レイナが工場区内を歩いてい ると、仮設医療テントの一画から怒鳴り声が響いてきた。

首を傾げ、不審げに近付く と、テント内では一人の少年が手当てをしている看護兵に噛み付いている。

「だから、あんたらの世話に なんかならないっ!」

手当てをしようとしている看 護兵の手を払いのけ、少年が歯噛みしながら怒りを携えた瞳を浮かべている。

その傍らには、不安げに見詰 める小さな女の子の姿……見覚えのある姿にレイナが記憶を逡巡する……そこで思い至ったのか、手をポンと叩いた。

「あの時の……」

確か、あの時ウォルフとの戦 闘でゲイルが攻撃しようとした民間人だ……あの時、何人かが犠牲になったと思うと、後味が悪かった。

「おい、何の騒ぎだ!」

そこへ、騒ぎを聞きつけたカ ガリがキサカを伴って怒鳴り込んできた。

「何だよ、あんた!」

「お前こそ何だ! 怪我して るじゃないか! 早く手当てしないと……」

怒鳴り返すように叫ぶと、少 年:シン=アスカは睨むような視線を向け、カガリは思わず萎縮する。

「あんた達のせいで……あん た達のせいで俺達の両親が死んだんだっ!!」

絶叫するような告白に、その 周囲だけがシンと静まり返る。

「なっ……」

「あんた達がこのオーブに戦 争を引き寄せたんだろうがっ! あんたらのトップのアスハがっ!」

絶句していたカガリだった が、その言葉が父への暴言に聞こえ、表情が怒りに染まる。

「お前……っ! お父様 を……!」

「お父様…あんた、アスハの 娘か……ならちょうどいい! あんたの父に……ウズミ=ナラ=アスハに会わせろ!!」

さらに激昂しそうになるカガ リを、キサカが制する。

「カガリ!……すまないが、 ウズミ様に逢わせるわけには……」

「逢わせてあげればいいじゃ ない」

押し留めようとしたキサカの 言葉を遮るように響くレイナの声に、振り向く。

「その子もオーブの人間で しょ……なら、逢って話すなり文句を言うなりの権利はあるはずよ」

「レイナ! けど……」

渋るカガリに、レイナがジロ リと睨む。その眼にやや気圧され、言葉を呑み込む。

レイナは無言のまま、唖然と なっているシンを見やる。

その隣では、妹のマユが不安 そうに腕を掴んでいる。

「……カガリ、責任者っての は責任を取るためにいるのよ。アスハ代表自身が決めたなら、それに対して国民の反感を買うことも当然承知していたはずよ。なら、逢わせなければならな い……父親を弁護したいのは解かるけど、アスハ代表の信念が誰にとっても正しいとは思わないことね」

そう嗜められると、カガリは やや愕然とした表情で佇む……キサカも苦々しい表情だが、何も言わない。カガリには気の毒だが、一方的な物の見方をされても困る。

「じゃ、行きましょう か……」

レイナが促すと、シンとマユ は未だ呆然とレイナを見詰め、怪訝そうに首を傾げる。

「あ、あの……以前、逢いま せんでした……?」

おずおずとシンが問い掛ける が、レイナは首を振る。

「初対面よ……一つだけ訊か せて。貴方、避難し遅れてここに収容されたの?」

促し、司令部までの道すがら に尋ねる。

少なくとも、ほとんどの避難 は完了していると思っていた。あの戦闘で庇った避難船は最後の一便であり、開戦直前までモルゲンレーテや交通機関の作業に当たっていた者達だけのはずだ。

すると、シンは戸惑いながら も語り出した……黒いMSのパイロットから逃げろと言われ…それは自分で言った言葉だとレイナは思い至った……そして、なんとか避難船のもとまで降りてき たところで、避難船を庇っているインフィニティを助けようと思い、近くで倒れていたM1に乗り込み、そのまま無我夢中で戦闘に介入したこと。

話を聞き終えると、レイナは やや驚愕したように眼を顰め、同行しているカガリも驚きに眼を見張った。

生きるためにとはいえ、初め て乗ったMSで戦闘をしてみせたのか……そこから導かれる結論……

「貴方…コーディネイ ター?」

そう問い掛けると、シンが頷 き、一世代目のコーディネイターであることを告げる。

「そう……着いたわ」

レイナが顔を上げると、そこ に司令部の横にある指揮官用の控え室……確か、ウズミは戦果を見て回るために現在オノゴノ島を訪れているはずだ。

カガリが不安げな表情だった が、レイナが今一度シンを見やる。

「いい?」

確認を取るように問い掛ける と、シンは戸惑いながらも頷き返す。

レイナが振り向き、控え室の ドアを開く。

入室すると、そこにはウズミ と報告に来ていたグランの姿があった。

「ん? 何だ? ここは部外 者の立ち入りは禁止だぞ」

やや顰め面で注意するグラン に、レイナが手を振る。

「お客様よ…アスハ代表、貴 方にね」

意味ありげに視線を向ける と、レイナは背後にいたシンを前へと引っ張り出した。

前へと押し出されたシンだっ たが、ウズミと向き合った瞬間…意気込んでいた怒りがやや尻込みしてしまう。

仮にも、遂今朝方までは眼前 の人物の治める国の在り方に疑問を抱いていなかったのだから……

そんな兄を不安そうに見詰め るマユは、レイナの手を取って握り締める……その姿に微笑を浮かべ、眼で大丈夫と伝えると、マユは不安な面持ちながらもシンに視線を戻す。

対峙するシンに見覚えがあっ たグランは、眉を顰める。

「お前は……確か、M1に 乗っていた小僧か……」

グランの言葉にビクッとする が、やがて怒りを取り戻してきたのか、シンの視線が鋭くなり、表情を険しくするグランだったが、それをウズミが制した。

「君は……名は何と言 う………?」

深い口調で問われると、シン は低い声で答え返す。

「シン…アスカ………」

「アスカ……確か、モルゲン レーテの社員にアスカという者がいたな…君は………」

「そうさ! 俺はその息子だ よ! あんたに殺されたアスカの息子だよ!」

叫び上げるシン……だが、ウ ズミはそれをジッと見詰める。

「あんたの…あんたが地球軍 と戦う選択をして、その巻き添えをくって、俺達の両親は死んだんだっ!!」

「小僧、口が過ぎるぞ」

グランが低い声で嗜めようと するが、ウズミは首を振る。

「よい……彼には私を罵倒す る権利がある」

静かな物言いで呟くウズミ に、カガリが思わず叫ぶ。

「お父様!」

「カガリ」

だが、そんなカガリの思惑も 察してか、視線で黙らせると、肩で息をしているシンに視線を戻す。そして、小さく頭を下げた。

「……すまない」

自分が住んでいた国の国家元 首が頭を下げたことに、シンは冷水を掛けられたように息を呑んだ。

「無論、謝罪して許されると は思っていない……私の信念に、国民を巻き込んでしまったのは事実なのだからな……」

ウズミとて、自分の信念が全 てに通るとは思っていない。国民の中には、やむを得ぬ理由でオーブに移住した者もいるだろう。

そして、自分の信念を国民達 に押し付けてしまっているのではないかと考えたこともあった。

「だが、これだけは解かって ほしい……私は、ただ世界の流れに国を…国民を委ねたくはなかった……君達には、苦渋の選択を与えたと思う。だが、ナチュラルとコーディネイターが互いに 滅ぼし合おうとしている未来を選ぶことは、私にはできない」

意志が込められた瞳と口調で 説かれた信念に、シンは呆然と聞き入る。

そうだ……自分の両親もま た、そんなウズミの在り方に賛同してこのオーブに暮らすことを誇りとしていた…だからこそ、父は最後まで己の職務に臨んだのだ。

「……今すぐに理解してくれ るとは私も思わない。だが、君がオーブの国民であることを誇りとしてくれるのが、私の願いだ。今すぐに本国からの脱出便を用意しよう。私には、それしかで きぬ」

真摯な様子で、自分達のため にできる限りの手段を取ろうとするウズミに、シンは唇を噛む。恨むなというのは無理だが、それでも眼前の人物の大きさに怒りの方向が変わる。

冷静に考えてみれば、ウズミ の取った手段も仕方ないと思える……もし地球軍に屈していれば、コーディネイターの自分自身は…いや、オーブに住むコーディネイター達は一人残らず駆逐さ れた可能性もある。

「グラン二佐、すぐに手配 を……」

「待ってくれ!」

ウズミの言葉を遮って、シン が声を掛ける。

「……俺も、あんたらと戦わ せてくれ!」

その言葉に、ウズミが表情を 顰め、グランは怪訝そうになる。レイナもやや眼を細め、カガリらも驚愕している。

「正直、あんたを赦せないっ て気持ちはある……だが、両親を殺したのは地球軍だ…だから、俺も戦う!」

「小僧! 何を言っているの か解かっているのか!?」

怒りの暴走と取ったグランが 怒鳴るが、それでもシンは怯まない。

「勿論解かってるさ! だか らさ!」

引こうとしないシンに、グラ ンがさらに怒鳴ろうとするより早くウズミが話し掛ける。

「……君の怒りは解かる。だ が、その若さで戦場へ身を投じるというのは私も賛同しかねる……君は、人を殺す覚悟があるのか? その道をゆく覚悟があるのか? 半端な感情の暴走は、身 を滅ぼすぞ」

ウズミの叱咤に、やや気圧さ れたようにシンは言葉を呑むが……それでも決意は変わらない。

両親を殺した真紅の機体…… そして白とピンクの機体………それらが脳裏を駆け巡る。

「この子はどうするの?」

後ろから掛かった声に、シン が振り返ると、マユが不安げにこちらを見ていることに気付く。

「貴方が今迄の平和な生活を 失ったというのは解かる…けど、この子を置いて戦場へと行くの? 貴方にとってこの子を護ることの方が大切なことじゃないの? 復讐を言い訳にこの子への 責任を放棄するの、貴方は?」

責めるような口調に、シンは 一度俯く……そして、再び面を上げると、済まなさそうにマユを見やった。

「マユ……俺は、どうしても 赦せないんだ…父さんや母さん……俺達の平和な家庭を奪ったあいつらを……それに…俺はもう一度戦ったんだ……だから……ごめんっ」

頭を下げる兄の姿に、マユは 眼に涙を浮かべて…やがて首を振る。

「お兄ちゃんの気持ちは解か るよ……マユだって…マユだって悲しいよ。だから、私は止めない……だけど、復讐のために戦うのだけは止めて!」

懇願するように叫ぶマユに、 シンは口を噤む。

すすり泣いているマユの頭を 優しく撫でると、レイナはその視線をシンへと向ける。

「どうしても……戦うという の?」

探るような視線を向ける…… 左程年の離れていない少女がそんな視線を向けることにシンは僅かに戸惑う。

「なら……復讐のためじゃな く、この子を護るために戦えばいい……復讐だけに走っても、後が虚しくなるだけよ」

自身の苦い体験を思い出した のか、語尾が切なげに響き、苦笑を浮かべる。

「護る……?」

「そう……ここで戦っている 連中は、皆護るために戦っている……私が言えた義理じゃないけど、護る力は復讐の力よりも強い………」

締め括ると、視線をずらして ウズミへと向ける。

「……よいのだな?」

ウズミの最後の問い掛け に……逡巡していたシンは振り返り……やや間をおいて頷いた。

「解かった……そこまで決意 が固いのなら、君の意志を尊重しよう」

「しかし、ウズミ様……」

尚も食い下がろうとするグラ ンに、ウズミが首を振る。

「彼自身が決めたことだ…… もはや私には口を挟む資格などないよ…それに、私は彼に対してできるかぎりのことをせねばならない……」

頑ななウズミの意思に、グラ ンは諦めたように溜め息をついた。

「しかし、戦うといわれまし ても……MSに空きはありませんし……というよりも、勢いだけでMSに乗るような者に大事な機体を任せるわけにはまいりません……かといって、本部のオペ レートも歩兵の真似事もできないでしょうし………」

れっきとした軍隊であるオー ブの正規軍に民間人をいきなり編入して足並みを乱すわけにはいかない……懸念を口にするグランだったが、その時声が掛かった。

「なら、MSをこちらで用意 しよう」

その声に振り返ると……そこ にはキョウが佇んでいた。

「キョウ…あんたいつか ら………」

「まあ、ある程度最初か ら……」

苦笑を浮かべながら入室する と、キョウはシンを見やる……見知らぬ人物の登場にシンは警戒した面持ちを浮かべる。

「シン=アスカ君…だった ね?」

「あ、ああ」

「君は、MSに乗って戦える か? MSで前線に出るということは、死の可能性がグッと高くなる……少しでも恐怖すれば、死が待っている………それでも、戦えるか?」

脅すように迫る……甘い認識 で戦場に出ても早死にするだけだ……シンは恐怖を振り払うようにキョウに嘆願する。

「解かってる! 俺は絶対に 死なない! マユを遺して絶対に死ねないんだっ!!」

ハッキリとした口調でそう言 い切ったシンに、キョウは微笑を浮かべて肩を竦めた。

シンの姿に、自分を重ねたの かもしれない……

「解かった……じゃあ、俺に 付いて来てくれ。君にMSを一機任せる……それと、妹さんは僕が責任をもって預かる」

キョウが促すと、シンが後を 追い……不安げな表情を浮かべていたマユの手を引き、レイナが続いた。

退室していくと、カガリがや や表情を曇らせて近付く。

「お父様……」

「情けない声を出すな…指導 者である以上、国民の怒りを受けることも必要なのだ」

情けない表情を浮かべるカガ リを諌めるようにウズミが言葉を掛ける。

「でも……」

それでもまだ納得できないの か、カガリが言い募る。

「お前もいずれ解かる時がく る……自身の意見だけに縛られてはならん……時にはそれによって引き起こされた過ちを認め、それを受け止めていかねばならぬ……よいな」

ウズミの言葉に渋々頷くカガ リの頭を撫でながら、ウズミは今一度入口の方を見やる。

(キラ…カガリ……シン…シ ルフィ……そしてレイナとリン………これ程までに互いに引き寄せあうとは……運命の導きか……)

苦い表情を浮かべるウズミ を、カガリは怪訝そうに見上げていた。

 

 

 

 

オーブ領海線上に待機する連 合艦隊……

先の戦闘で損失した部隊の補 充と補給を兼ねて近隣から新たに艦隊が編成され、戦闘機隊やMSが数多く備えられ、着実と再侵攻の準備を進めていた。

「後どのくらいですか? 諸 々の準備が整うのは?」

陽気な調子でブリッジを我が 物顔で横行するアズラエルに、ダーレスは憮然としたままだ。

「降伏勧告をしてもよいので はないですかな? あちらとて疲弊し切っている」

ダーレスとしてはこれ以上部 下を死なせるのは忍びない……本来ならオーブが降伏してくれた方が歓迎すべきものだろうが、アズラエルは軽薄そうに手を振る。

「あーもうダメダメです、そ んなの。この戦力で攻めて制圧できなかった国ですよ? 危険だったらありゃしない」

したり顔で笑い、ダーレスの 顔を覗き込んで躊躇うことなくあっさりと言い捨てる。

「……消えてもらった方が後 のためでしょ?」

明らかに自己本位で一国の命 運を事も無げに決めてしまうその飄々とした態度に、憤りを隠せない。

できるのならこの場で殴り倒 してやりたい気分であったが、それをなんとか抑え込んで皮肉を込めて憮然と言い放った。

「こちらの準備は間もなく終 わる。問題なのは、そちらではないのかね?」

「おや? これは失礼」

だが、アズラエルは肩を竦め たが、ダーレスの怒りなどまったく感じていないようだ。

「では、早々に再開といきま しょうか……お仕置きももう充分でしょうし」

フフンと鼻を鳴らすその態度 が気に喰わなく、ダーレスは表情を顰める。

アズラエルの言う『お仕置 き』の意味もまったく解からない……というよりも、あの6機のGとパイロットは全てアズラエルの管轄下にあり、こちらからは一切の干渉を禁じられている。

実態がまったく解からない が、聞いたところで嫌悪すると思うからだ。だが、そんな横柄な態度のダーレスに対し、アズラエルは愉悦を思わせる笑みを浮かべて呟いた。

「いくらテストとはいえ、今 度こそしっかり働いてもらわないと…デモンストレーションにもなりゃしない」

興味を優先させるアズラエル にとって、ダーレスの怒りなどどうでもいいのだろう。

 

 

パウエルの一画……白衣を着 た研究員が見下ろす中、治療室のような一室の中では、オルガ、クロト、シャニの3人が放置されてた。

治療室からは、医薬品の棚や 医療器具は移動させられ、天井からの白い照明と簡易ベッドしかない。禁断症状に陥った彼らが壊し、またそれを使って自殺しないためだ。

オルガは壁に何度も頭を叩き 付け、シャニは眼を見開きながら痙攣し、クロトはベッドに縋り付いて涙と涎を垂らしている。

この3人には、コーディネイ ターの強靭な能力に対抗するために幾度に渡って肉体改造を施し、またγグリフェプタンという特殊な能力強化用の薬を定期的に投与され、コーディネイターに も劣らぬ反射神経と肉体能力を得て、MSを駆ることによって快楽を得られるように刷り込まれている。

先の戦闘では、今迄に経験し た模擬戦以上の快楽とストレスを齎した……無理もない。

彼らが今迄対戦した相手は確 かに攻撃のいい演習にはなったが、反撃はまったくしてこない相手だったのだから……よって、薬の効果が思ったほど持続しなかった。

隔離された3人を見下ろす研 究員の中に混じってウォルフがやや不満げに見詰めていた。

「もう少し好き勝手な動きを 抑制できないのか? こっちまで撃たれたんじゃたまらんしな……かといって潰すとおっかないしな」

飄々とした態度で呟くと、研 究員達はこぞって顔を顰める。

確かに問題が大有りのブース テッド計画だが、それでも自分達の研究成果を非難されたり、壊されたりしてはたまらない。

そんな研究員の不快も無視 し、ウォルフは肩を竦めながら、醜態を晒す3人を見下ろすのであった。

 

同じ頃、パウエルの一室で は、アディンが無表情のまま窓から見えるオーブを見詰めていた。

何かを考えるのではなく…… いや、考えるという概念を既に壊されているのだ。

だが、彼にはオルガ達3人と 違って薬は必要ない……彼の脳裏を掠めるのは自分の前に立ち塞がった2機の漆黒の機体……あの機体がどうしても頭から離れない。

アディンは気付いていな い……それが、徐々に失われていた感情と思考を取り戻し始めていることに………

そんなアディンを後ろから静 かに見詰めるイリューシアは、僅かに眼を細めるのであった。

 

 

パウエルとは違うもう一つの 連合艦の一つ……格納庫に固定された3体のストライククラッシャーとロングダガー……その壁際に設置されたキャットウォークでワイズが荒れていた。

「くっそぉぉ! せっかく燃 えてたのに水を差しやがってぇぇぇ!!!」

先の戦闘で互角の攻防を繰り 広げたM1を思い浮かべ、また中途半端な状態で引き上げさせられたので、かなりフラストレーションを溜めていた。

撤退せねば、集中砲火を浴び ていた可能性もあるというのに、戦い以外には頭が働かないのが難だと隣で壁に身を預け、愛用の銃を磨いているクルツは顔を顰める。

「騒ぐな……じきに戦闘は開 始される……それと、叫びたいんだったらデッキで叫べ…こんな所で大声を出すな……迷惑だ」

ただでさえ声が反響する格納 庫……特にワイズは声が大きく、木霊する叫びが耳鳴りを起こすので、ウンザリしている…コンビを組んで長いが、こればかりは慣れない。

「ははっ、そりゃ悪かった な! ところでカミュの奴はどうした?」

だが、クルツの叱咤も聞こえ ていないのか、相変わらずの大声に溜め息をつき、疲れた様子で答え返した。

「カミュなら、あのお嬢さん のとこだ」

淡白に答え返し、頭をくいっ と動かして差すのであった。

 

同艦の一室……薄暗い室内に は機器が犇き合い、電子音とランプが部屋を照らしている。

その中央には、周囲の機器か ら延びる太いパイプのようなコードに繋がったドーム状のカプセルがあり、その中には静かに眠るステラの姿があった。

身を小さく抱え込み、カプセ ル内のベッドで眠る姿は戦闘時とは別人のようにあどけなく安らぎに満ちた表情を浮かべている。

そんなカプセルからやや離れ た位置に備えられた通信機に向かってカミュが背を向けて座っていた。

光の灯るモニターには、黒い 仮面を被った男が映し出されている。

《それで……どうなんだ、彼 女の方は?》

仮面の男が軽い口調で問う が、カミュは微笑を浮かべる。

「今は、夢の中ですよ……こ こからでも見えるその寝顔は可憐ですよ」

揶揄するような笑みを浮か べ、僅かに振り返り、カプセルに蹲るステラの寝顔を見やる。

「ですが……何かある度に揺 り籠に戻さなければならないというのは些か問題があると思いますが……私は子守りを任された覚えはないのですがね……」

その言葉に、仮面の男は苦笑 を浮かべる。

《仕方がないさ……まだまだ 試行錯誤の段階だしな。ジブリールもそれは承知の上さ……》

飄々とした態度で答える男 に、カミュは軽く溜め息をつく。

「……しかし、ブロックワー ドだけでなくそれに準じるシチュエーションにも反応が敏感すぎるのでは……」

《今回の参加はあまりに急 だったからな……かといって研究所に戻して調整する時間はないしな……オーブが陥ちれば舞台は宇宙だ。俺もまた宇宙へと上がりゃならんし……まったく、面 倒ごとを押し付けてくれるよ》

ヤレヤレと言わんばかりに肩 を落とす。

「早計ですね……では、我々 もですか?」

《ああ…君らも宇宙へと上 がってもらう……勿論、料金は割り増しすると言っていた。女の世話はできないがな》

「ご心配なく……今の我々の お相手はいるので………」

冗談めかした口調に滑らかに 答えつつ、カミュは通信を切った。

「やれやれ……面倒はキライ なのだが……まあ、仕方ないか……」

軽く愚痴をこぼしながら、視 線をステラへと改めて向ける。

「美しき獣のお姫様……君が 見る夢はどんなものなのかな………?」

口元を薄く歪めるカミュ…… ステラの閉じられた瞳から僅かに零れた雫に気付かなかった……

 

 

 

軍本部からキョウに案内され ていた一同は、そのままアークエンジェルの改修が行われているドックに入り、整備士が何人も入り乱れ、また怒号が飛び交う中を呆気に取られながら、ドック 横に仮設されたMSの整備工場に足を踏み入れた。

そこには、ポセイドンの艦内 から運び出されたMSが一斉に整備を受けている。

中には、ストライク、バス ターも含まれ、その隣にはブリッツビルガーとシグー、ゾノやグーンなどが急ピッチで整備を進められており、かなりの騒動になっている。

キョウはその中で目的の人物 を探す。

「あ…おやっさん!」

先程、ここに移ったというト ウベエの姿を見つけ、キョウが声を掛けると、油で汚れた顔を拭いながらトウベエが振り向く。

「おう…どうした大将?」

「いや……おやっさん、確か 前にMSを一機搬入してましたよね?」

「ああ…パイロットが決まら ずそのままだが……それがどうかしたのか?」

首を傾げるトウベエに、キョ ウは連れていたシンを紹介する。

「彼に……そのMSを預けて もらえませんか?」

「ああん?」

流石のトウベエも怪訝そうに 表情を歪める。

「って、こいつあまだ小僧 じゃねえか……MSの操縦なんてできるのか?」

もっともな質問をぶつける と、キョウは苦笑を浮かべ、シンはやや憮然とした表情を浮かべる。

「やってやるさ! 俺には、 戦って護らなきゃならないものがあるんだっ!」

噛み付くシンに、トウベエは 別段驚きもせず豪快に笑う。

「はははっ、気概だけは一人 前だな……いいのか?」

目配せすると、キョウが頷い たので、トウベエはヤレヤレと肩を竦めて顎をしゃくる。

「きな」

簡素に伝えると、先頭で歩き 出す……そして、仮設工場の一画に固定されたMSが眼に入った。

「アレは……地球軍 の……?」

その形状を見たレイナが思わ ず呟いた。

ハンガーに固定されているの は、カラーリングと細部の形状こそ違うが、地球軍のダガーに酷似した機体だった。

「おう……あいつは今朝方攻 め込んできた連合軍の量産機:ストライクダガーの別系統の機体だ。機体形式番号はGAT−01A1で、コードネームは105ダガーって呼ばれてたっけな」

全身を白く塗装されたトリコ ロールカラーのMS……戦時簡易生産型のストライクダガーと違い、ストライクの性能を受け継いだ本来の後継機に当たる機体だが、そのコストから未だ量産体 制には移行していないMS。

「……んで? どういう経緯 でこれを手に入れたのかしら? 少なくとも正規ルートじゃないでしょ?」

「当たり前じゃ……まあ、大 西洋連邦の補給ルートの一画にちょいと情報を改竄してな」

さも当然とばかりに横流しし たことを堂々と語るトウベエに、感心していいのか呆れていいのか解からずに一同は乾いた笑みを浮かべる。

「おおっと、話が逸れた な……こいつには、X105と同じく換装機能が備わっているから、様々な局面に対応できる。汎用性の高さは保証する…それと、OSにパイロット補助用の AIを組み込んでおいた。お前さん、こいつを使え」

だが、言われてシンは戸惑っ た……確かにMSを貸してくれるのは嬉しいが、それでもこれは地球軍製……言わば、仇と称する陣営のMSだ。

そんな機体に乗ることに困惑 しないわけにはいかない……だが、そんなシンの葛藤を感じ取ったのか、トウベエがやや眉を顰めて振り返る。

「何じゃ……対立している陣 営の機体だから気に入らんのか?」

答えはしないものの、無言で 答える。

肯定を意味してると悟り、ト ウベエは溜め息をつき、肩を落とす。

「おめえ、護るために戦うん だろ……だったら生き残るために性能のいい機体に乗った方がいいに決まってるだろうが! くだらないこだわりで命捨てる気か!」

そう怒鳴られ、シンはハッと 身を硬直させる。

「アスカ君……戸惑うのは解 かるが、このMS自体に罪があるわけじゃない……MSも機械なんだ…それをどう扱うかだ。おやっさんの言うとおり、少しでも生還率が高い機体に乗った方が いい」

キョウにそう論され……シン は未だ困惑しながらも、ダガーを見上げる。

キョウやトウベエの言うとお りだ……たとえMSが何であれ、機械は機械…それ自体に罪はない……全ては扱う者次第なのだ……

「解かりました……この MS、ありがたく使わせてもらいます」

憮然とした表情のまま、シン が頷くと、その背中をトウベエが叩いた。

「よぉっし! よく言った!  それでこそ男だ!!」

あまりに強く叩かれたせい か、シンは咳き込み、それどころではない。

「んじゃあ早速機体調整をし てもらわなきゃな! こい、坊主!」

高らかに笑い上げながら、シ ンはトウベエに引っ張られていった。

その強引さに呆れたのか、レ イナは溜め息をつく。

「……で、この子はどうする の?」

先程から手を繋いでいるマユ のことを尋ね返す。キョウはそれに対し、考える仕草を浮かべながらマユを覗き込む。

「本当なら、戦場から離すべ きなんだろうが……それじゃあこの子も彼も互いに不安だろうしな……彼女にはアークエンジェルに乗ってもらおう…居住区にはあまりがある」

キョウはマユを改修が進んで いるアークエンジェルに乗せるつもりでいた…居住区はその性質上、艦内の強固なブロックに置かれているため、被弾時の影響が少ない。

だがそれでも、戦場へと連れ ていくのは危険が伴う。

「護るために戦う……彼の手 の届く範囲に置いてあげた方がいい」

相変わらず打算的というか… 世話焼きというか……変わらない義兄の様子に頭を掻く。

「まあ、それならいいか…後 方支援ぐらいなら………」

諦めたように握っていたマユ の手を離し、その手をキョウへと預ける。

マユは不安そうにレイナを見 上げるが、レイナは屈み込んで微笑を浮かべる。

「この人が後は案内してくれ るわ……必要なものがあったら遠慮なくこき使ってやって…あと、変なことされたら私に言いなさいね?」

あまりに扱き下ろされ、キョ ウが引き攣った笑みを浮かべる。

「じゃ……」

軽く頭を撫でると、レイナは 気分を落ち着けようと地上部へと向かって歩み出した。

 

 

MSの整備が進められる中、 アスランはコンテナに凭れ掛かり、作業を手伝うキラを見上げていた。

逡巡していると、そこへリン が歩み寄ってきた。

「リン……」

「ん?」

「あ、いや……その…」

アスランの言いたいことを理 解したのか、リンは苦笑を浮かべて答えた。

「私の方の話は終わった…… そっちは…取り敢えずといったところか」

視線を移し、作業を行うキラ を見やると……その視線に気付いたキラがこちらを振り向き…数秒リンを凝視すると、やがて軽く赤くなって表情を逸らした。

その様子に怪訝そうな表情を 浮かべる。

「どうした?」

「いや……なんでも……」

あの表情が引っ掛かったが、 恐らくそれは自分に対してはないだろう……一息つくと、リンはアスランに視線を戻す。

「それで……アスランはどう するの?」

唐突な問い掛けに、疑念を浮 かべて首を傾げる。

「ザラ議長の命令…忘れた の?」

その言葉に、ハッと思い出し たように身を強張らせる……そう、自分達が請け負った任務は、強奪されたフリーダムとインフィニティの奪還…そしてパイロットとそれに関わった全ての排 除……だが、とアスランは思い悩む。

確かに軍人である以上、それ を遂行しなければならない……だが、ラクスの言葉がアスランの考えを思い止まらせる。

今この場にいる者達は皆、勝 つためではなく大切なものを護るために戦っているのだ……かつての自分もそうであったはずなのに……立場は変わらないはずなのに、アスランは今の自分に軽 い自己嫌悪を抱き始めていた。

「迷ってるか……ま、当然 か」

責めるのでもなく、淡々と呟 くリンに、アスランは逆に問い返す。

「リンはどう思ってるん だ?」

「私?……まあ、確かに排除 するだけなら簡単よ……だけど私は、ザラ議長の人形になった覚えはない……私は自分の意思で行動する……それに……」

元々、ザフトの大義などどう でもよかったのだ……と、口に出しそうになった本音を呑み込んだ。

「それより……そこで聞き耳 を立ててるお姫さん、盗み聞きはどうかと思うけど」

その言葉にハッとしたように 振り返ると、そこには気まずげにカガリがコンテナの陰から顔を出した。

「べ、別に…盗み聞きしてた わけじゃ……」

「あ、そう……何があったか は知らないけど、落ち込んだ表情であまり出歩かない方がいいんじゃない? 貴方の立場上」

そう揶揄されると、カガリは 慌てて眼元を拭う。

その様子に苦笑を浮かべる と、リンは身を翻す。

「お、おい待てよ!」

呼び止めに歩みを止め、首だ け振り返る。

「その……お前、レイナのこ と…もういいんだろ? 戦わなくてもいいんだろ?」

できるだけ明るく振舞いなが ら尋ねてくる……カガリからしてみれば、レイナとリンの関係も不安の種なのだ。

だが、リンは苦笑を浮かべ る。

「まあ……確かに戦う必要は なくなったわ……当分はね」

「え……?」

「言葉通りよ……今は戦う必 要がなくなっただけ……その先のことが解からないけどね」

一瞬呆気に取られたカガリに もう一度答えると、再び踵を返す。

「とにかく…これ以上、余計 なお節介はやめて……前にも言ったけど、これは私達の問題なんだから……じゃあアスラン、そのお転婆の相手は任せたわよ」

「だ、誰がお転婆だ!」

レイナと同じく毒舌するリン に同じように叫び上げるカガリに、軽く笑みを浮かべながらリンは歩き去っていった。

愚痴りながら地団太を踏むカ ガリに、アスランは笑みを噛み殺す。

「何だよ、笑うなよ!!」

頬を膨らませて詰め寄るカガ リに、アスランは先の無人島での一件を思い出し、笑いが止まらなかった。

「いや失礼……それより、お 前こそここで何をしてたんだ?」

「な、何って……そ、そう!  お前の見張りだよ!!」

上擦った口調で答えるカガリ に、アスランはまたもや苦笑を浮かべて視線を逸らす。

カガリも憮然としたままコン テナに背を預ける。

暫し無言が続くと……唐突に カガリが口を開いた。

「よかったな……」

首を傾げ、カガリをの方を見 やると、カガリは表情を緩める。

「……キラが生きてて」

ふと、虚を衝かれたように言 葉に詰まるが…やがてぎこちなく笑みを浮かべる。

「ああ……あの時……俺は礼 も言わなかったな………」

思えば、あの時自分を罵倒し たのはこの少女だけだったな…と改めて思う。そして、変に心配してくる奴だと未だに思う。

「言ったさ…一応な」

意味ありげに笑うカガリだ が、アスランはその時のことをよく思い出せない。

ただ何もかもに放心してい て……キラを殺してしまったと思っていた自分を叱りつけ、また崩れそうになっていた心を繋ぎとめてくれたのも彼女だった。

生きて足掻くこと……それが 償いだと……確かに、そう捉えることも正しいかもしれない。

殺されたから殺し返すという 連鎖を繋ぐ戦争という名の呪縛……それを断ち切るために………

「キラ、変わったろ?」

どこか賞賛するように呟くカ ガリに、アスランは今一度整備を手伝うキラの姿を見やる……だが、微かに微笑んで被りを振る。

「いいや……やっぱりあいつ だよ………」

カガリは不満げに頬を膨らま せるが……アスランは思う。

確かに表面的には変わったか もしれない……だが内面は変わっていない……泣き虫で甘ったれで……そのくせ強情で頑固な部分は変わっていない。

徐に身を起こし、歩き出すア スランをカガリが慌てて呼び止める。

「お、おい…えっと……お 前、どうするんだ、これから……?」

カガリも不安だった……アス ランは未だザフトの所属……それがこのままオーブに留まっていれば立場がまずくなると思うのも当然だった。

だが、カガリの懸念をアスラ ンも悩んでいたらしく、表情を俯かせる。

「解からない……」

「またかよ」

前に聞いた答と同じことに呆 れたように溜め息をつく。アスランは心外なと思ったが、それでも否定はできなかった。

望んでいたキラとの話し合 い……そして、キラは答を見つけて道を進んでいる……だが、自分の道はまだはっきりと見えてはいない。

「だが、もう答は出ているの かもしれない………」

何気にポツリと呟く……そ う、道はおぼろげながら見えている……ただ………

「苦しいがな……」

父の顔を思い出し、苦々しい 表情を浮かべてアスランは離れていった……

 

 

 

夜明けも近くなった深夜…… レイナは夜風が当たるモルゲンレーテの最上部のヘリポートを訪れていた。

赤道直下とはいえ、それでも 涼しい風が髪を靡かせる。

微かに掻き上げると、そのま まヘリポートの端にまで移動する。手すりが崩れ落ち、数十メートルという高さの端に脚を投げ出し、腰掛ける。

見渡せるのは、廃墟と化した 街並み……昨日までは煌びやかさを誇っていた面影はどこにもない……だが、地上の光が消え……夜空に輝く星は一際強く輝いていた。

「人の作り出した星が消えた だけで空の星が綺麗に見えるなんて……皮肉なものね」

苦笑を浮かべ、吹く風に感覚 を預ける。

風に混じって漂ってくるのは 硝煙の臭い…そして濃厚な血の臭い………

地球軍の襲撃が再開されると したら恐らく明朝……夜明けと同時にくる。

元々、Nジャマーの影響で夜 間の作戦行動はリスクが高過ぎるのだ。

その時、気配を感じて眼を開 くと……そこには黒いパイロットスーツのままのリンがゆっくりと歩み寄ってきた。

「隣……いいかしら?」

別段、断る必要もなかったの で頷き返すと、リンもまた脚を端の下へと投げ出し、隣に腰掛ける。

「一つ、訊いてもいいかし ら?」

「………何?」

唐突に口を開いたリンに、レ イナが呟く。

「貴方は何故、ここで戦おう とするの……? ナチュラルとコーディネイターの未来のため?」

オーブの理念を信じて戦って いるのかという問い……レイナは視線を遠くへと向けたまま、間をおいて答えた。

「私は……少なくとも、そう いった甘い考えなんてもっていない」

一旦言葉を切ると、眼下の焼 けたオーブの街並みを見詰める。

「戦争という悪意と戦う…… ならば、その相手は……悪意を生み出すのは人……そして戦争は人によって起こされる……ナチュラルとコーディネイターという種族に分けられなくても、人は 争いを繰り返してきた……個人で付き合う分には確かに摩擦は少ないかもしれない…でも……それが大きくなれば、当然摩擦も大きくなる……結局のところ、人 が完全に分かり合えるなんて、永遠にこないのかもしれない……」

互いを完全に理解し合うなど 不可能だろう……摩擦によってできた軋轢が悪意となり、争いを招く……結局のところ、無駄な行為なのかもしれない……

「なら何故……」

「……まあ、一言で言うな ら…けじめのため」

疑念を浮かべ、首を傾げるリ ンの前で、レイナは苦笑を浮かべる。

「この戦争に関わったものと して…私はあくまで個人的なもの………それに、あの子達が目指す甘い戯言がどこまで通じるのか…それを見てみたい」

遠くを見る憂いを携えた瞳 に、リンはある人物を重ねる………

(……やはり、貴方は…ヴィ ア=ヒビキと同じなのね………)

苦笑を浮かべ、溜め息を漏ら す。

「そう言えば……フリーダム のパイロット……キラ=ヤマトと言ったかしら……あの子、貴方に特別な感情を持ってるみたいだけど……」

その言葉に、レイナは若干表 情を怪訝そうに歪める。

対し、リンは内心で嘲笑を浮 かべる。

(カガリにキラ……まさかと は思ったけど……あの子が姉さんに惹かれるのはある意味仕方ないことかもしれないけど……)

「あの子の眼……私を通して 貴方を見ていた………で、どうなの?」

その問い掛けに、レイナは表 情を消して逸らす。

「別に……ヘリオポリスから ずっと一緒だったし…それに状況が特殊だったからね。単なる気の迷いよ……あの子にはちゃんと護らなきゃいけない相手がいる……それに……」

一旦言葉を呑み込み……やが て決然とした面持ちを上げる。

「私は……あの子とは違 う……私は敵に対して甘くはなれない……それに、護ってもらわなきゃならないほど弱くもない……」

拳を握り締め、唇を噛む。

 

「私は……誰も愛さな い………」

 

そう……他人に心へ深く入り 込ませない……だからレイナも決して心の想いに深く干渉はしない……それが自分に対してかけた誓だ。

一息をつくと……レイナ今一 度夜空を見上げ………自然に口が動いた。

 

 

哀しみの天使は

黒き月に舞う

幻の未来よ 追い求め夜を迷う

二人 翼拡げ 空を駆ける

 

 

瞳を閉じ……静かに響かせる 歌声……だが、それにリンが僅かに眼を見張った。

だが、リンの様子に気付かな いままレイナは歌を続ける。

 

 

夢 胸に抱き 翼 奏でる心の音

天使は想う

神は何処

この想い 永遠にとどむる神は何処

 

 

歌い終わったのか……レイナ は一息つき、眼を開ける。

思えば、人前で歌うのは今回 が初めてだ……だが、次の瞬間、レイナは先程のリンと同じように眼を驚きに見張った。

 

 

黄昏の天使は

黒き月に眠る

 

 

隣で、リンも瞳を閉じて静か に歌い出した……だが、そのフレーズは自身の歌った歌とよく似ていた。

戸惑うレイナの前で、リンは 歌い上げる。

 

 

幻の未来は 虚しき幻想

二人 翼休め 闇に彷徨う

夢 闇に果て 翼 折られた心の死

 

 

歌を聴き入りながら、レイナ は奇妙な既視感に捉われていた。

前にも……そう、以前にも一 度歌ったはずだ……二人で………

 

 

天使は命ず

神を捨てよ

儚き 消ゆる想い 神を捨てよ

 

 

歌い終わったのか…リンは一 息ついた後、眼を開けてレイナを見やる。

そう……確か、この後に続く 曲がある……記憶にはないはずなのに……レイナの唇が無意識に動き出す。

 

 

黒き天使達は 

黒き月に願う

 

 

レイナとリンの声が合わさ り、二人は月空に向かって歌い上げる。

 

 

幻の未来 何時か巡り合う

二人 共に天を舞う

 

 

歌いながら……レイナは脳裏 にぼやけた映像を浮かび上がらせていた。

そう……昔……こんな風に二 人で歌った覚えがある………

この歌を……ある人に教えら れて………

 

 

夢 新たに 翼 闇に映えるは心の想い

 

 

二人で交互に歌い上げ……互 いに息を呑む………

 

 

天使は誓う

神は此処に

愛しき想い 織り成す 神は此処に

 

 

そう……神はいる………すぐ 近くで………ずっとこちらを視ている………

いつか訪れる終焉の日を待ち 侘びて………

確か、この歌を教えてくれた 人物がそう言っていたような気がする………

だがそれが、はっきりと思い 出せない…………

 

 

神は此処にと

 

 

静かに語尾を延ばし………レ イナとリンは互いに息をつく。

やがて落ち着いたのか……レ イナがリンを見やる。

「その歌……何処 で………?」

冷静に問い掛けたつもりだ が、口調がやや上擦る。

「………私も…貴方も……教 わったのよ……ある人からね……」

それだけ呟くと、リンは口を 閉ざし…視線を彼方へと向ける。

レイナもそれ以上追求しよう とはせず、同じように彼方を見詰める………

地平線の向こう側から薄っす らとした陽の光が差し込み……幻想的な薄紫の光が包み込む。

夜の温みを静かに押し流しな がら、朝の冴えた空気がやってくる………

 

 

 

そして……死闘の朝が再び訪 れる…………

 

 

 

 

 

 

 

《次回予告》

 

それぞれの想い……

信じる道……未来………

だが、迫る闇は深く…無情に 全てを覆っていく………

 

追い込まれた先にあるのは絶 望か…それとも………

果てぬ想いを胸に…今……宇 宙への道が開く………

 

次回、「宇宙(そら)への旅立ち」

 

想い抱いて…飛び立て、ガン ダム。



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