次元を超え……並行宇宙へと やって来た一同………円盤修理のために立ち寄った名も知らぬ惑星で出逢った奇妙な老人の誘われるままに……彼女達は老人の家を訪ねていた。

既に陽も傾き、惑星内は夜に 包まれようとしている。

岩で造られたような家にお邪 魔した一同は、蝋燭の灯りが照らすなかで腰掛け……先程から無言のまま、もてなしの準備を行なうアルと名乗った老人を見詰めている。

「おい爺さん! 俺たちゃあ こんなとこで呑気にしてる暇なんてねえんだよ! 話があるなら早くしてくれ!!」

じれったい状況に痺れを切ら したハイドラが叫ぶ……だが、それはこの場にいる全員の気持ちの代弁であった。

正直、こんな右も左も解から ない並行世界に来て混乱しているのだ……その上、このアルと名乗る老人が和人に関するなにかを知っているのであれば、一刻も早く聞き出したいのだ。

だが、そんな様子に悪びれも なくアルは声を上げる。

「まあまあ落ち着きなさ れ……短気は損気じゃぞ」

宥めるように嗜めると、一同 はまた口を噤み……アルはカップに液体を注いでいく。

「ほほほ……ここへ客人を招 いたのは久々じゃな…………ほれ、飲むがええ」

そう言って差し出したのは湯 気を立てる茶……一同はやや表情を顰めたまま、一服する。

その様子を眺めながら、アル もまた向かい合うように腰を落ち着ける。

「どうじゃな……少しは落ち 着かれたかな?」

試すような物言いに、一同は 眼を剥く。

「焦っておられるのは解かる が……そんな時にこそ冷静になられい………焦っていては、進む先さえ霞み、道を誤らせますぞ」

そう嗜めれら……一同はよう やく冷静さを失っていたことに気づいた。

和人のことを早く助けた い……その一端を知りたい…そのために焦り、余裕をなくしていた………どこか、恥じるように俯く。

「………申し訳ありませ ん……ですが、私達もそうのんびりしている暇はありません。お聞かせ願いますか? 貴方が知っておられることを……」

そう……確かに余裕をなくし ていたのは事実だが、そう時間に余裕がないのも事実……次元の穴を超えてきたが…その次元の穴がいつまでも開いているという保証はない。

早く和人を助け出さねば…… この世界に閉じ込められてしまう………

「………」

暫し無言であったアルは一瞬 瞑目すると……やがて真剣な面持ちを浮かべ…そして、口を開いた。

「次元を超えしヴァルハラの 方々……わしは、主らをお待ちしていた………どうか、救ってくだされ……あの方を…アーリィ皇女を」

 

 

 

 

鬱蒼としていた天候はやがて 黒雲になり……豪雨となって降り注ぐ………

雷鳴が轟くなか……円盤の甲 板に出たワルキューレは虚ろな眼で天を見上げていた…………

感じない……なにも………全 てが闇に帰したような無機感…………

雨に濡れ……ただ佇むワル キューレの瞳から……またも涙が零れた…………

 

 

 

 

 

円盤皇女ワるきゅーレ  

第3部  次元を超えた契り

第陸話   過去(アーリィ)現在(ワルキューレ)

 

 

 

 

 

雷鳴が轟き、その閃光が窓か ら家内にまで届き、一瞬陰が生まれる………

遠くで聞こえる雷鳴…だが、 そんな雷鳴さえも今の一同の耳には届かない……ただ、硬直した状態で眼前に居座るアルを凝視している………

それ程、遂今したがアルが発 した言葉は衝撃的だったのだ。

「知ってるの!? あいつ を……!」

思わず掴み掛からんばかりに 前屈みになる秋菜……アルが発したのは間違いなく和人を連れていったあの女の名……

「落ち着いてください、秋菜 殿……お聞かせ願いしてもよろしいでしょうか?」

「救う…どういうことかしら ね?」

秋菜をメームが制し、疑惑を 込めた視線でゴーストが問う。

要領をえなくて仕方ない…… こちらはなにも知らないのだ……アルはもう一度茶を啜ると……湯呑を下ろし………刹那、周囲の空気が変わる。

その感じる気に一同は身構え る……だが、アルは億尾もなく言葉を発する。

「話すより……直接見た方が 早かろうて…………では、語ろうかの……この世界のヴァルハラの結末を………」

次の瞬間……アルから気の流 れが走り…全員の視界が一瞬の光に包まれた………

 

 

 

一瞬の眩い光に視界を覆わ れ……やや間をあけて後、眼をゆっくりと開くと……そこは先程までいた家内ではなく……宇宙空間であった。

「うえっ!?」

「ど、どうなってんの!?」

浮遊する感覚に混乱する秋菜 とリカ……だが、これは宇宙空間にいる訳ではない。

「……これは…記憶?」

ゴーストがポツリと呟く…… それに答えるように頭上から声が響いた。

『左様……』

突如として響いたアルの声に ハッと顔を上げる。

『口で説明するよりも…実際 に見ていただいた方が早いと思いましてな……今、主らがいるのはわしの記憶……そう…そして、遥か古の記憶じゃ………』

困惑する一同の視界に……一 つの大きな惑星が見える。

蒼に輝きし惑星の周囲に衛星 のように存在する十二の星……それは、紛れもなく………

「ヴァルハラ星……」

メーム達の故郷……ヴァルハ ラ星に相似の惑星……だが、これは自分達の世界のものではない。

『そう……我らのヴァルハラ 星………十二の月に護られし惑星……そして、この宇宙の平和と調和を保つ惑星じゃった』

「……どういうこと?」

過去形で締め括ったアルの言 葉に不審そうに問い返すと……それに応えるように彼女達の身体は吸い込まれるように惑星へと降下していく。

落下するような雰囲気のな か……雲の切れ間から見えた惑星の表面には、美しい街並みが聳える………

「同じヴァルハラ星でも、我 らの惑星とは違うのですね……」

その光景を見やりながら、 メームがポツリと漏らす……彼女達のヴァルハラ星は、過去に襲った刻のブリザードにより、大陸が8つに分かれ、それぞれが浮遊する世界となってしまった。

だが、このヴァルハラ星は地 表に自然と街並みが見事に調和している。

「あ…アレ! お城じゃな い!」

リカの声に反応し、振り返る と……街並みの奥に聳えるように建つ12の居城……いや、宮殿といったところか。それぞれの装飾を施された12の宮殿………

『我がヴァルハラ星は、12 の皇女達によって統治され…平和と繁栄を得ていた………12の皇女と…皇女を守護する者達によって………』

「皇女を守護……?」

聞き慣れない言葉に眉を寄せ るも……一同の身体は流されるように宮殿の方へ流され………12の宮殿が立ち並ぶ奥に聳えるもう一つの宮殿……位置的に見て、中央宮殿といったところか。

巨大な宮殿の眼下には、溢れ んばかりの人々の声……それを見下ろしていた一同は視線を移動させ……眼を見開いた。

宮殿から眼下を見下ろすバル コニーに佇む12人の姿を………全員が見たことのない人物だが、誰もがヴァルハラ皇女の証である羽を頭に輝かせている。

それぞれの個性を表わすよう な服装に身を包み、人々に向かって手を振る皇女達……その皇女達を見やっていたが……その中央に佇む皇女を見たとき、驚愕に眼を見開いた。

「ああっ!?」

「アレは……」

「あいつじゃねえか!」

秋菜が声を張り上げ……その 容姿にゴーストの視線が細まり、ハイドラが指差す。

中央に佇む皇女は…紛れもな く和人を連れ去ったアーリィの姿であった。だが…違和感に気づいた。

「髪の色が…違う……?」

微かに眉を寄せ、睨むように 見る……彼女らの前で佇むアーリィの髪の色は、あの全てを呑み込むような漆黒ではなく……黄金に輝く金色の髪………まるで、太陽に愛されたかのような煌き を放っている。

そして……なによりも、その 表情が違う………慈しむような優しさと決してなにものにも侵されない凛とした雰囲気を感じる。

『アレが……あの方の過去の 姿………そして…本当のお姿でもある……ヴァルハラ皇家の長として…この惑星はもとより、宇宙の調和を保つ……誰からも愛され…素晴らしい御方じゃっ た……』

どこか、哀愁を漂わせるよう に響く声……全員が未だに怪訝そうに見詰めるなか……ゴーストの視線がアーリィの後方に立つ人影を捉える。

「アレは……和人 様………?」

その声に反応して全員の視線 がゴーストの視線の先を追い……そこに佇む人影を捉える。

「和人!」

「お兄ちゃん!」

蒼く輝くような鎧に身を包ん だ少しばかり今より年上だが……紛れもなく彼女らの知る時野和人………

『あ奴の名は……セイ ヴァ………かつて、アーリィ皇女を守護するヴァルキリーナイトの一人であった………』

「ヴァルキリー…ナイ ト……?」

聞き慣れぬ単語にメームの表 情が顰まる。

『そうじゃ……主らの世界の ヴァルハラ皇家は知らぬが…この我らが世界のヴァルハラ皇家には、12の皇家と皇女を守護する騎士団があった……その名を…ガーディアンナイツ』

かつて栄華を誇りしヴァルハ ラ星……そして…その象徴たる12の皇女……だが、12の皇女はその立場故にどのような危険に晒されるか解からず、また一人でも欠けるわけにはいかない。

その皇女の護衛のために組織 されたのが……守護騎士から構成される12のガーディアンナイツ……そして…そのガーディアンナイツの筆頭たるのがヴァルキリーナイトの称号を持つ騎士達 だった。

『白きヴァルハラ皇家の 長……刻の武具:刻の刃を継承せしアーリィ皇女を守護するガーディアンナイツの長が……あの男だった……その力は…恐らく我らが長老衆の知る限りにおい て……他の追随を赦さぬほどであった』

永いガーディアンナイツの歴 史において……類を見ない才能の持ち主………恐らく、最強の名を持つ騎士………セイヴァはアーリィと幼い頃からともに育った仲………故に、その信頼関係も 深い………

『なによりも……あやつと アーリィ皇女は互いに惹かれあっていた………』

12の皇家からなる政治形 態……その長たる存在が白き皇女であり、刻の刃を継承したアーリィ……それを補佐し、また守護する役目をおったのがセイヴァと名乗る和人と相似の男……

「っ!? まさか……アレ は…あそこにいるのは…和人様の前世!?」

そこでゴーストがハッと気づ いた。

相似の姿に……過去と現 在………過去より刻を越えて転生せし魂…………そして…アーリィの不可解な言葉の意味にも………

「あいつ……和人を取り戻し たかったのね」

どこか、やるせない声で秋菜 が呟く……アーリィは取り戻そうとしていただけ……大切な者を……秋菜には、それがなんとなく解かるような気がした。

「ですが……婿殿があそこに いる方の転生した者なら…何故、婿殿を……それに、何故今になって……」

メームが虚空に向かって問 う。

この世界の和人とアーリィの 関係は解かった…だが、それでも和人は和人なのだ。前世は関係ない……なのに何故……和人を攫ったのか………考えられるのは……一つ………

「この世界で……あの二人は 幸せになれなかった………そうじゃないの?」

どこか硬い声でゴーストが囁 く…それは、自分に向けられているのだろう………自らの幸せを放棄し…そして……それに飢え、苦しみ……その幸せを求めてしまった………もしそれが…幸せ の絶頂にいた頃に起こったなら……二人の仲を引き裂く何かが起こったとしたら……その絶望は果てしないものだろう。

『仰るとおり……アレさえな ければ………あの二人は…幸せになれたであろう………』

アルがもらした呟きに、問い 返すより早く……一同の周囲が黒く包まれる……だが…それも一瞬のことで、すぐに別の光景が飛び込んでくる。

眼の前に拡がるは……暗く閉 ざされた街並み………廃墟と化した街とその奥に聳える城………そこが、先程自分達が見ていたヴァルハラ星と同じであると解かった瞬間、驚きに眼を見張り、 息を呑んだ。

まるで違う……別の惑星と言 われた方が納得できるほどの荒廃ぶり………言葉を失う一同にアルの言葉が響く。

『ヴァルハラ星は、混沌の魔 に襲撃された……闇よりいでし魔:ゲルミルによって』

ヴァルハラ星を蹂躙するよう に犇く黒き影に覆われた魔性の獣達……その魔の群に向かっていく光の剣を構える騎士達……皇家を守護するガーディアンナイツ達が懸命に戦うも、魔性の力に より、次々と駆逐されていく。

その凄惨な光景に秋菜やリカ は思わず眼を逸らす。メームやゴースト、ハイドラも厳しげに見詰める。

『魔性の者どもの力によ り……ガーディアンナイツはほぼ壊滅し…皇女達も……長であったアーリィ皇女を遺し、全て………』

悲痛な声で語るアル……ヴァ ルハラ皇家に受け継がれてきた伝承……魔性なる一族:ゲルミルの襲来………ヴァルハラ皇家を破滅へと導くラグナロク…………

突如として現われた魔性の一 族により、ヴァルハラ星は蹂躙され、民を護るために戦った皇女達に付き従うガーディアンナイツ………その戦いにより、ヴァルハラ皇女もほぼ死を迎え…ガー ディアンナイツも残されたのは既に数えるほどの者達のみ………

『そして……残った最後の魔 性の者達の戦いのなかで………アーリィ皇女は最期のご決断をされた………』

光景が変わり……彼女達の前 に戦いが拡がる…………

 

 

黒ずんだ影で覆われた獣人の ような相手に向かい、光の刃を突き刺すセイヴァ……もはやガーディアンナイツは自分独りのみ……だが、それでも退くわけにはいかない……大切な者を護るた めに………この命尽きようとも………

決然とした面持ちで魔性の者 を退けるセイヴァの奥には、白い法衣を纏ったアーリィが静かに槍を構えている。

ヴァルハラ皇家の聖衣……最 期を覚悟した刻に着るいわば死装束………その汚れなき純白の聖衣に身を包み、刻の武具である刻の刃を構え…全てを委ねるように集中させている。そのために 無防備を晒している……だが、アーリィに近づこうとする者は全てセイヴァが叩き伏せ、ヴァルキリーナイトとしての強さと意地をみせている。

周囲にいた魔性の獣達をほぼ 一掃したものの……セイヴァは傷ついていた……体力の消耗も激しい……だが、そこへ巨大な影が現われる。

先程の小物の魔性とは違 う……全てを呑み込むような黒い影に8枚の翼を拡げる悪魔のごとき存在……ゲルミル一族の長:アウルゲルミル…………

その巨大な爪が振り上げら れ……セイヴァを狙う……既に疲労困憊に負傷しているセイヴァではそれをかわせず、間一髪剣で防御したものの、その勢いに負けて弾かれる。

その姿にアーリィの眼が見開 かれる。

悲痛な叫びが上がる……だ が、ここで集中を乱すわけにはいかない……それこそ、愛する者の決死の覚悟を無駄にする……心の内で血を流しながら…アーリィは全意識を刻の刃に集中さ せ、やがて先端の宝玉から光がこもれる。

『闇よりいでし混沌の魔王 よ……その力、闇に封じよう…刻の刃よ! 邪悪なる魂を浄化させたまえぇぇぇぇっ!!』

遂にその刻はきた……声を張 り上げ、刻の刃を振り被ったアーリィの突き出した穂先から幾条もの光が放たれ、それがアウルゲルミルの影を拘束していく。

呻き、苦悶を漏らすアウルゲ ルミル……だが、そのあまりに強大な闇の波動に刻の刃を翳すアーリィの方にも負担が掛かり、歯噛みしている。

足元がふらつく……手が痺れ て離しそうになる……ここで離してしまえば…もう全ては終わるのだ………必死に踏み止まろうとするアーリィの手に別の手が添えられた。

驚いて振り向くと、そこには ボロボロのセイヴァが倒れそうになるアーリィを必死に支えていた。

『……セイ』

『……約束、しただろう…… 俺達は、死ぬも生きるも一緒だって………死ぬ刻は、一緒だ………』

苦笑めいた笑みを浮かべてそ の視線をアウルゲルミルへと睨みつけるセイヴァにアーリィは眼に涙を浮かべ、頷く。

そして……最期の力とばかり に全てを…己の全てを込める…………刹那、刃より放たれる光が勢いを増し……アウルゲルミルの身体を粒子に変えていく………

歯噛みしながら耐える二 人……完全に身体が粒子となった瞬間…………周囲が凄まじい閃光に包まれる………

その閃光のなかで…アーリィ はセイヴァに寄り添う…………最期に愛する者の腕のなかと共に逝けるという幸福に…………

 

――――――……生まれ変 わっても………ずっと…ずっと………一……………

 

最期まで言葉は続かず……閃 光が視界を覆いつくした…………こうして…ラグナロクにいき付きしヴァルハラ皇家の歴史は幕を閉じた…………

 

 

 

ゴースト達がハッと眼を開け ると…そこは先程のアルの家………だが、それを認識するよりも今まで見た光景が彼女らのなかを占めていた。

ヴァルハラとゲルミルの黙示 録……アーリィとセイヴァという二人の悲恋………確かな未来への幸福を奪われた………その事実には確かに心を傷めるものがあった。

「こうして……我らがヴァル ハラ皇家の歴史は…永遠に閉ざされることになった………」

その声にハッと顔を上げる と、ビジョンを見せられる前と同じ位置に座るアルの姿。

「………二人の関係は解かっ た……でも、それ程まで繋がっていたなら…どうして離れ離れになってしまい……そして…どうして彼女はそこまで変貌してしまったの?」

アーリィとセイヴァ……つま りは和人の前世…想いを繋がらせ、強い絆で結ばれていた……ワルキューレには少し気の毒だが、二人の関係と絆の深さを見ると…だが、それ程までに互いを想 い合っていたなら…何故、二人は違った次元に転生したのか……そして…とても他人を傷つけるようには見えなかった彼女があそこまで変わってしまったの か………

その問いに…アルはしばし瞑 目し……やがて、軽く息継ぎをするとこちらを見据える。

「呪いじゃよ」

「呪い……?」

「そう……アウルゲルミルの 呪い………アーリィ皇女の御犠牲により、ゲルミル一族はこの宇宙より消えた……じゃが、最期の最期で奴らは呪いをかけたのじゃ……」

アーリィとセイヴァの二人の 最期の力によりその魂を浄化されたアウルゲルミルの放った呪い……自身を浄化せし者達の魂への呪い………二人の絆を裂く…黒き呪い………

一つに重なり合うほど魂を繋 げていた二人の魂はその呪いにより、遥か別々の世界へと転生させられた………次元を超え…もはや二度と逢うことの叶わない………絆を完全に引き裂く呪いで あった………

「そんな……それじゃ…和人 が……」

「悪いと思ったが、お主らの 記憶もさっきの共振のときに少しばかり見させてもらった……恐らく…セイヴァの魂はお主らの世界へと飛ばされ…そして、輪廻の輪をくぐり、転生したのじゃ ろ………」

転生時に過去の記憶と…アー リィへの想いも忘れて………時野和人という一人の人間として………

「そして……彼女もまたこの 宇宙で転生した…でも………」

「そう……わしが気掛かり じゃったのは、転生した皇女が前世の記憶を持っているのかということじゃった………」

最期の決戦の場においてアル は見届けた……そして、二人にかけられた呪いについても危惧していた………それから幾星霜…………

刻を同じくしてこの宇宙に転 生したアーリィ……だが、彼女はその皇女の力故か…前世の記憶をもって生まれ落ちた……だが、その片翼の魂は感じられない………

彼女は憶えていた……愛した 者との日々を…あの温もりを……そして…最期に交わした約束も………なのに…感じられない………

「皇女の魂は負の感情が募 り……そして…想いを募らせていった…………」

「でもだからって、なんで和 人を……!」

アーリィの境遇には同情を憶 えるが…それでも和人はセイヴァではない……たとえ前世であろうと今は違うのに……今は……時野和人という一人の人間として…そして……一人の女性を想っ ていたはずだ………そんな和人だからこそ、彼女達は諦めきれない想いをもっていた。

それに対し…アルは一瞬瞑目 した後……静かに呟いた。

「数ヶ月前……宇宙の裂け目 からなる次元の天災が襲った」

その言葉に思い当たった一同 は眼を見開く。

「小さな次元の亀裂……そし て………その亀裂より彷徨い出し負のオーラ…皇女が浄化したはずの魔性の者達のオーラが彷徨い出てきた」

刻のブリザードによって次元 間の均衡が僅かに崩れ……そして…次元同士を繋げると同時に浄化し…異次元へと封じた魔性のオーラが彷徨い………それが…強い負の波動を放つ者へと取り付 いた。

「それじゃ、彼女は……!」

「……皇女は…闇に魅入ら れ………そして…変わられてしもうた………」

悲壮感を漂わせる表情で俯く アル……自らが浄化したはずのオーラに魅入られたアーリィ……募り続けた愛しい者への思慕が増長し……

「そして……彼女は見たの ね……私達の世界を」

二人の絆が二つの世界を繋げ たのか……次元の亀裂の向こうに感じた愛しい者の魂……だが、それは彼女にとって残酷な光景だった……向こうの世界で生きる者は自分の知る者ではなかっ た……自分以外の女性に微笑み……そして…約束された二人の未来………

それがアーリィにはこの上な い残酷なもの……その瞬間、アーリィは嫉妬と憤怒に狂った………

彼女の魂の一部となり…彼女 を突き動かす闇のオーラに誘われて……アーリィはこちらの世界に来た………大切な者を奪い返すために…………

「あとは……貴方方の知って の通りじゃ…」

自分達の世界へと刻の武具を 使い、次元を越えてきたアーリィ……そして…和人のなかに眠っていた前世の魂を呼び醒まし……もう一度…幸せを掴むために………歪んだ愛……

「急がれた方がよろしい…… セイヴァ…いや、主らの知る少年の方もこのままでは魂が消滅してしまう……」

ただならぬ言葉に秋菜が噛み 付き掛かる。

「ちょっと! どういうこと よ…それっ!?」

「皇女は急ぎすぎた…本来は 出してはならぬものを出してしまったために、あやつの魂は今酷く不安定な状態なんじゃ……前世の記憶を持つというは、それだけ魂の消耗に繋がる…さらに、 かの者の魂は欠けた弱い状態にある」

その言葉にハッとする…和人 の魂は一度、ワルキューレとの事故で欠けてしまい、それをワルキューレの魂と同化することで補っていた。

だが、その魂の欠片がワル キューレに戻った今……和人の魂は欠けた不安定な状態…しかも、前世という魂の底に眠る人格により、負担は増しているはずだ。

「彼女は…和人様達は何処 に?」

ゴーストの問いに、アルは雷 鳴の轟く外を見やりながら呟く。

「宇宙の中心……ヴァルハラ 星じゃ。皇女とそ奴はそこにおる」

「急ぎましょう!」

メームの言葉に応じ、一同は 決意を込めて立ち上がる。

「どうも……ありがとうござ います」

深く一礼すると、一同は飛び 出さんばかりの勢いで家を出ようとするが、その背中にアルの言葉が掛かった。

「どうか…お頼みもうす…… 皇女もまた、苦しんでおられる……あの方を…救ってくだされ……」

悲痛な…それでいて己の無力 さを噛み締める声に……彼女らは表情を微かに顰め…そして……そのまま家を飛び出していった。

閉じられるドア……離れてい く気配……それを見届けると、アルは深々と息を吐き出す。

「これで……わしの役目も終 わったのう」

それが誓いであった……呪い によって離れ離れになってしまった二つの魂………ガーディアンナイツを束ねる長老という身でありながらの己の不甲斐なさ……それ故に、こうして恥を呑んで 今まで生きてきた……だが、それももう終わる………

想いを託し…己が果たせな かった使命を受け継いでくれる者がようやく現われたのだから………

アルは無造作に懐から柄を取 り出す。

「……アーリィ皇女…セイ ヴァ………可愛い…子供達………よ……」

静かに眼が閉じられ……言葉 が途切れると……アルの手から柄が転がり落ち、床に音を立てて転がる………

暖炉の火が鳴る音と雷鳴…そ れだけが、ただ静かに木霊するのであった……まるで、葬送曲のように………

 

 

 

 

雷鳴が響くなか……ワル キューレは甲板の上で死人のように佇むだけ………その背中を同じように濡れながら見詰める真田さんとライネ、コーラス……

先程から何度もワルキューレ の身体を気遣って声を掛けるも、ワルキューレは一向に反応を示さず…ただ座り込み、俯いているだけ……無理に連れ戻そうとしても撥ね退けられる。

「お姉様……」

「ワルキューレ皇女……」

さしものライネも今回ばかり はいつもの調子で声を掛けることもできず……真田さんに至ってはもう気が気ではない。

そして…無言だったコーラス が突然顔を上げた。

「皆、帰ってきた」

その言葉に反応し、下を見や ると……アルの許へと行っていたメーム達が戻ってくるのが見えた。

「メーム様!」

「メームお姉様!」

その姿に弾んだ声を上げる二 人……訝しげに彼女らは舞い上がり…甲板に降り立つ。

「どうしたのですか?」

「それが……」

真田さん達が振り向いた先に 視線を向け…雨のなかでただ座り込むワルキューレの姿……それで大まかに悟った。

「意識は戻ったのですが… ずっとあのままで……このままでは、お身体の方にも…」

言葉を濁す真田さん…既にそ れは承知しているが、先程からなんの効果も上げていない。ワルキューレの今の心情を思えば解からなくもない……だが、このままではいられないのだ。

その時…ゴーストが一歩前に 出てワルキューレに歩み寄っていく。

「ちょっと、お前…」

ハイドラが声を掛けようとす るも、秋菜が腕を出して制する。

「任せてみましょう……これ で立ち直れないようなら……私、彼女を買い被りすぎてたってことだし」

まるで、自身に言い聞かせる ようにそう呟く秋菜にハイドラも黙り込み…その他の面々も真剣な面持ちで成り行きを見守るしかなかった。

 

 

膝を抱えるワルキューレに歩 み寄るゴースト……その背中に、ゴーストが低い声で呟いた。

「なにをしているの…貴方 は?」

その問い掛けにワルキューレ は無言のまま…さらに言葉が続く。

「何故何もしようとしない の? 貴方は和人様を助けようと思わないのっ?」

思わず言葉を荒げてそう問う と……小さいボソッとした声が聞こえてきた。

「……私は、和人様に相応し くないんです………私は…最低の女です………」

しっかり耳を傾けなければ、 雨に掻き消されてしまうぐらいにか細い声……だが、聞こえてきたのは自虐的な言葉……ゴーストはカッとなってワルキューレの腕を取り、胸倉を掴み上げる。

「貴方は和人様を愛している のでしょう!? そして和人様も貴方を…!?」

「……私は…和人様に……最 低のことをして…それで勘違いしただけ………」

詰め寄るゴーストの言葉にも 反応を返さない……そして…最後に放たれた言葉が致命的だった………

 

―――――和人様は…私が殺 してしまった……私を…愛してくれるなんて………

 

刹那…それ以上聞きたくない とばかりに…乾いた音が響いた。

次の瞬間…ワルキューレの頬 が微かに腫れ……ゴーストの右手が振り上げられていた。

ゴーストが放った平手に呆然 となっていたワルキューレに…ゴーストの苦悶の声が聞こえる。

「そんな程度だったの…貴方 の想いって………それぐらいで諦められるほど、貴方の想いは軽かったの!?」

苦しげに…そして切なげに言 い放つ……かつて、ゴーストは和人に想いをぶつけた…幾星霜の間で積もった想い…だが、それも敵わなかった………和人とワルキューレの絆には……でも、温 かかった……二人の絆と想いが……凍てついていた心を溶かすほど……

「そんな簡単に諦める程度な ら……ずっとここでウジウジしていればいい…今の貴方は……本当に最低よ」

そう言い、手を離すと……ワ ルキューレはその場に膝をつき……無意識に左手で頬を押さえ…やがて、その眼に涙が溢れる。

「うっ…うぅぅぅ……和人さ ま…和人ぉぉぉぉぉ」

その場で泣き崩れる……諦め たくなどなかった………一度知ってしまった温かさを…離したくはなかった……愛しい人を………

「……彼を…あの人を助けた いのでしょう……?」

屈み込み、そして先程までと 違い、優しい声を掛けるゴーストにワルキューレは涙を浮かべた眼で頷いた。

「だったら……貴方の手で彼 を救いなさい……あの刻と同じように………」

そう……たとえどんなに引き 離そうとしても……和人とワルキューレ……二人の絆の強さは既に身をもって知っている………だが、それでもワルキューレは未だに踏み出せない…アーリィの 言葉がまだ彼女の心に深い陰を落としている。

どんなに言い繕っても…ワル キューレが犯した罪は変わらないのだから………

「過去は消えない……でも… 過ちはこれから変えていける……貴方と和人様が私にそう教えてくれたわ……なら、貴方も自ら変えていきなさい……」

そう論すると…ゴーストは すっと立ち上がり……やがて、逡巡していたワルキューレも立ち上がる。

まだ迷いと心の傷は消えな い……だが、その表情には決意が漂っている。

「あの…ありがとう……ござ います」

そう頭を下げるワルキューレ にゴーストは微笑を浮かべる。

「いきましょう……私達の… 大切な人を助けに………」

ゴーストが前を振り向く と……その先には待っていたとばかりに笑顔を浮かべる仲間達……ワルキューレはできる限りの笑みを浮かべて頷き…そして駆け出す………

雨は……止んでいた…………

 

 

 

女神は再び立ち上がる……大 切な想いを取り戻すために…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――To Be Continued


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