死と静寂の漂うヴァルハラ 星……その街並みを見渡せるバルコニーに座り、和人に寄り添うアーリィ……その顔を取り、頬を近づける………

まだ不安定でも……今自分の 手のなかにあるもの………その時…アーリィの眼が見開かれ、表情が強張る。

「………っ」

ギリっと奥歯を噛み締め る……きた………あの女が…………ここへ……

この人を奪いに………

「そうは…させない………」

そう……そうはさせな い………この人は私のものだ……私だけの……誰にも渡さない………

キッとどんよりと黒ずんだ空 を睨み……アーリィはそっと立ち上がる。

「……ここで待ってて…セ イ………貴方は誰にも渡さない……だから………」

必ず戻る……だから………貴 方も私を離さないで……………静かに心に呟き…アーリィは身を翻す。

 

 

自身に蠢く黒い感情に突き動 かされ………大切な者を汚した者への怒りを胸に………

 

 

 

 

 

円盤皇女ワるきゅーレ  

第3部  次元を超えた契り

第漆話  愛しき想い・愛しき願い

 

 

 

 

 

静寂感漂う宇宙に生じるひず み……電流にも似たスパークが起こり、そのなかから飛び出すように姿を見せる円盤……

そのブリッジでは、侍女達が ワープ後のチェックを行なう。

「ワープアウト完了…座標確 認!」

「前方に惑星確認…メインモ ニターに回します」

次の瞬間、正面のモニターに 表示された惑星にブリッジにいた者達は息を呑む。

「これが……この世界のヴァ ルハラ星………」

メーム自身も信じられないよ うに呟く。

モニターに映る惑星は、黒く 淀んでおり、その惑星を守護するように回る12の衛星は赤く染まっている……自分達の住むヴァルハラ星とはまったく正反対のもの……

これが……ラグナロクに行き 着きしヴァルハラ星…………

もし…過去の4人の皇女の犠 牲によって刻のブリザードによる崩壊が止められていなければ……自分達の惑星もこうなっていたかもしれない。

だが、そんな感傷に浸ってい る場合ではない……彼女らの意志はヴァルハラ星の中枢に…そこにいるであろう者達に向けられていた。

「あそこに和人がいるの ね……」

「ええ、そして…恐らく彼女 もね………」

ゴーストがチラリとワル キューレを見やると……ワルキューレは真剣な面持ちでヴァルハラ星を見下ろしている………まだ、不安が胸を燻る……だが、もう逃げるわけにはいかない…… 大切な人を…取り戻すために………

「降下します、突入準備 を…」

メームがそう指示しようとし た瞬間、艦内にアラートが鳴り響く。

「何事です!?」

「わ、惑星よりなにかが浮上 していきますっ」

上擦った口調で、彼女らはメ インモニターに映し出された映像を見やり、眼を見開く。

モニターには、覆い尽くさん ばかりの黒い影……その黒ずんだものを拡大すると…それは、獣のような身体に翼を生やした生物……

「な、何だよありゃ!?」

まるで悪魔の群……少なくと も、歓迎されていないのは確かのようだ。

だが、これでは降下できな い……強行突破するしかないと指示を出そうとした瞬間、シロが呟いた。

「おう、アレは俺らに任せ な!」

「ええっ!?」

その言葉に驚く一同を横に、 マルとミュウも立ち上がる。

「おうよ…おい、艦載してあ る機体借りるぜ」

「腕がなるぜ」

ニヒルに笑い、3匹はブリッ ジを飛び出していく……呆気に取られるなかで、メームは逸早く覚醒し、叫んだ。

「格納庫に伝達! 今から艦 載機3機を出します! 出撃準備!」

突然の指示に格納庫に艦載し てあるヴァルハラの戦闘機の出撃準備が始まる……侍女達が大急ぎで3機の出撃を進める。

カタパルトにセットされる純 白のボディと羽に走る銀・赤・青のカラーリング……それぞれにシロ、マル、ミュウが乗り込んでいく。

ハッチを閉じ、操縦桿を握り 締める。

「発進準備完了!」

「ただちに発進…っ!」

その時、衝撃が円盤を襲う。 黒い獣達が円盤に取り付き、揺さぶっている。

振動に揺れるなか……獣達が 牙や爪を立て、円盤を攻撃してくる………その時…円盤のハッチが爪によって貫かれ、ハッチが破壊される。

そのなかへと侵入しようとし た瞬間……奥から放たれたエネルギーに獣の頭部が貫かれ、吹き飛ばされる。

落下する獣…訝しむ前で…… ハッチから3機の飛翔体が飛び出してきた。

翼を羽ばたかせる戦闘機…… 大きく弧を描きながら反転し、加速する。

「いくぜっ」

「おうよっ」

「久々に暴れてやるぜっ」

マルのギャバン、シロのシャ リバン、ミュウのシャイダーがそれぞれのビーム砲を放ち、流星のごとき幾条もの閃光が円盤に取り付いていた獣を吹き飛ばしていく。

瞬く間に円盤の周囲を取り囲 んでいた獣を一掃すると、円盤を背に対峙する。だが、安心はできない……まだまだ無数の獣の群が向かってくる。

あれらを全て相手にしていて は時間が掛かりすぎる。

「おう、ここは俺達に任せて いきな」

シロはそう通信を送ると、マ ルとミュウが突破口を開こうと突撃し、ビーム砲で敵を蹴散らしていく。

「シロ!」

リカが狼狽するように叫 ぶ……だが、シロは鼻歌混じりに眼前に迫る影にビーム砲を撃ち込み、機体を離脱させてミサイルポッドを発射する。

無数の爆発が煌き、周囲は閃 光に包まれる。

「早く行け! 俺らに構う なっ!」

「解かりました…ここはお任 せします。エンジンフルバースト、惑星に向けて強行突入を行ないます!」

メームの指示に艦内への突入 アナウンスが流され、彼女達も突入時に起こる衝撃に備えてシートに身を固定する。

「エンジン臨界点突破!」

「突入角、コースクリア!」

「全速前進!」

円盤が唸りを上げ、ゆっくり と加速していく……そして、開かれた突破口に突入していく。それに気づいた獣が一斉に襲い掛かろうとするも、それを阻むシロ達。だが、敵の数が多く、何匹 かが突破し、円盤に取り付いてくる。

振動に揺れる艦内……歯噛み しながらもメームは指示を飛ばす。

「構いません! このまま加 速! 突入します!!」

敵に構うことなく加速する円 盤…その加速によって円盤から引き離される、だが、一匹が円盤の正面に回り込み、彼女達の眼に醜悪な顔が飛び込んでくる。

思わず眼を閉じ…加速した円 盤の体当たりを直撃し、獣は弾き飛ばされる。

円盤はそのまま包囲網を突破 し、惑星へと降下していく……それを見送るシロはニヒルな笑みを浮かべた。

「あのバカを頼むぞ……ワル キューレ皇女」

親指を立てると、シロは操縦 桿を切って一歩も通すまいと敵の真っ只中へと機体を突撃させた。

 

 

ヴァルハラ星へと降下した円 盤……そして………その眼下に拡がる光景に息を呑む。

廃墟と化した街並み……黒い 暗闇に閉ざされた世界………まるで、墓場のごとき様相を醸し出す地表に………誰もが呆然となるなか…………

円盤に向かって新手の黒い獣 が向かってきた。

「ちぃぃ、こんにゃろう!」

「ハイドラ、いくわよ!」

「合点承知!」

ハイドラと秋菜が互いを見や り……突如、互いの顔を引っ張り始めた。そして繰り広げられる舌戦………刹那、二人の掌に光が集束し……それを重ねると同時に二人は一つの光に包まれ…… 船外へと飛び出していく。

それに続くように……ゴース トも意識を集中させ……その姿を黒き閃光で覆い…船外へとその身を躍らせる。

円盤から飛び出す二つの 光……エメラルドのような輝きを放つなかから飛び出す白銀の髪を靡かせる戦乙女アキドラ……そして、漆黒の閃光のなかから姿を見せる金髪の黒衣の女神ワル キューレ・ゴースト……

そして……その二人に続くよ うに船外と現われる純白の天衣を纏う金色の髪を輝かせる女神…ワルキューレ………

3人の前に群がるように迫る 獣の群………身構えるも、ワルキューレを背にアキドラとゴーストが駆け出し……獣の群のなかへと飛び込んでいく。

「ここは俺達で抑える……ワ ルキューレは先にいけっ!」

アキドラがオーラブレードを 振り、獣を斬り裂く……だが、その言葉にワルキューレは息を呑む。

「でも……っ」

いくらなんでもこの数を相手 に二人で戦うのは………その危惧を払拭するようにアキドラは叫ぶ。

「いいから行きなさいよっ!  私達はこんな程度でやられたりしないからっ」

襲い掛かってくる獣を受け止 め…それを投げ飛ばし、ぶつける。

未だ逡巡するワルキューレに 向けて、獣が襲い掛かってくる……ハッと気づくより早く…その前に割り込んだゴーストがオーラブレードで一閃し、獣を斬り裂く。

「……いきなさい。あの人 は…貴方を待っている……そして…貴方が迎えにいかなくちゃいけない……」

背後に視線を送りながら、そ う呟くゴーストに……未だ迷いのなかにあったワルキューレは小さく頷き……そして、身を翻していく。

獣の群から離れ……向かうワ ルキューレに向けて襲い掛かろうとする獣の前に立ち塞がるアキドラとゴースト……

「おっと…こっから先はいか せねえぜ」

「通行禁止ってね…… はぁぁっ」

アキドラがオーラブレードを 一閃し、衝撃波が獣を吹き飛ばす。

「私達が相手では…役不足か しら………」

微かに妖艶な笑みを浮かべ、 ゴーストも掌にエネルギーを集束させ、解き放つ。

次々と撃ち落とされながら も……怯むことなく向かってくる獣達……だが、一歩も通さないという気概のもと……二人は必死に攻防を繰り広げる。

 

 

一人……ワルキューレは暗い 空を飛びながら…ひたすら真っ直ぐに突き進んでいた。もう途切れてしまった…だがそれでも僅かに感じる愛する者の存在………

この先に確かに感じる……ワ ルキューレは胸に微かに走る傷みに表情を顰める。

まだ怖い……また拒絶される ことが……自分の浅ましさを責められることが……だがそれでも……逢いたいという想いは偽りではない………

やがて…ワルキューレの眼に 見え始める宮殿群………メームから聞いたこの宇宙のヴァルハラ星の皇女達の宮殿………そこに…和人と…彼女がいる。

表情を引き締めるワルキュー レ……その刻……進行上に突如闇が噴き出す。

思わず動きを止める……ワル キューレの前で闇から姿を見せる女性……黒髪を靡かせ、それに合わせて揺れる鈴の音………

銀の甲冑に身を包んだ闇の天 女……アーリィが姿を現わす。

閉じていた瞳を開き、その深 い蒼の瞳がワルキューレを無機質に見詰め、ワルキューレは僅かに気圧されるも…気丈に対峙する。

「あの人のもとへは……いか せない」

静かに…そして低い声で発せ られ、アーリィは右手に粒子を集束させ、粒子が右手のなかで形作り、槍を成す。

収まる刻の刃を振り被り、そ の穂先をワルキューレへと向ける。ワルキューレも無言のまま…右手に光を集束させ、光が形作るもの……剣状の形態……刻の鍵を構える。

互いに刻の武具を構え……そ して……並行に位置するヴァルハラ皇女の二人………同じ者を想い……それ故に対峙するワルキューレとアーリィ………

 

――――悠久の刻を超えし想 いと運命によって育まれた想い………

 

互いに構えたまま対峙してい た二人……呼吸音が響かないほど対峙しあうが……均衡が崩れる一瞬の瞬間、ワルキューレとアーリィは互いに真っ直ぐに跳ぶ。

二人の振り被る武器が中央で ぶつかり……二人の視線が交錯した…………

 

 

 

奥の宮殿にて眠るように座る 和人……深い思考のなかに陥り……和人は閉じていた眼を開く。

「僕は和人……時野和人…… そして……貴方は僕であり…僕は貴方だ………」

和人は闇のなかに佇む人 影……自分自身に向けて呟いていた。

和人の前に佇むのは、鎧を身 に纏った自身……いや……前世の自分自身……だが、もう一人の和人であるセイヴァは無言のまま…ただ佇むだけ……だが、和人には伝わる……その想い が………

「貴方の彼女への想い……僕 にも解かります……でも……」

そう……確かに伝わる想 い………悠久のなかで埋もれながらも決して消えることのなかった大切な者への想い………その想いがどれ程強いかは痛いほど解かる。

だが、それでも和人には和人 の想いがある………たとえ…前世においての自分自身が持っていた想いであっても……今の和人には譲れぬ想いがある………

あの刻出逢った運命の相 手……光のなかで見た天女………自分は…その天女への想いを募らせていったのだから………

「僕は貴方の想いを継ぐこと はできない………でも、貴方を受け入れることはできる……」

だから、セイヴァの想いは否 定はしない……だが、その想いを継ぐことはできない……和人は…和人だ……セイヴァではない………

だが、その想いを…記憶を受 け入れることはできる………そして…それを彼女に伝えることも………

「だから……あとは……僕 が…………」

意志を込めた瞳を向ける…… 無言であったセイヴァの姿が光の粒子となって消えていく………それを見詰める和人の前で……セイヴァは静かに口を動かし………次の瞬間、その姿は闇のなか へと掻き消えていった………刹那、和人の意識が暗転する………

 

「……っ」

微かに息を噛み殺し、眼を開 く和人……そして、自身の感覚を確かめるように手を握り締め……ゆっくりと身を起こす。

その和人の脳裏に走る光 景……ワルキューレとアーリィの激突の瞬間が過ぎる。

「急がなくちゃ…ワルキュー レ……それに……彼女も………救わないと……」

それが交わした約束……消え て逝った自身が果たせなかった願い………そして…自分の大切な女性のために………

 

 

 

暗い空を飛ぶ二人の女神…… 白のワルキューレと銀のアーリィ……ワルキューレは刻の鍵を振るう。

「ええいっ!」

刻の鍵より放たれる閃光…… 幾条にも分散し、真っ直ぐに向かう閃光をアーリィは刻の刃を翳し、先端の宝玉が輝き、シールドを造り出す。

閃光がシールドに突き刺さ り、エネルギーが周囲に拡散する。

微かに歯噛みし、ワルキュー レは距離を詰める……アーリィもまた構えて飛び出し、二人の中心で交錯し、ワルキューレの持つ金の髪とアーリィの持つ黒の髪が互いに靡く。

「和人様を返して!」

悲痛な想いで叫ぶワルキュー レにアーリィは冷たく一瞥する。

「和人なんていない……彼は 戻ったの…本来の在るべき場所へ………私の場所へ」

槍を回転させ、刻の鍵を弾 く。

態勢を崩すワルキューレに向 けてアーリィは眼を鋭く細め、槍を振り被る。

「貴方は赦さない……あの人 の心を私から奪った貴方をっ!」

ぶつけられる怒り…そして憎 しみ………ワルキューレは眼前にシールドを造り出すも、その突き刺さる刃から迸るエネルギーに押され、シールドが砕け散る。

「きゃぁぁぁっ!」

衝撃波に襲われ…吹き飛ばさ れるワルキューレ……だが、なんとか制止をかけ、踏み止まる。

息を乱すワルキューレに対峙 するアーリィ……その蒼い瞳の奥から感じる怒りと憎しみ…そして哀しみ……愛する者を奪われた現実が彼女を変えた………それに息を呑みながらも、ワル キューレは挫けそうになる心に必死に言い聞かせる。

「私は……確かに、最低かも しれません………本当なら、あの人を想う資格はないのかもしれません……」

眼を伏せるワルキューレ…… 自分の我侭で巻き込んでしまった……それが齎した出逢い…運命だと信じたかった……だが、自分は見ないようにしていただけ……自分の醜い一面を……そんな 自分には、和人を想う資格などないかもしれない。

「でも……たとえどんなに罵 られても、私のこの想いは消えない…もう、あの人以外にこの想いは変わらない!」

だが……どれだけ浅ましいと 侮蔑されても、もうワルキューレの想いは絶対に変わらない…自分の心は…もうあの人のものなのだから………だから……

「だから、私は必ずもう一度 和人様と逢います!」

逢って話がしたい……そし て…自分の想いをぶつけたい………毅然と構えるワルキューレにアーリィはギリっと奥歯を噛み締め、不意に脳裏に走る傷みに微かに呻く。

「っ、させない……あの人に は…絶対に……あの人は…あの人は……私のものだぁぁぁぁっ!」

傷みを振り払うように叫び、 槍を振り翳し…穂先から放たれる幾条もの閃光……ワルキューレはそれをかわしながら、歯噛みする。

やはり、通してくれる気配は ない……どうしても…和人と逢うためにはアーリィを突破していくしかない………だが、それを実行することにワルキューレは心が苛まれる。

眼前に向かってくるのはまる で自分自身だ……愛する人のために全てをかけ…そして、奪われたことに対する怒り………奪おうとする者への憎しみ……純粋な想いゆえに………

頭を振って自身を必死に言い 聞かせる…たとえ何があろうとも……もう一度和人に逢うと…逢って話がしたいと……たとえ…その先にどんな答があろうとも………

アーリィの攻撃をかわしなが ら、ワルキューレも刻の鍵を構える。

「刻の鍵よ……我の想いに応 えたまえっ!」

ワルキューレの想いに反応す るように…刻の鍵の刀身に光が集束し、先端の宝玉が輝き、幾条もの閃光が放たれる。

ぶつかる閃光……相殺しあっ たエネルギーの干渉が周囲に拡散し、その爆発が二人に襲い掛かる。

「うううっ!」

「うああぁぁっ!」

アーリィはなんとか堪える も、ワルキューレは堪え切れず、吹き飛ばされ…地上へと落下していく。

落下していくワルキューレは 身体が麻痺し、言うことをきかない……このままでは、大地に身体を叩きつけられる。

「和人……様………」

想いは叶わなかった……でき るのならもう一度…逢いたかった………閉じる瞳から涙が零れ……訪れるであろう衝撃を静かに待った………

その刻……落下するワル キューレの身体が何かに抱え込まれた。

アーリィの眼が驚愕に見開か れ……囲みを突破し、駆けつけたゴーストやアキドラ達も一瞬驚きに包まれるも、その表情が喜色に変わる。

「うっ……」

抱えられている感触に…ワル キューレがゆっくりと眼を見開く……この温かい感触…そして、上げられた視界のなかに映る顔……

「和人…様………?」

片言のように呟くワルキュー レ……これは夢なのだろうか……思わず、そんな考えが脳裏を過ぎる……だが、そんなワルキューレの考えを察したように…抱き締める人物:和人は微笑む。

「僕はここにいる……ワル キューレ」

その証拠とでもいうようにワ ルキューレの手を握る……夢ではない……そう認識した瞬間、ワルキューレの瞳に涙が溢れる。

「和人様……和人さ まぁぁぁっ」

恥も外聞も関係なく、ワル キューレはそのままの態勢で和人に抱きついた。夢ではない…ちゃんと今、眼の前にいる……自分の愛しい人が………

「和人様、和人様…私、 私………」

涙で顔をぐしゃぐしゃにしな がらも、ワルキューレは謝らなければならないと呟こうとするが、その前に和人に制された。

「もういいんだよ…何も言わ ないでいい……僕こそ、ゴメン…君を……また傷つけた…」

「いいんです……私も…ゴメ ンなさい……」

互いに何を言っているのか解 からない……だがそれでも…今この場にいる愛する人の温もりにワルキューレは涙を流した。

だが、そんな二人の姿にアー リィは茫然と…そして、愕然となる。

「どう…して……セ イ………」

震えるように呟くアーリィ に…和人は顔を上げる……その表情は、苦い笑みを浮かべている。

「君のことは解かる…で も……僕は君の知っている僕じゃない…僕は、時野和人なんだ」

その言葉に、アーリィの身体 を悪寒が襲う……震えが止まらない………

「いや……いや……い や…………」

もう二度と味わいたくな い……喪失感と絶望を………この眼の前にある全てを締め出したい……アーリィは内から沸き上がってくる黒い感情に苦しむ。

「うっ…うあぁっ」

頭を抑え、苦しむアーリィに声が響く………

 

 

―――殺せ

―――殺せ

―――全てを…滅ぼせ

――――我らのために

 

「うわぁぁぁぁぁっ!!」

絶叫に近いアーリィの悲痛な 声が轟き……突如、アーリィの身体から黒い靄のようなものが溢れ出してくる。

「和人!」

「和人様!」

その光景に息を呑む和人とワ ルキューレ…そして、二人に駆け寄るゴーストとアキドラにワルキューレは頬を染めて慌てて和人から名残惜しそうに降りる。

「秋菜、それにゴーストさん も…ごめん、心配かけて」

「もう! でも何よ、あれ」

文句は山ほど言いたいが、そ れよりも今の問題はあのアーリィの状態だ。黒い…この場にいる全員が不快に思う黒い靄はアーリィの身体を覆っていく。

「まさか……」

「うん…アレが、彼女を操っ ている影……」

思い至ったゴーストに頷き返 す和人……緊迫した面持ちのなかで見詰めるなか、靄が完全にアーリィを覆い…次の瞬間、靄が周囲に拡散する。

衝撃波のように拡散した黒い 波動…それに微かに怯みながら顔を上げる一同の前に…アーリィが佇んでいた。

だが、その姿は先程とまるで 違う……黒髪に濁ったような紫が混じり、全身から立ち昇る漆黒のオーラ…そして、その顔が上げられ……悲壮だった表情が醜悪に歪む。

『クックク……手に入れた ぞ…この身体をなっ! 我らゲルミル一族の悲願のためにっ!』

蒼い瞳が禍々しい金色に変わ り…発せられるのは…不快感を憶える声……アーリィとはまったく違う…そして、その口から発せられた名……この宇宙のヴァルハラを滅ぼせし闇の一族:ゲル ミル………

『感謝するぞ…別世界の皇女 達よ……そして死に損ないの騎士よ……お前達のおかげでこの身体を遂に乗っ取ることができた』

不適な笑みを浮かべるアー リィにワルキューレは気圧される。

「どういう…ことですか?」

その禍々しいオーラに押され ながらも、気丈に問い返すワルキューレにアーリィは笑みを浮かべる。

『あの女の意識が壊れるのを ずっと待っていたのさ……最期まで抵抗してくれたがなっ…お前達のおかげで最期の枷が外れた……礼を言うぞ』

そう……アーリィの意識に取 り憑きしゲルミルの怨念……だが、相反する魂を持つ皇女を完全に支配するためには、その魂を絶望に染めなければならなかった。

ようやく取り戻した愛する 者…それが再び離れ……魂が絶望に染まるのを………

「そんな………」

「なんて奴だっ!」

ハイドラが毒づく……だが、 そんな言葉さえ称賛に聞こえるように、アーリィは身を翻す。

『お前達に感謝を込めて…ま ずは最初の血祭りに上げてやる……そして、この宇宙…お前達の世界さえもなっ!』

弾かれるようにアーリィの放 つ黒いエネルギー波が放たれ、4人は分散する。

『クハハハ!』

哄笑を上げるアーリィの放つ 黒いエネルギーが突如意志を持っているように向きを変え、アキドラとゴーストに襲い掛かる。

不意を衝かれ、エネルギーに 拘束される二人……次の瞬間、二人の悲鳴が響き渡る。

「「「きゃぁぁぁっっ!!」」」

電流でも流れるような衝撃が 身体を駆け巡る…その悲鳴に恍惚とした笑みを浮かべるアーリィ。

『フフフフ……次は…お前達 だ………』

アーリィの悪魔のような金色 の瞳が向けられ、和人とワルキューレは身構える。

手を翳した瞬間、突如アー リィは苦しみ出した…身体が麻痺したように痺れ、右手で顔を覆う。

『ぐっ、がっ……あ がっ………』

怪訝そうに見る二人の前で、 苦しみ出すアーリィ……その表情が忌々しげに歪む。

『がはっ…ま、まだ消えてい なかったのか……この邪魔な魂が………っ』

苦しむアーリィの髪が微かに 金色に戻り……その瞳から涙が溢れる………そして、ワルキューレと和人の頭に響く声………

 

 

――――殺して……

――――私を……殺して……

 

 

脳裏に響く切ない声……そし て、哀しみに満ちた声……残った僅かな魂が、解放を求めている……壊れた心が…救ってほしいと………

「和人様……」

「ワルキューレ……」

互いに見合い、そしてワル キューレが構える刻の鍵に和人も手を添える……そして、その先端を苦しむアーリィへと向ける。

(私には、こうする資格はな いのかもしれない……でも、私は貴方を救ってあげたい……)

自分はこの人の愛する人を 奪った……そして…彼女はそのせいで壊れてしまった…償いができるとは思わない…この行為自体も偽善かもしれない……だがそれでも…救いたいと……苦しむ 魂を………

(約束したんだ……君を救う と…だから)

和人もまた決然とした面持ち でワルキューレの手の上から柄を強く握り締める。消えていった過去の自分…託された想い……受け継いだ願い……それを果たすために……

ワルキューレと和人……二人 の想いが一つとなり、刻の鍵へと伝わっていく……宝石が輝き、刀身に光が満ちる。

二人は強く頷き合い、そし て…一気にアーリィに向かって飛ぶ。

「刻の鍵よ……その力を持っ て、彼の者の魂を縛りし闇を……永遠に封じよっ」

詠唱のごとく唱えられたワル キューレの言葉とともに繰り出される刻の鍵がアーリィの身体に突き刺さる。

刻の鍵に宿りし光がアーリィ に伝わり、その身体に巣食いし邪悪な魂を浄化する。

『がぁぁぁっ! おのれっお のれっ皇女どもぉぉぉぉぉっ!』

アーリィの身体から抜け出る ように沸き上がる黒い波動……邪悪な魂が抜け出し、その光が魂を浄化し……断末魔の悲鳴を上げながら…黒い靄は消え去った………

刹那、光が収束し……後から は、金色の髪へと戻ったアーリィが現われ、その身を前のめりに倒れさせ、和人が慌てて受け止める。

抱くアーリィの顔が和人に向 けられ……切なげに変わる。

「ゴメン…なさい………」

静かに…途切れ途切れの声で 発せられた言葉………小さな願いだった……大切なものを…愛する人ともう一度逢いたいという……純粋で…決して消えぬ想い………

だが、結局は…自分の身勝手 さで彼を苦しませてしまった………アーリィがワルキューレを振り向くと、哀しげな表情を浮かべている。

「……貴方は…私のように… ならない……で………私が…掴めなかった………未来を…」

自分と同じようにならないで ほしい……彼女の刻の鍵に貫かれた刻に伝わった彼女の愛する人への想い………だから…彼女には、幸せになってほしい………

「アーリィ…さん……」

辛そうに声を掛けるワル キューレに微笑むと…最期に和人を見上げる。

「最期の…お願い……抱い て…強く……抱き締めて…………」

せめて幻でもいい……最期に 証がほしかった……もう一度…愛する人と逢えたという証が…和人は無言のまま、アーリィを強く抱き締める。

その華奢な身体がちぎれそう な程…強く……強く……たとえ、自分が彼女にとって違っていても……自分の内にいる彼の想いが伝わるように………

「ありが…とう………ワル キューレ……和…人…………」

一滴の涙を零した後、アー リィは息を止め……その瞳を閉じ、和人のなかで事切れた……安らかな死に顔……最期の最期で救われたのだろうか……その哀しい想いも………

その身体を抱き締める和人と 涙を浮かべるワルキューレ……その光景を、ただ傷ましげに見守る一同………

どれ程そうしていただろう か……和人がやがて顔を上げ、ワルキューレを見やる。

「ワルキューレ…お願いがあ るんだ」

「え……?」

「彼女の魂を…僕の内 に……」

唐突に切り出した和人の言葉 にワルキューレが息を呑む……アーリィの魂を…和人の内へ…同化させる………

「もう離したくはないん だ……彼女達を………」

和人の内に眠るもう一人の自 分…そして、離れ離れになっていた半身……もうその二つの魂を離したくない…偽善かもしれない……だが、これが和人にできる償いだった。

「ちょ、ちょっと和人、何 言ってるのよ?」

あまりに突拍子ない和人の言 葉に慌てるも、和人は表情を変えず…真剣な面持ちのまま、ワルキューレを見詰めている。

「お願いだ……ワルキュー レ」

なおもそう呟く和人に…ワル キューレもやや逡巡するが、やがて同じように表情を引き締める。

「よろしいのですね…?」

「うん」

もはや言うことは無いとでも いうように頷く和人に、ワルキューレも右手に握る刻の鍵に力を込める。

そして、自らの前に立て…意 識を集中させる……その眼が、和人の腕のなかで眠るアーリィに向けられる。自分が離したくないように…彼女もまたもう二度と離れたくない……もし自分だっ たなら……何があろうともそうしただろう……

自分の幸せも…誰かの犠牲に よって成り立っている……けど…少しでもそれを救えるのなら……その想いを胸に、ワルキューレは刻の鍵を翳す。

「刻の鍵よ……願わくば、こ の者の魂…救いたまえっ」

刀身よりこもれる光がアー リィの身体を覆っていく……そして……世界さえも…光に照らしていく………

 

 

 

ただいま

 

 

そしてお帰り

 

 

還ろう……僕達の世界へ…………

 

 

 

 

 

 

数日後……地球の羽衣町で は、いつもの夕暮れとともに暖簾が上げられ、煙突から煙が立ち昇る。

円盤が突き刺さった独特の銭 湯である時の湯が営業開始の合図とともに町内にいる人々が集まってくる。

「これで一応、元通りなのか な?」

番台に座るリカが眼の前に拡 がるいつもの光景に呟く。

「そうですわね…これでこ そ、婿殿と姫様の銭湯ですから」

番台の前に立つ真田さんもニ コニコ顔で応じる……何気ない日常こそ、なによりも大切なもの……なんてお決まりの言葉しか浮かばないリカは苦笑を浮かべて手に持つ参考書を閉じた。

 

 

夜も更け……営業時間の終え た時の湯…そして、その屋根に座る人影………和人とワルキューレ………

「和人様、お身体の方はどう ですか?」

「うん、大丈夫だよ」

気遣うように問うワルキュー レに和人は笑みで応じる。

ワルキューレの魂が戻り…和 人には彼女の……アーリィの魂が宿った……小さいわるきゅーれは消えてしまったけど……彼女の想いは消えない………

見上げる二人の眼に映る星 空……いろいろあった………一度は途切れてしまった二人の絆…だが、またこうして一緒にいられること……はっきりとした絆は消えてしまったけど…それはこ れからまた結べばいい………

「きっと……僕の子供ができ たら、双子だよ」

「え……」

唐突に切り出した和人にワル キューレは眼を瞬く。

「感じるんだ……きっと、二 人は双子になってまた出逢うって………」

そう……和人のなかに感じる 二つの魂……決して離れない魂は…きっと……次の世界に生まれるだろう………

「か、和人様…あの、それっ て………」

和人の言葉を理解したワル キューレは思わず赤くなって上擦った声で問い掛けようとするが…そこへ割り込んでくる影……

「和人ぉぉ、何やってんの よ、せっかくなんだからあんたも一緒に下でお月見しましょう」

「ああ、そうだね」

秋菜が割り込み、和人の腕を 引っ張っていく…やや名残惜しそうに引っ張られていく和人を見送るワルキューレに向かって囁かれる言葉。

「フフ……残念ね。和人様 は、まだ諦めたわけじゃないから」

クスっと笑みを噛み殺す声に 振り向くと…ゴーストがどこか含みのある笑みを浮かべている。

その言葉にやや頬を膨らませ るも……ワルキューレは掛けられた声に振り返った。

「ワルキューレもおいで」

「あ……はい」

和人が手を差し出し、ワル キューレはその手を取る……その手首に巻かれた鈴が微かに鳴る…今はまだ……この人の温もりがあればいい………でも…いつか………

いつか…その想いを伝え る……その想いを胸に……夜は静かに更けていく………

微かに響く鈴の音が……優し い時間を告げる…………

 

 

 

 

そして……未来でまた出逢う だろう……彼女達と……その刻を……

蒼く輝く月が…未来を祝福す るように……光り輝く…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

円盤皇女ワるきゅーレ

次元を超えた契り

 

〜FIN〜


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