夕焼けが街を赤く照らす中、悠二はややくたびれた様子で家路についていた。

YFCの追撃を粉砕して漸く落ち着いたところ。

歩いているうちに多くの人間とすれ違うが、その内の何人かは既に人としての生を終えている。

“徒”、おそらくフリアグネ一党に喰われたのだろう。


「それにしても解せないな。」


なぜこんな、フレイムヘイズを呼び寄せるような真似をするのか。いや、この街で何かする気なのはわかる。

悠二が気にしているのはフリアグネの正確な狙いだった。

それ次第で、彼の敵に回るか、手助けする側に回るかが決ま…

ドンッ。


「っと…すみません。」


前から歩いてきた赤いスーツの女性と肩がぶつかってしまった。

考え込んでいたせいで、前方がお留守になっていたようだ。

ぶつかった相手に詫びる。どうやらトーチだったらしい。

少しばかりよろめいた後、歩き出そうとしてそのまま体が透けていき、やがて消滅した。


その時。


「ん…?」


妙な違和感を覚えて悠二はトーチが消えた場所を見詰める。


(今……何か感じたような……)


ごく些細な、普通なら気づかないくらいの小さな違和感。

それが何故か気になった。


「教授。」


『んんーんんんん。なぁーーんです?』


「さっきのトーチ…なんか変じゃなかったか?」


『トォーチですか?…いぃえ、特には。』


「変な違和感を感じたんだが…今そっちにイメージ送るぞ。」


頭の中で先ほどの感覚を反芻してみる。

何度かくり返していると、教授の意識から、興奮と喜悦の感情が伝わってきた。


『こぉれは…なんと……』


「教授?」


『ェエーーーークセレェェント!!!エェーキサイティィィィング!!!こぉの私の感知すら欺くほどの隠蔽!こぉーーれは私『探耽究求』に対っするッっ挑戦 ですねっ!?これを解析して魅ぃーーーせよという!?』


「あの〜教授?」


いや、魅せよって。字が違う…いや、教授の場合これで合ってるのか。

それよりいったい何事だ?


『どぉーーうやら何ぁんらかの自在法が仕掛けられていぃーたようですね。しかし、ふぅーーーむ。トーチの構成式をそぉのまま改変…いえ、流用するとは…シ ンプルですが完成度としては、なぁーーかなかのモノです。面白みはあぁりませんが。』


「どんなものか調べられる?」


『ええ、時ぃー間があれば。』


「どのくらいかかりそう?」


『3分いぃただけますか?』


早っ!!!カップ麺じゃあるまいし。




































灼眼のシャナ 存在なき探求者

第6話 トーチの異変




































照明の落ちたビルの中。

数年前に閉鎖されたデパートの5階フロアは照明が落ちているにも拘らず、真昼のような明るさを保っていた。

何年もの間、人から放置されていたとは思えないほど清潔に保たれた室内で、男は床に設えた箱庭に陶然とした眼差しを注いでいた。

そう、それは箱庭だった。

床一面を覆う、ほの白い燐光を纏った巨大な箱庭の街が男の眼下に広がっていた。

玩具の模型やブロックをつなぎ合わせて作られたそれは、御崎市の全域を精巧に擬している。


波璃壇。


かつて、『祭礼の蛇』という名の“紅世の王”が己の支配する街“大縛鎖”を監視するために造り上げたという宝具。

その箱庭の中には、無数の鬼火のような灯火が散らばり、蠢いている。

トーチを示す印だった。

それが今またひとつ消えた。


「やれやれ、これだけ大掛かりだと気の休まる暇も無いね…」


「御主人様。」


箱庭に見入っているフリアグネに、声をかける人形があった。


「ああ、マリアンヌ。愚痴を言ってしまってすまない。これは君をさらなる高次の存在へと昇華させる為の儀式だというのに…」


すまない、とまた繰り返し、マリアンヌと呼んだ人形を抱き上げる。

粗末な毛糸の髪を愛おしげに撫でつつ、囁く。


「もう少し、もう少し待っててくれ。君を燐子などという道具では無い。この世で生きていけるひとつの存在にしてみせる。」


「すでに十分な“意思”は頂きました……まだ、足りないのですか?」


「ああ、足りない。今の君は…“燐子”という存在は、とても不安定だ。“存在の力”を集めることは出来ても自分に足すことは出来ず、私たち“徒”に力を供 給されなければ3日と持たずに消えてしまう……余りに儚すぎる存在だ。」


「私はそれが御主人様との分かち難い絆であると信じています。」


心中を表すかのようなふらふらと乱れたフリアグネの声に、マリアンヌは逆に確信の声で答える。

すでに幾度と無く繰り返された問いと答え。


「嬉しいよ、マリアンヌ。だけど、私は君のために出来ること、全てを行う……それこそが、今、私がこの世に存在している全ての理由なんだ。」


確固とした決意表明。

その至情が篭められた声とともに、フリアグネはマリアンヌを抱く腕に力を込める。

そして視線を箱庭の街へと戻す。

この都市のどこかに潜むフレイムヘイズ。

“炎髪灼眼”

忌々しい討滅の道具。


「狩ろう。あのフレイムヘイズを。私たちの邪魔をする全てを……」


愛する燐子をかき抱きながら、フリアグネは呟いた。








     ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆









「なんというか……今日は色々あるなぁ〜」


朝からハプニング続きであることに思わず溜息を漏らす。

信号機が赤になって、横断歩道の前で立ち止まる。

悠二の視線はその先、向かいの歩道のガードレールに向けられていた。

そこに腰掛ける、黒コートを纏ったその小さな姿は、今朝見たばかりで忘れようも無い。

やがて信号が青にかわる。

僕は横断歩道を渡り、ガードレールに腰掛ける少女の前に立った。


「……来たわね」


何故か不機嫌そうに少女、炎髪灼眼の討ち手は言った。


「ああ、君は今朝の…何か用?」


「“フレイムヘイズ”が“徒”に会ってする事なんて決まってるでしょ。」


獰猛な笑みを浮かべて言う。

今朝のメロンパン騒ぎさえなければ貫禄十分だったろうに…

これは言わぬが花だな。


「まあ待ってくれ。パン屋じゃ話しそびれたが、色々誤解を解いておきたい。」


「“徒”の戯言に耳を貸す気は無いわ。」


とりつくしまも無い。


「話し聞くっていう約束だったろう?」


「お前が勝手に言ってただけ。私は了承なんてしてないわ。……こんな臆病な王なんて……お前みたいな腑抜けはじめて見たわ!」


憤然と言ってくる。

というかお前が言うな。

いや、“徒”にメロンパン奢ってもらうのはフレイムヘイズ的にはオッケーなのだろうか?


「いや、僕も“徒”にメロンパン奢ってもらうフレイムヘイズは、はじめて見るけど…」


「う……」


これには彼女も顔を引き攣らせ、そろそろと窺うようにペンダントを見る。

うん。やっぱりあの後、契約者にかなり絞られたみたいだな。


「あんたらが追ってるのは『狩人』フリアグネじゃないのか?」


「!なんでそれを…」


「良ければ奴のことで情報提供してやってもいいぞ?」


『同胞を売るというのか?』


ペンダントから声が聞こえてきた。

紅世の魔神“天壌の劫火”アラストールだろう。


「人聞きの悪いことをいわないでくれ。むしろこっちのことを考えてないのはフリアグネの方だよ。奴が企ててる計画について…今の段階では憶測だけど話して もいい。どう?悪い話じゃないと思うけど。」


にんまりと笑みを浮かべて言ってみた。



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