第1部   〜動き出す運命〜

 

 

 

 

第13話 誤算

 

 

道を歩いていた2人は妙な感覚を 覚えた。

 

ほんの一瞬だが空間が歪んだよう な感覚、さらに何かに取り込まれたような違和感と、自分たちに向けられる不気味な視線。

 

「・・・煉、気がついている?」

 

「はい、気がついています」

 

2人は足を止めると周りに注意を 向ける。煉も幼く経験が浅いとはいえ、神凪家の人間である。しっかりと今自分が置かれている状況を判断しようと冷静に対処する。

 

「閉じ込められたみたいね」

 

「脱出するのは無理そうですね。 これ・・・・・・兄様がやっているんでしょうか?」

 

綾乃もそれは気になっていた。

 

だが、精霊魔術でここまで強力な 結界を張ることができるのかと思った。予想外の力である。

 

煉は兄がこの結界を展開したので はと思った。だがすぐに疑いも持った。

 

以前見た魔術師たちがよく書き込 みなどをするインターネットサイトの中で見たことがあった。

 

精霊王の力を借りる『コントラク ター』というものが現れた。

 

その人物は日本人であるという噂 も書かれていた。

 

それを見たとき兄ではないかとい う考えが頭を過ぎった。

 

なぜだかわからない、だがそう 思ったのだ。

 

もしそれが本当に兄であるのなら 精霊王と契約したものが妖魔と手を結ぶわけがない。妖魔と契約しているのが先ならばそんな者に精霊王が力を貸すわけがない。

 

だがらこそ確かめたかった。

 

自分の眼で真実を・・・

 

『!!?』

 

2人は同時に空を見上げた。

 

今まで感じたことのないような巨 大な妖気がそこに感じ取った。

 

探知能力の低い炎術師である自分 たちでさえも簡単に分かることのできるくらいの巨大な妖気。

 

普通の人でもその妖気に息苦しさ や寒気を覚えるだろう。

 

その妖気の発信源である相手は姿 を隠す気がないのであろう。むしろ自分たちにその存在を知らせるかのように感じてならない。

 

黒い風を纏いながら、闇の中に1 人の男が舞い降りた。

 

『・・・・・・・・・・・・・・・』

 

それは無言のまま2人を見つめ る。だが2人からはその顔を見ることはできない。

 

深い闇がその顔を覆い隠すように 男を取り巻いている。和麻や和樹たちでもその存在に脅威を感じずにはいられないだろう。

 

そんな相手を前に2人の身体は小 刻みに震えた。全身に鳥肌が立ち背中を冷たい汗が流れた。

 

(な、何なのよ、この妖気は!  どこまで魂売り渡したのよ! 昼間とは全く別人じゃない!! ルール違反よ!!!)

 

和麻が犯人と思っている綾乃は目 の前の男が和麻だと全く疑わなかった。別人の可能性など考えられなかった。

 

もっとも何がルール違反なのだろ うか?

 

(・・・こ、これが兄様!!?  違う! こんなの兄様なわけがない!!)

 

煉は目の前の男から感じる妖気に 相手が和麻でないと確信する。根拠などはない。

 

だが自分の知っている兄の雰囲気 が全く感じることができなかった。

 

例え妖魔に魂を売り渡していても 自分の兄を見間違えるわけがないと煉は思っていた。

 

「か、和麻! あなたに殺された 術者たちの無念晴らさせてもらうわ!!」

 

綾乃は目の前の男に恐怖を感じな がらもそれを抑え込み、炎雷覇を抜き出した。そして躊躇することなく巨大な炎を召喚し目の前の男に向けて炎雷覇を振り下ろした。

 

「姉さま! 援護します!!」

 

煉も両手を構え、自分の力の全力 を放出しようとする。

 

2人の炎は1つとなり妖魔に向 かって一直線に突き進んだ。炎術師の頂点神凪家の後継者たちの炎はその名に恥じることのない太陽のような金色の炎だった。

 

これを喰らって無事でいるわけが ない、どんなものでも滅ぼすことのできる炎のはずであった。

 

だが・・・・・・

 

目の前の男はその炎をあざけ笑う かのように微笑む。その微笑は不気味で見たものは恐怖を覚え体が震え上がっていたであろう。

 

黒い風が吹きあがると黄金の炎を 飲み込みかき消した。言葉通り黒い風は黄金の炎を飲み込み跡形も無く消滅させたのである。

 

「嘘でしょ・・・そんな」

 

綾乃は目の前で起こったことが信 じられなかった。自分を襲ってきた妖魔ならまだしも和麻との力の差がここまであるとは・・・

 

しかも煉と2人係での同時攻撃で ある。いくら煉がまだ未熟とはいえ(綾乃も十分未熟です)、宗家の人間である。分家のものとは比べ物にならない炎を有している。

 

その炎がここまであっさりかき消 されるとは。

 

「こいつ全てを妖魔にささげた の!?」

 

もはや人間の力ではない。綾乃は そう思った。だが煉がすぐに反論する。

 

「違います! こいつは兄様なん かじゃない!! 全くの別人です!!!」

 

「でもここまで神凪を恨んでいる のなんて和麻ぐらいよ!! 援軍を呼ばなきゃ!!!」

 

「無理です。結界に閉じ込められ ていて連絡を取ることができません」

 

結界に閉じ込められて外部との連 絡は完全に切断された。

 

「け、携帯は・・・駄目、圏 外!!」

 

もはや風牙衆が連絡を取り、術者 を呼んできてくれるのを待つしかない。

 

だがその期待も裏切られている。 風牙衆は2人を生贄としたのである。自分たち風牙衆の未来のために。

 

「姉様・・・どうします?」

 

「どうするって・・・・・・」

 

目の前には自分たちでは勝つこと のできない妖魔。周りは結界に囲まれ脱出不可能。

 

もはや自分たちの残された道は2 つ、自力でこの場から逃げるか、妖魔に殺されるか。

 

「冗談じゃないわよ。あたしたち は生きるわよ! こんなところで死んでたまるもんですか!!」

 

綾乃は妖魔に向かって再び炎雷覇 を構える。煉もその隣で精霊を召喚し始める。

 

「ごめんね、煉。あたしがもっと 先のことを考えて行動していたらこんなことにはならなかったのに・・・」

 

綾乃は自分の行いを反省してい た。今更遅いが後先考えないで行動したらどんな事態になるか今になってわかった。

 

冷静になって考えれば自分の考え はどれも中途半端。確実なものはどれ1つない。

 

それが今の自分たちの状況を作り 出してしまったのだ。

 

「いいえ、僕もちゃんと考えない でただ兄様に会いたいなんて甘い考えで行動したのがいけないんです」

 

煉も自分の行いを反省していた。

 

兄に会いたい、それしか考えず自 分は行動して綾乃に行動を起こさせる原因を作ってしまった。

 

自分の責任も重い。

 

「何としてでもこの場をやり過ご すわよ。必ずここを生きてでる」

 

「はい」

 

だが、相手を倒すのは不可能、結 界を破ることもできない。それ以前に結界を破る余裕など目の前の相手を前にして時間があるとは思えなかった。

 

結局は援軍が来ることを願ってそ れまで持ちこたえるしかないのである。

 

2人の話が終わるのを待っていた かのように男は右手を2人に向けてかざし黒い風の刃を放った。

 

「防ぐわよ!」

 

「はい」

 

黄金の炎が風を薙ぎ払う。だが全 ての風を防ぎきることはできなかった。残った風が2人に襲い掛かり皮膚を切り裂いて暴れる。

 

「きゃああああっ!!!」

 

「うわああああっ!!!」

 

黄金の炎を放ち続けているが風は その間をまるで大蛇のようにすり抜け2人へと襲い掛かる。その数は次第に増えていくが、

 

出血も酷くない、痛さはあるが、 致命傷になる傷を2人は全く受けていなかった。

 

まるで2人の恐怖に歪む顔を楽し むかのごとく風を放ち続ける男。

 

恐怖心と絶望感に包まれる2人を あざけ笑っていた。

 

2人も怪我をしたわけが無いわけ でない。だがここまで傷を受けたのは今回が初めてである。

 

(遊ばれているのあたした ち・・・・・・2人を相手に・・・・・・)

 

綾乃にとってここまでプライドを 傷つけられたのは初めてであった。そしてそれと同時に神凪のことを馬鹿にされているようで腹がたった。

 

炎雷覇の継承者が剣も振るえずに 風の的として遊ばれている。

 

(煉だけでも・・・助けない と!)

 

綾乃は気持ちを奮い立たせると炎 雷覇を持つ手に力を込める。

 

「ふざけるなぁぁぁっっ!! は あああぁぁぁぁ!!!」

 

綾乃は黄金の炎を身に纏うと妖魔 に向かって一気に詰め寄った。そしてその勢いのまま炎雷覇を相手に叩きつけるように振り下ろした。

 

炎雷覇を突き立てればどんな妖魔 だって滅ぼせる。昼間もそう考えていたし、今もそう思っていた。

 

炎雷覇本来の力を完全に使いこな すことができれば、目の前の妖魔を相手にも全く苦戦することはないはずなのである。

 

相手が魔王だろうが、悪魔だろう がそれは変わらない。

 

だがこれは炎雷覇の力を使いこな していればの話である。

 

綾乃はまだ炎雷覇の力を3分の1 も使いこなしてはいない。それどころか、炎雷覇本来の使い方もまだわかっていないのである。

 

そして己自身の力もまだ十分に使 いこなしていない。

 

それでは炎雷覇もただの炎を纏っ た剣と大して変わりないのである。

 

キィーーンッ!

 

鉄と鉄のぶつかり合う音だけが寂 しく響き渡る。炎雷覇は男に簡単に止められた。

 

「なっ・・・・・・!!」

 

綾乃はただ呆然とする。炎雷覇を 止めたのはナイフのように尖った男の爪。その長さは短刀くらいの長さに伸び刃を軽々と止めていた。

 

黒く輝く爪はそこから妖気を発し ていた。

 

「そ、そんな・・・・・・」

 

手加減などしていない、寧ろ全力 でいった。だが相手はあっさりと炎雷覇を受け止めていた。相手にとっては軽く手をかざしただけとも言えるくらいに・・・

 

予想外のことに綾乃の動きは止ま る。

 

そして男にはまだ余裕があっ た・・・・・・

 

綾乃は憮然と立ち尽くし我を忘れ ている。

 

それが命取りとなった。

 

「姉様、下がって!!!」

 

「!!!」

 

煉の言葉に意識を取り戻すが時既 に遅し、相手の左手は綾乃に向かって構えられていた。

 

ゴオオォォォゥゥッッ!!!

 

「きゃあああああ あぁぁぁぁっっっっ!!!」

 

圧縮された黒い風の玉が綾乃の身 体を包み込むかのように襲う。成す統べなく綾乃は空中に吹き飛ばされ、地面へと叩きつけられ数回転がり壁に当たり止った。

 

「がふっ!」

 

「ね、姉様!!!」

 

煉は炎を相手に放ちながら急いで 綾乃の下へと駆け寄ると、身体を軽く揺らした。

 

「いっ・・・くっ・・・・・・」

 

口から血を出している。だがその 量は酷くはない、内蔵まではやられてはいないだろう。

 

苦痛の声を上げる綾乃、意識はあ るようだが、身体がいうことを聞かないらしい。

 

「に、逃げて・・・・・・逃げる の・・・煉・・・」

 

苦しそうに煉に逃げろという綾 乃、何とかして煉だけでも助けたいという綾乃の意志が感じられた。

 

自分だけでいい。煉だけは何とし ても助けたいという気持ちが綾乃に言わせたのだろう。

 

「嫌です。姉様を置いてなんてい けません」

 

煉は逃げる気などない。目の前の 妖魔を今まで見せたことのないような怒りの目で睨みつける。自分の大切な姉を傷つけた妖魔が煉は憎くて仕方なかった。

 

「よくも姉様を・・・・・・絶対 に許さない!!!」

 

煉の怒りに反応し、今まで召喚し たことのない膨大な炎の精霊たちが煉を取り巻く。

 

その力は炎雷覇を使う綾乃を超 え、父厳馬に迫る勢いだった。

 

「・・・れ・・・煉・・・」

 

綾乃は煉の力にただ驚愕するしか なかった。まだ12歳の煉が自分でも召喚したことのないくらい爆発的な量の精霊を召喚していることに。

 

「ハアアア アァァァァァァッッッッッ!!!」

 

煉は爆発的な炎を相手に向かって 放った。最上級の黄金の炎が次々と妖魔に襲い掛かった。

 

相手は黒い風を召喚し防ごうとす るが。次々と襲い掛かる黄金の炎にかき消され、男に炎が迫った。

 

ドゴォォォォッッッ!!!

 

炎が妖魔を飲み込む。それでも煉 は相手に爆発的な炎を次々と叩き込む。

 

(・・・これが煉・・・す、すご い・・・)

 

火事場の馬鹿力とはいえここまで の炎を使った煉に綾乃はただ驚愕した。

 

「はあ・・・はあ・・・は あ・・・・・・」

 

煉は足元がふらつきながらも何と か立っていることができた。肩で大きく息をし、額からは汗が流れていた。

 

いくら才能があっても、いきなり 自分の力を超える力を使ったのだ、精神的にも、身体的にも既に限界を超えているはずである。

 

(倒せた・・・の か・・・・・・)

 

もしこれで相手が立っていた ら・・・・・・そのときは終わりだ。自分はもう炎を放てる力は残っていない。綾乃は先ほどの攻撃で立つこともできない。

 

(頼むから、滅んでいてく れ・・・・・・)

 

煉と綾乃は必死に願う。

 

だがその願い は・・・・・・・・・黒い風に喰われた。

 

「む、無傷?」

 

「そ、そん な・・・・・・・・・・・・」

 

煉はその場に膝を付く。

 

2人の表情は一瞬に凍りついた。 あれだけの攻撃を受けて無傷、もはや自分たちの領域を超えた相手にただ怯えることしかできなかった。

 

人の領域を超えていた。

 

『ヒャハハハハハハハハ ハッ!!!』

 

突然、2人の頭上から笑い声が聞 こえてきた。顔を上げると、昼間綾乃を襲った妖魔、諸懐が現れた。

 

だがその力は昼間とは比べものに ならなかった。

 

『さすが神凪家の宗家の人間、楽 しませて貰った。だが我とその男の結界を破ることはできなかったようだな。わしがあと少し結界を張るのが遅れていたら致命傷をあわせることももしかしたら できたかもしれんのに。だが、神は我らに味方したようだな! 

ははははははははっ!!』

 

諸懐はとっさに男の前に風の壁を 作り出し煉の炎を防いだのである。2重の防壁を破るのはあの巨大な煉の炎でもできなかったのである。

 

「そんな・・・・・・」

 

もはやなす統べ無しである。

 

『そんなに絶望することはない。 貴様はよくやった。それを誇りに思うがいい。だが相手がそれより強かった。それだけだ』

 

諸懐は煉の側に近づいていく。

 

「くっ・・・・・・」

 

『体がいうことを聞かないか?  だが問題ないすぐに楽にな・・・・・・』

 

ガキィィィッッッ!!!

 

何かが諸懐の身体に当たりはじか れる音がした。

 

「ね・・・姉様・・・・・・」

 

「煉・・・に・・・にげ て・・・・・・」

 

諸懐の皮膚に弾かれた衝撃で綾乃 の身体が地面に倒れふす。煉を助けようと捨て身で炎雷覇を振り下ろしたのである。

 

『死ぬ寸前の人形が!! お前か ら喰ろうてやる!!!』

 

風が吹き荒れ綾乃の傷に風の刃が 抉り込む。

 

「ギャアアアアアア アッッッッッ!!!」

 

苦痛に綾乃が悲鳴を上げる。

 

「姉様!!」

 

煉は綾乃を助けたいが身体は動い てくれなかった。

 

『泣き叫べ!! その悲鳴が我の1番好きな声だからな!!!』

 

もはや綾乃は抵抗できないという のに諸懐はそれを楽しむかのように綾乃をいたぶり続ける。

 

死なない程度に、そして気を失い そうになったら痛さで意識を戻させる。目を覆いたくなるような残虐的光景だった。

 

「や、やめろぉぉぉっっ!!!」

 

炎を放とうにも精霊たちは全く反 応しない。立ち上がることさえできない。

 

「アアアアアアア アァァァァッッッッ!!!」

 

綾乃の目から涙が零れ落ちる。自 分がどうなっているのかさえ分からなくなってきていた。ただ感じるのは体の痛みだけであった。

 

『バラバラにして喰ろうてや る!!!』

 

綾乃の身体が空中へと投げ出され る。そして風の力が無くなり重力に引かれるまま地面に落ち始める。

 

『まずは頭からだ』

 

そんな綾乃に黒い風の刃が襲い掛 かった。

 

「姉様ああ あぁぁぁっっっ!!!」

 

煉の声が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

(もう駄目・・・あたし死 ぬ・・・)

 

全てがスローモーションで見え た。ゆっくりと地面に落ちていく自分、自分に向かってくる黒い風。

 

昔の出来事が頭を過ぎる。そして 最近のことへと・・・

 

何がなんだかわからなかった。

 

いろいろな人の顔が頭に浮かぶ。 父、母、友人、煉、和麻、和樹、千早・・・・・・自分の今まで会った人たちの顔が次々と浮かんでは消えていく。

 

なぜ自分はあんなに和麻のことを 倒そうとしたのか?

 

負けたくなかったのだと思う。

 

父は和麻のことをいつも気に掛け ていた。そんな和麻に自分は嫉妬していたのだと思う。

 

そして唯一自分のほうが勝ってい ることで負けたくなかったのだと思う。

 

しかしそれももうどうでもいいと 思った。

 

(さよなら、みんな・・・)

 

風が自分を斬り裂い た・・・・・・

 

だがその瞬間はいつまで立ても訪 れなかった。

 

綾乃はゆっくりと目を開き周りを 見た。

 

(・・・これ・・・炎・・・)

 

自分を炎が包んでいた。自分の炎 とは違う・・・だが父の炎とも違う・・・煉でもない・・・

 

誰だかはわからない、わからない が安心できた。護られているということだけはわかった。

 

「・・・危なかったね」

 

不意に誰かが自分の身体を抱きか かえた。それと同時に身体の痛みも少しずつ引いていく。

 

(傷が・・・体の痛みがなくなっ ていく・・・)

 

そして、綾乃は自分を抱える人の 顔を見た。昔あったことのある・・・何度か遊んだことのある・・・重悟が和麻と同様によく話していた人だった。

 

「・・・か・・・和樹・・・ 君・・・」

 

和樹がそっと地面に降り立つと周 りの炎が収まった。そして少し離れたところに立つ2体の妖魔に視線を向けた。

 

「・・・ここからは・・・僕が相 手になる」

 

その声はさっきまでとは打って変 わって殺気の込められた低い声だった。

 

 

 

 

 

 

 

「姉様ああ あぁぁぁっっっ!!!」

 

煉の声が響き渡った。まさにその 瞬間だった・・・・・・・

 

ドウッ!

 

銃撃が鳴り響いた。

 

ガシャァァァッッッ!!!

 

その音はガラスを割ったような音 だった。そして一瞬にして一面に張られた結界に皹が入り音を立てて崩れ去った。

 

ゴオオォォォッッッ!!!

 

『!!?』

 

「うわぁ!!」

 

そして巨大な炎の柱が立ち上がり 綾乃に迫った風を掻き消すとそのまま綾乃を飲み込んだ。

 

衝撃波が煉に襲い掛かる・・・

 

だがそれも目の前に現れた氷の壁 に阻まれた。

 

「わっ!?」

 

訳が分からず煉は慌てる、だが次 の瞬間優しい声が聞こえてきた。

 

「大丈夫よ、落ち着いて」

 

「えっ!」

 

煉は優しく体を抱きかかえるよう に支えられた。凄く懐かしい感じがして落ち着いた。

 

『くうお おぉぉぉぉっっっ!!!』

 

諸懐たちはいきなりのことに風の 結界を張り何とか対処していた。

 

「あっ・・・・・・」

 

煉はただ呆然としていた。ふと後 ろを振り向くとそこには自分が綾乃同様、本当の姉と思っている人が自分を優しく支えていた。

 

「ち、千早姉・・・ 様・・・・・・」

 

千早は優しく煉に微笑み返した。 その笑顔を見たら誰もが気持ちを落ち着けられそうなほど綺麗な笑顔だった。

 

「あ、姉様は・・・」

 

煉は慌てて炎の柱を見る。炎の柱 が収まると中から綾乃を抱えた1人の男が立っていた。

 

その男はゆっくりと自分のほうに 近づいてくる。

 

「綾乃ちゃんは?」

 

「大丈夫だよ、傷は大体回復させ たから」

 

男は煉の声が聞こえていたのか、 安心させるように言った。男は綾乃を地面に降ろす、綾乃はただ呆然と男のことを見ていた。

 

「ね、姉様・・・」

 

「え、あっ、だ、大丈夫・・・」

 

綾乃は自分の腕や足を見るだがど こにも傷は見当たらなかった。

 

「傷は消えたけど、まだ動いたり しないでおいてね。傷が開くから」

 

綾乃はまだ自分の身に起きたこと が信じられないでいるのか呆然としている。

 

煉は無事だった姉に安堵した。姉 が無事で本当にうれしかった。

 

そして、ふと思った。

 

誰が綾乃を助けたのか? 

 

そして自分は千早に助けられてい る・・・・・・そして男の懐かしい声に煉には覚えがあった。

 

顔を上げて見るとそこには和麻同 様に自分がもう1人兄と慕った人が立っていた。

 

「和樹兄様!!」

 

「久しぶりだね、煉君」

 

「はい!」

 

千早同様に優しい笑顔だった。自 分が覚えている和樹と千早のままだった。

 

だが和樹は殺気を感じたのか、鋭 い目付きになると後ろを振り返った。

 

「千早、2人を頼むよ」

 

和樹はそう言うと腕から魔法具を はずし黒刀へと変化させた。ハーディスも同時に黒刀へと変化する。

 

「カイ、疲れてない?」

 

「誰に聞いてるんだ?」

 

ゆっくりと背の高い男が空から降 りてきた。人間体になったカイである。

 

和樹の横に降り立つとカイは妖魔 の方を見た。

 

2人の視線の先には諸懐と人型の 妖魔が立っていた。

 

『貴様らぁぁぁぁっっっ!!!  何者だ!!! 女、また邪魔しよって!!!』

 

いきなり現れた和樹たちに諸懐は 咆哮した。千早には2度も食事の邪魔をされ、相当腹が立っているようである。

 

「人喰いの妖魔に名乗る名前なん てない。そう言われなかったかい?」

 

千早が言った言葉をそのまま言い 返す和樹。

 

(まあ、有り得ないくらいの似た もの夫婦というか、バカップルというか・・・予想を超えている2人だからな・・・)

 

カイが心の中でどうでもいいこと を思った。

 

『人間が揃いも揃って我をコケに しよって!!!』

 

さらに諸懐が凄まじい声で咆哮す る。

 

「・・・・・・なら教えてあげる よ。僕の名前は式森和樹。世界最強の魔術師!」

 

黒刀に炎が召喚される。黄金の炎 ではないがその炎は煉が召喚した炎と同等・・・いや完全にその上をいっていた。

 

「そしてお前らを倒す者の名前 だ!」

 

言葉と同時に和樹が走る。一瞬の うちに妖魔の目の前に現れ黒刀を振り下ろした。

 

ガキィィンッ!!

 

「!?」

 

和樹の速さにギリギリで人型の妖 魔は爪で和樹の斬撃を防ごうとする。だが、あまりの和樹の速さと剣捌きに爪は斬りおとされ中を舞った。

 

『後ろががら空きだ!』

 

諸懐は剣を振るった和樹へと背後 から襲い掛かろうとする。

 

ヒュッン!

 

諸懐の目の前を銀色の細い糸が 踊った。諸懐は慌てて後ろに飛び退き糸から逃れた。

 

「惜しいかな・・・」

 

カイは自分の周りで糸をまるで生 き物のように操りながら呟いた。その顔は諸懐を笑っていた。

 

「もう少しで、生ハムが出来上が るところだったんだけどな。まあ、不味くて誰も食わないだろうけど」

 

『き、貴様っ・・・』

 

諸懐の額から血が薄っすらと滲ん でいた。

 

「お前の相手は俺がしてやるよ」

 

カイの手から伸びる銀色の糸が諸 懐へと襲い掛かった。和樹もその横でもう1体の妖魔を相手に剣を振るっている。

 

(有り得ん! ここまで人間が力 を持っているなんて、それにこの男、人間の匂いがしない)

 

諸懐はカイの匂いが人間の匂いで ないことに驚きを隠せないでいた。正体が全くわからない、こんな相手は初めてだった。

 

結界を張ってあるとはいえ、今こ の場に長居することは身を滅ぼす。さらに目の前にいる2人は自分たちと同等の力を持っている、下手したら命を落としかねない。

 

特に和樹から感じる気配には恐怖 を感じて仕方がなかった。

 

(一旦引く!)

 

諸懐は自分自身を黒い風で覆い隠 すと土埃を巻き上げ、視界を防ぐ。

 

「くっ!」

 

和樹は目を閉じながら相手の居場 所を探ろうと神経を研ぎ澄ますが妖魔たちの気配は自分たちから離れていった。

 

「・・・逃げたか?」

 

「追うか?」

 

「いや、止めておこう」

 

視界が戻り始めると和樹とカイは 千早たちがいる方へと戻る。

 

「和樹君・・・」

 

「逃げられた・・・・・・状況判 断もしっかりしている」

 

「ああ、厄介な相手だな」

 

煉と綾乃の2人は和樹たちの言葉 に反応し妖魔たちのいたところを見たがその場には何もいなかった。かすかに気配が残っているだけで手がかりになりそうなものはない。

 

「和樹君、妖魔が去った方向わか る?」

 

「向こうも気配を消しているよう だから微かな反応しかわからない・・・・・・気配の消し方から言って上級以上の妖魔だ、気配を追うのは難しい、当てにはできない・・・くそっ!」

 

取り逃がしたことを後悔する。だ が今更遅い、次の時には必ず倒すと和樹は自分を戒める。

 

「とりあえず、間に合ってよかっ た」

 

和樹は強張った顔から笑顔へと 戻った。

 

「2人が無事でね」

 

そう言うと和樹は煉の前に膝を付 き額に手を当てる。それと同時に煉の体を光の撒くが包み傷がみるみる消えていく。

 

「あっ!」

 

痛みと同時に体のだるさも回復し ていくのを煉は感じた。

 

いや、実際に傷はふさがり体の疲 労も消えていった。

 

約1分・・・和樹は煉にヒーリン グを掛け続け煉の傷を癒した。

 

「す、凄い・・・傷が全部治って る・・・痛みもない・・・」

 

自分に起きたことが未だに信じら れず、煉は呆然としている。

 

治癒魔法を知ってはいるが、ここ まで強力で早く回復するのは今まで聞いたことがなかった。

 

綾乃もその凄さに驚愕している。 自分のときもそうだったが和樹の治癒魔法は圧倒的回復力だった。自分の知っている限りでは和樹に匹敵するものは1人もいない。

 

「一旦僕の部屋に戻ろう。ここに いても危険だし、2人もいいね」

 

2人は頷いた。正直自分たちが今 何をすればいいのか分からなかった。

 

だが、和樹たちは信用できる、任 せていい、そう思った。

 

「カイ、3人を乗せて、僕は自分 で飛んでいくから」

 

「わかった」

 

カイは答えると、キメラへと姿を 変えた。巨大なキメラを目の前にして、綾乃と煉の顔が再び驚愕に包まれた。

 

「キ、キメラ!」

 

「和樹兄様・・・」

 

「驚かせてごめん。カイは僕の式 神なんだ。だからさっきまでの人間の姿は仮の姿みたいな感じかな?」

 

「まあ、そう言ったところだろ。 この姿も仮の姿みたいなもんだけど」

 

説明されても2人の表情は驚いた ままである。

 

「話は着いてからするよ」

 

そう言うと、3人はカイの背中に 乗る。そしてカイは夜空へと羽ばたいた。

 

和樹もそれに続いて夜空へと飛び 出す。

 

(妖魔1体が大体僕と同等。千早 より少し妖魔のほうが上・・・レオン、カイ、和麻兄さんとも力は大して変わらない。次に現れたときに絶対に倒す)

 

和樹は神凪を戦力に入れていな い。千早は入れてもいいが妖魔のほうが力は上、出来れば危険な橋は渡りたくないのでサポートとして考えておきたいところである。

 

(最悪の事態にはなってほしくな いな・・・)

 

だが事態は和樹の考えた最悪な方 向へと進みつつあった。

 

 

 

 

 

 

あとがき

「レオンで〜す。さて今回のあと がきに登場してくれるのはこの方です」

「『あなたに和樹君の何が分か るって言うの!?』、こんにちは山瀬千早で〜す」

L・O・V・E 千早!

ワアアアアアアアアアアアアアア アーーーーーーーーーー!!!(ギャラリーの方々)

「みんなのアイドル山瀬千早で〜 す」

「やめてよ、そんな風に言うのは (照)」

「でも、この話の中では完全に千 早がヒロインナンバーワンだよね。強く、美しく、料理も上手で何でもできる、完璧だね」

「何か実感ないんだよね・・・」

「それではここでスピリット ニュースです。綾乃、煉、絶体絶命の所で和樹たち登場。美味しい所持っていったよね、ホント」

「でも私何もしてないのよね。和 樹君とカイが妖魔追いはらちゃったしね」

「出番があるだけまだいいよ。僕 と和麻なんて影も形もないんだから・・・」

「でも次ではちゃんと出てくるで しょ、レオンはいつもあとがき出てるんだし落ち込まない、落ち込まない。次回は綾乃ちゃんと煉君が和麻お兄ちゃんと再会します。もちろん一騒動あるから楽 しみにしててね」

「煉は一生心に世こるようなトラ ウマを「はい、それ以上は言わない」」

「次回もお楽しみに!」

「それでは皆さん!」

『待ったねぇ〜〜〜』



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