「死ぬ……………真面目に、死 ぬ……………」

獅希はふらつきながら歩いてい た。

先ほど搾り出した全魔力があっさ り回復するはずもなく、夢遊病者よろしく、ふらついている。

しかも――――――

 

 

 

ドクン――――――

 

 

 

身体が脈動する。

全身が痛み、吐き気までする始末 である。

「エリクサー使うか…………」

幾つかのストックしている奇跡の 霊薬、エリクサー(生命の水)の瓶を空け、獅希は一気に飲み干す。

「ふぅ…………さすが、だな」

体中にいくつかあった傷も消え、 魔力もあっさりとすべて戻っている。

どさくさに紛れて天界からいくつ か貰ってきたのだが、そう数があるわけでもない。

使いどころを間違うわけにもいか ないのだ。

「式の気配は…………あっちか。 なんか、異常に小さい気が……………ちょっと急いだ方が…………」

 

 

 

ドンッ!!!

 

 

 

そう考えて走り出そうとした瞬 間、その式のいる方角から、凄まじい黄金の炎の柱が立ち昇る。

「な、なんだ!?」

獅希は呆然と炎の柱を見上げる。

炎のレベルが凄まじい。

厳馬たちには及ぶべくもないが、 凄まじい力の炎である。

しかも、ただ一度だけ、見たこと のある炎だった。

「天壌の、劫 火…………?…………あれ渡したの、早まったかな…………?」

幾分顔を引きつらせ、獅希は一人 ごちる。

次の瞬間、炎の柱が一気に集束さ れ、解き放たれ―――――――

 

 

 

ズッ―――――――ゴォォンッッ!!

 

 

 

生い茂っていた木々を纏めて吹き 飛ばし、山の斜面の一部を焼け野原に変えた。

「………………………」

獅希は完全に顔を引きつらせ、微 妙にやりすぎたかな、とか考えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

獅希がそんな事を考える幾らか 前………………。

「っはぁ……………痛い………… 全身が、砕ける……………」

血塗れの式が、荒い息をつきなが ら木にもたれてへたり込んでいた。

真面目に全身がズタボロで、これ 以上の戦闘は不可能である。

今ならば、低級の妖魔にも確実に 負ける。そんな自信すらあった。

「…………で、こういうときに 限って寝首掻こうとする奴が出てくるのよね……………」

木々が生い茂っている方向を睨 み、式は吐き捨てるように言う。

「ほう………?よく気づいたな、 小娘」

静かに木の陰から老人が姿を現 す。

「……………誰?」

真顔で式が聞き返す。

見たことのない面だったので当然 だが。

「これから死ぬ者に、名乗る名な どないわ」

その瞬間、老人――――風巻兵衛 は、風の刃を打ち出した。

「くっ!!」

腕を何とか持ち上げ、手刀で風の 刃を“殺”す。

「ほう………?それが直死の魔眼 か…………しかし、その体では満足には動けまい。切り刻んでくれるわ!!」

「っ!!」

草薙を杖に、何とか立ち上がろう とするが、全身がボロボロの状態ではまともに動けもしない。

少し立ち上がったところで再び尻 餅をついてしまう。

「死ねぇっ!!」

漆黒に染まった風の刃が、式目掛 けて撃ち出された瞬間――――――

 

 

 

「燃えろ」

 

 

 

静かな宣告と共に、風の刃が黄金 の炎に呑みこまれた。

「なっ!?」

「え………?」

二人は同時に声のした方へ視線を 向ける。

そこには―――――――

「神凪の小僧か…………」

兵衛の呟きを無視して、煉は静か に歩を進める。

「ちょうどいい、貴様もこの娘と ―――――」

兵衛の言葉が半ばで途切れる。

煉が静かに腕を振るった瞬間、巨 大な大太刀がその手に出現したのだ。

「なんじゃ、それは…………?」

煉は兵衛の言葉を気にも留めず、 大太刀――――贄殿遮那に、精霊たちを集束させる。

「な…………!?」

「うそ…………!!」

精霊術師ではない式でさえ感じ取 ることの出来る、凄まじいまでの精霊たちが刀を中心に集束される。

「―――――悪いけど、お前にな んか構っている暇はないんだ」

静かに呟く煉が、ゆっくりと顔を 上げる。

その瞳には――――――紅蓮に輝 く、灼眼が燃えていた。

 

 

 

ドンッ!!!

 

 

 

凄まじい轟音と共に、黄金の火柱 が立ち上る。

「な、な……………!!」

兵衛は逃げようと背を向けるが、 煉は静かに宣告を下した。

「風巻兵衛、貴様が奪った幾多の 魂、己が命で贖うがいい!!」

黄金の火柱が集束され、炎を纏っ た大太刀を、煉は静かに振り下ろした。

 

 

 

ズッ―――――――ゴォォンッッ!!

 

 

 

「―――――――っっ!!!」

悲鳴さえも呑み込まれ、刀を振り 下ろした位置から放射状に、山の斜面が焼け野原となった。

「………………」

付近でそれを眺めていた式は呆然 とそれを眺めていた。

「ふう…………どうかな?」

『幾分 集束が甘いな。まあ、力を制御できるようにするのが先だろう。我の力は一朝一夕では会得できんからな』

「うん、わかった…………と、そ うだ」

煉はペンダントに向けて話しかけ るのをやめ、木にもたれて座り込んでいる式の元に駆け寄る。

「えと………大丈夫ですか?」

「え、ええ、とりあえずは ね……………。にしても、すごいわね…………本当にあなた煉?」

「え…………?なんで、僕の名前 を?」

きょとん、とした顔で聞いてくる 煉を見つめ、式は苦笑を禁じえなかった。

先ほどまでの戦意は消え去り、少 女のような可愛らしさが全面的に押し出されている。ここまで違うと人格が変わったのでは?とまで思えてきた。

「あ、あの…………?」

突然笑い出した式を見て、困惑し ているらしく、おずおずと聞いてくる。

「ああ、ごめんごめん。じゃあ、 とりあえず自己紹介。私の名前は両儀式。一応、あなたのお兄さんの友人よ」

「しき………さん、ですか?」

「ええ、獅希とは名前が被ってる の。―――――ちょうど来たみたいね」

地面を踏みしめる音と共に、獅希 が姿を現した。

「大丈夫か、式…………大丈夫 じゃないな。それに…………さっきのはやっぱりお前か、煉」

微笑を浮かべて煉の頭を撫でる。

煉はくすぐったそうにしながら も、嬉しそうな表情で撫でられる。

「式、これ飲めるか?」

少々煉を撫でた後、獅希は小瓶を 取り出した。

「なに、これ?」

受け取った式がたずねると、獅希 は事も無げに答えた。

「ん?ああ、エリクサー」

「「…………は?」」

見事に二人の声が重なった。

「ちょっと、エリクサーってまさ か………」

「生命の、水…………?」

「おう」

驚愕に凍りついた煉とは違い、呆 れ顔で式はたずねる。

「こんなものどうしたの?」

「ん、ちょっとな」

『竜牙 獅希』

重々しく口を開いたのは、煉のペ ンダントに宿った【天壌の劫火】アラストールだった。

「どうした?」

『貴 様、よもや黙って持ってきたのではあるまいな?』

「……………そんなことはない ぞ?」

棒読みで答える獅希。何で疑問 系?と思った二人。

「ま、まあ、そんな事はどうでも いいだろ。それでどうだ?俺の弟は」

『あ あ、我が契約者に申し分はない』

「そ、そうかな…………?」

照れたように呟く煉に、薬を飲ん で回復した式が呆れたように言う。

「これだけやっておいて、弱いと は言えないんじゃない?」

「あ、あはは…………」

一面焼け野原になっている斜面を 見つめ、煉は乾いた笑いを漏らした。

「さて、と。当面の目的は達した わけだが…………面倒が増えた」

さっさと獅希は話題を切り替え た。コントをやっている場合ではない。

「綾乃、ね…………」

「そーいうこと」

「そういえば姉様、どうかしたん ですか?」

この場に現われない綾乃のことを 思い出し、煉はたずねる。

「あー、あの馬鹿な、あっさりと 敵に捕まった。――――――ちょうどいいし、見捨てるか?」

「駄目です!!」

姉が捕まったことに驚いた煉だ が、その直後の獅希の台詞に、反射的に叫びを上げる。

「じょーだんだよ、冗談。そんな ムキになるなって」

肩をすくめ、獅希は言う。

―――――と、その瞳が静かに細 まった。

 

 

 

『コントラクター、我が声が、聞 こえますか…………?』

 

 

 

静かに響く女性の声に、獅希は首 をかしげた。

「誰だ、あんたは?」

「どうかしたの?」

「兄様?」

「悪い、ちょっと待ってくれ」

訝しげに尋ねてくる二人を制し、 獅希は目を瞑る。

すると、脳裏に真紅の――――― 巫女服、だろうか?

そんな感じのものを着た、“絶世 の”と言ってもなんら問題のない女性が見えた。

しかし、獅希はその辺りのことを あっさり切り落とし、率直に尋ねる。

(誰だ、お前は)

『我が名は――です』

(…………で、その――がどうし た?)

『不躾かとは思いますが、時間が ありませんので率直に申し上げます。今代の我が継承者に、手を貸してはいただけませんか?』

(継承者?そもそも、俺の質問に 答えてないぞ。誰だ、お前は)

『我が銘は、神器【炎雷覇】で す』

(炎雷覇?……………なるほど、 ――があんたの真名か?)

『ええ。さすがですね、私と契約 を交わしてもいないというのに、私の名を聴き取る事が出来るとは』

(お褒めに預かり、至極光栄。だ が、あんたが炎雷覇だっていう証拠は?)

『―――――右腕を、前方にかざ してください』

(ん?ああ)

獅希は言われたとおりに右腕を突 き出し―――――その瞬間、驚愕に目を見開いた。

「なっ!?」

「は?」

「えっ!?」

三人は揃って驚愕の声をあげる。

その右腕には、間違うことなき降 魔の神剣【炎雷覇】が握られていた。

「な、なんでここに炎雷覇が?」

「獅希、どういうこと?」

「だ、だからちょっと待ってく れ。こっちもわけが分からん」

再び目を閉ざし、獅希は炎雷覇に 語りかける。

(どういうことだ?煉の台詞じゃ ないが、炎雷覇が何でここにある?)

『――――我が契約者を捕らえた のは、炎雷覇――――私の力をも取り込もうとしたからのようです。まずは手始めに、綾乃を取り込み、私を邪の力に染めようとしたのでしょう』

(なるほど、腐っても綾乃は神凪 の直系だ。利用価値はいくらでもあるもんな)

『そういうことです。申し訳あり ませんが、時間がありません。―――――我が主、炎の精霊王が盟友、風の精霊王の契約者殿、どうか、その力を私に――――神凪綾乃のために、お貸し願えな いでしょうか』

女性が静かに跪き、頭を下げる。

(―――――なあ、一つ聞きたい んだが…………なんであんたはそんなに綾乃にこだわる?)

『――――我が継承者は、今代で は、神凪綾乃をおいて他にありません。―――――いえ、そのようなことは建前です。私は、神凪綾乃を死なせたくはありません。言ってしまえば、これは私の 我が侭です』

(――――――はあ)

目を開くと、獅希は静かに二人を 置いて歩き出す。

「に、兄様?」

「どうしたの?」

追いかけようとする二人をやんわ りと制し、獅希は言い放つ。

「悪いが、ちょっと待っててく れ。あの馬鹿娘を何とかしてくる。―――――向こうも綾乃を除けば後一人――――――おそらく、あの男―――――神が残ってる。二人なら何とかなるはず だ。完全に封印は解けてない。食い止めるか、できれば倒してくれ」

その言葉に、式は静かに獅希の顔 を眺め――――――ため息をついた。

「言っても、聞かない?」

「ああ」

「―――――了解。行ってきなさ い、頑固者」

「………お前に言われるのはさす がに不本意だぞ。特に幹也さ(ボギャッ) ごふっ!?」

獅希が鼻っ柱を押さえてうずくま る。

天翔けちゃいそうな式の裏拳が炸 裂したのだが…………視認できたのは、本人以外では獅希だけだった。

煉はわけが分からずきょとんとし ている。

「とっとと行く」

「イエッサー…………」

顔を抑えながら、とんっ、と軽や かに飛び上がると、獅希は空中を滑走していった。

「あ、兄様!!」

「いーの。放っときなさい」

「で、でも…………」

「あの馬鹿は何言っても聞かない わよ。そういう目をしてた。まあ、ゆっくり待ちましょ。今度は、簡単にはいかないわよ」

真剣な口調になった式に気圧さ れ、煉はしぶしぶ頷く。

「安心しなさい、あなたの兄は強 いわよ。全部片付けて、すぐに来るわ」

「――――はい、そうですね」

式の確信に満ちた言葉に、煉も力 強く頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空中を滑空している獅希は炎雷覇 に語りかける。

(どうでもいいが、俺はお前を扱 うのは無理だぞ?炎の精霊の声なんて微塵も聞こえねーし)

『盾ぐらいにはなります。綾乃の 方は何とかしますので、少々の間、食い止めていただきたいのです』

(……………つーことは、何か? 妖魔に憑依されて、恐らくは力を増しているであろう神凪の直系を、殺さずに足止めしろと、そういうことで?)

『――――――はい』

(…………物凄い困難なことに思 えるんですが)

何故か丁寧口調になってしまった 獅希に、炎雷覇は静かに返す。

『だからこそ、あなたにお願いす るのです。あなた以外にそんな芸当が可能とは思えません』

(簡単に言ってくれるな………… いた)

『申し訳ありません、お願いしま す、契約者』

(…………逃げたくなってき た…………)

静かに地面に降り立った獅希は、 静かに正面に立つ少女と対峙する。

凄まじい力を放っている少女 ―――――神凪綾乃を眺め、現実逃避したい想いが広がるが、目の前に立ちはだかる少女を見て、凍りついた。

昏い。

絶望的なまでに、昏い。

あれだけ光に溢れていた少女の面 影が見る影もなく消し飛んでいた。

しかも、この、寒気がするほどの 妖気は―――――――

「生きてやがったか、てめ え…………!!」

憎しみさえ込めて綾乃を ―――――というより、取り付いた妖魔を睨む。

そう、この妖気は――――――流 也に取り付いていた妖魔、そのものだったのだ。

「ったく、面倒 ―――――――っ!?」

呟いた瞬間、綾乃の姿が掻き消え た。

凄まじい速度で迫った綾乃が、漆 黒の炎を纏った拳を、獅希目掛けて全力で振りぬいてきたのだ。

「くっ!!」

反射的に体を開き、拳を避ける ―――――瞬間、完全に隙を突いて、後ろ回し蹴りが獅希の後頭部を襲う。

しかし、精霊と同調している獅希 に死角はない。

再び地面を蹴り、後方へ飛び退 く。空気を切り裂かんばかりに振り抜かれた綾乃の後ろ回し蹴りは、くらえば確実に首から上が爆砕していたであろう威力だった。

「馬鹿力は健在か……………」

『本人に意識があればキレます よ』

「だろうな」

獅希は静かに右腕を突き出すと、 綾乃目掛けて風の弾丸を撃ち出した。

普段の綾乃でも避けきれるような 一撃だが、避けられた場合を考慮し、背後から二個の弾丸を叩き込む。

――――が

 

 

 

ゴゥンッ!!

 

 

 

綾乃から吹き荒れる漆黒の炎が、 その全てを焼き払った。

「――――妖気塗れの炎………… 浄化の炎が聞いて呆れるな…………」

軽口を叩いてはいるが、その威力 は凄まじいの一言である。

普段の綾乃レベルならば真っ向か らでも防げるだろうが、今の状態の綾乃の攻撃を正面から受ける気にはならない。

「ったく…………おい、――」

『なにか?』

「出来るだけ早めに何とかしてく れ。長くはもちそうにない。…………言っとくが、限界が来たら殺られる前に殺るからな」

『―――――分かりました』

直後、綾乃の体が弾けた。

一瞬にして獅希の間合いに踏み込 み、漆黒の炎を纏った腕で殴りかかってくる。

「っと!」

反射的に後方に下がった獅希は、 視覚では綾乃を見失った。もちろん、他の部分で“視て”はいるのだが。

瞬間、真上から風切り音と共に凄 まじい威力の踵落しが振り下ろされる。

獅希は実験もかねて、炎雷覇を頭 上に掲げ、その一撃を甘んじて受け止める。

凄まじい衝撃が全身を襲い、踏み しめていた地面が陥没した。

だが、それよりも―――――。

「やっぱすげー頑丈だな、こいつ は」

炎を纏うどころか、碌に気が通っ てすらもいないのに、今の一撃を揺らぐことなく受けきった炎雷覇を見て、獅希は称賛する。

その瞬間、踵落しの体勢のまま、 逆の脚で獅希の顔面を粉砕すべく振り上げる。

 

 

 

ガギッ―――――!!

 

 

 

風の結界を展開し、獅希は踏みし めた地面をあっさりと手放し、威力そのままに後ろに吹き飛ぶ。

わざわざ踏み込んで力勝負に持ち 込む気など獅希にはさらさらなかったのだが、予想以上に長い距離を飛ばされてしまった。

「衝撃も半端じゃねーし、どうす るかね…………」

全力で殺しにかかるならば楽なの だが、足止めとなると話が違う。

はっきり言って、厄介なことこの 上なかった。

獅希は炎雷覇を地面につきたて、 七夜で右腕を軽く切り裂き、左腕で血の紋章を描き、描かれた右腕で刀印を結ぶ。

九戸 の罪、延喜の罪、外道の罪、出でぬ

連続で叩き込まれる漆黒の炎を、 すべて炎雷覇に直撃するように風で軌道を修正し、防ぎきる。

白華 の草原に、集い向かうは白き神々。戦神の尊を、黄昏にしろしめせと、ことよりさし奉りき

獅希の周囲に魔法陣が形成され、 静かに光を放ち始める。

『天地 の初めの、夜なる国を現したまい、黄昏で闇討ち払いて祈る』

綾乃は遠距離攻撃を打ち切り、一 直線に獅希目掛けて走る。

『戦神 の尊は、闇に閉ざされし岩戸を押し開き、闇神、狼王を討ちきたりて示さん』

獅希の瞳が静かに開かれ、最後の 詠唱を唱える。

『闇に 染まりし神々を、うつろいたる光の元へ、岩戸の元へ戻しあれと祈る

静かに刀印を真下に斬り、詠唱を 区切る。

至皇・憐珠蒼陣!!

魔法陣が浮かび上がり、凄まじい 威力を持っているであろう綾乃の拳を揺るぎなく受け止める。

続けて目にも留まらぬ速さで撃ち 込まれた漆黒の火球すらもすべて破壊する。

『燃えろ…………!!』

静かな宣告と共に、周囲に爆発的 な量の炎が召喚される。

幾本もの炎の柱がうねりを上げ、 凄まじい勢いで四方から襲い掛かる。

しかし、獅希は醒めた視線でそれ らを眺めていた。

 

 

 

ドドドドドドドッッッ!!!

 

 

 

轟音というか、もはや爆音という しかない音が響き、地形を変えるほどに凄まじい威力を持って獅希を護る結界に襲い掛かる。

静かに土煙が晴れ――――――そ の視線の奥には―――――――静かに、獅希が佇んでいた。

『―――――っ!!』

忌々しそうに顔をしかめ、綾乃は 再び獅希に肉薄する。

威力も速度も段違いの攻撃なのだ が、獅希が展開した結界には傷一つつけることすらできない。

それはそうだろう。

獅希が展開している結界は、【防 護】の意を持った結界では、最強である【アイアス】と並び立つ。

凄まじい勢いをもって襲い掛かる 攻撃全てを問題なく防ぎながら、獅希は静かに綾乃を眺める。

このままならば、恐らく当分は破 られることはないだろう。

だが――――――――

『なんでっ…………!!』

「――――なに?」

『なんで、なん で…………っっ!!』

「おい、お前…………意識がある のか?」

『なんで!!』

綾乃は叫んだ。

幼い子供のように、何もかも納得 できないような、何故自分が怒っているのかも理解できていないような、そんな表情で。

その表情に、獅希はデジャヴのよ うなものを感じた。

確かに、昔に一度だけ、この表情 を見たことがあるはずだった。

実を言えば、獅希は過去の記憶に 多量の欠落がある。

憶えている部分もあるのだが、と ころどころがポロポロと抜け落ちているのだ。

思い出そうにも、思い出せない、 そんな記憶の中で、この表情を、昔、確かに――――――

「―――――ああ、なるほど」

思い出した。

そして同時に、腹が立った。

不快だった。むかつく、怒りがこ み上げる、苛立ちが募る。

昔は一度ならず、幾度となく憧れ た少女が、こんな事になっていることに、獅希はこれ以上耐えられなかった。

今までは意識して無視し続けてい た。

話しても素っ気無く対応してい た。

見るに耐えなかったから。

自分が憧れた、あの光り輝く少女 が、このようなことになっていることに、これ以上、耐えられない。

「いいぜ、相手してやるよ、この 馬鹿が!!」

綾乃に対し、絶対の不可侵を保っ ていた結界を解除し、獅希は正面に飛び出した。

凄まじい威力を持った右拳を思い 切り振りぬく。

『くっ!』

スウェーバックして避けた綾乃 は、驚愕の表情を浮かべた。

あれだけの威力を持って振りぬい たというのに、獅希はいささかの重心も崩さず、綾乃の脚を下段蹴りで払い飛ばす。

『あっ!?』

尻餅をついた綾乃に、獅希は容赦 のない蹴りで打ち上げる。

『―――――っっっ!!』

声も出せないほどの威力を持って 蹴り飛ばされた綾乃は、その一撃を認識する暇もなく、凄まじい勢いで繰り出された上段の蹴りによってその体を地面に叩きつけられる。

『がはっ!!』

妖魔に憑依されて身体能力などが 上昇している所為か、普通ならば病院送りになるような一撃でも、綾乃は意識を保っていた。

『このっ………!!』

睨みつけた先には、冷ややかな視 線を向けてくる獅希の姿がある。

「七年も経って、しかも妖魔の力 を借りてその程度か?神凪宗家が聞いて呆れるな。――――――お前は、その程度じゃないだろうが。見せてみろ、神凪綾乃!!お前の力はその程度か!?」

凄まじい怒りをもって獅希は怒鳴 る。

炎雷覇からの依頼も半分意識から 消えていた。

とりあえず今の目的は、この馬鹿 娘の目を醒まさせる―――――――それだけだ。

『お前に………お前なんかに、何 でそんな事を…………っっ!!あたしの何も分からないくせに…………っっ!!』

搾り出すように叫ぶ綾乃。

心の底からの叫びに、獅希は冷や やかに返答する。

「はっ、ケツの青いガキがよく言 う台詞だな。だったらお前に他人の何が分かる?」

必死に叫ぶ綾乃の言葉に嘲笑で返 し、獅希は諭すように言葉を続ける。

「自分の痛みだけが特別と思う なって事だ。―――――まー、言ってわかるようなやつでもないから、文句があったらとりあえずかかって来い。自分を痛めつけることで見えてくる答えもある だろうよ。―――――昔の、俺みたいに、な」

『どういう…………』

「簡単なことだ――――――馬鹿 は何も考えずに動いた方がうまくやれるってこった」

『だ、誰が馬鹿よ!?』

「おめーだよ。反応してる時点で な」

苦笑を浮かべて獅希がは返す。

撃てば響くような対応に、思わず 笑ってしまう。

「で、お前は何をしてる?」

『え…………?』

「妖魔に憑依されて、その延長で 手に入れた力で、俺を殺して満足か?」

『な、なにを…………』

「自分で分かってて聞くな。お前 たちの扱う炎はこんなものか?違うだろうが。浄化の炎が、こんな闇に染まるのか?」

『そ、れは…………』

「俺には妖魔と契約するのは外道 だ何だとほざいといて、てめーのやってることはそれか?いい身分だな、外道」

『あ、あたしは…………』

「ま、いいや」

『えっ?』

「今はどーでもいいさ。今のお前 は綾乃の深層心理が表に出てるだけだろうし―――――――ちょうどいいな」

す………と腰を低く下げ、獅希は 構える。

『?』

「かかってこいよ―――――― 【継承の儀】のリベンジマッチだ。――――――それとも、怖いか?」

『っ!誰がっ!!』

くくくっ、とのどを鳴らして獅希 は笑う。

本当に扱いやすい。

綾乃の自我が強いためか、妖魔は 表に出ておらず、その力と、悪意を綾乃に映しているだけに過ぎない。

しかも根が単純なため、挑発に よって先ほどまでの力を上回るほどの気が迸っている。

こういうタイプは、一度完膚なき までに捻り潰した方がいい。

そうすることで、弱さを乗り越え られることがある。まあ、つぶれればそこで終わりだが、そこは自分の感知する所ではない。

(でも…………やりすぎたか な…………?)

燃え盛る漆黒の炎が、綾乃の周囲 で揺らめいている。

はっきり言って、怖かった。

(急いでくれよ、炎雷覇 ―――――いや、――か)

握り締めた拳が、音を響かせた瞬 間、二人の体が、同時に弾け飛んだ。

 

 

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