「趣味悪いわね」
 
 それが彼女が依頼人に抱いた感想で、その考えが変わることはなかった。
 
 腰まで届く美しい青みかかった黒髪に、釣りめがち上品な眼、整った鼻筋につややかな唇、そして均整がとれており、平均より大きめの胸は重力に負けること なくその存在をアピールしていた。
 
 黒いシャツに、白いズボン、革のベルトでシャツをしまいウエストの細さがはっきりと目立つ。さらにその上から羽織る黒のロングコートに皮のブーツ。
 
 本来のクールな雰囲気と相まって彼女のその姿は特に違和感を感じさせる事はなかった。
 
 彼女を見れば十人中十人が綺麗と答えるだろう、身長も百六十五とあり体重は(ギロリ)……とにかくそんな女神のような美しさを持つ女性は大きくため息を ついていた。
 
(吐き気がしてきたわ)
 
 山手の高級住宅街に、その屋敷は傍若無人に鎮座していた。周囲との調和を完全に無視したそのデザインはむしろ見事と褒めてあげたいくらいだ。
 
 かすかな希望を込めて、別の場所かもしれないと地図を確認するが間違っていなかった事にショックを受ける。此処は文明開化の発祥の地で日本で始めてガス 灯が灯り、アイスクリームが発売された場所なのだが、彼女が日本を離れている間にずいぶん文化が変わったようだ。
 
(……帰りたいわね、本気で)
 
 彼女、”八神水輝”は本気でそう考え始めていた。
 
 
 
 
(きっと、神様は私の敵ね)
 
 
 この最悪趣味の屋敷の居間に通された水輝はそこにいたもう一人の術者を見ながら本日二度目のため息をついた。
 
「何だもう一人の術者とはお前のことだったのか水輝。宗家の術者でありながら、炎が使えない無能ゆえ神凪を追放されたくせにまだ術者と名乗っているのか」
 
 明らかに、馬鹿にした様子の男、神凪の分家である結城家の末子、結城慎冶は実に楽しそうに、元々醜い顔をさらに歪めながら、そして依頼主でもある坂本某 に分かりやすく説明口調で水輝を侮蔑した。
 
「なんだと!! 話が違うじゃないかね!! 一流の霊能力者と聞いたから君を雇ったのだぞ!」
 
 慎冶の説明を聞いた坂本は明らかな怒りをあらわにして水輝を非難する。彼にとっては出したくもない金を出してまで雇った胡散臭い霊能力者。たとえ美女と 言えど、腕がないのなら金の無駄でしかないのだ。
 
「依頼人が何て言ったか知らないけど、私じゃ不服と言うなら帰りますけど」
 
 坂本の迫力に少し後退しながら、水輝は事務的に答えた。坂本の言葉に不快感を感じるものの流石にそれを表に出すことはしない。最も彼女のやる気はほとん どなく、帰りたいのが本音のため文句を言う気力すらわかないのだ。
 
「ふむ、ではこうしよう。二人に除霊してもらい成功した方に報酬を払う。というのはどうかね」
 
「いい考えですな」
 
(……帰りたい)
 
 慎冶はうなずき、水輝は呆れていた。正直こんな提案を出すような男には好感など持てるはずもない。前金だけは貰ったのでこのままこいつらをぶっ飛ばして 帰ろうかと、半分本気で考え出した。
 
「お前はどうする」
 
 そんな物騒な事を考えているとは夢にも思わない慎冶は、水輝に尋ねた。
 
「どうでもいいけど一つ聞きたい事があるのよ」
 
「なんだ?」
 
 水輝は少し考える素振りをしながらまったく浮かばなかったがゆえに尋ねる。
 
「貴方、誰?」
 
 
 
 
「「……」」
 
 時が止まる。
 
 慎冶は口を大きくあけ、坂本でさえもどう言って良いか分からない表情だ。
 
「本気……で、言ってるのか?」
 
 水輝のあまりの言葉に、信じられないような表情をしながら確認する。
 
「ええ、本気よ」
 
 天使のような微笑で答える。
 
 彼女に言っていることに嘘はない、彼女の記憶には本当に慎冶のことは入っていないのだ。
 
 正確には神凪和麻以下数名程度の記憶しか残っていない。その程度の記憶しかないのだ。慎冶、正確には神凪分家の名前なんか水輝の記憶には全く残っていな かった。
 
「結城慎冶だ! 貴様本気で覚えていないのか!?」
 
 慎冶が大声で、自分のを叫ぶ。しかし水輝はその名を聞いてもピンとこないのか、ぶつぶつ言いながら自分の中にある記憶の中からその名を検索し始める。主 に、からかい用から。
 
「結城……慎冶……もしかして昔私を襲おうとして、仕事で妖魔百体とバトルロワイヤルをしてストレスが溜まってた兄さんが偶然通りかかって、その姿を見つ けて何か言われる前に難癖つけて追い出してから私をおいしくいただこうとしてたら兄さんに『うざい』と言われて、さらに顔面を殴られて十メートルぐらい吹 き飛ばされてその所為で、醜い顔がさらに醜くなった、結城慎冶かしら?」
 
 自分の記憶の中から結城慎冶に当てはまる出来事を思い出し、そのまま口にする。その言葉を聞いた坂本某は明らかな、嫌悪感というか侮蔑の表情を向ける。
 
「お前、何してるんだ」
 
 その顔は無言でそう語っていた。別に水輝は慎冶に対して嫌味を言うつもりでなく、ただ慎冶に対する思い出がそれだけしかなかったのだ。主にからかうため だけに覚えていたのだが。
 
 もちろん、慎冶にとっては違う、何しろ炎が使えない無能にこれ以上ないほど馬鹿にされたのだ。
 
 結城家の限りなくもろい堪忍袋は簡単に割れ、慎冶は水輝に襲い掛かった。
 
 ついでにその肉体をおいしくいただこうという邪な考えを抱きながら、しかしそんな慎冶を見ながら水輝はやはり呆れながら冷静に対処する。
 
 一直線に伸びてきた拳を身をそらしてかわし、腕の部分をつかみながら関節をキメ、肩の辺りを押さえながら慎冶の腕を捻る。
 
「痛ええええ!!」
 
「いきなり襲い掛かってきて、何がしたいのよ性犯罪者」
 
 呆れながらも、油断なく関節を極める。ついでにこのまま腕をへし折ろうとして。
 
「そこまでにしてもらう」
 
 依頼人が声をかけ水輝は腕をへし折れなかった事が悔しいのか、少し残念そうな顔をしながら坂本のほうを向いた。
 
「君たちを呼んだのは、試合をしてもらうわけじゃない。この部屋の調度はどれ一つ取って見ても、君たちに払う報酬より高いのだ。乱暴な真似をされてはこま るな」
 
 いきなり金の話をするあたりこの男の低俗さが分かる。
 
 現に水輝の彼の評価は地下深くまで下がりこんでいた。
 
(帰ろうかしら、前金も貰ってるし)
 
 そんな事を考え始めていた。正直帰りたい、だが彼女が神凪が居る日本にまで戻ってきたのは理由がある。そしてその目的を果たすには金が要るのだ。
 
(だからって、何でこんな奴のために頑張らないといけないのかしら)
 
 慎冶を解放した水輝は慎冶の恨みを込めた視線を見事に無視して、腕を組み、壁に寄りかかりながら本気で考える。
 
(そもそも、あの”情報”あってるのかしら)
 
 知り合いの闇商人から仕入れた情報、彼女はその情報を信じて此処まで来たのだ。もしその情報がデマだったら、闇商人に世にも恐ろしいお仕置きをする事を 心から誓った。
 
(んっ?)
 
 ふと、周りの気配に違和感を感じる。今まで大して感じられなかった妖気が急速に収束し始める。
 
 
「来たわ」
 
 今まで薄い膜のような妖気だったのが段々と濃くなりリビングのある一点に集中し始める。
 
「なんだね、一体?」
 
「来たのよ。悪霊が」
 
 そう言い、妖気の集うリビングの一点を睨みつける。すると、其処に人の顔をした半透明な不気味な存在が現れる。溶けかかった顔で坂本を恨みの眼差しで睨 んでいる。
 
「ひっ!?」
 
(どういう事? この妖気、悪霊なんてレベルじゃないわよ)
 
 坂本の悲鳴を無視して水輝はこの依頼の話を受けた時の事を思い出していた。『悪霊払い』それが水輝の受けた依頼のはずだ。だがこの妖気は悪霊のレベルを 遥かに超えており、下手をすれば妖魔と呼んでも差し支えないだろう。
 
 ―――まっ、初仕事ならこんなものだろ。あんたの実力が噂どうりなら片手で捻られる相手さ。
 
 軽薄そうな男だったが実績は確かだと聞いているし、こんなミスをするとは思えない。
 
 仲介屋にとって情報の間違いは何よりのダメージのはずだ、もし彼らの仲介がいい加減なら誰も頼まなくなるからだ。
 
(はめられたのかしら? まあ良いわお手並み拝見と行こうかしら)
 
 水輝の視線は悪霊に立ち向かう慎冶に集中していた。
 
 
 
 慎冶は精神を集中していた。
 
 悪霊が現れた瞬間に焼き尽くすつもりのようだが―――
 
(神凪の力は確か血によって受け継がれてきたけど、あんなにしょぼいのかしら)
 
 慎冶の集めた精霊の量の少なさに呆れ返る。確かに炎術師としては一流かもしれないが神凪の術者としては三流もいいところだ。
 
(兄さんの炎に比べてなんて小さくて、儚いのかしら)
 
 比較対象は和麻のようだ。もっとも和麻は神凪でも最強クラスの使い手、そんな男と目の前の三流の分家と比べる事事態間違いなのに水輝は気がついていな い。
 
「ねえ、この妖気悪霊のレベルじゃないわよ」
 
 このままでは慎冶が負けるのは目に見えているので一応忠告をする。もちろん親切心からではなく彼女としてはとっととこの場から去りたいのと、面倒なのが 嫌だからだ。前金分貰ったので彼女としては成功報酬に興味はないようだ。
 
「はっ、無能がえらそうに口にするな」
 
 しかし、慎冶はそんな水輝のアドバイスを馬鹿にしたように切り捨てる。彼の中では相手はたかが悪霊、神凪の炎を使えば一瞬で倒せると思い込んでいる。
 
「そう」
 
 なんの感慨もなく、水輝は短くうなずき、結果の分かった勝負を見届ける。
 
 慎冶はそんな水輝を明らかに馬鹿にしたように見ながら精霊に呼びかけ炎を作り出す。その呼び出した炎を胸の所で包む込むように、両手で押さえ野球ボール ほどの球を作り出す。
 
「食らいやがれ! 必殺”炎の球”<ファイア・ボール>」
 
(ネーミングセンス0ね)
 
 野球の投手のように振りかぶりながら妖魔に向かって炎の球を投げようとしている慎冶に辛口のコメントをする。慎冶はそんな水輝の批評に気がつくこともな く、その炎の球を悪霊に向かって投げる。
 
 そのまま、炎の球は吸い込まれるように悪霊にぶつかる。慎冶はそのまま悪霊が燃え尽きて浄化されると信じて疑っていないようだ。
 
「―――だから、言ったのに」
 
 ため息混じりに呟きながら自分の想像通りの結末を確信し”火事”に備える。
 
「ぐごがあああああああ」
 
 悪霊が苦悶の声を上げる。慎冶はその声を聞き、自分の勝利を確信しながらほくそ笑む、だが―――
 
 
 次の瞬間炎が爆発し、リビングを焼き払った。
 
 
「うわあああああああ」
 
 その炎をまともに食らい、慎冶が悲鳴をあげる。炎は瞬く間に広がりこの悪趣味な部屋を火の海にした。
 
 
 神凪一族が炎術師の中で最強と目されるには理由がある。単純な強大な力だけでなく、一族の特殊能力がその大きな要因なのだ。彼らの炎は単純な分子運動を 加速させる事で生じる物理現象ではなく、不浄のものを焼き払う”破邪”の力それこそが彼らの力の秘密なのだ。
 
 この浄化の炎で神凪は妖魔、邪霊と言った存在に絶対的な優位を保っていた。ただしこの力はあくまで血筋に大きく左右される。血によって得られる力である 以上、代をを重ね血が薄れれば必然的に力は弱まる。
 
 異端な力の和麻や突然変異に近い水輝。いまだ血の力の健在な重悟や厳馬と言った宗家の一部などは例外だがそれ以外の連中。特に最高の炎の色”黄金”を 失って久しい分家の連中はそうはいかない。
 
 例えば今回のように敵が炎の属性を持っていた場合、放った炎を吸収され逆に跳ね返される事もあるのだ。
 
 
 
「死んだかしら?」
 
 悪趣味な壁の模様が黒焦げで見えなくなったり、飾りが粉々に吹き飛ばされた室内で水輝は何の関心もなくただ心に思った事を呟いた。
 
(多分生きてるでしょうね。こういう奴はゴキブリ並にしぶといし)
 
「あっ……助けて……」
 
 足元から声が聞こえ、その方向を見る。見ると、所々黒くなった汚らしい物体、坂本某が苦しそうにうめいていた。もっとも命に別状はないので死ぬ事はない だろう。
 
(本当に生きてたわね)
 
 その黒焦げの物体に妙な関心を抱く。彼女自身特に助ける義理もないので、しばらくその物体を眺めていた。
 
「あっ……助け……て」
 
 呻いていた坂本は水輝の存在に気がつく。そして、藁をも掴む思いで水輝の足をつかもうとして―――
 
 
 ”ゲシッ”
 
 
 逆に掴もうとした腕から逃れた水輝の足が男の頭を踏みつける。
 
「ぐぎゃ!?」
 
 かえるのような悲鳴をあげながら坂本が苦しむ。
 
「なんで私が見ず知らずの親父を助けないといけないのよ」
 
 その眼はかなりの冷たさを宿している。彼女の中で彼の好感度は物凄く低い、神凪よりは高いかもしれないが、彼女が無条件で助けるほどの好感度はない。
 
「おっ……お金ならだします。報酬の倍出しますから、どうか……」
 
「貴方の命って百万なんだ。安いわね」
 
 幾分、足に力を込めながら答える。みしみしと坂本の頭から骨が軋む嫌な音が聞こえる。
 
「どうするの? このまま焼け死ぬ?」
 
 その言葉と共に水輝は結界の一部に穴を開け、未だリビングに広がっている炎の一部を中に入れる。その炎は坂本の直ぐ側まで迫ってきた。
 
「わっ……分かりました! 一千万だします。ですからどうか……」
 
「商談成立ね」
 
 坂本の頭に乗せていた足をどけ、結界を解く。解くと同時にリビング全体に心地よい、清浄な風が吹く。その風はリビングに広がっている炎を全て奪い、窓か ら持ち去っていった。
 
「さてと、とっとと消えて頂戴」
 
 炎が消えたリビングの中央に存在する、歪んだ顔の火の玉―――妖魔の本体だけが残った。
 
 その妖魔をコートのポケットに手を入れながら見る。水輝の周りに荒々しい風が巻き起こる。その全てが彼女の力となり、妖魔の身体を削っていく。
 
 もし、霊視力のある人間がこの場に居たら彼女の集めた精霊の密度に驚愕しただろう。
 
「これで終わりよ」
 
 右腕を頭上に掲げ、その言葉と共に振り下ろす。風の刃が水輝の動きにトレースするかのように妖魔の本体に迫り、音もなくあっさりと真っ二つに切り裂い た。
 
「ぐがあああああああ」
 
 妖魔の最後の断末魔を水輝は冷めた眼で見届けていた。
 
 
 
「これで終わりね。お金は三日以内に口座に振り込んでね。……もし振り込んでいなければどうなるか分かるわね」
 
 氷のように冷たい眼で坂本を睨む。坂本は一般人だが、水輝の眼を見て逆らったらどうなるか本能的に理解してしまったため、文句を言う事はなかった。
 
「う、うむ、分かった。しかし結城君には悪い事をしたな。こんな大事になるとは思ってもみなかったよ」
 
 坂本は慎冶の成れの果てと思われる、消し炭を見ながら言う。彼もこんな結果になるとは思わなかったらしく、言葉の中に申し訳なさが感じ取れた。
 
 だが、水輝はそんな坂本の言葉を無視しながら慎冶だった消し炭に近づく。そしてそのまま、特に何の感情を含むことなく、ブーツで踏みつけた。
 
「何をするんだね! 君たちの間に何があったか知らないが死体を辱めることは「死んでないわよ」……へっ?」
 
 坂本の非難を遮り、水輝はなんども蹴りつけながら表面の消し炭を取る。するとほとんど火傷もない肌色の肌が現れた。
 
「これは……」
 
「神凪の一族はみんな炎の精霊王の加護を受けているのよ。このくらいの炎なんかじゃ死なないわ……私は例外だけどね」
 
 信じられないものを見たような表情をした坂本の言葉に水輝は淡々と答える。もっとも最後のほうの多少の自嘲が含まれていたが。
 
 炎が使えない落ちこぼれ、それだけで小さいころから炎の実験台にされてきた。
 
 その傷は決して癒えることはない。彼女の女神のごとく綺麗な肌―――ざっと見た感じそんな痕は無いが彼女の背中には未だに火傷のあとが多数残っている。
 
 彼女の服装や髪の毛の長さはそれを隠すためでもある。
 
 
 
「う……ぐ……」
 
 そうこうしているうちに、慎冶が眼を覚ました。
 
「お前がやったのか?」
 
「見てた通りよ」
 
 慎冶がずっと見ていたことに水輝はとっくに気がついていた。
 
「気がついていたのか? だがサボっていたわけじゃないぞ、本当に動けなかったんだ」
 
「言い訳にもならないわね」
 
 慎冶の言葉を冷たく切り捨てながらその場を後にする。
 
「何故戻ってきた?」
 
 そのまま、立ち去ろうとした水輝に慎冶が尋ねる。
 
「なんとなくよ」
 
「そんな理由で長老が納得すると思ってるのか?」
 
 慎冶はそんな水輝のはぐらかしたような答えに納得していないようだ。思い出すのは過去に行なわれた水輝の仕打ち、何の抵抗もできない少女を殴り、蹴り、 炎術の実験台にした。もし水輝が復讐を企んだとしても不思議ではない。
 
「―――そうだ、一つ聞きたいんだけど」
 
「何だ?」
 
「今、兄さんどうしてる?」
 
 思い出したかのように紡ぐ、水輝の言葉に慎冶は金縛りにあったように動きを止める。そして、同時に理解した。この女は”あの事件”を知らないと。
 
「あいつは、いねえよ」
 
「……」
 
 その言葉を聞いた水輝が黙り込む。慎冶はその沈黙を、ショックのためと捉えたのか、聞いてもいない事をベラベラ喋りだす。
 
「あいつは、お前が居なくなって数日後に屋敷を半壊させたんだ、その結果神凪を追放されたんだ。お前と同じようにな!」
 
 優越感に浸りながら、語る。水輝はそんな慎冶を無視して屋敷を後にした。
 
「……」
 
(ふん、いい気味だ。……だが、一刻も早く宗主たちに報告せねば)
 
 黙って立ち去る、水輝を見届けながら、何故か胸の中に渦巻く不安を取り除くかのようにそう考えていた。
 
 
 
 
 
「今……兄さんは神凪に居ないか……」
 
 道路を歩いている、水輝はふと空を見ながら呟いた。
 
(あの、変質者は何であんなに偉そうに喋っていたのかしら?)
 
 兄、和麻の事を話している慎冶の事を思い出しながら呆れていた。和麻が居なくなったことなんてとっくの昔に水輝は知っていた。
 
 水輝達の世界では情報は何より大事なもの。和麻の噂など、何もしなくても手に入る。彼女が”力”を手にした時と同時期に広がった噂。
 
 
『黒い炎を使う化け物がいる』
 
 
 彼女の知る限り、そんな炎を使うのは和麻ぐらいだ。調べてみればやはり和麻だった。そのときから水輝の目的の一つに和麻を見つける事が加わった。
 
 だが、何故か和麻を見つけることはできなかった。力を手に入れてからずっと探していたがデマなどがほとんど。運良く居場所を特定してその場所に駆けつけ てももう居なくなった後だった。という事は一度や二度ではない。
 
 日本に戻ってきたのも知り合いの闇商人から『黒炎が日本に向かったらしい』と言う情報を手に入れたからだ。
 
(あの様子じゃ、兄さんが戻ってきた事を神凪は知らないみたいね)
 
 ため息をつく。神凪は一応日本で最高クラスの術者の一族。情報網も大きいはずだがそれに引っかからないとは。
 
「一体、何処に居るのよ兄さん」
 
 その悲しさを含んだ呟きを聞くのは、赤みを差した綺麗な空だけだった。
 
 
 
 
 
 
 
 同時刻、どこかの場所で一人の男がいた。ジーンズにスニーカー、チェックのシャツに黒いジャケットを着ている。そして何故か腰に儀式用に使いそうな綺麗 な短剣を差している。
 
 黙っていれば平均より上の部類なのだが、彼の軽薄な雰囲気がそれを台無しにしている。
 
「……」
 
 ふと、何かに気がついたように夕焼けの空を見上げた。
 
(どうしたのだの)
 
 そんな男の様子に気がついた誰かが話しかける。声の高さから女性と思うが、彼の近くに女性の姿はいない。
 
「いや、”声”が聞こえたような気がした」
 
(お主、大丈夫かの)
 
 そんな男の言葉に謎の声が心底心配そうに声をかける。
 
「どういう意味だ。ハイシェラ?」
 
 男が不機嫌そうにハイシェラと言う名の人物に文句を言う。
 
(そのままの意味だがの)
 
「……もういい」
 
 これ以上言っても墓穴を掘りそうな気がするので話を切り上げる。彼女は自分の腰に差して居る短剣でありもちろん人間ではない。
 
 ”魔神”と呼ばれる、妖魔や魔族の中で強力な力を持ったものの俗称だ。彼女の場合はちょっと特殊で、古の時代、神々の使途だったが幾多の上級妖魔や悪魔 を吸収し魔神と化した人物だ。
 
 ある遺跡で出会い、なぜか一緒に行動を共にしている。彼女は男と五感を共有しているため本来なら口で負けることはほとんどないが、彼女の場合文字通り、 全て、それこそ夜の営みまで丸わかりのプライバシーって何? のような状態のため少々特殊なのだ。
 
「とりあえず、とっとといくぞ」
 
(うむ、当てはあるのかの)
 
「特にない、いくぞハイシェラ」
 
(……)
 
 そう言い魔神を従えし黒炎使い、神凪和麻はその場を後にした。
 
 



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