第1部   〜動き出す運命〜

 

 

 

 

第7話 交渉

 

 

「くそっ!」

 

和樹は重悟からの連絡を源氏から 聞いて神凪の対応に腹が煮え繰り返っていた。

 

千早も和樹から感じる怒りには怖 さを感じた。だが自分も怒りを感じていたので気持ちがわからなくなかった。

 

「神凪は兄さんと話をするつもり なんて無い。重悟おじさんがいくらがんばっても1人じゃ抑えきることなんてできない」

 

苛立ちを押さえ和樹は話す。例え どんなに苛立つ事でも、それで冷静な判断ができなくなっては何もできない。

 

「どうするの、和麻お兄ちゃんの 居場所は分かってるんでしょ?」

 

「源氏爺が調べたらすぐに分かっ た。本名でホテルに宿泊してたから1時間も掛かんなかったらしいよ」

 

和樹はパソコンで和麻の宿泊して いるホテルを検索した。

 

地図を出し3人に見せる。

 

「場所はここで間違いないらしい よ。たぶん神凪もすぐに気づくと思う」

 

だが和樹の考えは間違っていた。 神凪は翌朝まで掛かりやっと和麻の居場所を探し当てたのだった。

 

「・・・・・・千早、レオン、2 人は和麻兄さんの所に明日行ってくれる?」

 

和樹は少し考えるような顔をする と2人に言った。

 

「えっ、和樹君はどうするの、カ イも行かないの?」

 

「今、情報屋のJ(ジェイ)から 連絡があったんだけど・・・・・・」

 

「和麻お兄ちゃんのこと頼んでい た?」

 

「それもあるんだけど、神凪のこ とも調べてもらっていたんだ。それで分かったことなんだけど、風牙衆が何か裏で動いているらしいんだ」

 

3人は和樹の言葉を無言で聞く。

 

「詳しいことはまだ分からないら しいんだけど、いいことではないらしい」

 

和樹の言葉にレオンが答えた。

 

「和麻が帰ってきたのと同時に、 神凪で3人も人が殺される。単純な人たちなら風を使えるようになって戻ってきた和麻が復讐したと考えて和麻に注意が向く・・・・・・」

 

「重悟おじさんは冷静らしいけ ど、周りが周りだからね」

 

重悟を覗いて冷静に状況を見れる ものなど神凪では厳馬くらいであろう。だがその厳馬も当てにならないときがある。

 

黒幕のいい操り人形と神凪はなり 最終的には滅ぼされる。

 

「偶然にしちゃ話が出来過ぎてる しね」

 

「何かあったときに対応できるよ うにしておきたい。だから、僕とカイはこっちでいろいろ調べてみるよ。何かあったら連絡してくれれば僕ならすぐ行けるし」

 

和樹の考えに3人とも納得したよ うだ。

 

「じゃあ、2人とも気を抜かない ようにね」

 

「もちろんだよ」

 

「任せて」

 

「気をつけてね」

 

それぞれのすべきことを確認し4 人は動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

神凪は源氏に遅れること5時 間・・・ようやく和麻の居所を見つけた。

 

神凪の情報網は日本退魔組織の中 ではトップクラスの実力であるが、式森家の情報網は神凪の数倍の凄さを持っていた。

 

そして厳馬の命により、2人の術 者が和麻の確保に向かった。

 

結城慎吾と大神武哉。共に神凪分 家ではトップクラスの実力者である。

 

性格が正反対な割には不思議と相 性がよく、2人が組めば宗家以外に敵は無いとさえ言われている。

 

厳馬にしてみれば手持ちのカード の内、最強の2枚を出しただけだった。

 

しかし結城家の長男を選んだこと は、致命的なミスと言ってもよかった。

 

何せこの男には、和麻を説得する 気など蟻の心の欠片もなかったのだ。

 

「和麻の野郎、ぶち殺してや る!」

 

「殺しちゃまずいだろ。少なくて も口を聞ける状態で連れて行かないとな」

 

2人は何度も同じ会話を繰り返し ていた。

 

正確には復讐に燃え、何度注意し ても命令を忘れそうになる慎吾を、武哉がうんざりしながら宥める。その繰り返しだった。

 

随時入ってくる見張りの報告によ れば、和麻はまっすぐこちらに向かっていた。誘い込まれていることにも気づかずに。

 

彼らの中ではそう思っているだろ う。狩をしているのは自分たち、向こうはそこに入ってくるえさだと。

 

だが和麻はとっくに2人の術者の 存在にも見張り役の相手のことも気がついている。

 

だがもう1人その場にいるのだが その1人は3人と違いばれるような間抜けなことはしなかった。

 

ちなみにその1人に3人は自分た ちが見られているなどまったく気づいてもいなければ考えもしなかった。

 

「まだかな」

 

「もうすぐだろ」

 

この会話も飽きるほど繰り返され ていた。2人とも同じ報告を受け取っているのだから、聞いても無駄なことは分かりきっているはずなのだが・・・・・・・・・

 

「何やってんだ! 風牙の能無し はよ! 和麻ひとりくらい、さっさと連れてきやがれ!!」

 

慎吾の苛立ちは、着実に勤めを果 たす風牙衆にまで向けられた。

 

「心配するなよ。風牙衆はこうい う仕事に関しては有能だぞ」

 

武哉はあえて綺麗事を言うことで 慎吾を煽る。風牙衆を庇ってやる気はこれっぽっちもない。彼らを口撃することで慎吾の気が逸れるのなら大歓迎だとさえ思っている。

 

案の定、慎吾は噛み付いてくる。

 

「けっ、こそこそ嗅ぎまわるのが 得意だからって、何の自慢にもならならねーよ」

 

完全に見下した態度で馬鹿にする ように言葉を吐く。

 

だがその考えが愚かだという事を まったく分かっていない

 

この世界ではいかなる場合でも情 報こそが世界を制する。いくら力があっても、情報がなければ意味をなさない。

 

現に炎術師だけでは和麻の動きを 探ることはできない。だがその部分を風牙衆に頼っているなどと考えていなかった。

 

力が無いから使ってやっている。 彼らにはそういうふうにしか風牙衆を見ていないのだ。

 

(僕の気配に気づかないなん て・・・まだ気配消していないんだけどな・・・)

 

傍観者は術者2人を眺めながら呆 れていた。炎術師が気配を読むのが苦手だからとは言えここまで近くにいる自分の気配を気づかないのは正直呆れよりも驚きが先に来ていた。

 

「そう言ってやるな、あいつらは まともに戦う力もない哀れな連中だ。半端仕事にでも使ってやらなきゃ可哀想だろ?」

 

「違ぇねえ。ぎゃぁはははははは ――――」

 

武哉の狙い通り、慎吾は苛立ちを 忘れたようだ。箍が外れた笑い声を聞きながら、武哉は思う。

 

10秒おきに『まだか?』と聞か れるよりは遥かにマシだ、と。

 

そのとき傍観者は・・・

 

(変な笑い方・・・というか馬 鹿・・・)

 

神凪分家を見てひいていた。

 

 

 

 

 

 

 

『来ました。500メートル前方 です。まだ気づかれていません』

 

不毛な会話を続ける2人の耳に、 見張り役の声が流れてきた。

 

風牙衆の使う呼霊法と呼ばれる伝 言法だ。風に乗せて、遠隔地まで届けることが出来る。

 

しかし、この術者も和麻がすでに こちらに気がついているなどとは露とも思わない。さらには、もう1人自分たちを見てあきれ返っている人物がいるなどと。

 

「来たか。手足の1本ずつ焼いて やる。端っこからな」

 

誰に言うともなく、慎吾はそう呟 く。目がギラついておりかなり危ない。

 

処刑法を延々と説明しながら、出 来れば抵抗して欲しい、と彼は考えていた。

 

いずれにせよ半殺しは確定だが、 その方がより多くの苦痛を与えられるからだ。

 

武哉は少し距離を取ってその様子 を眺めていた・・・・・・こんな危ない奴だったのかと彼は考えて心の距離をかなり大きく取った。

 

こうして1つの友情が終わりを告 げようとしているところに、和麻が現れた。

 

彼らの目には、和麻は何1つ警戒 せずにのほほんと歩いているように見えた。

 

実際は全方位に警戒が行き渡り、 いかなる不意打ちに対しても万全の対処が出来るようにしていた。

 

それに気づいているのは未だに正 体の分からない1人だけである。

 

だがそのことにまったく気づくこ とのできない彼らは、和麻の力を見誤った。

 

のんびりとしているそんな和麻に 武哉は気取った声をかける。

 

「久しぶりだな、和麻!」

 

ほか〜んとした表情を浮かべる和 麻、2人はそれを驚いて声がでないと考えたがその考えは間違いであった。

 

「・・・・・・すまん、誰だっ け?」

 

出鼻を挫かれた武哉は、真顔で答 える和麻に引きつった顔を見せた。そして次の瞬間には顔は怒りの顔へと変わり拳を怒りでワナワナと握り締めていた。

 

そんな和麻は、ここにきてもう1 人自分を見ている視線に気がつき、そちらに気が向き2人は視線から外れる。

 

ちなみに大真面目に2人が誰か分 からないでいた。

 

「大神武哉だ。忘れたのか!?」

 

うるさいなという顔をし、少し考 えるような顔をすると何かを思い出したような顔をして手を叩いた。

 

「・・・・・・ああ、思い出し た。大神の跡継ぎか。名前きれいに忘れてたけど」

 

慎吾は今にも飛び掛りそうな勢い だったが、武哉がなんとかそれを抑え未遂に終わった。

 

「用件は分かるな?」

 

武哉は血走った目で炎を放とうと する慎吾を抑え、優越感に満ちた口調で続けた。

 

「いや全然」

 

和麻は真面目に答えた。

 

「言っとくが結城家の奴のことな ら、俺は仕事の邪魔なんかしてないからな。失敗したのはあいつが弱かったからだ」

 

挑発するつもりではないのだが、 肩を竦め、ヤレヤレとばかりに首を振る和麻の反応に、武哉はこめかみに血管を浮かべる。

 

それでも冷静な振りをして言葉を 続けた。

 

「昨日の夜、神凪の術者が3人殺 された」

 

「だから?」

 

それがどうしたと言う感じで聞き 返す。

 

「殺したのは風術師だ」

 

「だから、それがどうしたん だ?」

 

投げやりな態度で答える和麻、そ れに苛立ちながらも武哉は続けた。

 

「宗主がお前にご下問なさる。つ いて来い」

 

「何でそうなる。俺がやったとで も言いたいのかお前らは、昨日は昼間仕事して終わったあとはホテルに戻ってから外に出てないぞ。ロービーにいる奴らにでも話し聞いとけ」

 

「言い訳は宗主の前でしろ!」

 

「嫌だね。あんなところに行くつ もりは無い。それにこれは言い訳じゃなくて事実を言っているだけだ」

 

重悟には会ってもいいと思うが、 それでもあの場所には行くつもりは無い。

 

話を切り上げ、その場を去ろうと した瞬間、和麻は弾かれたように真横に飛びすさった。その直後、和麻が居た空間がなんの前触れもなく炎上する。

 

和樹は―――なぜか武哉も――― 身体ごとそこに向き直った。

 

低い、地を這うような低い声で嗤 う慎吾のいる方角へ。

 

「くっくっくっ、そーか、ついて きちゃくれねーか。それじゃあ、力尽くにでも引きずっていくしかねーよなぁっ!」

 

絶叫と同時に、慎吾の周囲に紅蓮 の炎が踊った。

 

爆音と共に出現した炎は慎吾の身 体に絡みつくが、身体や服を焼くことはない・・・・・・

 

慎吾はむしろ、心地よさそうに眼 を細めている。

 

纏わり付く炎を愛撫するかのよう に撫で回しつつ、慎吾は喜悦に唇を歪め、宣告した。

 

「しゃべれさえすれば問題ねーっ て話だからよ。手足は残らず全部焼き尽くしてやる。軽くなったほうが持ち運びに便利だからなぁ!」

 

警察がここにいたら迷わず慎吾に 任意同行を願った・・・いやそのまま精神科に直行となっただろう。

 

「今は殺さねぇでおいてやるよ。 けどよ、お前もそんなみっともねー格好で生き恥をさらしたくねーだろ? だから宗主のご用件が終わったら殺してやるよ。1週間くらいかけてな!」

 

目が完全にいっていた。麻薬乱用 者でもここまで酷くは無いだろう。ほとんど狂気に駆られた人間の目だった。

 

和樹たちがいたら暴走した夕菜と どっちが凄いかと比べただろう。

 

まあ1人そんなことを考えている 人物がいたりするが完全に気配を消しているためまだ誰もその存在に気づいていない。

 

まあ、夕菜のほうが凄いだろう が・・・・・・

 

「たっぷり時間をかけて、生まれ てきたことを後悔させてやる。思い知らせてやるぜ! 慎治を殺しやがったてめぇが、のうのうと生きてるなんざ許されるわけねえんだってなぁぁっっ!!」

 

常軌を逸したその口振りだった。 狂笑する慎吾を、珍しい新種の生き物でも見るような眼つきで眺めながら、和麻は大真面目な口調で尋ねる。

 

「なぁ、神凪じゃあ最近、あーゆ う精神異常者を放し飼いにしているのか? こんな奴ほっとくと神凪や炎術師だけでなく、術者全員が同じように思われかねない、いや、下手したら何かやらか しかねないぞ。一歩間違ったら誤認逮捕されても文句言えねぇぞ」

 

(いや、ごもっとも)

 

傍観者1名は心の底から和麻の考 えに賛成した。

 

「・・・・・・いや、あ あ・・・・・・・・まぁ・・・・・・(それは俺も認める)・・・」

 

武哉もさすがに言葉をなくしてい る。常識人を自認する彼にとって、あれが自分の同類だとは認めがたいことなのだろう。

 

命令でなければとっくにその場を 立ち去っていただろう。

 

「い、いつもはもう少し真ともな んだ、本当だぞ。ただあいつは慎治を可愛がっていたからな。慎治を殺したお前を恨んでも仕方がないだろ?」

 

「だから俺じゃねーって。何回言 わせんだ」

 

「ならば宗主の前で釈明して見せ ろ!」

 

「勝手に犯人扱いしる奴らが何 言ってんだよ! それに俺はもう神凪の人間じゃないし、無実の罪をきせられて、こっちから出向く人間なんて普通いないぞ。用があるなそっちから来い。そう 伝えとけ」

 

和麻はいい加減イライラしてい た。好き勝手言われて落ち着いていられるほど和麻はおしとやかな人間ではない。

 

「交渉決裂だな」

 

「・・・・・・今のを交渉と言う のはお前らくらいだ」

 

(普通言わない、交渉ですらない ね)

 

もしこれを話し合いと認めるなら 話し合いという言葉の概念を改めなければならないだろう。

 

認めてしまったら世界中は大混 乱、どんなの考えでも認めることになってしまう。脅し、武力行使なんでもありの世界だ。キシャー理論も認めなくてはならない。

 

『馬鹿ばっか』とどこかの戦艦に 乗る少女のようなことを思いながら和麻の周りの空気が変わる。

 

武哉も話し合いによる解決を諦 め、<気>を練り上げる。周囲に舞う火の精霊を引きずり寄せ、自らの意思に従わせる。

 

周囲の温度が肌で感じられるほど 上昇した。まだ具象化すらしていない精霊が、物理変化を引き起こしているのだ。

 

高まりつつある闘気に怯えるよう に、紅葉がはらはらと舞い落ちる。

 

鮮やかな落ち葉は武哉の体に触れ た途端に炎上し、白い灰となって風に溶ける。

 

だがそんな力を前にしても和麻は ジャケットのポケットに手を突っ込んだまま、2人を眺めている。

 

確かにどちらも慎治よりも力は上 のようである。2人合わせれば宗家に匹敵すると言われるだけの事はあるようだ。

 

和麻はどうやって神凪の炎に対抗 する気なのか、その姿からは読み取ることが出来ない。

 

(さて、どうするのかな?)

 

和麻を見ながら傍観者は内心わく わくしながら成り行きを眺めていた。

 

「これが最後のチャンスだ。大人 しく従え、和麻」

 

最後通告に、和麻は笑みを浮か べ、中指を立てて呟いた。

 

「面洗って出直してこい」

 

そのあからさまな挑発に慎吾と武 哉は、タイミングを完全に合わせて炎を放った。

 

「望みどおり殺してやるよ! 死 ねや、おらあぁ!!」

 

「この、馬鹿がっ!」

 

術を発動させる前から2人は勝利 を確信していた。一族でもトップレベルの術者2人による同時攻撃である。

 

和麻ごときがどんな先を巡らそう と、凌ぎきれるものではない。

 

だが2人が見たものは和麻が倒れ る姿ではなかった。

 

2人の放った強大な炎は和麻の身 体の到着する直前に何かに阻まれる。見えない壁が和麻を守っているようであった。

 

そして大きな風が起きると和麻の 周りから炎を綺麗に消し去った。

 

「馬鹿な」

 

「そんなこと・・・」

 

唖然とする2人に向けて和麻は視 線を合わせる。

 

「・・・4年間か、どうやら俺は その間に強くなりすぎたようだな」

 

ゆっくりと右手をポケットから出 すと空に向かって握った拳をかざす。

 

「少しだけだが俺の力を見せてや るよ。『(かなり手加減した)鎌鼬』」

 

空に向けた手を開きながら振り下 ろす。それと同時に2人を取り巻く空気が変わった。

 

2人に迫る風、それに気づいたと きにはすでに遅かった。

 

体中のいたるところを風の刃が通 り過ぎっていく。

 

そして2人はその場になすすべな く倒れ付した。

 

意識が朦朧としている2人に和麻 は言った。

 

「忠告だ、自分と相手の力量くら い測れるようにしとくんだな」

 

和麻は完全に動かなくなった2人 の横を通り過ぎる。そのまま歩き去るかのように見えたが、不意に足を止めた。

 

何気なく振り向き、誰も居ない木 立に眼を向ける。

 

「こいつら連れてさっさと帰り な。それと、伝えておけ、降りかかる火の粉は祓うってな」

 

それと同時に木立の1本がズレ た。音もなく切断された木が断面に沿って滑り落ちる。

 

身を隠すことも忘れ、その後ろに 立ち尽くす見張りに背を向け、和麻は再び歩き出す。

 

見張りの術者は戦慄と共に悟っ た。

 

誘き出されたのは自分たちだと。 我々こそが、狩の獲物だったのだと――――

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、お父様も心配性よ ね。あたし1人で充分だって何度も言ってるのに、いつになったら1人前だって認めてくれるのよ。そんなに私って信用できない?」

 

「宗主はとっくにお嬢を認められ ているさ。それでも1人娘を心配するのは父親として当然のことだろ?」

 

不満たらたらの綾乃を、40代半 ばの男が宥めていた。

 

横浜、山手町にある某神社で綾乃 は解けかかった封印の補強を命じられた。

 

奇しくも先日、和麻が除霊を行 なった場所の目と鼻の先だったが、綾乃がそれを知るはずもない。

 

現地に赴いてみれば、封印の劣化 は予想以上に進行していた。綾乃は即座に再封印を断念し、封じられたものを滅ぼすことに決めた。

 

ためらうことなく封印の壺に張ら れていた呪符を引き剥がす。

 

曰く『そのほうが手っ取り早い』 と。

 

自分の実力に絶対の自信を持って いなければいえない台詞であるが、同行する2人の男達も、それが分不相応な自信ではないと知っていた。

 

無論、重悟も知ってはいたが、そ れでも心配せずにはいられないのが親心と言うものだ。

 

重悟は親馬鹿丸出しでそう考え、 常に2人以上の術者に綾乃を護衛させていた。だがそれが綾乃にとってプラスになっているかいないかはわからない。

 

「公私混同はするなって、いつも 言っているくせにさ。自分勝手だと思わない、雅人叔父様?」

 

まだ不満を抑えきれずに、綾乃は 男―――大神家当主の弟、雅人に愚痴る。

 

「宗主とて人間なんだ。そう杓子 定規に考えることも無いだろうよ」

 

雅人は骨太な笑みを浮かべて笑い 飛ばした。分家の人間にしては随分遠慮のない口の聞き方をしている。しかし綾乃の方もそれを咎める様子はない。

 

この男―――大神雅人は、兄をは るかに凌ぐ力を持ちながら、当主の座を巡って争うことを嫌い、チベットの奥地まで修業の旅に出たという変わり者だった。

 

日本に戻ってきてからは『綾乃の お守り』を以って任じている。重悟の信頼も厚く、綾乃の初陣からずっと護衛役を続けてきた神凪家の中では腕利きの術者である。

 

綾乃もまた、この豪放磊落を絵に 描いたような親戚を気に入っていた。周り中からお姫様扱いされていた綾乃にとって、雅人の媚びる事のない態度はとても新鮮で、心地よく感じた。

 

今では『雅人叔父様』『お嬢』と 気安く呼び合い、家族同然の間柄になっている。

 

「若い術者に勉強させてやってい るとでも考えるんだな。なあ武志・・・・・・・・・武志?」

 

「は、はいっ!?」

 

当然と綾乃に見惚れていた若い術 者――大神武志は、叔父に繰り返し呼びかけられ、ようやく我に返った。

 

「聞いてなかった な・・・・・・・・・お嬢に見惚れるのはいいが、気を抜くなよ。封印はもういつ解けるか分からないんだぞ」

 

「き、聞いていましたとも! 叔 父上のおっしゃる通りです! 綾乃様の戦いぶりを見せて頂ければ、これに勝る喜びはありません!」

 

綾乃の前で恥を書きたくない一心 で、武志は必要以上に力を入れて叫んだ。

 

彼女を見つめるその目には、尊敬 を通り越して崇拝の色さえ浮かんでいる。

 

これは特に異常な反応ではなかっ た武志と同世代の術者にとって、綾乃は女神にも等しい存在だった。

 

そんな姿を間近くで見ることので きる護衛の任務を望まない者など皆無と言ってよかった。

 

「そーゆーもん?」

 

「そうです!」

 

綾乃に話しかけられた喜びを、武 志は全身で表した。綾乃はこういう感情を向けられる事を好まない。

 

自分がこのような世界でさえも 『普通』とは隔絶した人間であることを思い知らされ、いたたまれなくなるのだ。

 

「ま、いいけど ね・・・・・・・・・そろそろかな」

 

妖気の高まりを察知し、綾乃はそ の場で半回転して本殿に相対した。

 

プリーツスカートの裾がふわりと 広がる。

 

これから立ち回りを演じるという のに、綾乃はなぜか高校の制服を着ている。

 

高校から直行したからではない。

 

まじめに高校生をやっていれば、 最も多く着る服は当然制服になる。

 

そこで重悟は制服を特注し、能う 限りの呪的防御をかけたのだ。

 

素材は気を通しやすい最高級の 絹。それも糸をつむぐ時点から気を込め続けたという、途轍もなく高価な代物を使っている。

 

金と手間隙を惜しみなくつぎ込ん だ結果、芸術品と言うべき高校の制服ができあがった。

 

しかし費用もそれにふさわしいも ので、これ一着で車が買えるどころではなく、はっきり言って豪邸が建つ。

 

綾乃はいたくこの制服を気に入り ―――性能云々以前に父のプレゼントだからという理由のためだろう―――常にこの服で戦い望んでいる。

 

おそらくは世界で最も高価であろ う戦闘服に身を包み、綾乃は崩壊寸前の封印を見据えた。

 

細く長い呼吸を繰り返し、体内に 宿る力を活性化させる。

 

ばぁん!

 

清冽な拍手の音が空間を振るわせ る。合わせた掌を引き離すと、両掌の間を炎の線がつなぐ。綾乃は炎の線を右手で掴み、それを引き抜くように横薙ぎに振るった。

 

1mほど伸びた炎の線は、瞬時に 物質化し緋色の剣を形作る。

 

この剣こそが神凪の至宝・炎雷 覇。神凪の始祖が炎の精霊王から承ったと伝説にある。

 

和樹たちや和麻から見たらなんと 思うかは分からない。

 

和樹の黒刀、千早の槍である和樹 の作った魔法具、そしてレオンの青龍刀、これらは炎雷覇と同等の力を持っているといっていい。本人たちはその力をいかんなく発揮している。

 

まあ、綾乃は知らないことだ が・・・・・・

 

綾乃は手に持った炎雷覇を正眼に 構える。何万、何十万回と繰り返し修練を続けたものだけが許される、一般的に見てでは在るが完成された動きと言っていい。

 

遂に臨界を迎えた壺が鈍い音を立 てて砕け散る・・・・・・破片が地面に落ち始めるが、それが落下し終えるよりも早く、壺の中から白いものが綾乃目掛けて射ち出された。

 

綾乃は真っ向から炎雷覇を振り下 ろし、それを迎撃する。熱したフライパンに水をかけたような音をたてて、蒸発する白い物質。

 

「粘液・・・・・・?」

 

糸を引いて飛び去ったものに目を やり綾乃は呟いた。

 

前方に目をやると、本道の暗闇 に、いくつかの光点が灯っている。それはゆっくりと前進し、己の姿を白日の下にさらけ出す。

 

「うわ・・・・・・」

 

綾乃はそれを見て思わずうめき声 をもらす。

 

数えるのも嫌になる複数の目。全 身に汚らわしい剛毛を生やし、8本以上の足を有する。さらにはカサカサと長い足を動かしている節足動物。

 

見るものに生理的嫌悪を抱かせる 相手・・・・・・おぞましい蜘蛛の化け物だった。

 

「土蜘蛛か・・・・・・手を貸そ うか?」

 

「けっこお」

 

綾乃は即座に雅人の助けを断る。 気持ち悪いのは確かだが、泣き言を言える立場ではない。

何よりも父に失望されるのが怖 かった。それに比べれば、クモやゴキブリと戦うことなど何の程もない。

 

(おいで・・・・・・・・・)

 

彼女は炎の精霊に呼びかける。肉 声は必要ない。綾乃の意思に応え精霊は自ら進んで集い、炎雷覇に飛び込んでいく。

 

刃の纏う炎が、一層輝きを増す。

 

意思の届く限りの精霊に綾乃は助 力を請う。ほかの術者のように命令することはしない。

 

それがどれほど傲慢なことか、父 に何度も教えられている。

 

『我々は対等なのだ』と、重悟は 常にそう語る。

 

精霊は世界の秩序を守る存在。神 凪一族は精霊王との契約により、精霊の協力者の任を負ったのだと。

 

綾乃は知っている・・・・・・自 分の力が借り物に過ぎないのだと。

 

彼らは皆力を借りているの だ・・・・・・強大なその力を・・・この世界の秩序を護るために。

 

世界の『歪み』である魔性を封 じ・・・・・滅するために・・・一時的に与えられたものに過ぎない。

 

故に命令はしない・・・そんなこ とをする必要は無いと解かっているから・・・・・・正しい願いに、精霊は必ず応えると知っているから。

 

正しい願いに、精霊は必ず応える と知っているから。

 

世界に対する敬意を忘れないよう に、強大な力を得たと錯覚して傲慢にならないように、綾乃はいつもこう呼びかける。

 

『お願い、力を貸し て・・・・・・・・・』と。

 

「す・・・・・・凄 い・・・・・・」

 

武志は呆然と呟いた。膨大な精霊 が綾乃の下に集まっていく…自分が支配していたはずの精霊まで、根こそぎ持っていかれた。

 

初めて眼の当たりにする宗家の力 は、まさに桁違いと言うしかないものだった。

 

「ああ、凄いだろ?」

 

我が事のように誇らしげに、雅人 は笑った。

 

「さっきはああ言ったが、勉強に なんてなるわきゃないんだよな。俺たちがどう頑張ったって、あんなことできっこないんだからよ」

 

叔父に返事をすることも忘れ、武 志はひたすら綾乃だけを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

「炎・・・それと風・・・風は和 麻お兄ちゃんかな・・・」

 

和麻を探しに来ていた千早は炎と 風の精霊が召喚されたことに気がついた。

 

ホテルから外出しているとわかり レオンと別れて二手になって探すことにしたのだ。

 

「あっ、レオン・・・わかった。 お願い・・・・・・気づいた。私はそっちに行くからお兄ちゃんの方はお願いね」

 

千早はレオンとの念話を切ると和 麻のいるところとは違うところに向かった。

 

和麻のところとは別に炎が召喚さ れていたところ、そしてそこに現れた妖魔のところに・・・・・・

 

「なっ、何、この妖気の強 さ・・・どんどん大きくなってる」

 

言い知れぬ不安が千早の頭を過ぎ る。

 

カイが自分たちの前に現れたとき と同じような感覚を思い出す。

 

あのときの恐怖が体を震えさせ る。

 

「速い・・・まっすぐ術者のほう に向かっている」

 

できるならその術者たちが無事で いてほしい。

 

術者が仕事の中で命を落とすこと は当たり前である。それだけの覚悟を持っていないものが妖魔退治するなんてばかげた話である。

 

少なくとも式森家の中にはそんな 人はいない。そして命を簡単に捨てる者もいない。

もちろん千早もそうである。

 

だが今千早が恐れているのは術者 と妖魔の力の差。

 

明らかに妖魔のほうが力は上、術 者がやられてしまった後に妖魔が一般人に危害を及ぼさないか心配しているのだ。

 

「急がなくちゃ」

 

千早は全速力で妖魔の向かってい る先へと走った。

 

 

 

 

 

 

あとがき

はぁ〜い、バッピー! レオンで 〜す

和樹たち動き出しました。もちろ ん僕も動いてま〜す。

もう少し和麻ボコボコにすればよ かったのにな〜

ここで2人の出番は今回の話では 終わりなんだからもう少し出番あれば・・・

次回綾乃が危険な目に、千早は間 に合うのか!?

ついに氷の女神が降り立ちます

 

 


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