第1部   〜動き出す運命〜

 

 

 

 

第4話 愚かな思考

 

 

「知っとるか、和麻が日本に帰っ てきとるらしいぞ。しかも風術師になっとったんだと」

 

「なに、あの能無しがか? 風術 師ってのは、えらく簡単になれるもんなんだな」

 

「いや、俺は黒魔術師になったと 聞いたぞ。あいつが術者になろうとしたら、悪魔に魂を売るしかないだろ?」

 

「あー、そりゃそうかもしれん な」

 

「あはははははははは は・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

その日、神凪本邸では和麻の噂で 持ちきりだった。

 

慎治の報告を聞いた長老、現役を 退いた術者の管理を司るものの一人が、面白半分にある事無い事をばらまいたのだ。

 

それを報告した当の慎治は、任務 失敗の咎で謹慎している。当たり前のことだが・・・

 

尾鰭と背鰭と胸鰭までつけまくっ て成長する噂を止める者は、誰ひとりいなかった。

 

噂の発信源である長老は、いたく ご満悦の態だった。長老という人種は、よほど真面目な例外を除くと、基本的に暇人である。

 

『偉そうにしているのが仕事』な どと陰口を叩く者もいるくらいだ。

 

仕事のない時は、日がな一日茶を 飲んで、四方山話に興じているような連中である。当然、面白い話には目がなかった。

 

どこその小説に登場する、主婦た ちに迫る勢いである。

 

慎冶の話を聞いた時は、内心小躍 りして喜んだものだ。

 

長老は悄然とした慎冶に謹慎を申 し渡すと、スキップでもしそうな軽い足取りで茶飲み仲間の元に向かい、手当たり次第にこう言ったものだった。

 

「のう、知っとる か・・・・・・?」

 

長老は、仕事の時とは別人のよう に精力的に活動した。

 

一時間としない内に、広大な屋敷 の中で、和麻の帰国を知らない人間はほとんどいなくなったのである。

 

それこそ使用人に至るまでが、何 種類もの噂話を耳にしていた。

 

それはつまり、正確な話を知る者 は皆無に近いということだが、長老にとって大した問題ではない。

 

『面白ければあとはどーでもいい いですよ♪』と言うのが長老たちの基本的な姿勢だからだ。

 

かくして、和麻の情報は慎治の希 望とは正反対の方向で広められた。

 

 

 

 

 

 

 

曰く――

 

 

「和麻が黒魔術師になって帰って きた」

 

「和麻は殺され、裏庭に埋められ ていた」

 

「和麻が仕事でかち合った慎治を 瞬殺した」

 

「和麻はどこかの国の王になっ た」

 

「和麻はアメリカに渡ってホモに なった、いやゲイだ、ロリだ」

 

「和麻は道の力を手に入れって 帰ってきた」

 

「和麻は風の精霊王と契約した。 いや悪魔とだ」

 

「和麻は仙人になって帰ってき た」

 

 

 

 

 

 

 

微妙に真実が混じっていたりもす るが、ここまで来ると誰も信用するものはいなかった。

 

当然、和麻を恐れるものは誰1人 としていない。

 

宗家の出来損ないが、母の体内に 全ての才能を置き忘れてきた上澄みが、少しはましな力を身につけて戻ってきたらしい。誰もがそう笑い飛ばした。

 

今まで和麻が経験してきたことを 彼らが知ったらどう考えるか?

 

知らないと笑っていられるかもし れない。だがそれを知ったとき彼らの顔は恐怖に染まるだろう。

 

さらにそれに彼らが耐えることが できるか?

 

答えは否。絶えられるわけがな い。炎が使えるというだけで何もしてこなかった彼らには絶えられるわけがない。

 

そして和麻の力を目にしたとき彼 らはどういう顔をするか。

 

だが、ごく一部には例外もいた。

 

その内の1人が、現宗主たる神凪 重悟である。

 

夕食の席で笑い話として語られた 1件に、重悟は誰よりも興味を示し、詳しく知りたいと思った。

 

「ほう、和麻が風術を? 知って いたか、厳馬?」

 

重悟は臨席していた従兄弟であ り、和麻の父親である神凪厳馬に話かけた。

 

「・・・・・・は」

 

厳馬は短く答えた。すでに噂を耳 に入れていたらしく、動揺している様子はない。

 

しかし、その様子から和麻の話を されることを喜んでいないことは明らかだ。『苦虫を噛み潰したような』と言う表現がピッタリのしかめ面をしながら、拳を硬く握り締めている。

 

目の前に和麻がいたら絞め殺して やりたい。そんな顔つきだった。

 

「お恥ずかしい限りです」

 

「なぜだ? 別に恥ずかしいこと ではあるまい」

 

重悟は軽く返すと、召使に命じ た。

 

「詳しく話が聞きたい。慎治を呼 べ」

 

「かしこまりました」

 

 

 

 

 

 

 

重悟の前に現れた慎治は畳に額を 擦りつける程に平伏していた。緊張のあまり、額には汗が浮き、呼吸が乱れる。

 

神凪一族において、宗家と分家と いう身分の差は絶対的と言っていい。下克上など、夢想することさえ愚かだ。

 

伝統、格式――――そのような抽 象概念による制度ではない。

 

 

宗家と分家

 

 

両者を隔絶させているのはただた だ圧倒的なまでの力の差だった。

 

神凪家は世界にも名を知られてい る歴史ある炎術師の家系である。

 

日本でもその力は大きな存在であ り分家でも一流の術者を出している。歴史上では超一流といわれ世界の誰もが知っているような人物も存在している。

 

だが時代は流れ、一流と呼ばれる ものは宗家を含めて見ても数は減っている。神凪の術者は100を超えている、その中でも一流と呼んでいいものは10人もいない。

 

だがその術者も世界から見れば一 流と呼べるものはごく一部、数名と言えよう。

 

その一流も、一流の中では 下・・・

 

世界から見たら神凪は歴史上での 神凪の活躍を印籠として振りかざしている、ただの術者・・・

 

二流、三流と呼んでいい術者では ない。

 

生まれながらに持っている炎の 力、伸ばせる力、生かすことができる力が在るというのに宝の持ち腐れにしている。

 

世界の評価、神凪は地に落ち始め ている。

 

それに気づかず術者達はいまだに 自分達は特別だと考えていた。

 

術者達の衰退に気づいているのは 外の世界を知っているごく一部の炎術師だけである。

 

衰退が進むその中でも世界で名の 知られた術者がいた。

 

 

神凪重悟と神凪厳馬。

 

 

共に神凪の歴史の中でもトップと 言っていい術者である。

 

特に重悟の名前は日本では知らな いものはいないとされていた。世界でもその名は知れ渡っている。

 

その力を前にしたらどうなるか?

 

もし仮に、分家の術者が総がかり で挑んだところで、重悟や厳馬にかかれば、小指の先でひねり潰してしまえるのだ。

 

足を失った重悟でもそれは変わら ない。その絶望的な力の差を前に、叛意など抱けるものではない。

 

慎治が緊張するのも無理はないと 言えるだろう。

 

神にも等しい自身の絶対的上位者 である重悟の前で、無様な失敗談を語らなければないのだ。それこそ生きた心地もしなかった。

 

「顔を上げよ。そう畏まることは ない」

 

重悟は気さくに話しかけるが、宗 主の顔を見て話すことは、慎治にはあまりにも畏れ多すぎた。

 

結局、顔を上げたものの、目は伏 せたまま畳を見たまま報告をする。

 

「でぇ、ではご報告させて頂きま す」

 

 

 

 

 

 

 

時間は既に12時を過ぎてほとん どの家の明かりが消えていた。

 

葵学園の学生寮である朝霜寮と彩 雲寮も例外ではない。

 

だがそんな寮から1つの影が出て きた。

 

式森和樹であった。

 

和樹は、誰もいないことを確認す ると寮の門を出てテレポートで一気に別の場所へと飛んだ。

 

そこはどこかの山の中なのか、辺 りは木々が生い茂り人間の手がつけられていないことがわかる自然のままの状態で残されていた。

 

和樹はその山の中を、平地を歩く のと変わらない速さで登っていく。

 

道なき道、闇で1メートル先も見 えない状態にもかかわらず、何もかもが見えているかのような平然と進んでいった。

 

しばらく上っていくと小さな本堂 が見えた。和樹はそこまで進むと本堂の前で一礼する。

 

するといきなり風が吹き木々を揺 らした。

 

ざわざわと音を鳴らしまるで和樹 が着たことを山中に知らせているように感じた。

 

「和樹か・・・久しぶりだな」

 

どこからともなく声がする。周り を見渡すと一ヶ所だけ光に包まれた所が存在した。

 

鈴の音が鳴り響き、光が和樹のと ころへと向かってくる。

 

足音はしなかった。鈴の音だけが 響き、辺りに響き渡る。

 

光は和樹のところまで来ると、だ んだんと光は弱くなり1つの姿が現れた。

 

その姿は・・・

 

 

 

天狗・・・

 

 

顔は赤く、鼻は高く、背に翼、腰 には羽団扇と太刀、手には金剛杖を持ち、一本歯の高下駄を履き、修験者や山伏のような装束に身を包んでいる。

 

「天狗」とは、現世において知識 だけを追い求め精神的な修行を怠った者が変化したものであるとされ、

仏教世界の六道(地獄道、餓鬼 道、阿修羅道、畜生道、人間道、天道)に属さない天狗道に墜ちたものを言う。

知者であり仏法にすぐれている 「天狗」は、それ故人間道に残れず、地獄/餓鬼/阿修羅/畜生道には墜ちない。

しかし無道心ゆえ天道にもあがれ ない。結果、天狗道に落ち輪廻から見放されてしまうとある。

また妖怪とも言われていて、元来 は中国の物怪といわれている。

『獣あり。その状狸(山猫を指す と考えられる)の如く、白い首、名は天狗。その声は榴榴の様。凶をふせぐによろし』と中国の書物にも載っている。

 

 

 

天狗は人間である和樹に声をかけ てきた。その声は人間を毛嫌いする声や敵意を含んだ声ではなく、ひたしい友人に会ったときに出すようなそんな声だった。

 

「こんな遅くに何をしに来たん だ。稽古の相手ならごめんだぞ。お前の相手には俺じゃ力不足だろ」

 

「いや稽古は稽古だけど1人でで きることだから手は煩わせないよ。ちょっと人に見られたくないことなんだ。だからこの場所を借りようと思って、いいかな?」

 

和樹もひたしげに言葉を交わす。

 

天狗のほうも笑いながら和樹と会 話をしている。

 

「別にいいぞ。お前のおかげで俺 たちはここに住んでいられるんだ、お前にならできることは何でも協力してやる」

 

「悪いね。ありがとう」

 

和樹がその場を動こうとするとど こからかこちらに猛スピードで走ってくる気配を感じた。

 

天狗も気づいているのか、気配の するほうを見て笑っている。

 

「お前が来たことがわかったみた いだな」

 

「鼻がいいからね」

 

「あいつは耳もいいぞ」

 

天狗は笑いながら和樹に言う。

 

次第に気配は近づいてきて姿が見 えたかと思うと声を上げながら和樹に飛び掛った。

 

「和樹ちゃーーーーん、久しぶ りーーーーーーーー!!」

 

明るく人懐こい声で和樹に飛びつ く顔を摺り寄せる。

 

人懐っこいネコが主人に飛びつい たようなそんな感じである。

 

「うわっ・・・久しぶりだね、マ オ」

 

「もう、なかなか来てくれないん だもん。飛び出してでも会いに行こうかと思ちゃったよ」

 

マオと呼ばれた少女は和樹に抱き ついたまま少し怒ったように言った。

 

だがその姿は普通の少女とは違っ ていた。

 

姿は和樹と変わらないくらいの少 女であるが、頭には2つの耳、さらに腰の辺りからは2つに分かれた尻尾が見える。

 

どこか作り上げたコスプレをした 少女のような感じでもあったが耳はピクピク動き、尻尾も嬉しそうに振られている。その動きはネコそのものである。

 

「お前何考えてるんだ。俺たちが 飛び出して言ったら大騒ぎだぞ」

 

天狗は呆れたようにマオに言う。

 

「だって、会いたいんだもーん」

 

「猫又が飛び出していってどうす んだよ」

 

天狗は『マオ』こと、猫又に言っ た。

 

 

 

猫又・・・

 

 

日本に住む猫の妖怪。もともと普 通の猫であったものが、年老いて尾が二つに分かれたもの。一説には40以上という説がある。

毛を逆なですると光るという。人 の言葉を話したり、人に化けたりする事ができる。

この場合、犬をけしかけると本性 をあらわす。また、猫又になった猫は、普通の猫のふりをしていても、

開けた襖を自分で閉めることから 猫又であることがわかると言う(普通の猫は開ける事は出来ても閉めることは出来ない)

人を喰い殺して、その人に成り代 わることもあると言われている。

 

 

 

だが、和樹に抱きついている猫又 のマオからは全くそんな感じはしなかった。

 

マオの服装は忍者のような装束を 着込み、首には鈴をつけている。腰には短い短刀を挿しているのがさらに忍者っぽく見させた。

 

猫又というよりは猫耳をつけ忍者 の格好をした女の子がコスプレをしているように見える。

 

マオはのどをごろごろと鳴らしな がらネコがなつくようにして和樹に接していた。

 

そっち系の人なら一発でノックア ウトしそうな感じである。

 

「もう、法眼は黙っていてよ!」

 

天狗に向かってマオは怒鳴る。

 

天狗の名前『鬼一法眼』昔、遮那 王(牛若)、後の源義経に武術を教えたとされている陰陽師の名前である。一説には天狗と言う説もある。

 

「化け猫に言われたくない」

 

「赤鼻は黙っていなさい!」

 

「な、赤鼻だと!」

 

「ああ、もう2人共落ち着いて」

 

和樹は間に入って2人の口論を止 める。毎度のことだと思って諦めているが・・・

 

「マオ、そろそろ離れてさすがに 苦しい」

 

さっきからマオに抱きつかれたま まである。今のままだと舐められそうなので離れるように言った。

 

「あ、ごめんごめん」

 

少し残念そうに和樹から離れる。 だが、今度は和樹の腕をつかんで放さないでいたりする。

 

「ねぇ、何しにきたの。私に会い たくなって着てくれたの?」

 

「・・・お前馬鹿だろ?」

 

法眼は呆れたようにマオに言う。

 

和樹には千早がいる。法眼もマオ も知っていることだが、マオは隙有らばといつも狙っているのである。

 

法眼はそんなこと絶対に有り得な いと思っている。

 

再び、口げんかを始めそうな雰囲 気になったのを和樹が止める。

 

「いや、ちょっと修行しようかと 思ってね」

 

「これ以上強くなるの!?」

 

和樹の言葉にマオは目を丸くして 驚いた。

 

「まあ、色々あってね。少し何か に熱中したいんだ」

 

「・・・そう」

 

「・・・・・・」

 

和樹の微妙な変化に2人は気づ く。どことなく悲しそうな雰囲気の和樹。

 

付き合いが長い分、どことなく変 化を感じ取ってしまうのだ。

 

今までも何度か今みたいな和樹を 見てきた。

 

だが、そんな状態からでも和樹は 立ち上がり強くなってきたのを千早たち同様2人も知っている。

 

「何かあったら相談に乗るから ね」

 

「俺も相談に乗るぞ」

 

「ありがとう」

 

和樹は2人と別れて少し広い場所 へと出る。

 

2人は和樹に気を使わせないよう にその場から離れていた。

 

そんな2人の気遣いを和樹はあり がたく思いながら修行を始めた。

 

「始めるか・・・」

 

暗闇の中に蒼い炎が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・そうか」

 

神凪本低の食卓では重悟をはじめ その場にいた術者たちが慎治の話を聞いていた。

 

慎冶が全てを話し終えると、重悟 はそう言って、しばし沈黙した。

 

「・・・・・・そうか」

 

確かめるように、もう一度繰り返 す。軽く目を閉じ、4年前に出奔した甥―――正確にはもう一親等離れているが、面倒なのでそう称している―――の記憶を回想する。

 

(―――和麻は本当に哀れな子供 だった)

 

神凪の家にさえ生まれなければ、 優秀な子供だと言われただろう。

 

知能に優れ、運動神経も良く、術 法の修得においても秀でた才を示した。

 

何万人に1人生まれるか生まれな いかの才能に恵まれた子供だった。

 

ただひとつ、炎を操る素質がない ことを除けば。

 

しかし、神凪一族において炎を操 る才能は、他の何よりも重要視されている素質だったのだ。

 

それゆえに、和麻は他の者から無 能者扱いされた。

 

炎が使えなくても和麻は十分強 かった。術者を相手にしても引けを取らなかった。炎術が使えなくてもその力は術者としては申し分ない実力だった。

 

だが皆、炎を扱えない無能者と罵 らえた。

 

だが――――――重悟は思う。

 

(なぜ私らを頼らなかった、和 麻。家を捨てる必要などなかったのだ。私らならばお前の居場所を守ってやれたのに・・・・・・厳馬が何を言おうと、炎術にこだわらず、お前に才能を生かし てやれたのに・・・・・・)

 

重悟は自分の右足を見下ろした。 憎くて仕方なかった、金属とプラスチックでできた、作り物の右足が。

 

あんな事故さえ起こらなければ、 『継承の儀』を急がなければ、和麻は今でもここにいたのだろうか?

 

もし自分が・・・継承の儀の場に いたら・・・

 

しかし、全ては遅い。和麻は家 を、姓を、全てを捨てて神凪から離れた。

 

これらは、もうどうすることもで きない。

 

決してかえることのできない『過 去』なのだから。

 

「・・・・・・・宗主?」

 

気遣うような声が、重悟を思考か ら現実へと引き戻した。周りを見渡せば、皆、気まずそうな顔をしている。無理もない。

 

この中で和麻を蔑まなかった者な ど、ほとんどいないのだ。

 

しかし、和麻を追い出した張本人 である厳馬は顔色ひとつ変えず言い放つ。

 

「宗主。和麻は既に神凪とは縁の ない者。お気になさる必要はございますまい」

 

「厳馬、そなたは自分の息 子・・・・・・」

 

「私の息子は煉ただ1人にござい ます」

 

宗主の言葉を遮り、厳馬は平然と 言い切った。重悟は尚も何かを言い返そうとしたが、不毛な争いを嫌ったのか、

 

気持ちを押しとどめ、別の無難な 言葉を口にする。

 

「もうよい。和麻は結局、風術師 として大成したのだ。神凪を出て正解だったかもしれん。それとも兵衛、お前のところに預けていれば、よき力となったか?」

 

「かも、しれませぬ」

 

下座にいた風牙衆―――神凪の下 部組織―――の長は、むっつりと答えた。

 

そこに、またしても厳馬が意義を 挟む。

 

「畏れながら、風術など所詮下 術。炎術の補佐をするのが関の山でございます。仮に4年前に和麻に風術の才があると分かっていても、風牙衆などに預けるくらいならば、迷わずあれを勘当し たことでしょう」

 

「厳馬、そういう発言はやめない か」

 

重悟は口を挟んできた厳馬を戒め た。

 

己の技を公然と侮辱され、兵衛は 屈辱に顔をゆがめる。しかし誰も兵衛の顔など見てはいなかった。

 

戦闘力に至上の価値を見出す神凪 一族にとって、探知・戦闘補助を役割とする風牙衆の地位は限りなく低い。

 

厳馬の言葉は暴言ではなく、神凪 では共通の認識に過ぎなかった。

 

 

 

 

その考えは一体どこから来ている のか?

 

それは神凪の仕事方法にあると言 える。

 

神凪一族の仕事はほとんどが妖魔 退治、そのほとんどが力押しで解決できるものであった。

 

生まれ持った力により勝利を収め る。力押しで勝てるのだから、退治する妖魔に関する情報を必要としない。

 

そのため情報の重要性、風術師の 力を全く理解していなかった。

 

厳馬は重悟とは違い、神凪の考え だけで生きて来ていた。さらに、己の力が強力過ぎたためサポートが必要なかった。

 

そのため、厳馬にとって風牙衆は 足手まとい、サポートしかできない存在としか思っていなかった。

 

厳馬が直接風牙衆の戦いを見たこ とがないのもそのせいである。

 

さらに現在は風牙衆を向かわせな くても情報は入ってくる。

 

連絡の取り合いも携帯電話でよく 風牙衆の手助けを必要としない。

 

仕事も強い術者を1人つければ問 題ない。

 

風牙衆はその力を発揮する場も与 えられず弱者としてのレッテルを貼られた。

 

力を発揮する場を与えられたらど うか?

 

おそらく、その力を重要さに気づ くこととなるだろう。

 

だがその力の発揮場所がないため に神凪は風牙を弱者と見下す。

 

 

 

 

だがその風牙衆の力に気づいてい るものもいる。

 

式森家や警視庁特殊資料室は風牙 衆の優秀さに早くから気がついていた。 

 

さらに式森家は術者を総合的に判 断し、術者の最も活躍できる場で動かしている。

 

それぞれの持ち味をいかし相手を 見下すことなどしない。

 

皆自身の力に満足することなく上 を目指す。その考えに固定概念はない。

 

情報収集能力がない、戦闘能力が ない、それならそれを足せばいいという考えを持っている。

 

そのため式森家ではさまざまなコ ンビが生まれている。

 

戦闘力に秀でている者と情報収集 に秀でている者のコンビなどがその言い例である。

 

まったく持つ力は違うのにそれぞ れ助け合うという考えが自然と生まれる所であった。

 

もし風牙衆が式森家に入ったなら ば神凪よりその名を知られることとなるだろう。

 

 

 

 

だが動けなかった。

 

風牙衆は恐れていた。

 

神凪の報復を、それは今までの歴 史が物語っている。

 

少しでも異論と唱えようならばそ の術者は二度と自分の足で立ちが上がることはできない。

 

そうでなくとも言いがかりをつけ られて仕打ちを受けることがある。

 

例えそれがどんな理不尽なことで あってもだ。

 

だから風牙衆はしたがっていた。 今の状態がどれだけ辛かろうがそれに耐えることしか彼らには残されていないのだ。

 

 

 

 

全ては神凪の傲慢でしかない。

 

だがそれは傲慢な、愚かな考え だ。

 

何事にも一長一短はある。精霊魔 術の4つの分類にもそれぞれ長所と短所がある。

 

力だけではどうにもできないこと がこの世には必ずある。確かに風術は確かに火力がないのは事実、いや火力不足どころか精霊魔術において風術の攻撃力はダントツの最下位であることも事実で ある。

 

質量も保有するエネルギー量も、 他の3つの系統に比べると小さい。そのため攻撃には不利なのである。

 

だが風術には三系統をはるかに上 回る能力、スピードがある。

 

風術師の精霊召喚スピードは四大 中最速、もし違う系統の術者との戦闘の際、同等の精霊の量しか集められなかった場合は、間違いなく風術師の負けである。

 

同等の力量を持つ風術師と炎術師 が最大の力をぶつけ合えば、確実に炎術師が勝つ。

 

だが他の系統の術者が一の数の精 霊を集めるまでに、数倍の数の精霊を集めれば、風術師のほうが勝つ。

 

ようは如何に早く精霊を召喚する か、そして召喚した精霊を制御できるか、その一点にかかってくるのである。

 

それを克服すれば、同レベルの術 者がぶつかっても単純な勝ち負けは決まらない。炎、風、水、地、これはどれをとっても変わらない。

 

戦いは攻撃力だけでは決まらな い。防御力だけでもない。強い相手でも知恵と技術によってはいくらでも勝つことができるのだ。

 

ボクシングで有名なモハメド・ア リ。

デビュー当時のとき絶対に負ける とされていたアリはこの考えを実践して勝利を収めた。

これは力が弱くても強い相手を倒 す方法はあることを証明している。

 

神凪はそれを知らない。同等の力 を持つ術者と戦った事が無いため、その事を理解すると言う事ができないのだ。

 

力押しで今まで勝ててきた。

 

だが力押しで勝てない相手が出て きたらどうなるのか?

 

そのときのことを全く考えていな い神凪は何もできずにされるがままとなる。

 

油断していると足元を救われる。 歴史の中で天下をとってきたものたちの子孫のように過去の栄光に縋っているだけでは・・・

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・この話はここまでと しよう。飯がまずくなる」

 

重悟の言葉に、皆は明らかにほっ とした表情を浮かべた。申し合わせたように明るい話題を話し合い、他愛のないジョークに腹を抱えて笑った。

 

ぎこちなくも、いつもの食堂の雰 囲気が戻っていく。

 

それ故に、誰の兵衛の目に宿る冥 い光に気がつかなかった。

 

突き刺すような瞳に。

 

怒り、怨み、憎しみ、負の感情と 呼べるものが渦巻く瞳に。

 

兵衛は顔を伏せて、自分の耳にも 届かない程の小声で呟く。

 

「この屈辱、忘れはせぬぞ、厳馬 め・・・神凪も・・・風牙衆、一族・・・そして子、流也の怨み・・・その思い上がった心を打ち砕いてくれようぞ・・・」

 

心が闇に呑まれていく・・・悪魔 に魂を喰われたがの如く、その心は闇に包まれる。

 

そして、子は人間であることを止 めた。

 

そして・・・その父も・・・

 

 

 

 

 

 

あとがき

愚かなだな・・・

レオンで〜す。

神凪の愚かさ丸出しです。重悟は それなりに真ともで良いんだけどな・・・

オリキャラの法眼とマオも登場。 でもこの後活躍できるのかな・・・

次回、流也が出てきます。神凪の 虐待があらわになります。

 

 


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