『神凪』
 
 日本で最強と呼ばれる精霊術師の一族。この世界に存在する精霊達の王の一人である炎の精霊王と契約した人物の末裔。
 
 それもはるか昔のこと、契約したのはあくまでその先祖であり『神凪』は関係ない、しかしいつしか彼らは自分達が選ばれた一族だと勘違いし始めた。その結 果最強の血筋はわずかだが確実に薄まり炎の精霊王の加護も消えつつあった。
 
 
 
 
 そんなある日ある一人の男が生まれた、彼の名は”神凪和麻”。
 
 宗家最強の一人神凪厳馬の長男である。
 
 彼は非常に優れた人物だった、武術、知識、魔術や氣の扱いも長けていた。だがたった一つだけ神凪に相応しくないものが合った。炎の精霊王に祝福された者 なら誰でも持つ大事なもの、それは”炎”だが彼は炎が使えないわけではない、問題はその色。
 
 本来浄化の力を持つ神凪の炎は、高位の術者になれば金や白といった浄化の色を持っていた。
 
 現に、およそ二百年ぶりに現れた”神炎”使いでもある重悟や厳馬の神炎は蒼や紫といった本来ならありえない幻想さと美しさをあわせ持っていた。
 
 しかし、和麻の炎だけは違った。
 
 浄化の色と対をなすといわれているはずの色『黒』コレが彼の、神凪和麻の炎の色だった。しかも、本来なら色が変わるのはそれ相応の力、気などを込めた状 態。すなわち、色の変化は必殺の炎を意味している。
 
 和麻の場合それがなかった。常に黒いのだ。彼の炎は。どれだけの事をしようと、何を試みようと彼の炎の色は黒のままであった。
 
 流石の神凪の術者もコレには恐怖した。何しろ、今までこんな事例は存在しない。いやもしかしたらあったかもしれない、だが今の神凪に記されている歴史で は確かに存在しないのだ。
 
 未知なる事による恐怖、さらに『黒』という本来なら妖魔や魔族といった存在が使う忌むべき色。そして彼の異常ともいえる力に、神凪の術者は確かな恐怖を 抱いた。
 
 
 さらに追い討ちをかけるかのように和麻の母親が病死した。しかも事もあろうに宗家の一部を除いた術者と分家の連中は和麻の仕業とささやき始めた。
 
 和麻の黒炎、それに続くかのような母親の死という得体の知れない怪奇が彼らから正常な判断を奪い、和麻の仕業にする事で彼らは正気を保とうとした。
 
 怖かったのだ、和麻が。黒い炎、さらに宗家の中でも異常といえるほどの潜在能力。その恐怖から逃れるために彼らは和麻を遠ざけることで解決させようとし た。
 
 その結果一人の少年の心が確実に歪み、わずかだが壊れ始めた事に気がつくことなく……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 彼が生まれ二年後わずかな光が差す。
 
 厳馬が再婚して新たに子供が生まれた。
 
 彼女の名は”神凪水輝”、和麻が忌み子と呼ばれただけに厳馬の期待は大きかった、しかしそれもすぐに打ち砕かれる。
 
 彼女もまた兄に劣らずの才能の持ち主であった、だが彼女もまた迫害される。
 
 なぜなら彼女は炎が使えなかったのだ、和麻の様に黒という呪われた色というわけでもなくまったく使えなかったのである。
 
 ただそれだけで彼女は迫害を受け続けた、だが決して大人たちは止めなかった。
 
 理由は和麻である。彼はまさに悪魔そのものであった、少しでも手を出せば黒炎が彼らを焼く尽くす、そう思い込んでいる彼らは、その恐怖から逃れるかのよ うに水輝にその捌け口を見つけいた。
 
 
 
 
 だが彼らはまだ神凪和麻を甘く見ていた。
 
 それを知ることになるのは水輝が七歳の時、いつものように彼女は炎を食らい虐待されていた。
 
 水輝が倒れて虫に息になっているところに偶然彼が現れたのだ。
 
「か……和麻」
 
「……」
 
 和麻は静かに水輝を見た後彼女に炎を使っていた分家の少年達を見据えた。
 
 その眼に確かな怒りの炎が宿っていた。
 
「なんだよ! その眼は、こいつは炎が使えない無能なんだ。これぐらいしか役に立たないんだから文句ないだろう!!」
 
「……」
 
「ひっ……」
 
 和麻の殺気に当てられ後ずさる、しかしもう遅い、和麻の表情は完全に消えていた。
 
「うわああああああああああああ!!!!!!」
 
 子供の一人が悲鳴をあげる。
 
 ふと見ると子供の右腕を炎で吹き飛ばし和麻が何事もなかったかのようにこちらを見ていた。
 
「おま……ひっ!?」
 
 和麻の眼を見て動きが止まる。
 
 血のような赤、炎のような紅、ただ紅かった。
 
 和麻が子供達を倒すのに五秒とかからなかった。
 
 
 
 
 
 しかし事件はこれだけでは終わらなかった。
 
 この事を知った親達はこれ幸いと和麻に襲撃をしたのだ。
 
 その数は十人ほどしかも、分家のなかでも上位に位置するほどの使い手、この事を知った宗主は不味いと思い急いで和麻の元に向かった。
 
 いくら黒炎の使い手とはいえ、まだ和麻は九歳、勝てるわけがない。
 
 一対一ならともかく相手は腐っても神凪の術者、まだ子供の和麻では勝ち目はないだろう。
 
 そう思い駆けつけたところである疑問が浮かぶ。
 
(先ほど炎の精霊の気配が感じたが今は感じられない。どういう事だ?)
 
 先ほど、一瞬だが炎の精霊の気配を感じた。もっとも探知の類は苦手なため正確には判断できない。だがその炎の気配は何処か悲しさのようなものを一瞬だが 感じ取れた。
 
(間に合わなかったのか!?)
 
 自分が想像する最悪な光景が頭の中をよぎるもそれ振り払い、和麻がいる離れ(和麻は一人だけ本家とは別の場所に半幽閉状態化している)に向かう、そこで 彼は和麻の本当の恐ろしさを知る。
 
「お前たち良い加減……な!?」
 
 分家の暴走を止めようと部屋に入り呆然とする。
 
 そこに立っていたのは和麻そして回りは赤、アカ、紅で埋め尽くされていた。
 
「……」
 
 かぎなれた鉄の匂いと見慣れた赤そして、肉の焦げた匂いが漂う中。それが何か理解すると共に戦慄が身体を走り抜ける。
 
 そう、和麻は分家の実力者を、その呪われた黒炎を用いて全て葬ったのだ。
 
「……(馬鹿な!?)」
 
 流石の重悟も驚愕の表情を浮かべる。分家とはいえ彼らも炎の精霊王の加護を受けた者達。例え黒炎を用いたとしても彼らを倒すのは容易ではないはずなの だ。それを行なった和麻に重悟は少なからず、恐怖に近い感情を覚えた。
 
 それと同時に理解する、和麻の心が確実に壊れ始めてしまった事に……。
 
 
 
 
 
 
 
 その後も和麻は回りから疎まれ忌み嫌われた。
 
 厳馬ですら和麻や水輝に対して何の関心を示すことなくその愛情は三人目にしてようやく炎の才能あふれた子”神凪煉”に注がれた。
 
 しかし、和麻は人としての感情をわずかに残していた。
 
 その原因は水輝、神凪の中でただ一人自分に対して恐れを抱かない女性。
 
 そして彼女もまた和麻の存在が心の支えとなっていた。
 
 神凪の中でただ一人自分を見てくれる人。
 
 炎を使うこともなく、自分に対してけなす事もしない、厳馬に無能者扱いされても、分家の実験台にされても和麻がいれば耐えられた。
 
 いつしか和麻は彼女の中で、尊敬の対象でもあり、初めて異性として意識した対象でもあった。
 
 
 
 
 だが、それで水輝の虐待がなくなることはない。そんな中彼女と和麻は風牙衆の長、風巻兵衛の息子、風巻流也と出会う。彼とは何故か友人になれた。その結 果水輝に風術の才能がある事が分かった。
 
 もっとも、和麻はともかく炎術至上主義の厳馬は認めないだろう。だが彼女は、こっそりと風術の事を流也から教わっていた。いつか兄の役に立つ為彼女は人 知れず努力をした。
 
 
 
 
 
 
 そして水輝十六歳、和麻が十八歳のある日、二人の運命を変える事件が起こる。
 
 
「来たか、水輝」
 
「はい……」
 
 突然厳馬に呼び出された水輝は特に感情を表に出すことなく、ひざまずいた。和麻に対しては心を開くがそれ以外の人物にはほとんど心を開く事はない。宗主 である重悟や兄の友人でもある風巻流也に対しても多少なら、開くが和麻に比べたら雲泥の差である。
 
「宗主が事故にあったのは知っているな」
 
「はい」
 
 その話は水輝も聞いていた。命こそ別状はなかったが片足を失い事実上、術者として引退をせざる得ない状態になってしまったのだ。
 
「継承の儀をやる。水輝お前も参加しろ」
 
「なっ!?」
 
 めったに感情を表に出さない水輝が驚く。まさに寝耳に水である、継承の儀の事は水輝も知っていた。神凪の至宝と言われる神剣”炎雷覇”それを継承するた めの儀式である。だがそれは炎術師が行なってこその儀式である。少なくても自分のような炎が使えない落ちこぼれが、参加できる儀式ではないはずだ。
 
「何故、私が? 普通なら兄がするべきでは?」
 
 思った事を口にだす。単純な実力なら和麻ほどの実力者は存在しないはずだ。もし行なうなら、自分より和麻の方がよっぽど炎雷覇を手にする確立が高い。だ からこそ、自分に白羽の矢が立つ理由が水輝には分からなかった。
 
「―――あの男は参加できん」
 
 自分の子供である和麻をあの男と呼んだ厳馬の顔はまさに苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
 
「何故?」
 
「あいつは、炎雷覇の継承を放棄した。それどころか炎雷覇を駄剣呼ばわりし侮辱した。その結果、和麻は離れで謹慎を言い渡しておる」
 
「……そう」
 
(つまり、私は兄さんの代わりと宗主のあてつけみたいなものね)
 
 おそらく出るのは宗主の一人娘である神凪綾乃。水輝と違って正真正銘の天才美少女炎術師と言われるほどの使い手。例え水輝の武術の腕が優れていても、勝 てる相手ではない。
 
 そんな事を考えながら、やはり感情を表に出さないように答える。
 
 結果は見えている。後で兄に軽く話しでもしていこうと思いながら厳馬の部屋を後にした。
 
 
 
 
 
 
 
 そして、継承の儀の日。水輝は自分の対戦相手でもある小学生ぐらいの少女、神凪綾乃を見ていた。
 
(とっとと、負けようかしら)
 
 まったくやる気の感じられる台詞ではない。実際水輝のやる気は限りなく低空飛行だった。
 
(どうせ、結果は見えてるのよ。神凪厳馬)
 
 もはや父としての感情すら消えかけている水輝はあえてフルネームで呼んだ。
 
 そして、そんなやる気のかけらも感じられない水輝に対して綾乃は怒りを覚えていた。
 
 ”神凪水輝”  
 
 その名は知っている。”神凪の悪魔”とまで言われている炎術師、神凪和麻の妹でありながら炎が使えない落ちこぼれ。
 
 (ふざけているの!)
 
 彼女の態度はあまりにもやる気にかけていた。
 
 だるそうに髪をかきあげながら、あさっての方向を見ていた。
 
 綾乃にとってこの継承の儀は神凪の宝具、”炎雷覇”をかけた神聖な儀式なのに彼女のやる気のなさに生真面目な綾乃は怒りを覚えていた。
 
 親の仇に近い眼で水輝を睨む。
 
 青みがかった背中まで伸びた髪、やや釣り眼がちの上品な眼、すっきりした鼻筋、つややかな唇にこの年としては完成された体型に綾乃は女のとしての敗北を 感じていた。
 
(……なんで、睨んでるのかしらこの子)
 
 水輝は敵意丸出しの綾乃を見ながら呆れる。
 
(勝負になるわけないのに……)
 
 炎術が使えない自分が炎雷覇に選ばれるわけがない。
 
 そんなことは分かりきっている、だからこそ水輝のやる気は限りなく低空飛行だった。
 
 もっとも負けるのは癪だから少しは遊ぼうと思っているが……。
 
 
 そして、”炎雷覇”をかけた決闘は始まった―――
 
 
 
 開始の合図と共に綾乃は炎の精霊に呼びかけ、炎を召喚しだす。
 
(ふん、炎も使えない落ちこぼれが私に勝てるわけないでしょ)
 
 炎と言う絶対的なアドバンテージがある所為か綾乃は油断していた。綾乃が炎を作り出そうとした瞬間、水輝の身体が爆ぜた。
 
(えっ!?)
 
 水輝の姿を見失うと同時に、腹部に強烈な痛みを感じ数メートルほど吹き飛ばされる。
 
 水輝は綾乃が炎を集めだすと同時に間合いを詰め綾乃の腹部に掌底を叩き込んだのだ。もっとも綾乃はこう見えて宗家の中でも指折りの実力者これぐらいで負 けるほど弱くはない。
 
 だが、心はまだ少女。一瞬なにが起こったか分からなくなっていた。気がついたら自分は仰向けに倒れていて目の前には澄み切った青空が見える。雲ひとつな い綺麗な空だ。その光景に一瞬今が戦闘中だという事を忘れる。
 
「くっ」
 
 時間にしては一秒にも満たないのだが、綾乃は確かに水輝に倒された。だが、直ぐに自分の状態に気がついて腹部の痛みに耐えながら足を空に向けてあげその 反動で飛び起きる。
 
「よくも……やってくれたわね」
 
 その眼に映るのは怒り。炎も使えない、落ちこぼれに渾身の一撃を食らわされられたのだ。綾乃のプライドは結構傷ついていた。
 
「覚悟しなさい!」
 
 綾乃の怒りに呼応して、炎の精霊の量が上がる。
 
(うーん。流石に此処までね……)
 
 自分の運命を悟った水輝は疲れたように、ため息をついた。
 
 
 
 
 
 
 
 結果は綾乃の勝利だった。
 
 
 
 まあ、才能あふれる宗家の娘が、炎術が使えない水輝に負けるわけないのだ。
 
「……」
 
 彼女は倒れている水輝を見ながらも何処か納得がいかないようだった。腹部を押さえながら何処か悔しそうに水輝を見ている。
 
 
 
(よもや、これほどとは……)
 
 まわりが、「流石綾乃様」「所詮、炎が使えないカスなどその程度さ」「はっ、これで落ちこぼれは死ぬまで落ちこぼれだって分かっただろうが」と好き勝手 ほざいていたがこの中でただ一人重悟だけは理解していた。
 
 最初に水輝が綾乃に掌底を打ち込んだ時に勝負はついたかもしれないのだ。吹き飛ばされて倒れた時、綾乃が起き上がるまでにわずかな隙があった。もし水輝 が炎が使えれば倒れた時に炎を浴びせればその場で勝負が決まったかもしれない。
 
 綾乃に対して親馬鹿と言われても仕方がないほどの愛情を注いでいたが、水輝に対しても叔父馬鹿(正確には違うが)と言えるほどの愛情を抱いているが故の 感想だ。
 
 
 それは、もしもの話。例えそうだったとしても綾乃が”炎雷覇”を継ぐことに変わりはない。
 
 だがそれでも重悟は水輝にかすかな希望を見出したのだ。しかしそんな重悟の願いもむなしく水輝はこの日を境にして神凪から姿を消してしまった。
 
 
 
 
 
 
 
 ―――何故か、厳馬の貯金の一部を持ち出して。
 
 
 
 
 
 
 
 
 水輝が神凪から姿を消したことは直ぐに知れ渡った。
 
「聞いたか、あの水輝がとうとうこの家から出て行ったらしいぞ」
 
「うむ、ついでにあの”悪魔”も消えてくれればよいのに」
 
「確かの。まああやつも直ぐに姿を消すだろう」
 
「「「はっはっはっ」」」
 
 老人達は暢気に笑いながら過ごしていた。
 
 だが、彼らは気がついていない。和麻にとって水輝はこの神凪における唯一の楔であり絆であったのだ。言うなれば和麻は猛獣。全てを食いちぎる獰猛な獣、 水輝と言う鎖を失った彼がどうするかなど考えるまでもないのだが、彼らは気がつかずにいた。
 
 
 
 
 
「……水輝」
 
 夜、自室で重悟は一人黄昏ていた。水輝が出て行ってやる気の一部が欠如したのが分かる。厳馬が何か言ったらしいが余計な事をしたものだ。あんな奴の言う 事など聞かなくても、自分に言えば何とか出来たかも知れない。
 
 そんな後悔に近い感情が渦巻いていた。
 
「―――和麻にも教えてやらねばな」
 
 おそらく、彼も出て行ってしまうだろう。重悟はそう考えていた。彼が神凪に残るのは水輝が居たから、その水輝が居なくなれば彼が神凪に居る理由はない。
 
 考えるだけでも鬱になるがこれも宗主の役目。そう奮い立たせ立ち上がり和麻の居るであろう離れに向かおうとしたところで……。
 
 
 ”どぉおおおおおん!”
 
 
 爆発と同時に大地を揺るがすほどの衝撃が屋敷に響いた。
 
「何事だ!?」
 
 すぐさまこの異常事態に対応すべく誰かに呼びかれる重悟。その言葉を聞いた側近の一人が慌てて、重悟の私室に入ってくる。
 
「失礼します」
 
 本来なら重悟の断りなく私室に入るのは、やってはならないことなのだが、重悟もそんな事を叱責している場合ではないと判断しすぐさま思考を切り替える。
 
「一体何があった?」
 
「はっ、申し上げます。爆発元は離れ、どうやら和麻が脱獄したようです」
 
「……そうか」
 
 一瞬、苦い顔をしたが直ぐに元の宗主としての顔をとる。
 
「私も、今すぐ行く。お前は分家の連中が先走った真似をしないように見張っておけ」
 
「―――分かりました」
 
 そして、側近は姿を消した。しかしそんな彼の願いむなしく、分家の暴走は始まっていた。
 
 
 
 
 離れの部屋が黒い炎に包まれ燃え尽きる。さらに周りには黒い炎でこそないが炎に包まれ火事といわれても不思議ではない状態になっていた。
 
 火の海。まさにそんな状態の中、和麻はモーゼの十戒のように火の海を割って進んでた。彼の耳に水輝が神凪から姿を消したと聞いたのはついさっき。
 
 気がつかなかった。いつもなら”声”が聞こえるのだが今回は聞こえなかったのだ。もっとも今はそんな事はどうでもいいのだ。
 
 彼にとって、水輝の居ない神凪など何の価値もない。故に彼はただ外に出ようとしただけ。
 
 だが、他の神凪の術者はそう思わなかったようだ。
 
 
 ある程度進んだ所で和麻を立ちふさがるかのように五十名近い分家の術者が彼の前に現れた。
 
「何処へ行く、和麻」
 
 分家の一人がいきがる。
 
「此処から出て行くだけだ。邪魔するなら……殺すぞ?」
 
 そんな分家になんの感情を抱くことなく和麻は事実を述べ、そのまま進みだす。
 
「止まれ! お前は謹慎中の身。もし止まらなければそれ相応の報いを受けてもらう」
 
 そんな分家の術者の一人の警告を無視しながら和麻はそのまま進む。
 
「―――やむ終えんな。皆の者、撃て!!」
 
 一人のリーダー格の男の合図と共に分家の術者が和麻に向かって炎を撃ち出す。分家と言えど神凪の炎術師としてのレベルは高い。その高レベルの炎術師の 炎、その五十ほどが和麻を飲み込む爆発する。
 
 あまりの数の炎が一斉に爆発した所為か、熱風が分家の術者にまで届く。
 
「倒しましたか?」
 
「分からぬ。だが、アレだけの炎を受けたのだ。例え”神凪の悪魔”と言えど……馬鹿な……」
 
 部下の問いに答えたリーダー格の男の顔が驚愕に包まれる。和麻を包んだ炎の色が黒く変化し始める。黒の炎は和麻しか使えない炎。故に彼らは理解してし まった。
 
 和麻がまだ、生きている事に。
 
 
「言ったはずだ。邪魔するなら、殺すってな」
 
 和麻を包んでいた炎が黒く染まり和麻の掲げた右腕に集まりだす。その力は宗家の実力者と比べてなんら遜色もなかった。
 
「あっ……」
 
「”黒龍”<こくりゅう>」
 
 右腕に集まった炎が巨大な龍の顎となり、和麻は分家に向かってその右腕を叩きつける。爆発と衝撃で数人が吹き飛ばされる。だが残りはかろうじて後ろに飛 んで避けた。
 
 だが、そんな彼を馬鹿にするかのように龍の顎が割れる。
 
「何だ?」
 
 分家の一人が疑問を口にする。すると龍の形が崩れ、龍が吐く息<ブレス>のように炎があたりを焼き払う。
 
「ぐがあああああ」
 
 和麻の気がこもった炎。大地を吹き飛ばし、全てを焼き払う地獄の業火。そのまま分家を燃やし尽くそうとしたところで、突如炎が何事もなかったかのように 消え去った。
 
 まるで手品のように。だが直ぐにその原因が分かった。和麻の正面にいかつい顔をした和服を着た男が仁王立ちをしていた。
 
「―――厳馬」
 
 その男、神凪厳馬は圧倒的な威圧感を携え和麻を睨む。常人ならそれだけで戦う気力を奪うほどの眼力が感じられる。
 
「何をしている?」
 
「……」
 
「何をしていると聞いている」
 
 自分に対して何も言わない、和麻に多少の苛立ちを込めながら再度尋ねる。
 
「此処から、出て行くだけだ」
 
「そんな事、できると思っているのか?」
 
 気の一部を解放して和麻に尋ねる。厳馬によって和麻の炎から逃れた分家たちは、解放された気を食らい吹き飛ばされる。
 
「邪魔するならお前でも容赦しないぞ厳馬」
 
 和麻はそんな厳馬の気に当てられながらも平然と言ってのける。
 
「―――図に乗るなよ。小僧」
 
 その言葉を合図に、和麻に炎をぶつける。
 
「厳馬様」
 
 分家の一人が恐る恐る尋ねる。
 
「下がれ」
 
「はっ?」
 
 厳馬の忠告に間抜けな顔をする。突如莫大な精霊の量を感知する、ふと見上げると上空に飛び上がり右腕に黒い龍の顎を纏った和麻が厳馬に向かってその右腕 を振り下ろす。
 
「”黒龍”」
 
 龍の顎は厳馬を飲み込み、爆発。黒い炎があたりを焼き払う。
 
「厳馬様!?」
 
 和麻の炎をまともに食らった厳馬に対して不安の声を上げる分家の術者。だがそんな心配は無用とばかりに和麻の炎が消える。消えると同時に弾丸のごとき速 さで数本の炎の矢が和麻に直撃し、十メートルほど吹き飛ばす。
 
「おおお」
 
「流石、厳馬様」
 
「あの悪魔が、赤子扱い」
 
 和麻の炎をかき消し、無傷の厳馬が姿を現した。その姿は絶対無敵を無言であらわしている。コレこそが神凪厳馬。重悟が戦える身体でなくなった以上実質共 に神凪最強の術者なのだ。
 
 まさに、神のごとき力。もっとも本物の神に比べたら赤子のようなものだが。
 
 そんな厳馬をよそに和麻は起き上がる、多少の傷を負ったようだがまだまだ戦う意思を損なう事はない。
 
「ほう、まだ立つか」
 
「……」
 
 無言で厳馬を睨み、炎の精霊を集めだす。精霊が黒い炎となり、和麻の右腕に集う。そして厳馬もまた今までとは比べ物にならないほどの量の精霊を呼び出し 始めていた。
 
「―――良いだろう。お前には絶対的な力の差を教えてやろう」
 
 和麻は無言で走り出す。右腕に炎を纏い厳馬に迫る。対する厳馬はその巨大な力を具現化した炎を和麻に向かって解き放つ。ただそれだけなのだがその威力は 一撃必殺の威力が込められている。
 
 二つの圧倒的な力がぶつかり、この辺りを吹き飛ばすほどの衝撃が走るその瞬間―――二つの炎が消える。何者かが強制的に奪ったのだ。
 
「其処までだ」
 
 和麻と厳馬の二人の炎を奪った人物、神凪重悟は静かに宣言した。
 
 
「宗主!?」
 
「下がれ、これ以上の狼藉は誰だろうと許さん」
 
 静かに、だが確実にその言葉は分家の連中を押さえつけていた。
 
「厳馬、お前もだ。これ以上戦う事は許さん」
 
「……はっ」
 
 幾分納得していないようだが、厳馬は頭を下げ戦闘態勢を解いた。
 
「宗主」
 
 和麻は静かに自分と厳馬の戦いを止めた重悟を見ていた。重悟もその視線に気がついたのか和麻の方を見る。
 
「和麻よ、此処から出て行くのか」
 
 答えなど分かりきっている。だが、それでも微かな希望を込めて尋ねる。しかしそんな重悟の希望むなしく和麻は無言でうなずいた。
 
「―――そうか」
 
 それだけ言い、宗主は何もしない。和麻が黙って重悟の横を通り過ぎた時も何もせず、何も言わず黙って見届けた。そして和麻は神凪の地から去って行った。
 
 
「宗主!? 何故逃がしたのですか?」
 
「そうです! 今ならあの悪魔を倒すチャンスでしたはずなのに」
 
「黙れ」
 
 分家の連中の非難をただ一言で黙らす。その言葉を聞いた分家の連中は生きた心地がしなかった。ただそれだけなのに彼らは死神に魅入られた心境に陥ってい た。
 
 たとえ片足を失おうとも彼の力は健在のようだ。
 
「厳馬」
 
「……」
 
 最後まで和麻に何も言わなかった男に対して,複雑な感情を含みながらも呼びかける。
 
「早く、腕の治療をしろ」
 
「一体何を!?」
 
 重悟の言葉に分家の一人が尋ね、驚く。今まで気がつかなかったが厳馬の右腕から血が染み出し、袖を紅く染めていた。
 
「一体……まさか和麻が!?」
 
「……」
 
 厳馬は何も言わないが間違っていない。和麻の”黒龍”を受けた時、負傷してしまったのだ。
 
「厳馬」
 
「……私の息子は煉だけです」
 
 そう言い残し厳馬はその場を後にした。
 
(本当に、それで良いのか。厳馬)
 
 そんな厳馬の後姿を見ながら人知れず重悟は疑問を抱いた。
 
 
 
 
 
 
 そして、四年後。
 
 
 一人の女性が日本に戻ってきた時、物語が始まる。
 
 
 
 
 
 
  
  
 
 あとがき
 
 修正しました。
 

 


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