第1部   〜動き出す運命〜

 

 

 

 

第3話 戻ってきた風

 

 

この世には光と闇が存在す る・・・

 

どちらが正義でどちらが悪魔 か・・・・・・

 

それは誰も決めることができな い・・・・・・

 

もし悪を作り出すならそれは人の 心である・・・・・・

 

欲望、嫉み、憎しみ、怒り、悲し み・・・・・・

 

人間なら誰もが持つ感情が変化し て生まれる・・・・・・

 

そしてそれを消すことができるの も人である・・・・・・

 

 

それに力を貸す精霊た ち・・・・・・

 

それを扱う術者達・・・・・・

 

 

地の精霊の力を借り、大地の力を 操る地術師

 

水の精霊の力を借り、水や氷など の力を操る水術師

 

火の精霊の力を借り、炎の力を使 う炎術師

 

風の精霊の力を借り、風などの大 気を操る風術師

 

精霊たちの王という存在、精霊王

 

その王という存在と契約したもの は人でありながらも神に近い力を手にするといわれている

 

契約した王の属性を絶対的に自分 の支配下へと置く力

 

人の力を超える力、人の姿をする ためにその扱える力の限界はある

 

人は神になることはできな い・・・・・・

 

王と契約した者をこう呼ぶ

 

 

 

――――――――『コントラク ター』――――――――

 

 

 

そして全てにおいて存在す る・・・

 

 

光と闇・・・

 

 

(日向) (日陰)・・・

 

 

天(地上を覆って高く広がる無限 の空間)と地(天に対して、地上)・・・

 

 

精霊王にも例外はな い・・・・・・相対するものが存在する・・・・・・

 

 

 

・・・・・・・・・そして王たち はそれぞれ動き出す・・・・・・・・・

 

 

・・・・・・・・・自分たちの力 を授けるものたちを見つけ・・・・・・

 

 

 

・・・そして精霊王の上に存在す る2つの炎も・・・それぞれ動き出す・・・

 

 

・・・・・・術者の心のまま に・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

「趣味悪い・・・・・・いや、そ れ以前の問題か・・・これは・・・」

 

それが和麻の依頼人に抱いた第一 印象だった。

 

しかしそれも頷ける。おそらく見 た人の90%はそう思うだろう。そして和麻の抱いたその気持ちは最後まで変わることはなかった。

 

山手の高級住宅街に建つその屋敷 は、全く周囲との調和を考えずに作られたものと言えた。

そのデザインは、住人の正気も疑 うのには十分過ぎるものだった。

 

和麻は20年以上生きてきた自分 の人生の中でここまで悪趣味な屋敷を見たのは始めてだった。

 

ある意味ここまで来ると個性的で いいかもしれないが・・・

 

ここに来るまで目印代わりにして きたが・・・まさかその目印が依頼人のものだったとは、和麻は気づいてから正直度肝を抜かれた。

 

(ピカソマニアが絵をそのまま建 物にでもしたのか?)

 

和麻は本気でそう考えた。だがこ こまで忠実に再現する馬鹿はいないと考え直したが目の前にはそれがあった。目をこすってもう一度見たが屋敷は消えていなかった。

 

文明開化発祥の地であるこの歴史 ある街の中に・・・

 

(今すぐ壊してぇー・・・いや、 マジ・・・)

 

屋根の端には鯱と狛犬、門のとこ ろにはマーライオンとダビデ像のレプリカが置かれていた。

 

「・・・・・・・・・」

 

もはや和麻に言葉はない。ため息 なんて言えるもんじゃない、そんなため息を和麻は腹の底からもらした。

 

自分が横浜に抱いていたイメージ というものを一発でバラバラにしてくれた。

 

仕事を請けたときに住所と地図を 渡されたが、これなら『横浜のバテレン屋敷はどこですか?』と聞いたほうが早く着いただろう。

 

これならどんな方向音痴でも、猿 でも、犬でも道に迷うことはない。

 

見ていると目がちかちかしてき た。視力がおかしくなりそうである。

 

(帰りたい・・・)

 

和麻は心の中で涙した。

 

本気で帰りたかった。

 

家なのかアトリエなのか、それと も宗教団体の隠れ家か・・・、建物をもう一度見ると空を見上げた。

 

「空はこんなに青く透き通ってい るのに・・・」

 

目の前の建物に視線を戻す。

 

「楽して金は入らないか・・・」

 

和麻はもう一度ため息をついた。

 

「まあ、仕事だし・・・金が必要 だし・・・社会人なら嫌なことでもこれくらいなら我慢すべきなのか・・・」

 

自分を納得させるよう呟く。納得 はできなかったが・・・

 

だが和麻の服装も場違いだろう。

 

和麻はジーンズにスニーカー、 チェックのシャツに黒いジャケットを身につけている。

 

仕事をするというよりは、学生と いう感じだった。

 

屋敷に入ろうとして和麻は妙なこ とに気がついた。屋敷を覆う闇が、聞いていた以上に深く、霊視力のない一般人でも、屋敷の周りが薄暗く感じるかもしれないほどよどんでいた。

 

(マジで帰りたい・・・)

 

物凄く嫌な予感、本気の本気で帰 ろうかと考えた。

 

屋敷を覆う闇――――予想以上の 妖気ではあるが、対処できないほどではない。自分が対処できないと本気で思えるのは彼女が怒ったときだけである。

 

だが、それだからこそ和麻は不吉 に思えた。

 

まだ自分が気づいてない何かがあ ると・・・

 

これまでの経験からもかなり信憑 性が高い。

 

だがそれだけで仕事を投げ出すわ けにも行かなかった。

 

これが日本での初仕事、初めから すっぽかしたりなどしたらこれからの信用もなくし仕事が来なくなる。

 

これを教訓に次からもっとしっか りしようと考え、鉛のついたような重い足取りで屋敷へと向かった。

 

呼び鈴の前に立つ、だが押そう 迷った。どうしようかと真剣に悩んでいる。

 

しかし――――

 

「八神様、ですね」

 

何の前触れもなくインターホンか ら声が流れた。

 

「お待ちしておりました。どうぞ 横の通用口からお入りください」

 

ガチャリ

 

その言葉と同時に、門の左横にあ る小さなドアが開いた。そこから勝手に入って来いということらしい。

 

(これが「お待ちしておりまし た」・・・待っていた人に対する扱いか?)

 

不愉快ではあるが相手はお客様 だ。言われるままに和麻は門をくぐった。

 

塀の内側はコレでもかというほど 監視カメラやセンサーに、その他各種警備機器が満載。

どうやら、後ろ暗い人生を送って いるのだろう。

 

(セ〇ムしてるのかなぁ?)

 

どうでもいいようなことを和麻は 考えていた。

 

玄関に着くと出迎えに来たメイド のあとに付いていき、依頼人の待つリビングへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

(俺の馬鹿・・・なぜ帰らなかっ たんだ・・・)

 

自分で自分に馬鹿といいながら和 麻は自分の選択を深ーーーーーーーーく心の底から後悔した。

 

そこには偉そうにふんぞり返って いる貧相な小男―――この屋敷の主で依頼人の坂本某、そしてもう1人、和麻もよく知る術者がいた。

 

その術者は和麻を見ると一瞬驚愕 の表情を浮かべたが、すぐにニヤリと唇をゆがめた。その顔は蔑みに満ちたものといえた。

 

「何だ、もう1人の術者とはお前 のことだったのか、和麻。神凪の嫡子でありながら、炎も使えない、魔法回数も少ない、全てにおいて無能ゆえに勘当されたお前が、よくも術者などと名乗れた ものだな?」

 

説明的な台詞は明らかに坂本に聞 かせるためだろう。

 

その術者は神凪の分家の1つであ る結城家の末子である慎治である。彼は実に愉しそうに和麻を馬鹿にする。

 

和麻は聞いてるのか聞いてないの かわからないような顔で部屋を見回していた。

 

(部屋ん中は外見には劣るか な・・・)

 

訂正・・・聞いてなかった。

 

(しっかし・・・空気が悪い な・・・邪気ばかりだぜ・・・)

 

少しずつではあるが、妖魔らしき ものの気配が強くなっていた。

 

どうやら依頼人と和麻に無視され てるとわかってない術者は全く気が付いてないようだ、

 

そんな和麻の心境などまったく分 かっていない依頼人の坂本がギャアギャア騒ぎ出す

 

「いったいどういうことだ。私は 君が一流の霊能力者と聞いて雇ったんだぞ。いったいどうやって悪霊と倒すというんだね!」

 

詰め寄る依頼人も見ながら和麻は 冷静に問いに答える。

 

「仲介人が俺のことを何と言った のかは知りません、不服なら俺は帰りますが?」

 

「ふむ、そうだな・・・・・・」

 

坂本は腹黒いことを考える目で何 かを考えている。

 

和麻の労働意欲が急激に落ちる。

 

(くそ、嫌な目だぜ、いらいらす る・・・だが金を稼がないと・・・)

 

和麻が金を稼ぐ理由はいくつかあ る。その金は多ければ多いほどいい。だから和麻は貰えるものは少しでも貰っておきたいのだ。

 

「こうしてはどうかね? 2人に 除霊してもらい成功したほうにだけ金を払おう。ああ、無論失敗した方にも前金を返せとは言わんよ」

 

「いい考えですな」

 

ふざけた言い草だが、慎治は即座 に了承した。そして馬鹿に仕切った顔で和麻に問う。

 

「お前はどうする?」

 

「どうでもいい・・・ご自由にど うぞ」

 

本心は・・・

 

(ふんだくれるだけふんだくって やる・・・)

 

和麻は先ほどから大きくなる邪気 に気が向いていた。

 

だが和麻のその言葉に慎治は過剰 に反応する。

 

「ふん。無能者は降りてもいいん だぞ? 指をくわえて見ていろ。炎術の手本を見せてやる」

 

「手本、ね。見せるのはいいが炎 を使えない俺に見せても意味無いぞ。そんなに見せたければどっかのサーカスにでも入っとけ、分家の末っ子ごときアホでもそれなりにちやほやされるかもしれ ないぞ! 

・・・・・・あっ、すまん。お前 無能に勝てない運動音痴だったな。

5歳以上も年下の女の子にもあっ さり負けるし」

 

「き、貴様っ!」

 

見下していた相手に、逆にバカに され慎治は激昂した。

 

「あっ、悪い。それ内緒の話だっ たな」

 

プライドを傷つけられた慎治は依 頼人の前というのにもかかわらず、拳を握り和麻に殴りかかる。

 

頭蓋骨を粉砕しようとする慎治の 拳を少し左に動き軽く捌いた。

 

慎治は右の突きが交わされた瞬 間、腰の回転を殺さずに左足を軸に右足を跳ね上げた。

 

だがその蹴りは和麻に軽くかわさ れ軸足である左足を払う。慎治はバランスを失い激しく床に叩きつけられた。

 

「く、くそっ」

 

慎治はかろうじて受身を取り、す ばやく立ち上がり再び身構える。

 

だが和麻はすでに相手にしてない ような顔をしていた。

 

弱いものをいじめて愉しいと思う ほど、和麻は落ちぶれてはいない。

 

そんな人間は神凪になら腐るほど いるが・・・

 

「お前馬鹿か、千早に手も足もで なかったお前が俺にかなうわけ無いだろ。4年たっても頭の中身は変わらないままか?」

 

4年前和麻が勝つことができな かったのは、師匠であった源氏、源蔵、そして重悟、厳馬、人間体のレオン、年は下であったが同じレベルとして和樹だけだった。

 

千早も強かったが負けることはな かった。他の人間ははっきり言って相手にならなかった。

 

「だ、黙れ!」

 

和麻の勝ち誇ることも見せない態 度に慎治は激しい怒りを覚えた。

 

「・・・・・・・・・」

 

黙る和麻。

 

「なんとか言ったらどうなん だ!?」

 

「黙れと言ったのはお前だ ぞ・・・」

 

「!!!」

 

慎治は再び殴りかかろうとした。

 

「そこまでにしてもらおう」

 

不意に制止の声がかかり、2人は 同時に声の主に目を向けた。坂本は注目を集めたことに満足そうな表情を浮かべる。

 

「君たちを呼んだのは試合をして もらうためじゃない。この部屋の調度はどれ1つとっても見ても君達に払う報酬よりも高いんだよ。乱暴な真似をされては困るな」

 

いきなり金の話をする辺りが下衆 だった。本人は財力を誇っているつもりなのだろうが聞く側にしてみれば、成金臭さが鼻につくだけである。

 

(帰ろっかな・・・・・・・・・ 前金は貰ってるし・・・他の仕事も紹介されてるし・・・)

 

もはややる気など無に等しかっ た。この場で同じ空気を吸っていること自体嫌気がさしてくる。

 

「ん・・・・・・・・・?」

 

先も度からあつまっていた妖気が 収束したのを感じた。

 

それの意味することは1つだけで ある。

 

「――――来るぞ」

 

屋敷中の妖気がリビングの一点に 焦点を結ぶ。和麻はさりげなく妖気と自分の間に坂本と慎二を挟む。

 

「何だと? 何・・・・・・」

 

和麻に遅れること10秒以上、妖 気が黒く濁り出すに至ってようやく慎治も気がついた。

 

「むぅ、出たか」

 

(・・・遅いんだよ、ボケ)

 

「な、何だね? どうしたん だ?」

 

突然の緊迫した空気に耐えかね、 坂本は上擦った声で喚きだす。

 

すでに術を行使するように集中し 始めている慎治にかわって、和麻が面倒くさそうに答えた。

 

「お仕事の時間だよ。あんたに取 り憑いた『悪霊』とやらが出てきたのさ」

 

だが、悪霊というには放つ妖気が 強すぎる。悪霊とは本来、人間の霊が変化したもの、だがここまで強い力を持つ悪霊はいない。

 

これほどの強さを持つものは妖魔 考えていいだろう。

 

(どういうことだ? 仲介人の話 とは随分違うぞ)

 

――――ま、初仕事ならこんなも のでしょ? 君の実力が噂どおりなら、片手で捻れる悪霊ですよ―――

 

軽薄そうだったが、実績は確かと 聞いている。

 

それに仲介人の業界はある意味術 者より信用を重視する世界である。これほどのミスを犯すことは無いだろう。

 

そんないいかげんな仲介人が生き ていけるほどこの業界は甘くない。

 

(ハメられたか? ま、いいさ。 お手並み拝見といこうか)

 

和麻は壁にもたれかかると腕を組 み見物に回った。

 

 

 

 

 

 

 

悪霊の出現に備えて慎治は精神を 集中していた。どうやら出現する瞬間に炎術で燃やし尽くすつもりらしい。

 

その表情は明らかに余裕が窺え た。その時点で慎治は術者として三流以下といっていいだろう。何時いかなる時にも慢心せず、全力で望まなければならない。

 

それができないものはいづれ身を もって後悔することになる。

 

(分家どうのこうのというより も、本人の修行不足だなこりゃ・・・)

 

和麻は親切に慎冶に忠告を送っ た。

 

「おーい、気をつけな。こいつは 普通じゃねーぞ」

 

「フンッ、無能は黙っていろ」

 

ただの悪霊と勝手に判断し、防御 等の対策を何1つとして用意していない事に和麻は呆れかえった。

 

たとえ一撃で倒せるような相手で も相手が完全に消滅するまで気を抜くことは許されない。

 

もしものときのためにいつでも対 応できるようにしておくのが当たり前だ。

 

慎治は胸の前で透明なボールを構 えるように両手を合わせる。その掌の間には小さな炎が宿る。

 

それを見た和麻は再び呆れた。

 

(おいおい、4年たってあれか よ・・・全く成長してないんじゃねぇ・・・あれじゃ鉄もまともに溶かせねえぞ)

 

精霊の力も十分に発揮できていな いだけでなくろくに凝縮もできていない。これで手本にしろというのか・・・

 

(まだ一般人の魔法のほうが 100倍ましだな・・・)

 

おそらく和麻の考えていることは 正しいだろう。

 

 

 

おおおおおおおお おぉぉぉぉぉぉぉぉ・・・・・・・・・・・・

 

 

 

怨嗟に満ちた声が空気を振るわ せ、悪霊が姿を現わした。その溶け崩れた顔が、すべての生ある者に無限の憎悪をぶつける。

 

「ひ、いいぃぃ」

 

「はああぁっ!」

 

悲鳴を上げる坂本に目もくれず、 慎治は鋭い気合と共に必殺の炎を放った。悪霊はその炎に浄化され跡形もなく滅び去る―――と慎治は信じていた。

 

だが―――

 

「・・・ばーか」

 

和麻は一言呟くと、次に起こるで あろう火事に対して備えた。

 

 

 

ぎおおおおおおおお おぉぉぉぉぉぉぉ・・・・・・

 

 

 

悪霊の苦鳴が響き、慎治が細く微 笑んだその時――――炎が爆発した

 

「がああああああっ!?」

 

爆発した炎に巻かれ、慎治は絶叫 した。また無意味に広いリビングが火の海と化した。

 

 

 

呵々々々々々々々々々々々々

 

 

 

悪霊の陰に隠れ、慎治の炎を喰 らった妖魔が嗤った。

 

 

 

 

 

 

 

神凪一族、それは炎の精霊によっ て火炎を自在に操る『炎術士』の中でも最強と目されている一族である。

 

これは魔法ではなく、一族に流れ る特殊能力によるものであり使ったからといって魔法回数は減るものではない。

 

また、彼らの炎は単なる分子運動 の加速によって発生する物理現象ではなく、不浄の存在を焼き浄める破邪の力を秘めているのである。

 

この破邪の力を秘めた『浄化の 炎』をもって神凪一族は妖魔悪霊に対してだけでなく、法に背く存在に対し圧倒的に有利な立場に立つことができた。

 

しかし、それは血筋による力でも ある以上は、血が薄れていくにつれ、その能力が低下することが必然であった。

 

すでに神凪の分家がもっとも浄化 の力を秘めている『黄金』失って久しい。

 

そのため、気を抜いてかかった ら・・・とくに炎の属性を有する妖魔が相手なら、放った炎を逆に吸収されることもあり得るのだ。

 

そう、今回のように・・・

 

 

 

 

 

 

 

(たーーまーーやーーーー!)

 

爆発した炎を見て和麻はのん気に ポケットからたばこを取り出した。

 

居間は煉獄と化していた。

 

(ああ〜・・・家はともかく、家 具とかは勿体無かったかな・・・)

 

坂本自慢の家具はその姿を変貌さ せもはや原型をとどめているものは何1つ無く、ほとんどが炭や灰と化していた。

 

被害の原因はほとんど慎治にあ る。わかっていたこととはいえここまで簡単にやられるとは和麻は正直言葉もなかった。

 

妖魔は上級には行かないまでもそ れなりの強さを持っているようだ。さらに慎治の炎も吸収し勢いがついている。

 

ダメージを与えるどころか力を献 上してしまった形になったのだ。

 

なんとも間抜けな話である。

 

術者としては最もなさけないこと と言っていい。

 

「死んだかな・・・ふぁ 〜・・・」

 

和麻は欠伸をして目に涙を浮かべ ながらのん気に呟いた。和麻は周囲では清涼な風が取り巻き、荒れ狂う炎や煙が近づくことさえ許していなかった。

 

また熱も遮断されているのか、汗 一つかいていない。

 

こうなることは元々わかっていた ので余裕で風の結界を張っていたのだ。

 

「た、助け・・・・・・」

 

足元のほうから弱々しい声が聞こ えてきた。

 

悲鳴と共に結界に転がり込んでき たのは、元依頼人の坂本だった。あちこち焦げてはいるが、残念ながら死にそうな様子はない。

 

「・・・おっ、マックロクロス ケ、始めて見た」

 

珍しいものを見たような顔で和麻 は呟いた。

 

「ああっ、た、助けてくれっ」

 

和麻の冗談も聞いていないようで ある。恐怖心からかパニック状態のようだ。

 

坂本は叫びながら、和麻の足に縋 りつこうとする。

 

がすっ!

 

しかし、和麻は無情にも元依頼人 を容赦なく蹴り飛ばした。

 

「嫌だ」

 

「なっ、何を言うんだ。私は君の 依頼人だぞ」

 

再び和麻に近寄りながら坂本が声 を上げた。

 

「俺が依頼されたのは悪霊退治 だ。お前を助けろとも言われてないし、妖魔を倒せとも言われていない」

 

1本目のタバコが吸い終えたの か、再び箱からタバコを取り出し先の部分だけ結界の外の炎に触れさせる。そしてのんびりと煙を吸い込み、煙を吐き出した。

 

「どうする、契約内容変更して やってもいいぜ?」

 

いくら出すというような目で依頼 人を見下ろす和麻。

 

坂本は悩んでいる暇などなかっ た。このままでは屋敷は全焼し、自分も確実に死ぬ。

 

「た、頼む助けてくれっ! 報酬 の倍払う! だから屋敷の炎も・・・」

 

「・・・あんたの命って100万 か? ペットショップの犬猫のほうが高く売ってるのいるぞ。その上、家まで護れっていうのか?」

 

悪魔のような言葉を平気で振りか ざす和麻。おそらくこの場に犬や猫がいたら坂本ではなくそっちを優先的に助けるだろう。坂本を助けるなら犬猫のついでという形になる。

 

坂本の方は、のんびりとしている 余裕はなかった。故意なのか偶然なのか。坂本の周りだけ結界に穴が開き、炎が坂本を襲った。

 

「熱っ、ひっ、ひぃっ、たしゅけ て! 払いますから、1千万、いえ2千万出しますから!!」

 

涙目になって金額を跳ね上げる坂 本。もはやなりふり構っていられないといった感じである。

 

「まいどー、あんた長生きする よ!」

 

坂本の言葉を聞き、コロッと態度 を変える和麻・・・

 

その笑顔は第3者が見れば悪魔と いえよう・・・

 

「そこ動くなよ。動いたら命の保 障は無い、舞添え喰っても知らないからな」

 

坂本を後ろに回らせると目の前の 悪霊たちを睨みつけた。

 

「邪魔だよ、おまえら」

 

そう言いながら軽く右手を横にな ぎ払った。

 

「とっとと消えな」

 

炎は抵抗することなく窓の外へと 押し出される。

 

そしてそのまま木々に燃え移るこ となく炎は消えた。

 

そして室内には歪んだ顔の張り付 いた火の玉―――妖魔の本体だけが残っていた。

 

 

 

ひゅおぅっ

 

 

 

消え去った炎の代わりに風が室内 に荒れ狂った。和麻はただ静かに佇んでいるだけだ。手もポケットに突っ込んだままだった。指1本動かさないでいる。

 

しかし、風は和麻の意に従い炎を 削っていく。

 

妖魔も抵抗しているのだろうが、 焼け石に水である。

 

もはや和麻の圧倒的力の前に成す すべは無かった。

 

妖魔の残された運命は和麻に消滅 されるだけである。

 

「これで・・・・・・」

 

和麻は最後にゆっくりと右手を上 げる。霊視力のある者なら、その手に集った精霊の密度に恐怖しただろう。

 

「終わりだ!」

 

目にも留まらぬ速さで右手を振り 下ろす。右手の延長上に伸びた不可視の刃が空気分子すら切り分けながら、風は妖魔を真っ二つにした。

 

音もなく、霊子の欠片さえ残さず に消滅していく妖魔を、和麻は冷めた目で見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

「終わったぜ」

 

和麻は床に未だ転がったままで呆 然としている坂本に告げる。

 

「金は3日以内に指定した口座に 振り込んでおけよ。さもないと、この世に生まれてきたことを後悔することになるぞ?」

 

犯罪者の素質が和麻にはあるのだ ろう。客に対する言い方ではなかった。だが坂本は和麻の後ろに何を見たのか顔をただ立てに振った。

 

「わ、解かった。金は3日以内に 必ず払う・・・・・・・・・しかし、結城君には悪いことをしたな。まさかこんな大事になるとは思ってもみなかったよ」

 

坂本の言葉に反応し、和麻はゆっ くりと慎治の成れの果てらしい消し炭に近づいた。

 

「忠告してやったけど・・・その 耳は飾りだったのか?」

 

己の力を過信して全力で行かな かった。結果がこれだ。自業自得としか言いようが無い。

 

和麻はその成れの果てを思いっき り踏みつけた

 

さすがに坂本も声を荒げる。

 

「な、何をするんだ!? 君達の 間で何があったか知らないが、死体を辱めることはないだろう!?」

 

「(残念だけど)死んでねーよ」

 

ぼそりと吐き捨てると、和麻は何 度も繰り返し踏みつける。すると表面を覆っていた炭が剥がれ落ち、ほとんど火傷もしていない肌が現れた。

 

「こ、これは・・・・・・」

 

坂本は信じられないものを見たよ うな顔をした。それを見て和麻が投げやりに説明する。

 

「神凪の人間は皆、炎の精霊の加 護を受けている。そのおかげで分家の人間だってこの程度の炎じゃ死にはしない」

 

そして自嘲するように唇を歪めて 付け足した。

 

「俺は例外だけどな」

 

「う・・・・・・ ぐ・・・・・・・」

 

そうこうしている内に慎治が目を 覚ました。周囲を見渡し、すでに妖魔が滅んだことを確認すると驚いたように和麻を見た。

 

「お前がやったのか?」

 

「見ていたんだろ。今更、何、芝 居してんだ」

 

全てお見通しと言った口調で答え た。意識を保っていたことを見抜かれ、慎治は慌てて釈明する。

 

「気づいていたの か・・・・・・・・・だが、さぼった訳じゃないぞ。本当に動けなかったんだ」

 

白々しく弁解する慎治、だがその 言葉には全く誠意が感じられない。自分を正当化しようとしてるようにしか見れなかった。

 

「弁解するその前に前のもん隠 せ、変態。それともそちの趣味か?」

 

「は、早く言え!」

 

慎治は慌てて前のものを隠す。

 

和麻はそんな慎治を軽く笑うと言 葉を続ける。

 

「情けないな、神凪では仕事に失 敗したとき言い訳するのか・・・・・・社会の常識を考えろ」

 

和麻は冷たく言い捨てると、背中 を向けて立ち去ろうとする。だが慎治は立ち去ろうとする和麻に、慌てて声を掛ける。まだ聞かなければならない事がある。

 

「なぜ戻ってきた?」

 

「戻ってきた? 家は追い出され たが国外追放されたわけじゃないぞ。どこにいようと俺の勝手だ」

 

そして付け足す。

 

「それに神凪からは無能者として 勘当された身だ。お前なんで気にするんだ?」

 

はぐらかされたと思った慎治は顔 を険しくする。

 

「・・・・・・何を企んでい る?」

 

「とくに何も」

 

和樹は簡潔に答え、肩をすくめ る。

 

「神凪に戻ってくるのか?」

 

「死んでも戻りたくなんてない ね、あんな所」

 

和麻の声が明らかに変わった。殺 意のこもった声で慎治を睨みつける。

 

神凪・・・あの場所は自分にとっ て苦痛でしかなかった、だがそれに耐えてこれたのは重悟がいて、源氏や源蔵に助けられ、和樹、千早、レオンが支えていてくれたから自分は今ここにいるの だ。

 

「それに俺の居場所は別にある。 あんな所じゃなくてな」

 

誰にも聞こえないような小さな声 で言う。そして首にかけられているロケットの首飾りを服の上から握り締める。

 

(俺は・・・必ず助ける)

 

そしてそっと手を離した。

 

「・・・・・・聞きたいことがあ る?」

 

「な、何だ?」

 

「・・・宗主は元気か?」

 

神凪の中で自分の唯一の理解者、 支えてくれた人であった重悟の事を聞く。

 

「仕事には出ていないが、健康状 態は良好だ・・・それがどうした?」

 

「いや、それならいい」

 

そういうと和麻はその場を後にし た。

 

慎治は言い表せない不安に襲われ ていた。そしているまでも和麻の背中を見ていた。

 

(一刻も早く宗主に報告せね ば・・・・・・)

 

慎治の不安はある意味で的中する ことになる。神凪を滅亡のふちに追い込んだ戦いは、今、この瞬間から始まった。

 

 

 

 

 

 

 

屋敷を後にした和麻は東京にある 宿泊中のホテルへと向かって歩いていた。

 

夜空には雲ひとつ無く星が綺麗に 輝いていた。

 

和麻は星と星を線で繋いでい く・・・

 

(末期だな・・・こりゃ・・・)

 

どうしても彼女の顔が浮かんでし まう。

 

手は自然と首にかけられたロケッ トを握り締めていた。

 

(もうすぐ。必ず・・・必ず助け てやるぞ・・・)

 

ロケットを握る手がさらに強くな る。

 

そして和麻の口から1人の名前が こぼれた。

 

「・・・待ってろよ・・・翠 鈴・・・」

 

その名前を呼んだとき・・・和麻 は何かの気配に気づいた。

 

「ニャーーー・・・」

 

塀の上から1匹の猫が和麻を見て いた。右目がオレンジ、左目がブルーの銀色がかった毛に黒の縞模様が入ったアメリカンショートヘアーだった。

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

無言で睨み合う和麻と猫、そのま まの状態が続く。

 

お互いに心の内を探りあうような そんな感じだった。

 

和麻は見た瞬間にただの猫でない ことは分かった。その猫には自分と同等に近い力が備わっている、敵意は示してないが警戒はしていると・・・

 

先に沈黙を破ったのは和麻だっ た。

 

「・・・・・・お前、ただの猫 じゃないな」

 

和麻は猫が言葉を理解しているか 理解してないか分からなかったが、声をかけてみた。

 

「・・・・・・」

 

「隠してるのか、それとも俺の勘 違いか?」

 

答えない猫に再び言葉をかけた。

 

「・・・・・・僕が普通じゃな いって分かるってことはお前も相当な強さを持っているってことだね」

 

猫は、警戒は解いていないが和麻 に答えた。

 

「勘違いじゃないってことか?」

 

「まあね、正体は教えないけ ど・・・」

 

「そこまでは聞かない。でも、名 前だけくらいなら教えてほしいな」

 

「・・・こういう時って普通先言 うんじゃないの?」

 

まさか猫にそんなこと言われると 思っていなかった和麻は一瞬目を丸くしたが、笑って答えた。

 

「悪かったな、俺は八神、八神和 麻」

 

「カイだ、ある人の式神をしてい る」

 

「ある人?」

 

和麻は聞き返した。

 

「それは教えられない」

 

「まあ、別にいい。だが式神が1 人歩きしているのか?」

 

「僕の仕えている人はそういうの 気にしない人なんでね」

 

和麻はふとある人物が頭の中に出 てきた。そういうやつが自分の知っている人物の中にもいたからだ。

 

懐かしい顔だった。自分を兄のよ うに慕ってくれ、自分も弟のように思えた人物。

 

その人物の式神も同じようなタイ プだった。

 

「いいやつなんだろうな、そいつ は?」

 

笑って和麻はカイに言った。

 

「まあね」

 

「じゃあな、カイ。またどこか出 会えたら」

 

「和麻もな」

 

そういうと2人は別れた。

 

和麻の姿が見えなくなったころ、 別の方向から猫が1匹近づいてきた。アメリカン・ワイヤーヘアーだった。

 

「カイどうしたの、何か楽しそう だけど?」

 

「いや、ちょっと和樹に少し似て いる人に会ったんでね」

 

「和樹ってカイの仕えている?」

 

「ミアンも会ったことあるで しょ?」

 

カイは笑いながら猫・・・ミアン に言った。

 

「うん」

 

「何か、またすぐに会いそうな気 がするな。そろそろ、帰ろうか?」

 

「うん」

 

カイとミアンはその場を立ち去っ た。

 

カイの予感はこの後見事に的中し た。

 

 

 

 

 

 

あとがき

祝、和麻登場!

レオンで〜〜す!

和麻、末期症状が・・・大丈夫か な。

カイと和麻が出会いました。まだ カイがカズの式神だって気づいていません。いずれ気づくけど・・・

って! カイ、ミアンって誰!?  何、青春エンジョイしてんの!?

次回、神凪家の人たちが登場、さ らに和樹の友人として新キャラが登場します!


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