「式森和樹が、第三新東京市に移動した」
東京都都心の地下。
機界四天王の一人、ガンベルクは、ぶっきぼうな声で仲間たちに報告した。
「第三新東京市?」
「それはまた、因果な場所に行きましたねえ〜」
本来ならば騎士道精神を持つ男。しかし、それが発揮されるのはあくまで『主』の前でのみ。それ以外では、仲間内でその態度を見せることはまったく無かっ
た。
「ふ〜ん。僕としては、ちょうどいいんじゃないかって思うけどね」
ベイオルの言葉はそれのみを聞けば楽しそうに感じるかもしれないが、その実態は怒りに満ちていた。
「ちょうどいい。また僕が行って来るよ。この間の借りを返してやる……」
何としても、前回の屈辱を晴らさねばならない。ベイオルの憤怒の炎は尋常ではなかった。
「よした方がいいですねえ」
「何!」
ケタケタと笑い声を上げながらベイオルを止めたのはギムレットだ。
「今のあなたは頭に血が上ってらっしゃいますねえ。このまま行っても返り討ちに合うのがオチですねえ………」
「ギムレット……貴様!」
フードの奥底から真紅の光がにじみ出る。まるでベイオルの今の心情を象徴しているかのようだった。
「よしなさい! ベイオル」
真紅の光が飛び出そうとした瞬間、アヌレットの声がそれよりも早く飛んだ。その場が凍った様にピタリと止まる。
「ア、 アヌレット……」
「いいから、落ち着きなさい。確かに今のアナタは思慮深さにかけているわ」
「わ……分かったよ…」
ベイオルの声がしぼんでいく。それと同時に光も少しずつ収まっていった。
「おやおや………『お姉さん』に対しては随分と素直なんですねえ」
「ギムレット、いい加減にしろ」
ガンベルクもさすが鬱陶しく思ったのか、ギムレットに対して静止の言葉をかける。ギムレットは引き下がったがそれでも不気味は笑みを絶やすことは無かっ
た。
「で、結局の所どうするんですかあ?」
ベイオルは行かない。この分だと仲間割れを起こしたということで自分も自宅謹慎を受けるだろう。となれば……
「私が行こう」
「あら、珍しいわね?」
「ここでじっとしているのも飽きた。それに………」
ガンベルクはそこで言葉を切っていた。青色の眼はなんともいえない深みを持っている。
「第三新東京市……あそこにはいずれ赴かねばならんのだ。我等の目的のために………」
第三十三話 ようこそ第三新東京市
GGGがベイタワービルの下、海の底にあるのに対しネルフの基地である本部は地下に直接建っていた。
和樹が第三新東京市を訪れて最初に驚いたのは、ネルフの存在は別に秘密でもなんでもないという事である。
もちろん誰でも入れるというわけではないが、それでもネルフ本部の入り口を聞けば誰でも答えることができた。
エレベーターを降りて、『ジオフロント』と呼ばれる場所にそれはあった。
殺伐としたイメージが大きかった中は意外に自然が多かった。ピラミッド型の基地の横には湖もあったし、それ以外は殆ど森が敷き詰められている
「へえ、結構いいところだね。ああ、鳥も飛んでるんだ」
「…………」
和樹は興味津々で外の様子を見ていた。
和樹の怪我はここに運び込まれてから数時間で完全に感知してしまったのだ。
怪我の様子を見てくれた人たちが目を丸くしていたのを憶えている。
「普段からこうなんです」と言って誤魔化しはしたものの、ますます変に思われる結果に終わった。
さすがに二日ほどベッドで寝込む羽目にはなったが、あくまでフリだった。
まあ、何はともあれこうして怪我が治ったのだ。まだ葵学園の連休が終わるまでには時間がある。
この機会を逃す手は無い、ということで、限られた範囲ではあるものの第三新東京市とネルフ本部の中を案内させてもらっているというわけである。
「GGGの基地も、こんな風にしてやればいいのになあ……」
「…………」
「ええっと………海の下にあるからね。太陽の光なんてホンのちょっぴりだよ。満月の時でもないと月の光も届かないんだ、よね〜……」
「それは……大変ですね」
シンジは無表情で答える。
ここに戻ってきてからシンジの態度はずっとこうだった。いやいや案内をしている、というわけでは無いらしいのだがどこか覇気が無いような気がする。別に艦
の上では覇気が在ったというわけではないが。
「い、いや〜別に大変って事は無いけど。あんまり味気無いのも嫌かなって……思ったん、ですけど…」
和樹の性格上、こういう態度を取られてしまうとこっちもすぼんでしまう。何とかシンジを明るくさせなければ自分も段々と小さくなってしまう。
しかし慌てている和樹は事態を悪化させる、という法則がこの作品にはある。
「え、ええっと……シンジくん、元気ないけど…どうかしたの?」
(ああ、僕のバカ! 直接聞いてどうするんだ! 言える訳ないだろ!)
心の中で涙した和樹だった。
「いえ……別に、なんでもないです……」
予想したとおりシンジの方も話そうとしない。
夕菜達は今、アスカと一緒にミサトにネルフの中を案内されている。つまり自分とシンジと二人だけなのだ。
(ああ、僕だけじゃ駄目だ! 誰か援軍がほしいな……)
他の人がいれば多少なりとも状況が変わるかもしれない
そう考えて和樹は思い切って訊いてみた。
「あ、そうだ。他のパイロットって、どんな感じの人たちなのかな?」
「感じ、ですか?」
唐突な質問にシンジは少し混乱したようだった。
少し演技すぎたかな? と思いつつも和樹は会話を続ける。
「うん。シンジ君はサードチルドレンで、アスカはセカンドチルドレンでしょ。ファーストチルドレンって、どんな人なのかなって」
その言葉を聞いた瞬間、シンジの肩がぴくりと動いた。
「ファーストチルドレン……ですか」
和樹は慌てている為かちゃんとした判断ができなくなっていた。シンジの態度を見れば話題を変えるべきだということに気付いていただろうに。
「さぞかし有能な人なんだろうね。よかったから紹介して……」
「無理だと思いますよ」
シンジの言葉が、その場の空気を一瞬にして悪くする。
「あ………そう。そうだよね、ははっ…パイロットっていうのは、本来すごく忙しいらしいし……」
「そうじゃないです……」
シンジは無理矢理笑顔を取り繕うとする和樹を背に歩き出した。
「シ、シンジ君?」
「彼女………父さん以外は、自分の回りのことなんて、どうでもいい人だから…」
慌てて後を追う和樹は、シンジの口から放たれた言葉に疑問を持った。
「え? 『父さん』って……」
しかしシンジはその疑問に答えはしなかった。いや、答える必要なかった、という方が正しいのかもしれない。
彼等の前に、黒いスーツの男と、少女が一人立っていた。
「父さん……」
父と呼ばれた男は、和樹には目もくれずにシンジのほうに歩み寄った。
「何をしている。」
「いえ、これは………」
「さっさと実験に参加するんだ。ぐずぐずするな」
「…………はい」
男の声はすっと胃の中に入った。けれども余りいい入り方ではない。無防備な状態で、空きっ腹に無理やり胃カメラを飲まされるような、そんな感覚。不自然さ
と透明感が同居した様な、そんな声だった。
男はそれだけ言い終るとさっさと立ち去っていってしまった。
終始和樹には目線すら合わせようとしなかった。
それは彼女に付き従っていた少女も同じである。
「ふう………なんか疲れたなあ」
「………」
何だかこっちまで肩が突っ張ってしまう。授業中もこんな風になったことは無かった。
「誰? 今の人たち………女の子の方は同じ制服だったけど」
昨日、シンジの通う中学校について話してもらった。アスカもそこに通う事になるらしいから和樹もついでに訊いたのだ(トウジやケンスケ、そしてシンジの顔
が苦痛の二文字に染まったのは言うまでも無い)。
彼女は女子の制服を着ていた。つまりはシンジの同級生ということになるのだけれど。
そしてあの黒スーツの男。あの雰囲気と威圧感は独特のものがあった。
「碇ゲンドウ……ネルフの総司令で…………僕の父です」
「え、じゃあ……あの子は…」
「綾波レイ………ファーストチルドレンです」
「あの子が!?」
和樹は信じられなかった。言い方は悪いがあんないかつい男が父親とは。シンジとは似ても似つかない。まあ、自分も人のことは言えないが……。
おまけに三人目のパイロットがあんな人形みたいな子だったとは。
(結構、かわいい子だったけど……僕には目もくれなかったな……)
「僕ってもしかして……あんまり歓迎されてない?」
「そんなことは無いですよ」
二人は再び歩き出したが、シンジの声質はさっきよりもずっと重くなっていた。
「父さんも綾波も、誰にでもあんな感じです。僕がここについてから、ずっと………二人通しを除いて」
「あ、そう………」
和樹は自らの失敗を悟った。
「ええっと……じゃあ…」
もう一回話題を変えなければと思った。この分だともう援軍は無理だろう。和樹自身の勘も含んでいるが、ミサトといいさっきの女の子といいネルフはGGGに
負けず劣らずの変人ぞろいだ。
「シンジ君は、どのくらいここに住んでるの?」
「まだ数ヶ月です……」
「そっか……なんでここに引っ越したの?」
またもやシンジの方がびくりと震えた。
歩いていた足も止まる。
「あ! ああ、いや…いいよ別に!! 言いたくないんだったら!」
「………エヴァのパイロット…」
「え?」
シンジがポソリと呟いた。
「僕はそれだけの存在なんです………後は何もいらない」
「シンジ君?」
「みんなが必要とするのは、僕じゃなくてパイロットの才能……」
「あ、あの? ねえ……」
「僕は、一度逃げ出したけど………それでも戻ってきて、でもその理由が解らなくて……」
「シンジ君!」
和樹は思わず叫んでしまった。ここままじゃいけないととっさに判断した。口が殆ど勝手に動いていた。
シンジは我に返ったように和樹の顔を見る。彼の顔は汗でビッショリになっていた。
「あ…………すみません。変なこと言っちゃって………」
「いや、気にはしてないけど………」
ガシャっと言う音がした。見ると目の前の部屋が開いている。
「じゃあ、僕はこれで失礼します。……さっきも言ったとおり、テストがあるから………」
そういうとすぐに部屋の戸が閉まる。
和樹は一人、ポツンと広い通路の中に取り残されてしまった。
最初のうちこそ呆然と立ってはいたが、しばらくすると和樹の中には自然と自己嫌悪の気持ちが湧き上がってくる。
「はあぁーーー」
深いため息を吐いても、腹の中の罪悪感は拭い去れない。
結局何もできずに終わってしまった。行為全てが裏目に出て、失敗どころか余計に彼を傷付けたみたいだ。
(僕は……ひと一人、元気付けられないのか………)
彼のためを考え良かれと思ってやった事だったが、それでも大きなお世話だったのだろうか……
こんなんで隊長としてやって行けるのかどうか不安になってくる。GGG機動部隊は今でこそオペレーターの夕菜を除けば和樹一人しかいないがいずれメンバー
が増えるかもしれない。
その時自分はその人たちをまとめられるのだろうか。十七歳の少年が上に立たれるなんて、気持ちのいいものじゃないだろう。
(こんなんじゃ、追い越すどころか……近づくことも…)
自分の父……凱はリーダーシップに溢れた人だったらしい。
その姿を見るだけで、その言葉を聞くだけで、周囲の士気は自然と上がる。
そんな姿は隊員みんなの憧れだった、と雷王は言っている。
強くならなければならない。その為には父親を目指すことが第一。
そういう風に考える和樹にとって、助けになれないというのはすごくショックな出来事だ。
(まあ………考えても仕方が無いか…)
和樹はすっと顔を上げた。すぐに落ち込んでしまうが、諦めと転換が早いのもこの少年の特徴だ。
こうして考えていても仕方が無い。別の方法を考えるにしろ、父親を目指すにしろ、まずはここから………。
(………他の、人?)
「あれ………?」
和樹は急いで、シンジがさっきくぐったドアを開ける。しかしシンジの姿はもうそこには無い。
和樹の顔からさっと血の気が引いていく。エヴォリュダーの能力のためか、それが異様なまでに感じることができてしまった。
和樹はこの広い基地の、大きな通路の中で、和樹は一人取り残される羽目になったのである。
「いや〜、今回はホントにすまんね。舞人くん」
宇宙開発公団総裁室。
式森雷王はここで一人の人物と会談していた。
といっても別に直接会っているわけでもなくモニター越しだから会談といってイマイチ実感が湧かない。
雷王は一応『宇宙開発公団総裁』という立場にあるが、本人はあくまで『代理』という所にこだわっていた。
だからこそ、宇宙開発公団の中において、自分は必要最低限のことしかやらないし、大企業との会談や会食といった面倒なことは常に周りの人間に任せている。
風椿財閥の御令嬢ならば知っていて当然なのに、玖里子が雷王の顔を知らなかったのはそういうわけだった。
それがこんな風に一対一で対話をするのは奇妙なことだったが、周りに本人以外誰もいないので疑問に持つものはいない。
「いえ。いつもはこちらがお世話になっているんです。この程度、どうって事ありませんよ」
舞人と呼ばれた男はにこやかに返した。
雷王も四十に満たないこの年齢で総裁をやってはいるが彼はそれよりも若かった。おそらくは和樹と同じぐらいか、それよりも若い。
しかし、そこから出ている気品は、『大人』ということを周りに認識させるには十分である。
「あ〜あ。うちのバカ息子に見習わせたいよ、本当に」
「息子さん、ですか?」
「ああ。前に話しただろう。GGGの隊長になったのはいいケド、いかんせんど〜にも、使えない。今回だって、なにやら海の上で女神様の怒りを買ったとかで
ね。第三新東京市の病院に送られちゃってさ」
「ははあ、それは心中察します」
目の前の青年はそれだけでどんなことが起こったか察したらしい。笑いを一生懸命こらえながら答えた。
「まったく。同じ『隊長』でも、君とは比較にならないぜ。はたから見たらただの阿呆だぞ」
「それはどうでしょう。僕と彼は会った事は無いですし、一緒に戦うこともありませんでしたからね」
微笑んで返すだけの青年のその態度に、ますます雷王は感服した。
自分なんかよりもよっぽど人間ができている。父親の苦労話など、適当に聞き流したらいいものなのに、この子は、旋風寺舞人は全て聞き入れる。
それでもって、雷王にとって気に入る反応を返してくれた。
(ま、天下の旋風寺コンツェルンの若き総帥は、このぐらいじゃなきゃあ務まんないのかもな)
「ああ、すまなかったね。愚痴を聞いてもらって。今度一緒に戦うこともあるだろうし、その時はどうか、よろしくやってくれ」
「はい。楽しみにしてます」
舞人の表情は終始笑顔だった。
男はふらふらと、どこへ行く当ても無くさまよい続けていた。
(ちくしょう……ちくしょう…………)
男の名は長谷川誠。三十一歳。補足すると独身貴族の一人暮らしだった。
だったというのは、もう住む家も無いという意味だ。仕事の都合で第三新東京市に引越ししてきたのはいいものの、どこをどう間違ったのかこうしてホームレス
の一歩手前の状態まで来ている。
だが今にして思えば上層部の策略だったのかもしれない。自分は仕事に夢中で、会社の派閥にまで気が回らなかった。それを気持ち良く思わない連中が仕組んだ
のだろう。
だが、何の理由もなしにリストラはできない。だからここに送ったのだ。
ここには『使徒』とか言う化け物がいた。
ここに前から住んでいる人にとっては二度目の出来事だったらしいが、そんなことはどうでもいい。重要なのはその存在によって自分の家が跡形も無く粉砕され
たということだ。
本来ならば生活扶養があるはずだった。しかしここに来たばかりの自分はその対象から外されてしまったのだ。いくら抗議を唱えても聞き入れてもらえず、その
結果がこの有様だった。
会社の上層部はきっと化け物の存在を知っていたに違いなかった。それによって自分が殺されるか、そうでなくても会社自体が壊されれば今までの様な生活はで
きなくなる。そう踏んだのだ。
(何で……なんで俺が、こんな………)
長谷川は悔しかった。なぜ自分がこんな目に合わなければならないのか。俺が何をしたというのだ。何か大罪を犯したというのならばそれは因果応報という奴
だ。だけどこれじゃああんまりだ。
(許せねえ………許せねえよ…)
悔しさは、やがて怒りへと変わっていった。
そして怒りは、憎しみへと。
(憎いよ……全部、全部!)
自分をこんな地獄へ送った会社の上司が憎い。家を壊した化け物が憎い。自分に何の助けもしてくれなかったこの都市の連中全てが憎い。
「壊してえ………全部、全部、全部………」
「そうか、壊したいか………」
その声を聞いた瞬間、世界が凍りついたように長谷川は思った。
あわてて声のする方を見る。
「嫌なものだな……何も無い者に対しては、とんと冷たいのが『人間』」
声の主は宙に浮いていた。
それは全てが異常だった。空を飛んでいたことではない。空を飛ぶなんてこの魔法社会ではありきたりな事だ。おかしいのはその格好だ。西洋の鎧に見事に装飾
されている腰に下げた剣。
何より極めつけはそのオーラだ。
「な、何なんだアンタ………」
「左遷もそうだが……最も許すまじはこの都市の人間、そしてあの化け物」
人間の形をしていても、彼はどこかが違った。
何かが一つ違っている。ねじの巻き方がまちがっている。もしくは一本取れているか余計に取り付けている。
そんな感じだった。
「今から貴様にすばらしい力を与えてやろう。魔法なんて目じゃない。ナチュラルもコーディネーターも、どんな奴でも思う存分に破壊しつくせる」
「あ、あああ………」
空を飛ぶ男―――ガンベルクの手元から紫色の光が放たれた。ゆっくりと、ゆっくりと、長谷川との距離を詰めていく。
「うあ……あ、ああああああ!!!!!」
彼の意識はそこで終わった。
「ああ〜助かった……」
和樹は手元のアイスティーを飲みながら安堵のため息をついていた。
目の前には夕菜、凜、玖里子に舞穂がいる。
あの後一時間ほどさまよったあげく、ようやく夕菜達に出会うことができた。
アスカとミサトはなにやらやる事がある、といったので自由に見学させてもらっていた最中だったのだ。
アホか、と馬鹿にされたような視線をみんなから浴びる羽目になったが、その時の和樹にとってはまさに神の救いである。
「それにしても…よくあんなところを一時間もさまよえたわね。ある意味才能よ、それ」
「うんうん。和樹君すごいよ」
玖里子の表情は呆れたというよりもむしろ関心に近い。
舞穂は面白がって言っているだけだろうがそれが余計にけなされた様に感じられた。
「仕方ないじゃないですか。あのあたり地図とかまったく無いから、記憶を頼りに歩き回ったんですよ」
「それが阿呆だといっているんだ」
「うっ………」
凜の妥協を許さない突っ込みに和樹はなす術も無かった。
「ごめんなさい………」
「別に、謝る事は無いけど……こっちはこっちで大変だったし」
そういうと玖里子はちらりと隣に目を走らせる。他の三人も眼をやるが余り凝視はしていられなかった。
「あ、あのー夕菜……そろそろ機嫌直して…」
ギロリ………
「いえ、なんでもないです………」
夕菜は和樹をじっとにらみつけていたが、しばらくすると自分のアイスティーに入っていた氷をバリボリと噛み砕き始めた。
(夕菜………さっきから何なんです? あんな調子で)
和樹はできるだけ小声で玖里子に話しかけた。
(それがさ、あのアスカって子と、ひと悶着あったのよ)
玖里子が言うには、きっかけは些細なものだったらしい。
見学している最中にアスカが和樹に関したちょっとした嫌味を言ったらしい。シンジもそうだがあんなのがパイロットで地球が守れるの、とかそんな感じだ。
(なんかその様子が容易に想像できるな……)
(で、夕菜さんはその言葉に激怒したんだよ……)
(始めはそんなでも無かったんだが……次第にエスカレートしていって…)
ついには魔法が使われる寸前にまで発展したらしい。
(うひゃあ、それは大変だ)
以下にネルフ本部でも、夕菜達の魔法合戦までは想定していないだろう。
GGGでは和樹を巡っての戦いは事前に想定され、対策が練られていたらしいが、他の場所ではそうは行かない。
(何とかその場は押さえたが………あの様子だ…)
もう一回夕菜のほうに眼をやる。幸か不幸か、彼女の視線は明後日の方向を向いていて表情はよく読み取れない。
(でも………きっと悪魔の表情をしていることは間違いないわね……)
(最近はおとなしくなったと思ったのですが…)
(舞穂よく見た〜い)
(だ、駄目だよ、舞穂ちゃん! もし見たら石になっちゃうかも知れな……)
ギヌロン………
その場の時間が再び止まったように感じられた。
「え、え〜と………」
いけない、このままではさっきのシンジの二の舞になってしまう。
何とかその状況を打開せねばならない。もちろんさっきのように失敗を踏まないで、だ。
「ま、まあ、確かに……あの子の態度は少し問題あるかもね」
ぴくりと、夕菜の肩が動いた。そしてそのままの姿勢で首が157度回転する。
「…………本当にそう思います?」
「う、うん………」
(こ……怖い…………)
和樹は、意味が違うがそれこそ『穴があったら入りたい』気持ちになった。
しかしここで逃げてはGGG機動部隊隊長の名折れである。さっきの名誉挽回のためにも、何とかして夕菜の機嫌をおさめなければ………
「だ、だってほら………あの子、弐号機を僕に見せて『ガオファイガーなんて、弐号機に比べれば時代遅れの旧式だ』って言ってたんだよ」
「………」
「や、やっぱり僕も、人としてそういうことは言っちゃいけないと思う、な………なんて……」
「………………」
「い、嫌ね………個人の主義主張は勝手だとは思うけど、そういうのは心の中で思っていればいい事で……あると…思いまして………」
「……………………………」
「その……僕の勝手な自己満足の考えにござりますれば……とんだ、お耳汚しを……」
「和樹さん………」
「はい………」
和樹はがっくりと肩を落とした。
どうやらまた失敗みたいだ。おまけに夕菜の声質が下がっているところを見るとますます起こっているな。また悪魔のような夕菜に逆戻りか……
「ホントに彼女、そんな風に言ったんですか!」
「え?」
ズイ、と夕菜が身を乗り出してきた。その剣幕はさっきと負けず劣らず強いものだったが、怒りはもうとっくにどこかへ消えていた。
「和樹さん!」
「は、はい! 言いました、言いました!」
慌てて言う和樹だったが、夕菜はその言葉を聞くと急に思案顔になった。
見ると他の三人も首を傾げている。
「み、みんな………どうしたの」
夕菜の怒りのボルテージの高さにやられて、三人とも頭がおかしくなってしまったのだろうか。
「あの〜凜ちゃん?」
「気付かないのか、式森?」
「え?」
「どうして彼女がそんなこと言えるのよ」
玖里子の疑問は和樹には理解できない。そんなこと? アスカが言った言葉に何か不可思議な点があるのだろうか。
「そんなことって?」
「忘れたんですか、和樹さん」
「GGGの人以外、みんな過去のことは忘れてるんだよ」
「あ………」
(そういえば………そうだ!)
なぜ今まで気が付かなかったのだろう。
紅尉たちの手によって、旧GGGの記憶は一部の人間を除いて全て消えているはずだった。
つまり他の人間にとって見ればガオファイガーやGGGは今まで全く『見たことが無い』物の筈である。
(僕の聞き違い……いや)
彼女は……アスカは確かにシンジと和樹に向かって言っていた。ガオファイガーは『時代遅れの旧式』だと。
「具体的な製造の月日を言っているとしても、完成そのものは殆ど同時期のはず。つまり彼女は知っていたのよ。機界大戦のことを」
玖里子の言葉が、小さな部屋にずっと響いている。
どういうことだ。彼女が知っている? 機界大戦を? それもGGGのことまで……
「彼女………何か掴んでいるのかもね」
「え?」
「賢人会議について」
賢人会議と聞いた瞬間全員の顔がこわばる。
ふと見ると、夕菜が和樹の手を握っていた。
無理も無い、と和樹は思った。巨大ロボットを動かし、街を破壊している、と言ってもそれはあの組織のホンの一部だ。目的のためなら女子供でも容赦なく殺し
てしまう、そんな連中。
そのせいで自分たちは、今こうして戦う羽目になっているのだ。
そんな組織に関係があるかもしれないと言ったら、誰だって怪しく見えてくる。
「まあ、ネルフごとグルって事は無いでしょうけど、この件は私たちには重すぎるわ。私が初野さんに話しておくから」
「そうですね………そうしましょう」
「惣流=アスカ=ラングレーには、余り近づかない方がいいかもしれませんね」
凜の意見にはみんなが賛成だった。最悪、アスカが賢人会議の刺客だった場合、不意を突かれてもその場で対抗できるのはエヴォリュダーの和樹のみになってし
まう。
(なんか……とんでもない事になってきたな…)
その場しのぎで喋ったとことがまさかこんな事になろうとは思わなかった。
でも玖里子の言うとおり、とりあえずは誰かに相談してからだ。
「あれ?そういえば、華さんは、どこ言ったの?」
「華さんだったら、ミサトさんと一緒にテストに付き合うって言ってたよ」
「テスト?」
シンジもそう言っていたことを思い出した。テストがあるから、と
「何のテストなの?」
「エヴァンゲリオン零号機の、再起動実験だそうです」
「再起動?」
エヴァンゲリオン零号機の事は確かアスカが言っていたような気がする。
確か、エヴァシリーズのプロトタイプと言う話だ。
「でも、何で『再起動』なの?」
「前回の実験中に、暴走して事故を起こしたらしいんです。それの続きだって……」
「そんな!」
そんな物騒なものに、なぜ人を乗せようとするんだろう。和樹の価値観から言わせれば即刻廃棄すべきものである。雷王だってきっとそういうに違いない。
「何でそんなものに………」
「それは………」
その時、会話は中断した。玖里子のポケットの中の携帯が鳴り出したからである。
画面には『初野華』と映っている。
通話ボタンを押したそのままみんなにも聞こえるようにした。
「もしもし?」
『もしもし、玖里子さん? みんなそこにいる?』
「ええ、和樹も今ここに」
『本当! よかったわ……』
「代わります?」
「その必要は無いわ。代わりに、急いで外に出るように言って」
彼女の声は冷静を装ってはいたが、興奮と焦りを隠しているのは全員がわかってしまった。
そして理由を聞いた瞬間、
全員の顔から血の気が引いた。
使徒が、こちら目掛けて進行中の、と言う事だった。
あとがき
君たちに、最新情報を公開しよう。
休む間もなく現れた使徒、『ラミエル』。
そしてそれと同時に出現したゾンダーによって、ネルフ本部は、絶体絶命の危機に落とされる。
一切の失敗を許されない状況の中、ミサトはある作戦を決断する。
GGGとの連携体制がとられる中で、果たして和樹は勝利を掴めるのか!?
まぶらほ〜獅子の名を継ぐもの〜 NEXT『破滅を呼ぶ両腕』
次回も、この小説にファイナルフュージョン承認!
これが、勝利の鍵だ! 『ポジトロン・スナイパー・ライフル』