―――――――漆黒の戦乙 女……

 

それが…彼女に与えられた二 つ名だった。

漆黒の衣を纏い、戦場を駆け 抜ける勝利を齎す女神………神話のなかに登場する戦乙女を模するかのごとく戦う一人の少女がいた………

 

『戦乙女』と名づけられし機 体を駆り…『進化』という剣を携え………

自らを偽り…愛する者にさえ その刃を向けし者………

 

運命に翻弄されながらも…… 最期はその運命に抗い………戦い抜いた少女………

 

 

―――――――リン=シス ティ………

 

 

語ろう……彼女のエピソード を………

彼女が自身の死を求め…死を 誘うものへと……死神と戦乙女という相反する名を得ることになった運命を………

 

刻は…C.E.70の初頭の ことであった…………

 

 

機動戦士ガンダムSEED 

TWIN DESTINY OF DARKNESS BEFORE STORY

PHASE-Silent Valkyries  〜リン=システィ〜


C.E.70の開始と同時に 緊張の高まった地球プラント理事国家とプラント間……国家間の様々な思惑が渦巻き、コーディネイター殲滅を掲げるブルーコスモスの活発化、それに伴い理事 国代表である北米を中心とした大西洋連邦はプラント政権に対し『アラスカ宣言』を掲げ、崩壊した国連組織に代わる新国家組織群:地球連合国家を形成……大 西洋連邦を中心にユーラシア及びヨーロッパ地方を本拠とするユーラシア連邦、中国大陸を本拠とする東アジア共和国、アフリカ大陸南部による南アフリカ統一 機構などが所属する巨大組織となり威嚇……それに対し、オーブ連合首長国、赤道連合、スカンジナビア王国は中立を宣言……

プラントもこれに対し、国防 委員長であるパトリック=ザラを中心に新型機動兵器:MSを主軸とする軍事的組織:ZAFTの拡張を決行……地球連合とプラント間の開戦が高まる…後に大 きな激動となるうねりとして………

刻は…C.E.70の2月に 差し掛かっていた…………

 

 

 

C.E.70の2月11 日……この日、遂に地球連合がプラントに対し宣戦布告……月面プトレマイオスクレーターより2個艦隊が出撃。

ユーラシア連邦の第1機動艦 隊及び、大西洋連邦の第5機動艦隊…旗艦は第5艦隊のアガメムノン級:ルーズベルト……そして、千近いMA:ミストラルと新基軸の戦闘型MAであるプロト メビウスが艦載されていた。

連合軍の将校達はこの戦闘が 早期に決着すること信じて疑わなかった……いくら高い技術力を誇るとはいえ、所詮は一国家……国家群からなる圧倒的な物量に抗えるはずもない。

だが、それは瞬く間に崩され た。

ザフト側の投入した新型機動 兵器:MS……人間と同じ四肢を持つ、高い汎用性と柔軟性、そして攻撃力を備えた人型機動兵器……これにより、戦いは連合側の不利へと進むことになる。

物量を押し出した戦法に対 し、ザフトはMSを使った対宇宙戦闘を想定したMSによる攻撃で次々とMAを撃ち落とし、戦艦を轟沈させた。

この戦闘により、MSとMA の戦力比は1:5と確定されることになる。

だが、無論ザフトも無敵とい うわけではない……やはり圧倒な的物量と初の本格的MS戦闘により、戦況は膠着していた。

そして……戦闘開始より4日 目……運命の2月14日を迎えることになる………

 

 

膠着する戦況……連合の疲弊 は大きく、いくら月基地よりの補給を行なったとしても前線で戦う将校はそうはいかない。連日の戦闘により限界に達する者も多い…だが、それはザフトにもい えること……いくら身体能力の高いコーディネイターとはいえ、数日間の連戦と初実戦での緊張で退く者も多い。

そして、開戦から4日目…… プラントから補給・増援として新造艦ナスカ級2隻にローラシア級で編成された艦隊を前線に派遣……この一隻に……一人の少女が乗っていた。

ローラシア級戦艦のMSデッ キにおいて、10近いザフトのMSであるジンが立ち並び、整備兵が取り付いて作業を行っている。

《我らが勇敢なるザフト兵諸 君、ナチュラルは我らの誠意を踏み躙り、遂に我らに対して宣戦布告してきた…だが! 我らは我らの母なる大地を護るために戦わねばならん! 恐れることは ない! 我らは進化した人類なのだ! 我らが力をナチュラルに見せつけるのだっ!》

通信越しに響くのはプラント 12の市の内の一つの代表議員であり、プラント防衛軍:ザフトの総司令で国防委員長であるパトリック=ザラの誇示するような熱弁が先程から流れている。

その熱弁に感化される兵士 達……それら作業風景を天井部の待機室で見下ろす人影……見る角度によっては紫が薄っすらと輝くような銀の髪を靡かせる一人の少女……緑のパイロットスー ツに身を包み、その真紅の瞳が無表情に見下ろしている。

兵士達が酔うかのように熱す るのを冷めた眼で……ザフトはまだ組織化されて日が浅く、尚且つ民間組織だ。一般的な軍組織と違い、確かに結束力は強いが、軍としての経験が低い。

だからあんな熱弁に簡単に酔 う……その様を見下ろしながら孤独の世界に全てを拒絶するかのごとく佇む少女……その少女に無遠慮に近づく数人の男……その声が掛けられた。

「おい、お前がシスティって 奴か?」

その問われた声に表情を変え ず、少女が振り向いた……その人形のような冷たい眼光に向けられた男達は一瞬怯むも、すぐさま気を持ち直す。

「俺達の邪魔にだけはならな いでくれよな」

「そうそう、女は後方で待機 しておいてくれりゃいいんだよ」

「俺達の手でプラントをナ チュラルの奴らから護ってやるんだ!」

侮るような口調で口々にいき り立つ男達……どうやら、この男達は第2世代のコーディネイターで特に至上主義が強いらしい。

低脳なサルと常に教えられ、 罵ってきたナチュラルが愚かにも逆らってきた……そして、自分達の優秀さを見せつけられると高揚した心持ちであり、そのなかに女が混ざっているのがどうに も気に喰わなかったのだ。

コーディネイターでもパイ ロットになるにはある程度の適正がある……第1世代のコーディネイターでも30代以上となると難しく、身体的能力が低ければ操縦もできない。そして、女性 でパイロットになれるのは極端に少ない。

無論、それなりに祖国を護る という崇高な目的はあるのだろうが、それでもやはり戦場に自分達より年下の…しかも女がいるというのが気に喰わないらしい。

まあ、女性で軍部に志願する 人間がほとんどいないせいもあるが……だが、少女は無言のまままったく男達を視界に留めようともせず、まるで路上の石ころを見ているように一瞥する。

その態度が癪に障ったのか、 男達はどこか表情を顰めて思わず声を荒げた。

「おい、聞いてるのか よ……っ」

肩を掴んで向けさせようとし た瞬間、掴んだ手首に鋭い痛みが走った。

「がっ」

瞬く間もなく……男の手首が 握り締められ、離されていた。

握り締める少女の手…そのか 細い腕の何処にそんな力があるのか……華奢な腕からは想像もできないほど強い力で握り締められ、表情を歪める男の視界に入ってきたのは冷たい視線………

言葉を発してはいない…視線 も別段鋭いという訳ではない……だが、言い知れぬ悪寒を感じさせるような威圧感を漂わせる無機質な真紅の眼光……その気配に男達は呑まれるような悪寒を憶 えた。

「……失せろ」

低い声でそう呟いた瞬間、少 女は男の腕を振り払った。

力の反作用で男はバランスを 崩し、そのまま同僚に倒れ込むようになるも、他の男達が受け止め、無様な悪態をつくとその場を足早に去っていく。

それを意にも返さず……少女 は一瞥し、そのままブリーフィングルームの壁に身を預け、その視線を天井へと仰ぐように向ける。

(どうかしてるな……以前は あんな雑魚に構うこともなかったのに………)

自身を嘲笑うように肩を竦め る。

(アレから……もう、6年 か………)

彼女の脳裏を掠める光景…… 紅蓮の炎舞う光景……そのなかを駆ける一人の女性と二人の少女…だが、舞う炎が女性と一人の少女の掴んでいた手を引き離す……

悲壮な表情で叫ぶ女性…だ が、炎は無情にも少女の姿を呑み込み、消え去っていく……哀しみに暮れる暇もなく、女性は次の瞬間、炎のなかから轟いてきた銃弾に気づき、咄嗟にその身を 盾にしてもう一人の少女を庇う。

銃弾が身体を掠め、女性は悲 鳴を噛み殺すように上げる。膝をつき、痛みに呻きながらも抱き締める少女をなお庇うようにする。

そして、近づく男達が銃を女 性に突きつけ……刹那、女性に抱き締められていた少女が女性を振り解くように離し、駆けた。

髪が揺れた瞬間……少女の繰 り出した指が男の眼を貫き、男が悲鳴を上げる。だが、眼球を潰した少女は表情を変えず、そのまま引き抜いて蹴りを呻く男の腹部に叩き入れ、男は炎のなかへ 放り込まれ、呑み込まれる。残りの男達が発砲しようと構えた瞬間、少女の無機質な真紅の眼光が捉え…男の構える銃口に向けて転がっていた破片を蹴り、破片 が銃口に突き刺さったと同時にトリガーが引かれ、銃が暴発し、男は絶命した。

残った一人に向けても少女は まるで流れるように襲い掛かり、男の腕を取り、捻り上げた。悲鳴が轟く……呻く男が見上げる先には、返り血で濡れた少女が無言のまま佇んでいる。

だが、その視線はまるで何も 感じないように無機質だ…その眼に、男はポツリと……断末魔の言葉のように漏らした。

『化物』…と――――――

その言葉を最期に男の意識は 死へと誘われた……なんの感慨も沸かずに見下ろす少女だったが、撃たれて痛みに呻いていた女性がその腕を取り、引き摺るように離れていく。

そして……一つの脱出用ハッ チへと辿り着くと、そこへ少女を押し込めるように入れる。何かを喋っている…出血が酷く、もはや意識も朦朧としているはずなのに……だがそれでも、女性は 微笑みを浮かべたまま…少女の身体を押した………

刹那……少女の意識が暗転し た………

「っ」

ハッとする……やや呆然とし た面持ちで周囲を見渡す…そこは炎が舞う場所でもない……ただのブリーフィングルームだった。

どうやら、随分深く物思いに 耽っていたらしい……少女は額を押さえ、表情を俯かせる。

何の因果か……自分はここに いる。

《コンディションレッド!  コンディションレッド発令! 地球軍と思しき熱源多数!》

その時、格納庫内に警報が鳴 り響く。

少女がハッと顔を上げると同 じように整備士達も意表を衝かれたように眼を見開き、思わず作業の手を止める。

この艦隊は補給部隊であるた めにプラントから直通のルート確保をされているはずだ…そこへ地球軍の奇襲部隊……どうやら、敵もただの烏合の衆ばかりではなかったということだ。

補給ルートを断つのは重要な ファクターだ……そして、続けての放送が響く。

《各パイロットは搭乗機にて ただちに出撃せよ! 繰り返す……》

その放送に整備士達は脱兎の ごとくMSの発進準備を開始し、少女もまたヘルメットを取り、ブリーフィングルームを飛び出す。

慌しさと喧騒が木霊する格納 庫内を飛び、少女は自らに当てがわれたMSへと向かっていく。

ハッチに取り付くと、流れる ようにコックピットへと身を滑り込ませる。シートに着き、身体を固定させると同時にAPUを起ち上げる。

「こいつはまだ試験段階なん で、姿勢制御に注意してください、それと稼働時間は最短で20分です」

コックピットを覗き込みなが ら告げる整備士に頷き返すと、整備士は離れ、ハッチが閉じられる。

正面に浮かび上がるモニ ター…頭部のモノアイカメラに映された格納庫内が映り、少女は計器を操作し、セッティングを開始する。

「火器管制グリーン、バラン サー異常なし……各駆動系統オールグリーン」

操作性は訓練で使用していた プロトジンとさして変わらないが…機動性は明らかに違う。

操縦桿を握り、ペダルを踏み 込む……固定具が解除され、MSはそのままカタパルト発進口へと続くエアロックへと向かう。

このジンは試作されたプロト ジンの改良型…より戦闘形態に近い形状を成し、今現在投入されている機体とは反応値も機動性も違う試験段階の機体だ。

右手にライフルを構え、身構 えた瞬間…発進OKを告げる電磁パネルが点灯し、少女はキッと前を見据える。

彼女の真紅の眼光に映る宇 宙……そこに…死に場所があるのかと………内に呟きながら、少女は小さく囁くように呟いた。

「リン=システィ…出る」

刹那、ケーブルがパージさ れ、MS:ジンを射出する。

ローラシア級から飛び立つジ ン…リン=システィという名を名乗る少女の初陣は火蓋を切った。

飛び出したジンを操縦しなが ら、リンはコックピット越しに感じる宇宙の闇に不思議な感覚を憶える……不思議だと思う…この鉄の棺桶の向こう側は生命の存在を赦さぬ真空と極寒の世界だ というのに……静かな心持ちにさせるのは何故だろうと…そんな感傷を抱きながらも、センサーが捉えた熱分布に現実に還ると肩を竦める。

モニター越しに浮かぶ戦闘の 閃光…そのなかへと操縦桿を引き、機体を加速させて突入する。

補給艦の周囲では、連合の奇 襲部隊と護衛部隊の戦闘が行われていた。

連合の標準型MAであるミス トラルが機銃と装備しているミサイルを発射し、護衛のジンに襲い掛かる。

護衛のジンが数機に対してミ ストラルは十倍近い数だ。だが、所詮は作業MAに簡易武装を施しただけの機体で機動性は低い。ジンの構える突撃銃に応戦され、撃ち落とされる。

数で圧倒し、尚且つ奇襲して いるというのに連合はたった数機に押されている…そんななか、護衛のジンの一機がおぼつかない動きで応戦していた。

その動きは危なげでまともに 動くのもままならないようなものだ……簡単に言えば、弱い相手なのだ。

このジンに搭乗しているのは イライジャ=キールと名乗るコーディネイターだ…その容貌は美麗を漂わせるも、パイロットとしての腕は低いようだ。いや、極端に言えば身体能力が秀でてい ない…そのためか、美麗な表情も苦悶に歪み、襲い掛かるミストラルに操縦に悪戦苦闘するなかで恐怖を感じる。

そして、ミストラルを駆る連 合のパイロット達もその動きに表情を愉悦に変える。

「へっ、なんだこいつは!」

「コーディネイターにもこん な奴がいるのか!」

「一斉砲火で撃ち落としてや るっ!」

弱い敵から減らしていくのが 集団戦闘の鉄則だ……他のジンは隙が見つけられないが、一機でも墜となければプライドが赦さないとばかりにミストラルが一斉に襲い掛かる。

「ぐっ、ひぃぃぃっ!」

狙われたイライジャは表情を 歪め、恥も外聞もなく鳴き声を上げそうになる…その時、高速で接近する機影を捉えた。

「なっ!?」

連合のパイロットがそのア ラートに気づいた瞬間……一陣の風が吹いたような影が機体を掠め、ミストラルが真っ二つに斬り裂かれ、閃光に消えた。

爆発を背に佇む影……自分達 が今襲い掛かろうとしたジンと同型…重斬刀を構え、顔を上げるジンのモノアイが不気味に輝き、こちらを見やった瞬間…パイロットが言い知れぬ悪寒が襲っ た。

「うっうわぁぁぁぁっ!」

恐怖に狂ったように機銃を乱 射するミストラル…モニター越しに放たれる銃弾の軌跡がリンの瞳に映る。

操縦桿を動かし、ペダルを踏 み込む…ジンはスラスターを噴かし、急加速で機銃のなかを掻い潜りながら突撃銃を放ち、ミストラルを粉々に撃ち砕く。

瞬く間にミストラルを一掃し たジン……立ち込める硝煙と残骸にイライジャは思わず見入る。

まるで動きが違う……同じ機 体を操っているとは思えないほど、その動きは機敏で流麗だった。イライジャの内に劣等感が込み上げてくる……同じジンを扱っているというのに、自分は満足 に動かすこともできない無様だというのに…そして、そんなイライジャを気に掛けることもせず、リンは周囲の敵機を殲滅したのを確認すると、操縦桿を切って スラスターを噴かし、機体を加速させて前線へと向かう。

この位置からなら、母艦に戻 るよりも前線に向かった方が早い……前線では補給ポイントも当然確保されている。そこで補給を受けた方が効率はいい。

訓練で何度かMSで宇宙に出 たこともある……宇宙は全方位から攻撃が来る空間認識が生死を分ける…だが、MSという今までの操縦概念を覆す機体構造はなかなかものにできる者がコー ディネイターでも少ない。

だが、リンはそれを数回の訓 練でものにした……全感覚を周囲に向け、リンは砲火が飛び交う前線へと繰り出した。

プラント十二の市の内、今回 の地球軍にとって目障りな食糧生産プラントが集中するユニウス市のほぼ眼前の宙域ではミストラルとジンが激しい砲火を交え、地球軍とザフトの艦隊が艦砲を 打ち合っている。

戦艦の数では圧倒的に不利だ が、これまで戦艦でありながら小回りさで戦闘を優位に運ぶ役割を担っていた駆逐艦もMS相手ではまったくのハリボテに近い。

旧世紀において大型戦艦が戦 争の勝利を決していた時代に出現した航空機がそれを覆したようにMSという新型兵器の前に連合の誇る物量は苦戦を強いられていた。

連合の主力MAであるミスト ラルはジンの機動性に追いつけず、次々と撃破されていく。数機のジンがミストラルの防衛ラインを突破し、一気に艦艇に迫る。距離を詰めて腰部の重斬刀で砲 台を潰し、突撃銃を放ち、エンジンを撃ち抜いて破壊していく。

一隻が撃沈し、爆発が咲き乱 れる……体勢が崩れる隙を衝き、ローラシア級のビーム砲が発射され、護衛艦を撃ち抜き、轟沈させる。

だが、連合もただやられてば かりではない…ミストラルが一斉に襲い掛かり、機銃を乱射して集中砲火を浴びせる。

機銃程度では装甲は打ち抜け ないが、相手の態勢を崩させた…そこへミストラルの一機が特攻し、ジンごと爆発に消える。

エンジンを打ち抜かれた駆逐 艦が最期の意地とばかりに加速し、ローラシア級に突貫し、2隻が爆発に消える。

連合の兵士は流石に訓練を受 けた正規軍だけあって任務に殉じるも、そんな意志をコーディネイターは理解できず、嘲笑う。

民間組織であり、設立されて から日が浅いザフトでは命を捨ててまで戦う意志は低い……そんな戦闘が繰り広げられる戦線に到達するリンのジン……補給用に漂っていたコンテナを拾い、 バッテリーと推進剤、弾薬を補給して一気に機体を加速させる。

戦場に到達すると同時に砲火 が機体の周囲で飛び交う……ミストラル群が迫るなかへと突撃し、突撃銃を放ち、銃弾をばら撒くように発射する。

機体を粉々に撃ち抜かれ、ミ ストラルが宇宙の藻屑となる。

機体の撃墜レコーダーがカウ ントを刻む……だが、そんな撃墜数に興味すら示さず、リンの視線には迫り来る敵しか映っていなかった。

「さあ……私を殺しにこ い………」

冷たく囁くと…破滅を纏うよ うにジンは加速し、敵陣へと突撃していった。

 

 

膠着する戦線のなか、ザフト 側の攻勢が激しくなり、連合艦隊は徐々に押され始めていた。

旗艦:ルーズベルトでは、艦 隊司令であるチェスト=バン少将が歯噛みしていた。

「おのれぇぇ…宇宙の化物ど もがっ!」

忌々しげに吐き捨て、バンは 血走った眼で怒鳴るように叫んだ。

「メビウス隊を出せ! 奴ら にこれ以上好きにさせるなっ!」

オペレーター達はその怒声に 一瞬動きを止めるも、すぐさまその指示を実行していく。

ルーズベルト艦内に艦載され た機体……主力機であるミストラルに代わる次世代型主力MAの先行量産型機であるTS−MA:メビウスが動き出す。

作業MAであるミストラルと は違った戦闘を前提としたMA……未だ量産体制を整えてはいないが、先行ロールアウトした数十機が起動し、ルーズベルトの艦首発進口から発進していく。

リニアガンにミサイルを4 基、機銃を装備した武装にスラスター強化で施された機動性はミストラルを上回る。

それらが次々と発進していく なか、バンは手元のパネルを操作し、秘匿回線を開く。

「私だ、準備はできている な、中尉?」

憚るように問うモニターの向 こう側には、無精髭を生やした男がニヤついた表情でいた。

『ああ、できてるぜ…あの砂 時計を壊す花火を上げてやればいいんだろ?』

ニヤニヤと告げる男にバンの 表情が険しくなる。

「言葉を慎め、中尉! 貴様 に課せられた特務の重要性と秘匿性を自覚しろ!」

『そいつは失礼…おっと、俺 の出撃だ……まあ、俺はただ任された仕事をこなすだけさ……せいぜい派手な花火を上げてやるよ…楽しみにしてな』

醜悪な笑みを浮かべつつ通信 を切り、その態度にバンは悪態を衝く。

「くそっ、何故盟主は今回の 特務にあのような男を……っ」

今回のこの戦闘で極秘裏にバ ンに課せられた作戦……それは、連合上層部ではなく、そのもっと上に位置し、そして司令官であるバンにとって崇拝する者からの直々のお達しなのだ。

その栄えある栄誉だというの に同行してきたのは品がない男……小馬鹿にするようにふざけた態度を取る男にバンはイラついていたが、やがて気を取り直す。

「まあいい……失敗しても奴 の責任だ。あのような化け物どもの砂時計、すぐに叩き壊してくれる……蒼き清浄なる世界のために」

小さく漏らした一言は誰に聞 こえるともなく消え……バンは慇懃な視線で戦闘光の奥に聳えるプラント群を見やり、口元を醜悪に歪めた。

 

 

 

戦況はザフト軍の優位に進ん でいた…ジンというMSの圧倒的戦闘能力にもはや物量差など無きに等しく、次々と駆逐されていく地球軍…そして、それは指揮系統を混乱させ、各々の判断で 動き出し、連携が全く取れない状況に陥り、足並みを乱すという悪循環を起こしている。

ミストラルの一機を突撃銃で 撃ち落としたリンは弾倉を抜き、カートリッジを装填する。

この宙域の敵機はあらかた掃 討した…あとは守備隊に任せてもいいだろう。

その時、レーダーが接近する 機影を捉えた。

「連合の機体か…だが、デー タに無い……」

接近する熱源は連合の識別 だ…だが、該当する機種が見当たらない。さらに詳細を捉え、接近する機影が表示される。

ミストラルとはまったく違う 形……航行モードを意識した戦闘機に近い形態に装備された武装…明らかに作業用のMAとは違う。

その機体の出現にさしものザ フト側にも動揺が走る……ザフトがジンを用いたように連合側も新兵器を投入してきたのだ。敵は戦艦に作業用MAのみと事前に説明されていただけにいたしか たないが…未だ軍事的組織としての経験の低さを露呈し、また歳若い兵士が多いという現状がそれに拍車をかけ、浮き足立つところへ接近してきた連合のMA部 隊:メビウス隊が一斉にリニアガンを放ってきた。

その発射される光弾はミスト ラルの機銃とは威力が違う……不意を衝かれたために数機が被弾し、弾かれる。

歯噛みするパイロットのなか で、リンは冷静に敵の能力を分析する……リニアガンの弾道を交わしながら、データを収集していく。

リニアガンの弾は少なくと も、一撃で行動不能にさせられるほど高い破壊力はないが、それでも数発受ければ、いくらジンの装甲でも保たないだろう。

機動性もミストラルに比べれ ば、確かに高いが、ジンほどではない…現に、最初は不意を喰らったもののザフト兵達はすぐさま体勢を立て直し、迎撃に向かっていく。

突撃銃を乱射し、メビウスを 破壊し、過ぎった瞬間に背中を見せるメビウスに向けてバズーカを放ち、撃ち落とす。

リンもまた重斬刀を抜き、メ ビウス一機をリニアガンの砲身を斬り飛ばし、態勢を崩したところへ左手の突撃銃を至近距離で発射し、粉々にする。

その爆発を無表情に見詰めて いると、すぐさま別の敵機の接近が表示される……振り向く先からはリニアガンと機銃を放ちながら加速するメビウス。

「ちくしょう! よくも皆 を……っ!」

どうやら、このメビウスに搭 乗しているのは指揮官らしい……パイロットの名は、クラウス=ミラーズ中尉……大西洋連邦の士官だ。

メビウスが過ぎると同時に急 転換し、ミサイルを発射する…ミサイルを回避しながら、リンはその軌跡を読む。

動きが若干違うが、それでも リンにしてみればまだ遅い……再度加速してきたメビウスに向かって加速し、クラウスが眼を見開く。

「なに……っ!?」

相手が加速した状態で加速す るなど、激突する可能性が高い……だが、相手はそんな恐れもないのか、フルブーストで向かってきたが、直前でクラウスの視界から消えた。

息を呑み、硬直した一瞬…… それがクラウスの生死を分けた…刹那、衝撃が機体を襲った。

下方に回り込んだジンが重斬 刀を振り被り、メビウスの加速を利用して破壊力を倍化させた。砲身ごと機体を斬り裂かれ、失速するメビウス……

煙を噴き上げるコックピット で爆発の衝撃で負傷し、バイザーも割れて血を流すクラウス…吐血する。

脳裏に…自身の大切な者の顔 が過ぎる。

「…マ……ュー……俺……」

声にならない言葉を呟いた瞬 間……メビウスは爆発し、クラウスはその身をこの世界から永遠に消した………

彼方で爆発したメビウス…重 斬刀を構えたまま、リンはその爆発を一瞥する。

「………」

無言のまま……リンはその場 を去る。

この後…リンが撃墜したクラ ウスの大切な者と邂逅することを……自分が殺した相手も…大切な者を殺された者も……それぞれがまったく知らず…そして……永遠に知ることなく………

 

 

既に戦闘もザフト優位で終結 に向かうと思われた…その最中、プラント防衛隊は戦闘宙域を突破してきた機体群に気づいた。

十数のメビウスが迫り、防衛 隊は慌てて応戦する…まさか、防衛ラインを突破されているとは思わなかったようだ。

この部隊は、ルーズベルト所 属の一部隊であり、ある極秘任務を負って大隊とは別行動を取り、隠密潜行で一気に戦闘宙域を突っ切ってきた。

その行動にザフト兵達は特攻 かと思った…あまりに母艦と離れすぎたために、帰還などできる距離ではない。

所詮捨て身しかできないよう な低脳と見下しながら突撃銃を放ち、メビウス隊に襲い掛かる。

メビウス隊も長距離航行のた めに接続していた大型プロペラントタンクを切り捨て、身軽となって応戦する。

リニアガンを放ち、砲火が飛 び交う…機体を銃弾に掠められ、爆発するもパイロットは狂信めいた表情で宇宙の化物と罵りながら突撃し、ジンに特攻して爆発する。

そんな激しい戦闘を横に一機 のメビウスが防衛隊を突破する……その戦闘を一瞥しながら、その眼が前方のコロニーを見据える。

「さて……それじゃ始めると しようか! 盛大のカーニバルの幕開けをよぉっ!」

醜悪な笑みを浮かべ、舌を舐 め回し…ウォルフ=アスカロトはトリガーを引いた。それに連動し、メビウスの底部に固定されていた一発の大型ミサイルが離脱し、ブースターを点火させて一 気に加速する。

ミサイルはそのままプラント コロニーの一基へと向かっていく……吸い込まれるようにミサイルが目視できなくなった瞬間、巨大な爆発と閃光が轟いた。

誰もがその光条に動きを止め る…戦闘も中断され、そこが戦場であることを忘れるかのごとく静寂感が支配する。

発される超新星の輝きのよう な閃光…それに呑まれて支点から二つに割れていくコロニー……コロニー内部では、すぐ間近で起こった戦闘に脅えるコーディネイターの市民達が突然の振動に 訳も解からず、次の瞬間には息苦しさと突風がコロニー内を駆け巡った。

崩壊していく強化外装…上下 に分かれ、崩れ落ちていく様はあまりに非現実的すぎて誰も言葉を発することはできない………

そんななか、リンもまたその 閃光に見入り…呆然と呟いた………

「アレは…核、か……」

通常弾頭ではいくらなんでも コロニーを崩壊させるには至らない……それにあの熱量は…明らかに異常だ。

導き出される結論……アレ は、人類に取って忌むべきものでありながら決して手離さない破滅の火………

それからどれだけの時が経っ たのか……戦闘は終結していた……地球軍は艦隊の6割を失い、敗走したも…ザフト軍は展開していた全軍のうち、約2割を損失…だが、貴重な食糧生産コロ ニーであったユニウス市の7番目のコロニー:ユニウスセブンが崩壊した。

24万3721名という人命 とともに……後に、『血のバレンタイン』と呼ばれるコーディネイター史にとって忌むべき日は刻まれた……

だがそれは…長く続く全ての 運命の幕開けであることを……誰も知る由はなかった…………

 

 


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