まぶらほ〜獅子の名を継ぐもの〜
外伝
『我は獅子の王なり』
もう十数年も前の話。
俺は右も左も知らないバカな高校生で、とにかく周りが気に入らなかった。
威張ってばかりの能無しの教師にも、お山の大将気取っている弱っちい不良も。
他にも色々あったが、余りにも多すぎる。自分の父親ですら、憎しみの対象だった。
ちなみに母親はいない。もう顔も覚えていなかった。
要するに、俺自身が不良だったのだ。
誰も俺を止められない。俺の人生を決めるのは俺自身で、俺を決められるのもまた、俺自身。
そうやって生きてきた。
誰にも文句は言わせない。文句があるなら俺を倒せ。
けど、誰も俺を倒せない。いつの間にか向かってくる奴さえいなくなっていた。
気が付いたら俺は、周りから『魔王』とか呼ばれてた。付き合う友達なんかいるわけもねえ。
いや………
二人だけ、例外がいた。
俺はその日、いつも以上に腹が立っていた。
それは別に喧嘩した相手が弱かったとか、今日食った飯がまずかったからとか財布を落としたからとか黒猫が横切ったからとか靴紐が切れたからとか………
そんなことでは断じて無い。
これは、俺だけではなく、この高校全ての生徒。男女問わず思っている事だった。
それは………
「あいつ等は………朝から何をイチャついてんだ!」
思わず、怒声が出てしまった。回りの生徒が二、三人逃げ出したが、そんな事はどうでもいい。
今重要なのは、俺の前を歩いている二人。
「でね、その子ったら突然………」
「ハハハ。そいつは面白いな!」
宇都木命と、獅子王凱。
今この学校において、知らぬもの無しの有名人にして、お似合いかつ熱々のカップル二人だった。
さっき言った例外二人もこいつ等だ。
なにが気に入らないかと言うと、余りに周りの目を気にしていない。ハラワタが煮えくり返りそうな程に腹が立つイチャつき振りなのだ。
俺は思い切って、二人に向かって走り出していた。
二人との出会いはそんなに前のことではなかった。
彼女や彼氏がいない生徒。特に男子にとって、凱と命の存在は苦痛以外の何者でもない。女子のとっても言わずもがなだ。
だが、邪魔はできっこない。今まであらゆる美少女、美男子が二人にアタックしてきたが、ことごとく撃沈している。
実力行使に訴えるものもいたが、これははっきり言って自殺行為だった。
刃を向けられたら最後、凱は容赦しない。骨折、脱臼はもちろんのこと、行方不明者まで出る始末だ。
すると今度は命に対する暴力が来る。凱は女子の中でもかなり人気が高かったし、命はその年に開かれたミスコンでダントツ優勝してしまった。
女子の嫉妬から来る嫌がらせが在るのは当然だ。
凱は紳士な奴だから、女を殴るようなことはしない。そう踏んだのだろう。
俺もこんな卑怯な方法を取る奴は許せなくて、ひそかに入手した犯人の情報を流してやった。
こういった嫌がらせの類は、犯人は特定しづらいが、俺にやらせればあっという間だ。少し締め上げれば、すぐに口を割った。
そうして犯人の女子たちの前に、凱は立ちはだかった。
確かに殴りはしなかった。俺に言わせれば五、六回死んでも良い様な連中だが、凱はそのまま何もしない。
しかし、彼女たちを許したわけではなかった。
『今度同じことをやってみろ。女の子でも容赦しないぞ!』
そう言い放った凱の顔を、俺は今でも忘れられない。
生まれて始めて、俺が感じた恐怖だった。
あの眼は、親しい者を傷付けられた事に対する怒り。憤怒の炎で満ちていた。まさに名の通り、彼は『獅子』だったのだ。無用な狩りは絶対にしない。けれども
自分たちの平和を乱すものには断固として戦う。そんな奴だった。
あれは、俺が始めて感じた、『尊敬』と言う概念だったのかもしれない。
ちなみに、その獅子王凱が俺の従兄弟だと知ったのは、その日から三日後のことだった。
そしてそれ以降、俺達は『友人』になった。
最初は突っぱねた俺だったけど………いや、この時点でも突っぱねていたかもしれない。しかし、心の奥底では、俺は二人を紛れも無く、友達と認識していた。
しかし、
こうしてベタベタされるのは気に入らない。それは最初から変らなかった。
「いい加減にしろ!」
「ん? なんだ、雷王じゃないか」
「どうしたの、雷王?」
いけしゃあしゃあと答える二人。
その態度が余計にむかついた。どうやら自覚が無いらしい。
「あのな、少しは自重してくれないか。目立つんだ、あんた達は」
一応こんな言葉使いでも、敬意は払っているつもりだ。こいつ等は俺より二つも年上なのだから。
「目立つ? いつ俺たちが目立つ行動をしたんだ。普通に登校しているだけだぞ」
「普通じゃないんだよ………」
俺の中で怒りの刃を研ぎ澄ます音が聞こえる。
「もしかして、雷王……怒っているの?」
命の言葉に、刃を研ぐスピードはさらに早まった。後もう少しで準備完了だ。
「ああ、わかった!」
命がポン、と相槌を叩く。
「雷王、アナタお腹空いてるんでしょ」
「ああ、そうか。それならそうと早く言えって」
(散々悩んでそれかい!)
もう限界だ。周りに迷惑が掛かろうが知ったこっちゃ無い。
そう思って怒鳴ろうとした時。
ぐきゅるぅぅぅ………
俺のお腹の虫が盛大になる。
一瞬の沈黙の後、二人の間から、大きな笑い声が漏れた。
俺は一言も言い返せないまま、怒りと悔しさ、そして恥ずかしさで顔が真っ赤になっていた。
「あははは! そんなに気にする事ないわよ、雷王。誰だってお腹は減るわよ」
「そうそう。ここは俺が奢ってやるぜ」
そう言って凱は馴れ馴れしくも俺と肩を組んで歩き出した。
俺は逆らおうとはしなかった。腹が減っていたのは事実だったし、もう逆らう気力そのものが切れていた。
こうして俺は、何の自覚も無い二人に又も敗北したのである。
俺は怒り心頭になりながらも、この日常を壊そうとは思わなかった。
人ってのは、失ってからその重要性に気付く生き物なんだろうな。
だから、今思い返すと、『この時』が一番
幸せだったんだ。
俺が日常を失う日まで、
あと、一ヶ月と、10時間27秒前。