BLEACH
死神の力を受け継ぐ者

 

大量に降りしきる雨の中、少年は ただ呆然としていた。紅く染まっていく雨水。紅い液体がこびりついた石。

自分の上に折り重なるようにして 倒れている女性。その女性は背中からは大量の血を流している。

「かあ、ちゃん・・・・・?」

ただそう呟くしかできない自分。 しかしその女性からの返事は無い。雨の音だけが耳に届く。耳障りな音だった。

「母ちゃん!」

少年は女性の、母の身体をゆす る。だが母は何の反応も示さない。

なぜこんな事になったのか?

少年は母と雨の中を仲良く並んで 帰っていた。だがその時、川べりを帰っていると、自分と同じくらいの女の子が傘も差さずにふらふらと歩いていた。

女の子は川に今にも飛び込みそう な感じがしていた。

だから少年は走った。女の子を助 けるために。少年は誰かを護れるくらいに強くなりたかった。母を、妹を、自分以外の誰かを。

だがそれは間違いだった。自分は 無力だった。あまりにも弱かった。護れなかった。母親を。彼が次に見たものは、血まみれの母親の姿だった・・・・・・・・・

「かあ、ちゃ・・・・・・・」

雨が降り続ける。彼の顔には水の 流れが出来る。目じりからこぼれる大量の涙とともに。母をゆすり続ける。もう決して眼を覚ますことのない母を。

「よう。眼が覚めたか?」

「!?」

いきなり自分に対して声がかけら れる。傘もささずに雨の中にたたずむ一人の男。長い銀髪に銀色の派手なロングコート。手には巨大な刀が握られている。

「・・・・・・・・・・誰?」

少年は恐る恐る男に聞く。男は ゆっくりと身をかがめ、少年と同じ視線になる。

「・・・・・・・・・悪かった な。俺がもう少し早く来てれば、お前の母さんは死ななくてすんだ。それに奴も取り逃がした・・・・・・・・」

男は悲痛な面持ちのまま悔しそう に呟く。歯軋りしているのが少年にもわかった。彼は怒りを内包していた。それは自分自身に対して。

「お前だけは助けられた が・・・・・・・・悪い、お前ぐらいの子供にはつらいな」

男は少年を優しく抱きよせる。少 年はその行為に戸惑いながらも、嗚咽を漏らした。瞳からは枯れんばかりの涙を流し、雨音の中に少年の悲痛な声が響く。

男はしばらくの間、少年が落ち着 くまで彼を抱きしめ続けた。

どれだけの時間が経っただろう か? 少年が泣き止むと、男はゆっくりと立ち上がる。

「じゃあな・・・・・・・」

男はそのままその場を後にした。 沈んだ少年の姿に悲しみを覚えながら。

 

 

 

 

「お前、まだここにいたのか?」

男は少年と再会した。場所は同じ だった。あれからすでに数日が経過している。それでも少年はここを訪れていた。毎日毎日。朝から晩まで、ずっと死んだ母親を探しているかのように。

「きついことを言うが、お前の母 親は死んだ。死んだんだよ」

「・・・・・・・違う。母ちゃん は死んでない。死んでない。ここにいたら、また会える・・・・・」

弱弱しく呟く少年。その言葉に男 は少年の両肩を掴み、自分の顔に少年の顔を近づける。

「いいか! お前が何をしても、 お前の母親は生き返らないんだよ! ここに来ることに意味はない! お前のしていることは無駄なんだ! 何の意味もないんだ!」

「違う!」

「違わない! 現実を見ろ! そ れでお前の母親が喜ぶと思うのか!?」

「!?」

少年は雷に打たれたかのように、 体を振るわせる。男はそんな少年を見ながら、なおも言葉を続ける。

「後悔しても何も始まらないだろ うが! 逃げていても何も変わらないだろうが! 前を見ろ! お前、母親以外に家族はいるのか?」

「父ちゃんと妹が二 人・・・・・・・・」

「だったら、そいつらのことも考 えろ! お前が悲しめば、そいつらも悲しむだろうが!」

「それは。でもオレ、母ちゃんを 護れなかった・・・・・・・」

「思い上がるな、まだ護る力もな い餓鬼が! だったら強くなれ! 母親を護れなくて、それで終わりか? 今まで母親が護ってきたものを、今度はお前が護れ! 護られた命を、今度は違う奴 のために使え!」

「護るため・・・・・・・・」

だが母親を護れなかった。一番護 りたかったのに・・・・・・・・・

「だあっ! いつまでもグジグジ 悩んでんじゃねえ!! そんなんだったら、母親も浮かばれないだろうが!! いいか!! 母親が何をお前に望むと思う!? お前の幸せだろうが! だから お前を護ったんだよ!! お前はその思いを無駄にしたいのか!?」

「けどオレ・・・・・」

「だ・か・ら! 何度も言ってる が、そんな顔するな! 死んだ魚みてぇな面しやがって! 見てるこっちが鬱陶しい! 少し前向きに考えろ! 母親の死をすぐに乗り越えろって言うのは、か なり酷だとは思うが、いつまでもそのままじゃあ、何にも始まらねえだろ!」

男の言葉に少しずつだが、少年は 共感していた。そうだ。自分は護らないといけないのだ。妹達を。母親が自分を護ったように、自分も死ぬまで・・・・・・・・・だから・・・

「強く、なりたい。護れるような 力が、欲しい・・・・・・・」

拳を握り締め、かすれるような声 で呟く。護れるような強さが欲しかった。母を護れなかったことを悔い、無力な自分を恥とする。

「・・・・・・・お 前・・・・・・・・・強くなりたいか?」

不意に男が口を開く。

「えっ?」

「お前にはその素質がある。母さ んが死んで悲しいだろうが、もう二度と、そんな思いをしたくないんだったら、強くなるしかない。護れる強さを身につけるしかねえ」

男は淡々と語る。少年の心は揺れ 動く。母を死なせた自分への罰。もう二度と同じ思いをしたくない念から。

「俺の手を取るか、それとも取ら ないか。お前が決めろ。もし手を取れば、護る強さを身につけられるかもしれないが、死ぬよりも辛い修行だ。手を取らなければ、このまま俺のことは忘れろ」

男は少年に手を差し出す。その手 を取るか、それとも取らないか。二者択一。

少年の答えは決まっている。迷う ことなく、少年は男の手を取った。

「強くなりたい。オレを強くし て」

「強くなれるかはお前しだいだ。 俺はその手ほどきをしてやるだけ。そして・・・・・・・勘違いするなよ。お前には強くなる可能性があるだけだ。絶対に強くなれる保障なんてない」

男の言葉に少年は多少の驚きを見 せるが、それでも答えを変えるつもりはない。強くなる。

 

 

そして、六年の月日が流れ た・・・・・・・・・・・

 

 

少年は成長した。と言っても、ま だまだ子供には過ぎないのだが、半分は大人に近い少年になった。

彼の名は黒崎一護。十五歳。髪の 毛の色、オレンジ。瞳の色、ブラウン。

特技、幽霊が見える。触れる。 しゃべれること。

職 業、高校生兼・・・・・・・・・

 

 

 

死神

 

 

 

 

「魂葬!」

黒衣を身に纏うオレンジ色の髪の 男。手には黒い刃を持ち、死せるものを安息の地へといざなう存在。

黒崎一護は今日もまた除霊を行っ ていた。六年前のあの雨の日から、彼はあの男に修行をつけてもらった。

そして自分の力を知ることにな る。死神と呼ばれる存在の力を。自分にはその力があった。霊を見る目を持ち、生きる者に害をなす存在を葬り去るための力が。

六年で彼は成長した。剣の腕を磨 き、死神としての力を磨いた。さらに知識を深めた。

死神の世界のことも知り、死後の 世界とも言える『尸魂界』の存在を。

そして世界に仇をなす存在『虚』 を知った。

元は人間の霊が堕ちた存在。人 を、霊を襲う存在。この現世に害をなすもの。

自分の母親もこれに殺されたのだ と、師であるあの男に聞いた。その時は怒りのあまり、我を忘れかけた。だが師匠が力ずくでオレをねじ伏せた。

今のオレは自分で言うのもなんだ がかなり強い。実力では尸魂界に存在する、護廷十三隊の隊長クラスに匹敵するくらいに強いだろうと師匠は言っていた。

だが師匠はそのオレよりもさらに 強い。あの人は確実に死神達の中でも最強だと思う。

そんな師匠は尸魂界を抜けてきた らしい。元は護廷十三番隊に近い存在だったらしいが。今では死神達の目を盗み、この現世を旅していたらしい。

ちなみにオレの存在も向こうに気 づかれないようにしている。バレると何かと面倒なことになるそうなので。

そしてオレが高校に進学すると同 時に、師匠はまた旅にでた。探し物があるそうだ。オレに教えることはもうないそうだ。と言うよりも、こっから先は自分で強くなれ、だそうだ。

だがあの人には感謝している。俺 は強くなれた。地獄にも似た日常を生き抜き、死神の力を手に入れ、護るための力を手に入れた。家族を、友達を、人を、霊を。虚を倒す力を。

だから、後悔はしていない。この 六年間を。

「おふくろ。オレ、まだまだだけ ど、しっかりやってるよ。親父も夏梨も遊子も、みんな俺が護るよ。おふくろがオレを護ってくれたように、今度はオレが・・・・・・」

月が美しく輝く。月明かりに照ら し出される黒衣。オレンジ色の髪。まだ若干の幼さの残る少年、黒崎一護。彼は月に向かい、かすかに笑みを浮かべた。

 

 

 

 

「ただいま・・・・・・・・」

一護は家に帰っていた。ちなみに 今の時間は午後八時。彼の実家は町医者である。人様の命を預かったり預からなかったりするから、自分は霊能力が高いのだろうか?

余談ではあるが、彼の妹達も霊感 が強い。妹の夏梨などは一護に近い霊感を持つ。もっとも死神の力など持ってはいないが。

「遅――――い!!」

「遅いぞ、一護!!」

帰るなり一護はとび蹴りを喰らっ た。それも大小二つの。目の前にはひげを生やした一人の男。この男、何を隠そう一護の実の父親なのである。

さらにその足元にはライオンのヌ イグルミが一つ。しかも驚くことに二足歩行で歩いている。自分から。さらに言葉までしゃべっている。

「今何時だと思ってるんだ! こ の不良息子!! ウチの夕食は毎晩午後七時だと決まっとるだろうが!!」

「そうだそうだ! てめえのせい で晩飯が遅くなってんだぞ! 謝れ!」

「てめぇら! これが必死こいて除霊してきた息子への挨拶か、親父!? それにコン!て めえは居候の癖に図々しいぞ!! それにこちとら、死神の仕事で忙しいんだよ!」

「やかましい! どんな理由があ ろうとも、我が家の鉄の団欒を乱すものは、血の制裁を加えるのみ!」

親子二人+ヌイグルミは互いに鼻 息をあらくして、にらみ合う。一触即発の雰囲気である。まあ二人ともそれなりに楽しんでいるのだが。

ちなみにこのヌイグルミ。言うま でも無いがただのヌイグルミではない。このヌイグルミの中には義魂丸と言う、尸魂界が作った魂を抜く丸薬が入っている。

それは人間が服用することによっ て、魂を抜き取り仮の魂を肉体に吹き込む丸薬である。ついでに言うとこのコンと言うのは変わっている。

改造魂魄。

尸魂界の技術で作られた戦闘用擬 似人格。それがコンである。当時、それを人間の死体に注入し、虚と戦う尖兵としようとした計画があったらしい。

だが計画は途中で中止去れ、彼ら は破棄されることになった。勝手に作られ、勝手に殺される。理不尽極まりない。

コンもそんな一人だった。だが一 護の師匠が偶然手に入れた。これは師匠の友人である商売人のところに、偶然紛れ込んでいたのを彼が見つけ、そのまま引き取り一護に託したらしい。

何でも色々と都合が良いからだそ うだ。

付け加えると、彼の名前はもとも と無かったので、一護が命名した。改造魂魄だからコン。カイでもよかったのだが、それだと少しカッコいいので却下された。

「それとも何か!? また自分だ け幽霊に触ったり会話したり除霊出来ることを、暗に自慢してるのか!? うらやましいんだよ! このやろう!!」

「そうだ! お前のせいで俺まで 迷惑を被るんだぞ!」

「うるせぇ! オレだって好き好 んでこの体質に生まれたわけじゃねえ! それと死神の仕事はオレの戦いだ! こればっかりは親父に文句を言われる筋合いはねえ!」

「この! いっちょ前に漢みたい なことを言いやがって! 微妙にかっこいいぞ!」

「だあっ! もう五月蝿い!」

一護が死神のような、魂を成仏さ せる仕事をしていることを、家族は知っていた。前に怒ったある事件がきっかけで、彼らは一護がそういう存在であることを知ったのだ。

コンもいつの間にか家族の一員と なっていた。なんだかんだで非常識な一家。すぐにコンは受け入れられた。

「もう―――やめなよ、三人と も。ご飯が冷めちゃうよ」

二人の喧嘩を見かねたか、一護の 妹である遊子が止めに入ろうとする。もちろん口だけだが。

「ほっときなよ、遊子。それとお かわり」

もう一人の妹である夏梨はマイ ペースで食事を続けている。この二人のバトルをいつものことと、どうでもよさそうに見ているのだ。

「大体、この家のルールはキツす ぎるんだよ! どこの世界に健全な男子高校生を午後七時に帰宅させる家があるんだよ!?」

「ここにある!」

自信満々に答える父。その姿に怒 りが湧き上がる。顔を若干うつむかせ、拳をワナワナと震えさせる。

「あっ、お兄ちゃん。また新しい 人が憑いてるよ」

「なにっ!? またか!」

妹、遊子の指摘で一護は自分の背 後の幽霊に気がついた。五十代近くのおじさんのサラリーマン霊である。また除霊である。ここ最近は本当に多い。

「ったく、祓ってもすぐにオレの ところに来る」

「しゃあないんじゃない? 見え る触れる、しゃべれる上に、超A級霊媒体質。ついでに除霊も簡単に出来る。一兄はハイスペックだから」

夏梨も諦めた方がいいと言う。医 者にしてみればさじを投げているといったところか。

「まあいい。とっとと除霊する ぞ」

一護は意識を集中させる。右手か ら一般人には見えない刃が出現する。日本刀のような刀である。

彼は意識を集中することにより、 部分的に魂から死神の力を現実に引き出すことが出来る。だがこれはかなりの集中力と力を必要とする。よってあまり頻繁には使いたくない。

「ほらおっさん。成仏させてやる よ」

「い、いやだ・・・・・・・・私 は地獄には行きたくない」

「心配するなって。地獄じゃねえ から。俺も行ったことは無いけど、いい所らしいから。ついでに痛くも無いから安心しろ。・・・・・・・・魂葬」

刀の柄を霊の額に押し当てる。す ると霊は大きな黒い穴へと吸い込まれていく。これが魂葬であり、尸魂界に送る儀式でもある。

「終わりだな。次から次へ と・・・・・・・・・休む間もないな」

「けどちょっと羨ましいな、お兄 ちゃん。あたしなんてぼんやりとしか見えないのに。あたしもはっきり見たいな。それに簡単に除霊とかもしてるし・・・・・・・」

遊子が口に指を入れ、本当に羨ま しそうにする。外見の幼さもあり、かなり可愛らしい。ただし一護にそっち系の趣味はないので、そこまで心に来るものはないが。

「やめとけ、やめとけ。霊がはっ きり見えても何もいいことないぞ。むしろ害の方が大きいから。それにこの除霊方法も、普通じゃねえから」

一護はかなり特殊な存在である。 死神の力を使える人間など、普通は存在しない。それどころか部分的に魂の一部を引き出すと言うことも、普通では出来ないことなのだ。

それに魂葬を簡単に行うこと事態 が異常なことでしかないのだ。

「あたしはうらやましくないな。 それに幽霊とか信じてないし」

一人我関せずと言う態度を取った まま、夏梨は味噌汁をすする。

「えー、でも夏梨ちゃんて見える んでしょ? それにおにいちゃんの仕事もわかってるし」

この家族で霊を見えてないのは父 親のみである。彼にはまったくと言っていいほど、霊能力がなかった。ただし遊子も少し霊感が強い程度である。一護はずば抜けて高いが、それについで、夏梨 もまた高い霊感を持っていた。

「バカ・・・・・・・・見えよう が見えまいが、信じなけりゃいないのと同じ。それにあたしは面倒ごとはごめんだし。ただでさえ、ウチには非常識なしゃべるヌイグルミがいるんだから」

「そ、それって俺のことっス か!?」

「あんた以外に誰がいる。本当に 一兄も非常識なもの連れてくるよね」

「好きで連れてきたわけじゃねえ よ」

「一護! お前も酷いぞ!」

コンは思いっきり騒ぐが、一護も 夏梨もそんな彼を無視する。

「それとな遊子。夏梨の言うとお りだ。オレは結構この力で苦労してるんだ。それにはっきり霊が見たかったら言え。一時的にでも見えるようにしてやるから」

一護は他人に自分の霊力を分け与 えることで、相手の霊感を一時的に高めることが出来る。なんとも便利で反則に近い能力。

だがこれはあまり使いたくない。 これは霊と生きている者に最後の別れをさせるための術である。だから何もないのにホイホイと使うわけにはいかないのだが・・・・・・・

「やったぁっ! おにいちゃん大 好き!」

それでも妹に抱きつかれせがまれ ては、兄として少しでも願いを叶えてやりたいと思う。ゆえにほんのたまにだが、彼はこの力を妹に使うことにしている。

「スキありっ!」

「ごわっ!?」

また親父に攻撃を喰らった。今度 はドロップキックである。これは痛い。十五の息子にこの仕打ちである。まあスキンシップの一環ではあるのだが。

「妹に抱きつかれて油断するとは 情けないぞ!! て言うか、俺にも幽霊が見えるようにしてくれ! 父さんだけ仲間はずれなんて酷いぞ!」

「お前はシスコンか、一護! 精 進が足りないぞ!!」

「・・・・・・・・・・・・・・ クソ親父、コン。てめぇら!! いい加減にしろ!!」

一護の反撃。親父とコンを吹き飛 ばす。

「ぐっ、腕を上げたな、一護」

「いてーな! この野郎!!」

「やかましい!! 人が何もしな いと思っていい気になりやがって・・・・・・・・今日こそ白黒つけてやる!」

「ふふふ、ならばかかって来い!  父の威厳を見せてやろう!」

「俺も今日こそ白黒つけてやる!  そんでもってお前の身体をもらうからな!」

二人の男+一は殴り合いを始め た。壮絶な殴り合いである。いや〜、喧嘩するほど仲がいい。この場合、仲がいいんだろう・・・・・・・・・たぶん。

 

 

 

 

 

同時刻 空座町

闇の中を疾走する黒衣の存在。死 神と呼ばれる存在が、この町に降り立った。一護とは別の死神。一羽の黒いアゲハチョウをつれて。

「このあたりか・・・・・・・・ なるほど、強い魄動を感じる」

その影はまだ幼さの残る少女だっ た。黒い髪の毛。腰には一振りの日本刀。白い書簡を持ち、電信柱の上から闇に染まった町を眺める。

「いくとする か・・・・・・・・」

少女は闇夜をかける。目的の存在 を見つけ出すために。

 

 

 

 

 

 

ドン!

「!?」

父親との壮絶な戦いの最中、一護 は異常な霊圧を感じた。普通ではない気配。並みの存在ではない。戦いを一時中断し、彼はその正体を探る。

「もらった!」

父の右ストレートが彼を捉える。 だが無意識に一護はその腕を掴み、相手の力を利用して投げ飛ばす。激しい音を立てながら、壁にぶつかる父。

ついでにコンは全力で蹴りぬい た。まるでサッカーボールを蹴るみたいに。綺麗に壁に激突してのびた。

だが今はそれを気にしている余裕 はない。不気味な気配が出現し始める。気配の位置はこの空座町の中心部。ここから近くもなければそう遠くもない。

(なんだ、この霊圧!? ありえ ねえぞ! 普通の虚じゃねえ。巨大虚(ヒュージ・ホロウ)か!? なんでこんな奴がいきなり!?)

死神が滅しなければならない虚に も、大きさや種類によって様々なものがいる。弱い奴から強い奴も当然存在する。

巨大虚はその中でも上位に位置す るものである。強さもハンパではない。それどころか霊圧を消せるものまでいる。知能も高い連中も多い。

(!? 霊圧が消えた?  ・・・・・・・・・違う。まるで何かに阻害されてる感じだ。まさか結界か? 結界を張れるクラスの虚だって言うのか!?)

特殊能力を使う相手も数多く存在 する。さまざまな能力を持った敵の中には、たまに自分に最も適した空間を作り出すものもいる。

今回はおそらく外部から完全に遮 断するものだろう。これにより死神が救援を呼べなくしたり、逃げられないようにしたりする。また霊力の高い人間をこの中でなぶり殺しにすることもある。

彼らは霊力の強い者の魂を好んで 食べる。それは虚の魂の渇きを癒すため。だがある一定期間を過ぎると、彼らは快楽のために魂を喰らう。より強い力を得るために。

死神や霊力の強い存在を喰らうこ とで、彼らは爆発的に強くなる。まさに悪魔のごとく。

「一護? どうかしたのか?」

「くっ、コン! 俺は出かける!  遊子と夏梨、ついでに親父を頼む!」

一護は意識を集中し死神となる。 魂と肉体を自らの意思で分かれさせる。彼にはそれが出来るのだ。死よりも辛い地獄の修行の果てに得た力だ。

感覚的には寝ながら起きる、と言 う器用極まりない状態にならなければならない。これを習得するまで、三年もかかった。ついでにその間、寝不足の日々が多かったとか。

彼は完全に闇に染まった町を駆け 抜ける。背中には大きな刃を背負って。柄も鍔もない黒い刃。

彼の愛刀にして戦友。最強の剣に して、彼の理解者。その刃の名をこう呼ぶ。

『斬月』と

 

 

 

 

「ちっ・・・・・・・・」

少女は舌打ちをした。彼女は囲ま れていた。十を超える数の虚に。髑髏を模した白き仮面をつけ、体の中心に巨大な穴を開けた異形の化け物達。これが虚である。

少女は死神だった。尸魂界からこ の地区に派遣された一介の死神。彼女の目的はこの周辺に出没する虚の討滅だった。

だが彼女が目的の相手を見つけた 時、その相手は徒党を組んでいた。さらにこの摩訶不思議な空間に引きずりこまれ、囲まれた。これは明らかに罠であった。

(なんて数だ。だがわたしは死神 だ! どんな相手だろうとも、どれだけの数の虚がいようとも関係ない! すべてを倒す!)

彼女は斬魄刀を振るう。死神だけ が使える特殊な術、鬼道を使い相手に攻撃を仕掛ける。爆炎が周囲に満ちる。

斬魄刀を少女は振るう。手近の敵 を一匹、また一匹と切り倒す。狙うべきは頭部である。そこをつけば一撃で虚を倒せる。

少女にはそれがわかっているの で、積極的にそこを狙う。一匹、また一匹と退治している。それでも限界は来る。十を超えたところで、少女の限界はやってきた。

「くっ、はあ、はあ、は あ・・・・・・・・」

並みの虚ならば、この少女にも十 分対応できた。だが相手は巨大虚である。その大きさと強さは通常の虚を大きく上回る。

その相手が五匹もいた。そのうち の三匹を倒したのだが、そこで力尽きた。片膝を地面につけ刀に体重を預けている。

(くっ、ここまでか?)

少女は力尽きかけていた。立ち上 がることさえもままならない。

「ふふふ、どうやらここまでのよ うですね」

虚の中で、小柄な相手が卑下した ような笑みを浮かべている一匹の相手。知能がかなり高そうな相手である。しかもその相手は人と同じように二足歩行。さらに通常の虚のような異形に近い姿で はない。

まるで生前の人に近い姿。ただそ の体の中心に穴を開け、顔には仮面をつけているだけだった。

しかしその力は強大だった。巨大 虚をも凌駕する敵。下手をすれば自分が所属する護廷一三隊の副隊長補佐や四席クラスの霊圧を持つ。

「ぐっ、貴様 は・・・・・・・・・」

「わたしですか? わたしはアブ ソートと申します。旅を続けながら多くの死神や霊圧の高い人間を襲う虚ですよ。死神も今までに幾人も葬ってきました」

(莫迦な!? こんな名前の敵な ど聞いたことが無い! それに幾人もの死神を葬ってきたのなら、もっと尸魂界でも騒がれるはず!)

「ふふふ、不思議そうですね。な ぜわたしがここまで秘密裏に死神を葬れるのか? それはこの特殊な結界のおかげですよ。わたしの能力は現世の中に特殊な空間を作れる。その中では何が起こ ろうと、死神は助けを呼ぶことも逃げ出すことも出来ない」

「ば、莫迦な! そんな能力 が・・・・・・・・」

「目の前にあるのですから、信じ るしかないでしょう? ただしわたしはこの能力のせいで戦う力がほとんど無い。ゆえにいくつもの虚を従わせ、手ごまにしています」

「ならば貴様を倒せば!」

少女は最後の力を振り絞って刀を 握る。例えここで命を落とそうとも、目の前の敵を道ずれに出来れば。

「それもまた不可能ですよ。なぜ ならわたしを護ってくれる巨大虚はあと二匹もいます。それに通常の虚も・・・・・・・・ほら、まだこんなにいます」

パチンと指をはたくと、周囲に虚 が出現する。数は二十匹。この状況では、相打ちに持っていくことさえ、叶わない。

「なぶり殺しになさい」

アブソートの言葉に虚がいっせい に少女に襲い掛かる。少女は全身の力を振り絞り、何とか攻撃を回避していく。もっともその行動もいつまで続くことか。

少女は何とか襲い掛かる虚に対し て刃を振るう。一体、また一体と何とか敵を倒していく。

「ほう。面白いですね。ここまで がんばるとは。しかしそれもここまでですよ」

「・・・・・・!」

体から力が抜けていくのを少女は 感じた。動けない。地面に倒れこむ。刀を握る手に力が入らない。

「こ、これは・・・・・・・・」

「ふふふ。さすがは死神の力。お いしいですね」

「き、貴様、一体何 を・・・・・・・・」

「言い忘れていましたが、この空 間内にいるだけで、死神は力をゆっくりと吸われていくのですよ。あなたはよく今まで持ちましたね。並みの死神ならすでに力を吸い尽くされて死んでいると言 うのに。私の名の由来ですよ」

アブソートは賞賛するように少女 に言う。相手は拍手までしている。

「それだけ君の潜在的な能力が高 いと言うことだろう。さて、長話もこれくらいにして、そろそろ食事でもさせてもらおうか。結界に吸われる力もわたしは食べているのだが、やはり直接食べた 方がおいしいからね」

そう言うとアブソートはゆっくり と少女に近づく。少女は動けない。力が完全に抜けてしまったのと、何匹かの虚に手足を押さえつけられ、斬魄刀も奪われているからだ。

(ここで、わたしは死ぬのか?  ふっ、我ながらなんとも情けない死に方だな。いや、死神として死ねるのは、むしろ本望だ。それに・・・・・・あの人のように)

脳裏によぎる一人の男。黒髪の 男。憧れだった人。自分を導いてくれた人。その人は死神として生き、死神として死んだ。自分も同じなのだ。

(そうだ。わたしが力及ばずにこ うなったのだ。だがただでは食われぬ。こいつを道ずれに死ぬ。最後の力を振り絞れば!)

彼女は自爆を決める。何とか鬼道 を使おうと必死に力をためる。

「おやおや、お嬢さん。まだそん なことをするつもりですか? いけませんね、そんなことは。あなたは大人しくわたしの食事になってくれないよ」

少女の考えを読んだのか、アブ ソートは笑みを浮かべる。それは完全に余裕の笑みであった。

「ぬかせ。わたしとて死神の端く れ。貴様とともに死ぬだけだ」

「いえいえ、わたしは死にませ ん。死ぬのはあなたです。それにあなたには自爆もさせてあげません」

指をはじく。さらに体の脱力感が 増していく。もはや指一本、動かすことが出来ない。

(くっ、ここまで か・・・・・・・・)

苦しさに耐えながら、少女は心の 中で呟く。苦痛のあまり表情がゆがむ。力を吸われ過ぎたのか、あまり意識がはっきりとしない。

「お嬢さん。お別れです」

アブソートが眼前に迫る。右手を ゆっくりと伸ばす。手が割れ、そこからは巨大な口が開く。少女の頭に巨大な口が迫り、一飲みにしようと迫り来る。

ドン!

「!?」

結界が揺らめく。周囲の景色がゆ がむ。強烈な霊圧が現れた。それは威風堂々。何者にも屈服させられることの無い王者の風格を宿す存在。死神の気配。それは護廷十三隊の隊長クラスの霊圧 だった。

(救援の死神・・・・・・・・?  だがこれは隊長クラスだ。そんな人物が現世に来たのか?)

少女も驚きを隠せないでいた。

(誰・・・・・・・だ?)

薄れ行く意識の中で、少女は一人 の男を見る。死覇装に身を包んだ男。柄も鍔もない斬魄刀を持つ死神。オレンジ色の髪の毛が印象的の若い男だった。いや、少年と言っても差し支えないかもし れない。

少女の記憶の中にその男は存在し ない。あんなオレンジ色の髪の毛ならば、嫌でも印象に残るはずだ。それが無いと言うことは、自分の知らない人物だろう。

(あいつは、一 体・・・・・・・)

そこで少女の意識は途切れた。

「ほう。これはこれは。まさかこ の結界内に侵入してくる死神がいるとは。しかし愚かですね。結界の中では霊力を常に吸われ続ける。この状況ではいかに隊長クラスでも無力」

虚が哂う。自ら蜘蛛の糸に絡まり に来た蝶を見るかのように。自分は狩人であると信じて疑わないアブソート。この結界にいる限り、死神の力はすわれ続け、自分はどんどん強くなる。負けるは ずが無い。例えそれが隊長クラスでも。

だがその認識は誤りだった。

オレンジ色の髪の毛の死神――― 黒崎一護は斬魄刀を振るう。横薙ぎに無造作に。風が吹く。霊圧が高まる。衝撃が走る。虚が・・・・・・・・一瞬にして消滅した。

「なっ!? ば、莫迦な!?」

アブソートは驚愕した。隊長クラ スにとって雑魚とは言え、たったの一撃で部下である虚の群れを全滅させたのだ。さらに向こうはこの結界で力を吸い取られているはずなのに。

(こ、これが隊長クラスの力だと でも言うのか!? 一介の死神とはまったく違う!!)

アブソートは恐怖した。突如現れ た強大な力を持つ死神に。たった一撃で勝敗を逆転させた相手に。

彼は今まで幾人もの死神を喰らい 続けた。誰の目にも留まることなく。その中にはかなりの強さの相手もいた。それでもここまでの恐怖を感じたことは無い。

(に、逃げるしか道は無い!)

不利を悟ると、すぐさま彼は逃げ 出そうとした。戦う力は無いが、逃げ足には自身がある。この男から逃げ出すことぐらい、出来ると思っていた。

しかし相手の死神は自分のさらに 上を行っていた。男の姿がブレた。今まで立っていたところから消えたのだ。

(ど、どこへ!?)

「ここだ!」

「!?」

アブソートが気がついた時には、 相手は自分の頭上高くにいた。刃が光る。この結界内にも存在する空に浮かぶ月の光を反射し、美しく神秘的な光沢を浮き上がらせる。

「消えろ!」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」

刃が振り下ろされた。脳天から切 り裂かれ、二つに別れる軀。今まで数多の死神を倒し、多くの人間の魂を喰らってきた存在が、ほんの一分足らずの間に倒された。

「こ、こんな・・・・・・・ば、 か、な」

「さっさと消えろ。現世は、お前 がいていい場所じゃねえ」

「し、しにが、 み・・・・・・・・・・」

最後の捨て台詞を吐くとアブソー トは消滅した。

「ふう。ったく、面倒かけさせや がって・・・・・・・・・」

一護はすべての虚が消滅したのを 確認すると、そのまま倒れこんでいる少女に近づく。彼女は虚に力を吸われすぎたようだ。

死神としての力をまったく感じな い。死覇装も白く変色している。一護はその死神を抱き上げる。このままここに放置しておけば、確実に死ぬからだ。もしくは虚に襲われるかもしれない。

赤の他人。そして自分の存在を死 神に、尸魂界に気づかれるかもしれない。それでもこのままここに放置しておくほど、彼は薄情ではなかった。

「あーあ、師匠になんて言われる かな。しかしこの状況で頼れるのは・・・・・・・あいつしかいねえか。しゃあねえ、気は進まねえけど・・・・・・・・」

師匠以外にこう言った事で頼れる のは、今のところこの町には一人しかいない。正確には彼らなのだが、まあここでは置いておこう。

だが自分はどうしてもあの男を好 きになれない。まあ恩義はあるのし、嫌いではないのだが、性格的に相性はよくないのだ。

師匠の友人で、自分に剣の修行も つけてくれた。師匠の方が実力は上らしいが、本気でやりあえば、どちらが勝つかはわからない。

それほどの人物達が自分の身近に はいた。化け物クラスの力を持つ存在が。

「結界も消滅したみたいだな。行 くか・・・・・・・・」

虚が消滅したことで、結界も消滅 した。一護は少女を抱えたまま、跳躍する。人の身体能力を超越したその力。彼の力である。

黒崎一護/年齢十五歳

髪の色/オレンジ

瞳の色/ブラウン

職業/高校生兼死神

彼の戦いは、まだ始まったばかり である。



あとがき

なんとなく書いたBLEACHの 小説です。一護が最初から死神の力に目覚めていると言う設定です。で、彼の師匠は・・・・・です。

わけわからん! いえ、その人物 を今後書こうとしたのですが、なんとなく執筆が停止してしまい、ここにお蔵入りになりました。

さらにルキアとの会話も少ない。おそらく続かない没作品です。


 


BACK  TOP  NEXT




inserted by FC2 system