第1部   〜動き出す運命〜

 

 

 

 

第25話 出会いと別れ

 

 

「・・・僕はどうしたんだろ」

 

煉は見たことのない空間にいた。

 

「何で・・・僕はこんな所にいる んだ」

 

少しずつ頭が動き始める。

 

自分は神凪の屋敷に向かってい た。その途中妖魔に襲われて目の前で千早が倒されて訳が分らなくなり我武者羅に炎を放った。

 

その後妖魔に攻撃され吹き飛ばさ れて・・・

 

「どうなったんだろ?」

 

その後の記憶がない。妖魔に倒さ れた後の記憶が綺麗に切り取られている。

 

見回しても周りには何もない、誰 もいない。

 

「僕はどうしたの?」

 

1人でいる寂しさ、自分のいる場 所が分からない不安が煉を襲う。

 

「誰か!? 誰かいないんです か!!?」

 

声を上げて叫ぶが返事は返ってこ ない。自分の叫び声だけが響き渡る。

 

「・・・ずいぶん弱虫なのね。男 の子の癖に」

 

「えっ!?」

 

声をしたほうを振り向くとそこに は1人の女性がいた。和樹たちと同じ年くらいか、腰まで届くような長い髪に笑顔が似合う女性である。

 

「こんにちは」

 

「えっ、こ、こんにちは」

 

煉は当てて挨拶を返す。

 

「あ・・・あのう・・・あ、あな たは誰ですか?」

 

「ふふっ!」

 

女性は軽く微笑むと煉の問いに答 えずに煉のことを見続ける。

 

煉はその視線が誰かに似ていると 思った。

 

そう・・・和樹や千早だ。自分が 尊敬し兄、姉のように慕う式森和樹、山瀬千早に見られているようなそんな感覚を覚えた。

 

「そう怖がらなくても大丈夫よ」

 

「えっ!」

 

一瞬の出来事だった。離れた場所 にいた女性がいつの間にか目の前にいて自分の頬に手を当てていた。

 

(み、見えなかった・・・)

 

煉は驚きのあまりに体が動かな い。

 

未知の者に対する恐怖が体を硬直 させる。

 

「あなたは何に対して恐れている のかな?」

 

女性は煉の頬に手を当てたまま語 りだす。

 

「私はあなたに敵意を示していな いわよ。今あなたが恐れているのは自分の心」

 

「ぼ、僕の心・・・」

 

「そう、あなたは自分で正体のわ からない私を怖い存在として見ている。私が敵意を示してなくてもあなたの中で私が自分に敵意を持っているように作り出してしまっているのよ」

 

「僕が・・・作り出してる」

 

「落ち着いて私を見てみなさい、 煉」

 

女性の言葉にゆっくりと落ち着き を取り戻し始める。確かに自分に対して女性は敵意を全く示していない。自分が勝手に怖がっているだけだ。

 

「落ち着いてみれば分かるで しょ。あなたの右腕を見てみなさい」

 

「これは・・・」

 

自分の腕につけられている物を見 る。そこには腕輪がつけられていた。

 

「誰のか、あなたなら分かるで しょ?」

 

煉はすぐにこれが誰のものである かわかった。それは無意識のうちに自分がいつも目で追っていたものである。

 

「これは和樹兄様の・・・」

 

「カズちゃんから渡してくれって 頼まれたんだけど、渡し方思いつかなかったからね。そのままにしちゃった」

 

「これを僕に・・・? ・・・ カ、カズちゃんって・・・」

 

「和樹のことよ。私はそう呼んで るの」

 

「は、はぁ・・・」

 

ポカ〜ン・・・としながらも、煉 は腕輪を外してみる。だがそこで動きが止まる。

 

「でもなんであなたが・・・」

 

「煉、あなたの力を引き出すわ」

 

なぜ和樹の魔法具があるのか聞こ うとしたが煉の問いには答えず女性が言う。

 

「あなたには眠っている力を目覚 めさせてもらわないといけないの」

 

「えっ! 眠っている力っ て・・・」

 

訳が分からず煉はただ話を聞くこ としかできない。

 

すると目の前の女性がいきなり炎 に包まれる。

 

「・・・そ・・・蒼炎」

 

自分の父、厳馬の使う蒼炎を思い 出させるような蒼い炎。

 

しかしその炎は父の蒼炎とは少し 違っていた。

 

「うわっ!」

 

蒼い炎が一気に燃え上がり火柱を 上げた。その炎の力は重悟、厳馬を思い出させるほど強力なものだった。

 

「あっ、ああ・・・」

 

炎が治まりだすとその中に1人の 女性が立っていた。さっきまで自分の前にいた女性だが違う。

 

「ほ、炎・・・」

 

『驚いた・・・これが今の私 の・・・本当の私の姿よ』

 

炎でできた身体、背中からは炎で できた翼を羽ばたかせる女性。

 

『この姿は私が望んだ結果よ。一 緒にいたいと・・・例えどんな姿になろうともそう願った』

 

背中の翼が大きく広がる。蒼い炎 が女性へと入り込んでいく。

 

『カズちゃんはそんな私を受け入 れてくれた。だから私はカズちゃんの力になる。なって見せる』

 

そう言うと炎の女性は煉と視線を 合わせる。

 

『煉、あなたの力の全てを私にぶ つけなさい』

 

「そ、そんな・・・」

 

『今のあなたでは目覚めてもカズ ちゃんたちの足手まといになるだけよ』

 

「あ、あなたはなんなんですか?  和樹兄様と一体どういう関係なんです? 一体僕の眠っている間に何があったんですか?」

 

『そうね、教えてあげるわ・・・ 見なさい』

 

空間に光がさす。そしてそこには 戦っている和麻の姿が映し出された。そしてその中に和樹の姿、千早の姿も映し出される。

 

「兄様、和樹兄様、千早姉様」

 

『カズちゃんたちは必死に戦って いるのよ。風牙の神が目覚めてしまった今、あなたも戦わなければならないの!』

 

「僕も・・・」

 

『あなたは分からないでしょうけ ど神と風牙衆はあなたの身体を使って封印をといたの、間接的ではあるけどあなたにも責任はある』

 

「僕が・・・」

 

『これが今までの流れよ』

 

炎の女性は掌を煉の額へと当て る、すると煉の頭の中に自分の欠けていたものが入ってきた。

 

「そ、そんな・・・僕が・・・僕 が原因でこんなことに」

 

膝をつき、煉は地面へと座り込ん でしまう。自分が・・・操られていたとは言え自分がとんでもないことをしてしまったことにショックを隠し切れない。

 

「僕はどうしたらいいん だ・・・」

 

『自分のできることをするのよ』

 

「でも僕は和樹兄様みたく強くな んてない!」

 

『なら逃げ出すの?』

 

「・・・・・・」

 

『あなたは強くなれる。カズちゃ んたちの力に慣れるだけの力を十分持っているわ。その力を使わないで逃げ出すの!? カズちゃんたちを見捨てるの!!?』

 

「そ、そんな・・・」

 

『そんなこと無いと言いたい の?』

 

「・・・・・・」

 

『言ってるのと同じよ。あなたは 戦う前から負けているのよ。自分を弱いと決め付けて逃げているだけよ!!』

 

「うっ・・・くっ・・・」

 

煉は目から涙が溢れ出した。

 

そう自分は逃げている。戦う前か ら傷つくのが怖い、負けるのが怖い、自分は弱いと都合のいい理由をつけて逃げているだけだ。

 

『カズちゃんたちはあなたのせい で神が復活したなんて思っていないわ。でもあなたが許されるわけでもない、自分でも許すことなんてできないでしょう』

 

「僕は・・・僕は・・・」

 

『神が復活したことは変えられな いことよ。過去はどうしようと変えられない。でも未来なら変えることはできる。変えられないことを悩んでも仕方がないわ』

 

「・・・・・・」

 

『変えられることに対して目を向 けるのよ!』

 

「僕が強くなったら神に勝てるん ですか?」

 

『勝てると思わないといけない の、自分の力を信じるのよ。心を強く持たなければ何もできない、最初から諦めている人は何をやっても成功なんてつかむことができない』

 

煉は決心した。

 

昔、和樹に言われたことが頭を過 ぎった。

 

『煉君、僕だって最初から何でも できたわけでもないし、和麻兄さんだって数え切れないほど自分を追い込んできたからあそこまで強くなったんだ』

 

『・・・・・・』

 

『どんなことだってやってみなけ ればわからない。でも最初から諦めていたら何もできない、何も変わらない。煉君は挑戦する前からどこか自分ではできないとか勝手に決め付けてるんだ』

 

『はい』

 

『最初はできないほうが当たり前 なんだよ。訓練して身につけることのほうが人は多い、いや全部がそうなのかもしれない。だから諦めないで』

 

『はい!』

 

(僕は諦めちゃいけないんだ)

 

「お願いします・・・僕を強くし てください」

 

『命を・・・命をかけるだけの覚 悟はある』

 

命と言う言葉に煉の心は揺れる。

 

だがここで逃げるわけにはいかな い。和樹たちが命をかけて戦っているのに自分だけ逃げるなんてできない。

 

『向こうに戻ったら間違いなく命 がけの戦いになるわ。あなたにその覚悟がある?』

 

「僕にそれだけの覚悟があるかは 正直わかりません。和樹兄様に言われた答えもまだ出ていません」

 

煉は目の前の女性を正面から見 た。

 

「でも僕は力になりたいんです。 兄様たちの力になりたいんです。自分のできるだけのことをしたいんです!!」

 

『・・・わかったわ。あなたの決 意確かに聞いたわ』

 

女性は炎をまとい煉と対峙する。

 

『本気で来なさい、煉!! あな たの決意、あなたの全てを私にぶつけなさい!!!』

 

「神凪煉、行きます!!」

 

(僕は強くなるんだ!)

 

煉は己の弱い心を絶つため、自分 の眠る力を目覚めさせるために動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

(・・・始まったか)

 

煉の微妙な変化に和樹は気づく。

 

眠っている何かが目覚める。そん な感覚が今の煉から感じることができる。

 

レオンたちと合流するために空を 飛翔しながら和樹はこれからのことを考えていた。

 

神が復活した今自分も力を解放し なければならないだろう。

 

だが和樹の場合は和麻の聖痕(ス ティグマ)とは違う。

 

黒炎は力が強い。

 

和麻の蒼い風よりもさらに強いの だ。

 

聖痕(スティグマ)を使ったとき に身体にかかる負担は凄まじいものである。普通の力ならば1時間持つ所が10分も持たなくなる。

 

和麻はそのために常人の何十倍も の身体作りをしている。だがそれでも聖痕(スティグマ)を使っていられる時間は限られた時間である。

 

和樹の場合は和麻よりもさらに過 酷である。力の強い黒炎を使うために和樹は和麻のさらに何倍もの負担を身体にかけることになるのだ。

 

もし力を全て解放したときにはど うなるか和樹にも分からない。そんなことしたことがない。

 

いや、したくてもできないのだ。

 

限界が分からない黒炎の力・・・

 

カイと戦ったときの黒炎は何十分 の一だったのか何百分の一だったのか・・・

 

さっき、風牙神と戦ったときの黒 炎は本当に火の粉に近い微量の炎である。

 

黒蛇は現在和樹が使える実戦向き の技の1つである。

 

『黒龍波』は1度使ったら体力を 全てなくし倒れ込んでしまう。

 

(だけど・・・)

 

だが今回はそんなことは言ってい られない。

 

あの風牙神を倒すには今持てる全 ての力で『黒龍波』を放たなければ倒せないだろう。

 

それでも完全に倒せるかは分から ない。

 

(この戦い・・・煉君が1つの鍵 だ)

 

黒龍波で倒せなかったときそのと き煉が切り札となる。

 

力に目覚めたその力を全てぶつけ れば倒すことができるかもしれない。

 

そのためにも煉にはがんばっても らわなければならないのだ。

 

(アオイ・・・煉君を頼む)

 

自分の腕の中で眠り続ける煉。

 

今その小さな身体の中で煉は自分 の力を引き出すために戦っている。

 

煉の腕につけられた魔法具。

 

昔、煉が和樹の魔法具を目で追っ ていた。

 

欲しいとは言わなかったがそれで も目を見ていて和樹は分かった。

 

魔法具は黒刀、装飾銃に変化し和 樹の身体の一部となっている。

 

千早も槍、弓へと変化させ自分の 技を磨いていた。

 

そんな魔法具を見て自分に憧れて いた煉が魔法具を欲しがっていることを和樹は早くから知っていた。

 

それでも決して欲しいと言わな かった煉。そんな煉に自分はある約束をした。

 

『煉君が自分に必要だと思ったと きに言って、そのときは魔法具を煉君にあげるから』

 

そのときの煉は凄く嬉しそうに自 分を見ていたのを昨日のように思い出せる。

 

だが今日まで魔法具は煉の手に握 られることはなかった。

 

自分に納得がいかないのか煉は魔 法具を欲しいとは決して言わなかった。

 

そして和麻がいなくなってからは 全く会わなくなってしまった。

 

(だが今の煉君には必要だ)

 

今の煉には魔法具が必要だ。和樹 はそう思った。

 

必ず煉にとってプラスになると疑 わない。

 

力が目覚めそして自分の魔法具を 使えば煉は今の何倍もの力を発揮するだろう。

 

(今必要なことは自分に自信を持 つだけだ。煉君・・・)

 

煉は才能がある。力は年齢にあっ た力を持っている。

 

後は心を強くするだけだ。折れな い心を持つだけだ。

 

(がんばれ、煉君)

 

まだ目覚めぬ煉に和樹は心から エールを送った。

 

 

 

 

 

 

 

その頃綾乃は1人闇の中を彷徨い 続けていた。

 

自分の姿さえ全く見えない完全な 闇である。

 

「・・・・・・・・・ここはど こ・・・何も見えない」

 

前に進もうにも自分がどれだけ進 んだのかさえわからない。時間も距離も全く分からない。

 

「何でこんな所にいるの?」

 

自分はさっきまで兵衛と戦ってい た。

 

「確か・・・」

 

自分は最初有利に戦いを進めてい た。だが自分の炎に焼かれたはずの兵衛は死なずに何度も立ち上がった。

 

そして兵衛の身体に憑依していた 歴代の風牙の長たちが目覚め自分は恐怖のあまりに心が乱れそのまま敗れた。

 

そこで綾乃の意識は途絶えた。

 

「でもここって・・・私死んだ の・・・」

 

もし自分が死んだならここはどこ なのか。あの世なのか・・・地獄か・・・天国か・・・それともどこか別の世界か・・・

 

「最後が当たりです」

 

「えっ!?」

 

闇の中から声が聞こえた。空耳で はない、間違いなく聞こえた。

 

そして次の瞬間・・・

 

「きゃっ!」

 

綾乃は強い光に包まれた。目はい きなり受けた光で全く見えなくなる。

 

そのまま綾乃は再び意識を失っ た・・・

 

 

 

 

 

 

 

「・・・うっ・・・ここ は・・・」

 

次に綾乃が目覚めると闇は消え、 石畳の上に倒れていた。

 

「何がどうしちゃったの・・・」

 

綾乃は周りを見渡して見るがどこ までも石畳が続いているだけで何も見えない。

 

「誰か・・・誰かいないの!?」

 

綾乃は声を上げて叫んでみた。だ が返事は返ってこない。

 

「!?」

 

視線を感じて綾乃は後ろを振り 返った。

 

「・・・・・・」

 

だがそこには誰もいなかった。

 

「こちらです」

 

「えっ!?」

 

前を向くとそこには1人の女性が たたずんでいた。

 

(綺麗・・・)

 

そしてその女性に綾乃は同姓であ りながらも見とれた。その女は同姓の人が見ても目を奪ってしまうほど綺麗な人であった。

 

頭には金と紅色の冠をかぶり、朱 色の髪が腰まで伸びている。背は低くないが身体は細く小柄な印象を持った。

 

衣装は異国風の衣装を纏いながら どこか振袖のような感じをも思わせ色は黄金と白を合わせた様な色で統一された。

 

「誰?」

 

「私を知らないのですか・・・そ れもいたしかたないことなのでしょうか」

 

品よくどこか、現代とは違った言 葉使いを感じさせる口調で女は言った。

 

そして美しく見えるその姿からは 納まりきらない強力な力が溢れ出ている。

 

神凪一族以上の炎の精霊の力を感 じる。それもただの炎ではない。どこまでも深く、どこまでも強い力。

 

もしかすると重悟、厳馬を超え る・・・和樹と同等の力かその上かもしれない。

 

「あんた誰よ」

 

「随分と乱暴な・・・初対面の人 に対する態度と話思えませんね」

 

挑発しているのか、それとも自然 に出た言葉なのか、どこかつかみどころがないそんな女に綾乃は頭に血が上る。

 

名前も知らない女から自分のこと をとやかく言われる筋合いはない。

 

綾乃に非がないとは言わないが、 状況が状況なだけに綾乃も気が立っているのである。普段ならばここまで敵意を見せた行動は取らなかったであろう。

 

「まあよいでしょう。しかし、炎 雷覇を持ちながらここまで酷くやられるとは正直思いもしませんでした。魔に心を奪われた弱者などに・・・」

 

「弱者って・・・」

 

「あの者など倒すことなど容易い こと、炎雷覇が無くとも負けることなどありえません」

 

「ちょっと待ちなさいよ、あいつ のどこが弱者なのよ!」

 

綾乃は声を荒げて女に詰め寄るが それは軽くかわされる。

 

「魔に心を奪われたものなど自分 と向き合わずに逃げた弱者です。あのような者に炎雷覇を持ちながら敗れるとはあなたには失望しました」

 

強くどこか怒りの込められた口調 に綾乃は押された。見ず知らずの人にいきなり怒りを見けられた綾乃はどうしていいのか分からない。

 

「し、失望って・・・何で、何で あんた何かにそんなこと言われなくちゃいけないのよ!」

 

「私だから言えることなので す!」

 

女は殺気の篭った口調で返してき た。

 

「・・・しかし、私のことが分か らぬとは・・・しかたがないこととは申せ、情けない。300年誰も私の声を聞くものが現れぬとは・・・」

 

「・・・声、あんたの声がなんな のよ」

 

「そう、あなたの父、神凪重悟は 真に強い術者であった。事故で炎雷覇を手放していなければ、近いうち声を聞くことも可能でしたでしょう。しかし、あなたはそれ以前の問題です。炎雷覇をそ の手にすることさえ許されません!」

 

「・・・うっ!」

 

急に綾乃の身体は熱を持ち出し た。次の瞬間、綾乃の身体から緋色の剣が姿を現す。それは神凪の至宝である宝剣である炎雷覇に間違いなかった。

 

「ちょっと、何で!?」

 

綾乃は炎雷覇を握ろうとしたがそ れを拒むかのように綾乃の手を逃れ炎雷覇は女の手の中へと収まった。

 

「手荒いかも知れぬが、あなたに はこの剣は荷が重過ぎたようです」

 

「何勝手なこと言ってるのよ。炎 雷覇は私の剣よ、返しなさい!」

 

綾乃は炎雷覇を女の手から取り返 そうとするが・・・

 

「黙りなさい! 愚か者が!」

 

「!?」

 

綾乃は女に一睨みされ足が動かな くなってしまった。女から放たれる圧倒的殺気・・・目の前の女性が放っているとは考えも付かないようなちからである。

 

「炎雷覇を持つ者は限られた選ば れし者。あなたのような者が持つ資格などない」

 

「なっ!?」

 

「返して欲しくば、あなたの力を 私の前で証明して見なさい。今のあなたがそれをできるとは思いませんが」

 

女性の手から綾乃に向けて炎が放 たれる。

 

「くっ!」

 

綾乃は徒手空拳で戦うしかない。 炎雷覇が女の手の中にある以上素手と炎で戦うしかないのである。

 

「このっ!」

 

綾乃は炎を放つがその炎は女性に 届く前に落されてしまう。

 

「まず見せて見なさい、あなたの 力を。炎雷覇を持つ資格があることを」

 

言葉と同時に女は動いた。

 

鋭い手刀が綾乃へと振り下ろされ る。

 

「くっ!」

 

綾乃はそれを腕で受け止める。反 射的に身体が動き受け止めたのだ。

 

この動きが出来たのは今までの自 分の修行の成果と言える。重悟の娘として生まれ、次期宗主と言われ成長してきた。

 

親の七光りではなく、綾乃にはそ れだけの力が備わっていた。実力があったのだ。

 

しかしそれでも綾乃は弱い。一流 の術者と言えばそれで通るかもしれないがまだ未熟である所がある以上二流と言われても文句は言えない。

 

力だけなら一流だろうが、心は二 流、三流と変わらない。まだ術者といえるほどの心を持っていないかもしれない。

 

綾乃は雑草の中で育ってきた花で はない。

 

和麻、和樹、千早は雑草の中にあ りまわりに栄養を取られながらも花を咲かせるために生き抜いた花である。

 

3人は雑草の中から這い上がって きたのである。

 

和麻は炎を操る以外は天才的だっ たが炎が使えないだけで和麻は誰からも認めなかった。

 

一族の誰からも認められず、無能 者として虐げられてきた。

 

和樹は全ての才能に恵まれてい た。だがそれが和樹の茨の道の始まりでもあった。

 

無限の魔力と言う力に目覚めてか らその力を抑えるために地べたに這い蹲り、泥にまみれ、何度も踏まれ、傷ついてきた。

 

千早は自分から茨の道を選び和樹 を支えてきた。

 

倒れたら立ち上がり、倒れたら立 ち上がり、その繰り返しである。何百何千何万だろうと倒れたら立ち上がってきた3人。

 

だが綾乃は違う。

 

温室の中で温度調整、水、肥料、 天候、全てを計算されて育てられた。傷のない花。

 

3人と綾乃の違いは大きい。

 

倒れたら立ち上がるすべを綾乃は 知らない。

 

3人が立ち上がってもそれを見て いることしかできないのである。

 

それが3人と綾乃の差を広げて いっている。

 

「このぉぉっ!」

 

綾乃は拳に炎を纏わせて攻撃す る。炎雷覇に頼らない自分での攻撃である。

 

「・・・・・・」

 

女は軽く手を当てて拳をそらす。 そのまま身体を回転させ掌底を放つ。

 

綾乃は炎を召喚してかわそうとし たが簡単に炎は女に奪われてしまった。

 

「そ、そんな!?」

 

綾乃は掌底を受けて弾き飛ばされ てしまう。自分の得意分野である炎の攻撃を受けたと言う衝撃は綾乃の心を動揺させた。

 

相手は攻撃をやめず、右手から伸 びた紐状の炎が綾乃を襲った。

 

「な、何でよ!」

 

炎の精霊王の加護を受けているた めに火傷こそ追う事はないが、女の手から伸びる炎は綾乃を斬り裂いていく。

 

炎を放っても状況は変わらない。 新体操を思わせる女の動き、手から伸びる紐は放物線を描き、炎を避けながら綾乃の腕へと巻きついてきた。

 

「はぁっ!」

 

「きゃあっ!」

 

腕を取られた綾乃はバランスを崩 されて倒れ込む。

 

そこへ前後左右から炎が命中す る。

 

(遊ばれている)

 

炎、1発1発は拳で殴られる程度 である。気絶するほどの痛みではない。だがそれでも何発も受けているとダメージが溜まる。

 

「あなたの力はこの程度なのです か? 証明するのではありませんでしたか、炎雷覇を持つものとしての証を?」

 

問いかけるが綾乃は肩で息をし、 苦しいのか答えようにも声が出ない。

 

「やはりあなたには炎雷覇を持つ 資格はないようですね」

 

女は綾乃に言い放った。その声に は失望したような、どこか諦めたような声が含まれていた。

 

「炎雷覇さえあれば・・・負けた りなんて・・・こんな奴に・・・」

 

最強の呪法具。4年前の継承の儀 以来、扱いなれた武器。それさえあればここまで一方的になどやられるわけがない。負けたりなどしないと綾乃は疑わない。

 

実際綾乃の考えは間違いではない だろう。炎雷覇があれば少なくともここまでの傷は受けなかっただろう。

 

だが綾乃はまだ気づいてはいな かった。

 

自分の弱い部分に・・・・・・

 

「まだ気がつかないのですか」

 

女の声が低くなり、軽蔑したよう な声、そして怒りも込められている。今まで抑えていた感情を表に出したようである。

 

「あなたはここまで愚かな人間 だったのですか。はっきり言います、あなたは炎雷覇を持つに値しません!」

 

怒りに満ちた目で綾乃を睨みつけ 闘気をぶつけた。綾乃はまともに女の怒りを受けた。ここまでまともに怒りをぶつけられたことは重悟以外いなかった。

 

だが感じるものは重悟以上、整っ た顔から放たれる視線は重悟とは違った恐れを感じずに入られなかった。

 

「な、何でよ・・・・・・なんで 私が炎雷覇を持つ資格がないのよ・・・」

 

目に薄っすらと涙を浮かべながら 綾乃は目の前の女性に聞いた。

 

全く理解できない。

 

どうして自分は炎雷覇を持つに値 しないのか・・・どうして目の前のこの女性にそんなことを言われなければならないのか・・・

 

「本当に分からないのですか?  なら教えてあげましょう。あんたが炎雷覇を持つに値しない理由。それはあなたが炎雷覇の力に頼りすぎているからです」

 

「!?」

 

綾乃は女の言葉に言葉を失った。 だが女はそんな綾乃に厳しい言葉をぶつける。

 

「あなたは炎雷覇の力を自分の力 と思い込んで、自分自身の力を引き出そうとしないできた。そして炎雷覇を手にしただけでその力を使いこなした気になり本来の炎雷覇の力をまともに使うこと ができていない」

 

「・・・・・・・・・」

 

「だが炎雷覇の力を引き出せない のも当たり前、自分の力もまともに操ることのできないものが炎雷覇を扱うなど手を伸ばして雲をつかもうとするのと同じこと」

 

「そ、そんなこ・・・」

 

「そんなことないと言いたいので すか?」

 

「・・・・・・・・・」

 

「あなたは気がつかなかったので すか。私があなたを相手に右手しか使っていなかったことに・・・」

 

「!?」

 

綾乃は言われて気づいた。女の左 手には炎雷覇が握られている、綾乃の拳を捌いたのも、リボンのような炎を使ったのも全て右手だけで行っていた。

 

「私の動きは決して速いとは言え ません。力が強いとも言えません。炎もあなたの炎と大して差をつけていません。ならなぜあなたは負けたのか?」

 

「・・・・・・・・・」

 

「炎雷覇だけのことを考え自分の 力で本気で戦おうとしなかったからです。目の前の戦いに集中せず炎雷覇のことばかり考え自分のすべきことを見失っている。自分の力を信じない者、自分のす べきことを見出せないものは誰にも勝つこともできません」

 

女の言う通り綾乃は炎雷覇のこと ばかり考え自分の力で何とかしようと考えていなかった。炎雷覇のことが頭から離れず戦いに集中していなかった。

 

「まずあなたに見せてあげましょ う。炎雷覇の力がどれほどのものなのか」

 

そう言うと女は炎雷覇を構えて炎 を召喚し始めた。

 

「な、何、なんなのよ!?」

 

女が炎を召喚し始めた瞬間、周り の炎の精霊が全て炎雷覇へと集まりだした。

 

集まる炎の精霊の量も力の強さも 綾乃が炎雷覇を持ったときとは比べ物にならない。さらに集まった炎の精霊は1つの形を成し始めている。

 

それと平行して炎の精霊の力が通 常よりも明らかに強くなっている。

 

「炎雷覇の真の力、一振りで百の 妖魔を滅することができる!」

 

ゴ オォォォォォォォォォォ!!!!

 

女が炎雷覇を振り下ろした瞬間、 目の前が炎の海ができた。目の前にもし自分がいたら跡形もなく消し飛んでいたであろう。

 

全てのものを無と化す炎。今まで 見たことのない凄まじい炎の力に綾乃は言葉を失った。

 

「あ、ああっ・・・・・・・・」

 

炎雷覇の真の力、それを目の当た りにした綾乃はただ目の前の光景だけを見続けている。

 

「これが炎雷覇の力です。だが持 つ者次第では今以上の力を持つことも可能です。そう、あの者ならば炎雷覇が耐えられぬほどの力を引き出すでしょう」

 

あの者・・・綾乃が思いつくのは 1人しかいない。

 

重悟をも軽く凌駕する炎の使い手 は綾乃の知る限り1人しかいない・・・・・・

 

式森和樹。

 

和樹ならばこの程度のことなど容 易くこなしてしまうだろう。

 

本気を出せば山1つどころか2、 3個消し去ることも雑作もないかもしれない。

 

炎雷覇の力と術者の力。この2つ が1つとなり強力な力となる。

 

和樹と黒龍刀、千早と雪姫、レオ ンと青龍刀、カイとエクセリオン・・・・・・

 

自分の力を信じ、そして自分の使 うパートナー(武器)の力を疑わない。

 

だが綾乃は違う。炎雷覇の力に頼 り過ぎていた。そして、炎雷覇をただの道具としてしか見ていなかった。

 

精霊とは対等の立場をとろうとし ながら、炎雷覇は全くである。

 

「途絶えてしまったから知らぬこ とでしょう。炎雷覇はただ剣として使うものではない。確かに持つ者の力を高め、最強の呪法具であることは正しい。だが同時に剣自身に意思があり、使う者の よき理解者となりともに戦うことができる自我と個我を持つ、それぞれに名を持つ人間と同じ存在なのです」

 

炎雷覇はただの道具ではないの だ。炎の精霊王の生み出した最高の武具であると同時に、精霊王の分身とも言える存在である。

 

契約者『コントラクター』のよき パートナーとしてこの世に生み出された心を持った1人の『者』として存在しているのだ。

 

しかし時代と共に術者の数は増え ていったが炎雷覇をパートナーとして力を1つに戦ったものは片手で数えるほどしかいない。

 

1番最後に炎雷覇の声を聞くこと ができたのは、300年前に風牙の神との戦ったあのときの宗主である。

 

心を1つに共に戦い、強力な力を 手に風牙の神と戦った。そしてその力は精霊王をも召喚し神を封じることに成功したのだ。

 

そしてそれ以来炎雷覇の声は術者 には届かなくなった。重悟ならば、炎雷覇の声を聞くことも可能であったかもしれない。しかしその重悟でも声を聞くことはかなわなかった。

 

だがそれには大きな理由がある。

 

その理由とは重悟が炎雷覇を手に するまでの過程にある。最後に炎雷覇の声を聞いた宗主から300年の間炎雷覇の心は閉じられたまま、その意識を呼び覚ますものが1人もいなかった。

 

そして最大の原因が先代宗主の頼 道である。この男こそ重悟が炎雷覇の声を聞けなかった1番の原因である。

 

力の無いにもかかわらず裏工作に よって宗主となった頼道。彼が宗主の地位についていた30年間が炎雷覇の動きを、力を眠らせ完全に止めてしまったのである。

 

それまでは誰から持つことで少な からず刺激を受けてきたが、30年以上眠らされ倉庫の中に閉じ込められた炎雷覇。

 

もし人間ならばその心は完全に閉 ざされ修復不可能になってしまうだろう。炎雷覇もそれは同じである、炎雷覇も心を閉ざし、誰も呼びかけないため表にも出ず術者とも感応しようともしなかっ たのだ。

 

重悟はその炎雷覇から感じる微か な意思に気づきかけていた。そして後一歩で炎雷覇の意思を通じ合わせることができるところまできていた。

 

しかしその矢先に事故が起きてし まった。

 

結果、炎雷覇の意思に気づかぬま ま炎雷覇は綾乃へと所有権が移ってしまった。

 

もちろん綾乃はこの事を知らな い。重悟は確信を持つ前に炎雷覇を手放してしまったために何も告げなかった、いや告げられなかったのだ。

 

そのため綾乃は、炎雷覇は神凪の 始祖が炎の精霊王から賜わったと伝えられている降魔の神剣、代々受け継がれてきた最強の呪法としか知らないでいたのだ。

 

そのように4年間綾乃は炎雷覇を 使ってきた。

 

炎雷覇の意思に気づかぬままに。

 

「まさか・・・あんたっ て・・・・・・」

 

「・・・ようやく気が付きました か。私が炎雷覇です。そしてこの姿こそ私の真の姿。炎の精霊王の名の下に生まれた炎の女神、炎雷覇」

 

綾乃の目の前にいる女性こそ最強 の呪法具炎雷覇の真の姿。そのことに綾乃は驚愕の表情を浮かべる。

 

「私のすべき事は人間界との橋渡 し。神凪の宗主に力を貸し精霊王の代行者としての役割を勤めることが、私が炎の精霊王から言い渡された言葉。しかし、精霊王の力を貸す神凪の術者たちの力 は下がる一方、以前のような力のある者はいない。宗家、分家共に力も無ければ汚れた心のものばかり、私がこれ以上神凪の下にいる意味など皆無。精霊王も既 に神凪から戻るように私に言われた。新たな契約者が・・・近いうちに目覚める、その者の下へ行くように言われているのです」

 

(新たな契約者・・・近いうちに 目覚める・・・)

 

炎雷覇の言葉に綾乃は首を傾げ た。近いうち目覚めると言うことは、神凪の祖と同じく炎の精霊王と契約する者が現れると言うことなのか。

 

しかしそれは同時に神凪が精霊王 から見放されると言うことである。

 

「次の世代からは炎を使える者は いなくなる。そして、あなたたちの力は無に等しいものとなります。もっとも今の段階でも無に等しい者ばかりですが。おそらく力が残るのはあなたの父、神凪 重悟、風の精霊王と契約した八神和麻の父、神凪厳馬。そしてもう1人、神凪煉」

 

重悟と厳馬。この2人は神凪の歴 史上でもトップレベルの力の持ち主である。契約者ではないがそれでもその力は世界が認める力。

 

炎の精霊王の加護を受けていると 言うその名に恥じない力の持ち主である。

 

そして煉。なぜか精霊王は煉の名 を出した。その理由を炎雷覇が精霊王に聞くと王は一言だけ言った。

 

『果報は寝て待てと言うだろ』

 

幸福の訪れはどうすることもでき ないから、焦らずに時機を待てと言う意味だ。

 

どういうことなのか?

 

確かに炎雷覇が見ても煉は力もあ りこのまま行けば重悟や厳馬と肩を並べるだけの力を得ることもできるだろう。

 

だが、新たな契約者が現れる以上 神凪の術者に力を残しておく必要があるのか?

 

しかしこれは炎雷覇が異議を唱え ることではない。精霊王が残すと言った以上自分はそれに従う。

 

「この3人は、力は残ったままで しょう。それと神凪を追い出された術者たちの力も残るでしょう。彼らは神凪ではありますが、今は神凪ではなく式森家の術者ですからね。しかし、あなたの力 は消させてもらいます。私と戦ったときの自分の動きをもう1度考えて見なさい。決してあなたが弱いから負けたのではありません。右手だけの私になぜ圧倒さ れたのか、なぜだか考えて見なさい」

 

綾乃は自分の動きを思い出してみ る。なぜ自分が負けたのか? 相手は片手だけしか使っていなかったのに・・・なぜ・・・

 

「先ほども言ったようにあなたは 炎雷覇に甘えているのです。炎雷覇があれば何とかできるだろう、その心があなたの弱さです。炎雷覇があればとばかり考え自分の力を信じて戦おうとしなかっ た。炎雷覇にばかり頼って戦っていたために素手での戦い方を、自分の力での戦い方を学んでいなかった。甘えこそ私に負けた理由です」

 

炎雷覇の言葉は綾乃に重く圧し掛 かった。

 

その通りである、自分はいつも炎 雷覇にばかり頼っていた。素手での戦いをしてこなかったわけではないが炎雷覇さえあればなんでもできると思っていた。炎雷覇で相手を倒し続けてきた。

 

そして自分は強いのだと勝手に錯 覚していたのだ。

 

炎雷覇の力を自分の力だと錯覚し ていたのだ。

 

炎雷覇はただ炎の精霊を集めるた めの道具だとしか考えずにお互いを理解し合おうとしなかった。心を開いて話し合うことができたはずなのに。

 

もし和樹なら炎雷覇を握った瞬間 に炎雷覇の意思に気づいていたかもしれない。

 

「神凪綾乃、私からあなたに最後 のチャンスを与えます。これは精霊王の意思ではなく私、炎雷覇個人の意思です」

 

「チャンス・・・」

 

「綾乃、私にあなたの力の全てを かけて向かってきなさい。私の左手に握られている炎雷覇に触れることができたならば私はあなたの下に戻りましょう。ですが、もしそれができなければ・・・ 私はあなたの力を・・・精霊王の加護を消し去ります。そして神凪一族の炎の加護も同時に消え失せるでしょう」

 

「そ、そんな・・・」

 

炎雷覇の言葉は綾乃の首に刃物を 突きつけるような言葉である。自分が失敗すれば神凪の術者の大半が力を失くしてしまう。

 

重悟、厳馬、煉、式森家にいる術 者には影響が無いが神凪の術者は3人と彼らを最後に力を失う。

 

そうなれば神凪家の血は滅亡。誰 からも相手にされずそのまま消えていくだろう。

 

「炎雷覇に触れることができます か? もちろん私は手を抜く気はありません。今まであなたを護ってきた者はどこにもいません。自分1人の力でこの試練乗り越えて見せよ!」

 

綾乃の試練が始まった。

 

自分1人の力で、自分よりも強い 相手との戦い。

 

綾乃が術者としての力を試される ときが来た。

 

「いきます」

 

炎雷覇は綾乃に向けて炎を放っ た。先ほどとは打って変わって完全に綾乃を倒すための炎である。

 

「きゃあ!」

 

反射的に綾乃は炎をかわしたがそ れは炎に弾き飛ばされたといっていい。

 

「舞炎」

 

再び右手から炎が伸びる。

 

「舞炎は炎をリボン状にし、舞を 踊るように相手を攻撃し、さらには相手の武器に巻き付けその武器の動きを封じることのできる技です」

 

炎のリボンは綾乃へと向かう。綾 乃はそれをただ逃げてかわすことしかできない。

 

今綾乃には武器が無い。炎雷覇だ けを手にいつも戦ってきた綾乃はそれ以外の戦い方をいつの間にかできなくなっていたのだ。

 

狙いも定めずに放たれる炎は遠来 はとは見当違いのほうへ飛んでいく、中には炎雷覇へと飛ぶものもあるが全て炎のリボンに叩き落とされてしまった。

 

「綾乃、あなたは今何と戦わなけ ればいけないのか分かっていないのですか?」

 

「えっ?」

 

炎雷覇の言葉に綾乃は何も言い返 すことができない。今の綾乃の心は炎雷覇に対する恐怖だけで包み込まれて回りが見えていない。

 

「あなたは自分が何もできないと 本気で思っているのですか?」

 

「きゃあっ!」

 

綾乃の腕に炎雷覇の炎のリボンが 巻きつき体を引かれ炎雷覇の前へと落とされた。

 

「あっ」

 

恐怖から綾乃はただ震えながら後 ろに下がることがやっとである。

 

「一体何に恐れ、怯えているので すか?」

 

炎雷覇はあわよくばこの戦いの中 で綾乃が自分の弱さを悟ることを願っていた。だが今の綾乃にはそれができないことがもはや決定的になっている。

 

「なぜ炎雷覇を持ちながらあの戦 いに負けたのか、あそこまで力を手にしていながら相手に敗れたのか、あなたは何も気が付かないのですか!?」

 

綾乃は炎雷覇の言葉をただ聞いて いることしかできない。

 

もはや炎雷覇に触れるどころか、 戦うことさえできない。

 

「あなたは自分の中にある恐怖そ のものに怯えているのです。自分で勝手に作り出した相手のイメージに恐れをなしているだけなのです。今まで生命の危機を感じるほどの場であなたは戦ってい ない。いつも自分より下の相手、自分だけで倒せる相手と戦い続けていたあなたは自分より力の強い相手の前で自分が何をしたらいいのか分からずにただ困惑し て、相手の力を見て自分では勝てないと勝手に判断して逃げだしている。あなたは自分の力を信じきることができていない」

 

「・・・・・・・・・」

 

「八神和麻、式森和樹、山瀬千 早。あなたと3人の違いは自分を信じることができたかできないかの違いです。八神和麻は炎が使えなくとも自分の力を信じ努力し続けた。式森和樹は自分の運 命から逃げずにそれを受け止めその手で道を切り開いた。山瀬千早は自分の護りたいもの、支えたいもののために自分を追い込み、力を手にした。だがあなたは 何もしていない。強い心を、信念を持っていない。力を持っているのにそれを磨こうとしなかった。それがあなたと3人との差です」

 

3人は命を危険にさらすような場 を幾度となく乗り越えてきた。己の体を限界まで鍛え上げ、経験を積み重ね、折れることの無い、強い意思と精神力を築き上げてきたのだ。

 

力だけでは強いとは言えない。意 思だけでも強いとはいえない。

 

3人は2つを1つとし今まで生き 残ってきたのだ。

 

「あなたに足りないのは力ではあ りません。心です」

 

「・・・こ・・こころ?」

 

「そうです。どんな状況に追い込 まれようとも、負けないという心、諦めないという心、決し動じない強い意思があなたには無い。だからあの様な者にも負ける。だから私の力を引き出すことも できない」

 

「あ、あたしは・・・」

 

「精霊は術者の心に嘘偽り無く反 応する。弱い心の者は精霊を操ることが叶わない。戦う前からすでに自分の弱さを・・・己の心をさらけ出しているのです、あなたは」

 

「・・・・・・・・・」

 

綾乃は顔を上げることができな かった。

 

自分が弱い。そんな風に思ったこ とも、言われたことも今までなかった。

 

自分は強い、強くなっているのだ と思っていた。

 

だが蓋を開けてみたらどうだ。自 分より強い人はたくさんいた。父、重悟に精霊を奪われるのは当たり前だと思っていた。

 

だがそれは違った。

 

自分と同じ年の和樹にもいとも簡 単に精霊を奪われた。

 

和麻も千早も、自分より強い心を 持っている。

 

自分は弱いままだった。ただ回り から持ち上げられ、いい気になっていただけであった。もともとある力でいい気になっていただけだ。

 

次期を宗主として強い意思を持ち たいと思っていた。だがそれは簡単に折られた・・・・・・

 

「何も言えないのですか? 諦め たのですか? 所詮力だけを神凪重悟から受け継ぎながらそれで満足していた形だけの哀れな存在ですね」

 

これほどまでに侮辱されてももは や綾乃には聞こえていない。

 

綾乃はすでに体も心も粉々に破壊 されていた。もう何をどうしたらいいのか動くことも考えることもできない。

 

「本当に諦めてしまったようです ね。情けをかけた最後のチャンスを・・・神凪重悟の娘だと思い少しでも見所があるかと思えば、心はあの先代の心を受けついでしまったようですね。本当に残 念でなりません」

 

炎雷覇は綾乃を見捨てようなどと は思っていない。むしろ自分との戦いで何かをつかみ取るだろう。

 

重悟までいかなくとも自分の力を 引き出す力を持っている。

 

薄れたとはいえ、精霊王が認め、 自分と心を通わすことの出来た炎の契約者、コントラクターの後を受け継ぐもの。

 

自分を手にするだけの資格はある とそれだけの力を秘めていると思っていた。

 

だが結果はどうだ?

 

全ては炎雷覇の希望で終わった。 今の綾乃は既に術者ではない、ただの恐怖に怯えた敗北者だ。

 

「あなたには失望しました。もう お休みなさい・・・・・・全ては私の目が節穴であっただけ、あなたに少しでも希望を持った・・・・・・私を持つ資格、器があると思った私の間違いで す・・・・・・私からの全てもの餞です。あなたの魂には触れません。炎の力だけを消し去り、魔法が使えるだけのただの人として歩んでいくがいい」

 

炎雷覇はそういうと剣を綾乃に向 けて構える。

 

「滅」

 

綾乃の体から炎雷覇に何かが吸い 込まれていく。それと同時に体の傷が全て消えていった。

 

「最後の情けです。体の傷を癒し ました。あなたとはこれでお別れです」

 

炎雷覇は綾乃に背を向けるとその まま歩き出した。

 

そして一度だけ綾乃のほうを振り 向いた。その瞳はひどく悲しそうだった。だが綾乃の前に彼女が戻ることは無くそのまま姿を消した。

 

「・・・・・・・・・何で?」

 

口だけを動かし綾乃が呟いた。

 

「何で・・・どうしてこんなこと になちゃったの?」

 

何もできないまま、力を見せるこ との無いまま自分は敗北した。

 

しかもただの敗北ではない。今の 自分は負け犬以下だ。何もできなかったのではない。

 

何も・・・・・・何もしようとし なかった。

 

命を捨てる覚悟で、例えどんなに 惨めな姿になっても必死に強くなろうとしなかった自分の責任だ。

 

(かっこ悪いな・・・)

 

自分は逃げた。

 

力を手に入れるか、死ぬか・・・

 

自分は選ぶことをしなかった。甘 えていたのだ。

 

「もぅ・・・いやだ よ・・・・・・なんでよ・・・」

 

完全に折れた綾乃の心。

 

それもただ折れたのではない。

 

折られ、そして砕かれた。

 

粉々に・・・・・・・・・

 

兵衛との戦い、炎雷覇との戦 い・・・・・・いずれにも自分は完膚なきまで敗れた。

 

仕方がないとも言える。綾乃はま だ16、今まで自分1人の力で限界を超えたことが無い。死に場から戻ってきたことも無い。

 

今まで宗主の娘ともてはやされ大 切に育てられてきた。

 

宗主になるために修行をしてき た。泣くほど厳しい修行もあった。

 

だが、それは神凪の中でのこ と・・・外の世界ではそれが当たり前であった。

 

和麻、千早は生死を分けた戦いの 中で自分を追い込んで強くなってきた。

 

そして和樹にいたってはすでに 4、5歳の頃に死ぬ寸前まで自分を追い込んだことがあるのだ。

 

綾乃は今まで死にそうになるほど の・・・自分の生命が絶たれるほどの戦いを経験していない。1人で戦いの場にたったことなども無い。

 

重悟に責任が無いわけでもない、 周りの術者にも責任が無いわけでもない。

 

今まで綾乃を育ててきた環境が彼 女を一流にするのを止めてしまっていたのだ。

 

「あたし・・・・・・がんばった わよね・・・・・・もういいよね・・・」

 

誰に言うわけでもない、自分に言 うわけでもない、意識の朦朧とした中で綾乃は呟いた。

そのまま綾乃は意識を失った。

 

しかし、綾乃の本当の戦いはここ からであった。

 

 

 

 

あとがき

♪ブユウデン、ブユウデン、ブユ ウデンデンデデンデン、レッツゴー!

レオンで〜す。お笑いの相方募集 中です!

今回は煉と綾乃のオンパレードで したね。しかし2人の道ははっきりと分かれました。

煉は新たな力を手に入れる道へ、 綾乃は力を失いどん底へ

さらに謎の炎の女性アオイとは一 体どんな人物なのか、どういった経緯で出てきたのか。彼女の真相が明らかになるまでしばし傍観です。

炎雷覇ついに登場、彼女は今後誰 の手に・・・・・・

では、また会いましょう! レオ ンでした!

 

 


BACK  TOP  NEXT




inserted by FC2 system