結局あの後のコレクション見学は中途半端に切り上げることになった。

街に出していた燐子に何か異常があったらしく、フリアグネは配下の燐子たちを引き連れて慌てて出て行ってしまったのだ。

当然僕一人で見て回るわけにも行かず、そのまま帰ることになったのだが、


『あぁーーの狩人をして狼狽させるとは。何があったんでしょうね?』


フレイムヘイズ。

それしか考えられない。

しかし、名にし負う“フレイムヘイズ殺し”をしてあそこまでうろたえさせるとは、いったい如何なる者か?


実のところ僕の立場はかなり微妙だ。

“紅世の王”と『零時迷子』を身に宿している僕は下手をすれば“フレイムヘイズ”、“徒”双方から狙われることになる。

3ヶ月ほど前、僕はひょんなことから外界宿(アウトロー)を経営するフレイムヘイズとお近づきになる機会があった。

外界宿というのはフレイムヘイズの活動を情報面でバックアップし、時には迅速な移動手段の確保や資金の管理運用を行うフレイムヘイズのための互助団体みた いなものだ。

まあ、RPGなんかにでてくる町ごとにある酒場兼宿屋、あれの現代版のようなものだ。

とにかく、その外界宿を経営するフレイムヘイズに依頼して僕の情報は差し止めてもらっているので、幸いなことにフレイムヘイズと交戦することなしに暮らし てこれた。

だが、今回の狩人、さらには今この街に来ているらしいフレイムヘイズによる戦闘は僕の平穏を根こそぎ奪い去ってしまうかもしれない。

なにしろ、徒とフレイムヘイズの戦闘が行われれば、その後には調律師のフレイムヘイズが確実に街を訪れることになり、そいつに見つかってしまう危険性もあ るのだ。

調律師はフレイムヘイズの中でも、特に経験を積んだベテランが成る者らしいので出来れば戦闘は避けたい。


「まあ、せいぜい僕に火の粉が降りかからないことを祈ろう。」


『戦闘になぁぁーーったならその時はそぉーの時です。新作の発明品のテェェーストもしたいところですし。』


「発明品ねぇ…」


そういえば『狩人』の奴、教授の作品だけ集めたコーナーも設えてたらしい。

しかし当の教授はというと、自分の作品にはまるで興味が無い様子だった。

なんでも、



『過去を振ぅーり返る趣味はあぁりませんねえ。私が見るのは未来とこぉーれからやる実験についての考察、そぉれだけです。』



だそうだ。

馬鹿そうに見えて、これでも天才なのは事実だろう。

天才となんたらは紙一重というが、教授はそれを地で行ってる気がする。

その二つを区別する境界が何処にあるのか、僕には知る由も無いが。




































灼眼のシャナ 存在なき探求者

第2話 一食3800円也




































廃ビルの外に出ると、すでに日は完全に落ちていた。

ふと、腕時計に目をやり、ぴしりと硬直する。


「うわ、もうこんな時間か!?」


腕時計を見るとすでに7時を回っている。

池たちが来る予定だったのは6時半だから、完全に時間オーバーだ。

あわてて携帯を鞄から取り出す。

履歴を見ると、池や平井さんからの不在着信がズラリ、吉田さんからのも一件ある。


「ぐあああ!!!なんてこと…やばい…いくらなんでも1時間遅刻は…」


慌てて池の携帯番号をプッシュする。

そのまま5秒ほど着信音が鳴った後、不機嫌そうな声が聞こえてきた。


『坂井か…お前、自分から誘っといてドタキャンとは…俺に対する挑発か?』


「わ、悪い。アーケード街で時間潰してたら妙なのに絡まれてさ、今、漸く返してもらえたところだ。」


さすがに“徒”や“フレイムヘイズ”について言うわけにもいかず不都合な部分を省いて事情を説明する。

事情を言うと、今度は少し躊躇うような間があってから心配げな声が聞こえてきた。


『マジか…で、大丈夫なのか?』


「ああ、ピンシャンしてるよ。それで吉田さんたちは?」


『お前と連絡つかないんで帰ってもらった。…後で詫びの電話入れとけよ?』


「了解。お前も悪かったな。」


『……ま、そういう事情があるなら仕方ないだろ。それじゃあな。』


池との通話を終えた僕は、憂鬱げに息を吐いて残る2人に電話をかけはじめた。


「あーもしもし、吉田さん?坂井だけど…」



………………………………………



…………………………



…………………











家に戻り、玄関の前まで来ると、部屋に明かりがついているのが見えた。


(泥棒か?)


怪訝に思いながらドアを開ける。

普通は警察に連絡するところなのだろうがつい先刻まで談笑していた『人食い』の親玉に比べれば、ただの人間など可愛いものだ。

いざとなれば“封絶”なりなんなり展開してしまえば簡単に逃げられる。


明かりのついている居間を覗き込むと黒シャツにジーンズという出で立ちの女性が皿を並べていた。

涼やかな容貌に、腰の辺りまで伸びた黒い髪をポニーテールに束ねている。


「ああーー、お帰りなさいませ教授、悠二さん!!」


「なんだ、ドミノか…」


拍子抜けしたように言う。

一見したところ人間の女性にしか見えないが、こいつは『お助けドミノ』といって教授が創り出した燐子だ。

正確な名前は『我学の結晶エクセレント28−カンターテ・ドミノ』というらしいが余りにも長ったらしいので僕はドミノとだけ呼んでいる。

なんでも、教授が開発した宝具を使って消滅寸前のトーチを端末化して意識を表出させているらしい。

人間としての彼女の名前は佐倉響子といって駅前のスイミングスクールでインストラクターをやっているそうな。


「お夕食の用意をしておきました!!」


「へえ、そりゃ助かる。」


感心しつつ席に着こうとして、皿に載った夕食らしい円盤型の物体が目に入り、思わず動きを止める。

こ……れは…

額に汗が滲むのを自覚しつつ視線を横に流すと、テーブルの脇に寄せられた平たい箱が視界に飛び込んできた。

箱のラベルにはカラフルな文字でこう印刷されていた。


『ア○キーズ・ピザ』


「なあ……ドミノちゃん、ちょっと聞きたいんだけど。」


「はぁいっ!!何ですか?」


「このお夕飯……いったい値段はいくらしたのかな?」


「え、と。3800円だったと思いますけど。」


「そのお金はどうしたのかな?ん?」


「はい!そこの箪笥の裏側に封筒がテープで…」


「ぐはぁっ!!」


悠二の頭がテーブルに激突した。


いまどき箪笥裏貯金をやる母さんもどうかとは思うが(汗)

人の家の金でなんて物を頼んでくれたんだこいつは。

後で僕の小遣いから補填しておかねば。しかし、くそっ。3800円だと?

高校上がったばかりでバイトをやっていない人間にとってその金額がどれほどの価値を持つか、こいつは解っているのだろうか?

一食で3800円。


LサイズのDXピザを死んだ魚のような目で見ながらもそもそと食べ始める悠二を、ドミノは不思議そうに見ていた。



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