wind−A Breve Heart−
ため息とともに、白く染まった息が上がる。
「どうするかな・・」
青年、神凪和麻はつぶやいた。親に勘当され、勢いで家を飛び出してきた。
16歳では、アルバイトで生計を立てるのは難しい。給料はかなり少ないし、雇ってくれるところも限られる。おまけに、いまいるところ。
「何で俺は・・イギリスになんか来ちまったんだろう・・」
日本では、怖かった。飛行機に飛び乗り、ここに降り立つまで、不安は消えなかった。
しかし、着いたとたんに違う不安が襲ったのである。生きること、そのものに。
「金はあるが・・使い方がなあ・・」
家やマンションは買えないし。そうなるまで、宿無しで生きれる気はしない。
さらに、この寒さ。イギリスは寒いほう、と聞くが・・ここまでとは・・
トレーナーの下にシャツを着て、さらに上からウインドブレイカー。しかし、こんなものでは意味が無い。
「・・・剥ぎ取るか?」
道の端で腰掛けている今、和麻の目には暖かいコートに包まれた初老の男や、裕福そうな女性が数多く見える。路地に誘い込んで、無理やり取ってしまおうか。
「そうだな・・どれがいいかな」
初老の着ている、毛皮のコート。あれは動きにくそうだ。裕福そうな女性・・ピンクなど着る気はない。そんなとき、道の反対側に、路地へ入っていく青年が見
えた。
「お、いいもん見っけ」
ダウンジャケットだ。白い革のようなものをあしらっていて、趣味に合う。
おまけに、路地へ誘い込む必要もない。
「さてと・・いきますか」
微笑を浮かべながら、路地へ入っていった。
これが、全ての始まりだった。なぜ、買おうとしなかったのだろうか。もし、そうしていれば・・あんな悲劇は起きなかったかもしれない。
第1曲 家出少年の前奏曲
「おー、いたいた」
見つけた獲物を視界に捕らえる。すこし不幸なことに、仲間か知らないが3人もいた。
「くそ・・めんどくせえな」
しかし、物は考えよう。財布をあされば、充分な額になるかもしれない。
そう思い直し、軽くしかけようとして・・
「や、やめてください!」
足を止めた。3人で、どうやら人を囲っているようだ。おそらく、女。
もしかして・・
「そんなこというなって。少し、金を貸してほしいんだよ」
「そうそう、俺たちなにも、傷つけたいわけじゃないからさ」
だめだ、目的が同じだ。十中八九、こいつらは金がないため、ゆすっているのだ。
失敗だ。コートだけでも奪おうかとも思うが、そんなために3人は相手にできない。
あきらめ、背を向けて立ち去ろうとする。
「やめて!人を呼びますよ!」
「残念。ここまで奥に入ると、声が反響して外には届かないんだよ」
トンネルとかで、大きな声で話しても距離があるとばらついて聞こえなくなる。
いい方法を聞いた。やってみよう。
「そうそう、俺たちの後ろに人がいたら別だけど・・」
「でもそんな奴・・な!?」
やばい。冷や汗が流れる。バカが、振り返りやがった。気づかれた。
「てめえ・・みてやがったな」
「生かして帰さねえぜ・・」
最悪だ。からむつもりが、絡まれた。どうする、このまま走り去るか。
「た、助けてください!」
そんな安易に、助けを呼ぶなよ。仕方なく、振り返る。声をあげたのは、綺麗な栗色の髪を伸ばした女性だ。東洋系のような顔立ちで、おそらくハーフだろう。
「へ!腰抜けのジャパニーズじゃねえか。へい、モンキー。ここで見たことをいわないなら帰してやるぜ!その代わり・・金目のものをおいてってもらうがな」
「・・・」
「びびって声もでないみたいだ!臆病だな、ジャパニーズは!」
「ああ!役立たずな無能は、さっさと帰りな!」
無能。あいつらに、言われ続けた言葉。人であったがゆえに、言われた言葉。
「・・うるせえんだよ、このホワイトラットが!ラットらしくエサは拾って集めろ!」
無能。そんなはずはない。自分は・・あんな世界じゃなければ・・無能ではない。
そう信じ、生きてきた。それを否定するのは・・どんな奴だろうが叩き潰す。
「自慢の牙でかみついてみろよ、ホワイトラット」
「てめえ・・ざけんじゃねえよ!」
「殺してやるよ!」
力の限り、つっこんでくる。まず、2人。ジャケットの男は後ろにいる。
わかりやすく、チンピラA、Bと名づけておこう。
「・・遅い」
チンピラAの足を払う。前のめりに倒れるチンピラA。
「うわぁ!」
「・・で、もう一匹な」
そのままAをけり押し、Bへと当てる。2人でバランスを崩して倒れる。
「とどめは・・いらないな」
倒れたA、Bを踏み台にし、跳躍。ジャケットの懐へ飛び降りる。
「これで・・終わり」
丹田へ向け、拳を叩き込む。くの字に折れ曲がり、地面を転がる・・ところを、和麻がやさしくとめる。微笑を浮かべ、ごそごそとジャケットを剥ぎ取る。
「ふう・・あぶなかったな」
ジャケットを羽織り、女性をみる。どうやら、年齢は同じくらいらしい。近くだと少女らしい顔つきだ。特徴的な、空色の瞳が目に入った。
「あ、ありがとうございます・・あの・・それ」
ジャケットを指差す。
「いや・・気にしないでくれ。俺が空港にいたとき、こいつらが盗んだんだ」
嘘八百。しかし、こう言っておいたいいだろう。
「そうなんですか・・お礼はその・・できないんですが・・」
「いや、気にしてないさ。でも、気をつけないとだめだぞ」
暖かいジャケットに、心まで温まり、やさしく答える。
「あ・・で、でもでも!お食事とか、どうですか?」
顔を赤くし、上目遣いに聞く。
「ふむ・・・」
そういえば、昨日の夜からなにもいれていない。
「そうだな。じゃあ、ありがとく招待をうけるよ」
「ありがとうございます!じゃあ・・私の家にでも・・」
こうして、和麻は少女とであった。決して忘れない、少女と。
案内された家は、大きな屋敷だった。
「すげえ・・」
「そんなことありませんよ。父の家では、これが一番小さいんです」
これで、か。神凪本家の半分ぐらいだが、充分大きい。
「ここには・・私と、弟。あとは家事をしてくれる、私の乳母だった人しかいません」
「そうか。・・寂しく、ないのか?」
こんなに広い屋敷で、3人。
「寂しいですよ。でも・・私には2人でも家族がいるとうれしいんです」
微笑んだ表情には、迷いなど無い。純粋にうれしそうだ。
「そうか、ならいい。心配した」
「いえ・・ありがとうございます。お優しいんですね」
「そうか?」
神凪で、そんなこと言われたことはない。無能、クズ、面汚しなどはあるが。
「ええ。そうなんですよ」
門をくぐり、そう言った。
屋敷まで道で、軽く世間話をしながら歩き、屋敷へはいる。
なんとなくだが・・この少女とは相性がいいようだ。精神的にリラックスできる。
「いま、作ってきますね」
そう言って、リビングへ通された後、自由にされた。
「いや・・なかなか」
適度に装飾された部屋。すわり心地がベストなソファ。窓からの眺め。どれもすばらしい。
「なにより、暖かい・・」
いままでの疲労が押しよせ、和麻はあっさりと眠りについた。
「できました・・あら」
ソファでぐっすりと眠っている。どうやら、かなり疲れていたようだ。
「大変・・だったんですね」
彼から聞いたのは、親に捨てられ、単身でイギリスに来たこと。自分が、無能と言われていたこと。この2つだ。
「休んでください・・いまだけでも」
心地よく眠る和麻に語りかける。
「初めて会ったのに、すごい親しみやすかったな。ずっと・・ここにいてもらえないかな」
彼と一緒に、これからを過ごす。そう考えるだけで、胸が躍る。
「でも・・あなたはいなくなるのかな?」
空を飛ぶ鳥は、拘束すべきではない。同じように、羽ばたき始めた彼を・・鎖でつなぐようなことはしたくない。
「いまだけでも・・羽を休める姿でいいから・・見させてね」
はるか遠くの、東からの渡り鳥へ、そう笑いかけた。
彼女の名前は・・クリス・ハーレイ。物語の歯車を・・動かし始める女性。