注:この話は『貫太郎異聞録・出会い』から2週間ほど経った後の話です。




































灼眼のシャナ 存在なき探求者

外伝 残されし者達




































そこは、柱と床だけの空間だった。

壁は無い。

白い円柱が列なす向こう、両の際は、永遠の虚。

天井も無い。

頭上は一天、望む限りに広がる明瞭の星空。

円形に柱を配したその空間の中心には、純白の石からなる祭壇が、暗夜の海に浮かぶ氷塊のように競り上がっている。

その、古代の神殿を思わせる空間の中心から、男の怒声と悲鳴が響き渡った。


「フェコルゥゥゥーーーーー!!!!!!」


「ひいいいいいいい!?すみませんすみませんお許しくださぃぃぃぃぃぃぃ!!」


その光景を、何も知らぬ一般人が見れば、くたびれた中年サラリーマンをヤクザが締め上げているように思うかもしれない。

広間の中央に立つ二人の男。



1人はダークスーツを身に纏った長身。

オールバックにしたプラチナブロンドの髪の下で、サングラスが目線を隠している。

彫りの深い欧州系の顔立ちにはなんともいえない凄みが漂っている。

その表情は怒りに歪められていたが。



一方、ダークスーツの男に襟元から掴みあげられている方はというと、

こちらは今時、漫画などでもあまり見かけないような、ステロタイプの悪魔スタイルだった。

背中に蝙蝠の羽を一対畳み、尻尾が後ろに細く伸び、胸の前に添えられた右手の爪も鋭く、

尖った耳と2本の角が、ぞろりと伸びた黒髪の間に見える。

鉄鋲を打った頑丈そうなベルトには、分厚く長い鞘に湾曲刀まで提げていた。

なかなか本格的な悪魔スタイルではあるが、その顔は押しの弱そうな『小役人』とでも表現すべき中年男の顔であり、

細く垂れた目と、微妙に広い額にかかる後れ毛が、同情と哀感をそそる。

おまけに服装にしても―――ベルトなどのオプションは兎も角―――平凡なスーツ姿であり、

そのくたびれた風体は人生に疲れた中年サラリーマンを髣髴とさせる。

ハッキリ言って、迫力に欠けること甚だしい。

そして、その顔は今、焦りと恐怖に歪んでいる。




「ババアの政務を代行しろとはどういうことだ、

 奴の仕事を俺に押し付けるつもりか、貴様は!?」


ダークスーツの男は肩を怒らせて中年悪魔男―――フェコルーに詰め寄る。


「い、いえ将軍閣下。私も詳しくは伺っておりませんで……

 ただ、大命の幾つか、特に急を要する2つの遂行をあなたに委任すると…」


「クッ……ババアの居場所は?ヤツは何処にいる!?」


「ぞ、存じません。……いつに無く慌しく出ていかれましたが。」


「慌てる?あのババアがか。」


将軍―――『千変』シュドナイは驚いたようにフェコルーから手を放し、解放する。

喉元を押さえて咳き込みながら、腰砕けになって後ずさるフェコルー。

情けない光景だが、これでも『嵐蹄』フェコルーといえば相当強力な“紅世の王”。

『逆理の裁者』“参謀”ベルペオル直属にして、欧州最大の“徒”の大集団『仮装舞踏会』の執政官(コンスル)を務める幹部の1人でもある。

『仮装舞踏会』を実質的に運営するベルペオルが、自身の補佐役として手元に置いているだけあって、その管理能力には定評がある。

一方のシュドナイはというと、『仮装舞踏会』において盟主に次ぐ権勢を誇る大幹部。『三柱臣』の一柱である。

幾多のフレイムヘイズがマークする“大物”2人は今、かつてない難題に直面していた。

その難題とは、『三柱臣』の一柱たる“参謀”ベルペオルの失踪。

フェコルーは、彼女の失踪によって『仮装舞踏会』の中枢が麻痺してしまうことに対して。

シュドナイは、彼女が分担していた大命やら、面倒な執務やらが自分に押し付けられることに対して、尋常ならざる危惧を抱いていた。


「あの女…手前の分の仕事くらい片付けられんのか全く…」


面倒なことを押し付けられ、歯軋りするシュドナイ。

…というか、普段サボってるあんたにだけは言われたくない……などとは思っても決して口には出さないフェコルー。


「しかし、あのババアが取り乱すとは…いったい何事だ?」


シュドナイは顎を撫でつけながら疑問を口にする。

“あの”ベルペオルが焦りを表に出すところなど、ここ千年ばかり見たことが無い。

全くの皆無というわけではないが、珍しいことには違いない。

彼女とはもう2千年近い付き合いだが、これまでに彼女が動揺を表に出したのは、シュドナイが知る限り僅か2回。

一度は『教授』の傍迷惑な奇行によって『大命』の幾つかが吹っ飛んでしまったとき。

もう一度は、彼女の不注意で、『三柱臣』の一柱たる巫女『頂の座』が危うく死に掛けたときだ。


(…あの時は怒りに我を忘れて、危うくババアを縊り殺すところだったからな。)


もしそんな事になっていれば『仮装舞踏会』の組織は空中分解してしまっていただろう。

『三柱臣』などと言っても、実際に組織の運営に携わっているのは“参謀”の彼女ひとりだけ。

“将軍”シュドナイは組織の本部たる“星黎殿”に顔を出すこと自体稀だし、“巫女”ヘカテーなどは、そもそもまともに政務をこなせるかどうかさえ怪しい。

まあ、シュドナイにしてみれば“そういう”浮世離れしたところがまたイイらしいが。


(…女ってのは、やはりああでなきゃいかん。)


「将軍閣下?」


「ん!?ああ、なんでもない。…とにかく、一刻も早くババアを探し出せ。奴が居ないことには組織が回らん。」


「は…承知いたしました。」


真顔で彼女が必要だと言うシュドナイに、フェコルーは意外そうな顔をする。

普段、嫌味を応酬する仲であるだけに、この言葉は予想できなかったらしい。


「ふん…意外か?何事も適材適所ってヤツだ。

 さっさとあの女狐を見つけ出すよう捜索猟兵と巡回士どもに指令を出せ。

 ババアの捜索となれば、連中も熱を上げるだろうからな。」


仮装舞踏会内では“参謀”ベルペオルはかなり人気がある。

組織の象徴的存在である“巫女”のヘカテー以上に。

シュドナイからすれば、あの性悪女のどこがいいのかと小一時間ほど問い詰めたいくらいなのだが。

それだけ猫を被るのが卓越しているということなのだろうが。

彼女の甘言に惑わされ、破滅した“徒”“王”はそれこそダース単位でなければ数え切れないほどだ。


「大御巫には?」


「俺から伝えておく。」


「はあ……承知いたしました。」


真面目くさって頷くフェコルー。

“大御巫”というのは巫女の尊称を指す。

将軍が巫女にご執心である事は、幹部連の間ではわりと有名な話だ。

もっとも、当の“将軍”シュドナイには、自分が“そういう”趣味だと言う自覚はない。

彼に言わせると、『老いるという概念を持たない“徒”に年増も幼女も無い』ということらしい。

まあ、見た目幼女のヘカテーにしても、齢1千年をゆうに超えているので、あながち間違った考え方ではないかもしれない。

……とはいえ、熱を上げている当の“将軍”が言っても、説得力は皆無なのだが。

それを面と向かって指摘する勇気のある者は『仮装舞踏会』にはいない。


「最後にババアが確認されたのは?」


「ブリテン島の都市、ロンドンです。」


「なら、その近辺で活動している者に捜索の指示を送れ。…最優先だ。」


「ハッ。承知いたしました!」


各方面に指示を送るため、踵を返して広間を後にするフェコルー。

彼を見送ったシュドナイは、苦虫を噛み潰したような表情で毒づいた。


「くそ………護衛家業は暫く休業か。」


嘆くように宙を仰ぐ。

その先には、杓杖と槍を抱え込む“星黎殿”の中枢。

『ゲーヒンノム』が淡い光を発していた。


























続くかどうかは……未定










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