数年前―――――この世に、一人 の契約者が誕生した。

 

この世の大気を統べる者として、 彼は君臨した。

 

その力は他に比類する者なく、そ の力は、多様に行使されることはなかった。

 

そして――――――更に数年前、 この世には、もう一人、契約者が存在していた。

 

この世の炎を統べる存在として、 彼女は降臨した。

 

その力は、圧倒的で、幻想的で、 それ以上に、絶対的と呼ばれた。

 

その両者は、血を分けた者たち だった。

 

その両者が今、同じ国の、同じ街 に降り立っている。

 

巨大な力は、災いを呼び寄せる。

 

その言葉に寸分違わぬ、厄介ごと を引き連れて―――――――

 

 

 

 

 

 

風の聖痕 三色の旋風・目覚めし不死鳥

 

第九話 炎を継ぐ者・黒き風の女性

 

 

 

 

 

女性は夜道を歩いていた。

 

普通の人間に見えるが、彼女の秘 める力は尋常ではなかった。

 

霊視力のあるものが見れば、巨大 な太陽にも見えるだろう。

 

これでもとりあえず、かなり押さ え込んでいるのだが。

 

女性―――――陽神焔は、小さく あくびをしながら歩を進めていた。

 

「眠い………こんなに面倒とは ね………」

 

書類整理をしていた焔は、足音を 立てずに歩く。

 

普段はバイクを使っているのだ が、ちょうど修理に出している最中なのだ。

 

まあ、気分転換の散歩にもなって いいのだが。

 

「それにしても…………さっきの 滅茶苦茶な火の精霊の召喚――――――馬鹿一族がまた馬鹿やったのかしら?――――それにさっきの光――――和麻よね…………」

 

つい先ほどまで、一般的に見てか なり多い炎の精霊が召喚されていた。

 

あれほどの精霊を呼び出せる人間 は二人―――――おそらくは、(極限まで不本意ながら)自身の血縁者、神凪厳馬だろう。もう一人は戦える身体ではない。

 

そのうえ、強大な風の精霊たちの ざわめきが一瞬聞こえたのだ。

 

しかも、一瞬感じたあの力は、自 分が知る限り和麻にしか使用できないはずの力だ。

 

おそらく、その二人が戦ったのだ ろう。

 

小耳に挟んだ所では、どうやら神 凪の術者が数名、惨殺されたらしい。

 

そっちはどうでもいいのだが、可 愛い弟と妹分が傷ついたりしたら笑えない。

 

そういうわけで、焔はこの件に首 を突っ込み、容赦なく多量の書類整理に終われる羽目になっていた。

 

(お節介は高確率で身を滅ぼすの よね…………寝不足は美容の敵なんだけどなー…………)

 

とか言っているが、焔の容姿は類 稀な美人である。

 

足元近くまで伸ばした髪を先で結 び、編み上げのブーツを履いている。

 

服装は、黒いズボンに黒いトレー ナー。

 

そして黒いコートと、黒ずくめで ある。

 

鼻筋は綺麗にとおり、柔らかい目 線に、少し茶色めの瞳が映える。

 

プロポーションにも非の付け所が ない。

 

とりあえず、モデル顔負けの美女 である。

 

「と…………和麻の家は……… こっちね」

 

十字路を曲がろうとした瞬間、炎 術師としては規格外の焔の知覚範囲に、多数の火の精霊たちが引っかかる。

 

その内の二つは、先ほど感じたほ どではないが、分家とは比べるべくもない。

 

おそらくは宗家――――――しか も、かなり馴染みのある気配である。

 

数は――――――三。

 

宗家二人に、分家一人といったと ころだろう。

 

「煉に…………綾乃ね。それ に……………操、かな………?―――――まったく、何してるのよ、あの子達は」

 

つい先日、術者が襲撃されたとい うのにのこのこ出歩いては、狙ってください、殺してください、と言っているようなものである。

 

「もう――――――世話が焼ける わね…………」

 

焔は目的地とは違う方向に足を向 ける。

 

まあ、ある意味ちょうどいいかも しれない。

 

神凪の中での例外全員が集合して いるのである。

 

神凪という集団を護るより、彼女 たちを護る方がやりやすいし、それに何より、これを口実にすればわざわざ神凪本邸に出向かなくて済むかもしれない。

 

「――――――!!」

 

そして、焔の知覚に、新しい存在 が入り込む。

 

「なに、これ…………?」

 

圧倒的に薄い気配――――――だ というのに、全身に寒気が走る。

 

間違いなくヤバい相手である。

 

その存在は、綾乃たちの方向に迷 いなく向かっている。

 

焔が本気で急いでも、辿り着くに は数分のタイムラグが出来てしまう。

 

しかもこの相手は、綾乃たちの手 に負える相手ではない。

 

まず間違いなく―――――殺され るだろう。

 

「っ!私が行くまで死ぬんじゃな いわよ―――――!!」

 

小声でそう怒鳴ると、焔は疾風と 化して走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜道を歩いていた三人は、奇妙な 感覚に襲われていた。

 

異常な違和感。

 

そして、不吉な視線。

 

正直、背筋に寒気が走った。

 

「――――ねえ、気付いてる?」

 

「…………はい」

 

「なんでしょうか…………これ は…………?」

 

三人は足を止めて周囲を見回す。

 

実戦経験が浅いとはいえ、三人と もが神凪の術者である。

 

いくら鈍いと言われても、ここま であからさまな異変に気付かないはずはない。

 

「閉じ込められた…………みたい ね」

 

「はい…………」

 

「破れそうに、ないです ね………」

 

「兄様がやってるんでしょう か…………?」

 

「もしくは、あの女かもね」

 

可能性はあるが、確かめる術はな い。

 

しかし、煉には二人にも言ってい ない情報がある。

 

以前、魔術師たちがだが彼はある噂を耳にしていた。それはインターネットを使い、魔術師が頻繁に使うサイト を回っていた時のことだ。

 

精霊王の力を借りることが出来る 『コントラクター』の噂を聞いたのだ。

 

歴史上で初めてその実在を確認さ れたその存在を。

 

根拠はなかったが、それがどうし ても兄である気がしてならなかった。

 

なぜこんなことを思うのかわから ないが、そう思ってしまう。

 

そして、それが真実であれば、兄 が妖魔と契約をするはずはない。

 

妖魔と手を結ぶような人間が、精 霊王と契約できるはずはないのだから。

 

だからこそ、煉はこの目で兄と会 いたかったのだ。

 

真実を、確かめたかったから。

 

『あらあら…………神凪もマヌケ が揃ったものね』

 

「「「!?」」」

 

三人は同時に振り向いた。

 

今まで感じたこともない、強大な 妖気が渦巻いている。

 

この場に一般人がいたら、おそら く卒倒するだろう。

 

しかも、相手にはその妖気を隠そ うという気はない

 

むしろ、その力を誇示するよう に、眼前に立つ女性は嗤う。

 

『宗家が二人…………雑魚が一 人…………ここで、粉々にして、血を啜ってあげる…………』

 

その言葉で、綾乃たち全員に戦慄 が走った。

 

おそらく、和麻や焔ですら寒気が 走るであろう殺気が、三人を襲う。

 

あまりの恐怖に、操は涙目になっ て震えている。

 

綾乃と煉の背筋にも、冷たい汗が 流れる。

 

(なによ、こいつ…………!無茶 苦茶よ……………!!)

 

「………何者?」

 

『? どうしてそんな事を聞く の?――――――今から、死ぬ人間が』

 

ただでさえ強大な妖気が、更に膨 れ上がる。

 

女性が浮かべる微笑は、傍から見 れば、優しい微笑だろう。

 

しかしその実、目の前で震える獲 物を嬲り殺す、殺戮者の嗤いだった

 

『ふふ…………恨んでもいいわ よ?その憎しみが、私の糧になるのだから……………』

 

静かな微笑を浮かべながら、女性 は一歩踏み出す。

 

その瞬間、全員の生存本能が警鐘 を叩き鳴らす。

 

殺される――――――絶望的なま でに、そんな確信が三人の頭をよぎる。

 

「くっ…………煉、合わせ て!!」

 

綾乃は襲い来る恐怖を何とか抑え ながら、炎雷覇を抜き出す。そのまま大きく振りかぶり、巨大な炎を目の前の女性にむけて放つ。

 

「っ!はい!!」

 

煉も両手を前に構え、自分の持て る力のすべてを放出する。

 

二つの強大な炎が一つになり、女 性を滅ぼさんと突き進む。それをその身に喰らえば、いかなる者でも滅ぼせるはずだった。

 

 

だが――――――

 

 

『ぬるい……………』

 

叩き込まれた二つの黄金の炎は、 突如吹き上げた黒い風が、容赦なく飲み込み、跡形もなく叩き潰した。

 

「う、嘘……………!!」

 

昼間襲ってきた女性も半端ではな かったが、この女性は、おそらく格が違う。

 

自分と煉、宗家二人がかりの同時 攻撃を、いとも簡単に叩き潰された。

 

力の差が、絶望的に理解してし まった。

 

「一体、何者よ、こい つ…………!?」

 

これほどの力のある妖魔を、二人 は見た事がない。

 

「っ、操さん、風牙衆に連絡 を!!」

 

「だ、駄目です!結界で封じられ ていて、外に連絡がつきません!!」

 

万策は尽きた(万どころか、三ほ ども策を用意していないけど)。

 

「姉様…………どうします?」

 

「どうって……………」

 

正面突破―――――間違いなく不 可能。

 

脱出―――――結界をぶち壊す隙 を狙われたらアウト。というか、そもそも壊せるかどうかも怪しい。

 

結論――――――殺される ――――!!

 

状況を分析し、とりあえず絶望に 拍車がかかってしまった。

 

「っ…………こんなところで、死 んでたまるもんですか!!絶対生き延びてやる!!」

 

爆発的な精霊が炎雷覇に集まる。

 

煉もその脇で力を収束させ、操も 二人に後押しされるように炎を召喚する。

 

「――――――すみません、姉 様、操さん……………僕が勝手なことをしなければ、こんな事にはならなかったのに……………」

 

「――――あたしだって人のこと 言えないわよ。……………後先考えずに行動するなってお父様に言われるけど、反論できないしね……………」

 

「――――私も、自分の意思でつ いてきたのです。煉様の責任ではありません」

 

「―――――そういうことは後に しましょ。……………ここを、切り抜けた後にね」

 

「「――――はい!」」

 

三人は目の前の女性を睨みつけ る。

 

しかし、女性は意に介した風もな く、呆れ顔で三人を眺める。

 

『くだらない…………精神論でど うにかなるわけでもないんだけどね……………ま、いいわ。あの小娘も、少しはまともに働いてくれるといいんだけど…………』

 

女性の指がゆっくりと綾乃たちを 指す。

 

直後―――――漆黒の風の刃が、 三人に襲い掛かった。

 

「煉、操!!」

 

炎が風の刃を飲み込む――――― が、放たれた風は実に三十。

 

防ぎきったのは、半数程度であ る。

 

炎を突き破った風が、三人に襲い 掛かった。

 

「きゃああああっ!!!」

 

「うわああああっ!!!」

 

「ああぁぁぁぁっ!!!」

 

黄金の炎を放ち続けているが、風 は炎に飲み込まれながらも、いくつもの刃が貫通し、三人へと襲い掛かる。

 

その数は次第に増えていくが、出 血も酷くない、痛さはあるが、致命傷になる傷を三人は全く受けていなかった。

 

目の前の女性は、嗤っている。

 

血が飛び散り、三人がゆっくりと 痛めつけられている様を、明らかなまでに楽しんでいた。

 

このままでは、ごり押しで潰され る。

 

そう悟った綾乃は、全身に炎を纏 い、一足で女性の間合いに踏み込んだ。

 

『―――あら』

 

風を放っていた指を止め、女性が 驚いたように綾乃を眺める。

 

「はああぁぁぁぁぁっっ!!」

 

黄金の炎を纏った炎雷覇が、女性 目掛けて振り下ろされる。

 

女性は一瞬ためらったが、その場 を動かず――――――

 

 

 

ガギィッッ――――――!

 

 

 

――――――右腕で、その刃を受 け止めた。

 

「なっ!?」

 

『――――ふ』

 

驚愕する綾乃と、嘲笑を浮かべる 女性。

 

一瞬の隙を逃さず、女性は腕を振 りぬく。

 

「きゃっ!」

 

空中に弾き飛ばされた綾乃は、宙 で回転すると体勢を立て直す。

 

空中にいる間の追撃を覚悟したの だが、予想したような一撃は来ない。

 

煉と操が牽制したが、そのせいで もないようだった。

 

女性はしげしげと炎雷覇を受け止 めた部分を見つめ―――――

 

『―――ふ、ふふふふっ、あは はっ、あははははははははははははははっっ―――――――――!!!』

 

―――――狂ったように嗤いだし た。

 

『この程度!?この程度が炎雷覇 の力!?あはははははっっ!!――――そう、ここまで堕落していたのね、神凪は!あははははははははっっっ――――――――!!!』

 

狂笑する女性を、綾乃は信じられ ない、と言った風に見つめる。

 

全力で殴りに言った一撃である。

 

それを、こうも簡単に、しかも、 一日に二度も防がれたのである。

 

綾乃たち神凪にすれば、信じられ ない出来事だろう。

 

『ふふふふふっ…………炎雷覇は 確かに強力な呪宝具よ?けどね……………炎雷覇本来の力を完全 に使いこなすことができていない…………いいえ、自分の力も使いこなせない小娘が、私を滅ぼせるわけがないでしょう!?――――――三百年経てば、最強も 地に墜ちる、ということかしら?もう、不安要素はないわ。―――――楽しませてね?あなたたちの、絶望の、断末魔を――――――!!』

 

爆発的に高まった力を感じ、三人 は力を高める。

 

しかし――――――

 

『さあ、あなたは、どんな声で啼 いてくれるのかしら――――――?』

 

 

 

ズッ――――――!!

 

 

 

「きゃ、」

 

 

 

ゴオオォォォォッッッ――――――ン!!

 

 

 

「あああ あぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」

 

強大な風が、綾乃の身体を叩き飛 ばす。

 

為すすべなく吹き飛ばされ、綾乃 の体が宙を舞う。

 

弾丸のごとき勢いで吹き飛ばさ れ、地面に叩きつけられる。

 

「が、はっ!!」

 

「姉様!!」

 

「綾乃様!!」

 

『人のことを気にしては駄目よ、 坊やたち?』

 

「「っ!!?」」

 

 

 

ゴッ―――――!!!

 

 

 

漆黒の風が舞い、煉と操を弾き飛 ばす。

 

「うわあぁぁぁっっ!!」

 

「きゃあぁぁぁぁっっ!!」

 

壁に叩きつけられ、二人も血を吐 き出す。

 

出血量はそれほどでもないが、身 体に走る激痛は途轍もない。

 

「あ、っぁ…………」

 

「う、ぁ…………」

 

吹き飛ばされた二人には見向きも せず、女性は綾乃に歩み寄る。

 

『この程度で倒れちゃ駄目よ? もっと、愉しませてね?』

 

「うあ…………っ!」

 

長い髪を掴み、綾乃を持ち上げ る。

 

邪悪な笑みを浮かべ、女性は掌に 精霊を収束させる。

 

『そうね…………手始めに、腕の 一本でも飛ばしましょうか?』

 

「こ、の…………っ!!」

 

精霊を収束させ、炎雷覇で女性の 腹部に突き入れる。

 

しかし―――――

 

『分からない?あなたじゃあ、私 に片膝をつかせることも出来ないわよ?』

 

「く…………っ!!」

 

風で阻まれ、刃は通らない。

 

『じゃあ、まずは右腕よ』

 

女性がゆっくりと腕を振り上げ る。

 

瞬間、

 

『?』

 

爆発的な炎の精霊を感じ、振り上 げた腕を止め、女性は振り向く。

 

「姉様から………離れろっ!!」

 

強大な炎の精霊を収束させ、煉は 怒鳴る。

 

『へえ、いいわね、坊や………… この小娘より楽しめそう』

 

女性は掴んでいた綾乃を放し、煉 に歩み寄る。

 

「はあああ あぁぁぁぁっっっ!!!」

 

煉は爆発的な炎を相手に向かって 放った。

 

最上級の黄金の炎が次々と女性に 襲い掛かる。

 

次々と黄金の炎が女性に迫った。

 

『へえ…………』

 

 

 

ドゴォォォォォォッッッ―――――!!!

 

 

 

女性を炎が飲み込む。

 

それすらも頓着せず、煉は炎を連 続で叩きつける。

 

綾乃はその様子を呆然と見つめ る。

 

その向こうで、操も驚愕の視線を 向けていた。

 

「す、すごい…………!」

 

「これが、煉様…………!!」

 

火事場の馬鹿力から引き出した力 を使いきり、煉はふらつきながら炎の着弾点を見つめる。

 

たとえ自身の力であろうと、突然 あれだけの力を搾り出せば、ほとんど限界に近づく。

 

これ以上の戦闘は不可能だろう。

 

「倒せた…………?」

 

しかし、三人が見つめる先に、絶 望が歩み寄る。

 

『―――残念、駄目ね』

 

三人の表情が凍りつく。

 

その視線の先に、微笑を浮かべる 女性が立っていた。

 

「無、傷…………!?」

 

「嘘…………」

 

「そんな……………」

 

煉がその場に崩れ落ちる。

 

かろうじて膝立ちになっている が、すでに動くことは出来ないだろう。

 

『そこの小娘よりはマシよ?自信 を持っていいわ。―――――まあ、死んだあとじゃあ、誇りも何もないけどね』

 

くすくす嗤うと、女性は煉に歩み 寄る。

 

『そうね…………坊やは他人の危 機に力が出せるみたい。―――――もう少し見たいわね……………ちょうどいいから、そっちの雑魚の首でも飛ばしましょうか?』

 

「っ………!?」

 

操が凍りつく。

 

煉も驚愕の声をあげる。

 

「なっ…………!?殺すなら、 さっさと殺せばいいだろう!?何でそんな事を………」

 

『他人が苦しむ所を見たいから よ?当然じゃない』

 

何を当たり前のことを、とばかり に女性は言う。

 

『せめて、これぐらいの力は出る でしょう?堕落しても腐っても宗家なんだから』

 

すい、と女性は腕を伸ばす。

 

そこに、風の精霊が収束される。

 

その力は、圧倒的すぎた。

 

「あ……あ……………」

 

精霊たちに圧迫されるように、う めき声を上げる。

 

神凪宗家の人間を圧倒して余りあ る力が、三人を圧迫する。

 

『この程度で何を驚くの?三百年 前の宗主は、この程度楽に集めたわよ?――――まったく、忌々しいけど…………』

 

くすり、と嗤うと、女性はその腕 を操に向ける。

 

「っ!」

 

『じゃあね。塵になってくれる? 私の娯楽のためにね』

 

女性の腕から精霊が放たれる寸 前、

 

 

ふざ、ける なぁぁぁぁぁっっっ!!!

 

 

綾乃が裂帛の叫びを上げ、精霊た ちを召喚する。

 

『!』

 

驚いたように振り向く女性を、炎 が飲み込む。

 

「や、った………?」

 

そう、綾乃は願う。

 

しかし、心の中で、何かが呟い た。

 

―――――アレハ、オマエニタオセルアイテジャナイ――――――と。

 

そして、その言葉は、現実とな る。

 

『ちょっと驚いたわね。まだ動け るんだ、生き汚いわね』

 

炎の中から声があがる。

 

瞬間、漆黒の風が炎を切り刻む。

 

「あ…………」

 

『もういいわ。ちょっともったい ないけど、ここで死になさい。――――ああ、こっちの坊やは貰って行くから』

 

女性が精霊を集めようとした瞬 間、黄金の炎が直撃した。

 

「えっ…………?」

 

「なっ…………?」

 

『―――――へえ』

 

煉でも、ましてや綾乃でもない。

 

壁に身体を預けながら、操が女性 に向けて炎を放っていた。

 

その瞳には、怒りが渦巻いてい る。

 

「な………【黄金】?操 が………!?」

 

分家では失われたとされる、最上 級の炎。

 

それを、操が顕現させている。

 

「はあぁぁぁっっ!!」

 

爆発的に増した精霊たちを収束さ せ、操はもう一撃放つ。

 

しかし、当然ながら、その一撃は 宗家にすら及ばない。

 

故に――――――

 

『蝋燭の最後のまたたき、ってや つね。――――目障りよ、死になさ――――――』

 

再び、女性に炎が叩きつけられ る。

 

それも、二つ。

 

億劫そうに振り向くと、煉と綾乃 がふらつきながらも立ち上がっていた。

 

極限状態は、人間をもっとも成長 させる。

 

三人は、信じられない速さで力を 増していた。

 

三人は、揃って天才なのだろう。

 

だが、目の前の女性には、遠く及 ばない。

 

『――――目障りよ、死になさ い』

 

爆発的な精霊が収束され、綾乃目 掛けて奔る。

 

炎で迎撃を試みるが、容赦なく切 り刻まれる。

 

そして、綾乃の切り刻もうとし た、その瞬間――――――

 

 

 

―――――ブラストエッジ―――――

 

 

 

――――風を、炎の矢が撃ち抜い た。

 

『なっ………!?』

 

炎はそれでは止まらず、女性目掛 けて疾走する。

 

『くっ!』

 

瞬間的に精霊で結界を構築し、炎 の矢を受けきる。

 

 

 

―――――フレイムレイン―――――

 

 

 

直後、上空より結界を突き破り、 炎の矢が降り注ぐ。

 

『邪魔よ!!』

 

女性が怒鳴り声を上げ、炎の矢を 切り刻む。

 

『誰!?』

 

「うるさい」

 

その言葉と同時に、結界が焼き尽 くされる。

 

黄金の炎が周囲を舞い踊る。

 

『神凪………!?』

 

「陽神よ、間違えないでくれ る?」

 

操の真横に、その女性は立ってい た。

 

その名を、陽神焔。

 

「焔……様?」

 

操が呆然と呟く。

 

「ええ、よく頑張ったわね、操」

 

ひょい、と操を抱えると、焔は歩 き出す。

 

『神凪、焔………そう、あなた が…………』

 

女性の脇を素通りし、焔は煉と綾 乃に歩み寄る。

 

「二人も、よく頑張った。もっと 修行すれば、もっと強くなれるわよ」

 

「焔姉様…………姉 様ぁ…………」

 

泣きながら抱きついてくる煉の頭 を撫で、操を傍らに下ろす。

 

綾乃を持ち上げ、壁にもたれるよ うに座らせる。

 

「少し休んでなさい、すぐ治療し てあげる」

 

優しい瞳で綾乃を見つめ、にこり と笑う。

 

「は、はい………ありがとうござ います、焔さん………」

 

「どういたしまして。 ――――――さて、と」

 

ゆっくりと焔が振り向く。

 

その瞳には、一瞬前までの優しさ は微塵もない。

 

浮かんでいるのは、紅蓮と怒りの 炎だった。

 

「さて………この落とし前は、 きっちりつけてもらうわよ?」

 

迸る殺気が、周囲の瓦礫を振るわ せる。

 

物理的圧力さえ感じる殺気に、女 性は笑みを浮かべる。

 

『あら怖い。そんな目で見ないで くれる?』

 

「口数が多いと弱く見えるわよ、 小娘………年増か」

 

『誰が年増よ』

 

「妖魔なら年増で充分よ ――――――燃えなさい」

 

刹那、黄金の炎が女性目掛けて叩 きつけられる。

 

綾乃たちの比ではない。

 

それどころか、厳馬をも上回る一 撃である。

 

『――――ちっ』

 

舌打ちしながら女性はその炎を防 ぐ。

 

「――――ふっ!」

 

『!!』

 

瞬間、焔の姿が消える。

 

反射的に後方に飛んだ女性が一瞬 前までいた場所に、焔の踵落としが炸裂する。

 

 

 

ズッ――――ゴォォォォッッ!!!

 

 

 

『どんな馬鹿力………』

 

女性は呟いた。

 

当然だろう。

 

先ほどまでいた場所が、完全にク レーターと化していた。

 

道のど真ん中から、端までその穴 は続いている。

 

直撃すれば、その場所は身体から 消え去るだろう。

 

「手加減するのは、得意じゃない の」

 

焔の瞳が女性を射抜く。

 

しかし、女性は一歩引き、浮き上 がる。

 

「逃げるの?」

 

『悪いけど、これ以上はちょっと ね。そのうち会えるわよ』

 

言葉が終わると同時に、女性は凄 まじい速度で姿を消す。

 

焔ですら、高速で上昇した、とし か分からなかった。

 

「またとんでもない…………」

 

肩をすくめながら焔は呟く。

 

「さて、と。三人とも…………寝 てるし」

 

操と煉は揃って気を失っていた。

 

焔が来て安心したのか、よほど疲 れていたのか。

 

「もう、世話が焼けるわね。綾 乃、大丈夫?」

 

「あ、はい………大丈夫です」

 

「嘘つかない。ボロボロじゃな い、まったく。女の子の顔に傷つけるなんて、どういう神経してるんだか」

 

「なにしてんだ、焔姉」

 

憤慨したように言う焔が、驚いた ように振り向いた。

 

「和麻!」

 

「よ」

 

いつの間に来ていたのか、焔の背 後に、和麻が立っていた。

 

「っ和麻!!」

 

綾乃が反射的に炎を召喚する。

 

「――――はい?」

 

「ちょ、綾乃、待ちなさ ――――!」

 

とりあえず容赦なく、和麻目掛け て炎が叩き込まれた。

 

 


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