※ これはあくま で生き抜きに書いた作品です。



そこには絶望しかなかった。 希望などない。

少年には悪夢しかなかった。 現実が悪夢であり地獄であった。

これが夢ならば、どれほど救 われただろうか。これが幻なら、どれほどよかっただろうか。

しかしすべては現実。現の出 来事。現世の地獄。虚構ではない。

特殊な力を持つ一族に生まれ ながら、少年にはその力がなかった。

火の精霊の力を借り、炎を自 在に操る古の一族―――神凪。

強大な力を持ち、この世界を 裏から守護する存在。魔を祓い、人々を護る一族。

少年は一族の宗家、それも一 族でも有数の実力を持つ術者の嫡子として、この世に生を受けた。

だが現実はあまりにも非情 だった。少年には一族で何よりも必要とされる力がなかった。

苦痛が身体を襲う。絶望が身 を焦がす。炎に焼かれる。抵抗などできない。許されない。

自分は無能者。出来損ない。 失敗作なのだから。

分家の子供達から日常的に繰 り返される虐待。それに抗うこともできず、彼は常に傷ついていた。

いつの日からだろうか。地獄 に等しい日々を送るようになったのは?

いっその事、一思いに殺して くれと願う。

救いの手を差し伸べてくれる 者など、ここには誰もいない。

血を分けた父であっても、母 であっても、自分を助けてなどくれない。友などいない。心許せる相手などいない。

自分に未来は無い。希望は無 い。心はすでに折れた。折られたのだ。

生き残るには、恥も外聞も許 しを請うだけだ。

どれだけの罵倒を浴びよう と、どれだけの嘲笑をその身に受けようと、どれだけ侮辱を受けようとも傷つくのは嫌だった。苦痛を味わうのは嫌だった。

膝を屈し、手を合わせ神に祈 るかのように涙を流し懇願する。どれだけ屈辱的なことでも、どれだけ惨めで情けなくとも、生き延びられるのならそれでよかった。

諦めていた。すべてを。

一族に認めてもらえること を。

父と母に褒めてもらえること を。

愛して欲しかった。自分を見 て欲しかった。

想いが叶うことなどなかっ た。認められることなどなかった。愛してもらえることなどなかった。

自分が無能者でも、落ちこぼ れでも、出来損ないでもない者として、一人の人間――――神凪和麻――――として見てくれることはなかった。

 

 

 

 

あの日が来るま で・・・・・・・・

 

 

 

 

十五歳を向かえ、中学を卒業 してしばらくたったある日、それは起こった。

一族の長である宗主が交通事 故に遭遇した。

一命は取り留めたものの、宗 主は片足を失った。退魔を行う一族の長として、それは致命的だった。彼は引退を余儀なくされた。

故にすぐにでも次期宗主を選 出しなければならなかった。

また一族の宗主として代々受 け継がれる、精霊王より承ったとされる神剣『炎雷覇』を継承しなければならない。

候補としてあがったのは、宗 主には一歩劣るものの、現役最強にして一族の歴史でも屈指の実力を持つ神凪厳馬であった。

しかし彼は『継承は若い世代 へとつないでいくもの。今さら自分が炎雷覇を授かる理由はない』と言い辞退したのだ。

そして和麻が候補に上がっ た。

本来なら有り得ない事だっ た。神凪一族は炎を操る一族。宗主となり、神剣を受け継ぐと言うことは一族の頂点に君臨すると言うこと。つまり最強の術者でなくてはならない。

彼には最強どころか、一族で は最弱であった。そんな彼が候補に上がる。一族の誰もが、それこそ本人ですら驚きを隠せないでいた。

宗主の怪我の具合がある程度 回復するのを見計らい、継承の儀は執り行われた。

候補は二人。共に宗家の人間 である。

一人は現役最強の術者、神凪 厳馬の嫡子である和麻。もう一人は宗主であった神凪重悟の一人娘である綾乃。

方や無能者。方や将来有望の 術者。

和麻が十五と言う年でありな がら炎を使えない弱者でありながら、綾乃は九歳と言う年齢でありながら、炎の力だけで言えば神凪でも有数であった。

勝敗など火を見るよりも明ら かだ。

継承の儀とは、どちらが優れ ているかと言うのを一族の前で証明すると言う単純明快なもの。術者達の全力の戦いで勝ったほうが炎雷覇を継承する。

一族の全員が集まる会場。老 若男女問わず、視線が二人を見る。

和麻にはとても居心地が悪 かった。誰もが向ける嘲笑と侮蔑の視線。こそこそと自分を侮辱する言葉を言っている。

父である厳馬は相変わらず仏 性面で自分を見ている。その表情からは何を考えているのか読み取れない。おそらくは自分に対して何の期待もしていないのだろう。

和麻自身もわかっている。こ んなもの茶番でしか過ぎない。結果の見えた勝負を楽しみにする人間がどこにいる。

ただでさえ自分は無能者で弱 者でしかない。こんなもの戦いにすらならない。

戦う前から自分は敗者だ。逃 げ出した負け犬だ。諦めていた。早く終わって欲しいと思っていた。両親も自分に対して何の期待もしていないだろう。

わかりきっている。愛されて などいない。認められてなどいない。

そう、世界は絶望に満ちてい る。希望などない。望む未来等存在しない。

眼前に広がるのは闇。閉ざさ れた未来。

ここで死ねるのなら、それも いいかもしれない。

痛いのは嫌だが、このまま絶 望を抱いて生きるのも嫌だ。

宗家の炎は分家の比ではな い。人間など一瞬で燃え尽きる。厳馬や重悟などは灰さえも残さず人を消滅させるだろう。

(ここで死ねるなら、それで もいいかな)

こんな地獄で生きるよりも、 いっそ死んで天国にでも逝きたい。天国など存在しないかも知れないが、ここに比べればどこであろうと天国だろう。

そう思いつつ、彼は少女に向 き直る。夢も希望もない瞳で少女を見る。

楽になりたかった。解放され たかった。痛みを伴わない死ならば喜んで受け入れよう。

 

 

 

 

 

 

継承の儀が始まっ た・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・ま」

誰かが呼ぶ声が聞こえる。ま どろみの中、彼を呼ぶのは女の声だった。まだ幼さの残る少女の声。彼のよく知る少女の。

「・・・・・・・ずま」

自分を呼ぶ声だが、彼はまだ 目を開けない。眠い。睡魔は未だに自身を襲い続け、安眠をむさぼることを望む。

「・・・・・・きなさ い。・・・・・・ずま」

だんだんと声が大きくなる。 付け加えて口調が剣呑になり、どこか怒っているようにも思える。

「・・・・・・・いい加減に 起きろ! 和麻ぁっ!」

怒鳴られた彼は、まだ重い瞼 をゆっくりと上げる。彼は上半身を起こし、軽く腕を上げ身体を伸ばす。

「あー、うっさいな。もう少 し静かに起こせないのか、綾乃?」

和麻は欠伸をすると目の前の 少女―――綾乃―――に言う。

「うっさいわね! て言うか なんであたしがあんたを起こさないとダメなのよ!」

彼の目の前にいる綾乃はかな りご立腹のようだ。

「なんでって、昨日お前が賭 けに負けるから悪いんだろ? そもそも勝負を持ちかけたのはお前だし・・・・・」

「だからってなんであたし が!」

「良いだろうが、たまには。 それとも何か? お前は約束事も守れないのか?」

「うっ!」

「確かに起こせと俺は言った が、それをする羽目になったのは自分のせいだろ? 俺に怒るのはお門違いだろ?」

「う〜」

綾乃は拗ねたような目をして 和麻を睨む。頬を膨らましながら和麻に対して不満そうな彼女だが、その顔が実に可愛らしかった。

いつも見せる表情ではない。 また他の男どもには決して見せない素顔。彼だけにしか見せない顔。

その顔を見るだけで、先ほど までの眠気が嘘のように消えていく。思わず抱きしめたくなる。

「・・・・・・・・・」

「ん? なんだよ」

ふと綾乃が変な顔をしたかと 思えば、ゆでタコのように真っ赤になっている。よく見れば彼女は和麻の身体のある一点に視線を集中していた。

「・・・・・・・・・まあ、 朝だからな」

男の生理現象であるため仕方 がないだろう。それでも目の前の少女にとっては嫌だったのだろう。どこまでも純情な少女である。

「和麻の不潔! 変態!!  バカ!! 死んじゃえっ!!」

わめき散らすと彼はそのまま 彼女は部屋を飛び出していった。和麻の部屋を出て行く。おまけとばかりに扉を思いっきり力任せに閉めていったのは言うまでもない。

「あー、まあしょうがない か。さてと、朝からいいものも見れたし、起きるとするか」

和麻はベッドから起きると、 部屋に掛けてあった服に袖を通す。学生服である。

ふと机に置かれた写真立てを 見る。そこには笑顔の自分と他にも何人もの人間が写っていた。もちろん綾乃もいる。それも自分の隣に。

「・・・・・・・・・人生っ てわからないもんだな」

まだ十七歳なのにどこか悟っ たような顔をする。表情を緩め、慈しむ様に写真立てを手に取る。

あの継承の儀の日、自分は死 んだ。綾乃の炎の直撃を受け、確かに死んだはずだった。

手加減など一切ない炎。まだ幼かった綾乃に手加減などと言う考えはない。無邪気な子供に自分の力のすべてを把 握しろと言うのは無茶であり、無理である。

戦いの場において手を抜くと 言うことは死につながる。術者として、退魔師として教え込まされていた綾乃はその教えを忠実に守っただけだ。責めるべきことではない。

また継承の儀は真剣勝負の 場。その戦いで命を落とすことなどざらにある。

だが死んだはずの自分が、ま たこうやって神凪で生活するとは思っても見なかった。しかも以前とは比べ物にならないほどの幸せで満ち足りた暮らしを。

「辛気臭いことを考えても仕 方がないか。今日も一日がんばるかな」

写真を置き、かばんに荷物を 詰める。今日は確か一時間目に数学の小テストがあったが、別に問題ないだろう。何しろ自分の学力は学年トップだ。小テストくらいでつまずきはしない。

彼はかばんを手荷物と、その まま自分の部屋を後にする。かばんに結いつけられたお守りとネーム。そこには『聖陵学園三年五組・八神和麻』と書かれていた。

 

 

 

 

和麻は大きな屋敷の中を進 む。ここは勝手知ったる我が家―――神凪家。しかし同時にここは彼の知る神凪家ではなかった。

「あっ、和君。おはよう」

「ああ、おはようございま す、流也さん」

和麻は前から歩いてきた一人 の男性に挨拶をする。和麻と変わらぬ身長。薄い紺色のスーツに身を包んだ二十代前半の細身の男。笑みを絶やさぬ美形と言える顔立ち。ただしその目は閉じら れていた。

風巻流也。神凪に仕える諜報 組織『風牙衆』の一員にして、長の息子にして将来有望な人物。また術者としても優秀であった。風術師と言う、風を操る集団の中でも最高峰の実力者である。

「また綾乃ちゃんを怒らせた みただね」

流也はくすくすと笑いながら 言う。和麻はそれを見てうんざりする。

「いつものことです」

「そうだね。仲がいい証拠 じゃないか」

「やな証拠ですね」

「良いじゃないか。お似合い だよ」

「やめてください」

彼らはたわいもない雑談をし ながら屋敷を進んでいく。目的の部屋につくと、そこにはすでに大勢の人間がいた。

「おはようございます、父 上」

「おはようございます、兵衛 殿」

二人は部屋の上座に座る初老 の男に挨拶をする。顎に立派な白いひげを生やした人物。彼の名は風巻兵衛。風牙衆の現在の長で、兵衛の実父でもある人物である。

「うむ。おはよう。今日もい い朝だ。どれ、二人とも座れ。朝食にしよう」

「「はい」」

二人は兵衛の近くの上座に腰 を下ろす。この中で彼らの地位は高い。次期長とその右腕。実力社会の風牙衆において、彼らに批判をする者などいない。

「では揃ったところで朝食に しよう」

兵衛の一言で食事が始まる。

「父上。本日は神凪の方に行 かなくてもよかったのですか?」

旧家で伝統を重んじる神凪一 族では、食事などは一族揃ってと言う慣わしが未だに続く。神凪一族の血族ではないが、兵衛も神凪に仕える風牙衆の長。そちらの方の食事に加わるのが常なの だが。

「構わん。本日はあの方もこ ちらに参加しろと言っておられる。それに明日からまた忙しくなる。その打ち合わせもしなければならぬからな」

「そうなんですか。じゃあボ クは食事が終わったら彼のところに行ってきます。たぶんまた色々と面倒ごとを押し付けられるだろうけど」

「すまぬな。だがあの方も無 茶は言っても無理なことは言わんし、儂らのことを真剣に考えてくれておる」

「わかっていますよ、父上。 だからこそボクは彼に仕える。神凪一族じゃなく彼にね」

かつて風牙衆はとある事情に より、神凪一族内では奴隷のような扱いだった。それは遠い過去の話ではなく、近年まで続いていた。

しかし神凪一族の次期宗主で ある一人の男が、一族の抜本的改革に乗り出した。彼曰く『このままでは神凪に未来はない。だからこそ変えなければならない』と言うことだった。

そのため彼は今まで冷遇され 続けた風牙衆を救済した。立場と待遇を改め、お互いに共存することを目的に。

無論、彼の改革に反対するも のは大勢いた。むしろ彼に味方する人間などごく僅かでしかなかった。

今まで奴隷と同じ立場でしか なかった者達に、自分達と同じ立場を与える。支配者としてこんなこと赦せるはずもない。

それでも彼は強引に改革を 行った。反発を押し切り、反対勢力を話し合いで、またはいささか強引な手段で黙らせた。

「あの方のおかげで今の儂ら がおる。もちろんすべてが改善されたわけではないが、それでもかつてに比べれば何百倍もマシじゃ」

兵衛は思う。あれは地獄でし かなかったと。どれだけ神凪一族のために身をすり減らそうと、彼らは感謝するどころかさらに蔑み、罵倒し、侮蔑した。

あのままであれば、おそらく 風牙衆は反乱を起こしたであろう。それほどまでに待遇は最悪だった。人としてさえ、見られていなかったかもしれない。

神凪一族ないでは犬畜生と同 じ、家畜同然の存在でしかなかった風牙衆。それを救済してくれた男。彼も自分達を苦しめる神凪一族の人間だが、感謝の念は大きい。

「ではボクはそろそろ行きま す。今日も書類整理などもありますので」

いつの間にか食事を平らげて いた流也。箸を膳に置くと、ゆっくりと立ち上がる。

「ああ、あの方によろしく」

「はい。伝えておきます」

一礼すると彼は部屋を後にす る。続けて和麻も食事を終え、箸を置く。

「じゃあ俺も行きます。これ で」

同じく長である兵衛に一礼す ると、彼も部屋をあとにする。

廊下に出て真っ直ぐ進む。風 牙衆の座敷から玄関まではかなり遠い。それもそのはず。もともと風牙衆は地位が低かったため、離れのあまりよくないところに押し込まれていたのだ。

多少改善されたと言っても、 まだ住まいにまで手は回っていない。近々増築され、住みやすくするらしいが、それはもう少し先の話らしい。

「ん?」

ふと前を見ると、制服を着た 一人の少女が廊下の柱にもたれかかっていた。綾乃である。彼女は和麻を見つけると彼の方を向くが、すぐにそっぽを向いてしまう。

「なんだよ。まだ怒ってるの か?」

「五月蝿いわね。あんたが悪 いんでしょうが! 朝から不快な思いさせて!!」

「不可抗力。男なら当たり前 の現象だ」

「最低っ」

目を細めて睨みつける。この ままでは埒が明かないと思ったのか、和麻はそのまますたこらと彼女の脇を通り過ぎる。

「あっ、待ちなさいよ!  せっかく人が待っててあげたのに!」

「でもな、早くしないと遅刻 するぞ?」

和麻は自分の左腕に巻きつけ ていた、デジタル式の時計を綾乃に見せる。時刻は八時十五分を過ぎている。

「えっ、まずい! 遅刻じゃ ないの!!」

「だから言ってるだろ」

「もう! 何でもっと早く来 ないのよぉっ! あたしまで遅刻するじゃない!」

「走れば間に合うだろ」

「そういう問題じゃないわ よ!」

「じゃあどう言う問題だよ」

「とにかくしゃべってる時間 がもったいないわ! 走るわよ!!」

綾乃は和麻を引っ張りながら 勢いよく玄関に向かう。玄関を出るとお互いに学校に向かい走る。

「朝っぱらから元気だな、お 前も」

オリンピックで金メダルを狙 えるんじゃないかと言う走りをしながらも、彼らは平然と会話をする。

「誰のせいよ! そもそもあ んたが遅いから悪いんじゃない!」

「昨日は夜更かししたから な。色々とやらねぇといけないことがあったしな」

和麻はしみじみと悪びれた様 子もなく呟く。

「とにかく余裕だとは思うが 一応本気で走るぞ。ついてこれるか?」

不敵に笑う和麻。綾乃は宣戦 布告と受け取り、こちらも和麻に不敵な笑みを向ける。

「上等じゃない。今日こそ勝 たせてもらうわ」

「連敗記録更新中の奴が何 言ってんだか・・・・・・・・まあいい。今日も勝たせてもらうぞ!」

「勝負よ!」

二人は今までになく真剣な表 情になり、学校まで全力疾走をした。

追記しておくと、その姿を目 撃した運動部の連中から二人に大量の勧誘があったのは言うまでもない。

さらにその際、和麻は綾乃を 身代わりにしてさっさと逃げたことで、彼女の怒りを買うことになったのは、また別の話である。

ついでに勝負 は・・・・・・・ご想像にお任せしましょう

 

 

 

 

 

流也は神凪家の中を進んでい く。宗家の者が住まう一角。絶対的な君臨者たる存在達。その力は人と言う範疇を超える。

彼が今から会いに行く人物 は、そんな連中のさらに上位の力を持つ存在。人にして神に最も近いとされる術者。一族の中で現在二番手である存在に。

「あら、流也じゃない。早 かったわね」

「あっ、紅羽さん。おはよ う」

声をかけられ挨拶を交わす。 彼の前にいるのは一人の女性。

背中まで伸ばす艶やかな黒 髪。美人と評する顔。スタイルも抜群で、町を歩けば男の一人や二人は軽く言い寄ってくるだろう。二十代後半の女性で、キャリアウーマンのように黒いスーツ を身に纏っている。



石蕗紅羽。

日本でも神凪に並び称される 最強の地術師の一族―――石蕗家―――宗家の人間で、一族の長の娘である。

だがなぜ彼女このような場所 にいるのか。それは彼女の不幸な境遇にある。

もともと岩蕗家とは、三百年 ほど前に富士山に封じ込められる凶悪な魔獣を封印し続けるために存在する一族だった。代々一族から生贄を出す邪教集団に近い存在になり始めていたのだが。

紅羽は生まれた時から呪われ ていた。地術師の家系に生まれながら、地術を使えず重力を操る異端の存在だった。

もちろんこれには理由があ る。彼女は富士山に封じ込められた魔獣に取り込まれていた。それも生まれた時から。その事実に誰も気がつかなかった。最強の地術師である彼女の父親です ら。

それが発覚したのは十年数年 前のことだ。当時険悪と言うほどでもないにしても、神凪と石蕗の仲はあまりよくなかった。

お互いに関東圏に勢力を伸ば していたため、双方ともあまりいい顔をしなかった。またお互いが相手を見下す傾向にあったため、両者の溝は深まるばかりであった。

それを善しと思わなかった宗 主の重悟が、互いの交流の意味を含めて一族の未来を担う子供達の交流をさせようとなった。

それに参加したのが紅羽と流 也、そしてもう一人である。

石蕗が紅羽を推薦したのは、 まともに神凪と交流する気がなかったからだ。石蕗では紅羽は異端とされ、忌み嫌われていた。

もしなんらかあった場合で も、彼女ならば別に死んでも問題なしと判断されたからだ。

神凪の代表は二人の少年だっ た。

風牙衆の長の息子―――流 也。神凪宗家からは――――であった。

彼らは紅羽が何物かに取り憑 かれていることに気がついた。

誰も気がつかなかったこと に、当時十歳にも満たない彼らは気づいた。

その後は紅羽の解呪が神凪に より執り行われた。宗家でも卓越した実力者である重悟と厳馬。この二人が担当し、見事彼女に取り憑く魔獣の一部を消し去ることに成功した。

しかしその際に、彼女は能力 を失った。もともと魔獣の影響で手に入れていた重力を操る能力。魔獣の一部を消し去ることで、その能力が消滅するのは道理である。

力を失った紅羽を、石蕗は文 字通り切り捨てた。魔獣をその身に宿した穢れた存在として。一族最大の禁忌を犯した恥さらしと。殆ど身一つで放り出した。

もともと父親に好かれていな かった紅羽。認められるために努力し、笑いかけてもらえるように必死で腕を磨いた。

愛されたかった。一番でなく てもいいから。二番でも、何番でもいいから。

その夢はあの日、音を立てて 崩れ去った。

必死で戦ったことに意味はな かった。命をかけて経験を重ねて、力を磨き、一族の、父親の役に立つように勉強もした。

それがなお疎まれることにな り、すべてが無駄になる結果を招くとは思いもよらなかった。

『恥さらし』『鬼子』『邪術 師』。数限りない罵倒。実の父親から投げかけられる心無い言葉。

力を、すべてを失くしたあの 日、生きることさえ苦痛だった。死にたかった。雨に打たれ、地面に倒れる自分。

生きる気力も何もなかった。あるのは絶望だけだった。

雨の中、ただ死ぬのを待っ た。途切れることのない雨。目を閉じ、雨の音と雫を感じる。

不意にその雨が途切れ、声が かけられる。

「一緒に行こう」

顔を上げ目を開ける。目の前 に差し出された幼い手。紅羽はゆっくりとその手を掴んだ。その手は暖かく、とても安心できるものだった。



彼女は決して忘れない。あの 手のぬくもりを。あの少年の顔を。

それ以来、彼女は神凪で世話 になっている。

「彼は?」

「いるわよ。さっきからずっ と書類に目を通してるわ」

「そう。わかった。ありがと う」

流也は紅羽に礼を言うと部屋 の中に入っていく。執務室のような部屋。大きな机に向かう一人の青年。年のころはまだ二十代前半だろうか。

黒いジャケットにジーンズと 言う、一見して普通の格好。青年はせっせと書類に目を通している。

「やあ、大変そうだね」

流也は青年に声をかける。

「そう思うんだったら手伝 え。俺一人では物理的に無理だ」

ぼやきながらも書類に目を通 すスピードは変わらない。

「紅羽さんに手伝ってもらえ ばいいのに。それに翠鈴さんは?」

「翠鈴は別の仕事をしても らってる。たぶん資料室だろう」

「そうなんだ。じゃあボクも 手伝うとしましょうか。早く終わらせて話し合いたいこともあるし」

「そうしてくれ。和が帰って きたら手伝わせるんだが・・・・・・・・・」

ちなみに和とは八神和麻のこ とである。ここでは誰もが彼のことを和と呼ぶ。和麻と呼ぶのは、綾乃ただ一人である。

これにはもちろん理由があ る。なぜなら・・・・・・・・

「彼も優秀だからね。なん たって別世界の君だから。ねえ、和麻」

流也の言葉に青年――――神 凪和麻はニヤリと笑った。

 

運命は変わる。

世界が回る。

二つの世界をつなぐもの。

風と炎。

これは二人の和麻の物語であ る。

 

 

 

 

 

あとがき

はい、電波です。

この物語は完全にIFです。

もし和麻が炎術を使えていた ら。また和麻が綾乃と同じ学生だったら、と言うコンセプトのもと書きました。

二人はここに登場する人物は 原作キャラですが、半ばオリジナルと化しています。そう言うのがお嫌いな方はあまり読まないほうがいいかも(汗)

 

カップリングは

八神和麻×綾乃

神凪和麻×翠鈴・紅羽

かな?

あとは操とかも参戦させたい です。どっちにつかせるかは今のところ疑問ですが。

あとは原作では見られないよ うなことをしたいですね。

和麻と綾乃の学園生活。煉と あゆみとかも。

ちなみにここでは風牙衆の扱 いはそれなりにいいです。まあ神凪はバカが多いですが、そこまで酷い扱いはないでしょう(たぶん)

他にも原作ではありえない展 開にして見たいです。それぞれの待遇とか強さとか。

ただ続くかどうか疑問の作品 ですが(滝汗)



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