夜が明け、カーテンの隙間から朝日が差し込んでくる。
分厚いカーテンの隙間から漏れる一条の陽光が、悠二が寝る寝台に注がれ、
布団に細い線を描き出している。
そんな中。
悠二の意識も徐々に覚醒していった。
「眠……」
悠二はぼんやりとした頭で枕元の目覚ましを止めた。
「寝足りない…」
午前2時半に寝て、起きたのは7時前。
寝る前より疲れたような感覚すら覚えていた。
(少しくらい二度寝してもいいかな…)
そう思い、毛布を引き寄せようとして―――
ふにょっ…
何やら柔らかい、肉感的なナニカが悠二の手に触れた。
「……………はい?」
驚いて目を開けた悠二の視界に、すやすやと寝息を立てるシャナの姿が飛び込んできた。
灼眼のシャナ 存在なき探求者
第22話 目覚め
瞬間、空気が凍りついた。
悠二の表情も凍っていた。
シャナはぐっすり眠っていた。
そのまま数秒が経過し、ゆっくりと悠二の意識が解凍される。
―――なんでシャナが僕のベッドに?
そんな疑問が頭に浮かび、悠二の意識は現実に引き戻された。
「(あ、あ、アラストオオオォォォルゥゥゥゥゥゥゥ!!!)」
小声で怒鳴るという器用な技でシャナがかけているペンダントに呼びかける。
『(なんだ、坂井悠二)』
アラストールも、これまた小声で返してくる。
小憎らしいほどに平然とした声音で。
「(なぜ!?WHY!?何故に!?どうしてシャナが僕の隣で寝てるんだ!?)
シャナには隣の部屋を宛がった筈だ。
実際、昨日うちに泊まった時もそこで寝ていたし……
『(トイレに起きた際に、戻る部屋を間違えたのだ。そのまま貴様の布団に潜り込んでしまってな…わざわざ起こすのも憚られ―――)』
「(憚るなよ!!そこで憚っちゃいかんだろそこで!!ちゃんと正しい部屋に誘導しろよ保護者!!)」
ぐぎゃあ!と悲鳴を(心の中で)あげつつ頭を掻き毟る悠二。
同時に、自分がシャナをベッドに連れ込んだわけではないと知って僅かに安堵する。
『(む……それより良いのか?シャナが目を覚ますぞ)』
その時。シャナの身体が動いた。
「ふ…ぅ………んっ……」
もぞもぞとベッドの中で身動ぎして、のそのそとした緩慢な動きで起き上がる。
「シャ、シャナ?」
思わず声をかけてしまった。
いや、良識ある御崎男子として、ここはなにも見なかった事にして部屋を立ち去るべきだったんだろうけど。
寝ぼけ眼で起き上がったシャナは状況が全くわかっていない様子でちょこんと小首を傾げた。
「ふぇ……ゆうじ?」
「…………」
その子犬チックな仕草に、
―――ゾクゾクゥッ!!!
刹那、背筋を電流のような何かが駆け抜けたのを感じ取り、悠二はぶるりと身を震わせた。
(ぐうッ!?……こ、これは……結構くるな……)
シャナが無意識に放った精神攻撃はダイレクトに悠二の脳を揺さぶった。
咄嗟に天井を向いて、鼻をズズッと啜る。
少し血の味がした。
「………………………えーと、シャナさん?なんで僕の部屋で寝てるのかな」
「?」
起き抜け特有の潤んだ瞳で、ちょこんと首を傾げるシャナ。
その幼げな仕草が、見事に悠二のツボを突いていた。
「(シャ……シャナアアアアアアア!?)」
心の中で血涙を流しつつ盛大にシャウトする悠二。
かなりテンパッてるらしく、足元をふらつかせながら壁にもたれかかる。
シャナはというと、未だに夢の園から帰還していないらしく、ポワポワとした表情で悠二を見つめてたりする。
昨日寝るのが遅かったからだろうか?今度はコックリコックリと舟をこぎ始めた。
「も………萌へ……」
それを見た悠二は腰砕けになって床に崩れる。
たてつづけに放たれるヘヴィ級の連続攻撃に、悠二の脳はショート寸前だった。
(い、いかん…このままだと理性が…)
流石にシャナに襲い掛かる度胸は無い。
というか、幼女に手を出すほど零落れてはいないつもりだ………が、このまま部屋に留まっていたら理性が持ちそうに無い。
「……え、え〜と、シャナ?そろそろ学校行く時間だから、着替えて下に下りてきてくれる?」
全くの棒読み口調で言う。
「……うん」
寝ぼけ眼で、シャナがコクリと頷いたその時。
彼女の身体にかかっていた毛布がはらりと落ちた。
簡素な下着を一枚纏っただけの肢体が露になる。
心のアルバムに焼き付けておきたいナイスショットに、
「ぐぁ……」
再び悠二は上を向いて首筋をトントン叩いた。
なにをやっているのだろうか?
「そ、それじゃ行くね!!?」
それだけ行って、悠二は転げるようにして部屋から出て行った。
腰砕けになっているため、地を這うようにして……
「……?」
シャナはまだ状況が分かっていない様子でぼんやりしていたが、見かねたアラストールの、
『シャナ。自分の格好を見てみろ』
という忠告に、自分の身体を見下ろした。
徐々に思考がハッキリしていき、やがて彼女の脳裏に、先程の悠二とのやり取りが浮かんだ。
「あ……!!」
『やっと気づいたか…』
嘆息するようなアラストールの言葉も、今の彼女には届かない。
「ゃ……やぁぁぁっ!」
顔を真っ赤にしてシャナは布団の中に潜り込んでしまった。
そんな彼女の悲鳴は階下の悠二の耳にも届いたのだが……
「シャナ……恐ろしい子……」
彼は階段でへたばっていた。
――――――――――――そんな、穏やかな朝の光景。