黒崎一護の朝は早い。朝は常に六 時前に起き、スポーツウェアに着替え、そのままランニングをする。運動系の部活に所属しているわけではない。これは日課だ。

死神の力は霊力に関することが多 いが、生身の身体を鍛えなければ、幽体の状態で膨大な霊力を制御できる精神力を得る事はできない。

健全な精神は健全な肉体に宿ると はよく言ったものだ。

もう六年以上も続けている。今で は運動部にだって体力で負ける気はない。すでに三十分で十キロに達する距離を走った。マラソン選手顔負けだ。

「うし。次は と・・・・・・・・」

一護は家に帰ると庭で木刀を握 る。素振りから始まり、戦いの型を一通りこなす。斬撃、突き、刀による防御。すべての状況をトレースする。

仮想の敵は自分を鍛えてくれた 師。目を閉じ、意識を集中する。相手は右手でだらりと刀を構えている。無形の位。隙があるようでまったくない。

鋭く刃が迫る。何とか紙一重で避 ける。今度はこちらの番だとばかりに、果敢に攻める。しかしどれも簡単に防がれる。

単純な剣術で、一護は師に勝てる とは思えない。単純な剣術だけなら、師は浦原を凌駕する。そんな相手に、高々六年修行しただけの餓鬼が勝てるはずがない。

それでも諦めることはしない。考 える。どうすれば勝てるのか。どうすれば相手の隙をつけるのか。

虚との戦いにおいて、死神は一撃 の下に虚の頭を割らなければならない。虚とは化け物ではない。死んだ人間の魂が、歪み、穢れてしまった存在。

中には人を喰うことを快楽とし、 ただ殺すことだけを楽しむ下種がいるが、すべてがすべて、悪と断じていい存在ではない。

彼らを救うと言う意味でも、死神 と言う仕事は重要なのだ。

一護が常々教えられてきた事。護 るための、救うための力。だからこそ、一護は強くなりたかった。師を越える強さを身に付けたかった。

イメージの中でも、師は最強だっ た。しかしイメージの中でさえ勝てないで、どうやって現実の師を超えられる?

必死にイメージする。勝つことだ けを考える。次々に繰り出される斬撃を、一護は傷だらけになっても受け続ける。

チャンスは来る。あとはそのチャ ンスをどう生かせるか。凶悪なまでに早く重い一撃。一護は斬月を前に出し、刀を受け止める。

まともに受ければ、体格的な差か ら押し切られる。だから一護は受け止めると同時に、相手の刀を受け流す。必殺の一撃を込めた刀は威力を殺され、後ろに流れる。

チャンスだ。一護はそのまま師に 斬月を叩き・・・・・・・・

「一護ぉぉぉぉぉぉっっ!!!」

込もうとしたが、いきなり自分を 呼ぶ声がして現実に引き戻された。せっかく勝利を目前にしていたと言うのに。まあイメージだから、現実にはここからさらに死闘は続いただろうが。

「親父・・・・・・・・。俺にな んか恨みでもあるのか?」

「うるせぇ! お前と言うやつ は、お前と言うやつは・・・・・・・・」

なんだかいつもと違う父・黒崎一 心。変なものでも食べたかと不思議に思った。

「親父がおかしいのはいつもの事 だが、今日はどうしたんだよ?」

「自分の胸に手を当てて考え ろ!」

「あー、俺何かしたか?」

思い当たる事はない。何もやまし い事はしてないし、成績もいつもどおり。と言うより、この親父は成績の事などどうでもいいと言う親だし。

「ない!? 何もないのか!?  俺の目を良く見て言え!」

「顔をそんなに近づけんな よ・・・・・・」

ほとんど密着する親父に恐怖を感 じつつ、本当に身に覚えがないことので、聞き返した。

「一体俺が何をした?」

「とぼけるな! 女の子を自分の 部屋に連れ込んでおきながら白をきる気か!?」

「・・・・・・・・・女?」

なんだかとても嫌な予感がした。 ああ、それはもう最悪に近いくらいに。

「親父、ちなみにどんなやつ だ?」

「背が小さくて黒髪で前髪が一房 だけ前に出てて・・・・・・・・」

「もういい。もうわかっ た・・・・・・・」

頭痛を抑えつつ、一護は一気に家 の中に入り、一目散に自分の部屋に入る。部屋の前には妹の夏梨と遊子がいる。部屋を恐る恐るのぞき見ているが、今は無視だ。

「ルキアぁっ!!」

「おお、一護。」

予想通り、部屋の中には死神の力 を失った死神・朽木ルキアがいた。しかしなぜだろう。彼女が着ているのは制服ではない。パジャマだ。ついでに言えば、なぜかコンが彼女に足蹴にされてい る。

「『おお、一護』じゃねぇ! 何 で俺の部屋にいるんだ!?」

コンは無視だ。どうせルキアに飛 び掛って返り討ちにあったのだろう。

「ふむ。何でって、泊まるところ がなかったから、貴様の家に泊まったまでだ」

さらりと何をのたまっているの か、この女。

「はぁっ!? 泊まるところがな いんだったら、浦原のところにでも泊まればいいだろ!? あいつは無意味に部屋を作ってるし」

「うむ。最初はそうしようとも考 えたが、あいつの家では落ち着けん。と言うよりも身の危険を感じた」

「ああ、そりゃわかる」

なんとなくわかる。俺だったらあ いつの家に普通に泊まるくらいなら、野宿する。

「わかってくれたか」

「ああ。ってそうじゃねぇ! そ もそも泊まったって、どこに!?」

「そこ」

指差した先は押入れ。まさか昨 日、本当にいたのか!? 気配がなかったぞ!

「ふふふ、未熟者め。私ほどの使 い手なら、気配を消してお前に気づかれないようにするのも朝飯まえだ」

「くっ、ものすごく腹が立つ」

こう見えても、霊圧や気配を探る のは得意なのに。しかも胸を張って答えられると、無茶苦茶腹が立つ。

「ともかく今日から世話になる」

「世話になる、じゃねぇ! ダメ だ! 泊めるだけならまだしも、俺の部屋の押入れは絶対にダメだ!」

「なっ! 横暴だ! すでにこの 押入れは私の城だぞ! 見ろ!」

押入れを空けると、それはそれは 見事に改造されていた。照明、呼び鈴、小窓に、あんま機etcetc・・・・・・

一体どこから持ってきたのか。し かもどうやってこんなにしたのか。何気に住み心地がよさそうな気もする・・・・・・・・余計にむかついた。

「浦原が快く引き受けてくれた ぞ」

(あのヤロウ・・・・・・・)

本気で殺意を覚える。こいつをこ の家に押し付けた上に、改造までしてやるとは。今度本気であいつの店を壊してやる。

「と言うわけで、しばらく世話に なる」

「だぁっ! 待て待て! 俺の押 入れに住み着くな!」

「は、離せ! ここは私の場所 だ!」

一護とルキアは問答を続ける。と 言うよりも、ルキアはさっさと押入れに入ろうとしているのを、一護が必死で止める。ここに住みつかれるのは、デンジャラス!

「ひ、ひどいわ。黒崎君。行く当 てのない私に対してこの仕打ち・・・・・・・」

声色を変え、性格も豹変させたル キアが目をウルウルとさせながら一護に言う。確かに良心が痛まないでもないが、本性を知っているため、こんな猿芝居で同情する気にはならない。

「気色悪いしゃべり方を止めろ!  ああ、もう! さっさと出ろ!」

「い、嫌だ! 私はここに住む!  住むったら住むんだ!」

何とか引っ張り出そうとするが、 まるでヤドカリのように、押入れから出ようとしない。

「ああ、なんだか修羅場っぽい な」

「ほっといていいの? 夏梨ちゃ ん」

「いいのいいの。一兄も楽しんで るみたいだし」

「これが楽しんでるように見える か!?」

妹二人の会話に突っ込みを入れ る。

「まあそのうちお腹でも空かせて 降りてくるでしょ。さっさと朝ごはんにしよ、遊子」

「うん。お兄ちゃんも早く来てね 〜。あっ、ルキアさんの分も用意しておくから」

「うむ。あとで貰う」

「ちょっと待て! お前ら、それ でいいのか!? それにルキア! お前もお前で何うちの飯にたかろうとしてるんだ!?」

「いいではないか。食事は大勢の 方が楽しいぞ。それに出された食事は食べねば失礼だ」

「こんな時だけ正論いいやがっ て!」

そんなこんなで言い争いは、三十 分以上続いた。

 

 

 

 

「で・・・・・・・」

「ん?」

「何で、こうなるんだ?」

一護は自分の目を疑いたくなっ た。何なんだ、一体。この騒ぎは。彼の前には理解不能な光景が広がる。

『ようこそ、朽木ルキアちゃん!  黒崎家へ!!』

などと言う横断幕と共に用意され る数々の品々。幸い今日は日曜日で学校が休みなのが幸いしたが、いつの間に用意されたか。

家族には一護はルキアの状態を説 明した。すでに一護が死神である事を知っている黒崎家の面々だからこそ、ルキアの事もすんなりと話せた。

しかし・・・・・・・・

「そんなこんなで私は、尸魂界に 帰らなくなってしまって・・・・・・・・」

ハンカチ片手に涙を流すルキア。 先ほどの一護とのやり取りを見ていたなら、それが演義だと気づきそうなものだが・・・・・・・・

「う、う、うっ、そんなつらい思 いをしてたなんて」

遊子など泣き出し・・・・・

「母さん! 聞いてくれ! 父さ んは今・・・・・・・三人目の娘ができました!」

などと壁に貼られた巨大な、今は 亡き母のブロマイドに感動を伝えていた。親父いわく、これが遺影らしい。

「馬鹿だ、この家は馬鹿ばっか だ」

ルキアなど、二人の様子を見なが らこれ見よがしに親指を立てている。一護に対するあてつけか。

「ちょっと、一兄。あたしは普通 だよ」

唯一、この中ではまともだと、夏 梨が反論した。

「お前は反対しないのかよ」

「別に。あの二人がああなった以 上、決定は覆らないし、一兄も追い出す気ないんでしょ?」

痛いところをつかれる。確かにル キアをこのまま追い出す気はない。彼女は弱っているし、虚に狙われたのではひとたまりもない。浦原は信用できるが、信頼できないので却下。つまりどう考え てもここに置くしかない。

「けどな、俺の部屋はないだろ?  しかも押入れ」

お前はどこかのネコ型ロボットか と言いたい。親父達は住みやすくなった押入れを彼女に提供するらしい。

「で、俺はどうするんだよ?」

「なんだ。私がいると問題でもあ るのか?」

「当たり前だ。俺も年頃の男だ ぞ。その、なんて言うか・・・・・・・」

一護とて健全な高校生。異性に対 してはそれなりに興味がある。ルキアは身長が低い事を除けば、それなりに可愛い。性格は一護的には最悪だが。

「なるほど。つまり貴様は私にお かしな事をするつもりと言う事か」

「ぶっ! そんな事する かぁっ!」

いきなりの爆弾発言に一護は思 いっきり噴出した。彼女の後ろでは、一心とコンがなにやらひそひそと話をしている。

「一護のやつ、姐さんに手を出す 気ですぜ、だんな」

「くっ、一護のやつ。いっちょ前 に色気づきやがって」

なんて話してる。むかついたの で、右手に霊圧を圧縮し、思いっきり撃ってやった。

「うおっ!」

「あ、あぶねえじゃねぇか、一 護!」

「やかましい! これ以上言った ら、今度はマジで当てるぞ」

本気と書いてマジと読む。最終的 には斬月で切り刻んでやる。

「やめてください! 私のことで 争わないで!」

また場違いな芝居をやっているル キア。こいつ、楽しんでないか?

「ああ、もう。わかったよ。好き なだけ押入れにでも何でも住め。俺が部屋から出ればいいんだろ」

癪だがそれが一番いいだろう。年 齢不詳の死神とは言え、相手は弱っている女の子。護ると言う誓いを立てている一護にしてみれば、自分が妥協するのが最良だろう。

「私は別に構わんぞ」

「俺が構う。いいから、お前は俺 の部屋でも何でも勝手に使え。俺は居間ででも寝るから」

「なんだ。不貞腐れてるのか?  小さい男だな〜」

コンがふざけた事を言ったので、 思いっきり蹴飛ばしてやった。少しすっきりした。

「おいおい。それじゃあ、ルキア ちゃんが納得しないだろ。一護は今までどおりでいいぞ」

「あのなあ、親父。普通問題だ ろ」

「別にいいじゃねぇか。それにル キアちゃんに手を出すつもりはないんだろ?」

「当たり前だ。俺はそこまで獣 じゃねぇよ」

「じゃあ決まりだ! 一護はその まま、ルキアちゃんは一護の部屋の押入れ! はい、決定!」

強引に話を進める一心に、一護は ほとほとあきれ返ってしまう。息子を信用してくれるのはありがたいが、これで本当にいいのかと悩んでしまう。

「うむ。一件落着だな」

「問題の本人がいう台詞か、そ れ?」

「細かい事を気にするな。男の癖 に」

「はぁ、本当にこれからどうなる ことやら」

ため息をつき、これから一体どう なるのかと不安にもなる。しかし悪い気はしない。いつもうるさく、明るすぎる家族が、さらに明るくなった。

それはそれで問題だとは思うが、 まあこれはこれでいいだろう。

「それはともかく、よろしくな、 一護」

「はいはい。こちらこそよろし く」

こうして、黒崎家に新しい居候が 増えた。

 

 

 

 

 

で、歓迎会は夜まで続いた。

「くそ、親父もコンも調子に乗り やがって」

「むにゃむにゃ、もう食べられな いぞ」

一護は食べ過ぎと飲みすぎで、倒 れたルキアを抱きかかえ、そのまま二階へと運ぶ。所謂お姫様抱っこだったが、この場合気にしないでおこう。気にしたら負けだ。

宴会は朝から夜まで続き、夏梨も 遊子もグロッキーしている。一心とコンは酒までの乱す始末。なぜぬいぐるみが飲み食いできるのかと言うのは気にしないでくれ。

アレは特別なのだ。そう、例に よってあのゲタ帽子が面白半分で改造したのだ。ああ、改造したとも。だからおかしい。自爆装置でも埋め込んで置けとも思ったが。

しかしなんともべたな寝言を言う のだろうか。こうしてみると、やはりまだ幼く見える。年齢はおそらく自分よりも何倍も上だろうが。義骸とは言え、女の子の感触・・・・

いかんいかん、雑念は捨てろ。お 前は誰だ。この程度で理性を揺るがすとは何事か。師匠に笑われるぞ。

「と、まあ、こんなふうに現実逃 避をしていても始まらないからな」

ルキアを押入れの布団に寝かせる と、一護もベッドに座る。夏梨と遊子はすでに部屋に連れて行ったし、あの馬鹿二人にも一応布団をかけておいてやった。風邪を引くことはないだろう。

「ふう。ずいぶんと、笑えるよう になったな、俺も」

天井を見上げる。今日一日を思い 出す。自分が笑えるようになって、どれくらい経つか。六年前のあの日、一護は笑わなくなった。笑えなくなった。

母を失った悲しさから。母を死な せる原因を作ったことから。だがいつしかその心もゆっくりと癒された。

「今日は疲れたな。寝るか」

疲れを癒すため、一護はそのまま ベッドに倒れこみ眠る。今だけは幸せな夢を見ながら。

 

 

 

 

ピピピピピ・・・・・・・・

突然の音に一護は目を覚ます。意 識が一気に覚醒する。音共に、周囲が気配が変化する。

「一護!」

押入れを開け、ルキアがあせりな がら名前を叫ぶ。わかっている。この気配は虚のものだ。この場所に現れようとしている。

「くそっ!」

ベッドから飛び降り、幽体を肉体 から抜く。一息つくまもなく、ベッドの空間が裂け、中から巨大な腕が出現する。さらに空間の裂け目が広がり、中から虚が姿を見せる。

「なめんな!」

一護は瞬時に背中の斬月を抜き、 虚の頭部めがけて振り下ろす。虚は腕を突き出す。関係ない。どれだけの霊圧を誇ろうとも、斬月に切り裂けぬものはない。肉どころか、骨も同時に断つ!

だが瞬時に、虚は腕を犠牲にし て、身体をひねり逃げ出した。思い切りの良さには感服する。しかし斬月の衝撃は、虚の仮面の一部を割った。そこから見える虚の素顔。見覚えがある。あの顔 は・・・・・・・・

「逃げられたか」

「ああ。腕を犠牲にしやがった。 まずいな。あの虚・・・・・・」

「・・・・・・・・顔を見たの か? 知り合い、だったのか?」

ルキアはためらいがちに聞く。一 護とて、虚の元の人間を、よく知っているわけではない。見覚えがあっただけだ。あれは、あの男の顔は。

「うちのクラスメイトの井上の兄 貴だ」

クラスメイトである井上織姫の 兄。三年前に交通事故で他界した。事故にあい、血まみれの兄を担いできたのが井上であり、その兄はこの病院で息を引き取った。だからこそ覚えている。

「ちっ、肉親はまだ生きているの か!?」

「ああ。だから急ぐぞ。お前はこ こにいろ。俺一人で行く」

「たわけ。確かにお前は強いし、 場数も踏んでいる。今更虚の正体を知り、相手が知り合いだからと言っても油断したりすることはないだろうが、私は死神だ。一緒に行くぞ」

「馬鹿。足手まといだって言って んだよ。おとなしくここにいろ」

「なめるな。自分の身は自分で護 れる。貴様の手を煩わせはしない」

「頑固者」

「何とでも言え。それよりも口論 している時間がもったいないぞ」

「ああ、くそ。わかったよ。連れ て行けばいいんだろ? 背中に乗れ。瞬歩で一気に行くぞ。振り落とされるなよ」

「たわけ。私がそのような間抜け な事をするか」

「上等。行くぞ!」

ルキアを背中に乗せ、一護はその まま窓から夜の街へと急いだ。

 

 

 

 

そのころ

「ごめんね、石田君。いつもこん なこと頼んで」

「いや、構わないさ」

井上の家では、家主である織姫の 他に、友人であるたつき、もう一人男がいた。一護の友人でもあり、この二人ともそれなりの関係である石田雨竜である。

彼は器用に裁縫をしていた。織姫 がいつもドジをして、服などを破いてしまうので、定期的に彼が裁縫をしにくるのである。

「しっかし、あんたも器用だね」

「まあこう言うのは得意だから ね」

たつきの言葉を聞きながら、石田 は次々に服を編んでいく。なぜかオリジナルまで作ってしまう始末。

彼らの関係は一護を中心に始まっ た。一護の友人であったたつきの紹介で井上が、これまた一護の友人であった石田が彼の紹介で知り合うことになった。

彼らの友人関係は良好で、石田に 至ってはお節介なところもあり、こと裁縫にかけては彼らの中で右に出るものはいない。なにせ手芸部だし。まあ井上も手芸部であり、それなりの腕なのだが、 石田には遠く及ばない。

昔の雨竜はとげとげした雰囲気を 持ち、誰も寄せ付けなかったが、一護や彼らを付き合うことで、その雰囲気は消え、今ではこうやって仲良くしている。

「はい。できたよ、井上さん」

「わぁっ! ありがとう! それ にまた新しい服も」

「ふっ、今度のは新作でかなりの 自信作だ」

めがねを直しつつも、自信満々に 言う。確かにかなりのできばえだ。これなら普通に売ることもできるだろう。

「有沢さんのも作ったんだが」

「ああ、ありがたく受け取ってお くよ。まああたし見たいなのが似合うかどうかはわかんないけど」

「そんな事はないと思うけど」

たつきは周囲からガサツで女らし く見えないと思われていると思っているらしいが、彼女はかなりのプロポーションを誇っている。男装でも似合うが、女性の服でも間違いなく似合うだろう。

「まあともかく、僕はこれで失礼 するよ」

「ええっ〜、もう帰っちゃう の?」

「ゆっくりしてけばいいのに」

「いや、そう言うわけにもいかな いさ。女性の部屋に男が夜遅くまでいるのは、何かと問題だと思うから」

「私は気にしないよ」

「あたしも」

(もう少し気にしてくれ)

哀れ雨竜。君の望みは叶いそうに もない。と、その時、雨竜は大きな霊圧を感じた。この気配は虚。しかも近い。

(まずい! このままじゃ二人 が!)

彼の力を使えば、この場を乗り切 る事は簡単だ。しかし彼女達に危険が及ぶ可能性があるのと、万が一にも見られてしまうかもしれない。

(だがそんな事を言ってられな い!)

雨竜は咄嗟に虚を滅ぼすだけの力 を右手に集め、出現するであろう虚に打ち出そうとする。しかし刹那のタイミングが命取りだった。

二人を庇うように動き、弓を構え ようとした瞬間、雨竜は虚の腕に吹き飛ばされた。

「がっ!」

「い、石田君!?」

「おい、ちょっとどうした!?」

いきなり吹き飛ばされた雨竜に驚 き、彼女達が動揺した。壁に激しく叩きつけられる。まずい。致命的なミスだ。

虚は腕を振り上げ、今度はたつき に襲い掛かった。弓を放つ暇がなかった。叩きつけられ、壁に吹き飛ばされるたつきを庇うために、雨竜は痛みを堪えながら必死に動いた。

「くっ!」

日ごろから鍛えているため、何と か彼女を受け止める事ができた。まともに壁にぶつかっていれば、それこそ無事ではすまない。それでも衝撃で気絶しているが、今はありがたい。

「井上さん! そいつから離れる んだ!」

たつきを自分の後ろの壁にもたれ させ、今度こそ弓を構える。一瞬で倒せるはずだった。しかし虚は織姫の魂を肉体から抜き取り、あろう事か顔を護るためのようにした。

「ちっ」

舌打ちするしかできない。この距 離から撃てば、織姫にも当たる。

「えっ、石田君? な、何、こ れ?」

目の前の光景が信じられないらし い。当たり前だ。彼女達は何も知らない一般人。自分や一護とは違う。いきなり目の前に化け物が現れたら、混乱する。

「井上さんを離せ」

弓を構えながら、そう言うしかで きない。撃てない。非情になれとクインシーの自分が言う。虚を倒す事こそもっとも大切な使命。そのためには犠牲を厭うなと。

だが彼女のクラスメイトで友人で ある石田雨竜は、彼女を助けろと叫ぶ。

二つの感情が揺れ動く。昔ならこ んな事はなかったのに。

「誰が離すか。織姫は俺のもの だ。誰にも渡さない」

虚が言う。雨竜は歯をこすり合わ せる。どうすればいい。どうすれば彼女を助けられる。必死に状況を打破する策を考える。

「・・・・・・・・どうして、私 の名前を知ってるの?」

「・・・・・・・・・俺の声も忘 れたか、悲しいな、織姫!!」

織姫を握る力を強める。ぎしぎし と彼女の魂がきしむ。

「あっ、 がぁっ・・・・・・・・」

「や、止めろ!」

掠れるような悲鳴を上げる。だが 次の瞬間、閃光が走る。

「!?」

織姫を握っていた腕が切り飛ばさ れる。何事かと理解したのか、虚はそのまま後ろに飛ぶ。

「よう。苦戦してるみたいだな、 石田」

「ふっ、そうだね。君に助けられ るとは」

雨竜は織姫を抱える黒崎一護に言 う。彼はきょとんとする織姫を左脇に抱えていた。

「えっ、えっ? 黒崎君?」

「あ〜、まあ色々と聞きたいこと があるだろうが、今は勘弁してくれ。先にあいつを成仏させるから」

一護は雨竜に織姫を預けると、虚 に向き直る。ちなみにルキアも背中から降り、一護の後ろに立っている。

「・・・・・・・・・あんたも色 々あったんだろけど、井上を殺させない」

キッと睨みつける。数多の戦いを 勝ち抜いてきた強者だけが放てる眼光。下級の虚ならば、それだけで射すくめることができる。

「・・・・・・・・・・なぜだ。 なぜ邪魔をする」

「・・・・・・・・・決まってる だろ。兄貴だからさ」

「何?」

「俺にも妹が二人いる。護るって 決めた妹が。けどあんたは兄貴なのに、井上を殺そうとする。だから止める。井上のためにも、あんたのためにもな!」

斬月を虚に向ける。油断など微塵 もない。即座に一刀両断にするつもりだった。

「お、お兄ちゃん?」

そんな折、後ろで声がした。言う までもない。織姫だ。彼女も虚の顔を見て、その声を聞き、相手が兄の成れの果てだと気がついたようだ。

「ああ。ああ、そうだよ、織姫。 やっぱり、やっぱり忘れてはいなかった。」

どこかうれしそうに、弾んだよう な声だった。

「どうして、どうしてたつきちゃ んや石田君達にひどい事するの?」

「どうして? 決まっている。そ いつらが俺とお前の間を引き裂こうとしたからだ」

「えっ?」

「俺が死んでからというもの……お前は毎日俺の為に祈ってくれてたね……俺はずっ と見ていたんだよ。ずっとね。うれしかった、とても」

一護と石田は思った。なぜ気がつ かなかったのかと。こうなる前に、井上の兄を見つけ出し、魂葬してやれなかったのかと。

「しかしあのそいつらと知り合っ てから……おまえが俺の為に祈る回数は目に見えて減っていったんだ……そして、ついには俺の為に祈ることをしなくなった!! いつも俺の前で話すのは、そいつらの事ばかり!  つらかった……おまえの心から……日毎に俺 の姿が消えていくのを見えるのは……

「ち……ちがうよ、おにいちゃん! それは……

「俺は淋しかった……! 淋しくて、淋しくて、何度も……だから」

虚はゆっくりと手を伸ばす。

「さあ……一緒に行こう……俺と一緒に……。またあの頃のように2人だけで暮らそう……

……どうして…… 淋しかったなら、そう言ってくれれ ばいいのに……。どうしてこんな……。たつ きちゃんや石田君をキズつけたりするの……どうして……。 あたしのお兄ちゃんは……こんなことする人じゃなかったのに……!」

織姫は悲しそうに涙を流す。心の 底からの涙。だがその涙は虚となった兄には届かなかった。

「殺してやる……!」

狂気に取り込まれ、理性を失った 相手には、織姫の言葉も涙も無意味だった。

「俺をこんなにしたのは誰だと 思ってるんだ……!! お前だろう織姫……!!  殺してやる……殺してやる、殺してやる、殺してやるぞ!!」

「黙れよ」

憎悪を撒き散らし、わめく虚に、 一護は殺気を飛ばす。彼は怒っていた。信じられないくらいに。いつぶりだろうか。こんなに憤怒したのは。

後ろにいる雨竜も、一護の憤怒を 感じたのか、何も言わない。彼との付き合いは短くない。彼が怒るのは、常に他人のため。こんな一護を見るのは、久方ぶりだった。

「兄貴ってのが、どうして一番最 初に生まれてくるか知ってるか? 弟や妹を護るためだ。兄貴が妹に向かって殺してやるなんて、死んでも言うな!」

霊圧が虚を包み込み。圧倒的な力 を前に、虚はなす術などない。

「なぜ、だ。なぜ、邪魔 を・・・・・・・」

「なぜ? ふざけんじゃねぇ。こ れ以上やれば、本当に取り返しのつかない事になるのが、わからねぇのかよ!?」

「うるさい! 貴様に何が分か る!? 俺達は二人で生きてきた! 二人きりでずっと! 織姫を育ててきたのは俺だ! 織姫を護ってきたのも俺だ! 俺のものだ! 誰にも渡しはしはせ ん!」

「わかるかよ、てめぇの気持ちな んか。だがな、これだけは分かるぜ。今のあんたは、井上にとって害以外の何者でもない!」

一護は虚を地面に叩きつける。斬 魄刀で切り裂いても良かった。このまま一刀で魂葬してやっても良かった。

しかしそれだけだとあまりにも不 憫すぎた。だからこそ、一護は右手で虚を殴りつけた。

「がっ!」

床に叩きつけられる。霊気を纏っ た一撃だ。ぎりぎり力を奪う程度に加減した。あとは。

「あとは、お前次第だぜ、井上」

「うん、ありがとう。黒崎君」

「なっ! 黒崎! お前。それに 井上さんも! 危険だ!」

「大丈夫だよ、石田君」

ゆっくりと虚に近づく織姫。ルキ アや石田はなおも何かを言おうとしているが、一護はそんな二人を制する。

……ごめんね……お兄ちゃん。あたし……聞いて欲しかったの。楽しかったこと、嬉しかったこと……。 好きなもの、好きな人達」

彼女は兄の成れの果てとなった虚 を抱きしめる。

「最初のころはあたし、毎日祈っ てばかりだった……。でもそれじゃいけない、って思ったの。あたしが悲しんでるところばっかりお兄 ちゃんに見せちゃいけないって……それじゃお兄ちゃんが心配しちゃうから、って……

忘れたわけではない。兄を安心さ せたかった。自分は大丈夫だと。天国に行く兄の足かせになりたくなかったから。

「だから見せたかったの! あた しは幸せです! だから心配しないでって……。けど……そ れがお兄ちゃんを淋しくさせてたなんて……あたし全然……気 付かなかった。……お兄ちゃん……淋しくさ せてごめんなさい……だいすきだよ……

彼女はそのまま兄を抱きしめ続け る。だが不意に彼女の身体から力が抜ける。

「あれ?」

彼女自身不思議そうだった。だが 一護やルキアはそれがどういう状況なのか理解した。

「不味いな。早くせねばどんな悪 影響が出るか分からん。どけ、私がそいつの魂を元に戻す」

「ああ。頼む」

ルキアはそのまま織姫の下に駆け 寄り、鬼道を使い治療を開始した。

……本当は……気付いていたんだ……おまえが俺を心配させないために祈るのをやめたんだってことを……。 でも……それでも祈っていて欲しかったんだ……。 俺のために祈ってくれている間だけは……おまえの心は俺だけのものだったから……
「あんた、何見てたんだ? あいつのヘアピン……アンタからのプレゼントなんだろ?   あいつ、よく言ってるよ。『お兄ちゃんが初めてくれたプレゼントだ』って。『だから毎日つけてるんだ』って」

一護の指摘に、彼は初めて織姫の 髪の毛についているヘアピンに気がついた。

……どっちも同じなんだよ。死んだ人も、残された人も……どっ ちも同じだけ淋しいのは! けどな自分一人だけ淋しがってるなんて……そんな勝手なこと思うな」

母親を失った一護だから、織姫の 気持ちを誰よりも理解できる。悲しいのはどちらも同じだ。死んだ人間も、残された人間も。

「気が付かなかった」

ポツリと呟く。捨てたものだと 思っていた。

「黒崎一護。頼みがある」

「・・・・・・・・ああ、分かっ てる」

一護は斬魄刀を構える。少しでも 正気を保っている今、彼は消えたかったのだ。最後に彼は織姫を見る。

「それじゃあ、さよならだ。織 姫」

「・・・・・・・おにいちゃん、 いってらっしゃい」

兄に微笑む。言えなかった言葉。 兄の死の間際に、言えなかった言葉を、彼女は口にした。一護はそのまま彼を尸魂界に送り出した。

「しかし無茶をする。もし万が 一、彼女に何かあったらどうするつもりだったんだ!?」

すべてが終わったあと、一護を問 いただしているのは雨竜だった。

「おお、その場にいたのに何もで きなかった石田じゃねぇか」

「なっ! それを言うか!」

「当たり前だ! 今日のお前はぜ んぜん良いとこ無いだろうが!」

「っ!」

何も言い返せない。一護の言うと おり、雨竜は今回まったく見せ場が無かったのだから。

ちなみに織姫とたつきはと言う と・・・・・・・

「井上。これを見てくれ」

「へっ、何、これ?」

一護は銀色に光るボールペンより 一回り大きい棒を取り出し、ピカッと光らせた。ちなみに一護やルキア、雨竜はサングラスをかけている。

記憶置換装置である。ちなみに尸 魂界の記憶置換装置は、記憶を消し代替記憶をランダムに刷り込ませるのだが、これは好きな記憶を刷り込ませられると言う優れもの。

この某宇宙人対策機関が使う装置 に類似した装置を、浦原が趣味で作り上げた。何でも映画を見て感動したそうだ。こういうところには、ものすごい才能を誇る。

「んじゃ、あとはよろしく」

「待て、黒崎。僕に全部押し付け る気か?」

「だってお前、今回活躍してない だろ? これくらい役に立て」

「うっ!」

「じゃあな」

ルキアを背負うと、一護は窓から 再び空へと飛び出す。

「あっ、待て!」

雨竜が何かをいっているが無視で ある。これくらいのアフターケアはやつに任せる。と言うか押し付ける。

今日も夜は更けていく。黒崎一護 の死神としての仕事は、まだまだこれからである。

 


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