この世には、世界そのものの根源たる『存在の力』と呼ばれるものがある。

あらゆる事象は存在の力なくして発現しうる事は無く、人も、獣も、果ては物言わぬ土くれでさえも、これ無くして世に在る事は適わない。

“紅世の徒”も同様だ。

人間が住まうこの世界において、彼らは異物であり、ただそこに在るというだけで膨大な力を消耗する。

彼らは力を補うために、この世界の人を喰らう。

そう、彼らは人を介することによってのみ、“存在の力”を得る事が出来たのだ。

鳥も、獣も、木々も、彼らの糧とは成り得なかった。

なぜ人以外から力を得ることが出来ないのか?

そもそも“存在の力”とは何なのか?

どのようにしてそれは生み出されるのか?

様々な仮説が“徒”の手で、時には“人”の手で打ち立てられたが未だにそのメカニズムを解き明かしたものはいない。

だが、“存在の力”の起源や生成の過程はともかく、その利用法だけは数多く生み出されてきた。


『自在法』


“存在の力”を繰り、この世の事象を捻じ曲げる不思議の術法。

これを操るものは自在師と呼ばれ、そのうち幾人かは強力な自在法を生み出した“天才”あるいは“鬼才”として現在もその名を世に知られている。



『封絶』を編み出し、“徒”“フレイムヘイズ”双方から不世出を謳われた天才『螺旋の風琴』



ある時は“人”と、ある時は“徒”と共に数々の宝具を、自在法を編み出した奇才『探耽究求』









そして……









この世のあらゆる事物を己が糧とする法『都喰らい』を編み出した鬼才『棺の織手』




































灼眼のシャナ 存在なき探求者

第7話 休戦、そして…




































夕暮れの公園。

日も落ちかかり人気のなくなった公園のベンチに2人の少年少女が腰掛けていた。

それだけならカップルのように見えたかもしれないが、話している内容は物騒極まりないものだった。


『俄かには信じられんな…』


話を聞き終えたアラストールは呻くようにそれだけ呟いて、沈黙した。

紅世の王、そして零時迷子をその身に宿すミステス。

零時迷子だけでも、遭遇する確率はそれこそ天文学的である。

にも拘らず、紅世の王と同化したミステスの存在。さらにはこの街で起きている異変の正体。

前大戦の引き金となった“棺の織り手”の秘法『都喰らい』

非常識もここまで重なると、さしもの『天壌の劫火』も平静ではいられないらしい。



教授によって解析されたトーチの仕掛け。

希代の天才自在師をも欺いた巧妙なそれは、施術者の指示ひとつでトーチを爆破する起爆装置だった。

街中に配置されたトーチの姿をした爆弾。

それがある時一斉に爆発する。

トーチひとつひとつの爆発など些細な、それこそ静かな水面に小石を投げ込む程度のものだ。

しかし、封絶を使わぬまま、街中にある数百体のトーチ全てが一斉に形を失い、相互干渉を起こせばどうなるか?

それは街そのものを巻きこむほどの、巨大な因果律の揺らぎを生じさせることだろう。

その後、御崎市がどうなるかは500年ほど前に『棺の織手』が貴重な実践例を残してくれている。

21世紀のオストローデが日本に誕生するわけだ。

“炎髪灼眼”や“教授”が存在に気づけなかったのも無理は無い。

あれはトーチそのものをひとつの自在式に見立てたものであり、仕掛けを起動しない限り世界に違和感をもたらす事は殆ど無いのだ。

おそらく何らかの自在法もしくは宝具を鍵に起動する仕組みなのだろう。



「おまえの言うことが正しいって保証は無いけど…」


反発する少女の声にも力が無い。

そこで予想外にも『天壌の劫火』が悠二のフォローに入った。


『待て。たとえ低い確率であろうとも、『都喰らい』がおきる可能性があるのなら捨て置くわけにはいかん。』


「アラストールは信じるの?」


『完全に信用したわけではない。だが、この者の言う『都喰らい』が事実なら“狩人”が未だこの街に居座っていることも得心がいく。』


「………わかった。」


暫く悩むような素振りを見せてから悠二を見る。


「けど、もし『零時迷子』のことが嘘で人を喰らうような事があったら容赦しないからね。」


「ああ、構わないよ。」


教授に憑依されてこの方、一度たりとも人を喰らったことは無い。

自在法を少しくらい乱発したところで“存在の力”が枯渇するほど王の力は“やわ”では無いのだ。

会って間もないがこの少女の性格は大まかには把握できた。

自分でこう言い切ったからには僕の説明に嘘が無い限り、敵に回ることは無いだろう。

そういう意味では信用できる。


「ところで、肝心の『狩人』とはもう会ったのかい…」


休戦が成立したところで、悠二はおもむろに切り出した。


「………会ったわ。」


憮然とした様子で答える少女。

まあ予想はついてたけどね。


「その様子じゃ負けたっぽいね。」


「お、おまえには関係ないでしょ!」


「いや、生きてるだけで大したもんだよ。はっきり言ってあれはフレイムヘイズの天敵だ。持ってる宝具の組み合わせも凶悪極まりない。」


コレクターを名乗るだけあって、持っている宝具のラインナップはかなりのものだ。

火除けの指輪『アズュール』とフレイムヘイズ殺し『トリガーハッピー』の組み合わせなどは殆ど反則に近い。

奴と戦う場合、炎は使わずに肉弾戦に持ち込むしかない。距離を開けて戦っても炎は効かないし、下手をすればトリガーハッピーの餌食になる。

かといって接近戦をやろうとすると、今度は武器殺しの宝具『バブルルート』が迎え撃ってくる。

しかも奴は単独ではなく、宝具使いの燐子『マリアンヌ』が付いてくるのだ。

ひょっとすると他にも切り札があるのかもしれないが、悠二には解らなかった。

まあ、あの廃ビルにあった夥しい数の宝具を見れば、武器など他にもいくらでもあるのだろう。



「何でそんなこと知ってるの?」


「奴のねぐらにお邪魔する機会があってね。そのとき、いくつか宝具を見せてもらった。」


「な…居場所を知ってるの!?」


「うん。」


というか招待されたし。


「何で言わないのよ!!」


「言ったら君どうする?」


「当然……」


「乗り込んでボロ負けするわけだ。」


「っ……!」


「フリアグネが普段持ち歩いてる宝具だけでも手を焼くのに、相手のホームグラウンドに乗り込んで勝てるとでも思ってるの?」


言われて少女は悔しげに黙りこみ、変わってアラストールが声を上げる。


『だが、このまま指を咥えて見ている訳にもいかん。放って置けば都喰らいが完成してしまう。』


「だからさ…その都喰らいを妨害すれば良いんじゃないか。」


頭を掻きながら答える。

正直なところ、この方法はあまりやりたくはないんだけど。


「奴の都喰らいはトーチの一斉爆破が鍵だ。なら、鍵となるトーチを消滅させてしまえば良い。」


フリアグネの都喰らいは大雑把なようでいて非常にデリケートな術式だ。

過去、都喰らいを行った『棺の織手』には『とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)』という強大な軍勢があった。

彼らに守られた『棺の織手』は安全に人間を喰らっていき、無事『都喰らい』を発動することができたのだ。

だが、フリアグネには己を守る者などいない。

馬鹿正直に人間を喰らっていけば布石が完成する前にフレイムヘイズに気づかれ、討滅の憂き目を見ることになる。

そこでフリアグネは、トーチを崩壊させるのではなく、爆破することによって、さらには爆破するトーチが相互に干渉しあうよう巧妙に配置することによって、 少ないトーチで都喰らいを発動させるという方法を編み出した。

確かにこれならば、外に漏らす歪みを最小限にとどめ、短期間で式を発動できるだろう。

だが、繊細な術式である分、発動前にトーチを消滅させられたりすると効果は激減する。

まあそれでも街の半分から7割くらいは持っていけるだろうが、フリアグネは満足しないだろう。


「鍵となるトーチを破壊していくことで奴を誘き寄せればいいんだよ。こっちは準備万端に整えて迎え撃てばいい。」


炎髪灼眼の“二人”は暫くこちらの提案を吟味していたようだが…


『なるほど。確かに……突飛ではあるが効果的な方法だ。』


やがてアラストールが納得の意を示した。

少女のほうもペンダントを見て頷きを返す。


「ええ、そうね。明日にでも早速やりましょう。……当然あんたも来るのよ。」


「へ?………な、なんで!?」


「発案者なんだから当然でしょ!」


マジかよ……

荒事は苦手なんだけどな。


「わ、わかったよ。……そういえば…」


「なに?」


「今更聞くのもなんだけど、きみ名前は?」


「そんなもの好きに呼べば?」


「いや、好きにも何も、名前わからないと呼びようが無いじゃないか。まさかご同業のフレイムヘイズにまで“あんた”呼ばわりされてるのか?」


だとしたら殆ど苛めだな。

いや、本人がそれでいいと思ってるのだろうか?


「贄殿遮那のフレイムヘイズ……そう呼ばれてるわ。」


「な、長いな……じゃあキリのいいところで区切って“シャナ”って呼ばせてもらうよ。」


「……好きに呼べば?」


「じゃあシャナたん…い、いや普通にシャナって呼ぶよ。」


だから無言で鯉口切るのやめてください。













     ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆













「好きなところに掛けてくれ。」


狩人を誘き寄せるにあたっての具体的な段取りを決めるため、悠二はシャナを家に招き入れていた。

母が帰ってくるのは明後日。

できる事ならそれまでに片をつけたい。


「これ、宝具ね?」


部屋を物珍しそうに見ていたシャナが、棚に飾られたオブジェを見て呟く。

サッカーボールほどもある鉄球に、歯車や螺子がごてごてと付いた奇妙な物体。


「ああ、宅の敷地内にある“存在の力”を隠蔽する宝具だよ。」


元々“フレイムヘイズ”や“徒”の襲撃を警戒して設置したのだが、波璃壇が稼動している現在、どれほど効果があるかは疑わしいところだ。

説明を聞いて納得がいったらしく、シャナは悠二のアームチェアに堂々と腰を下ろす。

自分で勧めといてなんだけど、遠慮の欠片もないな。

仕方ないので自分はベッドに腰を下ろした。


「現状を確認しとこう。“狩人”がこの街で活動を始めたのは僕が推測するに昨日からだ。配下の燐子をフルに使ってるせいで爆発的にトーチの数を増やしてる が、それでも後2,3日はかかると思う。」


「みたいね。でも、狩人を討滅するならできるだけ早くやるに越したことはないわ。」


「まさしく。できるだけ余裕があったほうが良いし、不完全な状態でも“都喰らい”が発動すれば街は大惨事になる。明日、学校が終わったら直ぐにでも始めた いね。」


「私も行くわよ。」


「は!?学校に!?」


「分散してるところを襲われたら元も子もないでしょ?その辺のトーチと入れ替われば簡単に潜り込めるわ。」


あっさりと言い切ってくれる。


「いや、というか…僕のクラスにトーチは一人もいないんだけど?」


「あ……そ…うなんだ。」


何故か残念そうに顔を伏せるシャナ。

ひょっとして学校に行きたかったとか?


「うーん…知り合いに頼めば転校生としての身分くらいは用意できるだろうけど…さすがに今からじゃ難しいな。」


「おまえの知り合いって?」


「外界宿をやってるフレイムヘイズに知り合いがいてね。……学校についてはそっちから手を回しとくよ。まあ直ぐには無理だから、明日は見学って形になると 思うけど。……しかし君も結構やんちゃだね。」


「う、うるさいうるさいうるさい!どうでも良いでしょそんな事!」




癇癪起こされました。


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