私は闇の中から生まれた……

 

永きに渡って、時のブリザー ドを封じ続けた4人のヴァルハラの皇女……

彼女達の想いが……

冷たく暗い世界で生み出され た負の感情が……

切なさが…幸せになれなかっ た哀しみが……

 

私を生んだ……

 

 

闇の中で見た…4人があちら の世界に残した時の鍵………

私はそれを通して向こうの世 界を見詰めていた………

今、時の鍵を受け継ぐ皇 女……ワルキューレ………

 

幸せそうだった……羨ましい ぐらい…そして悔しいぐらいに………

だから、私は奪ってやろうと した……彼女から…幻の恋人を………

そう思った時、私の容姿は彼 女と同じになった………

 

これであの人を虜にでき る……

 

何度もあの人の前に現れた… そして、私は彼を彼女から奪った………

これで私も…幸せになれ る………

だけど…何かが違った……

彼は何も私に語らない…た だ、黙って私の傍にいるだけ………

 

笑い掛けて欲しかった…彼女 と同じように……

だけど、彼は私には笑い掛け なかった……胸が痛かった………

 

そして…彼女は彼を取り戻し にきた……違う…彼の心は、最初から私には無かったのだ……

最初はただの嫉妬だった…だ けど……心の底から欲しいと想った………彼を………

そして…私の…私の中にあっ た4人の思念は解放された………

だけど…私は残った………

消えたくないから…彼が欲し いから……それは紛れもない、私自身の心………

だから逢いにいこう…彼 に……時野和人に………

 

そして、今度は彼女に負けな い…きっと彼の心を私に向けさせてみる。

だって…私は貴方の……ワル キューレ・ゴーストなのだから………

 

 

 

 

円盤皇女ワるきゅーレ  十二月の夜想曲

特別編  黒の宣戦布告

 

 

 

 

地球にある羽衣町……そこに は、一軒の銭湯があった。

だが、その銭湯には、建物に 巨大な円盤が突き刺さっているので、町内ではいやというほど目立つ。

銭湯の名は、『時之湯』。

 

この時之湯を経営するのは、 高校生でありながら銭湯経営に情熱を燃やす少年、時野和人である。

店の裏で、銭湯のための薪を 割り、和人は額に浮かんだ汗を拭う。

「ふぅ」

軽く息継ぎし、ふと空を見上 げる。

既に陽が落ちかけ、夕暮れと なり、辺りは朱に包まれている。

(早いもんだな…あれからも う一月か)

和人にとっても思い出深い出 来事…あの、ヴァルハラ星を襲った時のブリザード事件から既に一ヶ月の時が流れていた。

地球へと戻ってきた一行は、 また変わりない日常を送っている。

和人は、あの事件で出逢っ た、自身の憧れの女性と瓜二つの女性の姿を思い浮かべた。

だが、それもほんの一瞬で、 次の瞬間には、呼ばれた声に振り返った。

「和人ぉぉぉ」

振り返った先には、小さな女 の子が駆けてきた。

「わるきゅーれ…あんまり急 ぐと危ないよ」

屈み込み、走ってきた女の 子、わるきゅーれに注意する。

「はぁぁい……ね、和人、わ るちゃんと遊ぼ」

満面の笑みで話し掛けるわる きゅーれに、和人は困ったように表情を顰めた。

「悪いけど、もうすぐ店を開 けなきゃならないんだ…遊ぶのは後でね」

「えぇぇぇ」

不満げな表情で、頬を膨らま すわるきゅーれに、和人は苦笑を浮かべながら、頭を撫でる。

「後でちゃんと遊んであげる から」

「約束だよ」

「うん」

和人が頷くと、わるきゅーれ は来た時と同じように家の中へと駆けていった。

それを見送ると、和人は湯を 沸かそうとボイラー室へと向かおうとし、もう一度夕焼けを見詰める。

何かが起きそうな…そんな予 感が過ぎった………

 

 

あっという間に陽が落ち、辺 りは夜に包まれる。

時之湯には、明かりが灯り、 銭湯に入ろうと町内の人達が訪れてくる。

銭湯内では、わるきゅーれ付 きの侍女長である真田さんを筆頭に、ネコミミの侍女部隊が銭湯内の雑務を行っている。

番台には、参考書を片手に和 人の妹である時野リカが座っている。

お客が次々と番台にお金を置 いて入っているのを横で見ながら、声を掛けている。

ガラッと音が響き、また一人 女湯にお客が来たようだ。

番台にお金を置くと、そのま ま女湯に入っていく。

何気に見やったリカの眼が、 細まる。

(アレ…あの後姿………)

眼鏡を持ちながら、凝視す る。

黒いコートを羽織った女性の 後姿は、どこか見覚えがある。

記憶を手繰り寄せ…該当する 人物に思い当たると、驚きの声を上げる。

「ええっ」

眼の錯覚かと思い、眼鏡を取 り、拭き直す。

そして改めて、眼鏡を掛け直 し、もう一度見てみるが…やはり変わらない。

困惑するリカの前で、女性が 振り向き、ニコリと微笑んだ。

「ええええええ えっっ!!!」

普段の冷静な彼女とは打って 変わった悲鳴が、時之湯に響き渡った。

 

「な、なんだ……?」

ボイラー室でお湯を調整して いた和人も、突如として響いた悲鳴に思わず声を上げた。

「和人―…今のリカちゃんだ よね」

傍らにいるわるきゅーれが首 を傾げながら尋ねる。

「あ、ああ…どうしたんだ、 リカの奴……あんな悲鳴を上げて………」

和人自身も困惑を隠せず、首 を傾げる。

その時、ドドドという音とと もに誰かが駆け込んできた。

「お、お兄ちゃん!」

ガラッとドアを開け、息を切 らすリカの姿に和人は眼をパチクリさせる。

「リカ…どうしたんだ……」

「ど、どうしたじゃないわ よ……そ、その…ワルキューレ……」

「わるきゅーれならここにい るけど…」

「わるちゃんはここだよ」

手を挙げるわるきゅーれに、 リカはぶんぶんと首を振る。

「じゃなくて、その…」

どもるようなリカの後ろに、 人影が現れる。

「えっ……?」

その人物を視界に入れた瞬 間、和人とわるきゅーれの困惑した声が上がる。

「お久しぶりですね……和人 さん」

ニコリと微笑まれ、和人は呆 然と名を呼んだ………

「ワルキューレ・ゴースト… さん………」

女性…ワルキューレ・ゴース トは笑顔で頷いた。

 

 

銭湯の閉店後、時之湯の裏手 の家のリビングでは、なんとも言えぬ空気が漂っていた。

ちゃぶ台を囲み、座る和人、 リカ、わるきゅーれの前には、この空気を作り出している原因といえる女性、ワルキューレ・ゴーストが座っている。

「あの、どうぞ……」

真田さんが、おずおずとお茶 を差し出す。

「ありがとう」

軽く笑みを浮かべ、湯呑を受 け取ると、口に運ぶ。

一口飲むと、湯呑を離し、一 息つく。

「あの……」

「何かしら?」

「どうして貴方が…貴方はあ の時………」

和人の脳裏に、一ヶ月前の出 来事が鮮明に浮かび上がる。

 

ワルキューレと共に繰り出し た時の鍵で、ワルキューレ・ゴーストの中にあった鎖を解き放ち、彼女は消えたはずだった……

 

「確かに、あの時…私を生み 出した四人の皇女の思念は解放された……だけど、私は残った……貴方と、もう一度逢いたい………その想いが、私をこの世界に残らせたのかもしれないわね」

笑い掛けられ、和人はどこか どぎまぎし、わるきゅーれは頬を膨らませる。

「フフフ…ねえ、和人さ ん……貴方のお風呂に入らせてもらえない。さっき、入り損ねちゃったから……」

「あ、は、はい…すぐに準備 します」

上擦った声で答えつつ、和人 はボイラー室へと向かっていった。

「う〜〜」

先程から、ワルキューレ・ ゴーストを睨んでいるわるきゅーれに、クスリと笑みを浮かべた。

 

 

十分後、お風呂が沸き、和人 はワルキューレ・ゴーストを伴って脱衣所へ来た。

「じゃあ、貸切ですけど…」

「ええ、ありがとう」

「僕はボイラー室にいるん で、何かあったら声を掛けてください」

和人はそのまま退室する…や はり、自分の銭湯に入ってもらえるなら、嬉しいものだ。

ゴーストはそのまま服を脱 ぎ、貸切状態の女湯に入った。

身体を軽く流し、湯船にその 肢体を沈める。

肩の力が抜け、心地よい湯に 身を委ねていると、不意に、眼の前に気配を感じ、閉じていた眼を開ける。

「なにかしら……?」

眼前のわるきゅーれに向かっ て問い掛ける。

すると…わるきゅーれは眼を 瞑り、次の瞬間には身体が光に包まれた。

光の中で…わるきゅーれの身 体が変化する……腕や脚が伸び、身体も女の子のものからより女性に近くなっていく。

光が消えると…ヴァルハラ皇 家の皇女である、ワルキューレが姿を現わした。

本来なら、彼女の魂の半分を 持つ和人とのキスによって元の姿に戻るのだが、あの事件以来、キスなしでも、一定の時間なら…本来の姿に戻ることが可能となった。

ワルキューレは険しい表情 で、ゴーストの隣に座るように、湯船に身を沈める。

並んで湯船に沈む姿は、鏡に 映るかのごとく似通っている。

「……いったい、どういうつ もりなのですか?」

無言が続いたが、不意にワル キューレが口を開いた。

「あら……何のことかし ら?」

「惚けないでください、何 故…また和人様の前に……」

問い詰めるような口調には、 明らかに嫉妬が混じっていた。

「彼が本気で好きになったか ら……かしら」

まるで挑発するような口調 に、ワルキューレは動揺する。

「か、和人様は…私 と………」

「だから…今は無理でも、い つか必ず振り向かせてみせるわ……私の方にね」

それは……宣戦布告であっ た。

やや睨むワルキューレに、 ゴーストは肩を竦める。

「まあ、今日のところはただ の挨拶と…あの人に逢いたかっただけだから………」

はぐらかすように呟き、湯船 から身体をあげる。

「それとも…自信がないのか しら……」

「ま…負けません! 和人様 と私は、同じ魂で結ばれているのですから……」

沸き立つ嫉妬という感情に、 ワルキューレはゴーストを睨んだ。

 

当の二人の想い人である和人 は、そんな風呂の修羅場を知ることなく、ボイラー室で黙々と作業を続けるのであった……

 

 

 

数十分後、風呂からあがった ゴーストを見送ろうと、玄関まで来ていた。

「ホントにいいんですか…も う大分冷え込んでますから、風邪ひいちゃいますよ」

心配そうな声を掛ける和人 に、ゴーストは微笑む。

「大丈夫よ。ありがとう…心 配してくれて」

「い、いえ……」

照れたように頭を掻く和人 に、元に戻ったわるきゅーれはゴーストを牽制するように和人の手を掴む。

「あらあら…じゃあ、また逢 いましょう」

踵を返し、ドアをくぐったと ころで、もう一度振り返った。

「和人さん……きっと、貴方 の心を私の方に向けさせてみるわ」

全員が絶句する中、ゴースト は妖艶な笑みを浮かべたまま、消えていった。

 

「こりゃまた……」

リカが呆れた声を上げる。

「ひ、姫様にライバル が……」

真田さんは口をパクパクさせ ている。

「和人のばかぁぁぁぁ!!」

二の句が告げないでいた和人 にわるきゅーれは泣きながら駆けていった。

 

 

自分の日常は…平穏とは程遠 いと、和人は思わずにはいられなかった……

時之湯の非日常は、まだまだ 続くようであった………

 

 

 

 

【後書き】

 

SEEDの執筆のかたわら、 ちょっとした趣旨替えでワルキューレのSSを書いてみました。

ワルキューレ…特にアニメは 結構、面白い話なのに、SS書いてる人があまりにいないものだからな……

とまあ、これはあくまで短編 ですので……

もし、ご要望が多ければ、続 編も書いてみようかな、とか思ってます。

 


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