風の聖痕 蒼銀の契約者

 

第十九話

 

 

 

 

「スフィアスラストォっ!!」

蒼き翼が地面を粉砕する。

『―――――!!』

それを紙一重で避け、三十センチ ほどに伸びた流也の爪が獅希の首を狙う。

「ちっ!」

懐から七夜のナイフを引き抜き、 瞬間的に強化の魔術を叩き込む。

同時に流也の腕が振り下ろされ る。

 

 

 

きぃんっ!

 

 

 

涼しげな音が響き、七夜と流也の 爪が拮抗する。

そのまま鍔迫り合いになるかと思 われたが、獅希はすぐに力を抜く。

威力そのままに後ろに押し倒され るが、勢いあまった流也の体勢が崩れる。

そこを見逃す獅希ではない。

「ふっ!!」

凄まじい威力の蹴りが流也の腹に 炸裂する。

人間相手ならばそのまま風穴を開 けそうな蹴りだが、流也はそれを防ぎきる。

風で蹴りが止められたことを悟る や否や、獅希は両腕で地面を掴み、逆立ちのような状態から回し蹴りを繰り出す。

しかし、それすらもあっさりと受 け止められる。

「っく!!」

そのまま足を掴み、思い切り持ち 上げ、獅希の体を頭上で振り回す。

そして、そのまま弾丸のような速 度でぶん投げた。

「うあっっ!!」

空中で回転し、地面を抉りながら 獅希は着地する。

その瞬間、前方に強大な力が集束 していくのを感じる。

『――――――――!!』

集束される風の刃は、桁外れの威 力である。数は――――――四。

まともに受けたくない。

獅希も精霊を召喚する。

召喚速度は若干だが獅希の方が早 い。

流也に匹敵する風の精霊を集め る。

そして――――――両者同時に撃 ち出す。

音速を超える風の刃が、両者同時 に襲いかかった。

『――――っっ!!』

信じられない動体視力と反射神経 をもって、流也はその全てを回避する。

獅希は避けきるのが不可能と見る や、先ほど否定した選択肢を取る。

全弾を風の結界で受け止める ―――――――が、反動で更に後方に吹き飛ばされる。

「っちぃっ!!」

再び体勢を立て直した獅希が目を 見張る。

目前には、先ほどに倍する数の風 の刃を召喚する、流也の姿があった。

今回は反撃する暇もなく、風の刃 が叩き出される。

「くっ!」

全神経を集中し、獅希は回避に努 める。

下がるのではなく、前方に突っ込 む。

すべての刃を紙一重で避け、獅希 は一気に流也の懐に飛び込む。

「らあっ!!」

蒼い翼が流也の顔面を狙い、振り ぬく。

『―――!!』

流也は風の結界でそれを受け止め る。

両者は轟音を立てて拮抗する。

結界が軋みを上げるが、流也の瞳 は獅希の背後を見つめている。

「っ!?」

反射的に振り向いた獅希の首目掛 け、風の刃が振り下ろされる。

「うあっ!」

ギリギリで体勢を崩し、その斬撃 を避けるが、首筋と肩が浅く切り裂かれ、鮮血が吹き出した。

その瞬間、拮抗しあっていた力が 突然消え、獅希は体勢を崩す。

「っな!?」

流也の姿を索敵するが、その位置 がつかめない。

―――――刹那、獅希の眼前に、 塵にも等しい土の欠片が舞う。

「上っ!!」

咄嗟に叫び、風の精霊を展開する ――――――が、それを打ち砕き、流也が獅希目掛けて滑空する。

コンマ数秒風の精霊によって突進 を遅らせた獅希は、七夜でその一撃を受け止める。

しかし、勢いは殺せず、そのまま 両者を巻き込み、耐え切れなくなった地面ごと爆砕される。

 

 

 

ズッ――――――ゴォォォォンッ!!!

 

 

 

文字通り、爆弾に粉砕されたかの ごとく、地面が砕け散り、土煙を舞い上げる。

その中で、流也は薙ぎ倒した獅希 の姿を見失う。

風によって探るも、土は風術師の 領分ではない。

視界がきかない中、流也は周囲を 見回す。

―――――その、すべての死角、 真上から、獅希の左腕が振り下ろされる。

「っはあぁぁぁっ!!」

『――――!!!』

一瞬の土煙の揺らぎを見切り、流 也は身体を横に開き、ギリギリの位置で避ける。

殴りつけられた獅希の左腕が地面 を粉砕する。

流也の肩口から脇腹近くまでを浅 く切り裂き、漆黒の煙のようなものが噴き出す。

間合いを取ろうと振り向いた流也 の眼前に、複数の風の刃が待ち構えていた。

『―――!!?』

「刻めっ!!」

獅希の言葉に従い、風の刃が打ち 出される。

連続で叩き落される風の刃を、流 也は全力をもって受け流す。

受け流された風の刃の一つが、獅 希目掛けて疾走するが、後方に弾け跳ぶ形でその一撃を避ける。

両者共に間合いを取る。

流也はそうでもないが、獅希は荒 い息を吐いている。

これほどのギリギリの戦いは、こ こ最近ではなかったことだ。自分をここまで追い詰める敵は皆無にも等しかったのだから。

『――――――殺す』

「…………!?しまっ ――――!!」

咄嗟に飛び上がろうとする獅希だ が、足元に描かれた魔法陣から伸びた風の鎖が、獅希の身体を束縛する。

「捕縛結界――――!?何で気づ かなかった!?」

獅希はその血に刻まれたある力に よって、結界に対してかなり特化した力を持っている。

その獅希をも欺く結界を構成する など、生半可なレベルではない。

(ちぃっ!こっちにまで思考がま わらなかった!捕縛破壊には――――――十数秒!!くそったれ!!)

『疾風成りし天神よ、今導きのも と討ちかかれ―――――――』

先ほどまでは声を発しなかった流 也が詠唱を始める。

その周囲には巨大な魔法陣が描か れ、帯電するように雷撃が弾ける。

風の精霊が集束される。

その数に流也の制御が追いつか ず、その全てがサンダーストームとなって集束する。

その一撃一撃は、獅希の身体を塵 と成しても余りある――――――!!

「くっ、そ おぉぉぉぉぉぉっっ!!!」

全力で捕縛結界を撃ち砕こうとす るが、それは微塵も叶わない。

流也が静かに目を見開き、詠唱を 終える。

 

 

 

『―――――撃ち砕け、雷の鉄槌――――――』

 

 

 

数十に及ぶサンダーストームが、 獅希目掛けて撃ち出される。

その一撃一撃は、ことごとくがす べて必殺―――――!!

『――――――っっ!!!』

全てが寸分違わず、獅希の身体に 叩き込まれる。

地面が爆砕し、魔法陣を描いてい た地面も粉砕される。

地面を抉り、爆砕し、塵一つ残さ んとばかりにその周囲も纏めて殲滅する。

しかし、それですら納得できない のか、流也は残しておいた複数のサンダーストームを集束させ、一つの弾丸を創り出す。

その集束し続けた雷は、バチバチ と鳴り響き、周囲の地面を雷撃が抉り取るほどに集束される。

それを解き放とうとした瞬間、静 かな詠唱が響きだす。

 

 

 

 

 

「今、汝が半身に――――

その呪われし命運尽き果てるま で――――

高き銀河より降り立ちしナイ ル・ザウラクを宿す者なり――――

されば我は求め訴えたり ――――

薙ぎ払え――――その蒼き翼を 以って――――」

 

 

 

 

 

流也は唇を噛み締め、その雷を更 に爆発的に集束される。

先ほど撃ち込まれた数十のサン ダーストームも、この一撃には届かない。

それほどの力を集束させた流也 は、正面を直視した瞬間、目を見開く。

 

 

 

 

流也は、舞い上がる土煙の向こうに、蒼き鳳凰を幻視した。

 

 

 

そこに、静かな言葉が最後の言霊を紡ぎだす。

 

 

 

 

 

―――――――汝が神に、 我が身を捧げん――――――!!!

 

 

 

 

 

 

鳳凰を中心に、段違いの衝撃波が 巻き起こる。

流也は持ちこたえるが、周囲の瓦 礫は吹き飛ばされ、獅希の居場所を覆っていた土煙さえも吹き飛ばされる。

そこには―――――――

 

 

 

「流也―――――お前は、この力で眠らせてやるよ―――――」

 

 

 

異形の左腕、そして、左だけの漆 黒の翼。

竜牙獅希の、異形に変化した姿 が、そこにはあった。

 

 

『――――――』

流也は目を見開いていたが、すぐ さま意識を取り戻し、獅希めがけて最大の雷を撃ち出した。

 

 

 

ズッ――――――!!!

 

 

 

 

 

地面を抉りながら、サンダース トームは獅希に向かい、一直線に突き進む。

その一撃を、獅希は静かに見据え ―――――――

 

 

 

――――――

 

 

 

――――――左腕を、振り下ろ す。

 

 

 

 

ドッ―――――――ゴォォォォン―――――!!!

 

 

 

 

神炎にも勝るほどの風と雷の集合 体が、その一撃の下、粉砕された。

『―――――!?』

驚愕に目を見開く流也を、獅希の 蒼く輝く瞳が射抜く。

「―――――終わりか?」

静かに、異形の左腕が音を鳴らせ る。

「今度は、こっちの番だ」

『っっ!?』

一瞬にして集束された風の精霊た ちの集合体が、獅希の左腕に据えられる。

その威力は、先ほどの流也の一撃 に匹敵する。

獅希の片翼が羽ばたき、空気抵抗 を殺す。

「――――撃ち貫け!!」

 

 

 

ズッ―――――ゴォォォッッ!!

 

 

 

撃ち出された圧倒的な数の精霊の 集合体を、流也は真正面から受け止める。

『――――――っっっ!!!!』

地面を抉り、体中を浅く切り裂か れながらも、流也はそれを受ける。

『―――――――!!!!』

 

 

 

ドッ―――――――!!

 

 

 

その強大な一撃を、ようやく防ぎ きる。

体中から黒い霧が漏れ出し、体中 が震えている。

これだけの一撃を打ち出したなら ば、向こうも――――――。

そう考えたのか、正面に向き直っ た流也は、凍りついた。

「さすがだな。大抵はこの一撃で 吹っ飛んじまうんだが」

流也が目を見開く。数十メートル の距離を持ったその先に、再び左腕をかざす獅希の姿が鮮明に見て取れた。

その腕に、先ほどの一撃以上の桁 外れの魔力と精霊が収束されていく。

「悪いが、俺は細かい魔術なんざ 使えない。こうやって集めてぶっ放すくらいがせいぜいだ」

信じられないほどの魔力を感じ、 流也はその斜線を撹乱させるべく、飛び上がろうとし――――――硬直する。

『――――――!!?』

身体中に風の鎖が巻きついてい る。先ほど自分が使ったものと同様―――――否、それ以上の束縛力をもって。

「メル直伝の、最高ランクの捕縛 結界だ。俺の血で刻み込んだ最強の結界材、破壊できると思うな」

獅希が閉じていた瞳を開く。蒼く 澄みきった蒼穹を思わせる両の瞳に、十字の紋章が刻まれている。

「十字聖痕、完全解放、出力最大 ―――――」

獅希の周囲に巨大な魔法陣が出現 する。更に、獅希の左腕の先にもそれは現われる。

魔力や風の精霊だけではなく、周 辺の気までも集束させ、獅希は詠唱する。

 

 

 

 

天空を舞いし精霊よ―――――虚空を踊りし精霊よ――――― 天雷に潜みし精霊よ―――――今ここに、その力を分け与えよ―――――天空の覇者、我はその者の代行者なり―――――――我が眼前に立ちはだかる咎人に、 滅びの光を――――――

 

 

 

 

周囲に潜む風の精霊たちが、流也 の知覚範囲さえも越え、収束され続ける。

獅希の左腕の先には、既に直視す ることが困難なほどに雷が走り、風が―――――否、台風が舞い躍っている。

段違いの魔力と風の精霊で構成さ れた、太陽のようにも見える光球が、獅希の左腕の先に、凄まじい勢いで集束される。

 

 

 

「これが、俺の全力全開だ。こいつを使うのは、お前で二人目だぜ、流也 ―――――!!!」

 

 

 

流也はその場から動こうともせず ―――――――動くことも出来ず、その一撃を見つめている。

少々上空に向いていたその光球 が、獅希の腕によって、ゆっくりと流也に向けられる。

収束された魔力があふれ出し、衝 撃波によって周囲を粉砕する。獅希の体までもがその威力に押され、足が地面に幾分めり込む。

『―――――――っっ!!!』

咄嗟に放った流也の全力の風の刃 を、その光の球が容赦なく呑みこむ。

完全に凍りついた流也の顔を蒼き 瞳が静かに見つめる。

振り上げられた異形の腕が、悠然 と弧を描き、魔力と精霊の集合体の表面に添えられる。

爆発的な光が、周囲一体を支配す る。

ありえないことだが、まるで星そ のものを破壊せんとばかりに、獅希の魔力は爆発的に上昇し続ける。

 

 

 

 

「―――――――星よ集え、全てを撃ち抜く光となれ――――――」

 

 

 

 

 

 

―――――――貫け、閃光―――――――

 

 

 

 

 

ス ターダスト――――――ブレイカー
星霜撃ち抜く ――――――蒼き彗星――――!!!

 

 

 

 

 

 

撃ち出される極大の光。斜線上の物全てを圧搾し―――――否、消滅させ、流也めがけて突 き進み――――――

 

 

 

 

『――――――――』

 

 

 

 

その姿を、容赦なく呑み込み ―――――――数キロメートル以上の背後に聳え立っていた山の大部分を粉砕し、天空に抜けていった――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ、はぁっ、 はぁっ…………!!」

がくがくと膝が震え、体が崩れ落 ちる。四つん這いに手をつき、荒い息を漏らす。異形の左腕が光をまとって元に戻り、片翼の翼が光の粒となって消滅する。

本当に全力全開の一撃である。こ の一撃でほとんど全ての魔力を持っていかれた。これで向こうが戦えれば、百パーセント負けるだろう。

「!」

微弱な気配を感じ、獅希は顔を上 げる。そこには―――――

「流、也―――――」

下半身は吹き飛び、右腕は付け根 から無く、残った体も消滅を始めている、流也の姿だった。

『ありがとう、僕を、解き放って くれて――――――』

優しい笑顔を浮かべ、流也は礼を 述べる。その言葉に、獅希は歯を噛み締める。

「悪い。俺には、お前を救えな かった――――――」

今にも泣き出しそうな表情で獅希 はうつむく。その腕が震えているのは、疲労か、それとも―――――

『獅希、やはり君は、僕の思った とおりだったよ』

「な、に――――――?」

困惑する獅希にかまわず、流也は 続ける。

『やっぱり、君は死神だよ』

「―――――だな。お前に、死を 届けに来た―――――」

『違う、君は、そんな死神じゃな い。』

「?」

『風牙という一族の、誇り高き終 焉を届けにやってきた、美しく―――――そして、優しき死神――――――』

「――――――」

『頼めた立場じゃないけど、お願 いするよ。この争いを、終わらせてくれ。これ以上、悲しい死を増やさないために――――――』

「――――――わかった。必 ず…………」

『ありがとう―――――そして、 さようなら。天空の覇者――――――』

その言葉を最後に、流也の体は光 となり、虚空へと散っていった――――――

 

 


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