「兵衛様、術者の配置が完了しました。」

「うむ。わしはあのお方に報告してくる。予定通りに頼むぞ」

「はっ!」

そう言ってその風牙衆の術者は来るべき戦いに備えて自分の持ち場へと戻っていった。

それを暫く見つめていた兵衛は、やがて踵を返して祠へと向かう。

神を名乗る少年は確かに自分達に妖魔という強大な力を与えたが、それが風牙衆の為でない事など兵衛はとうに承知していた。

少年のほうは風牙衆を便利な小間使い程度にしか見ていないようだが、仮にも風牙は日本最大の退魔を数百年に渡り支えてきた諜報組織で

あり、兵衛は権謀術数に長けた風牙の頭領である。

兵衛にすれば少年の目的など、それが風牙を害するものでもない限り知ったことではなかった。

当然少年を監視することは怠るつもりはないが、彼にとっての目的はあくまで神凪である。

元々絶望的な戦いであったが、後には引けない。

このチャンスを逃せば自分達は神凪が衰退して自滅するその時まで彼らへの隷属を余儀なくされるだろう。

長く歴史を重ねるうちに契約者の血は薄れ、いまや分家の術者は一流というには程遠いレベルにまで零落している。

分家だけなら風牙衆でも充分勝つことは出来るだろう。

だが、宗家は別だ。

あの圧倒的な力の前には自分達の力では対抗することなど到底無理な話だ。

炎術が戦闘に長けていることは認める。

風術が戦闘に向かないことも承知の上だ。

だが、敵と戦うにはまず敵を見つけなくてはならない。

偵察。諜報。隠蔽。

それはある意味では戦場で直接刃を交えるよりも危険な役割である。

しかし自分達がどれ程の功績を挙げたところでそれが報われることなどなかった。

奴隷が仕事をするのは当然のことであり、感謝などされることはない。

風牙衆は神凪の道具としてのみ存在を許されていたといってもいい。

息子を人ならざるものへと変えたことを神凪の術者どもは外道と謗るだろう。

だが兵衛に言わせれば神凪こそ人非人の最たるものだ。

神の力を借りるというのは一つの賭けだった。

自分達の誇りを汚し、命を踏みにじり、それを当然の権利と考えている神凪を滅する。

神の力がもし得られなくとも、それだけは果たすつもりだった。

「見ておれよ。貴様らが蔑んできた者の怨嗟がどれほどのものかをな…………」

憎悪に満ちた表情で兵衛はそう呟いた。























蒼と黒の饗宴

第17話

























改札を出た一行は神凪が用意したという車に乗るため駐車場に向かう。

そこにはレンジローバーが2台用意されていた。

乗り込もうとする綾乃を制して貴広はボンネットの上に地図を広げる。




「さて、幸いなことに乗ってる新幹線を吹き飛ばされるようなことは無かったわけだが……」

その貴広の発言に綾乃がハッとした表情になる。

車内にいるときに襲撃されるという可能性に今になって気づいたようだ。

「山を踏破する際に襲撃を受ける可能性が高い……というか、まず確実に襲われるだろう。」

そう言って一同を見渡す。

風牙衆のゲリラ戦能力は決して侮れないものの、今回は和麻がいるためそれほど問題にはならないだろう。

厄介なのはやはり妖魔だ。

いずれも風の属性を持ち、特に流也の方は和麻でもなかなか捉えられないほどの穏行を用いる。

「一度戦ってみて判ったんだがあいつの使う風は狂ってる。」

和麻の意見に隷が疑問の声を上げる。

「狂ってる?」

「ああ、奴の周囲の精霊は皆発狂してるらしくこちらの制御を受け付けないし感知もしにくい。」

「なによそれ、どうやったらそんなことが出来るのよ?」

綾乃の問いかけに対して和麻はお手上げのポーズをする。

「さてな。こんなケースは初めてなんで皆目見当もつかん。まあ、隷が遭遇したって言う獣形妖魔のほうは判るみたいだがな?」

和麻に話を振られて隷が頷く。

「そうだね、僕でも感知できたくらいだから。」

隷の感知能力は決して低いわけではないが、和麻や五十鈴のような高位の風術士には及ばない。

その隷が感知できたくらいだから、この妖魔に関しては奇襲された場合でもすぐに気づくだろう。

「そういうわけで和麻と五十鈴にはそれぞれ別の車に別れて乗ってもらう。和麻の車には厳馬殿と綾乃、五十鈴の車には俺と隷が乗る。」



妥当な人選だと和麻は思った。

五十鈴の感知能力は、コントラクターである和麻に比べれば劣る。

奇襲を受けた場合、貴広が乗っていれば漆黒によって乗員を守ることが出来るだろう。

水術は炎術よりも精霊召喚速度が高く、更に風よりも質量があるため地術と並んで防御に適している。




そして貴広は地図に目をやり、ある一点を指差す。


「重悟殿の話ではここに封印の祠がある。」


そして指を走らせる。


「いったん山を迂回して裏手に回り、そこから最短距離で祠に向かう。当然トラップや待ち伏せが予想されるから車は途中で降りる。和麻

は五十鈴と組んで風牙衆を始末していけ。まず潰すのは監視要員と狙撃要員、次がその他の武装した術者。最後に非戦闘員を―――

―――――」


そこで綾乃が驚いた様子で口を挟む。


「ちょ、ちょっと!!何考えてんのよ!!」


相手が神崎の当主ということでこれまで素直にしてきたが今度ばかりは黙っていられなかったようだ。


「戦えない女子供まで殺すっての!?」


「当然だ。」


糾弾する綾乃に対して貴広は断言する。


「その戦えない者達の夫や親を我々は殺すのだからな。今は無害でも十数年後には復讐に走るかも知れん。よって風牙衆は老若男女悉く殺

し尽す。」


貴広に言わせれば、綾乃の考えは甘いとしか言いようがない。

国家間の戦争などとは違い、こういった退魔や魔術師などの一族の闘争は完全な殲滅戦である。

一般人と違って、復讐に走った異能者ほど始末の悪いものはない。

場合によってはたった一人の復讐者によって一族を滅ぼされるケースもあるのだ。

非道と謗られようが貴広は神崎の当主であり、神崎の安全のためならこのような汚れ役も引き受けなければならないのだ。

そして、神凪の次期宗主である綾乃も、いずれは理解しなくてはならない。

いや、理解できなくては宗主など務まらない。

ただでさえ神凪は、その炎術偏重の思想から多くの敵を作っているのだから。


「ふざけないで!そんな真似許さないわよ!!」


まともな人間の感覚で言うなら綾乃の反応は全く持って正しい。

だが、そもそも精霊術士や魔術師、退魔士等といった「こちら側」の住人にはそんな「まとも」な感覚はかえって有害でさえある。

そもそも、敵対勢力以外には被害を及ぼさないだけ神崎はマシなほうだ。

神崎はこれまでに、海外の組織の要請で欧州で活動していた時期があるが、その際、一度目にしたことがあるローマカトリック教会による

対吸血鬼作戦はまさに凄惨というしかなかった。

1体の強力な吸血鬼をしとめるために町一つを焼き払い、無関係の一般人を数千人焼き払ったのだから。

ここにきて貴広は初めて重悟に怒りを抱いた。

綾乃に対してそういった「負」の面を伝えず、その覚悟を持たないまま炎雷覇を継承させて次期宗主にした重悟に。

これでは、実際に負の面と向き合うことになった時、覚悟のない綾乃がそれに耐えられるかどうか判らない。

娘を甘やかすにしても些か度が過ぎている。

綾乃の、その、人として至極真っ当な反応に貴広や和麻は好感を抱いたが、こればかりは譲るわけにはいかない。

神凪だけの戦いであるならともかく今回は神崎も協力しているのだ。




だが―――――――




「分かった。それでは戦えない女子供については抵抗されなかった場合は捕縛ということにする。」


この貴広の言葉に綾乃以外のメンバーが目を剥く。

「貴広様!?」

何か言おうとする五十鈴を貴広は眼で制止する。

この切迫した状況で内輪揉めなどしている場合ではない。

この件については不本意ながらも先延ばしすることに決めた。

勿論、風牙衆は一人たりとも逃がすつもりはないが。



「和麻と五十鈴以外のメンバーは全員最短ルートで祠を目指す。煉君の救出が最優先だ。いいな?」



確認すると全員から頷きが返る。

これには綾乃も異議はない。









「では出発するぞ!」








そう言って一同は車に乗り込んだ。




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