『風の聖痕〜The One AIR-REAL〜』

6th Wind −硝子の日常−

 

 

 

 

 

 トントントンと、規則正しい包丁の音を鳴らしまな板の上にある食材が次々と切り分けられていく。

 隣にある(かまど)では、鍋がグツグツと良い匂いを立てながらお粥がちょうど良い按配で煮立とうとしていた。

 

「♪〜、♪〜〜」

 

 包丁を手にしていた人物はそれを確認すると、今度は頭上の棚から小さい型の雪平鍋を取り出し、水と昆布を入れて火にかけた。

 しばらくして鍋が沸騰してくるのを見ると、昆布を取り出してから少量の水を差し入れ、無造作に掴んだカツオの削り節をまるで親の仇とでも言わんばかりに放り込む。

 出汁を取る為の食材は小出しにしてはいけない。何事も豪快に。これぞ料理の至高にして究極の基本。

 そしてカツオの削り節がふわりと踊ったのを確認してから鍋を火からおろし、灰汁を取り出して四分三十秒ほど蒸らす。

 後は重ねた布巾で出汁の中に削り節が残らないように注意しながらこし、再度弱火にかけながら水溶き片栗粉としょうがの絞り汁を加えれば餡の出来上がりとなる。

 

「さて、後はこれを並べてっと……」

 

 それぞれの茶碗にお粥と餡、そして副菜として作っておいた空芯菜の炒め物、汁物等をテーブルの上へと並べていく。

 その手際の良さはまさに百戦錬磨の食卓の王のごとし。

 わずか数分で諸々の準備を終えると、今度は先ほど使った道具を洗う為に袖をまくり――

 

「――――おはよう、和麻」

「ん? あぁ、翠鈴か……おはよう」

 

 さて取り掛かろう、としたちょうどそのときに、後ろから声をかけられ和麻は振り向いた(・・・・・・・・)

 そこには栗色のやわらかそうな髪を赤いリボンでまとめた碧色の瞳の女性――翠鈴が、少し悔しそうな顔をしながら片手に新聞をもって立っていた。

 

「はぁ……また今日も先を越されちゃったわ……」

「っふ、甘い。俺に勝ちたいのならあと一時間は早く起きることだな」

「それって嫌味? ねぇ嫌味なの!?」

 

 ふははははと笑いながら、それでも手元では洗い物をしつづけている和麻の言葉に、翠鈴はクキーと可愛らしく憤慨しつつ、丸めた新聞で和麻をポコポコ叩き出した。

 ちなみに現在時刻は朝の七時。一般的には普通の朝食の時間であるが、自他共に低血圧で朝に弱いことを自負している翠鈴では、その一時間の差はまさに天国と地獄くらいの違いがある。

 

「まぁそれはともかく先食ってろ。時間を置いて水分の飛んだ粥など栄養は変わらんだろうが精神的にはきついものがあるからな」

「はーい」

 

 先ほどまでの憤慨などどこ吹く風と、翠鈴は180度態度を変えてお粥を口にし――

 

「――――私のより美味しいってのがまたムカツクわね」

 

 なんと言うか、嬉しいのか悔しいのか情けないのか形容し難い顔で唸った。

 

「それは誉めてるのか貶してるのか判断に困る言葉だな」

「女より料理上手な男ってそれだけで敵性認識(デストロイ)よ? 和麻はもう少し乙女心の機微≠理解しなきゃ♪」

「ほう、良くぞ言った。そこまで言うなら明日もし俺よりも起きるのが遅かったら、食卓にザワークラウトを並べてやろう」

「ざわーくらうと≠チて?」

 

 ドイツ産のものすっごくすっぱいキャベツの漬物のことです。

() 作者は一口で断念しました。

 

「そんなの食べさせようとしないでよ!?」

「まだ何もいっとらんが?」

「あー、うん。ごめん。もう文句はいわないから普通のご飯お願いします」

 

 乙女心(プライド)よりもなによりも、日々の安全な食卓事情が優先された瞬間だった。

 

 

 そもそも、なぜこの何も接点がないように思える二人が一緒にいるのかと言うと、話は二週間ほど前へと遡る事となる。

 

 

 

§◆◇◆§

 

 

 

 香港九龍城砦――

 戦後、中国に共産党政権が設立した折に大量の難民が押し寄せ、わずか三ヘクタールほどの土地に五万人以上の人々が居住区を構えるという、まさに違法建築の超高層コンクリートジャングル。もしくは無法地帯の中の無法地帯と化した魔窟。

 その入り口に、和麻の姿はあった。

 

(……しかしまぁ、話には聞いていたがこれほどとは……)

 

 見上げる先はまるで折り重なった簡易住宅と、今にも落ちてきそうなほど傾いている雑な設置をされた看板の山、山、山……。

 東京の歌舞伎町などここに比べればまだ理路整然としている。

 例えて言うなら秋葉原のラジオ館を超巨大化させた感じだろうか?

 それほどまでにここは雑多な人の声と、どこからともなく漂ってくる衛生法無視の工場排気で包まれていた。

 

 

 こんなところに――と言ってはここに住む人たちに悪い気がするが――わざわざ和麻がここへ足を運んだのには訳があった。

 日本から出国する際、久米老から香港へとついたらまずここを尋ねろといわれた場所――九龍城郊外に位置する表向きは(・・・・)骨董屋を営んでいる『天水堂(ティンソイトン)』。そしてその主、(ウォン 影龍(インロン)

 久米老によるとその人物こそがこの無法地帯を唯一束ねる『大老(ダーラオの一角であり、世界でも有数の情報屋とのことだった。

 確かにそんな大人物から助力を得ることができれば、なんの後ろ盾もない和麻にとってはこの上ない力≠ノなるだろう。

 だが、その人物と会うためには一つ大きな問題があった。

 それは……

 

 

 

 

 

「つっかさぁ……このどこにその店があるっつーんだよ」

 

 端的に言うと迷子≠セった。

 

 

 

――場面転換(あっちをうろうろ、こっちをうろうろ)

 

 

 

「あー、すんません。『天水堂』って骨董屋どこだか知らない?」

「あン? 骨董屋だぁ? それより兄ちゃんうちのピザまんは絶品だぞぉ、一個どうだい?」

「なんでんなパチモン中華まんが本場で売ってんだよ」

 

 いい加減自力で見つけ出すのは不可能と悟ったのか、和麻は九龍城に軒を連ねる商店に道を聞いてみたり・・・・・・

 

「Hi! シャチョさんイイ子いぱいいるヨー」

「まて。まちやがれ。なんでこの一角だけケバいネオン街なんだよ!?」

「キにしちゃ負けアルヨー」

 

 時に本物の魔窟に迷い込んでみたり・・・・・・

 

「くっそこのクソガキ止まりやがれーーー!!」

「うひあぁぁ! 止まれと言われて止まったら警察いらないヨー」

「よーしよく言ったあぁ!! んじゃ止まるなッ! 警察に突き出されるよりも過酷な運命(ボコなぐり)を体験させてやるぁ!!」

「うゎわあぁぁぁぁ!! やっべやっべ! この兄ちゃんショタコンだヨー!!」

「うるっせえぇぇぇ!! 俺はロリ――――じゃねぇ!! 男に興味なんぞねぇ!」

「やらないか」「フォーーーー!」

「テメェらはお呼びじゃねぇんだよっ!」

 

 時に財布をすられてF1並みのデッドヒートを繰り広げてみたり・・・・・・

 

「――――Sit! 直線では俺のほうが早いのに追いつけねぇ! ――コーナーワークで負けてるってのか?!」

「――この兄ちゃんなかなかやるヨー」

「今日に限って足がやけにノロく感じやがる――クソッタレが! 一本動いてねぇんじゃねぇのか!?」

「中々離せないヨー。・・・・・・しょうがないネー、あれ(・・)やるヨー」

「――――な! ヘアピンなのに減速しねぇだと?! なに考えてやがる!!」

「いくヨー」

「――――――ばかな、側溝に手をかけて強引に曲がる(・・・・・・・・・・・・・・)だと――!?」

「兄ちゃん前見たほうがいいヨー」

「へ?」

 

 ――メキョ

 

 

 

 時に公道最速理論を展開してみたり・・・・・・

 

「く・・・・・・ここは、?」

「おお ゆうしゃよ しんでしまうとは なさけない」

「は?」

「そなたに もういちど きかいを あたえよう」

「何で棒読みなんだよ・・・・・・てか非常時用のなけなしのへそくり半分に減ってるし!?」

「よのなか ギブアンドテイク。では ゆけ ゆうしゃよ」

「いや返せよテメェ!?」

 

 時にセーブポイントまで戻ってみたり・・・・・・

 

「くそッ、あのガキどこ行きやがった・・・・・・・・・・・・ここか!」

『オレサマ オマエ マルカジリ』

「ごめんなさい。間違えま・・・・・・うぉ! 閉じ込められた!?」

 

 時に戦闘におよんだり・・・・・・

 

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・くそッ何とか倒してやったぞこんちくしょう!」

『・・・・・・』

「なっ、まだ生きてやがったか!」

『オマエ ツヨイ。オレサマ オマエ チカラニナル。コンゴトモヨロシク』

「・・・・・・あ〜、すまん。俺COMPもマグもないから無理」

『・・・・・・マルカジリ?』

「さっき買ったピザまんやるから許してくださいお願いします」

『ウマウマ』

 

 時に仲魔が強制的に出来たり・・・・・・

 

「ロン! メンタンピンドラ3で跳満だ!」

「くっ・・・・・・やるな坊や」

「っふ、背中が煤けてるぜ」

 

 時に賭け麻雀で金を稼いでみたり・・・・・・

 

「っていうかあのクソガキ見つけんと全財産なくしたままじゃねぇかよ!?」

 

 時に本来の目的(天水堂)を忘れてみたりしていた。

 

 

 

 ――死屍累々(パ●ラッシュ・・・)

 

 

 

「あぁ・・・・・・くそ、もうだめ。もう歩けねぇ・・・・・・なんなんだよここは、魔窟すぎるにもほどがあるぞ」

 

 そしてとうとう精も根も尽き果てたのか、和麻は誰構うことなく地面にへたり込んだ。

 その姿はまさに青息吐息。今背後を振り返れば高確率で疫病神がダース単位で居座っているのを見ることができるだろう。

 

「・・・・・・ねぇ?」

「不幸だ・・・・・・ただでさえ日常的に運が皆無だってのはわかってたことだが、こうまで不幸確変突入率(フィーバー)100%だと涙も出てこねぇ・・・・・・今なら何が起きたって鼻で笑ってやるぞ、かかってこいや疫病神(バーカ)!!」

 

 そんな和麻を見かねたのか、一人の女性が声をかけてくるが・・・・・・和麻は一向に気付く様子もなく地面にの≠フ字を書き綴る。

 その姿はまさに愛娘(あやの)に邪魔と言われた重悟(そうしゅ)そのもの。――疫病神一ダース追加はいりま〜す。

 

「ねぇってばぁ」

「大体俺が何をした・・・・・・あれか? 神凪か? あの一族の負債が全部俺にきてるのか? ふ――ふ、ふふふふふ腐腑麩・・・・・・

「む〜・・・・・・Do we love our beloved Corps,ladies?

「Semper fi! Do or die! Gung ho,gung ho,gung ho!――――は!?

 

 不幸も過ぎれば毒となる。とばかりに暗黒面(ダークサイド)に落ちかけていた所を、和麻はそのセリフで間一髪現実へと戻ってきた。

 そこで初めて、和麻は顔をあげそこにいた人影を視界に収めた。

 

「さっきからおじいちゃんのお店探してるのって、あなた?」

「・・・・・・おじいちゃん?」

「そ。あ、自己紹介がまだだったわね。私は(ウォン) 翠鈴(ツォイリン)。あなたが探してる『天水堂』の主、黄 影龍は私の養父よ――――」

 

 

 

§◆◇◆§

 

 

 

「――――今から思えば、あの時出会ってなけりゃ俺のたれ死んでた?」

「? 何か言った、和麻?」

「あ〜、いやいや。なんでもないぞー」

 

 気にするな、と言いながら洗い終わった食器を拭きながら棚へと仕舞っていく。

 

「今日もおじいちゃんのところに顔を出すんでしょ? お昼用意して待ってるからって伝えてくれる?」

「ん、りょーかい。翠鈴はいつも通り仕込みか?」

「そうだけど、今日はその前に詠星(エイシン)に用事があるの」

「ほぅ、あのスリのガキか・・・・・・俺がヨロシク言ってたと伝えてくれ」

 

 クツクツと嗤いながら、イタズラを思いついた悪ガキのごとく極悪な笑みを浮かべる和麻。

 その言葉に、翠鈴も『まだ根に持ってるのね』と苦笑しながら家を出て行った。

 

 

 

 それが、和麻が最後に見た翠鈴の元気な姿だと、思いもせずに・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 平穏とは硝子≠フようなものだと思う。

 綺麗で、透き通っていて、でもちょっと手を滑らせてしまえば粉々に砕け散ってしまう脆い硝子。

 それを、和麻は失念していた。

 詠星が血相を変えて天水堂へと飛び込んでくる、そのときまでは・・・・・・

 

「に、兄ちゃん! 翠鈴が、翠鈴が――――!」

 

 

 

 

 


 料理上手な男はそれだけで罪作りです。

 でも最近の日本の台所事情はやや男性よりに傾いている気がします。いつかおふくろの味≠ヘおやじの味≠ノ変更されるのかなーヤだなー切実に

 

 今回の話は平穏≠テーマにギャグオンリーで構成してみました。

 やや暴走しすぎかなーとは思いますが、そもそも暴走せずにギャグは書けるのだろうか、いや書けまい(反語)

 翠鈴に関しては原作(現六巻+二)の中でファミリーネームが出ていなかったことと、天水堂の主が妙に気にかけていたことからオリジナル設定で黄家の養子という設定にさせていただきました。

 次回はついにアルマゲスト事件(仮称)に突入いたします。

 原作では不明瞭のまま終わった(?)アーウィン・レスザールの凶行ですが、本作ではその部分をちょっと掘り下げて詳しく描写していこうかと思います。

 今回は前編ギャグ調でしたが次回は一変してシリアス一辺倒で構成していこうと思いますので、お楽しみにっ。

 

 

 -IX- 拝。

 

 

     

 


本日のNG集

 

 そしてカツオの削り節がふわりと踊ったのを確認してから鍋を火からおろし、灰汁を取り出して四分三十秒ほど蒸らす。

 後は重ねた布巾で出汁の中に削り節が残らないように注意しながらこし、再度弱火にかけながら水溶き片栗粉としょうがの絞り汁を加えれば餡の出来上がりとなる。

 

「さて、海原先生! 判定を!!

「うーまーいーぞーー!!」

 

 あれ? ちょっと。なんで味王さまがいるの!?

 

 

本日のNG集その二

 

 不幸も過ぎれば毒となる。とばかりに暗黒面(ダークサイド)に落ちかけていた所を、和麻はそのセリフで間一髪現実へと戻ってきた。

 そこで初めて、和麻は顔をあげそこにいた人影を視界に収めた。

 

「さっきからおじ「チャイナー(゚∀゚)ー!!」へ?」

 

 八神 和麻特殊性癖その一『無類のチャイナ服好き』。

 むしろこの後スタンバってた綾乃にマウントポジションでボコ殴りに。

 

「あんたはーー! そんなにチャイナが好きか! 女子校生じゃダメなのかー!!」

「やめっ――ヒッ! へぶぁ! ごふっ

 

 

 終われ


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