「この……変態野郎ォ!」

 突然の乱入者、バンの膝蹴りが異星人犯罪者の顔面にぶち当たる。
 ほぼ密着した体勢での近距離ハイキック。これは不意を突かれた方にとって、かなりのダメージだった。

「ぐっ!?」

 慌てて距離をおこうとするが、そこで問題がある事に気付く。

(外れねえ……くそっ!)

 なのはの頭を潰そうとして振りかざした変形腕、それがバンの腕に深々と喰い込んだ所為で、逆に外れなくなっていた。
 おまけになのはを掴んでいる為、両腕も使えない。

 これにはバンが自ら筋肉を締めていた事もあったが、男がそれを考えている内に、今度は握り締めた拳が飛んでくる。

「おらぁ!」

「ぶほぉ!?」

 彼の鎧は魔法だけなら完全に湾曲できるが、物理攻撃で防げるのは鎧を着ている部分だけだ。
 装着していない顔面までは防げない。

 数々の犯罪者を伸して来た男の鉄拳が、頬に牙を向く。
殴り飛ばされた方の口から、血飛沫が飛び散った。

「まだまだぁ!!」

「ぐばっ! おぶぉ!!?」

 三発、四発、五発、まだ終わらない。
赤い男が、何度も敵の顔面を殴り飛ばしていく。

 その様子を、なのはは呆然と見詰めていた。

「バンさん………」

 ダメージ自体は大した事は無い為、意識はハッキリとしていた。
 掴んでいた腕も、締め上げる主が殴られていては堪らないとばかりに、なのはを苦しめてはいない。

(来て……くれた…?)

 疑問だった。

 ジャミングで居場所を突き止められない筈なのに、何故ここに一人で走ってこられたのか。

 それ以前に、これは本当に彼なのだろうか?

(全然違う……これが、バンさん?)
 
 確かに戦い方は彼そっくりだ。
 魔法を使わず格闘術主体で戦う、それがなのはの見てきたバンの戦法だった。

(凄い気迫………訓練よりも、もっと……)

 だが、圧倒的に異なるその空気を、なのはは感じ取っていた。

 一流の剣術家……例えば父親や兄達と違って、自分には『気』を読むことなんてできない。
 魔力という、目には見えないがハッキリ存在するものを感知しているだけだ。

「どりゃあっ!」

 それでも彼が発する感情の迸りは、なのはに十分に伝わっている。

「ぐぼあっ!」

 バンの渾身のアッパーカットが、ベンドの顎を目掛けて炸裂した事からも、その様子は伺えた。

 彼の仲間を傷つけられた事に対する怒りが、彼を燃え上がらせ、そのまま犯人にぶつけているのが。

「おのれぇ!」

 今まで冷静だった事件の犯人は、突然なのはを掴んでいた腕を放した。
 急な解放に、少女は体勢を崩して地面に倒れこむ。

「ふあっ……」

「なのは!?」

 落下というほど地面との距離が高いわけではないが、感情を高ぶらせている原因のなのはが声を上げたことで、一瞬だけバンの注意がベンドから逸れた。

「隙だらけだぜっ!」

 ベンドは最初、左腕でバンの猛攻をガードするつもりだった。
 正直な話、これだけで拳の嵐が止むとは思ってもいない。

 予想だにしない事態だが、無論このチャンスを逃す気はなかった。

 まず足を持ち上げ、膝で持って腹部を蹴る。

「ぐぁ!」

 これによって、自分のハサミを放さなかった腕の締りが解け、両腕が使えるようになる。
 そして変形を解除して元の五本指に戻し、腰の銃を引き抜いた。

「しまっ……」

 冷たい感触、腹の辺りから神経を通して伝わった時は、もう遅かった。

「くらえっ!」

 ほぼゼロ距離からの射撃、チャージする時間を短縮しての発射だが、問題なくバンの腹部に命中する。

「ぐああっ!!!」

「バンさんっ!」

 なのはの悲鳴が廃工場に響き渡る。

 だが吹っ飛ばされるのを、バンは何とか堪えていた。その場で膝を着いて、倒れこむ事さえも拒絶する。

「くっ……そ……」

 正に魂の咆哮が可能にする行動だったが、ベンドは攻撃の手を休めない。

 ここで止まっては、また再び顔面に怒涛の鉄拳が振ってくる。

 今度は銃を持つ方とは逆の腕、左手をハサミへと変形させ、目標を赤いスーツの男の顔面へと定める。

「死ねえっ!」
 
 瞬間、なのはの身体が考えるよりも先に動いていた。倒れこんでいたバンの腕を掴み、魔法を発動させる。

「だめぇ!」

『Flash move』

「なにぃ!?」

 マガジンから薬莢が打ち込まれる音がこだまし、全魔力を足先に集中させる。
 そしてハサミが振り下ろされる寸前に、二人の身体は遠くへと移動していた。

 スピードそのものはフェイトには及ばないが、相手と距離を取るだけならばこれで十分だ。
 更にフラッシュムーブは光を伴わない。阻害される事無く移動が出来た。

「バンさんっ!」

「なのは、サンキュー……」

「怪我は……」

「大丈夫だ、この位……」

 十分に離れた所で、倒れたバンを起き上がらせる。銃弾を受けたスーツから、黒い硝煙が昇っていた。

 だがバンは、そこで根を上げようとはしなかった。
 足元がふら付きながら、それでも二本の足で全体重を支え、犯罪者を威圧する。

「野郎……ちょこまかと動きやがって!!」

 それに対して血走った形相で二人を睨み付けるベンド。
 最早、最初の紳士ぶった口調は、乱入者への怒りで完全に消し飛んだと言っていいだろう。

 二人の追跡者が未だに戦意を失っていない事も、余計腹が立っていた。
 銃を構え、ハサミ腕を振りかざしながら突撃しようとするベンド。

「覚悟し………っ!?」

 だが彼の表情は、次の瞬間またも一変する。

 横の壁が破壊され、コンクリートが砕ける音と同時に、突然他の人間達が現れ、飛び込んで来たからである。

「ちぃ! 今度は何だ!?」

「フェイトちゃん、はやてちゃん、皆!」

 なのはの声の先には、メカ人間たちを片付け、先に合流していたフェイト達だった。

 既にホージー、セン、ウメコ、ジャスミンもいる。

「二人とも、大丈夫か!?」

「なのはっ!」

「なのはちゃん!」

 フェイトとはやてが率先して二人の下へと駆け寄る。
遅れて四人が、バンの周りに集まった。

「ええい、増援かよ!」

 またしても予想を裏切る出来事だった。
が、怒りのボルテージが上がる前に、このままでは形勢 不利だと言う警報が、ベンドの頭の中でかき鳴らされた。

「命拾いしたな、お嬢ちゃん。まあ、目的の物は手に入ったんだ……」

 そう言ってベンドは取り出したのは、三角錐の形をした小さな手の平サイズの装置だった。

 ホージーはそれを一目見た瞬間に察した。

 アレは転送装置だと。

「待てっ!」

「……あばよっ!」

 だが時既に遅し。

 ホージーとジャスミンが走り始めた時、ベントの周囲の空間がねじれ、そして異星人犯罪者の身体は消えていった。



「逃げられたか………くそっ!」

 ホージーが変身を解いて、悪態をつく。
 後一歩の所で取り逃がした悔しさと、やるせなさが周りにも伝わっていた。

「なのは……大丈夫?」

 フェイトが悲しげな表情でなのはに駆け寄って、手を優しく握る
 二つの心情が、少女には伝わった。

 助けられないでごめん。

 無事でいてくれてよかった。

 親友の思いに感謝すると同時に、自分の失態に対する感情が込み上げてきた。

「うん、大丈夫だよ……ゴメンね………例の機械、取られちゃった………」

「なのはちゃんだけの責任やないよ……私らも……」

 私らも悪い、はやてはそう言い続ける事が出来ない。
彼女もフェイトと同様、思いは一緒だった。

「いや、俺が悪かったんだ……連中の狙いが分かっていながら、君を一人で戦わせてしまった……プロ失格だな……」

「ホージーさんが気にする事無いです。私が油断したから……」

 こんな時でも、なのははホージーの事を心配していた。
 指揮官という立場にいる彼も、なのはとは別の意味でもっと辛いはずだった
 彼女自身それは良く分かっている。
 
 しかし、そんな研修生達の肩を、力強く叩く者がいる。

「三人とも、そんなに気を落とすなよ! 誰かが死ななかっただけで上出来だって!!」
 
 いつの間にか変身を解いて、笑顔でいるバンだった。

「バンさん……」

「でも………」

 はやてとフェイトが何か言おうとしたが、青年はそれを無理やりに封じ込めた。

「反省会は……事件が、終わってからにしようぜ……な!!」

 そう言って、三人の肩に置いている手の力が強くなる。
 あくまでバンは、前向きな姿勢だった。

 その言葉に、三人が……否、他の四人も活力を取り戻す。

「そう、やね!」

「うん、幾ら悔いても……駄目だよね」

「よ〜し、こっから反撃開始!」

 ウメコがバンを押し退けるように少女達へと近寄る。
 
 バンの言葉を受けて、皆の心の中で燻っていた炎が再燃される。
 叫んではいなかったが、センもジャスミンもホージーも、戦意が高揚して行くのが見て取れるのだ。

 その様子を見て、なのはは彼がより一層頼もしく思えた。



「よっしゃ、相棒。取り敢えず、デカベースに戻って………」



仕切りなおしだ!



相棒って言うな!



 そうやって、いつもの掛け合いが入る筈だったのが、入らなかった。

 代わりに、バンが力無く地面へ倒れ伏す音と、

「え……」

「バンっ!?」

「おい、どうしたバン!?」

「しっかりしてよ! バン!!」

「バンさん、しっかりしてや!」

「凄い血……早く運ばないと…」

 穴の空いた制服の腕越しに流れ出る液体が、なのはの心を、今までで一番深く貫いていた………






 それは、突然の出会いでした。


 全く予期していなかった出来事、招いてしまった最悪の事態……

 
 そんな中で現れる、犯罪者のむき出しの『悪意』。


 止まってはいけないと思いつつも、それでも戸惑ってしまう現実の中


 炎の魂が、私を引っ張って……『一緒に行こう』と、焚き付ける………


 魔法少女リリカルなのはSPD………始まります。





Episode03  『ソウル・ファイターズ〜燃えるハートでクールに戦うなの〜』





PM3:00  デカベース作戦司令室 デカルーム


「サチョウ星人のベンド……光を屈折・湾曲させる鎧を持ち、様々な次元・惑星に於いて破壊活動を繰り返してきた、フリーの傭兵だ」

 メインスクリーンに映し出された男を、ドギーが解説する。
 サチョウ星人の顔は、地球人やミッドチルダ人のそれとは明らかに異なっていた。

「既にスペシャルポリスはおろか、時空管理局員からも多くの殉職者が出ている……」

「そんな危険なヤツが、どうしてこんな所にまで……」

 センは疑問に思った。

 ただの破壊活動ならば、しょっちゅうとは行かないまでも、ありうることである。
だが犯人が傭兵ならば、それは雇われたという事だ。

 つまり彼の行動を命じた黒幕がいるという証でもあった。

「傭兵となる前のベンドは、ただ物をぶっ壊すだけの野郎だったが……仕事を始めてからのヤツの専門は地質調査だと聞く」

「地質……調査?」

「そうだ」

 フェイトの疑問に、ドギーは頷いて答えた。

「まず宇宙艇を地面に潜行させて隠し、その星の環境を調べる。地質の構成成分、文明発展度、魔法や科学の技術力、またそれらのデータから算出した侵略価値………そうやって得た情報を雇い主に送ったのち、『置き土産』を残して星を去る……」

「『置き土産』って、まさか……」

 ウメコは直感で察した。
そこまでの凶悪犯が仕上げにやる事といえば限られてくる。

「実に単純な話だ。その宇宙艇でもって、都市の一つか二つを爆撃する」

 ドギーはそこで一呼吸置いて、言った。

「……徹底的にな」

「そんな……」

 これから起こるであろう出来事、それがはやての中に映し出された。
爆破炎上する都市の姿だ。

「それやったら何の為の調査なんです? 壊してしまったら何にもならへんのに……」

「はやて、それがヤツの依頼を受けるときの条件なんだ。ベンドは傭兵の中でも比較的依頼料が少ないが、そこに隠された理由がこれだ」

 自分の破壊欲を料金の一部に取り付ける。
それ故に凶悪犯と恐れられ、同業者からも一歩引いた存在となっているのだ。

「本来なら、ヤツは都市どころか惑星丸ごとを壊したいはずだ。だが、そこを敢えて抑えているんだ。『仕事』という理由でな」

 そう言ってドギーはスクリーンを消した。

 部屋は明るくなったが、メンバーの心の中は暗いままだ。
特に研修生たちは、ハッキリ言って背筋が凍る思いだった。

 これだけの事を、いとも簡単にやってのけるベンドに、恐怖心が全身を支配して止まらない。

 ホージーたちですら、恐怖とはいかないまでもこの事件が一筋縄ではいかない事に緊張している。

「それと、例のデバイスもどきの解析が終わった」

 次にドギーが起動させたのはメインスクリーンではなく、ホージーたちが座るテーブルの中央にある立体型液晶装置だった。
 敵が狙っていると分かっていながら、まんまと取られてしまった物体、彼らの失態の中心部が映し出される。

 そして次にドギーが言ったセリフは、更に皆を驚愕させられる物だった。

「これは、宇宙艇とヤツの鎧を直結させ、その能力を宇宙艇にフィードバックさせる物だ」

「何……ですって!?」

 ジャスミンが普段の冷静さも忘れて叫ぶ。
他のメンバーも、心情は同じだ。

「じゃあ、もしベンドが使ったら………」

 フェイトはその先を言う事が出来ない。

 鎧の力をフィードバックさせる。そんな事をすれば、宇宙艇にも光を屈折させる能力がつくということ。
ベンド本体はおろか、宇宙艇にさえ、魔法はもちろんあらゆる光学兵器が使えなくなる、と。

「一刻も早く、ヤツを見つけ出さなければならない」

 映像を消すと、ドギーは立ち上がる。それに習って、ホージー達も席を立った。

 機械は奪われ、その上犯人は超凶悪犯……状況は最悪といっていいだろう。
しかしここで逃げ出すわけにはいかない。

 はやてもフェイトも、そのために自らを奮い起こす。
使命感が、彼らを立ち直らせた。

「ホージー、ジャスミン、セン、ウメコ、それとフェイト、はやて、お前たちは至急ベンドの行方を追ってくれ」

「「「「「「ロジャー!」」」」」」

 四人のスペシャルポリスは、敬礼すると一斉に飛び出すようにデカルームを後にした。

 はやてとフェイトもそれに続こうとする。

 そしてボスの視点は、

「なのは、君は……」



 先程から一度も発言をしない、立ち上がっても俯いて表情を見せないなのはに向いた。



「なのは、聞いているか?」

「はい」

 受け答えは意外なほどにしっかりしている。
しかし、その顔は俯いたままで、決してドギーと目を合わせようとはしなかった。

 退出しようとした親友の二人も、その様子に気付く。

(なのは……)

(さっきから、ずっとあの調子やな……)

 気付く、という表現は正確ではなかった。

 デカベースに戻った時から、なのはの態度はこのままなのである。

「君はバンを看てやってくれ。予想以上に重症だ」

「………はい、了解しました」

 戦闘には参加させられない。
その意味で言ったボスの言葉を分かっていても、なのはは素直に従った。

「なのは……」

「なのはちゃん……」

 静かに退出していく少女、悲しげに開いて、そして閉じる扉。
フェイトとはやてを通り過ぎて、二人を素通りして、なのははデカルームを出て行った。

「なのは、待って……」

「フェイト、今は一人にしてやれ」

 慌てて駆け出そうとする二人を、ミッドチルダ署の署長は、静かに制止する。

「でも……」

「今何かを言っても、彼女は聞き入れないだろう……それは君達のほうが、よく分かっていると思う」

「それはっ……」

 何かを言いかけて、はやては口ごもってしまった。
確かにドギーの言う通りだったからだ。

 悩みがあると、すぐに抱え込んで、そのくせ他人には早々口を開かないのは、彼女の唯一と言っていい位の短所だった。

「なのはが落ち込んでいる理由は、俺にも大体見当はついている。だが、それはあくまで本人が解決する事だ。自分で悩み、迷って……それで自分なりの答えを見つけなければ、また同じ問題にぶち当たる」

 その言葉を聞いて、二人もまた、なのは同様俯いてしまった。

 友達なのに……いや、友達だからこそ、悩みを自分たちに話そうとしないのだ。嬉しく思うと同時に、助けになれない事が悔しい。

 そう顔にありありと浮かんでいる。

 しかしドギーはそんな二人の肩を優しく叩いた。

「大丈夫だ、彼女なら必ず答えを見つける。俺が保証する」

 フェイトとはやてがドギーの目を見る。

 力強い、それでいて優しい、温かい目だった。
不思議と、安心感が沸いてくる。

 本当ならこんな簡単にすんなり言葉を受け入れる事は出来ないだろう。
だが、彼の言葉は、すんなりと心の深い所まで入ってきた。

 それが彼の……ドギークルーガーという男の人間性だった。

「はい……私たち、待つ事にします」

「なのはちゃんを、信じてますから」

「では二人とも、ホージーたちと合流して、捜査を進めてくれ」

「「ロジャー!!」」

 もう少女達の目に迷いは無かった。
力強く、ドアをくぐり、今まで以上の元気の良さで走って行った。





同時刻   某廃墟

 バン達が先程戦闘を繰り広げた所より、数十キロ離れ、更に荒廃した土地。

 以前までメガロポリスの一部としてともに発展してきた街でありながら、様々な理由から置き去りにされ、見捨てられた場所だった。

 ここの一角にある、もう誰も人のいない酒場へと逃げこんだベンドは、追っ手が来ないことを確認してから、ずっとタバコを吹かし続けていた。

(この次元の酒はマズイが、タバコだけは評価する物があるからな)

 なのはと始めて対面してきた時と同様、椅子に座って足を組みながら、彼はそう考えていた。

「見事な手際だったな……ベンドよ」

 不意に、後ろから声が聞こえるのが分かった。
 一瞬ベンドの身体が硬直し、腰の銃へと手が伸びかけたが、その後の彼の振り向く速度はきわめて遅かった。
 しかも一時の休息を踏みにじられた事で、かなり怒っている表情である。

 この場所に近寄る者がいる事自体、既に危険であることの証なのだが、声の主の正体を彼はよく知っていたので問題は無かった。

「アンタか……エージェント=アブレラ………」

 エージェント=アブレラ、と呼ばれたその男は、多種多様な形態を持つ異星人の視点から見ても極めて奇異な形をしていた。

 蝙蝠を思わせる漆黒の翼をマントのように使って全身を隠し、鋭く長い爪がマントの隙間から覗いている。
唯一見える顔さえも、見えるのは鼻元から上半分だけで、液体の入った容器で頭部全体を覆わせ水泡が口元のほうから上がっていた。

「五十年ほど前にお前から注文を受け、今回またも仕事をもらえるとはな」

 だが、この出身星すら謎に包まれた異星人の正体こそ、ミッドチルダのみならず、あらゆる次元においてコネクションを持つ男なのだ。

「納金なら、今回の調査が終わってからだと言った筈だが?」

「フン、分かっているとも……」

 アブレラの正体……それは犯罪に利用できる物を手に入れ、それを犯罪者たちに横流しする武器密売人、いわゆる死の商人である。

「だが、その前に……一つ忠告をしておこうと思ってな」

 更に彼の扱う『商品』は直接的な武器にとどまらない。
今回ベンドが使ったような鎧はもちろん、怪重機と呼ばれる巨大ロボット、果ては戦艦までもを扱っているのだ。

 何を隠そう、ベンドが奪い取ったデバイスもどきの機械も、アブレラから購入した物なのである。

「忠告だと?」

「そうだ」

 そう言うとアブレラは、ベンドに向かって数歩近づいた。
そこからは殆ど、彼の表情は読み取れない。ベンドはそれが堪らなく嫌だった。

「私がお前に与えたその鎧は……確かにお前が身に着ける間は魔法が効かない……だが、それと同時にお前自身も一切魔法は使えない……そういう物だった筈だ」

 それが格闘戦で戦っていたベンドの理由だった。
ライフルをわざわざ時代遅れの純エネルギーのマルチガンにしているのも、長距離移動でもないのにバンたちから逃げる為に転送装置を使ったのも、それが原因である。

 だがそんな『忠告』を、ベンドは一笑に付した。

「確かに、こんな物を好き好んで使うのは俺ぐらいだが……」

「ぐらいだが?」

「………今こうして、俺が両の足で立っている。それが何よりの強さの証明だ」

 欠点はある。
だが捕まらないのであればそれは無い物と一緒だ。

 一度に三本ものタバコを加えながら、凶悪犯はそう言い放った。

「それに……魔導師といっても、あんなヒヨッコじゃ話になんねえよ……」

「余り舐めていると……思わぬ事故に巻き込まれるかも知れんぞ………奴等を侮るな!」

 最初は彼自身、これまで見てきたスペシャルポリスと一緒だと考えていた。
だがそうしている内に、アブレラは自らの目で、それが大きな思い違いであることを目の当たりにさせられたのだ。

 しかし、サチョウ星人は、他人の諌言を素直に聞くほど、利巧に出来てはいないらしい。

「はっはっはっは! しばらく会わない内にジョークが上手くなったな、エージェント=アブレラ!!」

 大笑いしながら、椅子から立ち上がり、ベンドはアブレラに近づいた。
その目付きは、なのはに対して向けていた、冷たい殺気を放っている物と同じである。

「管理局も宇宙警察も……グズでバカの集まりだ! それはアンタだって良く分っている筈じゃないのか………ンン?」

 変に心配された事が勘に障ったのか、その場で首を絞めかねない勢いで、アブレラに突っ掛かる。

 だがそんな視線と行動にも、死の商人は一歩も下がる事はなった。
ただ静かに、恐ろしいほどに冷静に、ベンドを見つめている。

 その態度を変えてやろうとベンドが腰の銃に手を伸ばし掛けた時、

「………むっ?」

 もう片側の腰に挿してあった、携帯電話程度の大きさの端末からアラーム音が、小汚いバーに鳴り響いた。

「……どうしたのだ?」

「フン、この星の調査結果が出た……後は依頼主に転送して、いつも通りに仕上げるだけだ」

 アブレラも、仕事の締めに都市を破壊するという、彼の悪行は知っている。
一見狂気に満ちたこの行動も、ベンド本人にとっては精一杯妥協した結果なのだと言う事を。

「ベンド……」

 未だに何かを言おうとするアブレラに対し、今度は本当にライフルを引き抜いて、吐き捨てるように言った。

「いい加減にしな! 俺は無敵なんだ……この鎧を身に纏ってからな!!」

「………」

 それ以上は、流石のエージェント=アブレラも何も言えない。
ゆっくりとその場から下がった。

「さて、俺はもう行くぜ……アンタも、巻き添えを食わない様にせいぜい逃げる事だな、はっはっはっはっ!」

 下卑た笑い声を残しながら、ベンドは古びた酒場から姿を消していく。
その様子を、アブレラはただ見送っただけだった。

 やがてベンドが完全に見えなくなった事を確認すると、アブレラもマントを翻し、裏手から出ようとする。

 彼は裏手のドアをくぐる時、そっと一人で呟いていた。

「……折角の注文も、納金前にパアか……また金を無駄にしたな………」

 確かに両組織は、奴の言うとおりバカの集まりかもしれない。
下らない大義名分を振りかざし、日々ありもしない理想の為に無駄に労力を費やしている。

 だが、その馬鹿さ故に、時として突拍子も無い事をやらかす。
アブレラが商売を次々と失敗している原因はそこにあった。

(最も、今回の失敗は……ベンドがバカだと見抜けなかった私のせいかもしれんな………)

 自分を嘲笑しつつ、日の当たらない荒廃した町を歩くエージェント=アブレラ。
その表情に隠された真意を知る者は、誰一人としていなかった。





 丁度その時、なのはが病室を訪れ、赤座伴番がその眠りから覚めようとしていた。



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