第1部   〜動き出す運命〜

 

 

 

 

第14話 兄との再会

 

 

「着いたよ」

 

和樹たちは寮の前に降り立つ。も ちろんその前に近くに誰もいないのを確認していた。

 

「ここが葵学園の寮なん だ・・・」

 

葵学園は綾乃の学力と魔力なら十 分に入ることのできる学園である。

 

忘れそうだが綾乃は魔力、学力、 運動能力ともに優秀なのである。葵学園に入る条件は十分にクリアーしているのだ。

 

つまり一般から見れば・・・外面 がいいと言うのだろうか・・・

 

「私もここに入っていれば2人に もっと早く会っていたんだな」

 

ついさっき死にそうになっていた のに随分と暢気な綾乃である。

 

「中に入ろう・・・2人も戻って きた」

 

千早が2人に声をかけると空から 2つの気配を感じた。

 

「えっ!」

 

「誰が・・・」

 

2人は千早の言っていることがわ からず、ただ佇んでいる。

 

数十秒後ようやく2人にも自分た ちのほうに向かってくる2つの気配に気がついた。

 

「おっ、どうした、和樹、千早、 カイ。出迎えか?」

 

「ただいま!」

 

2つの気配は空から下りてくると 和樹に声を掛ける。

 

2人も和樹たちがいることに気づ いていたのか大して驚かない。

 

2人そろって右手にハンバー ガー、左手に飲物を手に和んでいるようである。

 

「いや、ちょっと僕らも出ていた から」

 

「? どこ行ってたんだ?」

 

残り少ないハンバーガーを口に放 り込むと口をストローに運んだ。

 

「え〜と、次はテリヤキにしよう かな、それともチキンフィレオ・・・」

 

「待て! レオン、チキンは俺の だぞ!」

 

「もう唾つけちゃったもんね!」

 

「小学生かお前は!!」

 

「ついでにテリヤキも貰った!」

 

「てめぇぇーーー!!」

 

「ねぇ・・・2人共・・・」

 

千早の声も届かず2人はテリヤキ をかけて子供でもしないような喧嘩を始めた。

 

バキボカドカバガヤタトタッラハ ガガガバババダタダタハ!!!

 

正直言って知り合いだと思われた くないような光景である。

 

「ポテトも貰った!」

 

「金出したのは俺だぞ!」

 

「喰ったもん勝ちだ!!」

 

「てめぇーーーー! 俺のビック マックにまで!!!」

 

・・・・・・見ているこっちが恥 ずかしくなってくるような光景である。

 

ガガダガダガバガバガダガザザゴ ボゴゾ!!

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「はぁ・・はぁ・・・取ったぞ、 ポテト」

 

「でも・・・はぁ・・・ビック マックは手に入れたもんね」

 

どうやら決着がついたようであ る。

 

そしてようやく気づく、和樹の後 ろに2人、人影があるのを・・・

 

「に、兄、うわぁっ!・・・「和 麻ぁぁぁっっっ!!!」」

 

そのうち1人が和麻に気づいて飛 び付こうと駆け出したが、それよりも速くもう1つの影が動き問答無用で飛び・・・斬り・・・燃やしにかかった。

 

しかも、もう1つの影を弾き飛ば して・・・・・・

 

「痛い・・・」

 

哀れかな・・・弾き飛ばされた 影、煉は顔を抑えながら涙している。ついでに精神的痛みは妖魔にやられたときよりも痛かった。

 

しかし突き飛ばした張本人は般若 も裸足で逃げ出すほど恐ろしい形相で気にせずに和麻目掛けて飛び掛るのだった。

 

「ちょっと待 てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっっっ!!!!!! 俺のポテトがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!」

 

直後、和麻の絶叫と爆音が夜空へ と響き渡った。

 

苦労の末手に入れたポテトは縛炎 とともに丸焦げになり、悲鳴と共にはかなく消えた・・・

 

「あ、綾乃ちゃん!」

 

「ね、姉様!」

 

千早と煉はその姿を見て思わず大 声を上げる。だが2人の声などもはや暴走した綾乃には聞こえていない。

 

問答無用、容赦なし、考えなし、 自我意識なし、まさに暴走状態、ゴジラも真っ青である。

 

メイクも何も無しでそのまま鬼役 で映画に出られそうである。

 

綾乃は目の前に現れた和麻に向 かって条件反射の如く炎雷覇を振り下ろす。その思いっきりのよさはある意味賞賛に値した。

 

少し前まで死にそうな怪我を負っ ていたとは誰が見ても考え付かないだろう。ある意味怪物である。

 

衝撃波が起こり、辺りに煙と凄ま じい風が起こる。

 

そんな中、和麻は右手をかざし目 の前に迫った炎の精霊たちの塊をやどした炎雷覇を風の結界を張って防ぐ。

 

もし反応が遅れていたらどうなっ ていたことか。

 

「ちょっと待て、俺が何をし た!!! ポテトを返せぇぇぇぇーーーーー!!!」

 

訳がわからない。戻ってきたらい きなり斬りかかられ殺されそうになる。それも前に襲ってきたのと同じように・・・

 

さらに苦労の末レオンから取り返 したポテトまで・・・

 

しかもここは和樹たちの寮の目の 前こんな所で騒ぎを起したくなかった。

 

だが、いきなりのことで風の精霊 をまともに集めることが出来なかったため、炎雷覇を防ぐことが精一杯である。

 

そのため綾乃に声をかけたのだ が・・・・・・

 

「問・答・無・用!!! 覚 悟ォォォォォッッッッ!!!」

 

頭に血が上ったのか、それともこ れが綾乃本来の姿なのか・・・もはや綾乃には何も聞こえていない。

 

更に厄介なことに炎雷覇から放た れる炎の量、そして威力が上がっている。その力は妖魔を相手にしていたときを上回る力だった。

 

どうやら敗北から立ち上がった力 と和樹の回復魔法によって成長したようである。

 

だが・・・何もこんなときに成長 しなくてもいいのに・・・

 

「あ、綾乃ちゃん落ち着い て!!」

 

「姉様! 正気に戻ってくださ い!!」

 

「凄い、どっかのアニメの主人公 も真っ青だ」

 

「『まっ、まさか、サイヤ人じゃ ないでしょうね!!?』」

 

「『カ、カ〇ロッ トォォォォッッッーーーー!!』」

 

「『よくも、ク〇リン をぉぉぉぉっっっ!!』」

 

「『俺は怒った ぞぉぉぉっっっ!!!』」

 

「『フ〇ーザー!!!』」

 

千早と煉は綾乃を止めようと声を 上げる。

 

レオンとカイはその横で言いたい 放題言っている。

 

妙にマニアックな会話である。

 

ついでに止める気ゼロである。

 

「誰が金色の大猿だぁぁぁっっっっ!!!」

 

俺は一言も言ってねぇぇぇっっっっ!!!」

 

勝手に八つ当たりされる和麻。

 

哀れかな・・・

 

もはや綾乃の目には和麻は人間と してではなく妖魔として見えていた。そんな相手に手加減する気は微塵もない。

 

「滅びろぉぉぉぉっっっ!! 妖 魔がぁぁぁぁっっっ!!!」

 

「くそっ!」

 

和麻は綾乃に向かって鎌鼬(手加 減した)を放つ。だがその鎌鼬は炎雷覇によって飲み込まれた。

 

(なっ、こいつ昼間より、強く なってやがる!)

 

手加減してはいるが昼間の綾乃 だったら対処できないはずだった。

 

「くそっ、いい加減にしろ!!  マジで吹き飛ばすぞ!!!」

 

「知るかぁぁぁぁっっっ!!!  クワァァァァァァァァァ!!!」

 

炎雷覇を大きく振りかぶると綾乃 は和麻に向かって振り下ろす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

 

・・・・・・・・・どんどん綾乃 がやばくなっていく・・・

 

もはや炎雷覇に剣の意味なんてな い、鉄パイプ、鉄の棒を振り回しているのと全く変わらない。

 

(もう手加減なんかする か!!!)

 

和麻は本気で綾乃を迎え撃つ気で 精霊を集める。これを喰らったら無事ではすまない、下手したら命も落としかねないがそんなこと考えてやる義理などない。

 

ここまで好き勝手に暴れたのだ、 当然の報いである。

 

綾乃・・・炎雷覇から最上級の黄 金の炎が放たれる。和麻からはそれを上回る強力な風が放たれる。

 

2人の力がぶつかり合っ・・・

 

「えっ!」

 

「なっ!」

 

炎と風はぶつかり合うことなく止 められた。

 

「動かないでね、2人 共・・・・・・次は止めるだけじゃすまないから・・・・・・」

 

2人の間には和樹が立っていた。

 

右手で和麻の手首を握り、左手の 黒刀で炎雷覇を止めている。

 

(・・・動かねぇ・・・)

 

和樹に握られた右腕は全く動かす ことができない。だがそれより驚くべきことはそれぞれの腕に集まっている精霊である。

 

和麻の手をつかむ右手には風の精 霊・・・・・・和麻の鎌鼬を消し去り残りの精霊を右手に奪ったのである。

 

和麻は手加減などしていなかっ た、

 

だがそれでも和麻から風を奪うこ となどありえない話なのである。だが和樹はそれを実際にやって見せた。

 

和麻はそのことが信じられず唖然 とする。

 

更に綾乃の炎雷覇を受け止めた黒 刀には炎の精霊・・・・・・炎雷覇に召喚した炎を全て黒刀に奪ったのである。実際、和樹が綾乃から精霊を奪うことなど簡単なことである。

 

重悟や厳馬相手ではこうは行かな い、まだ完全に力を使いこなしていない綾乃だから全ての精霊を奪えたのである。だがそれでも炎雷覇を手にしているものに変わりはない。

 

綾乃からならともかく、炎雷覇か らも精霊を奪ったのは驚くべきことである。

 

更に一番驚くべきことは、精霊の 同時召喚・・・・・・

 

本来ならばありえない話である。 炎の精霊、風の精霊、他の精霊、それぞれを召喚するのにかなりの集中力と体力を必要とする。

 

そしてその器も・・・

 

千早が使っているように、水と氷 のように近いもの同士なら相性がよく召喚もしやすく、同時に使うことも出来なくはない。むしろこの2つはプラスになるだろう。だが風と炎は全く似通ったも のがない別の存在、それを同時に操ることなどありえないのである。

 

だが、和樹の両腕にはそれぞれ別 の精霊が間違いなく召喚されている。

 

和麻は風のコントラクターである 自分から精霊を奪われたこと、全力ではなかった、だが手を抜いたわけではなかった。それでも和樹に風を奪われたことに衝撃を受けていた。

 

更に左手には炎の精 霊・・・・・・

 

(化物かこいつは・・・それとも これが無限の魔力の力・・・・・・黒炎と契約した力なのか・・・)

 

和樹の力はもはや自分の考えられ る領域を超えていた。自分も常識から外れた力を持っているが、それ以上に非常識である。

 

「ちょっと! なんで止めるの よ!」

 

だがそんな驚愕的事実に気がつか ない綾乃は和樹に向かって声を荒げた。頭に血が上って完全に落ち着きをなくしている。

 

「綾乃ちゃん少し落ち着いたほう がいいよ」

 

「何言ってるの!? そいつは妖 魔と契約して神凪の術者を殺したのよ。私には倒す使命があるのよ! 邪魔しないで!!」

 

冷静になるように言うが聞く耳を 持たない。綾乃は和樹から離れると再び炎雷覇を振りかぶった。黄金の炎を纏い躊躇いなく炎を放つ。

 

「滅びろぉぉぉーーーー!!」

 

炎はまっすぐに和麻へと向かう が・・・・・・

 

「・・・消えろ」

 

「えっ!」

 

炎は和麻に届くことなく消滅し た。

 

手も何も動かさず、ただ一言、和 樹が消えろと言っただけで・・・

 

「そ・・・そんな」

 

綾乃は唖然とする。重悟や厳馬な ら自分の炎を奪い去ることなど簡単なことだろう。神炎を使う2人には逆立ちしても敵わない。

 

だが和樹は神炎の使い手でもなけ れば、炎術師でもない。

 

綾乃に向かって和樹が動いたと 思った瞬間、綾乃の視界から和樹の姿が消えた。

 

チャキッ!

 

「・・・動かないでね」

 

「!!?」

 

気づいたときには首筋に刀が当て られていた。何が起こったのか綾乃には全くわからなかった。

 

「これ以上、続けるって言うなら 僕も黙っていない。僕の刀で幕を引かせてもらうから・・・・・・」

 

静かに殺気のない言葉で言う和 樹、だが綾乃にはそれが死の宣告に聞こえて仕方がなかった。

 

間違いなく動いたら和樹は間違い なく自分を斬りつけると。

 

綾乃の背中をつめたい汗が流れ、 自然に身体が震えだした。

 

和樹から放たれる殺気は妖魔を前 にしたとき以上の殺気である。今まで生きていた中で一番死に近い場所にいると綾乃は感じた。

 

「・・・久しぶりに見たぜ」

 

和麻が和樹の動きを見て言葉を発 した。

 

「式森源氏の剣術の中でも得意技 の1つ・・・・・・『閃花(センカ)』・・・・・・目にも留まらぬ速さで移動し相手を一突きで倒す・・・高速の技・・・」

 

(和樹の奴、完全に自分のものに してやがる)

 

和樹の動きは自分の覚えている源 氏の動きと全く同じであった。

 

放たれる殺気からも和樹の強さを 肌で感じることができた。

 

綾乃の動きを封じたそんな和樹を 見て1人の少年が声を上げた。

 

「か、和樹兄様やめてくださ い!」

 

今まで驚きのあまり声も出すこと のできなかった煉だが、さすがにこの状況には声を上げた。

 

「姉様は混乱していて訳が分から なくなっていただけです。そうですよね、姉様!」

 

煉は綾乃に同意を求めるが恐怖で 固まってしまった綾乃は声が全くでなかった。

 

「煉君・・・今混乱していたか らって言ったけど・・・・・・混乱してれば、何をしてもいいと煉君は思っているの?」

 

「・・・そ、それは・・・」

 

「そのせいで関係ない人が傷つい たら・・・命を落としてしまったらどうするの?」

 

答えられない煉に和樹は言葉を続 ける。

 

「混乱している人に怪我をさせら れて、命を奪われたら煉君はその人を許すことができるの?」

 

「・・・・・・・・・」

 

煉は何も言うことができない。

 

「できないだろ。混乱していた、 何も知らなかったから何やっても許されるわけじゃない」

 

和樹は視線を再び綾乃へと戻す。

 

「力を持つ者はその力を正しい方 向に使わなくちゃいけない。力を持つ者はその力を自覚しなければいけない。何も考えずにただ力を使うのは術者としてもっとも恥ずべき事なんだよ」

 

「ヒィッ!」

 

更に強くなる和樹の視線に綾乃は 悲鳴を上げた。目には涙を浮かべている。

 

「ましてや、上に起つ者ならなお さらだ。軽はずみな行動は自分の身を滅ぼすだけだ」

 

そう、綾乃はすでに失敗をしてい た。和樹に助けられたがその軽はずみな行動によって妖魔に殺されそうになり、そして今和麻に倒されそうになった。

 

「死ぬときになってから後悔して も遅い。自分の行動に責任が取れないなら最初から動かなければいい」

 

綾乃の目からは涙があふれ出てい た。さらに恐怖のあまりに体が震えている。

 

今すぐにでも自分の首を和樹が撥 ねそうに感じて仕方がなかった。

 

「和樹君」

 

そのとき和樹の手を止める人がい た。

 

「もうそれくらいにしてあげた ら」

 

優しそうな笑顔で和樹の手を握る 千早。

 

殺気だった雰囲気の中でそこだけ が切り離された別の空間のように見えた。

 

「お芝居もいいけどほどほどに ね」

 

「・・・やっぱり気づいてい た?」

 

和樹から刺々しい雰囲気が消え去 り、いつもの優しそうな顔に戻った。

 

「綾乃ちゃんと煉君は気づかな かったみたいだけどね」

 

「僕たちにはバレバレだね」

 

「本当の和樹の殺気を知っている し」

 

「えっ、えっ!」

 

綾乃はただ涙を流してその場に力 なく座り込んだ。どうやら緊張の糸が切れたらしい。

 

「・・・な、なに・・・・・・ど ういうこと?」

 

「ようは少し綾乃ちゃんをから かったってことよ」

 

千早が綾乃に答える。

 

「でも和樹君が言ったことは間違 いじゃないわよ」

 

聞いているのかいないのか、綾乃 はまだ呆けたままだである。

 

「和麻兄さん、何か言うこと は?」

 

「いや、ほとんどお前が言ったか らない」

 

和麻も和樹が本気でないことはわ かっていたので特に驚いた様子はない。

 

「でもまさか・・・うおっ!」

 

話をしだすと同時に和麻に飛びつ く小さな影があった。

 

「兄様!」

 

「兄・・・お前、煉か?」

 

「はい!」

 

煉の言葉に和麻は自分の本当の弟 を思い出す。だがその姿を見て少し悲しそうな顔をした。

 

「・・・・・・和樹・・・」

 

「ん? なに?」

 

「4年ってホント長いんだ な・・・」

 

「まあ、長いね」

 

「弟が妹になるなんて・・・」

 

「うん、う ん・・・・・・・・・って、はいぃっ?」

 

『はっ!!?』

 

和麻の言葉に言葉を無くす和樹。 千早、レオン、カイも目が点になっている。

 

「まあ、あのときから女っぽく て、2人で道歩いていると『可愛いい妹ね』って回りから数えるのも面倒になるほど言われてたから、心配はしなくもなかったんだが・・・まさか小学生のうち からこんなになるなんて・・・・・・」

 

マジで深刻そうな顔をして話す和 麻。

 

「に、兄様・・・酷いです よ・・・」

 

和麻の言葉に涙する煉。

 

まあ、そりゃ泣けるだろう・・・ 久しぶりに会った兄にこんなこと言われたら・・・・・・

 

「に、兄さん・・・」

 

「か、和麻・・・」

 

「それを言っちゃ・・・」

 

「お仕舞いだよ」

 

しかし、和樹たちも煉を見て一瞬 女かと間違えたりする。(マジで)

 

だが、よく見れば男に見えなくも ない・・・

 

服装が女物というよりは男物だ し、他に・・・・・・それくらいか判断できるのは・・・・・・

 

「僕は男ですよ、兄様」

 

断固として身の潔白を証明する 煉。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ いや冗談だ」

 

ちなみに、沈黙の間は煉を疑って いた時間である。本気で女だと思っていたのである。

 

(いや、冗談じゃない)

 

(本気で言っていた)

 

(マジだった)

 

(あの顔はマジだった)

 

もちろん4人は気づいていた。

 

「久しぶりだな。元気にしてた か?」

 

誤魔化すように話題を変える和 麻。完全に誤魔化すつもりらしい。

 

「兄様・・・・・・誤魔化そうと していません?」

 

「あなたの兄様はそんなことしま せん」

 

(する気だ)

 

(誤魔化す気だ)

 

(逃げた)

 

(嘘だ)

 

もちろん4人にはバレバレだっ た。

 

「ともかく、寮の中に入ろう。話 はそれからだね」

 

「そうね、綾乃ちゃ ん・・・・・・お〜い・・・」

 

千早が綾乃に声をかける。

 

「・・・・・・あっ! えっ!」

 

どうやらまだ呆けていたようだ。

 

「寮の中入ろう」

 

千早に言われようやく頭が動き出 したのか、綾乃は先に入っていった。和樹たちの後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

「適当に座っていいから」

 

煉と綾乃は和樹の部屋に入るとど うすればいいのかわからないでいたが、和樹に言われ空いている場所に座った。

 

「はい、これ飲んで少し落ち着い て」

 

千早から紅茶を受け取る。

 

和麻も同様に紅茶を受け取って飲 んでいた。

 

「ところで聞きたいんだけど?」

 

『えっ?』

 

和樹の言葉に2人が反応する。

 

「どうしてあんな所に2人共いた んだい? 妖魔が襲ってくるってわかっていて態々あんな危険な単独行動をしたの?」

 

「えっと、それは・・・」

 

煉が説明を始めた。

 

自分たちがなぜあんな所にいた か、兄に会って本当のことを確かめたかったことを、神凪が今どういった状態かを。

 

「無茶なことを・・・」

 

「軽はずみな行動だね」

 

「無事だったのは運が良いとしか 言えないな」

 

「宗主の頭脳じゃなくて、馬鹿ジ ジイの血を強く受け継いじまったってわけか」

 

「何も言えないわね」

 

煉の話を聞いて5人ともこれでも かというくらい呆れかえった。当の綾乃は文句を言いたくても全て事実なので反論できず小さくなっていた。

 

「結局、神凪で真ともなのは宗主 くらいか、厳馬も厳馬だしな・・・」

 

「えっ!? 父様に会ったんです か?」

 

「ああ、ついさっきな」

 

煉が驚いたように声を上げる。

 

「で、兄さんどうなったの」

 

和樹の質問で和麻は笑顔で答え た。

 

「ああ、話になんねぇからぶっ飛 ばした!!」

 

「どのくらい」

 

「かなり手加減してやった。けど 当分病院のベットの上での生活だな。手足の腱ぶった切ってやったからな。回復魔法とか使えばすぐ治る程度だが、のんびり入院でもして、永久凍土状態のガチ ガチの頭を解凍する時間には丁度いいだろ」

 

「5体満足ではあるってわけだ ね?」

 

「一応な。本当はバラバラにして やろうと思ったがあの弱さじゃそんな気も失せた。核の違い見せてやろうと最初は思っていたけど何か馬鹿らしくなってな」

 

「まあ、無事ならいいか」

 

「よくありません!」

 

「やっぱりあんた妖魔と・・・」

 

煉は和麻と和樹の会話に驚き声を 上げる。綾乃は今にも飛び掛りそうな勢いだ。

 

「妖魔となんて兄さんは契約して いないよ」

 

和樹は綾乃を一睨みする。その目 を見た綾乃は先ほどのこともありすごすごと座り込んだ。

 

「始めに言っとくが俺は妖魔なん かと契約した覚えはない。厳馬をぶっ飛ばしたのは俺の言葉を聞かずに神凪が仕掛けてきたからだ」

 

当然のように和麻は答えた。

 

何度も和麻が無実を訴えたのに話 を聞かず、力尽くできた。だがそれが間違いだと知った瞬間に自分たちのほうに和麻を引き入れようとする。

 

そんな相手に譲歩する気はない

 

「で、でも、神凪と戦ったら兄様 だって勝ち目がないんじゃ・・・」

 

「いや、神凪が負けるね」

 

レオンが言う。

 

「厳馬が負けたんだよ。もう和麻 に勝てる人なんて1人もいない。重悟が出てきても現役引退して力も落ちてる、今の厳馬より劣るんだから」

 

「それに今回のことは神凪に落ち 度があるんだ。宗主以外は未だに和麻を妖魔と契約して神凪を滅ぼそうとしている犯人としか見ていないんだろ」

 

レオンとカイの容赦ない言葉に煉 は黙り込む。

 

「聞いておくが、お前ら本気で神 凪だけで妖魔に勝てると思っているのか?」

 

「な、なによ。無理だって言う の?」

 

和麻の言葉に綾乃が反応する。

 

「無理だね」

 

それに答えたのは和樹だった。

 

「あの妖魔に対抗するには数じゃ ない。重悟おじさんや厳馬おじさんクラスの神炎の使い手じゃないと相手にならない。重悟おじさんが戦える状態でも、厳馬おじさんがいても勝つのはほとんど 無理だろうね」

 

「・・・・・・」

 

煉も綾乃も黙ってしまう。自分た ちで実際に相手にしてわかった。

 

たとえ煉がもう1度黄金の炎を使 えても相手には効かない。

 

黄金の炎ではあの妖魔を倒すこと はできない。

 

「それに、相手は2体と決まった わけじゃない」

 

『えっ!』

 

和樹の言葉に2人が驚愕の表情を 浮かべた。

 

「つまり目の前に現れたのが2体 なだけであってまだ他にいないとも限らない。それに黒幕がまだはっきりとしていない。つまり、あの2体の他に確実に・・・このシナリオを動かしている別に 存在する何かがいる」

 

これも事実である。風牙衆が怪し いと分かっているが、まだ真の黒幕がはっきりとしていない。その相手が妖魔よりも強いとも限らない、いや強いと考えていたほうがいい。

 

「確かに、2体だけだったとして も1人で同時に相手なんかしたらこっちがやられるな」

 

たとえ強くても人間には限界があ る。

 

「それにあいつらの風は俺には干 渉できないからな。それを考えると戦い難い相手だ」

 

「えっ、けど兄様 は・・・・・・・・・・・」

 

「ん?」

 

和麻は煉の『兄様は』という言葉 に疑問を覚えた。

 

煉は何か知っているということ だ。

 

「・・・煉・・・お前、何か知っ ているのか?」

 

「噂を聞いたんです。ヨーロッパ のオカルトサイトを見ていたんですけど、この時代にコントラクターが現れたって」

 

煉は和麻を見ながら話を続ける。

 

「それとコントラクターを超え る。2つの炎を手にした人が現れたて・・・・・・その炎を手にした1人とコントラクーターは日本人だって。

根拠はありません・・・・・・で もそのコントラクターって兄様のような気がしたんです」

 

和麻は煉の言葉に少し目を見開い た。

 

そして煉の目から視線を外さない ようにした。それが確信となった。煉は兄がコントラクターだと。

 

「兄様なんでしょう? 歴史上で 実在を確認されている唯一のコントラクターは・・・・・・」

 

「・・・・・・違うな」

 

和麻は落ち着いた声音で言う。さ らに口を開きかけた煉を制し、言葉を続けた。

 

「唯一じゃない。少なくとも俺の 顔を知っている奴で2人、後の1人は分からないが4人はいる。その4人のうち1人はお前らも身を以って知っているはずだ」

 

和麻は会えて和樹のことは言わな かった。

 

「じゃあ兄様なんです ね・・・・・・でも、何で干渉できないんですか? 兄様なら・・・・・・」

 

煉の疑問も尤もだ。

 

風の精霊王と契約した和麻なら、 他人が召喚した風の精霊も奪うことができる。それができないなどありえないことだ。

 

「さっき兄さんが言ったけど、相 手の使っている風は狂っているみたいなんだ。僕も相手を見て思ったけどあれは普通の風の精霊とは別の風、兄さんが使う風が光なら妖魔が使うのは闇、相反す るものと言っていい。それとコントラクターといったって精霊王の力を全て使えるわけじゃない。

使えるのは塵に等しいくらい小さ な力なんだ。それが人間の体が耐えることのできる限界の力。人間はどうあがいても神の力は手に入れることはできない」

 

「そういうことだ。まあ、厄介な 相手ってことだ」

 

「ちょ、ちょっと待ってコントラ クターって、ええっ!」

 

綾乃は驚いたように声を上げて和 麻を見た。

 

「宗主は何の教育をしてきたん だ? いい加減に理解出来てないのかお前は、俺が風の精霊王と契約したコントラクターだって言っているんだ」

 

その言葉に綾乃は絶句した。妖魔 と契約したと思っていた相手が精霊王と契約していた。何が何だか分からない状態になっている。

 

それを聞いてなぜ和樹たちが驚か ないのか、それもわからなくなっていた。

 

「じゃあ、神凪 は・・・・・・・・・」

 

そんな中冷静に煉は話す。

 

コントラクターである兄にここま で言わせる相手。いくら炎の精霊王の加護を受けていてもそんな相手に勝てるわけがない。

 

「糸をつけられた操り人形といっ ていいな」

 

「神凪は和麻お兄ちゃんを犯人だ と思い込んでいる。黒幕が思い描いた通り動いてくれるチェス駒みたいなもの」

 

千早が和麻の後をついで言葉を続 ける。

 

「例え、黒幕に気づいたとしても 今の神凪に妖魔と対等に渡り合えるのは重悟おじさんだけ、分家の人はあてにならない」

 

「重悟おじさんも妖魔1体を倒せ る、いや昔ならともかく今は相手にできるかどうかだ。厳馬おじさんは間に合わない。綾乃ちゃんと煉君は確かに強い。

だがそれは神凪の家の中でだけ だ。他の術者から見ればまだまだ甘いし、実際に妖魔には手も足も出ない状態だった」

 

「神凪は滅亡するな、間違いな く」

 

「そ、そんな。兄様、僕たちに協 力してください! 兄様が協力してくれれば・・・・・・」

 

3人の容赦ない言葉に煉は慌て る。その言葉はどこか他人事のようにも聞こえた。

 

「・・・・・・悪いが、俺はお前 ら神凪と共闘する気はさらさらない。例えそっちが頭を下げてこようとな」

 

煉の言葉を和麻は軽く一蹴した。

 

「ど、どうしてですか? 兄様 だって神凪の人間でしょ? 家族が死んでも平気なんですか!?」

 

「そうよ、それだけの力があるな ら助けてくれたっていいでしょ!!」

 

「・・・煉、綾乃、お前ら勘違い してないか?」

 

「えっ?」

 

「な、何をよ!」

 

煉と綾乃は和麻の言葉の意味を理 解できなかった。更に綾乃はその表情には怒りと憎しみも混ざっていた。

 

「力があろうが無かろうが俺に とって神凪は他人のことだ。確かに俺の生まれは神凪だ・・・だがすでに神凪の人間じゃない。4年前、厳馬に勘当を言い渡されて神凪の名を捨てた人間だ。俺 には今家族もいない。親戚と呼ぶ奴らもいない。血はつながっているかもしれないが、煉・・・お前も既に弟じゃない」

 

「そ、そんな・・・」

 

和麻の言葉に煉は言葉を失う。

 

和樹たちは何も言わなかった。和 麻の言っていることは酷いかもしれないが全て真実だからだ。

 

「順番を間違えるなよ。俺が神凪 を捨てたんじゃない。厳馬が、神凪が、神凪家一族が俺のことを無能者、役立たずと言って捨てたんだ。だから俺も神凪を捨てた。

八神という名をつけた。そんな俺 に厳馬は失望したなんて言いやがった。自分で捨てといて勝手なことを言いやがったんだ、あの男は。

それに、俺の言葉も聞かずに一方 的に攻撃してくる身勝手な奴らを護るほど俺はお人よしでもないし、護る義務も義理も何もない。

だから俺も今神凪を捨てる。お前 らが4年前に俺を助けなかったのと同じようにな」

 

全てが正論である。何も間違った ことなど言っていない。

 

「どこか間違いでもあるか?」

 

「そ、それは・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

2人は何も言えない。和麻のいて いることは全て正論だ。

 

全て神凪の傲慢さが生んだ結果 だった。重悟がどれだけがんばって動いても、周りが好き勝手に動いてしまい全てを台無しにした。

 

何もわかっていないうちから、和 麻を犯人と決め付け力で解決させようとし、相手のいいように動かされた結果だ。

 

自分を今まで敵だと思っていた相 手、今もそう思っている人たちがいる側にたって戦うことを好んでするものなどいるわけがない。

 

「だから、俺は共闘する気なんて ない。もし攻撃してくるなら容赦はしない。向かってくるなら誰だろうと倒す。例えそれが宗主であってもだ」

 

煉と綾乃は和樹たちのほうを見 る。だが和樹たちも首を横に振った。

 

「悪いけど、僕らは動かない。源 氏爺にそう止められている」

 

「そんな・・・」

 

「僕たちだって動けるなら動きた い。神凪の人たちが和麻兄さんにしてきたことを僕らは知っている。それをどう思うかって言われたら酷いことだって思っているし憎いかって聞かれたら憎いっ て答える。

でも、その人たちが妖魔に倒され てもいいとは思っていない。護れる力があるのにそれをしないのは逃げることだと思う。だからといって好き勝手に動くことは、僕は許されない。僕は式森一樹 であると同時に式森家の次期宗主としての立場がある。軽はずみな行動は許されない。それに好き勝手に動いたからって今この状態がどうにかなるわけでもな い。下手に動けばそれこそ黒幕の思う壺だ」

 

もはや妖魔が自分たちを襲ってこ ないことを願うだけだ。

 

「だけど妖魔は倒す。あの妖魔を 野放しにしておくのはあまりにも危険すぎるからね。源氏爺も源爺もそう言っているし、僕とレオン、カイ、千早でならうまく動けば倒せない相手ではない」

 

和樹の言葉に和麻の口が開いた。

 

「和樹、そのメンバーに俺も入れ ろ・・・いや入れてくれ」

 

「えっ!?」

 

「兄様!?」

 

「何で神凪に手を貸さないで和樹 たちには手を貸すのよ!!!」

 

和麻の言葉に和樹たちは驚き、煉 と綾乃は声を荒げた。

 

「当たり前だ。神凪に手を貸さな い理由、貸したくない理由は山ほどある。だけどな、和樹たちや源氏爺たちに手を貸す理由、今までの恩はそれ以上にあるんだよ」

 

和麻の言葉には力が入っていた。

 

「神凪にいて無能者扱いされてい た俺を助けてくれた式森家、源氏爺や源爺には手を貸さない理由はなくても手を貸す理由は山ほどある。それを返せるときに返すだけだ。そしてそれが今だとそ う判断した、それだけだ」

 

それに自分を犯人に仕立て上げた 奴らを許す気も和麻にはない。

 

(生まれてきたことを後悔させて やる)

 

徹底的に倒す。この世にその存在 を残さないくらいに和麻は相手を倒す気でいた。

 

「とにかく、お前らは大人しく家 にでも隠れてるんだな。もしものときは宗主が何とかしてくれるはずだ。宗主は今源氏爺と連絡を取り合っている。

源氏爺なら神凪はともかく、宗主 を見殺しにするようなことはしないからな」

 

「確かに、源氏爺なら助けるだろ うね。覚えのいい弟子の1人だし、自分を尊敬してやまない重悟おじさんだしね」

 

和樹が和麻の言葉を肯定するよう につけたした。

 

「明日、お前らは神凪に帰れ。俺 といたらお前らも疑いをかけられるからな。それにあの妖魔もまた来るかもしれないから」

 

「・・・・・兄様」

 

すがるような目つきで見上げてく る煉を和麻は無表情で見下ろしていた。

 

「・・・・・・・ うっ・・・・・・・・うぇっ・・・・・・・・ひっ・・・・・・・・ひん・・・・・・・・・・」

 

煉はとうとう嗚咽を漏らし始めて しまった。妖魔は倒すが自分たちとは和解してくれない。

 

さらに自分はもう弟ではないとま で言われた。大好きな兄から自分は見捨てられた。

 

兄を慕ってやまない心優しい煉 が、涙を流すのは当然と言えよう。

 

「お、おい・・・ 煉・・・・・・」

 

さすがに煉に泣かれては和麻も慌 てた。煉の涙は和麻にとって苦手なものトップ10(それも上位)に入る。

 

さらに面立ちが少女のような煉で ある。その煉を泣かした罪悪感は凄まじいものであった。

 

「あ〜あ〜、泣かせたね」

 

「酷い兄さんだね」

 

「何も泣かせなくたって・・・」

 

「言い過ぎじゃない、兄さん」

 

和樹たちは非難の目を和麻へと向 ける。

 

「ちょっと待て、お前ら俺が泣か したのかよ!」

 

「無責任」

 

「言い訳したよ、この人」

 

「何もそこまで・・・」

 

「4年間で兄さんは変わったね」

 

さらに非難の目を和前と向ける4 人、綾乃も同様に和麻に非難の目を向けていた。

 

「俺だけじゃないだろ。お前ら だって酷いこと言っていただろうが!!」

 

「人のせいにする」

 

「最低だね」

 

「お兄ちゃん・・・」

 

「あの優しかった兄さんはどこ へ・・・」

 

そんなやり取りを見ていた煉はす でに泣き止んでいたりする。

 

神凪煉12歳、この歳で嘘泣きと いう武器を持つ男はそういないだろう。

 

「あ゛あ゛ぁ゛〜〜〜、くそっ!  煉、お前も男なら泣くな! 宗主が頭下げて頼んできたら助けてやる。宗主にも借りはあるからな。ただし俺からじゃなくて向こうから言ってこなかったら手 は貸さないからな」

 

例え煉にまた泣かれようともこれ だけは譲れない。自分の戻るべき場所はあそこではない、戻る理由もない。

 

「それとお前とならこれからも兄 弟のように付き合ってやる。それでいいだろ」

 

「兄様!!!」

 

煉は和麻に飛びついた。やっぱり 変わっていなかった。4年前の兄のままだった、自分の覚えている兄のままだった。そしてこれからも自分の兄でいてくれる。

 

煉はそれが嬉しくて仕方なかっ た。

 

(やっぱり、煉には勝てない な・・・・・・)

 

12歳とは思えないくらいに無邪 気にしがみついてくる煉の頭を撫でながら和麻は思った。

昔から、煉と千早の2人のお願い を自分は断れた例がない。

 

それがどんなに無茶で、不条理で あろうが関係なかった。天使のような笑顔でねだられ、せがまれ、最後には泣かれて、結局は言われるままに従ってしまうのが常だ。

 

それは今回のことも例外ではな い。

 

ちなみに和樹は千早には弱かった が、煉相手には対策があった。

 

和麻の名前を出せば煉はそっちに いく。煉にとって和樹も兄のような存在だが、実の兄、和麻には敵わないと言うわけだ。

 

だが押し付けられる和麻からして みれば溜まったものではない。

 

「・・・しかし・・・」

 

「・・・ふにゃ!?」

 

和麻は煉の襟首をつかむと軽く持 ち上げた。猫のような声を上げて摘み上げられて煉は一瞬きょとんとしたがすぐに満面の笑みを浮かべる。

 

媚びているわけではない。純粋に 嬉しくてたまらないのだ。それがわかるだけに和麻は戸惑いを隠せないでいた。

 

(ふにゃって・・・)

 

頭痛のする頭を押さえる。

 

(・・・か、軽い・・・過食症 か・・・・・・こいつ本当に12かよ・・・ってか、本当に男か・・・こんなに可愛くていいのか?)

 

はっきり言って、煉の顔はかっこ いいとか美男子とかそういう表現では表せない。

 

かわいい、きれい、まさに女性の ためにあるような言葉が煉には当てはまった。もし煉が女装でもしたらと考えたが・・・・・・怖くなって途中でやめる。『似合うかな〜』なんてそんな疑念は もてない。『似合う』間違いなく女装の才能があると言ってもよかった。

 

何だか色々考えるとどんどん怖い ほうに進んでいきそうである。少女誘拐で、間違えて攫われるのでは・・・男だろうが、かわいい子好きのお姉さんだろうが間違いなく攫うだろう。

 

どこぞのアイドルグループファミ リーに紛れ込んだら何の違和感もなく溶け込めそうである。

 

しかし、これ以上考えるとマジで 怖くなりそうなので考えるのをやめた。そして考えを脳の中の箱に入れ、鍵を掛け、さらに鎖でグルグル巻きにして脳のはじ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜の方へとしまいこんだ。できればそのまま爆破しようかと考えたりもする。

 

つかんでいた煉をベットへと放り 投げる。煉は見事に着地した。

 

「お前はもう寝ろ、子供がこんな 遅くまで起きてるな」

 

「え〜〜〜、でも・・・・・・ (無視しないでくださいよ〜〜〜〜)」

 

そっけない和麻に煉は不満そうな 声を上げる。

 

どこかその声が猫撫でた声に聞こ えたが気のせいだろう。

 

「・・・何だよ?」

 

「もっと色々、話がしたいです。 折角久しぶりに兄様たちに会えたんだし・・・・・・・・・」

 

こうなると、もう煉は止められな い。睨みあいが続くが結果は最初から決まっていた。和麻は煉から視線を外し和樹を見たが、そちらも無理だというようなしぐさをする。

 

これで煉に対して何十連敗だった か・・・もはや数えるのも面倒になってきた。

 

「はぁ〜・・・で、何が聞きたい んだ? ・・・って何してんだ、お前は!?」

 

「心を読んでみました!」

 

「読まんでいい!」

 

白旗を上げる和麻・・・後ろでレ オンが本当に白旗振っていたりする。

 

煉はおずおずと問いかけた。

 

「えっと・・・・・・その・・・ どうすれば兄様みたく強くなれますか?」

 

「・・・・・・ふっ」

 

和麻の額に青筋が浮かんだのは目 の錯覚ではない。

 

「・・・れ〜〜〜ん」

 

和麻は低い声で煉の名を呼び近づ くと頬をつかみぐいぐい引っ張った。額に青筋が浮かんでいるのがはっきりとわかる。

 

「ひっ、ひはいひはい(いっ、い たいいたい)・・・」

 

「何だ、その質問はこ らぁ・・・・・・炎を使えない俺に対する嫌味か、喧嘩売ってんのか、売ってんなら買うぞ? 風術師に炎術師の修行法を聞くな。そんなに知りたかったら和樹 にでも弟子入りしろ」

 

グィィィィィィィィィ・・・

 

「ひはい、ふひはへふ! ははひ へふははひ、ひひはは(いたい、すみません! はなしてください、にいさま)」

 

煉は和麻が手を離すと頬を押さえ ながら聞き返した。

 

「痛い〜〜〜・・・聞くっ て・・・か、和樹兄様にですか?」

 

煉は和樹を見ながら言う。

 

「和樹の力は、宗主や厳馬を超え ている。教えてもらえれば、お前には十分な才能があるんだ、和樹ならその力をうまく伸ばしてくれるし、いい手本にもなる」

 

「でも和樹兄様の炎っていった い?」

 

「そ、そうよ!! 私たちを助け たときのあの炎は何!?」

 

かやの外にされていた綾乃も飛び ついてきた。自分たちを助けに来たときに見せたあの炎の柱、神凪でもあんな強力な炎を使える人はいない。

 

「和樹」

 

和麻は和樹に声をかける。

 

「そうだね・・・まあ、努力し たってことで」

 

和樹は2人の質問にそう答える。

 

「ちょ、ちょっと、努力だけであ んな炎は使えないわよ!」

 

(・・・いや、お前は努力がたり ない・・・)

 

和麻が心の中でこんなことを考え ているということは誰も知らない。

 

だが綾乃の言う通り、和樹の力は 知らないものにとってはなんとできるわけがないと思えてしまう。炎術師でもないのにあんな巨大な炎を使えるなんてありえない。

 

炎術師でも使えるかどうかなんて わからない。

 

「いずれ教えてあげるよ」

 

そう簡単に話せることではない。 話せば2人も捲き込んでしまう。自分の運命に・・・

 

「で、でも」

 

「綾乃ちゃん、悪いけど聞かない で置いてくれる」

 

まだ何か聞きたそうな綾乃を千早 が止める。

 

「あまり知られたくないことなの よ。それに努力したって言うのは本当のことだし・・・・・・」

 

「特にお前みたいな口の軽そうな 奴には言えないな」

 

「な、何ですって! キシャアア アアアアアアアア!!」

 

((夕菜がここにもいた))

 

レオンとカイの心の呟き。

 

綾乃の射殺すような殺気を受け流 しながら和麻は煉に言った。ついでに和樹たちも綾乃を無視している。夕菜を相手にしているせいか暴走する人の扱いに慣れてきたようである。

 

ある意味酷い扱いであるが。

 

「とりあえず、煉。和樹にアドバ イスは聞いたほうがいいぞ。これだけは確かだ・・・・・・和樹がいいならだけど」

 

和樹に問いかけるように和麻は言 う。

 

「僕は構わないよ。煉君が真面目 に修行したいっていうなら出来るだけ力にはなる」

 

「だとさ」

 

『よかったな』という感じで和麻 は煉に言った。

 

「けど、お前には充分な才能があ るんだから、そこまで変わった修行をしなくてもいいだろが」

 

「そんなことないですよ。僕は宗 家の中で1番才能がないかもしれません」

 

「・・・・・・・・・無能のせい で勘当された俺の立場はどうなんだよ」

 

「まあ、兄さんそんな落ち込まな いで・・・」

 

ガクリと項垂れる和麻。そんな和 麻に煉は過剰に反応した。

 

「兄様には才能があるじゃないで すか! 風術を極めるだけの才能が! 体術もずば抜けてるし、頭も良いし、それに比べたら僕は中途半端です。僕の炎は、綾乃姉様や父様には遠く及びませ ん。体術もそんなに強くないし、姉様みたいに炎雷覇みたいな、武器も持っていないし・・・」

 

「12のお前と神炎使いを比較す るのは間違いだと思うぞ。それに炎雷覇を持たなかったらお前と綾乃は同じくらいで大して差はないだろ」

 

「確かに比べる相手が間違ってい るね」

 

「でも・・・」

 

煉の表情は焦燥に満ちていた。優 秀すぎる身内に対するコンプレックスに悩んでいるらしい。

 

まあ、強くなりたいという気持ち はわからなくもない。

 

だが和麻の言ったとおり煉と綾乃 の間に大した差は存在しない。歳が上な分綾乃のほうが力は上だがそれは当たり前だ。

 

だが綾乃には炎雷覇がある。仕事 も煉よりも長くやっている。そのアドバンテージがある以上、綾乃が優位なのは間違いない。

 

もし綾乃に煉が勝ちたいなら綾乃 の3倍以上強くなくてはならない。

 

剣道三倍段である。剣を持つ者に 勝つにはその3倍の力を持っていなければならない。

 

重悟と厳馬に至っては、あれは完 全な規格外だ。神炎使いと優劣を論じられるのは神炎使いのみである。

 

煉など、劣等感を抱くことさえ 10年早い。2人は神凪歴史の中でもトップクラスの実力の持ち主。12歳の少年が相手になるわけがない。

 

また戦闘経験も煉はまだ少ない。

 

術者として戦いの中で学ぶものも ある。

 

そういうものを無視して煉は今の 自分の力だけを見て比較してしまっている。

 

現在の圧倒的な力の差に目を奪わ れ、未来への希望を見失っているのだ。

 

「大体、本当に強くなりたいと思 うなら才能なんて関係ない」

 

「『努力に勝る才能はない』とで も?」

 

不満そうに唇を尖らせる煉だが手 を振って和麻は続きを言う。

 

「そこまで奇麗事は言わねえよ。 死に物狂いで努力しても、それだけじゃ越えられない壁はあるだろう。そこから先は才能が必要になってくる。

だが、才能があるのに努力しない 奴はその壁さえ見ることが出来ない。天才って言われる連中もいるが絶対にそいつらも努力はしている。人に知られないところでだろうがな。途中で伸びなく なってここが自分の限界だ、何て思ったり、1度の失敗で2度と挑戦しない奴も上になんていけない。何度倒れようが、そこから這い上がってくることが出来な い奴は強くなることなんて出来ない。自分の弱さから逃げる奴らには強くなる道なんてないんだよ」

 

和樹、千早、和麻、3人もそう やって強くなってきた。自分の弱さと正面からぶつかり合いそれを超えていく。何度くじけようが倒れようが立ち上がって乗り越えてきた。

 

それを乗り越えたものだけに許さ れるのが一流の道だ。それを超えられないものは二流、三流で終わる。

 

煉にしても綾乃にしてもまだ自分 の弱さに気づいていない。それに気づき乗り越えていけるかで全てが変わる。

 

「お前はまだその弱さを知らな い。それを自分の力で乗り越えることだ。それとその力を何のために使うかそれもよく考えろ」

 

「何のために使うかですか?」

 

煉はその言葉に疑問の表情を浮か べた。

 

「そうだ。力が在っても何に使う かで後々変わってくる。絶対に間違った方向には使うなよ」

 

「でも、僕は何にその力を使えば いいかまだわかりません」

 

「わかんなくてもいいんだよ」

 

煉の問いに答えたのは和樹だっ た。

 

「最初から分かっている人なんて 誰もいない。それは僕も千早も兄さんも他のみんなも同じことだ。それを今から探せばいいんだよ。強くなりながらね」

 

煉は和樹の言葉を聞き入る。

 

「誰に聞くんでもない、誰かをマ ネするんでもない、自分で自分だけの自分なりの答えを見つけるんだよ。自分の力を何に使えばいいのか。それがわかったときに人はまた強くなれる」

 

和樹は軽く顔を千早のほうに向け る。千早はそれに優しい笑顔で答える。

 

「自分を支えてくれる人たちのた めに僕は力を使う。それだけの力を僕は持っているからね。それが本当の答えかどうかはまだわからないけど、今はそれが僕が出した僕なりの答えだ」

 

再び視線を煉に戻す。

 

「今、煉君がすべきことは我武者 羅に強くなることじゃない。答えを見つけながら強くなればいいんだよ。焦ることなく、周りのペースに合わせるわけでもなく、自分のペースでね」

 

「はい」

 

和樹の言葉に煉は納得した。

 

自分の兄たちの強さの源が少しだ けわかったような気がした。

 

「時間も遅いからそろそろ休も う」

 

「そうね、綾乃ちゃんは私の部屋 で休みましょう」

 

千早は綾乃を連れて和樹の部屋か ら自分お部屋へと移動する。

 

「それじゃお休み、和樹君」

 

「お休み、千早」

 

手を振りながら千早は自分の部屋 へ、綾乃も慌ててそれについていった。

 

「煉君は僕のベット使って休んで いいよ」

 

和樹の言葉を聞いているのか、煉 はポカーンとした表情で聞いた。

 

「和樹兄様聞いていいですか?」

 

「なに?」

 

「和樹兄様と千早姉様って付き 合っているんですか?」

 

「煉、今の見て否定されても誰も 信じないぞ」

 

煉の質問に和麻が答えた。

 

「付き合っていない2人がここま で甘々の雰囲気出せるかっての!」

 

拳を煉の頭にぐりぐりと当てなが ら和麻は言った。

 

「痛いです〜〜、兄様〜〜」

 

涙目で頭を押さえる煉。その姿は 弟というよりも兄にからかわれる妹に見えた。いや、そうとしか見れなかった。

 

「妖魔に襲われたときに比べたら 大したことじゃねえだろが、さっさと寝ろ」

 

「でも、もっと話し聞きたいです よ〜」

 

縋るような口調で和麻に迫る煉。

 

子犬や子猫のようなウルウルした 目で和麻を見つめる煉。

 

(こいつが本当に厳馬と深雪の子 供だと俺は思えない)

 

どこぞの星からきた芸能人と同じ 星からでも来ているのではないかと和麻は思った。

 

もちろんそんなウルウルした目で 見られて耐えられる人は相違ないだろう。

 

もちろん和麻もそんな煉に完全敗 北。

 

「・・・わかった。面白い話しし てやるからそしたら寝ろ、いいな」

 

煉の将来を心から心配する今日こ の頃の和麻。何であの厳馬の血を引いていてこんなふうになるのか疑問に思う。

 

「はい、どんな話ですか?」

 

尻尾があったら目にも留まらぬ速 さで振られていただろうなとか、和麻が考えていたのはここだけの話である。

 

「中国の奥地で竜王に出くわした ときの話だ。あれは四川省でのことだったな・・・」

 

煉は和麻の話を面白おかしく聞い ていた。だが疲れていたのかいつの間にか眠りについていた。

 

その寝顔はとても楽しそうな顔を していた。

 

 

 

 

 

 

あとがき

「レオンで〜す。早速今回のパー ソナリティーに登場してもらいましょう。今回はこの方です」

「『私はアーク〇ンジェルの CIC担当よ』・・・・・・何か違くないこの台詞? こんにちは神凪綾乃です」

「は〜い、というわけで綾乃が着 てくれました。いや見事な暴れっぷりです」

「何が見事よ! あたしの扱い酷 すぎじゃない!! しかも『キシャー』って何であたしまであんな赤毛暴走キシャーンと同じ扱いにならなくちゃいけないのよ!!!」

「いや、元々作者これがやりたく てこの小説書き始めたんだしさ・・・」

「知らないわよ!! しかもあた しの活躍まるでない上に女らしいところゼロじゃない」

「その分千早が引き立ちますね。 それに煉のほうが女らしいし」

「あたしは刺身のつま か!!!?」

(正解!【作者】)

「作者死んでこ〜い!!!(炎雷 覇投げました)」

(ぎゃぁーーーー・・・・)

「お手々のしわを合わせてナ〜ム 〜(チ〜〜〜〜ン)」

「レオン・・・(目が怖いで す)」

「え〜、作者によると綾乃には後 半にかけて活躍してもらう予定だと」

「予定って何よ!? しかも後 半って前半は何ナノあたし・・・」

「いや、和樹の活躍にかき消され る恐れが・・・・・・それと前半は活躍させたくてもそれだけの力がないし・・・・・・」

「あたしにも活躍させ ろーーーー!!!」

「さて次回は神凪本家が大変なこ とに、そして重悟が立ち上がる」

「大丈夫かしらお父様・・・」

「次回もお楽しみに」

「あたしのことを忘れないでくだ さい」

「それでは皆さん」

『まったね〜〜〜〜』



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