第1部   〜動き出す運命〜

 

 

 


 
第6話 滅びへの始まり

 

 

「まだか!? いつまでかかる兵 衛!!」

 

神凪家は混乱していた。

 

誰もが慌てふためき、宗家、分 家、長老例外なく、家のものが1カ所の大広間に集まっていた。

 

その中心には風巻兵衛がいる。

 

「―――しばしお待ちを」

 

背後で急かす男に、兵衛は振り向 きもせず答え、そっと瞑目した。その両手はまるで水でも掬うかのように窪めて、前に差し出している。

 

ひゅるりと兵衛に向かい風が吹い た。風が空気に中に漂う残滓を運び、兵衛の掌に落としては過ぎ去っていく。

 

掌にたまっていく妖気を誰もが息 を呑んで見つめていた。

 

門前に転がる3人の肉片が発見さ れたのは、翌朝になってからのことだった。信じられない事態に、神凪一族は震撼した。

 

それも当然だろう。目と鼻の先で 身内が3人も殺されたのに、それを防ぐどころか誰一人気づきもしなかったのだ。

 

信じられず、また信じたくもな い、認めたくても認めたくないことである。

 

事実の究明のために、直ちに風牙 衆が招集された。そして兵衛自ら空気中に残る妖気をかき集め、敵の正体を洗い出しにかかった。

 

「ぬう・・・・・・」

 

「こ、これは・・・・・・」

 

呻きにも似た声が漏れる。兵衛の 再現した妖気はほんの掌大の大きさに過ぎない。

 

だがその妖気の禍々しさと総毛立 つほどの冷気はその場にいた者達を・・・・・・名高き神凪の術者達を恐怖させるには十分だった。

 

「これは風術によるものです。そ れも風牙衆よりも桁外れに強力な術者が、風の結界に3人を取り込み、虐殺したのでしょう。

さらに・・・敵は1人ではありま せん。いくつかの巨大な力を感じ取ることができます」

 

淡々と語る兵衛。その言葉には感 情を感じることはできなかった。

 

用意された言葉をただ朗読するか のように語り続ける。

 

「我ら風牙衆の風をはるかに超え 手いる力です。数は・・・おそらく6体かと・・・その6体とも宗家以上の力を持ち合わせていると感じます」

 

兵衛の報告は特に有益なものでは なかった。現場を見れば一目瞭然と言っていいだろう。

 

皆、その場に残る妖気を感じて恐 れている。力の強い弱い関係なくその力を感じ取り恐れているのだ。

 

「そんなことはどうでもいい!  一体誰なんだ、これは誰の仕業なのだ!?」

 

「これ以上のことは、もう少し時 間を頂きませんと・・・・・・」

 

当然の詰問に兵衛は言葉を濁す。

 

「さっさとやれ! それだけが貴 様の取り柄だろうが!!」

 

騒ぐ術者たち。その声が聞こえて いないように兵衛はただ黙っている。

 

「やめんか」

 

宗家、分家、長老たちの罵倒の言 葉をさえぎり重悟は術者たちを黙らせると、兵衛にねぎらいの言葉をかける。

 

「そうか、ご苦労だった。もう下 がっていいぞ。―――ところで流也の具合はどうだ?」

 

宗主が自分の息子に気をかけてい ることが意外だったのか、兵衛は一瞬、ひどくうろたえた顔をした。

 

「は・・・・・・安静にしていれ ば支障はありません。しかし神凪一族のお役に立てるほどに回復することはもう・・・・・・」

 

事件のことは重悟には伝わらない ようにされていた。

 

宗家、分家、長老たちが裏で動 き、兵衛も脅され何も行動できないようにされようとしていた。

 

事件は隠され、流也は病気と言う ことにして全てを隠そうとしたのだ。

 

だが重悟は事実を知った。ある少 年により事実を知らされたのだ。

 

重悟は兵衛のところに出向き、流 也にできる限りの治療をしようと言ったが兵衛がそれを断った。

 

流也は自分たちで何とかすると言 い、遠くで治療していると言って流也と会わせようともしなかった。

 

重悟はそれを受け入れた。死なせ そうなことをしたのだ。強く出ることなんてできるわけがない。

 

「養生させてやってくれ、何か あったらいつでも言ってほしい」

 

重悟のいたわりの言葉を受け、兵 衛はひれ伏し感謝の意を表す。

 

「は・・・・・・ありがとうござ います。部下に指示を出さねばなりませんので、これにて・・・・・・」

 

「よろしく頼む―――期待してい るぞ、兵衛」

 

風牙衆の長は、無言で叩頭し、そ の姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

だがその場を立ち去った後の顔を 誰も見ていない。

 

見ていたらその仮面のような表情 に恐怖を感じていただろう。

 

重悟のいたわりの言葉など兵衛に は届いていない。いや、届くわけがない。

 

今更何を言おうが流也は・・・人 間の流也は戻ってこない。

 

重悟は所詮口だけで、神凪をまと める事ができない男である。

 

そのせいで流也は死にかけた。

 

いやほとんど死んでいると言うべ き状態だった。

 

それにもかかわらず宗家、分家、 長老たちによって原因を作った者には何の処分もされなかった。

 

重悟は罰を与えようとしていたが 周りに押し切られ何もできなかった。

 

何もできなければただの飾りと同 じである。

 

そしてどう言おうが、重悟も神凪 の人間である。

 

そう自分達の憎むべき存在、そし てその上に起つものである。

 

彼の望みは神凪の滅亡。

 

例外はいない。

 

一族全ての人間が流也と同じ目 に・・・いや、それ以上の目にあわせなければ気がすまない。

 

つまり全員の死である。

 

「重悟・・・お前は最後だ・・・ 大事なものを失う・・・最後まで生き残りその苦しみを存分に味わいそして死ぬがいい」

 

もはや、兵衛は闇に心を染めてい た。

 

全ては神凪の滅亡のため・・・

 

兵衛は誓いの言葉を言う。

 

「我怨神凪無絶期(我、神凪を怨 むことたゆるきなし)・・・」

 

 

 

 

 

 

 

兵衛の心の内など知らない神凪は 騒ぎ続けていた。

 

敵は風術師。神凪に深い恨みを持 つ者。

 

ある意味予想通りの報告に誰もが 同じ思いを浮かべる。絶妙なタイミングで日本に戻ってきた男の名を。

 

「和麻じゃ! 奴は復讐のために 力を身につけ、日本に戻ってきたのじゃ! 者共!裏切り者の和麻を殺せ! 一刻も早く和麻を、奴を見つけ出し抹殺するのじゃ!!」

 

金切り声で喚き散らしているのは 先代宗主、頼道である。現役を引退しても尚、先代の威光を嵩に来て、未だにわがまま勝手に振舞っているのだ。

 

一族のほぼ全員に嫌われている が、本人だけがそのことにまったく気づいていなかった。

 

「父上、先走り過ぎです。和麻が やったという証拠は何1つないのですよ」

 

重悟は頼道の暴走を押さえようと 口を挟む。

 

神凪は敵が多い。大きな組織や古 き一族にはよくある。

 

さらに自分達を選ばれた存在だと いい、他を馬鹿にする彼らである。

 

敵は増える一方である。

 

だがそれは全て自分達の責任、敵 は自然にできるにもかかわらず、それにさらに自分達で敵を作っているのだ。

 

自業自得の結果である。

 

「手ぬるいっ! 和麻以外に誰 が・・・・・・・・・」

 

だがそんなことに気づかない彼ら は未だに『神凪でない術者は、術者ではない』などと言い、驕り高ぶる。

 

あまりにも横暴、非道である。

 

 

 

『此一門にあらざらむ人は皆人非 人なるべし    平 時忠』 

 

 

 

『平家でなければ人ではない』ま るで全盛期の平氏と同じである。

 

そんな彼らを恨むなと言われても できるわけがない話である。

 

「先代、少し黙って頂きたい。あ なたが口を出すと話が進みません」

 

耳障りな声で喚く頼道を厳馬が冷 然と遮った。その目に浮かぶ侮蔑を隠そうともせずに。

 

大した実力もないくせに、謀略の 際と一族内のパワーバランスによって宗主に選ばれたこの男を、厳馬も昔から、心の底から軽蔑した。

 

力は宗家ではあるものの下位に等 しい。策略だけにひいでてそれだけで宗主になったような者である。

 

そのため頼道が宗主の地位にあっ た30数年間、神凪の力は史上最低にまで落ち込んだ。

 

さらに策略により頼道は自分より 力の強い者を汚い手で次々と神凪家から追放した。

 

術者としての名を地に落とされ、 活躍の場をなくした。

 

その結果神凪では強い術者は存在 しなくなった。

 

その術者が最終的にどうなったか と言うと式森家へと助けを求めた。

 

式森家は一族だけでは成り立って いない。色々な術者が集まっている。

 

術者の家系で無いのに力に目覚め た者、自分の場を追われ助けを求めてきた者、家の考えに着いていけず自分の居場所を探しに来た者。

 

式森家の仕来りを護ることが誓え る者は受け入れた。

 

神凪を追われた術者はそれを知り 式森家へと助けを求めた。術者としての地位を失い、居場所をなくした術者を式森は受け入れた。

 

そして現在、神凪から追い出され た術者は術者としての力を取り戻し式森家で活躍している。神凪のことなど忘れ自分の居場所を作ってくれた式森家のために身をささげている。

 

そのため、頼道は式森家を嫌って いた。

 

色々な手を尽くして追い出した術 者が式森家に入りさらに力を付け活躍しているのだ。

 

逆恨みな形ではあるが気分はよく なかった。

 

さらに頼道は神凪の象徴の神剣・ 炎雷覇を頼道は制御できなかった。

 

制御もできず、かといって代々受 け継がれてきた最強の呪法具を他人にゆだねる器量も持たない。さらにそれを使えるものは皆神凪を追放されていた。

 

その結果、炎雷覇は重悟が宗主に なるまで倉庫に死蔵されていた。

 

代々受け継がれてきた、神凪家の 秘宝と言ってもいい炎雷覇が死蔵されていた。他の術者の家系から見たらいい笑いものである。

 

厳馬は思う―――これほど愚かな 話しはないと。

 

宗主の地位は最強に術者が継ぐ、 それが厳馬の信念だった。力が在り、なおかつ皆をまとめる事ができるものが立つ。

 

ゆえに、重悟が宗主となったこと を恨んでいない。自分の力が及ばなかっただけと納得している。

 

息子を次代の宗主に就かせようと した時も、策略によらず、和麻を宗主にふさわしい術者に鍛えようとした。

 

結果的にそれは間違いであった が・・・

 

頼道に信念がない。あるのは権力 欲のみ。厳馬はそう思っていたし、事実その通りでもあった。そして、そうした考え隠そうともしない厳馬を、頼道もまた激しく嫌悪していた。

 

伯父と甥と言う近しい関係にある だけに、2人の憎悪は一層激しく、深いものになっていた。

 

「お主、和麻を庇おうとしている な? いや、これはお主の企みなのではないか? 和麻に異国の術を学ばせ、重悟と綾乃を殺し、煉に宗主を継がせるつもりではないだろうな?」

 

頼道はその矛先を厳馬に向ける。 悪意が物質化し、粘液となって糸を引きそうな物言いに、周囲からざわめきが起きる。

 

頼道ひいきの術者もいなくはな い。

 

本来ならその地位にいることがで きないものが上にいたりする。全ては頼道の策略によって・・・

 

自分のほうが悪どいことをしてい るにもかかわらずと思いながら厳馬は返した。

 

「あなたとは私は違います。それ は下衆の勘繰りと言うもの」

 

厳馬もまた同じように非礼な言葉 で返す。彼はまったく気にも留めない。この男の言葉など彼にとって蚊に刺されたほどにもない。

 

「父上! いい加減になされ よ!」

 

しかし重悟は、この暴言を聞き流 すことは出来なかった。厳馬とは同じ気持ちである。口だけの頼道に重悟は強引に退場を促す。

 

「先代はお疲れのようだ。自室に 下がって頂け」

 

「待たぬか重悟! 厳馬を信じて はならぬ! わしの言うことを聞かぬと、必ず後悔することになるぞ!」

 

頼道は両脇を抱えられながら、荷 物のように運ばれながら消えた。その間、重悟は目を閉じ頼道の声など聞こえないように振舞っていた。

 

「・・・申し訳ない。父の暴言、 私の顔に免じて許して欲しい」

 

重悟はより道が退場したと同時に 目を開け、畳に両手をついて頭を下げる。厳馬は如才なく応じた。

 

「気になさることはありません。 先代も神凪を愛すればこそ、あのような発言をなさったのでしょう」

 

「本当にそうなのか・・・私には そうは思えん」

 

空々しいやり取りを終えると、2 人は顔を見合わせ和やかに笑った。

 

『この話しはここまで』と言う暗 黙の了解を得て、実務的な打ち合わせに入る。

 

「先代の言はともかく、タイミン グが良すぎる事も事実です。一度呼び出して話を聞いた方がいいでしょう」

 

厳馬の口調は至って平静だった。 到底、自分の息子を詮議している雰囲気ではない。

 

だが既に和麻は一族の人間ではな い。つまりは他人に用があるからわざわざ来いということである。礼儀も何もない傲慢な考えである。

 

「和麻は大人しく従うかな?」

 

「従わなければ、力尽くにでも引 きずってくるだけのこと。少しばかり力を身につけたところで、所詮は和麻。2、3人でかかればたやすく捕らえられましょう」

 

何を考えているのか? 厳馬が 言っていることは誘拐をすると言っているのと同じことではないのか?

 

いくら自分の息子とはいえ、それ は昔の話。今は神凪和麻ではなく、八神和麻である。

勘当してもう親子の縁は当に切れ ている。

 

つまり他人を無理やり連れてくる と言うことである。それも力尽くともなればもはや冗談では済まされない。

 

立派な犯罪行為といっていい。

 

「・・・・・・・・・よかろう。 人選は任せる。一刻も早く和麻を連れてくるのだ」

 

それを許す重悟も重悟であろう。 所詮は神凪の術者ということである。

 

「御意」

 

やはり人事のように平静に、厳馬 は息子の捕縛命令を受け入れた。

 

そんな中、重悟は神凪としてでは なく神凪重悟1人の人間として別の方向で動こうとしていた。

 

(私のほうも動くか・・・)

 

重悟は怒鳴られるのを覚悟して自 分の師に連絡を取ることを決める。

 

(あの時から4年か・・・)

 

和麻がいなくなってから連絡を取 らなくなってしまった。

 

その人物・・・

 

式森源氏、自分の剣の師であり、 さらにあらゆる面で師として尊敬する人物に・・・

 

 

 

 

 

 

 

重悟が電話をかけると予想した通 り怒鳴られた。それは電話越しでも目の前にいるような迫力があった。

 

『それで、何の電話じゃ?』

 

「和麻のことです」

 

『・・・・・・それで?』

 

「実は・・・」

 

重悟は細かく説明した。和麻が日 本に帰ってきたこと、風を使う術者になったこと、神凪家で起こったこと・・・

 

ちなみに無理やり和麻を連れてく ると言う所を話したら源氏の雷が重悟に落ちた。その他にも何度も落ちたが・・・

 

さらに説教をされた。

 

神凪家宗主、神凪重悟。

 

式森家最長老、式森源氏の前では 電話越しでも子ども扱いである。

 

『お前はどう考えておる?』

 

「どうとは?」

 

『3人を殺したのが、和麻と思っ ているかじゃ?』

 

「・・・・・・私個人としての意 見ですが、和麻ではないと考えています」

 

『・・・・・・お前が電話してく る少し前和樹から連絡があった』

 

「はぁっ!?」

 

いきなり話が変わり重悟は訳がわ からないという声を出す。

 

「それと和麻とがどういう関係 が?」

 

『話しは最後まで聞かぬか』

 

「は、はい」

 

源氏の前では重悟もまだ欠点が見 えてきてしまう。それは何年かかっても埋めることのできない大きな差である。

 

『昨日の夜、電話があって和樹の 式神が和麻に会ったらしい』

 

「はい」

 

『和樹が言ってきたこととお前か らの話を合わせて話すが和麻が風を使うことも間違いないようじゃ、だが和麻が使う風には邪気が無い、そう和樹は言ってきた。もし和樹の言うことが間違って いなければ神凪で起こったことは和麻が犯人ではない』

 

「はい、私も自分の目で確認しま したが3人の遺体からは妖気が感じられました」

 

『それで和麻のことをどうするつ もりでいる?』

 

「先ほど申したように厳馬が連れ てくると言っておりますが、おそらく力尽くになるかと・・・」

 

『無駄なことじゃ・・・返り討ち にあうぞ』

 

「しかし、和麻が風を使うように なったからとはいえ神凪の術者相手に・・・」

 

『レオンとカイと同等じゃそう だ』

 

「はっ!」

 

『覚えているじゃろ、レオンを?  カイは最近和樹の式神になったが、レオンはお前も知っているじゃろ。奴の強さを』

 

「はい」

 

レオン、重悟もよく知っている和 樹の式神。その力は先が見えない。

 

以前、剣を合わせたがそのとき自 分の剣術では手も足も出なかった。身体の一部と化した剣捌き、見ている先は先の先どころではない、心を読まれているかの如く軽く剣を見切られた。

 

さらに、炎術を使っても自分と互 角に戦った式神。神炎を使ってもその力は破ることはできなかった。

 

そのときレオンが本気だったか分 からない。

 

おそらく本気ではなかっ た・・・・・・正直、本気で敵対して戦ったら勝てる気がしなかった。

 

レオンには自分を上回る力があ る、まだ隠している何かが奥底に眠っていると感じて仕方が無かった。

 

『和樹によるとレオンと同等の力 はあるらしい。その話が本当なら、神凪の術者どころかお前や厳馬でも下手したら勝てぬかも知れぬぞ』

 

「なっ!」

 

驚きのあまりまともに声も出なく なる。そこまで和麻は強くなって帰ってきたのかと・・・・・・

 

『お前の頼みたいことは大体分か る。わしらにも和麻の動きを調べてその情報を知らせてほしいのじゃろ』

 

「はい、申し訳ありません が・・・私の身勝手な申し出をどうか聞いてはいただけないでしょうか」

 

『・・・まあ、よい。和樹も今和 麻のことを探しておる。千早ちゃんたちも一緒にな』

 

「和樹君たちもですか」

 

『あの2人にとって、和麻は実の 兄同様・・・・・・当然の行動じゃよ。いきなりいなくなられて行方が知れなかったのじゃからな』

 

「はい」

 

昔を思い出し重悟も納得した。あ の3人は本当に仲がよかった。

 

和麻も和樹たちには心を開いてい た。自分にはどこか遠慮していた所があった。だが和樹たちには違う、そして源氏や源蔵にもそれは同じであった。

 

『何か分かったら、連絡はする。 じゃが、わしにできるのはそれだけと考えておけ、よいな。無理に和麻を捕まえることもしないし神凪にかかわることもわしはしない。和樹たちは別じゃがな』

 

「はい、ありがとうございます」

 

重悟は礼をいい電話を切った。

 

 

 

 

 

 

 

重悟が厳馬のところに戻ったと同 時にある人物が帰ってきた。

 

「綾乃様がお帰りになりました」

 

さらに対策を練る2人に―――特 に重悟には―――うれしい知らせが届いた。

 

「おお、戻ったか!」

 

重悟の顔が緩み、厳馬は覚めた目 でその様子を眺める。待つほどもなく、彼女が現れた。

 

スパーン!と景気よく開いた襖の 先に、その場にいる全員の視線が集まる。

 

「ただいま帰りました、お父様! ・・・・・・・って、どうかしたの?」

 

威勢良く現れた少女は、場の雰囲 気に気づくと訝しげに訪ねた。腰まで届くまっすぐな黒髪がかしげた首の動きにあわせて波打つ。

 

光り輝くような美少女だった。少 女の出現と共に、暗くよどんだ空気が一掃されていく。

その身から溢れ出す霊気が、室内 を一気に祓い清めるかのようだった。

 

正体不明の敵の出現、そして身内 の死。

 

暗い話題をつき回していた者達 は、まばゆい輝きが不安や焦燥を消し去っていくのを感じた。

 

朱を刷いた金―――まさに太陽そ のものの輝きの前に、すべての暗い波動は存在することを許さないただそこに在るだけで、闇を祓い、光をもたらす強大な霊威。

 

炎雷覇の継承者にして次期宗主の 地位を約束された者。それが重悟の愛娘、神凪綾乃だった。

 

「報告はどうした、綾乃」

 

重吾が娘をたしなめた。緩みきっ ていた顔は、すでに別人のように引き締まっている。娘の誇れる格好良い父親でありたい。それが重悟の信念だった。

 

源氏が聞いたら竹刀で叩かれ『娘 だけでなく、皆に誇れることを目指せ』と怒鳴りつけられそうだが・・・

 

「失礼いたしました、宗主」

 

綾乃はその言葉を聞きその場に平 伏する。

 

父ではなく、神凪家宗主、神凪重 悟としてみて。

 

「解き放たれし妖魔、完全に滅殺 いたしましたことを報告します」

 

「うむ、よくやった」

 

術者として、宗主への報告を終え ると、綾乃は無邪気に質問を繰り返した。

 

「で、何があったんですか、お父 様?」

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん、鼻先で3人も殺された のに誰も気づかなかったか。確かに一大事よね」

 

遠縁とはいえ、身内が3人も殺さ れたと聞いても、綾乃は落ち着いていた。

 

『一大事』との言葉も、『3人が 殺された』ではなく『誰も気づかなかった』事を指している。

 

冷たいわけではない。何を優先す べきか、彼女はしっかり把握しているのだ。まだ16歳の少女にしては、驚嘆すべき自制心といえるだろう。

 

もっとも和樹達も同じであり、術 者であればそれくらいの自制心がなくては困る。

 

和樹や千早は13の頃から現場に 連れられいろんな場を見てきた。

 

仲間の死、命を落としかねないよ うな危険な場にも何度となく遭遇している。

 

頭ではわかっていてもそう動けな いときが人間はある。そういう場で冷静に判断できる力を身に付けなくてはならない。それができなければ次に死ぬのは自分である。

 

「その風術師がだれか、見当もつ かないの?」

 

「疑わしいのが1人いる」

 

綾乃の問いに、重悟は苦々しげに 答えた。

 

「・・・・・・和麻だ」

 

「・・・誰だっけ、それ?」

 

 

 

 

ズドッ!

 

 

 

 

重悟は綾乃の間髪入れずに返され た身もふたも無い言葉に、宗主と言う立場も忘れこけた。

 

「・・・お前は従兄弟の名も忘れ たのか。4年前に炎雷覇を賭けて継承の儀で争っただろう」

 

「従兄弟って・・・・・・ああ、 思い出した。炎を使えなくて家追い出されたあの和麻さん? でもあれって争ったって言うの?」

 

『あれは争ったのではなく虐待 だ! 馬鹿者!!』と言いたかったが重悟はその言葉を飲み込んだ。

 

もし2人で離している場であった ら拳の2つ3つ落ちていたかもしれない。

 

「もっと違う言い方をできないの か?」

 

「だって、ほとんど記憶に無いん だもん」

 

確かに和麻はほとんど源氏のもと で和樹や千早とともに修行をしていたので綾乃との接点は数えるほどしかなかった。

 

正直すぎる娘の言葉に、重悟は横 目で厳馬の表情を盗み見る。だが、内心はともかく、外見からは厳馬の感情の揺らぎは読み取れなかった。

 

「確か、どっか外国に行ったって 聞いたけど・・・・・・・・そこで修行して風術師になったって事?」

 

「そのようだ。最近日本に帰って きたらしい。八神和麻と名を変えてな。殺された慎治が、昨日出会っていた。仕事がぶつかって、見事にしてやられたそうだ。4年間かなり努力したようだな」

 

「やっぱり・・・わたしたちのこ と恨んでいるのかな・・・」

 

うっすらと思い出してきた和麻の 姿を綾乃は遠い目をして言った。

 

何度か和麻が周りから嫌がらせを 受けているのを目撃した。

 

さらに継承の儀のこと・・・

 

周りからは何も言われなかった。 逆によくやったとほめられた・・・が・・・重悟からは思い出したくもないほどの叱りを受けた。

 

まさに空前絶後の出来事である。 忘れようにも忘れられない。

 

現在もそれはトラウマになってい るほどである。

 

あれだけのことをしておいて恨ま れないと思えるわけがない。むしろ恨んで当たり前である。

 

「かもしれん」

 

重悟は無表情に答えた。彼とてそ の事を悩んでいたからだ。

 

だが重悟は和麻が犯人ではないと 考えていた。

 

慎治の報告の中に、『宗主は元気 か?』『いや、それならいい』と言った和麻の言葉を思い出していた。

 

恨みはあるのだろうが、和麻の言 葉から復讐などするわけ無いと考えていた。復讐の為に戻ってきた人物がそんなこと言うわけがないと。

 

いや、和麻のことを信じているか らそんなことを思うのかもしれない。宗主としてはそんなことを考えるのはいいことではない。だが心のどこかで信じて疑わない所があるのだ。

 

「だが」

 

重悟は心を落ち着け続けた。

 

「だが、そうだとしてもむざむざ 殺されるわけにはいかん。万が一、和麻が犯人ならば、あ奴の命を以って贖わせる」

 

重悟はそう言う。

 

しかしこれは間違った考えであ る。

 

今まで散々酷い目にあわせてい て、自分たちに刃向かったら切り捨てる。

 

一体何様のつもりなのか?

 

「万が一、ね」

 

綾乃はちらりと厳馬に目を向け る。厳馬は眉一筋動かさず、綾乃の視線を受け止める。和麻を追い出した張本人と、その原因となった者の視線が交錯させる。

 

先に目を逸らしたのは綾乃だっ た。術者としての実力はともかく、人生経験では向こうのほうが遥かに上。正直、腹の探り合いで勝つ自身はなかった。

 

「で、どうするんですか? 討ち ますか?」

 

「和麻がやったと決まったわけで はない。さっきも言ったが万が一だ。今はとりあえず、会って話をしてみよう思う」

 

淡々と物騒なことを言い出す娘 に、重悟は危険なものを感じる。

 

炎雷覇と言う圧倒的な力を有する せいか、綾乃は何事も力ずくで解決しようとする傾向がある。

 

次期宗主としての立場を自覚し、 もう少し柔軟な思考をして欲しい。

 

重悟は常々そう考えていた。

 

力に魅了されては、それは己の視 界を曇らせ正しき道を進めなくなる。

 

重悟は今になって、師、源氏に綾 乃を預けなかったことを後悔する。

 

「まだお前が動く必要なはい。別 命があるまで待機していろ」

 

「・・・・・・・・・はい」

 

不承不承に頷いた娘に、重悟はね ぎらいの言葉をかける。

 

「ひと仕事終えたばかりで疲れて いるだろう。今日はもう下がって休みなさい」

 

「・・・・・・・・・わかりまし た」

 

納得した様子ではなかったが、綾 乃は父の言葉に従った。

 

一礼すると速やかにその場を離れ る。作法通りに襖を閉めるまで、一度も重悟と目を合わせない当たり彼女の抱いた不満が如実に現れていた。

 

「・・・・・・・・・・・我侭娘 が」

 

重悟はため息交じりで呟く。しか しそんな苦々しい口調をもってしても、娘への溢れんばかりの愛情を隠し切ることは出来なかった。

 

それが重悟の甘いところであり、 これから先最大の失敗と気づかされることとなった。

 

 

 

 

 

 

あとがき

『神凪でない術者は、術者ではな い』

レオンで〜す!

神凪は平氏のように滅びるのか、 滅びればいいんだけどな。

源氏登場、話の中ではヨーダのよ うなキャラとして活躍してもらいます。かなり重要な人物です。

重悟、親馬鹿だな・・・

次回、和麻と神凪の2人が接触。 どうなることか・・・

ここでお知らせで〜す!

あとがきに登場させて欲しい『spirits of DESTINY』の主なキャラを募集しま〜す! 

ゲストパーソナリティみたいなも ので〜す!

またそのキャラへの質問も募集し ます!

ご応募待ってま〜す!


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