしなかった。

その後、プラントに運ばれ、 クライン邸に庇護されたこと……オペレーション・スピットブレイクの発動を知らせてきた最高評議会の議員のアイリーン=カナーバの通信…そして、再び戦場 に戻る決意をした自分とレイナに、ラクスが最新鋭機のフリーダムとインフィニティを託してくれた過程……そしてしばらく後に、キラが口を開いた。

「ラクスが僕に言ったん だ………」

 

―――――想いだけでも…… 力だけでもダメなのです……

 

「想いだけでも、力だけで も……」

心の中で呟くラクスの言葉 を、キラが反芻する。

「どちらかだけじゃ……何も 変わらないんだ………彼女は解かっていたのかもしれないね。何と戦わなくちゃいけないのかを……」

ラクスの言葉を思い出しなが ら、キラはやや定まらない焦点で呟いた。

その視線の先にはフリーダム があるのだが、きっと彼の眼に映るのは、もっと別のものなのだろう。

フリーダムと共にアラスカに 降り立ち、サイクロプスからその場にいた者達を逃がそうとしたこと、そしてパナマでの攻防でマスドライバーを失い、地球軍はオーブに協力を求めてきたこ と。オーブがその要求を拒んだことを話した。

「しかし…それは………」

話された内容にアスランは言 葉を失くす……確かに、アラスカ戦で消耗しているとはいえ、ザフトに占領された宇宙港に攻め入るよりもより効率のいい方法だが、オーブの選択は流石に無謀 に思えた。

無論、ザフトから見ればオー ブの選択は最良ではないが僥倖だろう……だが、冷静に考えれば、常軌を逸しているとしか思えないほど無謀なものだ。理念は立派だが、それで国が滅ぼされて は元も子もないのに……アスランの困惑を感じ取ったのか、キラは静かに頷く。

「うん……地球軍のやり方は 確かに許せないし、オーブの取った道も、大変なことだって解かってる………」

否定せず、アスランの困惑に 頷くように答えていると、向こう側からドリンクのカップを手に走ってくるカガリの姿が見え、一旦言葉を区切る。

カガリがカップを手渡すと、 キラは片方をアスランに手渡す。

そして、カガリも傍聴するメ ンバーに加わるように二人の前に佇む。

「でも……仕方ないよ。僕も そう思うから………」

手の中で玩ぶカップの水面を 見詰めながら、キラが苦い笑みを浮かべる。

「カガリのお父さんの言うと おりだと思うから……」

チラリと一瞬カガリの方に眼 を向けると、やがて首を上げて後方のフリーダムを見上げた。

「オーブが地球軍の側につけ ば、大西洋連邦はその力も利用して、プラントを攻めるよ……ザフトの側についても同じだ…ただ、敵が変わるだけで……それじゃ、しょうがない」

静かに語るキラに、アスラン は呆然と聞き入る。

「そんなのは、もう嫌なん だ……だから僕は………」

反論しようとしたアスラン だったが、こちらを見るキラの憂いを抱いた瞳に、思わず言葉を詰まらせる。

「僕は……君の仲間を……友 達を殺しかけた……いや…もっとたくさんの人を殺してきた………」

視線が彷徨い、言葉が濁る。

改めて突き付けられた事 実……ニコルは結果的に生きてはいたが、それでもあの時に感じた息苦しさを忘れることなどできない。

「でも……言い訳じみてるけ ど、殺したかったわけじゃない……君だってそうだろう?」

やや表情を暗く落とし、アス ランに振り向く……キラとてアスランとて、護るものがあるから戦っただけだ……相手個人を憎んで戦っていたわけではない。

「……俺は……お前を、殺そ うとした………」

アスランは小さく呟く……そ う、キラだけは違った……あの瞬間……ニコルが殺されたと思った瞬間、幼馴染みを思う心など吹き飛び、ひたすらにその存在を憎悪した。

敵だったから……一人の敵と して憎んだ……キラもそれに頷いた。

「僕もさ、アスラン……」

自分も同じだった……トール が死んで……何も考えられなくなり、その憎しみをぶつける相手としてアスランを憎んだだけ………互いに『敵』として……だが、相手を知るということはその 死を傷みとして受け止めることだということも二人は知ったのだ。

だからこそ、二人は感じてい た……戦いの虚しさを………相手を殺しても、なにも戻らないということに……

「戦わないですむ世界ならい い……そんな世界にずっといられたんなら……」

遠くを見るように視線が細ま る……その言葉に、アスランも遠い過去に思いを馳せる……キラがいて、母がいた……心休まる穏やかな時間………そんな時間も、戦争という波に脆く呑まれて しまった……相手への憎しみのみに彩られる世界……ユニウスセブンが崩壊した時に、自身もその波に一度は身を預けてしまった……

「でも…戦争はどんどん拡が るばかりで………」

キラの口調に苦いものが混じ る…相手への止まらぬ憎しみが、人を平気で変えていく……自分以外を全て敵として……躊躇いなく殺せるのだ………

「このままじゃ、地球もプラ ントも……本当にお互いを、滅ぼしあうしかなくなる……」

アスランは、不意に父の言葉 を思い出し、微かに身震いした。

勝つために禁断の力に手を出 した父……自分を護るために敵を完全に排除するために……確かにそれが一番早い方法だろう……だがそれでも…とアスランは自問する。

敵ならば……その全てを滅ぼ さなければならないのだろうか………苦悩する顔を上げると、キラと視線がぶつかる。

「だから…僕も戦うん だ………護るためでも……仕方なくでも…もう僕は銃を取ってしまった……まして、それを使って多くの人を傷付け、殺してしまったんだから………」

寂しげに呟くキラに、アスラ ンは胸が騒ぐ……そして、キラは徐に立ち上がると苦悩を感じさせる視線を向ける。

「僕達も……また戦うのか な……」

その言葉に、衝撃を受けたよ うにアスランは顔を強張らせる……そんなアスランに対し、まるで同情するように悲しげな微笑を浮かべる。

キラとて、それに悩んでいる のだ……だからこそ、口に出さずにはいられなかったのだろう……そして、一息つくと気を取り直したように表情を上げた。

「……もう、作業に戻らな きゃ。攻撃、いつ再開されるか解からないから……」

立ち去ろうとするキラに、ア スランは何かを思い出したように立ち上がった。

「一つだけ訊きたい……フ リーダムと、あのインフィニティにはNジャマーキャンセラーが搭載されている。お前と…その、あの彼女は…そのデータを………」

レイナのことについては未だ 戸惑っているのか、声が上擦る…キラはそれに対しては苦笑を浮かべる。

「ここでアレを何かに利用し ようとする人がいるなら……僕が撃つよ」

視線の中に込められた力を 持った責任感と覚悟を垣間見せ、アスランはやや圧倒される。

そして、キラは静かにその場 を去り…アスランは考え込むように今一度コンテナに腰を落とし、髪を掻き毟る……そんな様子を、カガリが静かに見詰めていた。

 

 

「ここなら……気兼ねなく話 せるでしょ」

レイナが含みのある口調で振 り向くと、後ろに立っていたリンに問い掛けた。

二人がいるのは、モルゲン レーテの地上部分の一画……外面に面した外の景色が一望できるオフィス……だが、攻撃によりややビルも壁が崩れ、オフィスも天井部分やや崩れ、そこから星 空が見える……非常灯の灯りのみで、静けさを保っている。

確かに、人が来ない場所で気 兼ねなく話をするには打ってつけの場所だった。

「気遣い、ありがと」

淡白に答え返すも、レイナは さして気にした様子も見せず、オフィスのヒビが入ったガラスに歩み寄り、そこから拡がる崩壊の生々しい爪痕が残る地上部を見やる。

リンもまた静かに隣に立ち、 一定の距離を開けて二人は暫し、その光景を見詰めていた。

「最初に貴方と戦場で出逢っ た時……私は戸惑った………」

ポツリと語り出したレイナ に、リンは静かに聞き入る。

「貴方の存在に……戸惑いを 隠せなかった……初めて…いえ……もしかしたら、知っていたかもしれない感覚………自身を思い出させる相手として、私は貴方に出逢った……」

リンを見やると、リンは僅か に怪訝そうに息を呑む。

「貴方……やはり記憶 が………」

リンの問い掛けに、レイナは 静かに頷く。

「生まれてからこっち…十年 ぐらいの記憶が抜け落ちてる………まあ、少しずつは思い出しているけど……貴方と戦ったおかげ…かしらね?」

「そう……」

責めるのでも、悲観するわけ でもなく、リンは淡々と頷き返す。だが、右手が握り締められ、微かに震えている。

その様子に、レイナも気付い た……だが、話を続ける。

「あの時……貴方と最後の戦 闘をした時………貴方のMSが突き出した刃が、コックピットの中心から僅かにずれ、私も無意識に反応して反対側に避けた……そのおかげで、私は助かった」

自身が助かった経緯を、他人 事のように語る……その事実に、リンは自身の右腕を見やる……あの時、ちょうど前回の戦闘で右腕に軽い打撲を負い、僅かに麻痺していた…それで攻撃の重心 がずれたのだ……無論、客観的に考えればそれは単なる偶然と言える。だが、とリンは思わず勘ぐる…それすらも、自分達へかけられた呪われた運命が齎してい るのではないのか……と。

そこからのクライン邸へと運 ばれた経緯は、大方ラクスとマルキオから聞かされた通りだ……話はそこから変わる。

「私は自身を知りたいと思っ ていた……自分自身が何なのか……何のために生まれ、何のために生きているのか……だから私は……私は、自身を感じさせてくれる貴方と戦うと決めた……」

視線がリンを捉え、リンもま たレイナを凝視する。

「だけど……あの戦いでも、 記憶は戻らなかった………レイナ=クズハのまま…でも、貴方への戦意は薄れた……こうして向き合っていても、貴方と戦おうという気にはあまりなれな い……」

その言葉に、リンは若干眉を 顰める……だが、視線を逸らす。

「………私は、貴方が憎かっ た…」

硬い声で呟き、顔を伏せる。

「記憶のない今の貴方にこん な事を言うのもお門違いかもしれない……だけど、私はそれでも……貴方の存在を憎いとさえ思った……貴方さえいなければ、私は……っ」

言いかけてリンは言葉を呑み 込み、口を噤む。

無論、今更言っても仕方がな いことだ……今自分がここに存在している以上、既にもう結果でしかない……本来は、理不尽だということも頭では理解している……眼前の姉と呼ぶ存在を憎む ことは……そして…その存在に消されることだけを願ったのに………

「………だから私は…貴方を 憎んだ…そして……殺してくれることを……互いの死を望んだ………」

先の戦いを思い出したのか、 リンは表情を上げる……だが、リンを見やるレイナの顔には同じように苦みが漂っていた。

「…同じよ。私も……別に憎 かったわけじゃない……ただ、どうしようもない苛立ちにかられただけ……」

戻らない記憶……自身の中に 潜む知らぬ自分………それらがもどかしかった。

決して止まらぬ過去の悪 夢……それらが徐々にレイナを純粋な戦いへと駆り立てていった。

その結果が……アレだっ た………互いに死を求め合う戦いへと変わった………

「でも、私達はお互いに生き 残った………私達に架せられた運命が、そうさせたのかしらね……」

含みのある口調で呟くと、リ ンは自虐的な笑みを浮かべた。

そして、話はインフィニティ をラクスから渡された時へと移る……

「そうか……恐らく、ジャス ティスとエヴォリューションが私とアスランに受領されたから、別の場所へと移されたんだな」

考えてみれば、おかしかっ た……いくら工廠内とはいえ、あの4機はほぼ同時期にロールアウトしたはずなのに別々のハンガーに置かれていたのは、単にジャスティスとエヴォリューショ ンの2機が受領の最終チェックのために別のデッキに移されたのだろう。

それを察したラクスがフリー ダムとインフィニティの警備体制が薄くなると踏んで引き渡したのだろう……そう答えると、ラクスの意外な狡猾さに苦笑する。

だが、そこまできてリンの表 情が一変し、睨むように見やる。

「何故……何故また戦いへと 身を委ねた………?」

鋭いリンの問い掛けに、レイ ナは自嘲気味に笑う。

「………それしかできないか ら……かな」

どこか寂しげに……それでい て自虐的に呟く。

「私には、戦うしか…うう ん……『戦う』ことしか身体が憶えていない……それに……」

多くの血で濡れたこの手で、 今更別の生き方などできない……それを、なにより自分が赦さない……認めない………口には出さなかったが、それを薄々察したリンは憮然とした表情を浮かべ る。

「ラクスがどんな思惑で私に アレを託したかは知らない……だけど私は、自分自身を知るために……そしてなにより、けじめをつけるためにこの戦争に身を置くことに決めた……」

死ぬのはそれからでいい…… 自分自身を知り……そして着けるべき決着をつけ、全てにけじめをつけたうえで自身の戦いに幕を下ろそうとレイナは決意したのだ。

そんなレイナの決意を垣間 見、リンは表情を曇らせる。

「……そう……少し、羨まし いわね…そんな風に考えられて………」

リンは未だ迷いの中にい た……無論、レイナへの憎しみが完全に消えたわけではない。

それでも……今すぐにどうこ うする気にもなれなかった……それに、記憶がない今の姉にそんな感情をぶつけても意味がないと思う。

「……貴方が私の本当の妹か どうか…それさえもはっきりとは解からない……けど、もし記憶を取り戻した後……私が憎いなら……私を殺しても構わない……」

逡巡するリンに向かってレイ ナが言い放つ……その瞳を凝視する……恐怖を感じさせない意志の込められたような透き通った瞳……やがて……何かの結論を出したように一息つくと、顔を上 げる。

「解かった……貴方の記憶が 戻るまで……この戦争が終わるまで、その命は預けておく……心配しなくても背中は護ってあげるわ……私以外の奴に殺されるのは癪だしね……」

その答に、レイナは眼を閉 じ、肩を竦める。

「その言葉……今は信じてお くわ………」

「ええ……姉さん」

含みある口調で告げると、レ イナは踵を返してその場を後にした………

レイナの気配が完全に消えた のを確認すると、リンが顔を上げた。

「いい加減、出てきたら…… 貴方だって解かってる」

虚空に向かって呟くと、崩れ たドアの陰から姿を見せたのは、フィリアであった。

複雑な表情を浮かべるフィリ アに、リンが向き合う。

「お久しぶりね……ノクター ン博士………」

「…そうね。逢うのは6年振 りね……あの事件以来かしら………」

忌まわしい過去を掘り下げる ように、フィリアの顔が苦々しげに変わり、リンもやや表情を険しくする。

「あの子と貴方が……無事に 生きていたのは嬉しい………」

「嬉しい?」

フィリアの言葉を聞いた瞬 間、リンの視線が鋭くなり、睨まれたフィリアは思わず後ずさる。

「ふざけるなっ! あんたに そんな事を言う資格があるのか!? 自分達の都合だけで姉さんを…私を………っ! 今更、罪悪感なんて!」

罵るリンに、フィリアは言い 返そうともせず黙り込む。

「解かっている…貴方達に は、赦されないことをしたわ……ルイ…」

ピクッとリンの眉が吊り上が る。

「その名で呼ぶなっ!」

視線を逸らしながら、俯く フィリアに、リンは吐き捨てる。

「……あんたと…あの女の… ヴィア=ヒビキのおかげで……私は……私は狂ってしまった……ただの、道具であれば……こんな風に…苦しむことなんてなかったのに……っ」

唇を噛み、拳が震える…… フィリアには何も言えない……その苦しみを与えてしまったのは、他ならぬ自分自身なのだから………それが偽善であることも承知で………

「姉さんは…オリジナルはま だ思い出せていない………だけどいつかは眼醒める……記憶とともに…『彼女』が………それを知らず、姉さんは望んでいる……徒労だったのかしらね…貴方や ヴィア=ヒビキのした事も……」

嘲笑するように肩を竦める と、リンはフィリアの横をすり抜けていく。

「安心しなさい……さっきも 言ったけど、この戦争が終わるまで…姉さんの記憶が戻るまでは『本来の私』で在り続けるわ……姉さんの…『レイナ=クズハ』の剣としてね……」

告げ終わると、リンは静かに その場を離れていった。

それを無言のまま、振り返る こともできずただ佇んでいたフィリアは、辛そうに表情を歪めるのであった。

 

 

 

アークエンジェルとポセイド ンが格納されていた秘密ドックでは、なにやら作業員が大勢動き回り、慌しさを醸し出している。

ただの補修作業にしては異常 だ……そう首を傾げているマリュー達の前で、アークエンジェルに隣接していたポセイドンの船体が突如として分割されていく。

コアブリッジを中心に、前後 部のパーツが2つに分割されていく……常識を疑う光景に思わず絶句する。

「おいおい…いったい何が始 まるんだ?」

マリューの隣に立つムウも予 想を遥かに違える事態に首を傾げる。

「あ! エリカさん、これは いったい……?」

作業服のジャケットを羽織っ たエリカの姿を見かけたマリューが声を掛ける。

「あ、ラミアス少佐…これか ら、アークエンジェルの改修作業を始めるんです」

あまり説明になっておらず、 眼を剥くばかりだ。

「アークエンジェルの…改 修………?」

「ええ…説明は、彼にしても らった方がいいかしらね」

頷き返し、エリカが視線を動 かすと、すぐ傍で指示を出していた自分達よりやや年若い青年が気付き、歩み寄ってきた。

マリュー達の前まで歩み寄る と、軽く会釈する。

「TFのキョウ=クズハで す…オーブ軍、SS級1番艦:ポセイドンの艦長です」

手を差し出すと、マリューも やや呆気に取られながら握り返す。

「クズハ……嬢ちゃんの関係 者か?」

ファミリーネームを聞いた瞬 間、ムウが探るような視線を向ける。

「……義理の…妹です」

苦笑を浮かべて答え返すキョ ウに、ムウとマリューは驚愕する。

「レイナさんの…お兄さ ん………?」

そこまで至り、ムウは思い出 した……以前、レイナが訪れた廃屋で見つけた日記に確か、眼前の青年の名が載っていたことに。

「まあ……あ、それより説明 でしたね。アークエンジェルの修理を兼ねて、ポセイドンとのドッキング作業を行い、アークエンジェルの強化改修を行います」

一瞬、耳を疑った……戦艦と 潜水艦をドッキングさせる……普通なら思わないだろう。

「どういうこった?」

「アークエンジェル級は、元 々オーブのイズモ級が基になって開発された特装艦です。そして、ポセイドン…submarine ship、通称SS級は地上におけるMSの運用や物資の運 搬を考慮に入れて開発されたものなんです」

ポセイドンは元々、オーブが 宇宙における連絡艦艇として使用されていたイズモ級を参考に、同時期に開発をスタートしたAA級におけるMSの運用ノウハウを生かし、さらに地上における 各外交において運用される目的で開発された。

オーブ本国で開発されていた ため、アークエンジェルよりも早くにロールアウトし、その処女航海と試験目的も兼ねてTFに引き渡された。

しかし、まだ要領を得ないの か、マリュー達は困惑気味だ。

「SS級は、外部装着型とし てイズモ級の能力向上用に船体が各ブロックごとに分割されやすくなっているんです。ですから、AA級にも一応の応用がきくんで、アークエンジェルにドッキ ングを開始するんです…完了すれば、能力と火力を格段に上昇させることができます」

あまりにスケールの大きな話 に圧倒されたまま作業の程を見詰める。

分割されたポセイドンのパー ツを、見たことのないMSが持ち上げ、アークエンジェルの船体に被せ、ドッキング作業を行う。

「あのMSは? M1に似て いるが……」

ムウの言葉通り、作業を行う 5機のMSは、外観はM1に酷似している。

「アレは、ジャンク屋組合で 開発された作業用MS、MWF−JG70:プロトレイスタです」

「M1に似ているのは、M1 のデータを基にしているからよ。でも凄いわよね…アレって全体の40%近くをジャンクで組み立ててるんだから」

エリカが感嘆したように呟 き、怪訝そうな顔を浮かべてレイスタを見やる。

フォルテがジャンクの再利用 も含めて(材料費をケチったとも言うが……)開発させた、純粋な作業用MSの試作機であり、武装類は一切装備されていない。

MSというのは元々ジョージ =グレンが木星探査船に搭載した船外作業用の人型作業重機であり、本来は作業用に開発されたものだ。そういう意味で考えれば、このレイスタが純粋なMSと いう呼称で呼ぶに相応しいかもしれない。

「艦長!」

その時、整備を行っていた マードックが駆け寄り、マリューはハッと振り向く。

「マードック曹長、どうした の?」

「そ、それが…ち、とにか く、落ち着いて聞いてください!」

首を傾げるマリューに、逆に 落ち着いた方がいいと思わせるマードックが咳き込んで話す。

「わ、解かったから…貴方こ そ落ち着いて話して」

「じ、実は……」

「おおっ、久しぶりだなぁラ ミ坊」

マードックの言葉に被せるよ うに男の声が掛けられ、マリューが振り向くと、信じられないように眼を大きく見開いた。

「タ、タチバナ技術少 佐!!?」

彼らの前に立っていたのは、 作業用のツナギを着込み、作業棒を被ったトウベエ……

「はははっ、今はもうただの 整備屋だ。階級はいらんぞ、ラミ坊」

豪快に笑うトウベエに、マ リューはうまく舌が回らない。

「え、あれ…って、ラミ坊は やめてくださいって…ああ、そうじゃなくて! なんで貴方がここに……!?」

「うん…わしは今、TFに居 るからじゃよ……」

したり顔で答えるトウベエ に、マリューは呆然となる。

「でも、少佐は確か……」

記憶を手繰り寄せる……マ リューやマードックが士官学校時代に、技術を教え込んでくれたのが、当時軍内部で、技術少佐だったトウベエ=タチバナだ。技術研の顧問を兼ね、多くの整備 士達を育て上げた人物だ。

マリューにとって、ハルバー トンにも劣らないほど恩義のある人だ。だが、当時技術部では珍しかった女性士官ということもあり、マリューはトウベエにラミ坊と呼ばれるのだけが唯一の難 だが……

「なに、簡単じゃ……わし も、お前さんらと同じく軍から疎まれたからな……」

やや苦笑を浮かべるトウベ エ……トウベエは、かつてJOSH−A建造の際にサイクロプスの設置に末端ながら加わった。無論、トウベエはアレをまさか軍が本気で使うとは思っていな かった。だが、JOSH−Aが大西洋連邦…ブルーコスモス派の軍人が中心を牛耳るようになると、トウベエはその存在を危険視された。

基地内部の極秘事項を第三者 に漏らす前に粛清されそうになっていたところをなんとか脱走、その後はTFと身を寄せることになったらしい。

話を聞き終えると、マリュー はますますかつて属していた軍への憤りを強め、そして今尚軍にいるハルバートンの身を案じた。

「しかしあのラミ坊が艦長と は……戦略シミュレーションは落第点の奴がね〜〜」

うんうんと頷くが、自身の赤 裸々な過去を語られる方はたまったものではない。

「ちょ! そんな昔のことを 持ち出さないでくださいっ!」

「おやっさん、それぐらい で…説明してくれ」

笑みを噛み殺しているキョウ が嗜めると、了承とばかりに手を振る。

「よっし…じゃあ、説明する ぞ……ポセイドンを5つのパーツに分割し、それをアークエンジェルの船体へと接続する」

説明するように作業が行われ る方角を見上げる。

「だが、ポセイドンの方があ くまで補強材みたいなもんだ。メインの操作は今迄通り、アークエンジェルのブリッジから行えるが、格納庫の拡張と発進カタパルトの変更で、今迄以上の数の MSの整備と格納が行えるし、発進もスムーズになる。そしてポセイドンのエンジンが補助に加わるから、推力もかなり上がる。後は武装の強化だな」

説明を終えると、改めてその 改修の大きさに圧倒されたように改修されていくアークエンジェルを見上げる。

「おやっさん、改修が完了す るのは?」

「まあ、早くて明日の夜明け だな……あちらさんがそれまで動かないでいてくれるとありがたいんじゃが……」

苦い口調で言葉を濁す……そ う、地球軍の艦艇は未だ領海ギリギリの海域に留まり続けている。

またいつ、侵攻が再開されて もおかしくない……マリューらの表情も曇る。

「取り敢えず、今はできるこ とを進めよう……おやっさん、よろしくお願いします」

気を晴らすようにキョウが声 を掛けると、トウベエが笑みを浮かべて頷き返す。

「おっし! 任せておけ… マードック、おめえも手伝え!」

「へい!」

マードックを引き連れ、トウ ベエは作業に戻っていく。

それを見送ると、キョウがマ リューに向き直る。

「ラミアス少佐…アークエン ジェルの改修、勝手に決めて申し訳ない……」

済まなさそうに頭を下げる キョウに、マリューは慌てたように手を振る。

「い、いえ…こちらとして も、艦の能力が上がるのは………」

「そう言ってもらえるとあり がたい……勝手を承知だが、改修後はメインブリッジはアークエンジェルのブリッジに移行する。そこで、自分と後数名をブリッジクルーに加えてもらえないだ ろうか? 艦長は勿論、貴方だ」

その提案に、マリューは面を 喰らったように言葉を詰まらせる。確かに、人員の不足は否めない……だが……と、マリューの懸念を口にしたのムウだった。

「あんた達の好意はありがた い……だが、信じていいのか?」

射抜くような視線を向ける が、それに臆することもせず、ジッと凝視したままだ。

「……ええ」

強く頷き返す……その真正面 から見据える強さが、レイナと被る。

この辺は流石兄妹と言うだけ あるな…と、ムウは内心で苦笑を浮かべた。

「解かった……頼むぜ」

「貴方には、CICの指揮官 に……副長の任に就いてもらいます」

「了解しました」

キョウとマリューが、ガッチ リと握手を交わすのであった。

その光景を、様子を見に来た レイナが遠くから視界に収めると、キョウに尋ねようと思っていたことを後回しにし、軽く溜め息をつくと、踵を返してその場を後にするのであった。




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