―――街のどこかで、一つの炎が消えた。





―――それは歪み。





―――それは因果の歪曲。





―――そして、それを正そうとする者達は……















(封絶……誰か一戦やらかしたな、これは。)


一瞬感じた違和感に、悠二は歩みを止めた。

住宅地の一角に、突然現れた歪み。

違和感そのものは直ぐに消えたものの、悠二には“それ”が何か解った、


「どうしたの?」


突然立ち止まった悠二に、シャナが訝しげな視線を向けてくる。


「ん?……いや、ちょっと喉が渇いたな…と。」


「我慢しなさいよそのくらい。」


呆れたように言うシャナ。


(……本当のことを言ったら、そのまま飛び出していきそうだしなぁ。)


戦ってるのが組織なら構わないが、もし『弔詞の詠み手』だったりすると、加勢に来たこっちが狙われかねない。

そのまま何事も無かったかのように歩き出す悠二。

それに続くように、シャナもまた歩みを再開する。


「そういえばシャナ…」


ふと、悠二が何か思いついたようにシャナに話しかける。


「なに?」


「シャナって制服以外の服……持ってないんだったよね?」


「そうだけど……急に何を言うのよ?」


「いや、今ふと思いついたんだけど―――」


「…?」


「服持ってないってことは、僕と初めて会った時………もしかして裸コートぉぶうぅっ!!?」


皆まで言い切るまでも無く、シャナの回し蹴りが悠二の側頭部に叩き込まれる。

空中で半回転して地面に頭から叩きつけられた。


「大馬鹿っ!!!」


顔を真っ赤にして、プイッとそっぽを向くシャナ。


「………ぇ、エクセレント………」


地に倒れ臥しながらも、そう呟いて親指をグッと立てる悠二に、

止めとばかりに踵が蹴り下ろされた。




































灼眼のシャナ 存在なき探求者

第17話 葬送




































「いたたた……人間だったら顔面陥没してるところだよ。」


「お前が悪いんでしょ!!」


「……それは確かに。」


でも否定はしないんですねシャナさん。

たはは、と苦笑いで誤魔化しつつ、辺りの気配を探る。


(うーん、気のせいだと思うんだけど…妙に首の辺りがチリチリするなぁ…)


下校する辺りから、どうも誰かに監視されてるような気がする。

さっきから、何度か隙を見せているのだが、襲い掛かってくる様子は無い。

敵意が無いのか?あるいは誰かが潜んでいるというのは僕の勘違いなのか?

まあ、YFCの連中にいつも狙われてるせいで、少しばかり神経質になってるだけかもしれないが。


(……まあ、害は無いようだし、しばらくは放置だな。)


暫く歩いたところで、二人はそろって足を止めた。


「悠二。」


「うん、この家にいるね。」


頷いて、目の前に立つ民家を眺める。

“斉木”と書かれた表札。

某大手ハウスメーカーのコマーシャルで見たような、真新しい建物だ。

その中からは、今にも消えそうな、儚い炎の気配。

悠二だけでなく、シャナの知覚にも捉えられている。

門を飛び越え、一足飛びに玄関まで来る。


「鍵は……開いてるみたいね。」


「そ。…じゃ、行こうか。」


短く一言だけ言って、ずかずかと土足で入っていく。

礼儀もへったくれも無い……どころか警察に通報されても文句は言えない所業である。

殊更足音を響かせて、だが、家の人間からは反応が無い。







彼らは居間にいた。

一家の団欒……ではない。

周囲の物が目に入っていないかのように、黙々と、食事を口に運んでいる。

父親と母親。

そして小学生くらいの子どもが1人。

表札に書かれていた、家族全てだ。








「一家全員……喰われてるな。」


ほんの2,3日前までは普通に暮らしていただろう一家。

日に焼けた肌を持つ、活発そうな子ども。

だが、今となっては生前の日課をただルーチンワークのように、力を失い消滅するその時まで黙々とこなすだけだ。

悠二たちが土足で居間に入り込んでも、目立った反応は無い。

既に炎は燃え尽きる間際、突発的な事態に反応する力も残っていないのだろう。

この時ばかりは悠二も冗談は言わない。

見ず知らずの人間の不幸に共感できるほど、人間が出来ているわけでもないが、

こういう、あからさまに悲劇的な光景は見ていて気分が悪くなってくる。


「……さっさと終わらせよう。」


感情が抜け落ちたような声で呟き、『封絶』を展開する。

喰らうこともできたのだが、そうはしなかった。

たとえトーチでも、喰らってしまえば自分の中で何かが終わってしまうような気がしたから。


「封絶。」


薄い緑色のドームが、部屋全体に展開され、直ぐに消える。

消滅していく薄緑の渦に巻き込まれるように、3人の家族の姿は掻き消えていった。


「じゃあ次に行こう。」


冷静に言ったつもりだったが、シャナの眼にはそうは映らなかったらしい。


「悠二。」


悠二の顔を見て、何か言おうとするシャナを手で遮る。


「同情はしないよ。……したところで、あの家族が戻ってくるわけじゃないからね。」


あの家族だって、見ず知らずの“徒”に同情なんぞされても喜んだりしないだろう。

まあ、既に消滅した者が、悲しむもへったくれも無いだろうが。

悠二自身、“徒”に成り果てたことについて、知り合った“討ち手”から同情の眼差しを向けられたことはあるが、

ハッキリ言って、みじめ以外の何者でもない。

自分がやられて嫌なことは他人にもやらないのが悠二の信条である。


「次に行こう。時間にそれほど余裕があるわけじゃない。」


「うん。」


互いに頷きあい、居間を後にした。

玄関まで来たところで後ろを振り返ると、自分達が歩いたところが泥で汚れているのが目に付いた。


「一応、土足で汚れたところは『清めの炎』で片しとくかな。」


持ち主が居なくなってしまった以上、この家は空き家ということになるんだろうが、

荒らした痕があったりすると、後で騒ぎになるかもしれない。

まあ、泥がカーペットに多少付いたくらいなので、『清めの炎』でひと撫でしておけば充分だろう。


「それなら私がやるわ。…悠二、さっき封絶使ったばかりでしょ?」


「ん…それじゃ頼もうかな。」


ヒラヒラと手を振って、悠二は1人玄関をくぐっていった。






「気を使わせたかな?」


玄関を出たところで、悠二はひとりごちた。

腕時計を見ると、既に零時を回っている。


「これで当分補給は無しかぁ。」


ふと空を仰ぎ見ると、雲が晴れて月が姿を見せていた。

月明かりが、闇に包まれていた町を照らし出す。


「ああ、今夜はこんなにも、月が綺麗だ。」


同人から出発してアニメ化までされた某ゲームの主人公のような台詞を呟く悠二。

言ってから少し顔を赤らめて、辺りをキョロキョロと見回す。

恥ずかしいなら言わなきゃいいのに…

その時、玄関の扉が開く音と共に、シャナが出てきた。


「終わったわ。次に……」


言いかけて、シャナの表情が戦闘時のそれに変わる。

どうやら彼女のほうでも気づいたようだ。


「下校のときの奴とは……違う感じがするなぁ。」


そう言った時。





ドドドドドドドドドドドッ!!!





炎を纏った十数本の刀剣が、悠二目掛けて降り注いできた。




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